偉い人「未完の大作は完成した駄作に劣る」 作者「(泣いてる)」

作品集: 1 投稿日時: 2012/04/01 10:19:02 更新日時: 2012/04/01 10:19:02 評価: 1/2 POINT: 9119175 Rate: 607946.67

 

分類
立ち読み








『無地歴史年表』





 目の前にあるのは丘だろうか? 記憶の中では平坦だったはずの場所が縦に蛇行している。
 そもそも此処は何処だろうか? 我が屋敷を出れば一面に広がっているはずの湖は、今や見る影も無い。
 素足で触れている地面はしっとりと水気を帯びている。しかし、目に見える水たまりは存在しない。普段なら真っ直ぐに開けているはずの視界は、盛り上がった地面に遮られてあまり楽しく見えない。
 そこに丘があるから登ってみる。足場は悪い。全体的にべちゃりべちゃりと湿っていて、歩きづらいということは無いが歩きたくなる道ではない。それなりに不快だ。それでも私は一固の意志を以て登る。
 足元には私の影が出来ていた。ということは殆ど真上からの日差しに、私は照りつけられているらしい。もしかしたらこれは夢かもしれない。そうでもなければ私が日傘も差して貰わずに、太陽に抱かれて地を歩むなどということはありえない。
 夢だとしても安心は出来なかった。むしろ一層に不安を覚える。そして私はついに丘の頂点へと着いた。


 体がびくりと萎縮して、反射的に目を見開いた。空には天井。部屋の中はカーテン越しの柔らかな日光で満たされている。
「あぁ、やっぱり夢だったの」
 室内の熱気が異常だ。これでは悪夢を見てしまうのも頷ける。薄手のジャケットシーツですら煩わしく、私は全力でそのシーツを引き剥がした。ネグリジェは肌にぴたりと貼りついている。体の水分を全て搾られたのではないかと錯覚してしまうほど、喉はカラカラに乾いていた。
 まだ起きるには早い時間だが、すっかり覚醒してしまったのなら仕方がない。ベッドの上からのそのそとした動作で床に降りようかという時、脳裏へ浮かんだ一瞬の光景に私は動きを止めた。
 あの丘の頂点から見た『大空洞』
 ベッドの下はいつもと変わらずに床だった。半開きの目を更に細めて、不機嫌なしわを眉間に刻む。どうしても洋服が気持ち悪いのだが、さて彼女を直ぐに捕まえることが出来るだろうか。
 部屋から廊下に出て、今日を始める。
「咲夜ー、着替えない? 着替えー」
 今の太陽がもう西へ傾いていることを願おう。


→→→


「何だ? 何かおかしい」
 地底の都は奥深く、地霊殿の中庭から下って、ずっと奥に向かったら現れる開けた場所。
 辺りは地下深くなのにぎらぎらと照りつける太陽のような光に包まれていて、時々、直視しているとまぶたの裏にシミが出来てしまうほど強く光ったりする。
 いつも暑くて、立っているだけで汗が止まらない。水筒の中身はいつでも冷たいけれど、飲んだものはすぐに服へ吸い込まれてしまう感じ。酷い時にはスカートから汗が滴ることさえもあった。
 とても厳しい場所だけれど、そこでやることはとても楽しい。例えばどんなに悩んでいる時だって、もやもやしたものはバーッ! としちゃえば忘れることが出来るから好きだ。だから私は、毎日みたいに此処へ来る。本当はさとりさまが当番してくれたりすると言ってくれるけれど、さとりさまはあまり体も強くない感じだし、やっぱり私も楽しみを奪われている感じがしてむーなので、結局毎日来ちゃうのだ。
 それで毎日来ていると色んなことを覚えてくる。そして今は、私の頭の中にあるいつもの感じと、今日の機械が示している数値に変な差があって、少し首を捻っているところだった。
「シュンシュンしてるともう少し針は右に行ってるのにな……どうしたんだろ?」
 この場所には、『核融合炉』というものがある。
 それを管理しながら動かすのが私の仕事で、今はその仕事に置いて多分よくないことが起こっている。
