「何食べてるの?」「スキマ」
作品集: 最新 投稿日時: 2012/04/01 23:22:27 更新日時: 2012/04/01 23:32:38 評価: 8/16 POINT: 70459355 Rate: 828933.88
分類
天子
紫
いつも紫が顔を出してくるスキマを手にとってバリバリと貪っている光景に、遊びに来た天子は唖然とした。
「消費期限切れる前に食べないといけないのよ。本当は毎日一個ずつくらいで食べていけば大丈夫なんだけれど、面倒だから溜め込んじゃってて」
「うっわぁー……」
口を忙しなく動かしながら喋る紫の隣には、山のように積み重なったスキマが畳の上を占領していた。
スキマの大きさは一つ一つ違うようで、一番大きなもので長身の紫をすっぽり覆うような大きさの物から、手を差し込むので精一杯な小さいスキマまでごっちゃになっている。
「それ消費期限とかあるんだ……」
「期限が切れる前に処分しないといけないんだけれど、食べてしまうのが一番手っ取り早くて簡単な処分方法なの」
「そんなの放っておいたらいいじゃない」
「そしたら能力が使えなくなってくるのよ。というか今も使えないわ」
紫は持っていたスキマを全て食べ終えると、ふぅーと一息ついて天子に向き直った。
「というわけで一緒に食べて」
「さよなら紫。また明日ね!」
「逃がさないわ!」
クルリと回れ右して走り出した天子だが、部屋から出ようとしたところで見えない力に弾かれて尻餅を付いた。
「いたっ、結界!?」
「境界を操れなくても、簡単な結界くらいなら作れるわ。さぁ、食べていきなさい! いや、食べてくださいお願いします!」
「そんなの裸で土下座されたってやらないわよ! あんたにも式とかお友達とか色々当てがあるでしょ!?」
「藍にはほぼ毎回頼んでたから、愛想付かされかねないのよ! 橙には悪影響与えそうだからって、藍に食べさせないように言われてるし。幽々子はあれで美食家だから食べたがらない。萃香にも面倒そうな顔して嫌って断られたわ!」
「私だって嫌よ! そんな得体の知れない物体X食べたくないわ!」
「……ちなみに、私も藍も昔からスキマを食べてきたから、ひょっとしたらこれでおっぱいが大きく」
「ゴチになります!」
説得完了。
あっけなく手の平を返した天子は、紫と向き合うように座って一番小さそうなスキマに手を伸ばす。
そして一口食べて下の上で転がすと、うへぇと顔をしかめた。
「何これ、ハッカ?」
「あら、運が悪いわね。味のほうはハッカ、ラーメン、焼き鳥、焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、リンゴォがあるのよ」
「こってりしたの多すぎでしょ!」
胃もたれしそうな味ばかりである。特に最後のなど食べた瞬間に劇画調になったりしそうだ。
すぐそこに積まれたスキマの山を見て、そんなのをこれだけ食べないといけないのかと天子は早速、先程の選択を後悔し始めた。
「うぅ、食べなきゃよかったかなぁ。でもおっぱい欲しいし……」
迷いながらも天子は残ったスキマを口の中に放り込んだ。
口の中に広がる慣れないハッカの味に戸惑いながらも、飲み込みやすいように噛み潰す。
ぶちっ
『うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」
何か弾力のあるものが潰れる気持ち悪い食感と共に、口の中のスキマからつんざくような悲鳴が響き渡った。
次いで驚いた天子も腹の底まで響くような悲鳴を出し、悲鳴の二重奏がびりびりと部屋を揺らした。
「ちょっと、静かに食べなさいな」
「いやいやいやいや、いまぶちっとゴキブリ潰したときみたいな感触があって、ひ、ひひひ、悲鳴が!?」
「たまに目玉を潰すとそういうことがあるのよ」
「怖すぎるわよ!?」
精神的に悪すぎる。藍が橙には手伝わせないでいる原因が天子にはよく理解できた。
