天一アリス!

作品集: 1 投稿日時: 2012/04/01 17:37:11 更新日時: 2012/04/01 18:10:55 評価: 7/17 POINT: 60747308 Rate: 674970.37

 

分類
魔理沙
アリス
※関西人限定
 三月三十一日。
 この日の深夜十一時半に、『年度納めに』という訳の分かるような分からないような理由により、私はアリスによって、人里にある『天下一品』というラーメン屋に連れて来られていた。
 私は今日が初めてだが、アリスはなんでも、週六でこの店に通っているほどの常連らしい。
 てか、週六て。

「ご注文の方お決まりでしょうか」
「チャーハン定食チャーシュー麺。こってりの普通麺で」
「チャーハン定食チャーシュー麺、こってりの普通麺ですね。かしこまりました」

 着席するや否や注文を聞いてきた店員に対し、一分の淀みも無く注文するアリス。
 なんか色々言っていてよく分からなかったが、とりあえず私も注文しなければと慌ててメニューを開いて言った。

「えっと、じゃあ私は、この餃子定食ってやつを」
「はい、餃子定食ですね。スープはこってりでよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい」

 一瞬何の事かと戸惑ったが、すぐにメニュー上欄に「こってり」「あっさり」「ハーフ」の三種類のスープがあることに気付いた。

 しかしそれなら、『スープはいかが致しますか』とでも訊くべきではないのか?
 なんで最初から、こってり前提の訊き方なんだ?
 それならむしろ、最初からこってりスープだけにしておいた方がいいのではないか?

 そんな疑問の数々を浮かべた私に、隣のアリスが小声で(それでいて得意気に)教示してきた。

「ちっち。甘いわね魔理沙。天一の極意はこってりスープにあるのよ。来る客の99%はこのこってりスープを求めて来ていると言っても過言ではないわ。……しかしそうは言っても、流石に毎日毎食こってりだと胃に堪えるから、月に一、二回程度の休息日用として、あっさりやハーフが用意されているってわけよ」
「いや、そもそも毎日毎食食べる意味が分からんし、休息日にあえてまた同じ店のラーメンを食べようとする意図も分からない」
「……フゥ……これだから素人は……」

 私が至極真っ当なツッコミを返すと、アリスはやれやれといわんばかりに大仰に肩を竦めてみせた。
 悪かったな素人で。

「麺は普通麺と細麺がございますが、いかが致しましょうか」
「あ、えっと、じゃあ……普通麺で」
「かしこまりました。では、餃子定食こってりスープの普通麺で」

 注文の復誦を終えた店員が去った後、また新たな疑問が湧いたので、私はアリスに尋ねてみた。

「なあアリス。スープはこってり前提で訊かれたのに、麺の種類はそうじゃない訊き方だったのは何でだ?」
「さあ。そういうマニュアルなんでしょ」

 アリスはどうでもよさそうにそう言うと、お冷をぐいっと一気に飲み干した。
 こいつは基本的に、興味の無い領域の話にはとことん興味が無い。
 店員にお冷のお代わりを要求しているアリスを横目に見ながら、私はどこにぶつけるでもなくただただ長い息を吐いた。


 ―――そして注文から五分も経たないうちに、アリスの注文したチャーハン定食が、そして私の注文したラーメン及びご飯が運ばれてきた。

 餃子はもう少し後になるらしい。
 まあ焼くのに時間が掛かるんだろう。

 餃子だけ待つのもなんだし、熱いものは熱いうちに食べた方が美味しいに決まっているので、私は既に注文の品が揃っているアリスともども、来た分から箸をつけることにした。

「いただきます」
「いただきます」

 手を合わせて礼をした後、早速ラーメンに箸を入れる。
 すると。

「うお! なんだ……? このスープ」

 思わずたじろいだ。
 こんなに濃い、というより、こんなにどろっとした感じのスープは今まで見たことが無かった。
 箸が思うように動かせないじゃないか。

「ふふふ……これが天一のこってりスープよ」

 ドヤ顔でキメているアリスは無視し、私は暫しこの泥のようなスープに目を凝らす。
 これは本当にラーメンのスープなのだろうか?

「うーん、やっぱりこれよねぇ」

 かと思えば、アリスは隣で、早くもずずずっと麺を啜っていた。
 金色の髪も西洋人形みたいな衣服も、ラーメンを食べる一連の所作にはまったく似つかわしくないはずなのに、何故かそれらは奇妙なほどにマッチングしていた。

「? どうしたの? 早く食べないと冷めちゃうわよ?」

 口から麺を出しながらアリスが言う。
 せめて噛み切ってから喋れ。

「……ああ。わかってるよ」

 しかしアリスの言う通り、いつまでもこんなところでまごついているわけにはいかない。
 熱いものは熱いうちに食べた方が美味しいに決まっていると、さっき自分でそう言ったばかりではないか。

「……よし」

 私は決意を胸に秘め、鉢の奥深くに突っ込んでいた箸を一気に掬い上げた。
 一口大の麺の塊に、どろっとしたスープがまとわりついている。

「……ていっ!」

 そしてそれを、一思いに口内に叩き込む。
 後は野となれ山となれ……って、おい!?

「……こ、これは……」

 なんと表現したらいいのだろうか。
 見た目の通りどろっとしていて、味も予想通りに濃くて、どう考えてもカロリー爆発してるだろうし健康にも悪そうなのに……なのに。

「……はふっ! はふふっ!」

 マズくない!
 けっしてマズくないぞ!!