 その針は確か炉内の温度を表す数値で、この針が左へ行けば行くほど、炉内の温度が下がっているということで、あんまりいいことじゃない。
 それを防ぐために私が居るんだけれど。
「おかしいなぁ。ついさっき充分に熱は加えたはずなんだけど……うーん?」
 今からやらないといけないのは、いつもやっていることとは別のこと。そういうのはあまり得意じゃないけど、やらなかったらやらなかったで多分怒られるし、どうしよう。
 見ているだけじゃどんどん針が左へ行くのは確かみたいだから、とにかく今はもっと熱を加えることにした。
 制御棒を専用の場所に突き立てて、思いっきりパワーを注入する。神様がくれた核融合の力はものすごい熱を生み出して、その熱を更に大きな核融合炉に伝えることでもっともっとものすごい熱を生み出す。
 注入を開始するといつも通りな感じに戻ってきた。
「よっし」
 制御棒を抜いてちょっと休憩。温めるのは少しの時間でも結構疲れてしまう。
 今の数値は『十』というところにある。神様が言うことには、私はこの数値を仕事中いつも『八』より上に留めておかないといけないのだ。
「それにしても、動かし始めてからまだそんなに経ってないのに何で八くらいになってたのかな? 今日はお外が寒いのか」
 多分外が寒かったら、いつもより熱が無くなりやすくなってしまうに違いない。だからさっきはあんなことになっていたのだ。
 さとりさまから貰った水筒には、特製のジュースが入っている。少し酸っぱくて甘いジュースを飲むのがいつもの楽しみ。いつもより早い時間だけど、今日はいつもより忙しいから平気なはずだ。
「……あれ?」
 ジュースを飲もうとしてちらりと機械を見たら、また針が八に近づいていっていた。
「むー。どうしたんだろう。壊れたのかな? でも絶対に壊れないって神様は言ってたから……変だな?」
 仕方がない。休憩はもう少し後にしてから、また制御し直そう。さっきは一億度くらいの低い温度で調整したけれど、今度は起動の時みたいに三億度より高い温度で機械の寝坊助な頭を動かしてあげる。
 制御棒を突き立てて、思いっきりパワーを注入する。遠くのほうで、発電用の機械がブイィィィンと大きな音を立て始めた。この音が聞こえたらあまり熱を与えないように、と言われてるから、与える温度を一億度まで下げる。
「お空、頑張ってるみたいね?」
「あっ、さとりさまー」
 そこへさとりさまがやってきた。
「お昼ご飯は此処に置いていくわね。今日は少しお出かけするからみんなとご飯が食べられないの」
「そうなの? 分かった」
「おやつの時間までには帰ってくるけど、その後で支度するからいつもよりおやつは遅くなるわ」
「いいよ。いってらっしゃい!」
「はい、いってきます。お空は今日も偉いわね」
 さとりさまに褒められて思わず笑顔になる。私の水筒の近くに置かれた風呂敷包みは、小さな山の形に膨らんでいた。きっとおにぎりだ。
 お弁当を置いたさとりさまが立ち上がったところに問いかけてみた。
「さとりさま、今日は外は寒いの?」
「今日? ……うーん。いつも通りむしむししてるみたいだけど、どうかした?」
「なんでもないよ。じゃあ、いってらっしゃい」
「はい。無理しないで頑張るのよ?」
「うん!」
 優しいご主人様を見送って、私は少し困ってしまった。外はそれほど寒くは無いらしい。
「どうしたのかな?」
 一億度の炎を送り続けられている核融合炉は、どうしてか分からないけど、だんだんと針を左に傾けていく。ゆっくり、本当にゆっくりだけれど、どうしようもない強さで針を左へと押し込んでいた。
 原因はよく分からないけど、核融合炉が冷えやすくなっているみたいなのは確かだ。これをお日様が出ている間は冷やさないのが私の仕事だから、それだけはまっとうしなければならない。
 私はお腹に力を入れて、加熱温度を三千万度、高くした。


