- 分類
- 没ネタ
- 途中切れ
風の強く吹き荒れる洞窟。
内側には強い風にあおられていくつかの岩が飛んでおり、また洞窟の外から光が差し込んでいた。
その奥、光の途切れた先に、頭上でまとめた金の髪と下がふんわり広がったスカートが特徴的な少女が一人浮かんでいた。
彼女は荒れた風にも慣れたふうで、たまに飛んでくる岩も上手にかわす。
「さてさて、しばらく待ってみようかねえ」
この地を幻想郷の者は幻想風穴と呼んでいた。忌み嫌われた地底と地上とを繋ぐ巨大な洞窟であるため、近づくものは少ない。
だが土蜘蛛の妖怪黒谷ヤマメは時折こうして入り口近くまで出てくることを習慣としていた。
光を求めていたわけではないし、外に出るつもりもない。
それでもこうして来るのは、まれに来る愚か者をからかって遊んだり、捕まえて病気にして遊んだり、食べてしまったりする為である。
旧都の連中は、それを魚のいない池に釣竿を垂らすようなモンだと笑う。
ヤマメはそう言われるといつも、いつかは天から魚が降ってきて池に入るかも知れないじゃないかと笑い返す。
まあ実際のところ暇な妖怪だったのだ。
空に浮かびながら、スカートの中に仕舞ってあった本を一冊取り出す。
人も妖怪も訪れず、強い風と飛び交う岩まであり、ここはすっかりヤマメだけの縄張りになっていた。
ヤマメの方も慣れたもので、どこに行けば岩を避けられ、どの時間帯ならば風の音が響かないか。すべてきっちり把握している。
だからこうして彼女は、風穴の中で読書だってできる。
確かに高い位置がお好きなのか、ここまで釣瓶落としの妖怪が上がってくることもある。
しかしあれはあくまで地底への高さを求めてここまで上がってくるのであって、積極的にここに来るヤマメほどの知識はない。
その妖怪―キスメというのだが―には、ヤマメは一回面白がって岩をぶつかる軌道に言葉巧みに誘導して放置した事がある。
その時はやっこさん、桶とおんなじくらいの大きさの岩にガツンとぶつかって旧都まで落っこちていった。
あんまり上手くいくし、おかしいものでヤマメがげらげらと指さして笑っていたら、旧都で飲んでる時に復讐とばかり頭の上に落ちてきた。
あまりの痛さであの時はヤマメ、首がもげるかと思った。そうしてボカボカなぐり合ったらいつの間にか二人は飲み仲間になっていた。
ヤマメは旧都の連中に顔が広いが、大体喧嘩から関係が始まっている気がする。
血の気が有り余ってる奴らばかりだよまったく、と襲いかかってきた時のキスメの真っ赤な顔を思い出して、笑みを浮かべる。
数十ページほど読書を終えると、一度穴の入口の方に様子を見に行った。いつも通り、誰も姿を見せない。
数週間ほど前に、ここに賑やかな奴が姿を見せたのがまるで嘘みたいとヤマメは思う。
赤くて白いのと黒くて白いの。あいつらとの久々の勝負は、なかなか楽しかった。
人間相手の弾幕なんて、随分久しぶりだったからどの程度力を入れていいかは読めなかったので自分なりにやったら、
後で弾幕を見せた旧都の鬼に笑われた。力の抜き方が下手だそうで。
人間どもに空気の読めない勝負を仕掛けて逃げられて、挙句の果てに幻想郷に来たやつにそんな事を言われたとあればちょっとムッと来るところもあったが、
弾幕を見たところ中々上手くできていて、思わず感心させられてしまった。
そんなわけでヤマメも現在新しいスペルカードを創作しているところなのである。名前は、カンダタロープ。
実際二人とも、もはやそうそうここに来る目的無いんじゃないの、とも思っているのだが。
そんな風にあの異変の時のことを思いながら、いつもより長めに入口をぼんやりと見ている。
その時。
ふと、入口付近の空気が少しだけ歪んで見えた。
風穴の風の流れをよく知ったヤマメでも見逃しかねなかったほど、ほんのわずかに。
(んんと、なんだろう)
急いで片手の本をスカートのうちに終い、もう片手を掲げる。
掲げた手の先から放射状に赤の網目が展開される。網目と網目の間を、赤の中型弾が走り抜けていく。
罠符「キャプチャーウェブ」の網だ。
歪んだ空気のあたりから、驚いたような声が聞こえ、ヤマメは思わずひゅうと声を漏らす。
どうだい旧都の連中。天から魚も、結構降ってくるもんじゃないか。
「だれかいるね。なああんた、遊ぼうじゃないか」