 まるでこう、スープを飲んでいるというよりはむしろ食っていると形容した方が適切なような気がするし、こんな夜中にこんなもん食ってどう考えても太るだろ私とか、そんなことももう何もかもがどうでもよくなっちまうくらいに。

「はふ。はふ」

 私は一心不乱に、スープを、麺を、メンマを、そしてチャーシューを……貪り続けた。

「こちら餃子になります」
 
 その店員の声でやや現実に回帰した私は、遅れてきた準主役に目を留める。
 普通、こういう店で出てくる餃子はきれいにつながっているものなのだが……この店のは、一個ずつばらばらになっていた。

 しかし、それがどうした。

 食ってみればいい。
 食べ物の味を決めるのは、見た目ではないのだから。

 ラーメンをもごもごさせながら、流れるような所作で餃子に箸を伸ばした私の右横に、そっと小皿が差し出された。

 アリスだ。
 いつの間にか、小皿に餃子のタレと、少々のラー油を入れてくれていたらしい。

「サンキュ」

 私が軽く礼を言うと、アリスは無言で頷いた。
 またこいつとコンビを組んで異変に挑んでみるのもいいかもしれないな。

 そんなことを思いながら、私は餃子を一つ箸でつまむと、タレにさっと付け、すぐに引き揚げた。
 つけ過ぎるのは辛くなってしまってよくない。

 二口に分けるか微妙な大きさだったが、私はあえて一個丸ごとを口内に運び込んでみた。

「! これは……」

 ウマい。
 やはりウマいぞ。
 なんというか、白ごはんを掻き込みたくなる味だ。
 
 私は口の中の餃子を軽く咀嚼しながら、まだ手を付けていなかった白ごはんの碗を取り、一気に掻き込んだ。

「ハフッ! ハフハフ、ハフッ!」

 ああ、美味しい。
 これ自体は、特に有名なブランド米でもない普通の白米だろうに、何でこんなに美味いんだ。
 日本人でよかった。

「……ん」

 口内に少し米が残ったので、白ごはんの隣にそっと添えられていた沢庵に箸を伸ばす。
 三切れのうちの一切れをつまみ、口内のごはんと優しくブレンドさせた。
 ポリポリと小気味良い音が響き、至上の幸福感が私を包む。

 ええいくそ、なんだっていうんだ。
 たかが白ごはんと沢庵で! たかが白ごはんと沢庵で!

 今更内心でそんな悪態を突こうが、時既に遅し。
 ごはんと沢庵を咀嚼し終えるより早く、再びどろりとしたスープに箸を突っ込んでいる私がいた。

 ああ、隣のアリスから生優しい視線を感じる。
 まるで、はじめてのおつかいをする我が子を見守る母親の如き慈愛に満ちた笑みが、きっとそこにはあるのだろう。
 
 ……流石に、恥ずかしいのと食べるのに夢中なのとで、私がそれを確認することは叶わなかったが。


 ―――そして。

「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」

 手を合わせて礼をする。
 ああ、結局スープも全部飲んで……もとい、食べてしまった。
 スープが無くなって初めて目に入る、鉢の内側の『またの御来店お待ちしています』の文字が眩しい。

「……さて、魔理沙。どうだったかしら? 初めての天一は」

 そしてこの上なく綺麗な笑みで、アリスが横から問いかけてくる。
 くそ、もう答えなんて分かっているくせに。

 しかし正直に答えるのが癪な私は、なんとか上手い言い逃れを探していると、ふと、アリスの後方、壁に掛けられていた丸時計が目に留まった。
 その短針は既に12を右に回っており、同時に、私はその意味を理解してにやりと笑うと、

「あー! すっごく不味かったぜ! もう二度と此処には来たくないな!」

 と、これ以上ないくらい、偽悪的に言ってみた。
 
「……え?」

 流石に予想外の返事だったのだろう、思わず目をぱちくりとさせるアリス。
 仕方ないので、私は目配せでヒントを送ってやった。

「?」
 
 怪訝そうな表情を浮かべながら、私の視線の先を追い、後ろを振り向くアリス。

「…………」

 そのまま、時計の針を眺め続けること数秒。
 やがて私の方へと向き直ると、アリスは何も言わずににっこりと微笑んだ。

 



 
 了
三月末までの100円割引券を使い切るために、先月7回くらい行きました
まりまりさ
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2012/04/01 17:37:11
更新日時:
2012/04/01 18:10:55
評価:
7/17
POINT:
60747308
Rate:
674970.37
簡易匿名評価
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0. 13413980点 匿名評価 投稿数: 10
1. 7777777 奇声を発する(ry ■2012/04/01 17:42:39
お腹減ってきた…
2. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 17:44:57
明日食べに行こう
3. 7777777 GOJU ■2012/04/01 17:48:23
久しく食べてないな……
こってりの味が恋しい
4. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 18:04:37
夕飯前に読むんじゃなかった
おなかがラーメン以外受け付けなくなってしまった
9. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 21:44:29
b
10. 666666 6 ■2012/04/01 22:02:20
天下一品に行ってみたくなりました
どれだけスープがこってりなんだろう……
14. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/02 01:14:11
ちょっと天一行ってくる

久々にこっさりもいいが、やっぱこってりだな
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