←←←


「不意を突いて地震が起きます」
「ほら見なさない八雲紫。この通りじゃない」
「やっぱり信じられないわね。大体この龍宮の使いは前の異変の時も外してたじゃない」
「えっ、いや、えっ?」
「それはアンタが積極的に止めに動いてたからでしょう。今回アンタにその気はない。これは絶対に起こるわね。間違いないわ」
「起こらないのが分かっているから何もしようとしてないのよ。無駄な努力じゃないの」
「無駄でもやらなかった時よりマシな結果になる」
「あの……」
「私の睡眠時間が削られる」
「幻想郷崩壊の危機に比べればそんなものどうだっていいじゃないか」
「未来から来たラプラスの悪魔が言うなら信じるわ」
「とにかく賭けには私が勝ったんだから、話だけでも聞いて貰うわよ」
「ちょっとほんと何」
「貴女が来ちゃったから余計なことに巻き込まれたじゃないの。何しに来たの?」
「えぇー……」
 こうして私は紅魔館の扉を開くと同時に、八雲紫とレミリア・スカーレットの手に引かれて紅魔館の中へと引きずり込まれたのだった。


「状況が飲み込めません」
 結果として、これが私に与えられた唯一の能動的な発言権となる。
「幻想郷が亡くなるか亡くならないかの瀬戸際よ」
「そんなことないって」
「人が消えれば郷が消えるわ」
「幻想郷の人間は消えません。神隠しの主犯がこっちに居るからね」
「人が死ねば郷も死ぬ。その前に郷が死ぬ、か」
「それも無いわね。死ぬ理由が無いもの」
「それが今から起こるのよ」
「理由付けをはっきりしなさいな。貴女の勘が当たるなら巫女の勘が先に当たるわ」
「龍宮の使いも来たでしょう」
「それの勘はアテにならない」
 レミリア・スカーレットと八雲紫が交互に掛け合うばかりで、私に対する明確な情報提示は行われない。話の端を察するに、私が感知したであろう地震のせいで幻想郷が崩壊する、とレミリア・スカーレットは私が来る前から推測していて、八雲紫がそれを否定しているという形になるらしい。
 状況は読めなかったが空気は読むことにした。
「ところでリュウグウの」
「えっと……永江と申します」
「永江。地震の規模や場所は特定出来る?」
「それなりには」
 レミリア・スカーレットの言葉は常に何か突き刺してくるような威圧感がある。
「時刻、日時は?」
「そこまでは……規模にしてもそうなんですけど、断言出来るほどの情報は与えることが出来るかどうか」
「使えないわ」
 八雲紫の言葉もよく刺さる。彼女たちの近くに居たら、本当に自分はどうしようもない無能なのではないかと思わされてしまう。出来ればもう少し分かりやすい無能が居る場所へ早く帰りたい。
 私から得られた少ない情報を頼りに、また二人は掛け合いを始めた。だが互いに自分の知ったる心の中の真実は、決して折らないタイプの人なのだろう。この話が平行線から先に進むとは思えない。私はどちらかといえば地震が起こる派の人だから、私の参加が許されれば少しはバランスを崩すことが出来るかもしれないけれど、この殺陣じみた言い争いに加わる術を持たない。
「紅茶でも飲む?」
 そんな中で友好的に話しかけてきたのが、此処のメイドである十六夜咲夜さんだった。
 事務的なそれなのかもしれないが、拠り所とするには充分だ。
「よければ貴女の分も一緒に」
「私は別にいいわよ。立って飲むお茶をそれほど美味しいとは思わないし」
「まあ……」
 レミリア・スカーレットと八雲紫は、円卓を中央にして立派な椅子に座っている。対してメイドの咲夜さんはともかくとして、恐らく客人扱いになっているはずの私も立たされているのは遺憾とするところだ。
「私も、どうやら立ちっぱなしのようなので、折角ですが遠慮しておきます」
「何だか付き合わせてるみたいで申し訳ないわ」
「いえいえ。ところで貴女は私が言伝する地震に対して、どんな感情を?」
 咲夜さんは少しだけ考える素振りを見せると、はっきりとした口調で告げた。
「私は起こると思っているわ」
「ほう。八雲紫……さんと同じ、猜疑する側だと思っていましたが、意外ですね」
「貴方の、というよりもね。お嬢様が起こると言っているのだから、きっと地震は起こるのよ」
「なるほど」
 相思相愛の結果で繋がっているようだ。地震といえば一大災害なのにどうしてこうも私の順位が低いのだろうか。
 地震は必ず起こる。龍宮の使いには、他の種族には決して見えないものが見えているのだ。勘で地震を予言しているのではない。世界に漂っている空気を読んで予知しているのだ。
 前のように、故意にして萃められた気質を誤読して流布して回るような真似はしない。
 レミリア・スカーレットの予知感覚も鋭敏なものがあるという。同じものが見えているかは分からないが、きっと近いものは見えているのだろう。だから地震が来ると言っている。
 地震が起こるのは絶対なのだ。
「埒が明かないわね。何か決定的なものを握っている誰かは居ないのかしら」
 私のほうを全く見ずに八雲紫が言った。どうしても私の言葉では満足がいかないらしい。というよりもその口調は、地震の意見に賛同してくれる誰かを探しているといった風体であった。
「永江、そもそも幻想郷の地震ってどうやって起こるものなの?」
 逆にレミリア・スカーレットは私を見て問いかけてくる。きっと同じ意見を擁する者だからに違いない。此処では味方同士なので気にはしないが、私という存在よりも、地震が起きるという意見が重視されているようだ。尤も、地震が起こるというのはとても重大なことなので。
「まず大地が脈動し、地震の種が作られます。そして大地の様子を空が写し、緋色の雲となって発現するのです。私はその緋色の雲を読み取って地震を『予知』するので」
「予めに知るということは裏付けを怠るということに繋がるのでしょう」
 八雲紫が、ピシャリと私の言葉を止めた。
「分かりました。ではいっそ、地震を起こす者を呼びつけましょう。永江の者」
