こがぬえ
作品集: 最新 投稿日時: 2012/04/01 22:50:45 更新日時: 2012/04/01 22:50:45 評価: 3/4 POINT: 24674729 Rate: 986990.16
ぬえは爆発した。
いや、していない。するわけがない。
ただ、破裂しそうな程に心臓が脈打っている。
その状態は驚いているとも言えるが、決してそんな事は口にできない。
代わりにぬえは悪態をつく。
「何処の誰だよ、この馬鹿に馬鹿なことを吹き込んだ大馬鹿はああああっ」
夜中に響く声を咎めるものはいなかった。
命蓮寺では一人一室の部屋を用意されている。
食事を終え、夜が深けてくるとぬえは布団にもぐった。
夜こそ妖怪の時間だけど、聖がぬえの夜間外出を禁じていた。騒ぎを起こし過ぎたのだ。
鵺だからこそ夜に飛ぶのが道理なのに、彼女の申し出はぬえにとって残酷なものだった。
ふて腐れて酒を呑み、皆にそっけない態度を見せつけてきた。
それぐらいしか腹いせが出来なかったのだ。
寝ようとしても眠れず、眼を閉じても意識は冴え冴えとしていた。
だからか、襖がそっと開かれていく音に気が付いた。
「起きてますかー」
ひそひそと静かに上擦った声が聞こえた。
彼女はぬえが布団にもぐっている姿を見て、ひっそりと笑みを浮かべた。
子供が見せる邪気のない表情だった。
日中に見れば誰しもが頭を撫でたくなるような笑みだったが(ぬえにとっては髪をぐしゃぐしゃにしてやりたくなる笑みでもあるが)、今ばかりは訝しんでしまう。
「おっどっろっけー」
楽しげに小傘は歩み寄ってくる。
ぬえの傍に来て寝顔を確認し、それから過ぎていった。
あれ、と思っていると彼女は部屋の隅に何かを張っていく。御札だった。退魔符ではなく、結界を張るためのものだ。妖怪が使っていいものではないし、小傘が入手できるものでもない。
そこで別の誰かの存在に気付く。
誰かが小傘に何かを吹き込んだのだ。ならば小傘がこれから何をするのか。
ぬえは気になって静観した。それは間違いだった。
寝そべったぬえの視界に白い布が落ちる。
小傘の寝巻だと気づいたのは、ぬえの眼前に小傘が腰を座らせてからになる。
かさぶたのついた膝頭が二つ。
妖怪とはいえ、女の子の身体を持つ小傘のふとももはふっくらとして滑らかな肌だった。
「っ」
「ねぇ、ぬえ。私はこう見えて、ぬえには感謝してるんだよ。ぬえって凄いんだもの。皆はひねくれものだって言うけど、私は優しい人、じゃなくて妖怪だと思うの。こんな化け傘にも構ってくれるんだもの。捨てられた私に優しくないけど、声をかけてくれる。それだけで私は嬉しくなれるの」
ぞわぞわと全身を悪寒が這いずりまわる。
ぬえは咄嗟に身体を起こし、小傘から距離を取った。
「あ、あ、あああああああアンタ馬鹿なんじゃないの!」
夜伽、という言葉は知識だけならば知っている。
しかし、そんなものは人間だけがする営みだとぬえは認識していた。
「あれ。ぬえ起きてたー」
からからと小傘は頬を綻ばした。
「起きてた、眠れなかったしね。でも小傘の所為で余計に眠れなくなった」
「あ、こうふんしたの?」
「死んで死ねっ!」
ぬえは隅に置いてあった自分の衣服を彼女に投げつけた。
「整理しよう。うん、この状況は不味い。村紗にでも見られたら何言われるか分かんないから」
「大丈夫だよ。この部屋、防音の結界張ったから」
「なにするつもりだよ!」
うがー、とぬえは吠えるが、小傘はいまいち釈然としない表情で答えた。
「……添い寝?」
「服、脱ぐ要素ないよね」
「でも、そうしないと添い寝から先っていうのが出来ないみたいだよ」
「なにそれ、誰が言った」
小傘はうーんと唸ってから、一気呵成と口を動かした。
「早苗と魔理沙とナズーリンと街であった門板さんと里の花屋さんとカキ氷屋の叔父さんと隙間妖怪となんかお酒臭い鬼」
そんな一辺の人に夜伽について教えて貰えるわけがない。
だから、小傘から自発的に聞いたのだろう。
「それは小傘が聞いたの? なんて尋ねたの?」
「日頃の感謝をしたいけど、私なんかに好かれても喜ばなそうだからって。そう聞けば、色々な人の体験談も聞けて一石二鳥ですね♪ って鴉天狗の記者さんが」
「くそ天狗ぅぅぅぅっ!」
準備の良さにも納得がいく。
端的にいって小傘は騙されている。生まれてたかが百年ちょっとの小娘を騙して他人を陥落させようとしている。それをネタに新聞を書くのだろう。
「ぬえ、どうかしたの」
「アンタは先にそれを着ろ」
小傘は投げつけられた黒いワンピースをじっくりと眺め、困ったような曖昧な笑みを浮かべた。
「どう、似あうかな」
アイツどう殺してやろうか、ただではな殺さない、むしろ楽に死ねないようなことをしてやろう。
そんな殺意を抱いていたぬえに、小傘は立ち上がってクルリと全身を見せつけた。
普段は自分の着ている服だったが、他人が着ると妙な違和感が纏わりついた。
小傘は恥ずかしそうに微笑していた。
「……それ、下着見えそうだよ」
「ええっ、ぬえがそれを言っちゃうの!」
分からない、私にはぬえの事が分からない、と小傘は頭を抱えて蹲った。
「小傘さ、感謝してるっていったよね。このぬえに」
「え、うん。言ったよ」
「ソレ、どこら辺のこと?」