純真無垢な子供がこんなものを食べれば、間違いなく心に深いトラウマを残し、下手すればSUN値0で発狂しかねない。
そうなってしまう前に天子はこの場から逃げ出したくなってきたが、食べるといった手前で逃げるのも気が引けるし、というか結界で逃げられないし。
そして何よりも、紫の胸で揺れるたわわに実った二つの果実に勇気付けられ。天子はこの果てしなく無駄な戦いを続けることを決意した。
「ま、まぁ悲鳴が上がるのだって、心構えさえしてればなんてことないわ!」
『みぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「天子うるさい」
「うえぇぇぇ……心が折れそう……」
あれから一時間は経っただろうか。
いまだスキマを食べ続ける二人だが、スキマの山はようやくこれで半分になったところだろうか。
休みもせず味のあるものを口に放り込んで、時折上がる悲鳴にビクビクしながら噛み締めるのは予想以上に精神を削り取ってくる。
延々とこってりした味が続き、それらはあっという間に味に飽きた。
それでも頑張って食べ勧めると、うんざりしてきたところに例の悲鳴が響き渡り食欲を吹き飛ばしてくる。
幸いなのは、味や大きさに関わらず全く腹に溜まらないところか。
そのお陰で先程から食べ進めているのに、満腹になる気配は全くない。むしろ徐々に空腹に近づいていっている感じだ。
「根気さえあれば食べ続けられる辺り、精神との戦いってところね……」
「まぁ、私はもう慣れてるからどうってことはないんだけれど」
「じゃあ一人で食べてみなさいよ」
「ごめんこうむるわ」
「ですよねー。殴りたいからちょっとその顔貸して」
『うぐぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
「ひっ!?」
天子はどうにもこの悲鳴だけは慣れないようだった。
時たま悲鳴が響くたびに、肩をすくめて体を震わす。
「てんこビビッてる! ヘイヘイヘイ」
「要石ブン投げてやろうか。っていうかホントなんで二人だけなのよ……霊夢とかにも手伝わせなさいよ。もう異変でしょこれ……」
「それが人間が食べると副作用で死ぬのよね。妖怪や亡霊のような人外大丈夫なんだけれど」
「えっ、なにそれ聞いてない」
「心配しなくたって、天人は大丈夫よ……多分」
「多分って! 多分っておま!?」
「だから大丈夫よ。死ぬなら口にした瞬間に絶命するもの」
「あー、それなら安心……できるかばかぁ!」
本当に一体何で構成されているんだこのスキマは。
タランチュラも真っ青な猛毒に天子は戦慄しながらも、今のところ影響はないしダイジョブ、ダイジョブと自身に言い聞かせて、続きを口に押し込んだ。
「ハッカ来い、ハッカ来い、ハッカ来い……ぐっ、またお好み焼き。2連続とか飽きるわよ……」
「ちょっと貸してみなさい」
紫は天子が食べかけていたスキマを受け取ると、おもむろに食べ始めた。
私が嫌がってるから代わりに食べてくれるのかな? と天子が期待に目を輝かせると、紫は冷静に言い放った。
「お好み焼きではなくてたこ焼き味じゃない。我慢して食べなさい」
「んなの味変わんないわよ死ね!」
しれっとスキマを返してきた紫に天子は殺意を浮かべながらも、あぁもう食えば良いんだろ食えば、とやけっぱちになって乱暴にスキマを引っ手繰った。
行儀も悪く大口を開け、まだまだ大部分が残ったスキマを食いちぎる。
「あっ」
「今度はなに!?」
「ふふ、今ので間接キスね」
「今こんなタイミングで言われても嬉しくないわよ……」
嬉しそうに笑う紫だが、天子はガックシと顔を落ち込ませて覇気のない返事を返した。
ドキドキものの百合イベントも、こんな状態では怒気怒気を通り越して何もかも空しくなってくる。
「うぅ、先に他の食べようかな……」