「あ、はい」
 八雲紫は円卓に両肘を立てると、組んだ指先に自らの顎を乗せて、右の瞳を閉じた。
「比那名居の娘は今何処に居る?」
「えぇー……多分何か無い限り天界に居るとは思いますが」
 私が答えるのを聞いて、少し黙り込んだ。一体、何をすると言うのか。その答えはすぐに実行された。
「見つけた」
 と、一言だけを呟いて、八雲紫は右目を開く。
 椅子の背もたれに寄り掛かると、誰かを呼ぶような感じで手を二回、叩いた。
 虚空が割れる。開いた隙間から尻と、
「あいたっ!」
 悲鳴が落ちてきた。
 うわぁ、送料娘様だ。
「えっ、何これ。何処? 赤っ。超怖いんだけど」
「比那名居。地震を起こすのはやめなさい」
「うわっ、紫だ。えっ、何どういうこと? 地震? あれ、衣玖も居るじゃない」
「総領娘様、地震を引き起こすつもりならば必要な場面でですね」
「えっ、何これどうなってるの?」
「調子に乗るなよ天人。幻想郷を潰そうったって私の目が黒い内は決して好きになんかさせない!」
「あの」
 突然こんな場所に落とされて、こんなに言いくるめられたら今みたいになってしまうのも仕方がない。此処では私も空気を読ませて貰ったが、少々言い過ぎたかもしれない。まあいいけれど。
「せめて説明をちょうだいよ。こちとら昼寝の時間を削られてるのよ」
「私も昼寝の時間を削られてるのよ」
 幻想郷でも一、二を争うぐうたらが集結したのか。
「簡単に説明すると、そこの吸血鬼と龍宮の使い曰く、近日中に幻想郷を大きな地震が脅かすというのよ。それで地震を司る貴女にお話を聞きたいと思って、私が勝手に呼びつけたの。よろしい?」
「よろしいも、何も。ふぅん、何か私が疑われてるのね? また。言っとくけど今は別に何も企んでないわよ。どんな風にして暇を潰そうかと悩んではいるけれど、自ら進んで人様に迷惑を掛けるつもりはそんなにないわ。幻想郷を潰す? そんなことしたら私が馬鹿みたいな感じになるのは目に見えてるのよ。そもそも私にかかれば地震が起きるか起きないかなんて思いのままだし、実質地震は起きないものと考えて貰っていいんじゃないかしらね? 私が引き起こすつもりないんだし」
 傍若無人な二人に肩を並べる、威風堂々たる佇まい。そして有無を言わせない口調で喋るその様。総領娘様は確かに、人の上に立つ才能は持っているようにみえる。
 どうやら総領娘様は八雲紫と同じ意見ということになるらしい。地震予知の妖怪と地震そのものをそれぞれ手にした二人のビッグネームは言い争いを加速させていく方向に見えた。
「聞いての通り、この子が言うには間違いなく起こらないわ」
「巷で言われる不良天人風情がどれほど幻想郷を守れるものかしらね。私はちょっと信じられないわ」
「言ってくれるじゃないの。別に私は要石あれば大地が真っ二つに割れるほどの地震が起きても抑えこむことが出来るし? その私が起こらないって言ってるんだから起こらないの。っていうか衣玖はなんでそっち側に立ってるのよ?」
「それは地震を予知したので……」
「座りなさいよ」
 そっちへのツッコミだったか。
「大体此処は客にお茶の一杯も出さないのー?」
「別に貴女に客じゃないわよ。情報機材のようなものだからそんなこと気にしちゃいけないわ」
「紫アンタなんでそんな優雅な顔して紅茶飲んでるのよ!」
「客だもの」
「私もよ! 呼ばれたからには玄関通してなくても客でしょ! 同じのでいいから出しなさいよ!」
「そういえば咲夜が居ないわね。おい、適当な奴でいいから二人分の茶を振舞え。紅魔館としての最低限の礼儀だ」
「さて、それは抜きにして仮に地震が引き起こったとしても、此方の彼女はそれを止めると断言しております。気にすることじゃないでしょう?」
「私が見たのは地震の光景じゃなくて幻想郷が崩壊している様なの。それは結果的に地震……それに伴う何らかの被害が止められなかったってことでしょ」
「あらあら初耳ね。当てずっぽうじゃボロが出るわ」
「アンタがどんなに偉大な妖怪でも、私とアンタじゃ見えてるものが違うんだよ、八雲紫」
「視野の狭さをご自慢するのね?」
 肌がひりつくような殺気と敵意の中で、私はうっかり呼吸を忘れていた。存在がすっかり飲み込まれてしまっている気分だ。伝えるだけの私に、言い争いは少し荷が重い。大きくゆっくりと深呼吸をする。
 その時、円卓を強く叩いて立ち上がったのは、総領娘様だった。
「ちょっとちょっと。要するにこれは何なの? 異変に向けた対策会議か何か? 私がやられたのは一方的な意思確認だけ、ほんとそれだけの用事ならとっとと帰して欲しいんだけど。衣玖も、そんなに暇じゃないでしょ。彼女が龍宮の使いとして大地震を予見したのならば、それを人々に伝える義務が生じます。例えその大地震が起こるにしても起こらないにしても。アンタたち二人がいつまでも鎖つけて握りしめてるわけにはいかないのよ。それでも拘束してたいってのなら、私たちはもう少し、事の顛末を知っておく必要があると思うんだけど……その辺はどうなのかしら、お二人様」
 これは、総領娘様が何だかまともなことを言っているようではないですか。
 朗々と語られた言葉に、レミリア・スカーレットお得意の我侭や八雲紫お得意の屁理屈は存在せず、二人はただ少しだけ辟易した顔で口を噤んだ。レミリア・スカーレットの顔には少しだけ葛藤が見えて、八雲紫の顔には明らかな不快感が見える。
 レミリア・スカーレットが口を開いた。
「そうね。そういえば紫にもまだしっかりとは話していなかった。迅速に行動をして欲しかったから省いてたんだけど、まあ急がば回れってところか。分かった、まずは説明をしよう。私は運命を司る吸血鬼。私が関わった事象は全てが劇的になり、私が見た景色はいずれ現実のものとなる。それを踏まえた上で聞いてちょうだい、これは、私が今日見た『夢の話』よ」
 空気は、静かに耳を澄ませた。


