- 分類
- 魔理沙
- アリス
- アリス
- アリス
- アリス
- マリアリ
「おーい、アリス居るかー? 醤油切れたから分けてくれ」
マーガトロイド邸の玄関に、ノックの嵐を叩き込む。
ドドドン、ドドドドン。恋色マスターノック。相手は死ぬ。
いや待て、死なれたら困る。せめて醤油だけでも遺していって貰わないと。
「魔理沙? 相変わらず騒がしい奴ね。鍵は掛かってないから入ってきなさいな」
なんと、無用心なヤツめ。
オートロックも無しに都会派を気取るとは片腹痛し。
その慢心、田舎の魔法使いの名において諫めてくれようぞ。
「邪魔するぜ。早速だが醤油を……っ!?」
……あれ、おかしいな。
アリスが二人居るように見える。疲れてるのかな、私……。
いやいや、きっと片方はよく出来た人形だ。そうに決まってる。
何が狙いかは知らないが、くだらん茶番に付き合う必要はない。ここは気付かぬフリしてやりすごそう。
「……醤油を分けてくれ」
「何か言う事は無いの?」
くそっ、駄目か!
二人してニヤニヤ笑いやがって……二人? 一人と一体って言ったほうが正しいのかな。多分。
しかしよく出来てやがるぜ。まったくの瓜二つだ。これではどちらが本体かわからんなあ。
「あー……アリス?」
「ちょっと、そっちは人形よ。本体は私」
「いいえ本体は私よ。人形はそっちでしょ」
馬鹿にしてるんだね? 君たち私を馬鹿にしてるんだね?
いや違う、本体はあくまで一人。アリス・マーガトロイドが何人も居てたまるか。
「どうしたの魔理沙? 借りてきた猫みたいに大人しくしちゃって」
「そうよそうよ。いつもみたいに悪態の一つもついてみなさいな」
ステレオで喋るんじゃない! 腹立つなあ!
しかしこのままやられっぱなしってのも、私の流儀じゃない。
何かこう、暴力的な手段に頼らず優位に立つ方法は無いものか……そうだ!
「二人ともアリスじゃあややこしくて困る。よってこれからはお前をアリスA、そっちのお前をアリスBと呼ばせてもらうぜ」
「嫌よ。RPGの雑魚モンスターじゃあるまいし」
「だったらお前はAリス、そんでもってお前がBガトロイドだ。これなら文句あるまい」
「どうしてアルファベットにこだわるのよ……」
それよ、それ。その呆れ顔が見たかった。
名前を与えるという事は、すなわち相手を支配するという事だ。どうやらこの勝負、私の勝ちのようだな!
でも勝負とか増えたアリスとかホンッッットにどうでもいいな。私は醤油が欲しいだけなのに。
「よーしAリス、台所に行って醤油をとってこい。Bガトロイドは大人しく座ってろ」
「あまり図に乗らない方がいいわよ? なにせこちらは七色の人形遣いが二人。白黒のあなた一人に勝ち目は無いわ」
「その通り。彼我の戦力差は単純に見ても7:1。これでは勝負にすらならないわね」
二人居たって同じ色なら変わんねえだろ。よって戦力差は3.5:1だ。
いや違うな。そもそも色の数で戦力が決まるわけじゃない。よって戦力差は2:1だ。
おっと危ない。本体はあくまで一人だ。そこを忘れちゃいけないね。よって戦力差は1:1だ。
どうだ見ろ。圧倒的に不利な状況を、見事な機転で引っくり返してやったぞ。ブレインってのはこう使うんだよ七色魔法莫迦め。
「もう諦めるんだな。どうあがいてもお前らに勝ち目はないぜ! Aリス、Bガトロイド、そしてお前もだ上海人形!」
「それは蓬莱よ」
「そ、そうか。済まなかったな蓬莱人形」
「シャンハーイ」
やっぱり上海じゃないか! 人を馬鹿にするのも大概にしろ!
もうアレか? 弾幕か? 伝家の宝刀抜いちゃうしかないか?