「なら調味料でも使って味付けでもしてみる? 少しは気分が変わっていいかもしれないし」
「ホント!? 早く出しなさいよ!」
ちょっと待ちなさいと言い、紫はスキマの山の後ろ側に回って何かを漁りだした。
やがて天子の前に取り出されたのは、このためにあらかじめ用意しおいたのであろう鞄だった。
「こんなのあるなら最初から出しなさいよ……」
「辛くなってきた頃に出してこそ、効率よく使えるものよ。それに調味料と言ってもお腹には溜まるし」
紫は鞄を開くと、中に入っていた調味料の数々を二人の間に並べていく。
「左からウスターソース。辛口ソース。焼肉のたれ……」
「どれもこれも濃すぎだろ!」
怒声を放った天子は、力強く握られた拳で並べられたソース類を弾き飛ばした。
「なにをするの天子!?」
「なにをじゃねーよ。もっとマシなの用意しなさいよ! なんでどれもこれも重たくて濃い味のばっかりなのよ!」
「そんな酷い言いかたしなくとも良いじゃない。ほら、このお好み焼きソースなんかオススメよ」
「今食べてるのがまさにそのお好み焼き味だよ! そんなのかけても味かわんねーよ!」
「違うわ、たこ焼きよ」
「知るか馬鹿!」
結局のところ、紫が持ち出したソース類に頼ることはなかった。
己の精神力と、長きを生きた天人と言うプライドを頼りに天子はひたすらスキマを頬張る。
(負けるな比那名居天子、今まで数百年も行き続けた天人じゃないの。ここで負けてどうするの。周りから不良天人と言われようが死神にぼっち言われようが、数百年友達できずにいようがここまで現実に負けず生きてきたじゃないの。そうやって辛いことが沢山あって生きてきて、何で今はここでこんなことしてるのかな……あれ、涙出てきた)
「そうそう、明日に知り合いを集めてBBQしようと企画しているんだけれど、天子も来る?」
「こんなの食べた次の日にそんな集まり参加したくないわよ」
いつもの天子ならば喜んで参加するところなのだが、こうまでこってりした味ばかり口にした今はそんな気になれなかった。もう10年は濃い味の物は食べたくないとすら思う。
数百年生きてきて初めて体験する苦行に、異変なんか起こさなきゃ良かったかなぁと天子の脳裏を掠めた。
「別に無理して食べなくてもいいじゃない。萃香あたりとお酒でも飲んで盛り上がっていれば」
「バーベキュー行ってそれはどうなのよ」
「その程度のこと構わないわ。最後にはデザートも用意する予定だし」
しかしだ、その場合はそんな集いに参加する機会などなかっただろう。天界にも集まって酒を飲むことはあるが、天子と天人達ではまるで話が合わず楽しいと思ったことはない。
こうして馬鹿馬鹿しい経験をすることもなかったが、逆に言えばそんなことすらないまま文字通り何事もなく生き続けただろう。
「それじゃ、行こうかな」
何も無く平穏で、けれど何の刺激も無い日々。
それを考えたなら、たまにはこうやって友人の手伝いで苦しい思いをするのも、そう悪いものでは無いかもしれない。
「しかし、こうして私が使っていたスキマが美少女に食べられているのね……あら、なんだか恍惚とした気持ちに……!」
「死ね変態ババア」
『ワタシタチノギョウカイデハゴホウビデスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ』
「ひっ!?」
しかしやはり腑には落ちなかった。
それからたった二人の戦いは続いた。
「見てみなさい天子。スキマでスキマを挟んだスキマバーガーよ」
「そんなことやっても食べる量変わらないでしょ」
「でもこうやれば今までに無い味に出会えて気分が盛り上がるかもしれないでしょう?」
「おー! ……って、あんな濃い味共混ぜたところで、美味しい味になるわけないでしょ」
「そうとは限らないわ、さて一口……」
『うひゃあああああああああああああああああああああああああああ』
「ひっ!」