↑↑↑


「予知夢ねぇ。アテにならないわ」
「さっきからそればっかじゃない。紫、もう少しアンタらしく論理的な反対はないの?」
「夢に論理をぶつけたところで私が馬鹿なだけじゃない……」
 レミリア・スカーレットが『夢』を語り、八雲紫が呆れたように伸びをした。総領娘様はただ、何も考えてないような顔をしている。
 私も私で、夢というものを納得の種にするのは難しいと考える。紅魔館の主人に運命を操る能力があるのは知っているが、それを盾に理解を迫るのは流石に横暴だ。
 私も私で地震を感知しているので、どうにか信用して貰いたいもの……だ、が?
 おや? 何で私はこんなことをしているのだろう。
「……ひとまずお三方には失礼なのですが、私には伝える仕事がありますので、あまり長い時間此処に引き止められるのは、と」
「えっ、何アンタ突然寝返るの?」
「いえ寝返るというわけではなくて……」
 レミリア・スカーレットの厳しい視線が刺さる。心臓が止まってしまいそうだ。寝返ると言われたものの、そもそも私の仕事は伝えることだけであって、確実に地震が起こるということを納得・理解して貰うのとは少し違う。よってレミリア・スカーレットと共に地震発生ということに関しては同意するものの、それをわざわざ信じていない人へ説得するというのは管轄外だ。
「なるほど……天人もアンタも、別に地震が来たって関係ないってことね。『幻想郷』が崩壊しても天界へ逃げていればいいだけの話か」
 何だか卑屈じみてきた。
「何はともあれ、やはり私は信じられませんわ。管理者たるもの、的確な指示には確実な情報が必要です。地震が起こるかもしれないというのは、心の隅っこに置いておくけど、それでどうこうするわけじゃないわよ。これでも充分譲歩してる。大体今すぐ帰って寝たいんだから」
「帰る前に私を家に送り届けて欲しいわね。……あっ、そうだ衣玖ー。私も地震告知付き合うわ」
「えぇー……」
「すっごい嫌そうな顔してる!」
 八雲紫の苛立ちはとっくの昔に呆れへと変わったらしく、レミリア・スカーレットの言葉に対してまともな対応をしようとしない。頭ごなしに否定しているわけでもないから、さしもの我侭吸血鬼も、あまりしつこく粘ることが出来ないのだろうか。苦々しい顔をして、すっかり黙り込んでしまっている。
 八雲紫が席を立つ。レミリア・スカーレットはそれに対して何も言わない。なので私も、それに倣って席を立った。最後に総領娘様が続く。
「まあ、面白い話を聞かせて貰ったわ。もしもこれで本当に幻想郷が崩壊してしまったら、完全に私の失態になってしまうわね。ふふ、その時は土下座でも何でもしてあげるわよ。だから大人しく涼しい部屋で、夢見のいい枕を使って寝直しなさい」
「幻想郷が終わる頃には、紫も地面にひれ伏しているよ。残念ながら、一度予知夢を見てしまうと、それが解決するまで同じ夢しか見ないんでね。暫くは、眠れない日が続くだろうさ」
「八意から処方箋でも出して貰いましょうか?」
「薬餌療法は嫌いなんでね」
 どうやら八雲紫の苛々は、まるっきりレミリア・スカーレットに移ってしまったらしい。彼女は机を強く叩くと、一番近い扉を選んでこの場を出て行った。
「あらあら、ヒステリーね」
 総領娘様が他人事のように呟く。まあ、他人事なんだけれど。八雲紫を見てみると、思わず背筋が冷たくなるほどに鋭い視線で、レミリア・スカーレットが出て行った扉を睨み付けていた。
 私の視線に気付いたのか、そこでふっと顔を綻ばせる。
「悪いわねー、つまらないことに付き合わせて」
「いえ……それよりも、貴女は全く地震を信じていないのでしょうか?」
 否定をするにしても言い方というものがあったと思う。何も聞かずに取り合わないというのならば諦めも付くだろうに、逐一始終を説明させて、その上で相手の意見を封殺しているのだから、余程たちが悪い。
 八雲紫は、何処からともなく取り出した扇子を、パチリと鳴らして開く。後ろから総領娘様の軽い羨望を感じた。
「何も真っ向から全てを否定するわけじゃないけど。全部が全部信じられないわけじゃない。これでもレミリア・スカーレットという存在が持っている『影響力』というのは、私も結構買っているのよ。ただ不幸なことに、彼女は少し想像力というものに欠けていますの。……けれど、目の前の障害を突破する力は、幻想郷のパワーバランスを担う者の中では突出しているものがあります。彼女が幻想郷の崩壊を夢に見たのであれば、きっとそれは起こらない。何故なら彼女がそれを解決してしまうから。でももしかしたら地震は起こるかもしれないわね。龍宮の使いのお墨付きですもの。けれど、幻想郷の崩壊はその結果として起こるものではありません。ただ、彼女が手を抜いてしまうといけないから今は少し、発破を掛けてみただけよ」
「何だかよく分からないけど。相変わらず性格悪そうなことしてるわね」
「無くならないから減らず口っていうのね?」
 総領娘様の茶々はともかく、八雲紫の頭の中には、何か深い考えでもあるのだろうか。
 一介の妖怪では想像が及ばない。私が難しい顔をしていると、相変わらず八雲紫は優しい笑顔で話す。
「とにかく貴女は、余計な被害が出ないようしっかりと、人々に地震を知らせなさい。無駄に煽る必要はなくて、いつも通り、ただ地震の存在を知らせるだけ。後の予防と覚悟は人任せにすればいい……引き止めちゃって悪かったわね。案内のメイドさんも何処か行っちゃったし、入り口まで送ってあげましょうか」
 有難い申し出だったので、私は素直に頷いた。八雲紫という存在は、普段妖怪の間で囁かれているそれよりも、普段総領娘様が愚痴っているそれよりも、ずっと情愛の深い妖怪なのかもしれない。
 彼女は幻想郷を何よりも愛しているという。
 ならばそこに住む人々だって、同じように愛しているのかもしれない。
 八雲紫に優しくされるというのは、改めて自身が幻想郷の一員であることを理解するに及んだ。
「では行きますか総領娘様。人里までお願いします」
「えー。私スキマ通るのあんまり好きじゃ……」
 独自の展開音と共に、私たちは消えた。