M.A.S.T.E.R.S.P.A.R.K。相手は死ね。
「そんな怖い顔しなくたっていいじゃない。醤油くらい分けてあげるから、機嫌を直しなさいな」
Bガトロイドが指を鳴らすと、台所から空のコップを持った人形がやってきて、そのままAリスに手渡した。
しかし、何故コップなんだ? それに醤油を入れて持って帰れって言うのかよ? そもそもそのコップ空だし……。
「オロロロロロロロロロロロロ……」
……神妙な面持ちのAリスが、コップの中に何やら赤い液体を吐き出してやがる。
その手の専門家が見たら、即日入院を勧めそうな光景だ。一体私の目の前で何が起きてるんだ?
「ふう……はい、チリソースよ」
理解が追いつかないまま、Aリスからチリソースがなみなみと注がれたコップを受け取る私。なんだよこの状況は。
ここはひとつ冷静に考えてみよう。いくら魔法使いでも、あれだけの量のチリソースを吐き出すなんて不可能に決まってる。
すなわち、Aリスは本体ではなく人形。チリソースの詰まった人形だ。何だそりゃバカジャネーノ。
「Bガトロイド……いや、アリス・マーガトロイド。事情を説明してもらおうか」
「時間も予算も必要ない。すぐに解るわ」
弁解は罪悪と知るAリス……いや、チリスと呼ぼう。
チリスが指を鳴らし、再び空のコップを持った人形がやってきて、そのままアリス本人に……って、おい!?
「オロロロロロロロロロロロロ……」
……上目遣いで私を見ながら、アリス本人がコップの中に、今度は白い液体を吐き出し始めた。
その手のマニアにはたまらない光景なのかもしれんが、今の私にとっては悪夢としか思えん。あってはならない歪みです。
「はい、ヨーグルトソースよ」
ヨグ=ソトース? いいかげん私のSAN値も限界に近い。
Bガトロイドはアリスではなかった。チリスと同種の、いわばヨーグルトロイドとでも呼ぶべき存在だ。
ダブルアリス・ダブルフェイク。本物はどこかでニヤニヤ笑いながら見てるに違いない。
右手にチリソースを、左手にヨーグルトソースを持ったまま、私は残った正気を総動員してこの状況に対処しなければならないのか。
「言いたい事は山ほどあるんだが……醤油は無いのか?」
「事ここに至って醤油にこだわるのはナンセンスだわ。何に使うのか知らないけど、私のチリソースがあれば万事オッケーよ」
「そうは言うがなチリスよ。キノコにチリソースをかけて食べるほど、私はハイカラな生き物じゃないんだぜ?」
「だったら私のヨーグルトソースをかければいいじゃない。きっと新世界が開けるはずよ」
嫌だよ。開きたくねえよそんな世界。滅べ。今すぐ滅んでしまえ。
八卦炉を取り出すべく秘密のポケットをまさぐる私の手に、なにやら柔らかいものが当たる。
キノコだ。
それもよりによって細長く傘も開ききっていない、間違ってもヨーグルトソースなどかけてはいけない種類のキノコ。
卓の上に置いた二つのコップが、悩ましい光沢を帯びながら私の視界で揺れている。
どうする、どうするよ私。
「さあ、どうするの魔理沙?」
「あなたはそのキノコを、どちらのソースに浸して頬張るつもりなの?」
「嫌な決断を迫るんじゃない! 大体お前ら何なんだよ!? なんでアリスの口から調味料が出てくるシーンを何度も見せられなきゃならないんだよ私が一体何をしたっていうんだなんでだなんでだなんでだなんでだ!」
「ふふっ、そろそろ限界みたいね。いいわ。種明かしの時間よ」
……チリスとヨーグルトロイドが同時に指を鳴らし、台所から三人目のアリスが現れた。
今の私に出来るのは、こいつが三体目でないことを祈る事だけだ。
「その二体は、いずれ訪れる脅威に備えて作った身代わり人形――影武者よ」
「脅威だと? 一体何の事を言っている?」
「あなたがこの間戦った連中や、それに対抗して外の世界から招聘された大物妖怪……幻想郷は常に、侵略者の魔の手に晒されているのよ」
「それでお前はこんなモノを作ったってわけか。馬鹿馬鹿しい」
「いずれ大きな戦いが始まるわ。そうなれば私たちも無関係ではいられなくなるでしょう。魔理沙、はっきり言ってあなたには危機感が足りないわ」
危機感を募らせた結果がコレとはな。どうやら危機感という言葉の意味を考え直す時機が来たようだ。
ソースを吐き出す二体の影武者で満足しているようじゃあ、お前はこの先生きのこれないぜ。
「最終的には七体まで増やす予定よ。そして幻想郷に虹を架けるの。美しき七色の虹をね……」
「よせよ、気持ち悪い! 大体なんで身代わり人形に調味料なんか仕込むんだよ!」
「ただの人形じゃ芸が無いでしょう? 実益を考慮した結果、平時は調味料容れとして運用するのがベストという結論に至ったのよ」
こいつの頭の中でどのような論理展開を経て、こんなブッ飛んだ結論に至ったのだろうか。
知れば正気では居られなくなるだろうな。これがホンモノの魔法使いというものか。私も将来歩むべき道を考え直す時機が来たのかもしれん。
「魔理沙相手の試験はとりあえず成功ね。今度はこの子たちを引き連れて、人間の里を練り歩いてみようかしら」
「どんな判断だ。評判をドブに捨てる気か」
こいつが練り歩くだけで満足するとは思えん。どうせ観衆の前で披露するつもりだろう? ご自慢のダブルソースをよぉ!