「あら、焼き鳥と焼きそば味の中から、独特のハッカの風味が突き抜けてきて、おえぇぇぇ……」
「ちょっ、吐かないでよ。絶対吐かないでよ!?」
時には互いに元気付け。
「この戦いが終わったら、私まっずい天界の桃食べに行くんだ」
「死亡フラグ作っても、途中退場にはならないわ」
「うぅ、ちくしょう……ちくしょう……あの味薄くて水っ気ばっかりのマズイ桃が恋しい……」
時には争い。
「だからゆかりん、天子ちゃんにメイド姿で「はいあ〜ん♪」ってご奉仕してもらえたら、もっと頑張って食べられると思うの」
「プライドを泥沼に捨てる気はないっつの」
「ならば今こそ大妖怪のパラーをフル活用し……!」
「チェストァア!」
「いたっ! 先手を打たれた!?」
「いつまでも負けてられるかオラー!」
「ちょっ、いたいいたいっ! すね蹴るのやめて、マジやめて!」
永遠に続くかのように感じる苦行。
だがどんなトンネルにも終わりはあるように、天子たちもやがては出口に辿りついた。
「ついにここまで来たわね……」
「とうとうラスト一枚!」
二人の前には、たった一つだけ残ったスキマが鎮座していた。
手の平ほどの長さで、横幅はあまりない細長いスキマを食したとき、この戦いに終止符が打たれるのだ。
そう思うと、あんな無意味に苦しいだけの時間の後にも関わらず、何故だか感慨深く感じてくる。
「ありがとう天子。これを乗り越えられたのはあなたのお陰よ」
「それより今度からはちゃんと自分で処理しなさいよね。毎日食べてれば溜まらないんでしょ?」
「善処するわ」
「とぉっ!」
「いた! わかったわ。ちゃんと食べるようにするからローはやめて!」
やる気のない返事の返答をする紫に活を入れると、天子は最後のスキマを摘んで持ち上げた。
「やっぱり締めは主役の私がやるべきよね」
「サポートキャラやってる私の方が主役に近いけれどね」
「うるさい、今度の新作じゃ私が自機なのよ……多分」
紫に可哀相なものを見るような生暖かい目で見つめられ、天子は直視できずに顔を背けた。
とにかく明日にはバーベキューもあるし、とっとと食べ終わって心を休めよう。
「それじゃ、いただきます!」
天子はスキマを口の中に差し込んで噛み締める。
だが天子の口の中で、スキマに付いた目玉がギョロリとうごめいた。
『ようこそ漢の世界へ……』
「ん?」
瞬間、天子の目の前の光景が切り替わる。
天子は確かに顔を背けていたはずなのに、何故か目の前に紫の顔があった。
「うるさい、今度の新作じゃ私が自機なのよ……多分…………えッ!!?」
ハッとして手にあるものを見ると、噛まれた後などどこにもないスキマがあった。
強烈な違和感にさいなまされ、天子の思考が混乱し始める。
「あれ、今私食べたわよね? ……でも、食べてなくて、あれ!?」
「……そう、とうとう来たのね」
「紫、今何が起こったのかわかるの?」
食べたはずなのに食べていないスキマ。視界に現れた紫。気が付いたら繰り返していた言葉。
「これはリンゴォ味の仕業よ!」
「リンゴォ……って、最初に言ったアレかー!?」
そういえばハッカととかラーメンとかのあとに、ちょろっとリンゴォって言っていたなと天子は振り返る。
ちょっとしたボケかと思って放っておいたのに、まさかここに来て伏線として効果を発揮するとは。
「いや、リンゴォ味って、味じゃないの?」
「食べた人の時間を6秒だけ巻き戻る味よ」
「どんな味よそれ!?」
それを味覚で表現するには色々と無理がある。
とにかく天子が感じた違和感の理由はそれ以外に考えられない。食べた瞬間に時が巻き戻され、食べる直前に戻った。
口にしたはずのスキマは食べられていないし、喋っている途中に巻き戻されたのなら無意識に同じ言葉を繰り返したりもする。
「どうやって食べろって言うのよこれ!? 食べた瞬間に問答無用で巻き戻るんじゃどうしようもないじゃないの!」