↓↓↓


 よっこいしょ、と我ながら年寄り臭い言葉を出しながら、颯爽と箒に跨る。
「もうお帰りですか?」
 見送りは二人、聖白蓮とナズーリンだ。
「ああ。今日は聖の話を聞けなくて残念だが、ちょっと色々やることがあってな」
「採掘はいいが、もし何か引っ掛けたら情報量くらい徴収させてくれるんだろう?」
「考えておくぜ」
 私は所用で人里へ来たついでに、命蓮寺へと足を運んだ。今はその帰り、命蓮寺の門前でぐだりと駄弁っている。季節柄、日向で動かずに居るのは中々きついものがある。額に張り付く汗を、髪の毛ごと袖で掻く。
「ところで魔理沙、井戸の話を知っていますか?」
「井戸?」
 聖が不意に告げる。井戸の問題と言われてもあまり聞き覚えはなく、私は首を傾げた。
「知らないようですね。実はこのところ、人里の井戸が枯れ気味なのですよ。原因は全くの不明で、日照りが続いていつの間にか枯れていたというよりは、最近突然、井戸水が消えるように無くなったのだとか。梅雨が明けて秋雨までの間、確かに雨は少なくなる時期なのですが……少し気になりましたので、些細な厄介ごととして魔理沙に伝えておこうかと」
「相変わらず、何でも屋扱いされてるぜ」
「私は少し足が遅いので。博麗神社まで出向くのも一苦労ですから、よく命蓮寺に寄ってくれる魔理沙に頼むのは自然なことでしょう」
「足が遅いとは、よく言うぜ」
「しかし笑い事じゃないぞ魔理沙。もしかしたらこれは、さっきの私の話と遠くで結びつくことになるかもしれない。君なら万が一、大きな厄介ごとに巻き込まれたとしても易々とやられないとは思うが」
「此方から唆しておいて何ですが、無理は禁物です」
「分かってるよ」
 こちとら、好んで命まで危機に晒すつもりは毛頭ない。だが面白い話を聞けた。実利以上に有益だ。
 帽子を被り直すと、箒を一メートルほど宙に浮かせる。二人を見下ろす形として、別れの言葉を選ぶ。
「それじゃあ……まあ、また会おう」
「ええ、今度は秋口でしょうか。栗羊羹でも用意して待っています」
「手土産を期待しているぞ」
 互いに笑い合ったところで、今日の邂逅をお開きとした。
 人里を魔法の森方向へ抜けている途中、視界の端に珍しいものが見える。
 それは、何も無い空間から突如現れた永江衣玖と比那名居天子の姿だった。
 一体何の用だ? 気にはなったが興味を引くところではなく、飛行するスピードは落とさないまま、視線だけ追わせる。天人が使いを連れてたまの外出、と考えれば普通なのだが、あの出現方法はどうみてもスキマを使ったものとしか思えない。
 霊夢の差金だろうか? いやいや、あいつが、及びあいつらがそんな気のいいことをするとは思えないし。
 結局、まあどうだっていいか、ということに落ち着いた。異変に関わることであれば、紫が簡単に手を貸すとは思えないし、きっと気まぐれで行われたことなんだろう。全く居ても居なくても人騒がせだ。
 正規の道を通らずに、立ち塞がる木々をひゅーんと飛び越えさえすれば、私の家はそれほど人里からは離れていない。ものの数分と全速力で飛んで行けば、あっという間に慣れ親しんだ我が家へ到着だ。
「さて、とりあえずどうするかな。話のネタが新鮮な内に捌くとするか、それともちょっと寝かせて、その間に何か適当な実験をするかなー、っと」
 情報を口に出してまとめる。家の鍵を取り出して、ノブに差し込んでカチャリと回す。
「ん?」
 カチャリと、カチャリ……あれ?
 手応えが無い。カスッカスッと摩擦音がするばかり。鍵を引き抜いてみる。よく見直しても、その鍵は決して間違いじゃない。そもそも自分の家以外の鍵なんて持ってないのだが。
 念の為に逆捻りに鍵を動かしてみた。
 カチャリ、と音がするも、鍵を引き抜いてノブを回すと、ガタガタと扉が鳴った。今、鍵は閉まった。
「出る時に鍵は掛けたよな……うん掛けた」
 二日も三日も前の話ではない。確かに鍵は掛けた、となると。
「侵入者の気配だな。窓を突き破ればいいのに、わざわざピッキングだなんて律儀じゃないか」
 この霧雨魔法店に侵入するとは、一体幾つの命を持った化物だ。七つや八つ、九つ程度じゃ足りないぞ。
 鍵をカチャリ。これで扉は開く。日本古来の奥ゆかしい外開き玄関は、こういう時に蹴り開けづらいのが難点だ。外で待ってる不審者の鼻っ面をぶっ飛ばすには丁度いいんだけれど。
 取り出し構えるはミニ八卦炉。そしてそっとノブに手を伸ばす。さん、にー、いち、ですぐに開くぞ。
 さん、にー。
 そして扉が迫ってきた。
 あん? ごすっ。
 鈍い音が耳の内側で反響した。
「にぁゃあああああ」
「何してんのよ。自分の家にくらいさっさと入ってきなさいよ」
 予想以上の強さでノブとキッスした人差し指からは、ギグリというあまり聞きたくない音がした。関節がズンズンと痛む人差し指を抑えて、私は思わず地面にうずくまる。言われなくても涙目だ。
「うぐぐ……何者……」
「そこそこ急用だったんだけど、やってきたのに貴女は居ないし。入れ違いになるのも癪だったから、家の中で待たせて貰ったわ。安心しなさい、カップとヤカンと水は借りたけど、茶葉だけは自前よ」
 その涙目で見上げた先には、銀髪で青い目をしたメイドが、十六夜咲夜が居た。
「えっ……咲夜、何で?」
「その何でを説明しに来たのよ。酷い顔してるわ」
「お前のせいだよ!」
「やーだ貴女の不注意よ。素直に入ればいいのに、玄関先で何度も鍵をカチャカチャさせてたら、私と同じ不審者がやってきたと思うじゃない」
