二人だけの。
作品集: 1 投稿日時: 2012/04/01 15:03:37 更新日時: 2012/04/01 15:03:37 評価: 9/16 POINT: 78269187 Rate: 920814.26
分類
アリス
パチュリー
学パロ
ぱちゅあり
「ここ、よね」
三つ並んだ校舎の一番奥、東棟のニ階、一番端の教室。
並んだ他の教室と変わらない鈍い銀色の薄っぺらな扉を前にして、アリス・マーガトロイドは一度、小さく息をつく。手にしたコンクリート色のわら半紙書かれたことが正しければ、ここが目的地で間違いないはずだ。
ここにたどり着くまでに見かけた幾人もの生徒の姿はなく、ただただ佇むその教室。遠くから聞こえてくる楽器の音や、運動部のかけ声や笑い声もどこか遠い。
どこもかしこも部活動でにぎわう校内の中、まるで別世界のように静かなその場所こそが、アリスの目指した場所だった。
「はあ」
一度大きく深呼吸。緊張を解くために、前髪や制服の乱れをチェックして、指で少しずつ直していく。
襟はよし。靴下は下がっていない。スカートのプリーツの乱れもない。
最近大分涼しくなって、ブレザーの下は、今日からセーター。汚れが目立つかとも思ったけれど、ブレザーの袖から二センチだけ覗いている白い袖口はやっぱり可愛い。
よし、完璧。
そう心の中で結論付けて、引き戸に手をかける。
一年生の秋。アリス・マーガトロイドは帰宅部だった。
特に理由があったわけではない。バイトをしなければならないと思っていたわけでも、高校生になったのだから思う存分遊びたいとか思っていたわけでもない。ただ、春先、入学早々に行われた部活のオリエンテーションを見ても、入部案内を見てもこれと言って入りたいと思う部活がなかったというだけのこと。
幸い、手芸に料理、読書など、家で過ごす趣味には事欠かなかったし、クラスにも仲の良い友人が何人かいる。遊びに行ったり、おしゃべりをしたり。帰宅部だとしても、退屈することはほとんどなかったのだけれど。
「ごめん、今日、部活で」
「バイト、行かなきゃ」
夏休みが明けて、一年生も後半戦となると、そうもいかない。やれ部活だ、バイトだ、エトセトラエトセトラ。皆、それぞれに忙しくなってくる。
それぞれが、それぞれに思うことに打ち込んでいる姿はとても、楽しそうに見えた。もしかしたら、熱気に中てられたのかもしれない。なぜか、それが羨ましいような気がして、私も何か始めてみようかな、なんて思ってしまったのが始まり。
そんな折、たまたま配られた数学のプリントの裏に印刷されていたのは、部活動のリスト。ここのところの世知辛い世の中と言うべきか、授業の教材に、昔のプリントの裏紙を使うこともそう珍しいことではない。
それを、眺めていたところに見つけた文芸部の文字。
何か特に理由があったわけではない。けれど、なんとなくそれに心惹かれて。
ちょうど、謎のチャレンジ精神に溢れていたせいもあってか、善は急げとばかりに、こうして、文芸部が部室としている教室へと、やって来たのである。
流石に、いざ扉を目の前にすると、足がすくむ。もう少し考えてから、来ればよかったのではないか。そんなことを考える。けれど、もうここまで来てしまった。今さら帰るわけにもいかない。この機会を逃したら、もう一度来る気にはならない気がする。
何もすぐ入部する必要はない。ちょっと見学だけ、なんて自分に言い聞かせて。
アリスはその教室へと足を踏み入れたのだった。
「失礼します」
しん、と静まり返った教室に、アリスの声がやけに響く。
カーテンを閉め切っているせいか、どこか薄暗い印象のある室内。図書室、というよりは書庫に近いような、古びた紙とインクの匂いが鼻をくすぐった。あまり掃除がされていないのか、少しばかり埃っぽい。かび臭い。
「すごい……」
けれど、目の前に広がるたくさんの本棚に目をやれば、そんなことはまるで気にならなくなる。緊張はどこへやら、思わず口をついて出たのは感嘆。
ふわあ、と声にもならない音をもらして、あちこちを見やる。それなりに本好き、というか、どちらかと言えば読書家に分類されるアリスにとって、そこに並んでいた本達はとても魅力的なラインナップだった。
日本の古典から、海外の戯曲。もう絶版になった文学全集。図書室にはほとんど置いていない洋書の類も相当数あるように見えた。流石に、最近出版されたようなものはほとんど置いていないけれど、それでもアリスの心を奪うには十分すぎるほど。
「これ……っ」
文芸部に入部するだのしないだの、そういうことはすっかり思考の外側。誘惑に誘われるがまま、夢見るように目の前にある本を一冊手に取る。ずっと好きだった作家の、出版数が少なかったために、幻とさえ言われるデビュー作。存在を知って以来、ずっと読んでみたいと思っていた、どんなに探しても見つからなかったそれを見間違えるはずもない。
財宝を目の前にした冒険家のような興奮の面持ちで、それを開こうとした、その時。
「誰?」
アリスの背中に投げかけられた、少しかすれた細い声。
はっとして、背中がしゃんとする。どきん、と強く脈打った心臓を宥めすかしながら、振り向けば、そこに立っていたのは、一人の少女だった。
さらさらと長い髪に、病的なほど白い肌。どちらかと言えば背の高い方に分類されるアリスよりも頭半分小さい背。儚げな佇まいはどこか幻想的で、下手に近づけば消えてしまいそうにさえ見える。そう、小さな頃好きだった童話に出てきた魔女のように。