声をかけるも反応がない。ヤマメは少し声を張り上げた。
「この網は風穴の風に流されず、岩にも破れぬ特製品だ。
何の仕掛けで見えないのか知らないがな、地底の妖怪をやり過ごそうなんて甘い甘い」
全く反応がない。そこでヤマメはくくっと、悪そうに笑って見せる。
「そうだなあ、あくまで白を切るのならこのまま毒を流し込んでやってもいいよ」
毒と聞いて驚いたのか、空間が大きく歪んだ。
思わずぎょっとして見たヤマメの前で、歪んだ空間が二度三度、まばゆく発光した。
「ぐえ」
ヤマメは奇声を上げ、思わず片手で顔を覆う。
強い光に地底の妖怪は慣れていない。
「な!」
眩しい中でも無理やり目を開け光の方を向くと、網の端で必死にもがいている小さな赤い塊が見えた。
片手に先端が平らで丸い形になっているのが特徴的な、背の丈ほどもある鉄の棒を持ったまま、
背負ったリュックから巨大なハサミのようなものを取り出して網を切り出していた。
しまった、と思う。
前の網が切られる前に、新しい網を張らなくては。
しかし、キャプチャーウェブから展開された新しい網を、今度はやすやすとその赤い塊は避けた。ヤマメの側に避けてきたので、見た目が明らかになる。
帽子をかぶりリュックを背負い合羽を着こんだその少女の容貌に、ヤマメは驚いた。その姿態に見覚えがある。
少女はヤマメを睨み付け、吐き捨てるように叫んだ。
「さすが忌み嫌われた連中。力があるね。光学迷彩がこんな早く見破られるとは思わなかった。
でも捕まりはしない。こんな所で帰らされてたまるものか!」
驚いている隙に切り終えたハサミを携え、少女はあっさりと包囲を突破して、地底の奥へと逃げ込んでいった。その先を呆然と、しばらくの間ヤマメは見つめていた。
「あいつ……河童じゃん。なんでこんなところに来る?」
その河童は名を、河城みとりといった。
――あそこは、恐ろしい妖怪たちの住処だからね。みとりも、けして近づいてはいけないよ。
彼女の母は、彼女に地底を嫌われた妖怪の住む場所だと教えてくれた。
みとりは半人半妖の身で、どちらの社会にも溶け込めない存在だった。
「なんだか上が騒がしいわね」
水橋パルスィは、一人でいることを好む。嫉妬という物騒な彼女の能力のせいもあるが、それ以前に性格として一人である事が好きなのである。
一人はいい。自分の部屋を片付けたり、好きな音楽を聴いたり、他人に合わせなくていい。自分のペースで好きに生きられる。
誰かと比べたりペースを変えられたり。そういう嫌な事から今の地底は彼女を自由にしてくれた。
昔より、ずっと楽しく嫉妬を楽しめるってもんだ。
他者との間で生きざるを得なかったころ、毎日嫉妬に満ちて生きていた彼女の能力は今よりずっと優れていた。が、そんな事は今となってはどうでも良い。
きっとここに落とされたとき、自分の強さに拘る気持ちもおいてきてしまったのだろうとパルスィは思う。
「もしかして、また誰か来たのかしら」
博麗霊夢と霧雨魔理沙。その二人が地上から来たときは、パルスィも迎え撃って遊んでやったものだ。
人間を相手に遊ぶというのがそれ自体久方ぶりだったので加減を忘れていた気もしたけど、
自分自身が弱くなってしまっていたせいか向こうが強いせいか。あまり歯が立たずに負けてしまった記憶がある。
それでも、特にその強さに嫉妬した記憶がない。あくまでポーズだけだ。
強さに嫉妬するのは、結局の所強さに価値を認めるからだ。
地底の住人として日々を怠惰に過ごす今となっては強さはどうでも良く、その為嫉妬もしなかったのだろうと思う。
「外の奴よね、多分」
出会って皮肉のひとつでも言ってやろうか。ふとそんな気になって、ふわりと浮かぶ。
橋の前に差し掛かったその少女は、割と遠くからでもはっきりとパルスィに目視できた。
せっかくだから俺はこの赤い没ネタを供養するぜ
明壁
- 作品情報
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- 最新
- 投稿日時:
- 2012/04/01 22:06:33
- 更新日時:
- 2012/04/01 22:06:33
- 評価:
- 1/3
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ピクッ
みとりか