エイプリル・フール・キス

作品集: 1 投稿日時: 2012/04/01 16:05:21 更新日時: 2012/04/03 22:47:29 評価: 3/8 POINT: 28919729 Rate: 642661.20

 

分類
蓮子
メリー
「進級おめでとう、蓮子!」
「ありがとう、メリー」

 きん、と触れ合うワイングラスの音が今日は一段と素敵だった。

「だけど、ちょっと大げさじゃない? 私の単位、そんなに危なくなかったし、結果だって三月にもうわかってたわけだし」
「真夜中に人の家に押しかけて土下座した人が言えた台詞かしら、それ」
「いや、ちょっと」
「それに進級が決まったときは真っ先に私に電話してきて、震える声で『し、んきゅ、う……………………でちた!』ってね」
「いやいや、ちょっとそれ」
「で、その日結局はべろんべろんになって道の真ん中で仰向けになるし」
「いやいやいや、ちょっとだからそれ」

 ワインを呑みながら蓮子をからかうのはすごく楽しい。サークル活動で振り回されている分、私だって少しは彼女を振り回したっていいと思う。けど、頭を抱えて「うあ……」と唸ってる彼女を見るとちょっとやりすぎたかな、と思わないでもない。

「ごめんなさいね、蓮子。いいのよ、私もすごく嬉しいんだから」
「めりぃ……」
「ほらほら、そんな泣きそうな顔しないの」

 なるべく自然な動作で私は手を伸ばし、蓮子の髪を撫でる。こんな高級なレストランではさすがに蓮子も帽子を外すくらいのマナーは心得ているのだ。蓮子は身を縮こませて照れくさそうにしている。

 私の指からさらさらと彼女の黒髪が零れ落ちる。撫でる手が震えそうになる。
 そう、今日はきっと蓮子にとってもいい日で、私にとってもいい日になるはず。

 四月一日――エイプリル・フールに私は願いをかける。







 秘封倶楽部。蓮子が立ち上げたオカルトサークル。「世界の秘密を暴き出すのよ!」と蓮子が私の前で高らかに宣言していたのを今でもときどき思い出す。
 けれど、実際に何をしているかと私に訊かれたらちょっと答えに困る。

「そうねえ……カフェでお茶するでしょ、蓮子の買い物に付き合わされるでしょ、私の買い物に蓮子を付き合わせるでしょ、蓮子がお腹すいたって言うからご飯作るでしょ、カフェでお茶するでしょ、試験前には蓮子が私の家に来て土下座するでしょ……ええと、たまに蓮子が不思議な写真を持ってきて、そこに行ってみる……かしら」

 つくづくオカルトしていないサークル。最初は渋々サークル活動に付き合っていた。人とあまり何かをするのが好きではなかったから。
 けれど、そのうち蓮子のやること、思うことに私は惹かれていった。蓮子は当初思った以上に意志が強かった。やろうと言ったことはだいたい成し遂げてきた。それに彼女は私を振り回しつつも、独りよがりではなかった。
「メリー!」――何かをやろうとするときは、必ず私の名前を呼ぶ。

 メリー。めりぃ。それは彼女が私につけてくれた名前。「マエリベリー・ハーンって言いづらくてしょうがないわ」という大したことない理由だったけれど。
 彼女が私の名前を呼ぶたびに、私は少しずつ彼女のそばにいたいと思うようになっていった。


 気づいたときには、恋をしていた。

 二人でいたい。最初は蓮子が私を振り回していたのに、いつの間にか私の方が蓮子を独り占めしたいと思うようになっていた。だから、今はサークルが二人きりであることを嬉しく思う。

 蓮子は素敵な女の子。私は女でありながら蓮子に恋をしている。
 普通じゃない。アメリカの同性婚が認められて数十年が経つけれど、まだ同性愛は誰もが受け容れられることじゃない。
 自分が蓮子に恋をしていると気づいてしまったときは、激しく思い悩んだ。蓮子が自分と同じ気持ちを持っていなかったら? いや、それならまだ我慢できる。ただ、蓮子が私に嫌悪感を抱いてしまったら……自分が恋愛の対象として見られることに拒否感を覚えてしまったら?