嫌過ぎるわそんな光景。子供たちが泣くぞ。大人たちだって泣いちゃうぞ。
「そうそう、あなたは醤油が欲しいんだったわね」
そう言うとアリスはコップを取り出し待て待て待て待て待て待て待て待て待てぇ!
お前もか!? お前もなのかぁ!?
「オロロロロロロロロロロロロ……」
アリスの……いや、ソイ・ソリスの口から流れ出た漆黒の液体が、空のコップを満たしていく。
アリス・シリーズは既に三体目まで完成していたのか。いや、用意周到なコイツの事だ。もう既に七体のアリスが完成しているのかもしれん。
そうなれば幻想郷はお終いだ。カラフルなゲロを吐き散らすアリス軍団を相手に戦える者など、この地には一人として居はしないだろう。
「はい、あなたが欲しがっていた醤油よ。よく味わって飲んでね」
飲んでどーする。病むわ。既に私の心は病み始めてるってのに、身体まで病ませるつもりか。
止めなければ……幻想郷の未来のために、そして何より私の心身の健康のためにも、この狂気の魔法使いを止めなければならん!
「おいアリス! 本物のアリスッ! 聞いてるんだろうアリスよッ!」
「ちょっ、魔理沙!? いきなりどうしたの!?」
チリス、ヨーグルトロイド、そしてソイ・ソリスが同一のモーションでたじろぐ。
ええい、貴様らに用は無い。私が呼んでいるのは本物のアリスだ。どこかで見ているんだろう、アリスよ!
「出て来いアリス! 幻想郷に霧雨魔理沙がある限り、お前の思い通りになんてさせないぜ!」
「ああもう、なにマジになっちゃってるのよ。少し落ち着きなさい」
そして現れる四体目のアリス。性懲りも無く同じパターンを繰り返しやがって。もう騙されないぜ。
私は素早くそいつに駆け寄って、両頬を掴んで激しく揺さぶってやった。
「お前はいったい何味だ!? 出せ、出して見せろ! 毒の全てを!」
「ま、魔理沙落ち着いて! 私は本物! 本物のアリス・マーガトロイドよ!」
「あーそうだな。まるで本物みたいだ。まったくお前は大した人形職人だぜ!」
私を引き剥がそうと近寄ってくる三体の人形を、自慢のヒップアタックで撃退する。
手間をかけさせるなよ。お前の後にも大勢待ってるんだから。
「聞いてるかアリス! よく見ておくんだな! 本物のお前が現れるまで、私は何回だってやってやるぜ!」
「な、何を……?」
「味 見 だ よ !」
私は呼吸を整えた後、四体目の唇を一息に奪ってやった。
どうだアリスよ。お前の姿を模した人形とこの私が、熱ゥいディープキスを交わしてるんだぜ?
お前の正気がどこまでもつか見物だな! フハハハハハハハ……!
「ん……んむぅー!? んむっ、んむっ!? んむう〜ぅっ!?」
ええい、人形のクセに五月蝿いやつだ。何処かでアリスが演技しているんだと思うと、余計に腹が立ってくる。
目ン玉引ん剥いて、頬まで赤く染めやがって。これもどうせアリスが操作しているんだろうな。勝手にやってろ、アホ!
そろそろ息が続かなくなってきたので、ここらで一旦解放してやるとするか。
「ぷはぁ! ……ううっ、なにすんのよぉ……ばかぁ……」
ふん、人形の分際で涙なんか浮かべやがって。アリスのやつも趣味が悪いぜ、まったく。
それはそうと、コイツの口から“採取”した液体……一体何の調味料だ?
