今日この日くらい

作品集: 1 投稿日時: 2012/04/01 18:24:01 更新日時: 2012/04/01 18:24:01 評価: 1/4 POINT: 10681379 Rate: 427256.16

 

分類
ふとじこ親子




「おはようございます、母様」

目が覚めて、廊下でばったり出会った屠自古の第一声がそれだった。

「と、屠自古……?」

屠自古は我の娘である。
昔は我の事を慕ってくれる、可愛い娘じゃった

だけど、その縁はすでに切ってしまい、今では使役するもの、されるものの関係となっている。
故に屠自古も、我が復活してから今までの間、決して我の事を「母」と呼んでくれる事はなかった、のじゃが……。

「と、屠自古? どうしたのじゃいきなり」

突然の事に、流石の我も思考が追いつかぬ。
何時も迷惑をかけているお返しに、何か企んでおるのじゃろうか。

「? 母様こそどうされたのですか?
 それと、ご飯が冷めてしまいますから、早く居間にいらしてください。私は太子様を起こしてきますので」

首を傾げたまま、屠自古はそれだけ告げて踵を返してしまう。
本気で『何を言っているんだ?』という表情をしておった。故に、今までの2回の発言も、全て本気で言っているという事……?

「ど、どうしたというのじゃ……」

まるでわけが判らず、そのまま立ち尽くしてしまう。

……勿論、我はまだ屠自古の事を、娘だと思っている。
だから、屠自古が我の事を『母』と呼んでくれる事は、たまらなく嬉しい事じゃ。
それこそ、まるで夢のよう……。

「……あっ」

とある事を思いつき、我は自分の頬を抓ってみる。

……悲しい事であったが、ほんの少しの痛みも感じなかった。

……ああ、そういう事なのか。
それはそうじゃろうな。素直でない屠自古が、なにが企んでいたとしても、今更我の事を『母』などと呼ぶはずがあるまい。

……心の何処かでずっと、屠自古に今一度『母様』と呼んでもらいたかったのじゃろうな、我は。
だからきっと、こんな夢を見てしまったのじゃろう。

じゃが、今は少しだけ、この夢に身を委ねてしまっても良いじゃろうか。
現実ではもう二度と叶わぬかも知れぬ、我と屠自古の親子の復縁。



だから、ほんの少しでいい。今一度だけ、屠自古との親子の時間を……。



「ああもう、母様! いつまでそんなところにいるのですか!」

と、廊下の向こうに、この場に戻ってきた屠自古の姿が見えた。その横には、太子様の姿も。

「まったく! 母様はいつもいつも……!」

「ははは、いいじゃないですか屠自古。朝からそんなに怒鳴るものではありませんよ」

……ああ、夢の中でも屠自古は変わらぬな。仮に、現実で親子を続けていても、せいぜい呼び名が変わっていたくらいじゃろうか。

「ああ、すまぬな、我が愛娘よ」

「なっ! きゅ、急になんですか!」

たった一言、夢の中の屠自古に、そう告げてやる。我がもう一度、屠自古に言ってやりたかった事を。
いつか現実の屠自古にも、こう言ってやれる日は来るのじゃろうか。

「ふふっ、親子の仲がいいようで、私は安心しましたよ」

「なっ! た、太子様も茶化さないでください!」

「照れるでないぞ、まったく可愛いやつめ」

神霊廟に、陽気な笑い声が響く。

ああ、何時目覚めてしまうかも判らぬが、出来れば長い間、この夢を見ていたい。
もし親子の縁を切らなければ、きっと現実でもこんな風景を見る事が出来たじゃろう。
じゃが、時既に遅い。なれば、せめて夢の中だけでも……。

屠自古……母様はお主の事を……愛しておるぞ……。





 * * * * * *





「へへへ……屠自古ぉ……」

私の眼下で、不気味な笑い声を上げながらも、幸せそうに眠る布都。
朝食が出来たから起こしに来たのだが……まったく、本当にどうしようもない奴だ。

……こんなのが、私の母親なのだからな……。

「はぁ……」

ため息が漏れた。こんな寝言を聞く前なら、雷を呼んで叩き起こしてやろうと思ったが……。
あまりにも幸せそうなその寝顔を見ていて、その気も失せてしまった。

「屠自古……愛しておるぞぉ……」

まったく……寝言だからって、恥ずかしい事を平然と……聞いているこっちが恥ずかしい。

だけど……母様の本音を、少しだけ聞く事が出来た気がする。
復活した時に、母様から親子の縁を切ろうと言われた時には、どうしようもなく悲しかった。
それでも、母様には母様なりの考えがあっての事だと思うと、私はそれに反発する事が出来なかった。

今は母様を『物部布都』としてみる事にも、慣れてしまったが……。
……やっぱり、母様は何時まで経っても、私の大切な母親なのだな。
何時もはそんな態度を示さないけれど、きっと今でも私の事を、娘だと思ってくれているのだろう。

「やれやれ、愚か者めが……」

母様の寝顔の傍に、腰を下ろす。そして、その髪をそっと撫でてみる。
忘れもしない、子供の頃にずっと感じていた母様の暖かさが、壊れぬ事を知らぬ私の身体に、静かに染み渡ってくる。

……そう言えば、今日は4月1日。エイプリルフールだったな。
今日だけは、みんながみんな嘘を吐くことを楽しむ日だ。

……だったら、今日一日くらい……今一度くらい、こんな馬鹿げた事を言っても許されるだろうか。
どうせ布都は眠っているんだし、この場には他に誰もいない。
だから、今一度だけ……。

……物部布都の娘、蘇我屠自古として……。



「……私も、愛していますよ。母様……」



私の顔も、母様と同じように綻んでいた……。



設定も固まってきてやり辛くなってしまったふとじこ親子ネタも、今日この場所くらいは許されていいと思う。
酢烏賊楓
作品情報
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投稿日時:
2012/04/01 18:24:01
更新日時:
2012/04/01 18:24:01
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0. 2903602点 匿名評価 投稿数: 3
1. 7777777 奇声を発する(ry ■2012/04/01 18:28:38
良い愛で溢れていました
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