 怖かった。だから、私はしばらく時間をおくことにした。


 蓮子が私の恋愛対象となってから気づくことは色々あった。

 まず、彼女はいろんな男から告白をされていた。意志が強い彼女だけれど、決して近寄りがたい雰囲気ではなかった。私と違って友達も多かった。だから、よく考えれば蓮子が男から好かれるのは当たり前。けれど、その事実を知ったときはショックだった。蓮子に恋人がいないのは私が一番よくわかっているけれど、それでも。

 それから、蓮子は最初の印象よりずっと綺麗だということにも気づいた。もしかしたら私が好きになってからそう見えるのかもしれないけれど……。
 全身はすらっとしていて、それでも骨っぽくない。シャツに包まれた上半身は胸こそ大きくないけれど、腰はきゅっとしまっている。大きな帽子に隠れがちだけど、黒い髪は綺麗に光を返し、風に流れるとさらさらという音を立てるんじゃないかと思うほどだった。きゅっと結ばれた薄い唇と形の良い鼻と耳。すべてが魅力的に見えた。

 私は蓮子を好きになってから、本当に蓮子のことを知ったと思う。彼女の食べ物の好みとか、言葉遣いとか、服装とか……私に対する振る舞いとか……。
 蓮子は――私が言うのも変だけれど――私のことを何よりも大事にしているようだった。私が蓮子のわがままで機嫌が悪くなると、すぐに申し訳なさそうなして「……ごめん」と小さくつぶやく。何かいいことがあったらすぐに私に教えてくれる。大したことじゃなくても。

 そして彼女の瞳。私と向き合っているときは、じっと私をとらえて離さない。「気持ち悪い目」なんて蓮子は自分で言うけれど、私はそう思わなかった。それを素直に言うと照れくさそうに頭を掻いたりする。

 蓮子が私を大事に思っているのだったら、もしかしたら。
 私が想いを伝えようと決心したのは、一ヶ月前。


  ◆



「んあー……呑みすぎたぁ……」
「調子に乗ってあんなにぱかぱか呑むからよ」
「だってぇ……」

 蓮子が私の肩にしなだれかかる。彼女の頭が私の肩に載ると、お酒の匂いと一緒にふわりと柔らかな髪の匂いが鼻をくすぐった。終電近くの、がらんとした電車の中にいるのは、私と蓮子と、それから女性一人だけだった。

 結局、私が蓮子を慰めるとすぐに彼女は元気になって、かなりの量を飲み食いした。お陰で夕食は大変なお値段になってしまったけれど、やっぱり私はそっちの蓮子の方がいいなと思う。軽くなったお財布はこの際無かったことにする。
 けれど、彼女は少し呑みすぎた。帰りの駅までも相当ふらふらしていて、危なげだった。「だいじょうぶぅ」なんて言っていたけれど、いざ電車の座席に座るとこんな感じになってしまった。

 こんな感じに――蓮子が、私の肩に。自分の心臓がいつもよりも高く早く鳴っている。
 こうなるかもしれないと今日は思っていたけれど、いざそういう事態になると、やっぱり自分がどうにかなってしまいそうだった。

「めりぃ、めりぃ」
「はいはい、なーに」
「めりぃ……」

 がたんと電車が揺れて、蓮子が肩からずり落ちそうになる。とっさに右腕を彼女の体にまわして、私に引き寄せて支えた。「んん」と蓮子が小さく声を漏らす。
 喉がカラカラ。ああ、蓮子の体に触るのはこれが初めてじゃないのに。一緒に布団で寝たこともあったのに……どうしてこんなに緊張してしまうのだろう。細くて、軽くて……でも柔らかい。

「蓮子、今日一人で帰れる?」
「んー……」
「ちょっと無理そうね」
「うーん……そうかもしれない……」

 かくんかくんと蓮子の首が転がり落ちそうになる。私は左手を伸ばして蓮子の頭も支えた。向かいの席にいる女性が気になったが、幸い彼女は目をつむって寝ているようだった。本当に寝ているかどうかはわからないけれど。


 四月一日があと一時間で終わる。
 嘘をついてもいい日というのは、一体誰が決めたことなんだろう。元々世の中には数え切れないほどの嘘が浮いていて、それなのにこういう日に嘘をついてもいいなんて、随分勝手なことだと思わないでもない。けれど、今日はそのことに感謝したい。

 エイプリル・フール。嘘と本当の境界が曖昧になる日。
 想いを伝えるなら、きっと今日。

 わからない。実際、どういうことになるのか。うまくいくことといかないこと、私の中ではフィフティ・フィフティ。蓮子がこうして甘えてきても、今はまだ恋とかそういう意識ではないというのはわかる。それでも蓮子が私の想いを知ったら、何か変わるのかもしれない。何も変わらないのかもしれない。そういう意味での……半々。
 仮にうまくいかなかったとしてもエイプリル・フールにかこつけて、「なんてねっ」と嘘っぽくごまかせばいい。あとはそれを笑い飛ばして、私一人がこっそり枕を濡らせば済む話だ。