「自覚ある奴に説教されたくないわ!」
「いいから入りなさい。流石に空間を借りたとはいえ、家主が居なければ自由にも出来ないし暇だったのよ。急用といっても立ち話で済ませなきゃならないってほどでもないわ。とにかく早く」
「くそぅ……どんな用事があったとしても、突き指の手当てが終わるまでは待って貰うからな……」
「はいはい」
 どっちが家主なんだか。咲夜に促されるようにして、私は自宅へと入った。人に招かれているという時点で他人の家に入っている気分だ。
 渡し廊下を抜けて、リビングへ。さっと見渡して、出る前と何が変わったかをうろ覚えながら思い返す。
 部屋のテーブルには、飲みかけの紅茶があって、読みかけの本があって、解かれた知恵の輪が、幾つか置いてあった。
「すっかりくつろいでるじゃねぇか!」
「暇だったんだもの」
「っていうか楽しみにしておいた知恵の輪まで解いちゃって何してんのもおおおおお!」
「いいじゃない。知恵の輪は元に戻すまでが知恵の輪よ」
「それもう作業工程の残り一割じゃん!」
 しかもこれは結構な数の知恵の輪が解かれている。結構な数というか、私室にある机の、まだ解いていない知恵の輪用の棚に入れておいたの全部じゃないか?
「……ってプライベートルームにも入ったのかよ!」
「トイレお借りしました」
「うわああああ無礼者だあああああ!」
 絶対に許さない。
 いや……もう、何を見られたとかそういうのをいちいち考えて、妄想に赤面するのも馬鹿らしいレベルだ。
「何なの……吸血鬼に仕えてたらプライベートとかそういうのはどうだってよくなるの……?」
「それはまあ、あるかもしれないわね」
 とぼけた顔で頷く咲夜を見ていれば、怒りを保持しておくのも難しい。何だ、その、文化の違いということにしておこう。咲夜もそこで見た何かを盾にニヤニヤと嫌がらせを迫ってくるわけでもないし。
「はぁ……で、お前は何をしに来たんだ」
「何かを伝えに来たのよ。此処までやった礼に、お茶くらい淹れるから。いつもみたいにくつろいで」
「いつもみたいにってな……いつもはあんまりリビングでくつろいでないぞ私は」
「じゃあいつもの調子をリビングに持ち込んどいて」
 家の中で他人のペースに合わせるのは……。
 まあいっそ、客人なのだから相手のペースに合わせるのは当然なのかもしれない。それくらい無理矢理に自分を納得させよう。過ぎたことだし、あんまりギャーギャー言うのも情けない。とりあえずあまり使わない救急箱を探しだして、紅茶が置いてある席と反対のソファに座る。終わったことに気を取られるのは凡夫がやることだぜ。フフンと鼻で笑って、何となく咲夜が読んでいた本を手に取り、表紙を見る。
 ダイアリー。
「日記だよおおおおおおおおおおおおおお!」
「あーもううるさいわね」
「何で寄りによって日記を選択するんだよ! つーかリビングの本棚には入れてねーよ!」
「知恵の輪と一緒に入ってたんだもの」
「棚が違ああああああう! 何でわざわざ鍵付きの棚を選んで開けた!」
「玄関の鍵よりは開けるの難しかったから、安心していいわよ」
「鍵ってのはお前の好奇心をくすぐるために用意されてんじゃないから! それこそ知恵の輪感覚か!」
「うん」
「帰れえええええええええ!」
「やぁよ」
 全身全霊の叫びは、顔つきに似合わないアヒル口で否定された。
「もう本当に何しに来たんだよ……」
「今から説明するわ。座って」
 もはや立っている気力もないのだから、言われるがままに腰を下ろした。ソファの抱擁はいつだって優しい。目の前には、紅魔館のメイド長謹製の紅茶(人間用)が置かれた。
「まあ……此処までやっといて申し訳ないけど、話の中身自体はそこそこ真面目なものだから、聞いて」
「これでどうでもいい内容だったらそれこそパチュリーに八つ当たりだぜ。……ま、聞こうか」
 今から心を入れ替えろというのは中々鬼だな。
「第一の前提。このままだと幻想郷は滅亡する」
 な、なんだってー。
「まあ冗談半分で今は聞いてなさい。根拠は唯一つ、私の信頼の根拠であるお嬢様……レミリア・スカーレットが夢に見たからよ。幻想郷の崩壊を。それ以上の理由は無い。後、龍宮の使いが地震を知らせに来てたけど、あれはあんまり気にしなくてもいいでしょうね」
 ……龍宮の使いなら人里で見た。あれが地震を知らせるためにやってきていたというのなら、咲夜が言っていること全てが出任せ、ということにはならなさそうだ。信用出来ないのは変わらないが。
「お嬢様は既に起こってしまった運命を見ることしか出来ない。いえ、時間を掛ければ……まさに地獄の渦中をその夢に見ることも出来るらしいけれど。少なくともこのまま何もしなければ、幻想郷は滅亡するのよ。といっても霊夢はまともに取り合わなさそうだし、守矢のところはあんまり行きたくなかったから、こうやって貴女のところに来たの」
「ふぅん。そりゃ異変か何かか?」
「異変なら勝手に私が解決しに行くわよ。そうじゃなさそうだから、貴女を頼るの。これは異常よ。あくまでも結果は滅亡。滅び亡くなるということ。誰も残らない。全てが消える。そんなもの異変に成り得ない」
 それもそうか。
「主従の愛は感じるが、説得力は感じない」
「主従の愛なんかじゃないわ」
「っと」
「お嬢様が見たのだから、紛れもなく起こるのよ」
 とても強い断言だった。
 咲夜の目には信頼と信用だけがある。傍から見ればあまりにも馬鹿馬鹿しい話を、咲夜は『レミリア・スカーレットが言ったから』というだけで無垢に信じている。これを主従愛と言わずに、何と言えばいいのか。