「落ち着きなさい、ちゃんと解決方法はあるわ」
紫は務めて冷静にそういうが、ここまで来て出現した巨大な壁に、天子の頭には不安がこびりついて取れてくれない。
「これは食べているのが一人の時にしか効果を発揮できないのよ。二人以上で食べるとどちらの時を戻せば良いのか混乱するのね」
「つまり結論を言うと」
「ドキドキポッキーゲーム♪ ver.スキマ」
「実家に帰らせていただきます!」
「逃がさないわ!」
即行で土下座をかまして逃げようとした天子は、紫はその腰に飛び付いて引き止めた。
「お願い! あなただけが頼りなの!」
「他にもなんとかできそうなのいるでしょ! 一個だけなんだから藍とかに頭でも何でも下げてお願いしなさいよ!」
「あの子ったら、『紫様とそのようなお戯れできませんよ。ソースの味しそうだし。そこはやはり紫様に相応しい御方にお願いするべきです。口臭そうだし』って言って相手にしてくれないのよ!」
「じゃあ幽々子あたりにでも頼みなさいよ!」
「確かによく彼女にお願いして、幽々子と妖夢に食べてもらってるけど、これは今すぐに処理しないといけないのよ。幻想郷の結界が揺らいでて、整備に能力が必要なの」
「明日に回しなさいよ。あんたが必死こいて結界直してる間、私はバーベキューに参加してキャッキャウフフしとくから!」
「天子とキャッキャウフフするのは私よ! ……じゃなくて、今日中に直さないとまずいのよー!」
「自業自得よー!!」
ギャアギャア喚きながら紫を振り払おうとする天子だが、いつまでたっても向こうが引き下がろうとしないので、渋々逃げようとするのを止めて腰を下ろした。
「チッ……本当に私しか適役がいないわけ?」
「露骨に舌打ちされるとゆかりん泣きそうになるからやめて。あなたしかいないわ」
「知るか、勝手に泣きなさいよ……」
悪態を吐いた天子だが、口にした言葉とは違い露骨に嫌そうにしているわけではなかった。
モジモジと落ちつかなそうに脚を動かし、その顔はわずかに赤みが差している。
「その……」
「なに?」
「……き、キスするのとか初めてだから。優しくしてよね」
天子からの告白に、紫ははんば呆然としたように口をつぐんだ。
「…………」
「……な、なによ。初めてなのがそんなにおかしい?」
何も言わず押し黙られ、天子は居心地が悪くなってくる。
やがて紫は押しとめていた堤防が切れたように言葉を流した。
「…………天子ちゃんのファーストキスハアハアハアハアハアハアハアハア!!!」
「やっぱ帰る!」
「ハッ、ごめんなさい待って!」
「やだー! おうちかえるのー!!」
「あやまるから、あやまるからー!」
最後の最後でもうひと悶着あった後、涙目の天子と紫は改めて向かい合った。
「段取りを確認するわよ」
「うん……ぐすっ……」
「まず両端を二人の口でくわえて支える。そして同時に食べ始める。ポッキーゲームと違って食べきる必要がある以上は、必ず両者の唇が触れ合うことになるわ」
「い、言われなくたってわかってるわよ……じゃ、じゃあ行くわね?」
「えぇ」
「もうキモイこと言うの禁止よ?」
「わかってるわ」
「あ、合図は私がするからね?」
「どうぞ」
天子は恐る恐る細長いスキマを手に取ると、意を決してスキマの端を口にくわえた。
「……ん」
次いでもう端を紫が咥える。
鼻息がかかるほど相手の顔がすぐ近くにある状況に、思わず天子は息を呑んだ。
そのまま何も出来ずジリジリと時間が過ぎていき、我慢できなくなった紫が先に声を出した。
「それじゃ……」
「う、うん……いっせーのっせ」
紫に後押しされて、ようやく天子が合図を上げた。それに合わせて、二人は同時にスキマを食べ始めた。
『漢のせか……いや、ちがうこれは……』
スキマから声が発せられたが気にせずに突き進んでいく。
というよりも天子には、そんな声に構っていられるほど余裕が無かった。
(ちかっ、顔ちかぁっ!)