テイスティングしてみてもイマイチわからん。仄かな酸味とまろやかな甘みが特徴的だが、調味料としてはちょっと弱すぎる気がするな。
「なっ、何してるのよこの変態! 早く吐き出しなさい!」
「酢……かな?」
「はあ?」
「うん、きっとお酢の一種か何かだろうな。よってお前は今からビネガトロイドだ。おいアリス、次の人形を出しな!」
「だーかーらー! 私が本物だって言ってるでしょうが馬鹿魔理沙! あんたが口に含んでるのは私の唾液よ!」
「ほう、本物のアリスは口から酢を出すっていうのかい。阿求に教えてやらないとな」
「いい加減に……しなさいッ!」
ビネガトロイドが指を鳴らした瞬間、無造作に転がっていた三体のアリスが息を吹き返し、私に向かって一斉に跳びかかってきた。
流石の私も、三体同時に来られてはひとたまりも無い。あっけなく押さえつけられてしまったぜ。無念。
「くそっ、放せ! 私を一体どうするつもりだ!」
「私が本物だって事を証明してあげるわ……さあみんな、魔理沙に思いっきり頬擦りしてあげなさい!」
「なんだそりゃ、おい! やめろお前らっ……!?」
三体のアリス人形が、よってたかって私に頬を押し付けてくる。
しかし妙だ。さっき掴んだビネガトロイドの頬と違って、こいつらの頬は冷たくて硬い。
ビネガトロイドだけ特別製なのかな? でなければ、まさか……。
「お前が……本物のアリス?」
「さっきからそう言ってるでしょうがこの馬鹿! 何がビネガトロイドよ、もう……!」
「い、いやあ、さっき酢がどうとか言ったのは取り消すぜ。お前の唾液は甘酸っぱかったんだよ、イチゴみたいにな。よってお前はストロイド、いや、ストロベロイドって事で……」
「こっ、こっ、この馬鹿魔理沙ッ……! みんな! その馬鹿を立ち上がらせなさい! スタンダップ!」
必死にご機嫌を取ったつもりだったのだが、どうやら裏目に出てしまったらしい。
だがなアリスよ、どうせこいつらはお前が指先で操作しているんだから、いちいち声に出さなくったっていいんじゃないか? まあ私が気にする事でもないが。
「私を本気で怒らせ……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ本気で怒らせてしまったわね。もう謝ったって許してあげないんだから」
「何故言い直した。繰り返す、何故言い直したのだ」
「うるさい! ……さあみんな、アレをやるわよ!」
言うが早いか駆け寄ってきたアリスが、私を掴んでいる人形の一体一体と口づけを交わし始める。
なるほどな、確かにこいつはアレな光景に違いない。いくら片方が人形とはいえ、アリス同士のキスシーンなんて見たくないぜ。
三体全てとの接吻を終え、私の正面に戻ってきた彼女の頬は、どういうわけか風船のように膨らんでいる。
なんというか、もう嫌な予感しかしないぜ。一体何が始まるというのか、これから。
「ふふふーふふふーふふふ、ふふふふふ・ふーふふふっふふふぅーふふふふふふふ!」
「チリソースとヨーグルト、そしてソイ・ソースのミックスジュースを召し上がれ……? い、嫌だ! 後生だアリス、勘弁してくれ!」
地獄の釜と化したアリスが、おぼつかない足取りで私に迫ってくる。
血の気の失せた表情と、両目からとめどなく流れる涙が、ミックスジュースの味を壮絶に物語っているといえるだろう。
あんなものを味わうのは御免だ。どんな手を使ってでも回避せねばならん。そう、どんな手を使ってでも……。
「……いいよ、やれよ」
「!?」
アリスの足が止まった。
流石の彼女も、私がこのような反応をするとは思っていなかったようだな。いい傾向だ。
「勘違いしていたとはいえ、お前を傷つけてしまった事は事実だ。お前の気の済むようにやってくれれば、私はそれで満足さ」
「…………」
「どうした? 遠慮するなよ。お前の口から出たものなら、私は何だって飲み干してやるぜ。喜んでな」
「…………!?」
白磁の如きヤツの顔色が、目に見えて朱に染まってゆく。
どうやら効いてるようだな。このまま歯の浮くようなセリフで畳み掛けて、液体Xを吐き出させてやるぜ!
