- 分類
- 幻想入り
――PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi
「ん、ふぁ……はれ?」
鳴り響くアラームの音で目が覚める。慌てて目覚まし時計に渾身の一撃を食らわせようと手を振り上げたら、柔らかいものの中に拳が沈んだ。
「う、んんん?」
眠気を抑えて瞼をこじ開けると、そこには真っ赤な顔であたしの拳を受け止める、もうそろそろ見慣れた姿。
「あの、朝からそれは、その――困ります」
言われて見れば、あたしの拳を受け止めたのは彼女の手とかじゃなくて、民族服に包まれた豊満なおっぱい。うわぁ、やわらかい、だなんて思って見上げれば、彼女は目を逸らしてしまっていた。
「え、あ……………………ご、ごめん、めーりん」
頬を掻きながら「い、いえ」だなんて長生きしているだなんて到底思えない初心な声を零すのは、行き場の無かったあたしを拾ってくれた心優しい妖怪。名前は、紅美鈴というらしい。
そう、紅美鈴。ほんめいりんなのだ。あたしの良く知る。ううん、願って止まなかった世界の登場人物。
平々凡々な一女子高生なあたしは――今、東方projectの世界――幻想郷に居たりします。
東方幻救譚 〜プロローグ〜
ゲーム――俗に謂うWin版――の第一作目の舞台にして、個人的人気ナンバーワン。紅魔館の一室で、あたしはトーストにバターをこれでもかと塗りたくる。この上からジャムを塗るのが好みだが、めーりんやさっきゅんみたいにステキなカラダになりたいので、過剰カロリーは自重なう、なのだ。
なんて、思っても、ここに体重計なんかある筈がないから目測でしか体重の加減がわからなかったりする。なにせここは、けっしてコスプレレイヤーやそういった職業の方の仕事場なんかじゃなくて、正真正銘紛う事なき幻想郷。
そう、幻想郷だ。ふつーに考えて、迷い込むことなんか出来るはずがない、架空の世界。
「はぁ……」
「うん? どーしたの? ため息なんか吐いてると、幸せが大爆発だよ?」
「逃げていくならわかるけど、大爆発はしないと思うよ? フランちゃん」
あたしの隣で可愛らしく小首を傾げる少女。むしろ幼女。彼女の名前は皆さんご存知の情緒不安定魔法少女、フランドールちゃんだ。原作の魔理沙やら霊夢やらとの出逢いが功を奏したのか、人懐っこい優しい子になってたりする。
だからあたしがめーりんに拾われてきて直ぐ懐いてくれて、今ではお姉さんのレミリアと“姉”の座を賭けてにらみ合う程度には、仲良くなってる。
「えー、つまんないよー」
「そういわないの、フラン。彼女が困っているわよ?」
「ぶーぶー」
そんなフランちゃんを宥めつつあたしに牽制してくるのが、紅魔館の主であたしの現ライバル、レミリアだ。土手で喧嘩した訳でもないのに彼女と悪友のような関係になれているのは、彼女の斜め後ろで瀟洒に微笑む完全メイド、さっきゅんさんの仲介があったからだろう。
ぎすぎすしていた最初の時と比べて、今では紅茶の淹れ方まで教わってたり。そこにはめーりんの仲介があったりするから、この館でサイキョーは彼女なのかも知れない。
「お嬢様、妹様、食事中は落ち着いて下さいませ」
「私も?!」
「あははっ、お姉さま怒られてるー」
「はぁ、食事くらい静かにしてよね」
珍しく、口を開いたっ。あたしがぎょっと目を剥くと、紫の髪のネグリジェ少女、パチュリーが静かに睨みを利かせてきた。おお、こわいこわい。口は災いのもと、ねぇ。
「パチュリー様。口元にジャムが」
「むきゅ」
そんな、かたっくるしくて無口なパチュリーも、じぶんの使い魔であるこあちゃんに対してはみょーにしおらしい。乙女チックって言ったら怒られたから、もうやらないけれど。
……たまにしか。
以上が、あたしの居候先の皆様。どーゆー訳か迷い込んだあたしの、気前の良い暫定家族だったりするのです。
◇◆◇
そもそもなんでこんなことになったのか。経緯は単純明快だけど、その意図はまったく不明。こんがらがって、どうにも不明瞭。