「聞いてるの?」
しかし、どちらかと言えば幼い顔立ちに浮かんだ不機嫌そうな表情、身に纏っている制服は、彼女が現実の存在だと告げる。ブレザーのポケットからはみ出している携帯電話のストラップだろうか、くたびれた猫のぬいぐるみは、いかにも女子高生と言った風情を醸し出していた。
「あ、ええと……」
先ほどの興奮と、驚きと。すっかり面食らってしまったアリスは続ける言葉を思いつかない。文芸部の活動を見学したい、入部しようか考えている、そういうようなことを言いたいけれど、うまく言葉にならなくて、頭の中でそれらを転がすばっかりで、ただ目の前にいる少女を見つめる。
上履きの先の色はアリスと同じ赤色。見覚えはないけれど、きっと同じ学年。人数の少ない中学と違って、高校ならばそんなこともままあるだろう。
細い腕に抱いている本は古びたハードカバー。勝手知ったると言う様子、というか、ここで本を読んでいる以上、十中八九、文芸部の部員だろうと推測する。
「……それ」
黙ったままのアリスを怪訝そうに見つめていた彼女が不意に呟く。長めのセーターの袖から覗く小さな指が指し示すのは、アリスの手元。先ほどから手にとったままだったあの本だ。
「こ、これは……勝手にごめんなさい。ずっと探してた本だったからつい……」
やはり無断で触れるべきではなかったか、と焦る。しかし、それを意に介した様子もなく、彼女はじっと検分するように、アリスを見上げた。
その視線に居心地の悪さを感じ始めた頃、彼女は吐息のような声で囁く。
「読みたいの?」
「え? う、うん」
「だったら、好きにすればいいわ」
でも、持ち出しは禁止だから。
たったそれだけ言うと、まるでもう興味を失ったかのようにふいと背を向けて。彼女は別の本棚へと視線を這わせる。片付け場所を探しているのか、新たな本を選んでいるのか、定かではないけれど。
「私まだ文芸部に入るって決めたわけじゃ……」
それだけ言われても困る、とばかりにアリス。
けれど、そんなことはお構いなしといった調子で彼女は囁く。決して大きな声ではない。この部屋の静寂の中でさえ、消え行ってしまいそうなかすれ声なのにもかかわらず、やけに耳に残った。
「そんなのどうだっていいことよ」
「どうだっていいってことはないでしょ?」
「本を盗んでいったり、読書の邪魔をするなら、追い出したいわね。見たところ、そういうふうには見えないけれど、もしかしてそうするつもりなのかしら?」
「な、そんなことしないわよ」
「まあ、もっとも鼠が入り込んだところで、私には猫いらずを仕掛ける権利もないんだけどね」
「は?」
ぼそぼそとした語り口で、要領の得ないことを呟いた彼女は、もう一度だけ振り返る。
そうして、アリスの目をじっと見つめて、唇の端をあげてみせた。幼い顔立ちに不釣り合いな、けれど、どこかしっくりと来る魔女のような笑顔だ。
「ここはもう文芸部ではないんだもの」
そんなふうに囁かれた言葉は、アリスの頭を離れない。
どうしてこうなったのかしら。
そんなことを思いながら、パチュリー・ノーレッジは、本から少しだけ視線をあげて、目の前に腰を降ろした少女の様子を窺う。二学期に入ってから、この場所に入り浸るようになった金髪の少女。
まっすぐに背を伸ばした姿勢の良く、本のページをめくっている。西洋人形のように端正な顔立ちは、表情に乏しく、それこそまるで人形のようだ。けれど、古びた本の活字を追っている瞳はとても楽しげに輝いている。
ごくありふれた、普通の少女だ。
「……」
ここは、かつて、文芸部の部室だった。三月に上級生が卒業し、四月に新入生が訪れず、部員がひとりきりになったことで廃部となった場所。今となっては、ここを訪れるのは、最後に残された部員である、否、部員であったパチュリーただひとり。
別にそのことに不満があるわけではない。四月に部員勧誘を行わなかったのはパチュリー自身の判断だ。たったひとりだろうが、文芸部がなくなってしまおうが、本を読むのに支障はない。
ただ、それでも、パチュリーが毎日文芸部の部室を訪れるのは、この場所の居心地がいいからだ。
別にいい場所というわけでもない。校舎の立地の関係で、陽射しがほとんど入らず、いつでも肌寒く、黴臭い。掃除当番の割り当てがあるわけでもないため、とても埃っぽい。喘息持ちのパチュリーにとっては、普通ならば、あまり出入りしたくない場所だ。
けれど、古い紙とインクの匂いと、校内の喧騒から切り離され、安らかな静寂が満ちているこの場所。いくつもの本棚にぎっしりとつまっている貴重な本達のことを考えれば、気にもならない。
誰にも邪魔をされない、パチュリーだけの場所。
それが今の元文芸部の部室のあり方。
パチュリーが卒業してしまえば、日の目を見ることがなくなるであろう本たちと、せめてこうして最期の時を共に過ごしていく。本を愛する者として、そんな風に学生生活を過ごしていこうと、そんな予定だったのだけれど。
「いったい何なのよ」
「何いきなり」
「話しかけたわけじゃないわ」
「それなら、ずいぶん大きい独り言ね。珍しいじゃない」
「アリスには関係ないことよ」
「はいはい」
「……生意気」
そんな日々の中に現れた、一人の少女。それが、アリス・マーガトロイドだった。
夏休みが明けてしばらくしたころという、実に中途半端な時期に入部を願い出てきた変わり者だ。そのときには、文芸部はすでに廃部になっており、復活させるつもりもないことを、パチュリーなりに説明したのだけれど。