近づいているので当たり前のはずなのに、そんなことが頭を埋め尽くす。
『これが女の世界!』
スキマが断末魔を上げたとき、天子と紫の唇も触れ合った。
口の中でスキマが溶けてなくなっていくのを感じながら、天子は何も出来ず固まっていた。
(……どうすればいいのこの状況)
目的は達成して、やることもやったのから後は離れれば良いだけ。
(離れるっていっても、キスってどのタイミングで離れればいいの? もう十分? いや離れるのも突き飛ばして離れたら駄目よね。いやちょ、どうしよう)
本当なら自然と顔を離せば万事解決なのだが、焦って意味のない思考がグルグルと渦巻く天子にそんな冷静な答えは出てこなかった。
そうやって固まって数十秒。
「……ん」
「んー!?」
突然紫の舌が天子にボグシングを仕掛けてきた。
「んがー!?」
「むぎゃっ!?」
混乱したところを突かれた天子は、勢い余って進入してきた舌に噛み付いてしまった。
電撃のように走った痛みに悲鳴を上げて舌を引っ込めた紫は、そのまま天子に突き飛ばされて尻餅を突いた。
「いひゃい……」
「し、しんじらんない、この変態! いきなり舌入れてくるなんて!」
「淫乱だなんて、ちょっと舌で挨拶しようとしただけじゃない」
「初めてだから優しくって言ったじゃないの! 馬鹿! 変態! 淫乱ババア!」
「そんな酷い言葉でなじるなんて! もっと言ってください!」
「死ね!」
ざれごとを抜かす紫に蹴りを入れてノックアウトすると、機嫌を直さないまま天子は踵を返した。
「ほら、早く結界解除しなさいよ……なんでこんなことしてたんだっけ私」
「おっぱいが大きくなるかもなんて適当に言ってみたらホイホイ騙されてくれたのよね」
「えぇそういえば……って嘘かよ……」
もう既に忘れかけていたというのに、わざわざ思い出してから打ちのめされて天子は頭を抱えた。
「むしろアレで騙されるほうが」
「はいはい、私が馬鹿でしたよ。まったく……う……うぅ……っ?」
紫に結界を解除され、家に帰ろうとした天子だったが、苦しそうな声を上げてその場にヘタレこんだ。
「ぐぁぁ……」
「て、天子どうしたの!?」
「む、むね……」
「胸が苦しいの? 天子?」
「う……っああぁぁああああ!!!」
唸り声と共に、ブチブチとボタンが千切れる音が鳴り、それは姿を現した。
「えっ」
「えっ」
それは、天子のものというにはあまりにも大きすぎた。
大きく、分厚く、重く、そして柔らかすぎた。
それは、正におっぱいだった。
「おっぱいがでかくなったー!?」
「えぇぇぇぇええええええ!!?」
その変貌に両者から悲鳴が上がった。
片方からは嬉しい、もう片方からはまるで驚き信じられないかのような悲鳴だ。
「マジででっかくなっちゃったー! ヒャッホーウ! なにこれでかい、でかくて重い!」
「じょ、冗談だったのに……」
天子はちきれんばかりのおっぱいを上下左右へ縦横無尽に揺れ動かし、全身で興奮を表現していた。
「まさか本当に大きくなるなんて。ありがとう紫! スキマさまさまよ!」
「……めない」
「紫……?」
喜び飛び跳ねていた天子だが、紫の異変に気が付いて動きを止めた。
紫の表情は、まるでこの世の終わりを体現したかのような絶望に染まっていた。
「認めないわこんなことは! 天子こそちっぱい! ちっぱいこそ天子! 天子が巨乳で会っていいはずが無い。あの無い胸にこそ夢と希望が詰まっていたと言うのに! いつかあのまな胸に頬ずりして舐め回すのが夢だったのに!!!」
「いいから何も言わず死ねよ」
翌日、紫の誘いで集まった面々が、青空の下で肉を焼いていた。
皆が楽しそうにしている中、その中でも異様な雰囲気を出しているのが二人。
「一夜限りの夢だった……」
「我が世の春が舞いもどったぁ〜♪」
酷く落胆した様子で平べったい胸をぺたぺた触りながら座り込む天子と、満面の笑みで肉を焼く紫だった。
別ベクトルに突き抜けた精神状態の二人を、既に酒を飲んで酔っ払っていた萃香が眺めていた。
「なんか凄いテンションだなお前ら」
「うふふふふふふ、わかる? 私いま上機嫌なの♪」
「あぁちくしょう。何で私は貧乳のままなのよ。巨乳なんて皆死んでしまえ……」
「ここまでテンションが正反対な二人組初めて見ました……天子大丈夫?」
「紫様はウザいんでその話し方やめてください。天子、何があったかは知らないが元気を出せ」