学校帰りに喫茶店に寄って、ゲームセンターでさんざん遊んで、ナンパされててきとーにからかって、今度こそって帰路についたとき。突然足下がぱっくりと開いて、急転直下のまっさかさま。うにょうにょとしたきもちわるーい空間を抜けて、風景が変わったと思ったら真っ赤な館がででーんと建っていたのだ。
柄にもなく混乱してわんわん泣いてたあたしを拾って、慰めてくれたのがめーりん。その後、あたしが住んでいけるように仲介してくれたのもめーりんだ。だからあたしは、めーりんには頭が上がらない。
「なーんで、あたしだったんだろうなぁ」
紅魔館の一室。物置だったここをめーりんと片付けて、自分の部屋にした。めーりんの部屋に一番近いから、埃っぽくてもここが良かった。ちょっと狭いのも良いアクセントだ。
今は、黄昏時の終わりくらい。午前中はフランちゃんと遊んで、午後はレミリアとチェス三昧。それからさっきまではめーりんと花壇を弄くりまわしていて、解放されたのはついさっきのことだ。しがない人間には、これでなかなか重労働だったりする。
「スキマに落とされて幻想入り。良くあるネタ過ぎてぜんぜん新鮮味がないよ」
唇をつんっととんがらせて、ぼやいてみる。スキマの中、聞こえてきたのはたったひとこと。耳に響くとか頭に響くとかじゃなくて、脳みそを直接がつんって揺さぶるような声。
『期待しているわ』
なんていう、声。
なにをどう期待されているのかわからない。でもでもあたしとしては、ほどよい刺激を味わえる程度の平穏無事が好みだったりするから、魔王退治や悪霊除霊やらは望んでなかったりする。だって、あたしは平和が好きなんだから。
「でも、もう巻き込まれている気がするんだよねぇ」
こんなときのあたしのカンは、どうしよーもなく良く当たる。なんの変哲もない、一般家庭の生まれだけど、直感だけは優れているのだ。ヤマカンが当たる程度だって思ってたから、とくに気にしてなかったけど。
「あーぁ、どーなることやら」
悩みは尽きないし、疑問は盛りだくさん。謎に至っては見えてもいない。まぁそれでも、とりあえず今は、なによりも優先してやらなければならないことがある。
「失礼します。そろそろ、ご飯ですよー」
「あ、うんっ、めーりん!」
そう、めーりんたちとの夕飯タイムが、待っているのだっ。
◇◆◇
夕飯を食べ終わって、そしたら今度は腹ごなし。といっても運動とかそういうのじゃなくて、言うなればそう、頭の運動。ホントなら砂糖が欲しいんだけど、レミリアとフランちゃんとプリンの取り合いをしていたら日が暮れちゃうから、ここは自重しなきゃなのだ。
むすっとしていて、でもダメとは絶対に言わないパチュリーの許可を得て、本を探す。あたしのようなのが他にいなかったか。若しくはこんな状況の時、どうすれば良いのか。どうすれば、帰れるのか。そこまで帰巣願望が強い訳じゃないんだけど、でも、知らないママも肌に合わない。手段は全部欲しいって、思っちゃう。
「ううん、これでもなくて、あれでもなくて」
だからこうして探しているのだが、閲覧許可が始めておりてから早二週間。未だに切っ掛けすら見つけられず、困っていたりする。
「はぁ……こうなったら」
進展しないままだと、さすがのあたしでもストレスが溜まる。それはもう溜まる。これでもかってくらい溜まる。なので、ここぞという時の為の技能。あたしの才能をフル活用して、ヤマカンパワーを発揮してやるのだっ。
「チェストォォォォッ!!!」
怒られるのも、承知の上。あたしは、声を張り上げながら本棚に手を伸ばす。それで、思いっきり気合いを入れて抜き取った本を、これまた渾身の力で開いてやった。
「せいやぁっ!」
――びりっ
……瞬間、響く、嫌な音。
「なんの声?!」
……続いて、聞こえる、図書館の主の、驚いた声。
「あら? どうしたの? って、それは――」
「いや、あの、これは、その、あの」
「――ッそれから離れなさい!!」
「へ? きゃぁっ」
パチュリーの焦った風な声と同時に、本から光が放たれる。よく見れば、あたしが引きちぎったのは、ページではなく御札だったみたいだ。