「お前と私は言うなれば運命共同体。互いに頼り、互いに庇い合い、互いに助け合う……」
「ふふふふうふっ!」
「嘘を言うな? いやいや、こいつは紛れもない本心だよ。愛してるぜ、アリス」
「――――ッ!?」
へっへっへ、今のは大分効いたみたいだな。
アリスのやつ、顔を真っ赤にするだけじゃ飽き足らず、煙まで噴き出しやがって……煙だと?
ちょっと待て、何かおかしいぞ。
「おい、アリス?」
「ふふふふふ! ふふふふふふふ! ふふふふふ!」
「なんだ!? 今何て言ったんだ!? おいアリス!」
「ふぃーッ、ふぅーッ、ふぁんッ、ふ――ッ!」
アリスの口から光が洩れている。何だ、何の仕掛けだアリス・マーガトロイド!
私の疑問に答える代わりに、彼女の口から爆音と衝撃が放たれ、そのまま私たちは――。
「結論から言うと、一種の化学反応のようなものかしらね」
人形たちに家具やら調度品やらの片づけをさせながら、ひどく落ち着き払った様子のアリスが呟く。
ついさっき爆発したばかりとは思えん余裕っぷりだが、まあ私もヒトの事を言えた義理ではないので、そこはツッこまないでおく。
「じゃあ何か? チリソースとヨーグルトソース、それに醤油とお前の唾液が反応して、今の爆発が起きたっていうのか?」
「それらを混ぜ合わせた上で、一定の温度まで加熱するってのが条件みたい」
「ああ、ゆでダコみたいになってたもんな。お前」
「うっさい馬鹿」
もっとも、細かい条件は実験を繰り返してみなけりゃわからないけどな。
アリスが変な気を起こさない限り、今日の出来事は闇に葬り去られる事となるだろう。
「それより魔理沙、さっきの話だけど……」
「あー? 何の話だ?」
「とぼけないでよ。ほら、私の事をどうとか、その……」
……そうだった。
冷静に考えてみると、随分こっ恥ずかしい事を口走ってしまったものだ。
しかも、アリスの奴は満更でもない様子……ここで下手打てば、またややこしい事になってしまいそうだな。
それならば、私も覚悟を決めるまでだ。
「アリスよ、これが何だかわかるか?」
「何って……あなたが持ってたキノコじゃない。それがどうかしたの?」
そう、キノコだ。先程の爆発で、いい具合にこんがり焼き上がったキノコ。
こいつを見てると、つくづく自分達のタフさ具合に呆れかえってしまいそうだが、そんな事はどうでもいい。
「言葉ではなく、態度で証明したい。この一本のキノコを、お前と二人で分け合って食べようと思うんだが……どうだろうか?」
「それが一体何の証明に……うぅっ!?」
言い終わらぬ内に、アリスの目の前にキノコを突き出してやる。
今更調味料なんざ必要なかろう。さあ、咥えろアリス。咥えるんだ。
「んむっ……んっ、ん……」
「いいぞ、歯を立てるなよ……よし、もういいだろう」
「ふぇっ!?」
アリスの口から抜き取ったキノコは、彼女の唾液でテラテラとした光を放っている。
もの惜しげにこちらを眺めるアリスの前で、私は迷う事無くキノコを口に含んだ。
「まっ、魔理沙!?」
ああ、思ったとおりだ。
調味料としてはやや薄味だが、アリスの唾液はキノコにピッタリマッチする。
この味を知ってしまったが最後、もう醤油には戻れないね。
「コラ! 何独り占めしてるのよっ!」
うおっ、アリスめ、意外と意地汚いヤツだな。
まあいいさ。のしかかってきた彼女を、私は優しく受け止めてやる。
そして私たちは、二人の唾液をたっぷりと纏ったキノコを挟んで向かい合った。
「そう慌てるなよ。せっかくのキノコだ、せいぜい愉しむとしようじゃないか」
「……ばか」
私たちの間に、最早言葉は不要だ。
愛と欲望の赴くままに、二人だけの時間を堪能するのみ。
今、ここにあるキノコと。
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2012/04/01 17:14:46
- 更新日時:
- 2012/04/01 17:14:46
- 評価:
- 2/9
- POINT:
- 24945340
- Rate:
- 498907.30