「生意気で結構よ。それより、そろそろお茶にしましょうか?」
「好きにしなさい」
「今日は、寒かったから、ミルクティ入れてきたんだけど」
なぜか、それから、アリスはこの教室に入り浸るようになった。
はじめは、とても気にくわなかった。パチュリーのことを同級生だと勘違いしていたらしく、タメ口で話しかけてくる。
もっとも、その勘違いについては、パチュリーに責任があるのだけれど。あの日は上履きを家に忘れてきて、妹の小悪魔にとりに行かせる間、小悪魔、すなわち一年生の上履きを履いていたのだ。それを見て、アリスがパチュリーを一年生だと判断したのも無理はない。
とはいえ、本当の学年が分かった時の驚きぶりだの、今更敬語なんて、と言わんばかりに、変わらない話し方をするのは生意気だ。
子どもにするように頭を撫でてくる。お姉さんぶった言い回しで、部屋の掃除をしろだの、たまには休憩も取らないとだめ、だの、邪魔ばかりしてきた。
生意気な後輩。それがパチュリーの中でのアリスへの印象だった。
「はい。熱いからやけどしないようにね」
「するわけないでしょう」
「そう言って、この間、涙目になってたのはパチュリーじゃない」
「……」
けれど、それでも、アリスを追い出す気にならないのは。
「そういえば、パチュリー」
「うん?」
「この間教えてもらったあの本の作者、他に作品出してない? 気に入ったから、読みたいんだけど」
「確か奥から三番目の二段目あたりに」
「あるの?」
人形のような無表情に、ほわりと柔らかな笑みが浮かぶ。ほんの少し頬を染めて、まるで花が咲いたかのような柔らかな笑顔。
初めてパチュリーがアリスを見かけた時と同じ表情だ。
「個人的には二作目はあまり奮わなかったように思うけどね」
「えー」
「どちらかというと、三作目のほうが好み。世間の評価は逆のようだけれど。アリスはどうかしらね」
「何よそれ」
「どうせ、両方読むんでしょう?」
「ま、ね」
ふふ、と小さく笑ったアリスは、ティーカップを机に置き、足早に本棚へと向かう。
普段は腹立たしいほどに落ち着いた動作をするというのに、こんなときだけは、年相応の少女らしく見える。
きっと、それは彼女がパチュリーと同じだから。
「だから、好きなのかもね」
はあ、とため息。
読書を邪魔されるのも騒がしいのも、嫌いだ。
けれど。
こうして、アリスと二人過ごす放課後は、悪くない。
たった二人きりだけど、文芸部はまだここにある。
少しだけ、ほんの少しだけ柔らかい気持ちで、パチュリーは再び、本の文字を追いはじめた。
エイプリルフールなので、起承転結の起と結だけ書いて満足した学パロとか。多分、パチュリーが三年、アリスが二年になったら、魔理沙が入部してくるような、そんな感じで。
ぺこ
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2012/04/01 15:03:37
更新日時:
2012/04/01 15:03:37
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奇声を発する(ry
■2012/04/01 15:12:29
ぜひ、続編を!!
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名前が無い程度の能力
■2012/04/01 15:45:05
え、ちょ!
是非続きを!
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■2012/04/01 17:49:49
イイ!
4.
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■2012/04/01 18:42:00
いいねb
続きが読みたいです〜
5.
7777777
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siro
■2012/04/01 18:47:57
え、あれっ
続編はどこですか!
8.
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名前が無い程度の能力
■2012/04/01 21:34:39
この雰囲気こそパチュアリの醍醐味
やはり魔法使い組は良いものです
9.
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点
名前が無い程度の能力
■2012/04/01 21:53:43
パチュアリって何というか、百合度が高いイメージ
11.
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wi
■2012/04/01 23:38:09
え、あれ、続きは……?
12.
7777777
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名前が無い程度の能力
■2012/04/02 00:04:12
忘れてないぜあの学パロ…
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続きが読みたいです〜
続編はどこですか!
やはり魔法使い組は良いものです