「なんで一般の書棚に!?」
「うひゃあ、あれなに?」
あたしは本を投げ捨てると、素早くパチュリーの隣に立った。見れば、本から溢れ出ていた光は収まり、代わりにまっくろなナニカが這いずりながら本から出て来た。おかしい、質量保存の総則はどこへって感じだ。
まぁ、この幻想郷じゃ、当たり前のことなのかもだけど。
「なにかの思念体ね。なんのって言われても、困るけれど」
「パチュリーでも、わからないんだ。それはキビシイよね」
「ええ、そうね。でもひとつわかる事があるとすれば――」
黒い何かが、形を作る。それは、けむくじゃらの、石燕の絵みたいな鬼だった。
「――アレが、敵だってことよ!」
パチュリーは思念体に向かって指さすと、そこから緑色の稲妻を出した。一回、二回、三回。煌めいて宙を翔るそれを、思念体は軽く叩き落としてしまう。
けれど、パチュリーはそれも想定内だったのだろう。不敵に笑うと、私に告げる。
「下がっていなさい。火傷するわよ――日符【ロイヤルフレア】!!」
「う、うん!」
太陽と見紛うほどの極光が周囲に走り、パチュリーの本気のスペルが思念体を灼く。肉の焦げる匂いに鼻を塞ぐほんの僅かな間に、思念体は灰となっていた。
「すごい、すごいすごいすごいっ、すごいよパチュリーっ」
「――いいえ、まだよ」
パチュリーの険しい顔つきに、なんのことかと首を傾げる。でも、その答えに直ぐに気がついた。ううん、気がついてしまった。
――オオオオォォォォオォ
地の底から響くような声。
カラダをぎゅうぎゅうに縛り付ける、重圧。
思念体の灰からせり上がってくる、真っ黒な――目玉。
「ひっ」
気圧されて、瞬間、思念体はあたしの懐には入ってそして――
「大丈夫ですか?」
――温かい手に、助けられた。
「めー、りん?」
「はい、めーりん、ですよ」
あたしをお姫様だっこにする美鈴。パチュリーと一緒に目玉型思念体と戦うさっきゅんさんにこあちゃんに、フランちゃんにレミリア。その光景に、あたしは魅せられていた。
「さ、ここで休んでいて下さい。私も、参加してきますから」
「え、あ、ぁ――気をつけて!」
「……ええ、もちろん」
自信たっぷりに笑う美鈴を、あたしは精一杯の笑顔とことばで送り出す。そうしたらめーりんの身体から虹色の光が溢れ出て、あっとういう間に戦線に加わってしまった。
「頑張って、めーりん」
あたしはその光景を前に、ただ祈ることしかできない。手を合わせて、無様に守られることしかできない。
さっきゅんさんが吹き飛ばされた。
パチュリーさんが膝を付いた。
レミリアが舌打ちして、フランちゃんが歯を食いしばった。
そして、こあちゃんを体当たりではじき飛ばした思念体は、身体から刃物を生やして、美鈴を傷つけていく。
「あたしにも――あたしにも、力があればっ!!」
願わずにはいられない。
求めずにはいられない。
渇望せずには――耐えられない。
『力が、欲しい?』
「え?」
突如、脳裏に響く声。
あの日、あたしの胸をかき乱した、あの綺麗な声。
『なら、自覚なさい』
「じかく?」
『そう、貴女自身が“特別”であるという、自覚を』
「あたしが、特別」
声の気配が、消える。けれど、あたしは自分の中に宿る力に気がついた。倒れ伏すみんなの側。いつの間にか四本鎌のカマキリに身体を変えた思念体に向かって、あたしは走る。
今にもとどめを刺しそうなその鎌を、どうにかする為に。
「そこまでよ! もう誰も、あんたの好きにはさせないんだから!!」
あたしの手に、光が集う。赤よりも明るい朱色が、あたしの中に満ちていく。
「はぁッ!!」
――グオォォォオオォ?!
手を振り下ろすと、光が剣になって鎌を切り落とす。返す刃で振ればもう一本が千切れ飛び、拳銃みたいに指させば、朱い弾丸が三本目の鎌を消し飛ばした。
すごい。
気持ちいい。
スカッとする。
きっと今なら。
「なんでも、できる!!」
あたしが両手を突き出すと、朱の極光が集まって、辺りを照らし出す。これはあたしの、あたしだけの技。あたしだけが使える、あたしだけの特別!!
「いっけえぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
名も無き必殺技は、なんの抵抗もなく思念体を消滅させた。これであたしの勝ちだ。あたしが、あたしだけの力で、特別な力でみんなを守ったんだ。
「あ、は」
これからきっと、色んな事件がこの幻想郷で起るのだろう。今なら、わかる。あの声は私にこれを期待していたのだ。平穏な日常を、幻想郷の平和を取り戻し、英雄となるためにあたしはあの苦痛に苛まれるだけの窮屈で退屈な日々から――
――ざしゅっ
「へ? あ、れ?」
斬り飛ばした鎌が、どうやら一個、攻撃範囲から逃れていたみたいだ。ふふ、なんだ、あはは、上等じゃない。
あたしは最後のその鎌を消し飛ばす為に両手を構えて、かま、え、て?
「え? あれ? あたしの、右、手、は」
真っ赤な液体が、おもらししたみたいに、あたしの足下に広がった。
「あ、あ、あああああ、ああああああああああああああああッ?!」
痛い、熱い、痛い、苦しい、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛いッ!?
「はひゅ、は、うぁ、いぎっ、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでッ」
あたしはヒーローになるはずなのに。あたしはヒロインになるはずなのに。気がついたら、パチュリーもこあちゃんもさっきゅんさんもフランちゃんもレミリアも――めーりんも、どこにも居なくて、居なくて、居なくて居なくて居なくてッ。
「は、やだ、こないで」
『諦めないで。耐えて、超えなさい』
「やだ、できないよ、あたしは主人公に、主人公になるはずなんだ」
『乗り越えなさい。乗り越えて、もっと、可能性を示しなさい』
「むり、む、無理だよ、あ、いたい、だって、だってこんなに痛い、だれか、誰か助けてよぉぉっ」
鎌が近づいてくる。痛い、痛い鎌が近づいてくる。だから縋ったのに、あたしを連れてきたあの声に助けを望んで、そうだ、あたしは、“私”はあの声に
――退屈だった。
――家に帰りたくなかった。
――そうしたら、あの女が“私”に声をかけて。
――『自分を変えて、主人公になりたくなぁい?』
――って、聞いて来て。だから、“私”は、暇つぶしになればいいのにって。
――頷いて。
『そう』
鎌が、あたしの、
『それは』
あたしの、“私”の、あたまのうえに、
『残念だわ』
ふりおろされ、た。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
『次を探さないと』
◇◆◇
――PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPPiPiPiPiPiPi
電子音が、鳴り響く。目の前には、壊れた心に耐えきれず、動かなくなる女の姿があって、それが私をどこまでも憂鬱にさせた。
「また失敗、かぁ」
後で、“これ”を始末しておかないとならない。でも今は、少しでも休みたかった。だって、素質のある人間を見つけて、連れて帰って、これだけでも大変なのに、またダメで。
いくら体力に自信があるっていっても、これで疲れない、なんて無理だ。
「でも、諦める訳にはいかないの」
不可思議な夢。
胡蝶の夢。現世と幻想が入り交じり、そうして帰ってこなくなった、たったひとりの親友。せっかく、記憶から引っ張り出してゲームまで作って流したのに、報われませんでした、じゃ話にならない。
「大丈夫、大丈夫よ」
二人で撮った写真を、強く抱き締める。こうして素質を持つ人間が強く意識すれば、いつかは本当の“幻想郷”に辿りつけることだろう。だから、それまで。それまでの、辛抱だ。なに、悪いことばかりじゃない。少しずつ、近づいてきているんだ。
「だから、だから待っていてね――――メリー」
女の死体を処分して、新しい素材を探しに行く。今度こそ、“幻想郷”へ繋がる鍵が見つかると信じて、私は夜の街に、溶け込んでいった。
「ふふ、あはは、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」
もうすぐ、貴女に逢いに行くわ。
――了――
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2012/04/01 15:56:16
- 更新日時:
- 2012/04/01 15:56:16
- 評価:
- 2/7
- POINT:
- 20021360
- Rate:
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