 そのために少しだけ仕込みを入れた。
 まず、今日一緒に食事をしようと言い出したのは私。蓮子の進級祝いは三月にもやったけれど、そこを無理やり今日にも入れたのだ。ちょっとお洒落なレストランにして、なんとなくいい雰囲気にして。
 それから蓮子がある程度お酒に酔ってくれないと困るので、アルコールの吸収率を高める薬も懐にしのばせていた……けれど、蓮子が勝手に酔ってくれたので結局使わずに済んだ。

 蓮子が酔って一人で帰れないような状況を作り出せば、私が彼女を家に送り届けないといけなくなる。だから、レストランも電車で行かなければならないような場所にした。「家まで送るわ」と私が言い出してもまったく不自然ではない、はず。

 あとは、彼女を家に入れて、私がしばらく面倒を見ている間のどこかで、告白すればいい。
 そう思っていたけれど。


「蓮子、家まで送っていく?」
「んー……」

 私が左手で不器用に彼女の頭を撫でながら訊くと、蓮子は少しの間考えはじめた。
 ああ、これは……よくない、私は――そんな……。

「うん……お願いしていい?」
「え」

 帰ってきた答えは私が仕組んだもののはずだったのに、いざそう言われるとやっぱり少し動揺してしまう。

「メリー?」
「いいわ、大丈夫よ。しょうがないわね、蓮子ったら」
「んー、ありがと……」

 よしよし、なんて頭を撫でるけれど、やっぱり私の胸の高鳴りはおさまることを知らない。全部、私の考えていたようになっているのに。私には告白する勇気が持てるのだろうか。蓮子の強い意志のように。
 やがて、電車はかたんかたんと揺れて、蓮子の家の最寄り駅に到着した。

 蓮子の家まで私はずっと蓮子の肩を抱いていた。歩けないほどふらふらだったか、というと多分そうではなかったけれど。もう、電車の中で彼女の体を抱いてから、離したくないという気持ちが膨らんで破裂しそうになっていた。

 こんなに独占欲が強かったのかしら、私。



  ◆



 蓮子の部屋に着くと、彼女はベッドに思い切り倒れこんでうつぶせでしばらくおとなしくしていた。私は部屋の明かりをつけて、静かな台所で水を汲んで彼女に手渡す。

「はい、お水」
「……ん」

 蓮子は体を起こして、水を受け取り、ゆっくりそれを飲み干した。

「ありがと、少し酔い、さめてきたかも」
「ならよかったわ」
「もう、終電、ないよね?」
「夜の十一時半だとね……」
「泊まってくんでしょ?」
「そうするしかないと思うわ」
「そう、よね」

 蓮子はしばらく黙って虚空を見ていた。私は彼女の隣に腰掛けて、想いを伝えるタイミングを見計らっていた。決して雰囲気は悪くない。二人きりで、ちょっと部屋は薄暗くて、私も蓮子もお酒に酔っていて少しだけいつもと雰囲気が違う。
 けれど、最後の一歩を私は踏み出せずにいた。膝の上で両手を組んで何をするでもなく、指をくるくると回しているだけ。

 何やっているの、メリー。ほんの数秒もあれば全部言えるのよ? それに四月馬鹿の保険だってある。あと三十分もすれば全部終わってしまうのに、何をグズグズしているの……。
 だけど、誰かが背中を押してくれなければ、どうしようもないこともわかってしまっている。そう、今までずっと蓮子に任せっぱなしだったのだ。決断らしい決断をして来なかった私が、この土壇場でそう簡単に告白すること自体、無理に近いのだ。

 はあ、とため息が漏れる。
 そして、結局、私の背中を押してくれるのはいつも……いつも蓮子なのだ。


「ごめんね……私、メリーに迷惑かけてばっかりだよ……」

 急にしんみりした声で、蓮子が言葉を漏らした。

「蓮子?」
「さっき、メリー、言ってたじゃない。試験前に私が土下座したり、こうやって酔っ払ったときに迷惑かけちゃってるって」

 レストランで私が彼女をからかったときのことを言っているのだと気づくのに、少し時間がかかった。まさか、蓮子があの言葉に傷ついているとは思わなかった。これからというときに、私は――なんてことを。

「あ、あれは……」
「ううん、いいの」

 蓮子は弱々しく首を振って、視線を私に向けた。

「わかってるの。いつもわがままばかり言って、メリーを困らせてるってことくらいは」
「そんなこと」
「無理しなくていいよ」

 蓮子は少しうつむき気味になって続けた。

「お酒呑むとね、いつもメリーのこと思い出しちゃうんだ。ああ、私ってメリーに寄りかかってばっかりだ、って。すごく申し訳なくなって……メリーの前では頑張ってつよがり、言うけど」
「ううん、寄りかかってるのは私の方よ」
「あは、メリーもそう思ってるんだ……なんか、ちょっとだけ嬉しい。情けない、けど」

