- 分類
- 古明地さとり
- 比那名居天子
- 魂魄妖夢
- メタ
古明地さとりが自室に籠もりはじめて、そろそろ8カ月になろうとしている。
困り果てた火焔猫燐は、地上の伝手を頼り助けを求めた。
「……一体どうしちゃったのよ」
「いやね、去年の夏コミで東方projectの新作が出たじゃない。『東方神霊廟』」
ようやく春めいた風が吹き始めた博麗神社の茶の間はいい具合に暖かい。
二度寝の誘惑に打ち勝ち問いかけた霊夢に、お燐は力なく首を振った。
「さとり様ってばまだ手に入れてないから、『ネタバレは嫌!』ってそれからはもう誰とも会おうともせず」
「いやいやいや、もう発売からどんだけ経ったと思ってるのよ。同人ショップ委託販売にしたって去年の9月には始まってたじゃない」
「お忙しい方だから」
通販も充実したこのご時世に何たる様か、と霊夢は頭を抱える。
「ねぇもう止めましょう、こんなSS。いくら何でも背景設定に無理があるわ」
そんなことを言われたって、このネタは去年の夏に書こうと思っててボツったネタの再利用なんだから仕方ないじゃないですか。
「後で後悔しても知らないわよ……。で、どうすんのよこの状況」
「お姉さん、何とかしてもらえないかい」
「えぇー……? 異変なら何とかするけど、これただのワガママじゃない」
「そこを何とか! 神社猫のよしみで!」
「黙りなさいタダ飯食らい」
溜息を吐きながらも、霊夢は右袖から陰陽玉を取り出した。
「こんなこともあろうかと、助っ人を頼んでおいてよかったわ」
「頼んでおいてアレだけども、どんな事態を想定してたの?」
お燐のツッコミをよそに、霊夢は救援要請を発信した。
宛先は、天界と、白玉楼である。
◆
永江衣玖の手には、往年の名機、スーパーファミコンのコントローラーが握られている。
コントローラーから伸びるケーブルは、不良天人、比那名居天子のスカートの中へ。
「ふむ……」
八雲紫から貰った説明書には「十字キーを押すとその方向に歩く」とあったので、衣玖はとりあえずその通りにしてみた。
真っ直ぐ立っていた天子は、その操作に従ってすたすたと歩き出した。真っ直ぐ進んでやがて壁にぶち当たるが、それでも直進を止めずに足が床を擦っている。ごゆんごゆんと鈍い音がする。
手の中の機械に視線を戻し、衣玖は呟いた。
「ひななゐコントローラー、本物ですか」
「ちょっと! ちょっと衣玖!」
壁に向かって行進を続ける作業に従事させられている天子が抗議の声を上げた。
「何よコレ! 状況を説明しなさい」
「総領娘様を意のままに操作できるコントローラーを、八雲紫より頂きました」
「あれマジだったの……? ギャグだと思ってた」
「ちなみにこのケーブルが総領娘様のどこに繋がっているかといいますと」
「あああああ言わないで! それだけは絶対に!」
「ですよねぇ。エイプリルフールだから何でもアリと言っても流石に年齢制限は守らないといけませんからねぇ」
「そういうことも含めて言うなって言ってんのよ!」
流石に神社を倒壊させること3度に至れば、紫の堪忍袋の緒も「こちら側のどこからでもキレます」状態であった。
仕置き代わりに衣玖へと与えられたのが、このひななゐコントローラーである。
「―― む、霊夢さんからの救援通信が」
「と、とりあえずこれ止めて! そろそろ鼻が折れる!」
「『地霊殿の主を部屋から引っ張り出してほしい』……面白そうじゃないですか。総領娘様を自在に操ることができるようになった今、私に不可能はありません」
「あぁもうダメだコレ。私の話は聞いてもらえないパターンだ」
天界の二人、もとい一人と一機は、早速地底へと向かうことにした。
◆
「ついにこの『コンパクト妖夢』お披露目の時ね」
「……どうして私がこんな語感だけで思いついたような一発ネタのために体を張らなければならないのか」
喜色満面の西行寺幽々子の懐から、人形のような小さな影が覗いている。
魂魄妖夢ならぬコンパクト妖夢、満を持しての初陣であった。
「満を持してって……。弱体化している気しかしないんですが」
「かわいいじゃない。かわいいは正義、すなわち無敵よ」
「やめ、やめてくださいって」
二頭身のSD体型となった妖夢の頭をなでりこなでりこする幽々子。
妖夢も頭をグラグラさせながら、何だかんだ言って満更でもないという顔だ。
ちなみにこの半人半霊、今は刀の代わりに二本のつまようじを携えている。
「そうこうしているうちに地霊殿へ到着したわ」
「尺も時間もないですからね」
昼の12時半にもなれば、筆者も焦りもする。
「たのもーう。霊夢からのヘルプを受けて参りましたわ」
「あ、お姉さんが言ってたうちの亡霊の方」
地霊殿の玄関からお燐が顔を出す。
「天女天人コンビはもう到着しているし、これでチャレンジャーは揃ったね」
