- 分類
- アリス
- 幽香
- 魔法
「こんにちは」
「こんにちは」
道を歩いていると、向こう側から歩いてきた幽香がいきなり挨拶をしてきた。ふだんないことだったので、アリスはびびったが、おうむがえしに挨拶を返してそのまま通りすぎようとした。
二三歩歩いたところで、後ろがしっと肩を掴まれた。
「ありがとう」
「……ありがとう」
種々の疑問が頭を駆け巡った(何に対してのお礼なんだろう、とか、とうとういかれたのかな、とか)が、危険なことだけはわかった。
アリスは目を伏せ、機械のような動作で頭を下げて、振り向いて逃げようとする。
幽香がさらに口を開いた。
「こんばんは」
昼だった。
アリスはため息をついた。覚悟を決めた。
「ねえ、どうしたの」
「さようなら」
「……さようなら!」
ダッシュで逃げた。
覚悟は決まっていたが、撤退の機会があるのなら乗じる。
「待てえ!」
追っかけてきた。
でも、幽香は足が遅い。余裕で逃げ切れるはずだった。
「ポポポポ〜ン♪」
マスタースパークが後ろから飛んできてアリスを焼いた。アリスは意識を失った。
気づくと、太陽の畑の幽香の家で、ベッドに寝かされて介抱されていた。
脱がされていた。気になって大事なところ(からだの真ん中あたり)をチェックしたが、おおむね無事なようだった。
近くの椅子に腰掛けて、幽香がこちらを見ている。はじめて目を見た。何か、暗い感じがした。
「どうしたの」
「たのしい、仲間が」
「何で私全裸なの」
「魔法の言葉で」
「パンツかえして」
首をかしげた。緑色の髪が少し揺れて、片目を隠した。伸び過ぎなようだった。
身を起こすと、上掛けがめくれて、形のよい乳房と乳首があらわになった。視点が高くなると、家の中がよく見えるようになった。裸でも寒くないくらいにはあったかくって、旧式のストーブの上でやかんに入ったお湯が湧いていて、その上に洗濯物と、ぐったりして血の気がなくなったリグルが物干し竿にかけられていた。
洗濯物の中には下着もあって、アリスがはいていたピンクのパンツがていねいに広げて干されていた。横には、赤いチェック柄のパンツがある。たぶん、幽香のものだろう。
恋人同士みたいだ、と思って、アリスはちょっと照れた。
「今何時?」
「おはよ」
「朝、なのかな」
「いただきます」
何を? とは訊かなかった。
焼き立てのトーストと、紅茶がお盆に乗って用意されていたからだ。パンにつけるものは、マーマレードと、チョコレートと、ジャムがあった。幽香のお手製なのかな、と思った。シンプルだけど、起き抜けだからちょうどいいと思った。
「いただきます」
アリスが言うと、幽香はにっこり微笑んだ。
「いってきます」
と言って、幽香が出かけてしまうのを見送ると、アリスはつとめて無視していたリグルに目を向けて、もう血も流れていないのを確認すると、(たぶん、どこかで受け答えを間違えたんだろう)と考えた。
魔法の言葉は、主に魔法使いの間で通じるもの。森や図書館や、薄暗いところに住んで、人と会わない生活をしていると、幽香が使っていたような種類の言葉が、とても貴重なものに思えるのだ。
幽香が帰ってきたら、「ただいま」と言うだろう。まだ、トーストを食べ終えていないから、そのときにアリスは「ごちそうさま」と言うだろう。
それから「おやすみなさい」をして、一緒に寝るだろう。
幽香が魔理沙を連れてきてくれればいいな、とアリスは思った。そうすれば、三人で友だちになれるだろう。魔理沙はまだまだ初心者なので、この機会にきっちり、魔法の言葉を教え込んであげたい。
「ぽぽぽぽ〜ん」
ひとりごとを言うと、言葉が空中に浮いて天井に溶けていった。自分の髪の毛も、少し伸び過ぎなように思った。
転載3
あのときは大変だった……
アン・シャーリー
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2012/04/01 19:38:39
- 更新日時:
- 2012/04/01 19:38:39
- 評価:
- 2/8
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