 蓮子がこてん、とまた頭を私の方に預けた。彼女の表情が見えなくなる。

「……メリー」
「なあに……れん、こ」

 声が震えてる。情けないのは、私よ、やっぱり。

「ごめんね……ほんとうに、ごめ、ん……」

 小さな寝室に蓮子の啜り泣きが響きはじめた。

「どう、して、泣くのよ」

 私はどうすればいいのかわからなくなってしまった。蓮子が泣いているところを見るのは、三年間も一緒にいて今日が初めて。しかも、原因は私の言葉だなんて、告白しようと思ったときになんて、あんまり、すぎる。

「だって……わた、し……こわい……」

 私は蓮子の肩を抱く。

「蓮子に怖いものなんて、あるわけない、でしょ?」
「ううん……」

 蓮子は私の胸に頭を埋めようとして、私は体の向きを変えて彼女を抱きとめた。

「わたし……メリー……に、嫌われるの……が、すごく、こわい……の」



  ◆



 胸に薄いナイフが突き立てられたようだった。体全体が鋭く痛んで、呼吸ができなかった。
 蓮子がそんなことを思っている、なんてまったく考えもしな、かった。

 どうして……どうして、頭の中でぐるぐると同じ問いが巡り巡る。

「……ごめん、ね。急にこんなこと言って……」

 ああ、違う……違うの、蓮子。私、そんなこと……。
 けれど、口が開いてくれない。本当の気持ちを伝える言葉は口からこぼれ落ちない。どうして、こんな日に限って。
 嘘ばっかり、嘘ばっかり!

「メリーのこと、ね……本当に、大切、に思うのに……ね……」

 蓮子の肩が私の腕の中で小さく震える。


 蓮子は……弱い。彼女の体を抱きしめながら、それを強く思った。
 今まで、彼女は私をずっと引っ張ってきてくれて、やりたいことをやってきて。すごく力強くて明るいのだと思っていた。多少うっかりすることはあっても、それでも私は蓮子のそばに寄り添っていたいと思った。
 彼女の力強さ。私が蓮子を好きだと思ったのは、そういうところだと思っていた。
 でも、本当は……蓮子はずっと不安を抱えていた。私に嫌われるかもしれない、と。

 蓮子は、弱い。
 私が蓮子のことを嫌いになるはずがないのに。蓮子は自分が勝手に作り出した不安の中でいつも溺れそうになっていたのかもしれない。自分で暗い池を作って、自らその中へ飛び込んでいるようなもの。
 馬鹿みたい。そう思う。
 ちょっと私を見ていれば、私が蓮子のことを好きで好きでどうしようもないことなんて、すぐにわかるはずなのに。なんでそんなことにも気づかないの。


 だけど、そういうことを知ったとしても、私は――やっぱり。


「蓮子……」

 そっと蓮子の帽子を外し、私は彼女の髪にキスをした。

「……め、り……ぃ?」
「私が」

 蓮子を抱く腕に力を込める。

「蓮子を嫌いになるわけ、ないじゃない……」
「……そんなの、わからない」
「わかるわ」

 きっと、今しかない。本当の想いを伝えるのは――。

「好きよ、蓮子」

 とうとう、言ってしまった。

「親友としても好き、よ。だけど……きっと、それ以上に、私はあなたのことを想っているの」

 腕の中にいる蓮子の震えがおさまった。それが何を意味しているのか、今の私にわかるはずがない。ただ言葉を続けるしか、もうできることがなかった。

「あなたのことを考えると、胸が苦しくなるの。細い紐で縛られたように……苦しくて、夜もなかなか寝つけないの。携帯電話にあなたからのメッセージが入っているだけで、その日は一日幸福でいられるの……あなたと会ったあと、別れるのが……つらい……」

 どうしてだろう、こんなに真剣に想いを伝えるつもりはなかったのに。軽く言って、嘘だと笑い飛ばせるくらいにしたかったのに。だけど、蓮子のあの涙を見てしまったら……そうすることなんて、できるわけない。

「あなたが恋しい、あなたのそばにずっといたい……好き、蓮子……」

 ああ、いつの間にか私の方がずっと強く蓮子を抱きしめている。また私の気持ちだけが膨らんでしまっている。けれど、もう全部言ってしまった。私の気持ちはこれで全部。
 蓮子……私のことで涙を流すなんてらしくないじゃない。だけど、きっとそれは……蓮子だってきっと私と同じくらいに重い気持ちを抱えているから、なのよね? そう思うから、私は最後の一歩を踏み出すことができた。