「……沢山あるよ。ぬえと居るだけで楽しいんだもの。一緒に同じものを食べて、一緒に空を見てるだけで、付喪神になれて良かったって思えるから」
「ああ、分かった。小傘は馬鹿なんだ」
「ええっ、なんで? なんでそうなるの」
開けっぴろげな好意をよくも恥ずかし気も無くぶつけられるものだ。
ぬえには到底考えられない。考えたくもない。
「って、何してんのよ」
頭に軋みを感じていると、小傘はいそいそとぬえの布団へ入りこもうとしていた。
「え? 感謝の証し? 寝るだけだよ」
その寝るという単語が二重の意味を持つ。
けれど、小傘の口調にはそんな含みも裏も見えなかった。
追い払ってやろうかとぬえは口を開き、思い留まる。
鴉天狗の仕業ならば、どこからか監視していてもおかしくはない。
奴らの中には念写するストーカー予備軍もいるらしい。
ぬえはガリガリと頭を掻いて、溜め息をついた。
その様子を小傘は不安げに見つめていた。
「良いよ、分かった」
「……何が?」
「一緒に寝てあげる。けど、そんだけだよ。服を脱ぐ必要もないし指を絡ませる必要もないからね」
「指?」
「なんでもない。いーから寝ろ、いますぐ寝な」
「すぐには無理だよ」
ケラケラと人の気も知らずに小傘は笑った。
陰欝な気分になって、ぬえは重くげに身体を小傘の傍に座らせ、寝転がる。布団を被せると、普段よりも大きな隙間から冷めた空気が入り込んでくる。
何故か、小傘はぬえと向き合っている。
鼻に他人の存在がかかって、ぬえは呼吸がしにくくなった。
「なんだかドキドキするね」
「じゃあ、お前を蝋人形にして心臓を止めてやろうか」
「酷っ、怖っ」
「馬鹿なこと言ってないで寝るよ。何にもしないからね。そんでアイツは吠え面かけばいいのさ」
ふふん、とぬえは鼻を鳴らした。
小傘はゆっくりと笑みを作っていく。心底から嬉しいのだと表現していた。
「本当に、何にもしないの?」
「しない。嗚呼、色々聞いたんだっけ。じゃあ本当は知ってたんだ、アレ」
「アレってなんのこと?」
「半端だね」
そのいい加減さが何故だか、くすぐったかった。
ぬえがゲラゲラ笑うと、小傘は目を丸くしたがすぐに笑い返してくれた。
「え」
そう告げたのは、ぬえだった。
小傘は顔を俯かせ、布団の中でぬえの手を取った。五指を絡ませ、ぎゅぅっと握っている。
「……これで精いっぱいだから」
消え入りそうな声だった。
触れた手は冷たく、わずかに震えている。
そんな握るだけの行為が小傘には勇気が必要だったのかもしれない。
欲求は表に出した途端、酷く浅ましいもの成り代わる。
けれど、それは伝えなければ霧散し、欲望と共に想いもなりを潜めてしまう。
精いっぱいだから。
小傘の言葉から、そんな葛藤が見え透いてしまった。
ぬえは見てしまった。
ああそう――頑張ったね。
そう、言い返してやろうかとぬえは薄い笑みを浮かべるが、何も口に出来なかった。
「冷たい手。傘ばっかり握ってるからだよ」
「じゃあ、たまにこうやってぬえの手を握っても良い?」
「嫌だよ、ばーか」
「言うと思った。だから落ち込んであげないよ」
「勝手にしな」
「勝手にするよ」
くすりと小傘が笑い、からりとぬえも笑った。
握ると握り返される。
それはどちらからと言う訳でもなく、互いにそれを何度も繰り返した。
他人に求められるのは、そう悪い気持ちにならない。
その気持ちは、命蓮寺に来て芽生えたものだった。
奪うだけが妖怪ではない。
奪われるだけが人間ではない。
与える人間もいれば、与えられる妖怪もいる。
ぬえはそのどちら側にも付かないつもりでいたが、実際は今こうして、どちらかに属していた。
小傘は与えられる側だ。
けれど、ぬえは決して与える側ではない。
ならば自分は何か。
「本当にあったかい」
コツンと小傘はぬえの手を額に当てる。
それだけで、小傘の感じているぬくもりが伝わってきた。
「あ、そっか」
与えられたのは小傘だけではなかった。
「なにが?」
「なんでもない、いーから寝ろ。寝なさい」
くすくすと小傘は喉を鳴らして眼を閉じた。
ぬえも同じように目を閉じる、眠る事にした。
その手に僅かな熱を感じながら、静かに意識が落ちていった。
なにもかんがえずにかいたらこうなった
ごめんなさい
おれ、なにしてんだろ
作品情報
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投稿日時:
2012/04/01 22:50:45
更新日時:
2012/04/01 22:50:45
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■2012/04/01 22:58:24
なにもかんがえなくたっていいじゃないか にんげんだもの
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奇声を発する(ry
■2012/04/01 23:00:07
うん、しょうがない
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点
名前が無い程度の能力
■2012/04/03 06:28:12
久しぶりにいいカップリングSSを読めた
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