橙が天子を元気付けたのに続いて、藍も紫に棘をだけの言葉を放ちつつ天子にも言葉をかけた。
「うぅぅぅぅ、おっぱいがぁ、おっぱいがぁ……」
「誰か解読できる人いませんか」
「いるわけないだろ」
「それについてはかくかくしかじかで」
うなだれる天子に変わって、紫が昨日に起きた天子の胸の異変のことを説明した。
途中から天子の胸には貧乳がいかに似合っているかを懇切丁寧に説明しはじめたが、一同共に無視した。
「なるほど、一旦大きくなってまた元に戻ったと」
「ハフッ、ハフッ。それで紫ったら大喜びなのね」
「それはもう。やっぱり天子のおっぱいはちっぱい以外にないわ!」
「幽々子殿。主に無駄なエサを与えないで下さい。調子付きますから」
「それにしても、どうして元に戻ったんでしょうか」
主のためにせっせと肉を焼きながら話を聞いていた妖夢が、沸いてきた疑問を口にした。
「あら、気になるの妖夢?」
「いや、別にそんなわけでは!」
「うぅぅ、朝起きたときはまだ大きかったのよ。でもトイレに行っておっきいほうしたら急にちっさくなって……」
「ケツから出したら元通りって、これまたわかりやすいなぁ」
「本当にあのスキマ、なんで出来てるんですか紫様……紫様?」
先程まで上機嫌に鼻歌を響かせていた紫から返答が来ず、一同は不思議に思って紫に顔を向けた。
当の本人はまるで豆鉄砲と喰らった鳩のごとく、目をぱちくりしている。
「……やだねぇ、天子ったら。天子がうんちなんてするわけないじゃない」
「えっ」
「えっ」
「いやするでしょうよ」
「しないわよ、天子はうんちしない。今日はエイプリルフールだもの、嘘なのよね? 幻想の少女はそんな汚い真似しない……」
「天子はうんちしない天子はうんちしない天子はうんちしない…………」
「いいか紫。生きてるやつは生理現象でするもんはするんだ」
「違うのー! しないもんはしないのー! 天子はそんな汚くないのー!」
「変な幻想私に押し付けずに、現実を見ろババアー!」
「紫、手伝って欲しいことがあるんだけど」
「あらなにかしらうんちなんてしない天子」
「要石の処分。一緒に食べて」
「えっ」
「味はハッカと練乳とクリームとチョコレートだから」
「えっ」
「あっ、今日中に全部食べないと地震起きるから宜しく」
「え゛っ」
しかしエイプリルフールでやる必要性が薄い作品である。
あと幻想郷の少女はうんちしません。
電動ドリル
作品情報
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最新
投稿日時:
2012/04/01 23:22:27
更新日時:
2012/04/01 23:32:38
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点
奇声を発する(ry
■2012/04/01 23:27:57
色々ツッコミたいww
2.
7777777
点
名前が無い程度の能力
■2012/04/01 23:30:35
たこ焼きは刻んだ青ネギちらしてポン酢で食べるのが好き
5.
7777777
点
名前が無い程度の能力
■2012/04/02 07:30:54
おもしろかったです。ゆかてんはいいねえ
6.
7777777
点
名前が無い程度の能力
■2012/04/02 18:34:06
各所からのゆかりんの扱いがwww
まあこの偏愛ではそれもやむなしか…
天子生きろ
7.
7777777
点
名前が無い程度の能力
■2012/04/02 21:23:16
リンゴォ味は百合の世界もイケル口なのかーw
ゆかてん面白かったですw
14.
7777777
点
名前が無い程度の能力
■2012/04/04 09:58:24
b
15.
7777777
点
名前が無い程度の能力
■2012/04/04 19:48:02
リンゴォ…お前か…。
16.
7777777
点
名前が無い程度の能力
■2012/12/19 18:27:36
秀逸ぅな面白さです。リンゴォ味とか最高です。
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まあこの偏愛ではそれもやむなしか…
天子生きろ
ゆかてん面白かったですw