 それが、あなたと私の道。私はあなたの隣を歩いていたい。
 ねえ――きっと、それなら……。



「メリー」

 蓮子が私の胸の中で小さく声を漏らす。

「メリーの気持ちは、すごく、嬉しい、よ……だけ、ど……」
「れん、こ?」

 蓮子がいつの間にか私の背中に腕を回していた。だけど、そこに力はない。私の背筋をゆっくりと撫でるように動いているだけだ。

「先に、謝っておくわ。ごめん……なさい」
「え……」
「私は……ね、メリー」

 また蓮子の声が涙で歪んていくのが私にも、はっきりとわかってしまった。

「私の好き、は……きっと、あなた、とは違う、と思うの」

 ぐらり、と世界が傾いた音がした。確かに私の耳にそれが響いた。そして、蓮子はそれきり黙りこんでしまった。


 なんで、なんで、なんでなんでなんでうそ……うそうそうそうそうそうそ――!
 世界中の音が全部私の体から離れて、頭の中には同じ言葉が巡りめぐり、膨れ上がり渦を巻いて爆発しそうになる。「なんで」「嘘よ」――。頭が小さく揺れているような、視界が回り始めているような……何が起きているのか、わからない。

「ど、うし……て」

 ほとんど自分にさえ聞こえないような掠れ声を出すのが精一杯だった。蓮子がずずっと鼻を啜って、同じくらいの声で答える。

「私、も……メリーのこと、好き……だよ」
「……じゃあ」
「でも、恋、じゃないの。親友、として……そういう意味で……好き」
「他に好きな、人が……」
「恋愛的に、好きな人は……いない、けど……でも、メリーとは……」

 暗くて奇妙で悲しい迷路に叩き落されたような感覚。他に好きな人がいないなら、私と一緒に過ごして、それから判断してもいいんじゃないの? それなのにどうして蓮子は最初から私と付き合うことを無理だと言い切ってしまうの?
 ……たぶん、答えは私にだってわかっている。だけど、少しでもそうじゃない可能性を求めてしまう自分がいて、それがどんどん冷静な自分の脚を引っ張り、冷たいところへ引きずり込もうとする。

 もう、何を考えているのか、自分にはわからなかった。

「うそ……よ……今のは、うそ……なの」

 ああ、何を言っているんだろう。自分のくらい欲望に蓮子を巻き込まないためだからといって、今こんな言葉が飛び出すなんて、ひどすぎる。

「え、エイプリル・フール……だから……ね……ごめ、ん……なさい……!」

 蓮子がまた私の腕の中で大きく震え、嗚咽を漏らし始めた。

「ぜ、んぶ、うそ……だか、ら……ぁ、ぅ……いい、の……れん、こは気にしなくていいんだからっ……ぅ……ぁ……!」

 もう私自身から溢れる涙も嗚咽も止めることができない。



  ◆



 たぶん、今、私がエイプリル・フールのことを持ち出してはいけなかった。恋の告白を嘘にするなんて自分も相手も傷つけるだけになってしまうのだ。今、こうして私たちが抱き合って泣いているように。
 想いはひとつになれない。その事実を知って、嘘にしようとしても、その嘘は私を永遠に傷つける。受け入れようとしなかった事実こそが複雑に私の体に入り込み、じわじわと血管の中を駆け巡る。



「ぜんぶ、嘘だったら、いいの、にね……」


 蓮子が、ぽつりと、こぼした。
 そして、私たちの泣き声以外に、部屋には物音ひとつしなくなった。


 今は――何時だろう。
 蓮子は外の空を見てくれないのだろうか。「今、二十三時五十五分ね」と……いつものように私に告げてくれないのだろうか。
 早く、この日が明けてほしい。こんな、最悪な日が早く終わってほしい。
 嘘に許されたい。もう、いい……たとえ思いが伝わらなかったとしても、それを受け入れることを私は――せめてそれだけを――願う。





 
直したのが4月3日なので、この嘘は許されない気がしてきました。
遅れてすみません。
蛮天丸
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2012/04/01 16:05:21
更新日時:
2012/04/03 22:47:29
評価:
3/8
POINT:
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0. 5586398点 匿名評価 投稿数: 5
1. 7777777 奇声を発する(ry ■2012/04/01 16:08:55
ちゅっちゅ
6. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/02 00:13:54
蓮メリちゅっちゅ
7. 7777777 Rスキー ■2012/04/02 00:21:05
なん…だと……
名前 メール
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