「Aボタンでジャンプ、Bボタンでダッシュですね。なるほどなるほど」
衣玖はまだ操作の確認中だった。
壁に天井にボコボコぶつけられているのに、天子の体には傷一つない。流石天人は頑丈である。
「それじゃあ勝利条件だけども」
「え、勝負なんですかこれ」
「そうだよ。さとり様にネタバレをさせないようにこの『東方神霊廟』を手渡せば勝ち」
火車の手にはゲームソフトCDが握られている。
「さとり様は新作のネタバレを何より恐れているの。地霊殿の皆はもうクリアしちゃったから、対面するだけで新作のキャラが分かっちゃうんだよねぇ」
「ツッコミどころしかないんですけども」
「いやいや妖夢。私にはよく分かるわ。新キャラの詳細は自分でゲームをやって確かめたいというその気持ちが」
「しかしさとり様の妹君、こいし様ならば確か覚りの力も及ばないはず。彼女が適任なのでは?」
衣玖の切り返しは実に空気を読んでいた。
しかしお燐は力なく首を横に振る。
「こいし様はダメだよ……。神霊廟ネタバレTシャツを自作して常に着ているから」
「ハリーポッター最終巻発売時みたいな嫌がらせですね」
「それじゃあさとり様の部屋まで案内するよ」
お燐は4人を引き連れて地霊殿の奥へと進んでいく。
階段を昇り3階に至ったところで、お燐は右手を挙げて皆を制止した。
「ここから先がさとり様の読心能力が有効な範囲。うかつには近づけないんだ」
「どうして?」
「入ってみれば分かるよ」
「なるほど。では行ってらっしゃい総領娘様」
「え? え?」
天子の困惑には目もくれず、衣玖は彼女を直進させた。
異変は5歩も進まない内に現れる。
「ぎゃああああああああああ」
「あ、あれは。天人が苦しんでいる! 斬っても刺しても涼しい顔の天人が」
「さとり様は、近づく者の心を読んでしまう前に、強烈なトラウマを想起させているんだ」
「嫌あああああああああああ」
「なるほど、これは近づくだけでも骨が折れるわね」
「今じゃペットですらここには近づかないよ」
「グワァーーーーーーーーッ」
「総領娘様のトラウマ……。おそらくは幼い頃、大量の桃でもって総領娘様の桃を――。いや、やめておきましょう」
コントローラーを握る衣玖の手に、バチリと火花が散る。
「ではこのまま、私から先攻させていただきます!」
ケーブルを伝って衣玖の袖が伸び、苦しむ天子にぐるぐると巻き付いた。
「はぁっ!」
そのまま強烈な電流を袖伝いに流す!
哀れ天子は精神攻撃と肉体攻撃の挟み撃ちにあい、意識を月の向こうまで吹き飛ばされた。
「気を失っていればすなわち無心。読まれることもありません」
「ゆ、幽々子様。この人怖いです」
「よほど溜まっているのね」
慄く冥界組を余所に衣玖はソフトを受け取り、するすると袖を伝わせて天子の手元へ。
昏倒して白目を剥いた天子は、意識のないままよろよろと前へ進み始める。
「やはりこのコントローラー、総領娘様が意識を失っても効果はあるようですね。折角ですしBダッシュしておきましょう」
「紫もえげつないもの作るわねぇ」
移動速度が二倍になった天子は、あっという間にさとりの部屋の前へ。
衣玖がXボタンを押すと滑らかにノックの動作をとった。
「……だれ?」
細く開いたドアの隙間から、目の下に隈を作ったさとりが顔を出した。
このままCDを渡せば勝てる! 衣玖が勝利を確信した瞬間であった。
「はっ、その死人のような様子。心は何故か読めないけど、貴女はまさか ―― 嫌ァ!」
ばたんと大きな音を立てて、重いドアは再び閉じてしまった。
「それは宮古芳香のモノマネね! それくらい知ってるわよ体験版はやったんだから! ネタバレさせようったってそうはいかないわ!」
大声で叫ばれる拒絶の意志に、一同は唖然とした。
「どんだけ神経質なんですか、ここの主は」
幽々子の懐の中で妖夢が呆れる。
「うーん、まさか連想させるものもダメだとはねぇ」
「無意識状態の総領娘様で失敗ですか。となると、私に打つ手はありませんね」
天子を器用にバックさせながら衣玖は言う。
「では、後攻のお二方にお任せしましょう」
「えぇー、私自機だったんですよ? 心読める相手にネタバレさせないのは不可能なんじゃ……」
「いやいや妖夢。そうとも限らないみたいよ? いま蝶を飛ばしてみたんだけど」
幽々子の指先には、淡く光った蝶が纏わりついている。
「どうやら相手は、この廊下を近づいてくるものにのみ能力を投射しているようね。蝶は廊下を進もうとはしないけれど、こっちの換気口には自由に出入りしているわ」
その指さした先、天井近くに口を開けているのは換気用のダクト。
「なるほど、そこからなら入れると」
「え、その蝶って生きてる本物だったんですか?」
蝶弾に何度も狩られた経験のある衣玖は驚いた。
「なるべく無心で換気口から部屋へと近づき、そっとCDを投げ入れれば……」
「そう、コンパクトになった今の貴女だからこそ使える策よ」
「分かりました。やってみます」
妖夢が小さくガッツポーズを取る。
かくして、背中に身長と同じサイズのCDケースをくくりつけた妖夢は、小さな換気口へと潜入していった。
「とはいうものの、流石に狭い……」
そろそろと四つん這いで妖夢は進む。半霊が放つ淡い灯りだけが頼りだ。
「この辺かな?」
さとりのいる部屋には照明がある。換気口の出口から光が漏れている、そこが目指す部屋であるはずだ。
「ここからソフトを投げ入れれば……はうっ!」
突然、妖夢の首に激痛が走った。
それは一体何故か。皆さんも想像していただきたい。
二等身キャラクターということは、体と頭がほぼ同じ大きさなのである。
すなわち、首の筋肉にかかる負荷が非常に大きいというわけだ。自分の頭に50キロの重りをくくりつければ、今の妖夢の状況を体験できるだろう。
その上、真横から頭の重量を支えなければならない四つん這いの姿勢が、彼女の首に致命的なダメージを与えた。
その場に倒れ伏す妖夢。もちろんCDの投下などできようはずもない。
「あがががが」
「そこにいるのは誰!?」
そしてその呻き声をさとりに気づかれてしまった。
当然、読心能力は換気口へと向けられる。
「あ、貴女よりにもよって新作自機の……! そうはさせないわ、食らいなさい!」
「ぎゃああああああああ!」
かくしてコンパクト妖夢は、換気口の中で撃沈した。
◆
「全滅した……」
天人も半人半霊も再起不能となった今、さとりを救い出せる者はもういない。
お燐は目の前が真っ暗になった。
その時である。
「我にお任せを!」
威勢の良い声とともに現れたのは、東方神霊廟5面ボスの物部布都!
「困っているようだな。手を貸そう」
「いやいやいや、あんたネタバレされる張本人でしょうが」
「そこを騙されたと思って、このアホに任せてやってはくれませんか」
傍らには蘇我屠自古がふよふよと浮いている。
「絶対失敗すると思うんだけど……。まぁダメもとでお願いするよ、お姉さん」
「うむ、ほれ貸してみよ」
布都はソフトを手に、迷いなく廊下を進んでいく。
「しかし、今にトラウマ攻撃が……な、何ィ!」
衣玖は空気を読んでリアクションを取った。
「平然と歩いているわねぇ」
「これは一体……どういうことでしょう」
「説明しましょう。ヤツが ―― アホだからです!」
屠自古がキリッと集中線つきで言い放つ。
「アホなら仕方ないねぇ」
「アホなら仕方ないわね」
「アホなら仕方ありませんね」
全員が納得する完璧な論理だった。
布都は苦もなく目指す扉へ辿り着き、扉を叩く。
扉を開けたさとりが、驚いたように来訪者の手にあるものを見た。
「はっ。そ、それは新作!」
「これをお主に渡すよう頼まれた。よく分からんが、欲していたものであろう?」
「自分の出演作を理解していない!」
「あれがいわゆる本物というやつか!」
背景で驚くセコンド組。
「加えて、先ほどの天人さんは下手に体験版登場キャラを連想させたから失敗したけど、布都は体験版未登場。新作と関連があると看破されることもない!」
屠自古の解説に三人は深く頷いた。
「ありがとう、見知らぬお方……。これで私もやっと新作をプレイできる」
さとりは涙を流して感謝し、また部屋へと戻っていった。早速インストールするのだろう。
衣玖と幽々子は胸を撫で下ろした。
「これで任務完了ですね」
「そうね、一時はどうなる事かとおもったけど」
笑みを零す二人。
しかしお燐の顔は依然優れなかった。
「―― どうしました?」
「そうよ。やっと貴女の主人も引き篭もりから抜け出せるというのに」
「……まだだよ。まだ第一段階が終わっただけさ」
「第一段階、とは?」
屠自古が問い返したその時。
ピチューン
「い、今のは。バカな!」
聞こえてきた音に誰もが耳を疑った。
暗い顔のままのお燐を除いて。
「まさか、撃墜音!?」
「時間からして、インストールしたばかりのはずです。ピチュるようなポイントなど」
ピチューン
ピチューン
『ああああああああ!!』
地霊殿主の悲痛な叫びは、地獄に相応しい悲愴を伴っていた。
「一面で全機抱え落ち……だと……?」
もはや全員、顔面蒼白である。
溜息とともにお燐は言った。
「さとり様はSTGが、壊滅的にお下手なんだ。EASYですらクリアするまで、何カ月かかることやら……」
- 作品情報
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- 最新
- 投稿日時:
- 2012/04/01 22:51:40
- 更新日時:
- 2012/04/01 22:51:40
- 評価:
- 2/9
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