「お前が信じているのは分かったが、それを私に信じさせる根拠はなんだ?」
「私の言葉なら、魔理沙は信じてくれると思ってるけど」
「なんだそりゃ」
「信頼よ」
 こいつは心でも読んでいるのか。臆面もなく放たれた言葉がむず痒い。日記まで読まれておいて恥じらいもクソもあるかってところだが。
 少し考えよう。
「……レミリアは何を見た?」
「大地がズタボロになった幻想郷。あるべき湖は消えて、平野は急丘となり、凡そ、人の生きる気配はしない世界」
「私は、レミリアが言ったからってだけじゃ動かない。だがそれを無碍にする気もない。幻想郷が滅亡するんなら、何らかの予兆が既に存在しているはずだ。日頃とは違う何か。例えば―そうだ。今、人里で井戸の水が枯れているってのは知ってるか?」
「いや、初耳ね」
「それだけじゃない。命蓮寺で聞いたんだが、何でも最近は幻想郷の各地で、ダウジングの調子がおかしくなっているらしい。具体的に言えば、水脈が見つからない。その対比として金が過剰に反応しているらしいが、こりゃ単純に『地下の水が無くなっている』と考えていいだろう」
 咲夜は、確かに初耳らしい顔をしている。
「……そういうことなら、紅魔館の近くでも変なことがあったわ」
「ほう?」
「湖の温度が上がっているの。この時期にしても熱すぎる。まるで温泉かと思ったわ。更に、普段は湖底付近の冷たい水に生きている魚が、総じて水面近くまで上ってきていた。このことから分かるのは、恐らく変化が起こっているのは地下であるということね」
 話が見えてきたか?
「つまり、幻想郷が崩壊する原因の一端は地底にあると思っていいか?」
「うーん……意図が見えてこないし、断言するのは難しいけれど。何らかのところで関わってくるのは確かね」
 二人して思考を深くに落とす。
 地震が起こるとか言ってたか? 地底で何かあれば、それは確かに地震という形で幻想郷を襲うかもしれない。その後どう続いたっけ。咲夜曰く、地震はそれほど気を付けなくてもいいとの弁だ。一体こいつは何をしに来たのか。
 水脈の層が無くなれば、そこは空洞になる。今は幻想郷の地下に、蟻の巣のような空洞が蔓延っているということか? 井戸水が出ないというのもそれが原因だろう。だから何だ……今この瞬間、幻想郷に何の被害も出ていないということは、水が枯れたところでそれはそれ、ある程度のバランスは取れているということじゃないか。
 それが何らかの原因で崩落するか?
 だったらどうやって防げという話になる。というか、崩落するタイミングが分からないのだからどうしようもない。
 どうしようもない。
「このままじゃ、少し情報が足りないわね」
 咲夜が言った。
「同じ結論だぜ。きっと変化は小さなものじゃない。もっと分かりやすい何かが起こっているはずなんだ。それを調べないことには何も始まらないぜ」
「その辺りを飛び回ってみるかしら」
「面倒くさいなぁ。私だってやることあるんだぜ?」
「そう? このことに対して興味津々、っていう感じの顔をしているけど」
 割と見透かされているらしいな。
 その通り、私は少し心躍っていた。不謹慎といえば不謹慎だが、それとこれとは話が別だ。何だか面白いことになってきたじゃないか、というのが私の感想。きっとこの話の先に、私が英雄として讃えられることはないとしてもだ。こりゃいい暇潰しになるじゃないか? とはいえ、あまり暇ではないんだが。
「地質調査も、魔法研究の一端だ」
「流石は魔理沙ね、ノリがいいわ」
 ああ、霊夢なら今から茶を淹れるところだろう。紅茶は口に合わないとか何とかで。
「地底に行ってみるか?」
「いいえ、その必要はないでしょう。核心じゃなかった時の労力が酷いわ。とりあえず私事で悪いんだけどそろそろ紅魔館にも戻らないといけないから、幻想郷を時計回りと反時計回りで周回するルートを互いに取りながら、紅魔館で落ち合いましょう」
「遠いぜ」
「私もよ」
 咲夜がカップに残った紅茶を一気に片付ける。私もそれに倣って飲み干した。
「がっ」
 熱かった。
「遊んでないで行くわよ」
「あのな……」
 行動を促す咲夜の背を追って家を出る。
 全く、本当にどっちが家主なんだよ。


↓↓↓


『いやよ面倒臭い』
『そこを何とかね』
『何でアンタが行かないのよ』
『だって面倒臭いじゃない』
『強めに殴ることも辞さない』
『やーだ横暴ー』
『どっちが!』
 そのような経緯があって私は守矢神社を目指している。ふざけんな。
 紅白の巫女服は由緒正しい博麗の巫女を表す姿。それがあんな妖怪風情の小間使いでいいのだろうか!
 嘆いたところで、八雲紫という妖怪は博麗と切っても切れない関係に居るから仕方ないのだけれど。
 ……あれ? よく考えたらこっちが断れないってことは向こうも押せば断れなくね……?
 といっても口論で紫に勝てないのは分かりきっているからつらい。
 溜息を押し殺しながら飛ぶ。急げとは言われたけれど、急ぐ気にもなれない。というかまともな説明を受けなかったんだけれど何? 突然このままでは幻想郷は滅亡するなんて言われても、な、なんだってー、としか返せないじゃない。
 その崩壊を止めるために守矢神社へ行かなければならない意味も分からない。きっと紫には紫の考えがあるんでしょう。その前に逐一しっかりと説明をしていただきたいものだ。
 巫女の勘が告げている。別に幻想郷は滅亡したりなんかしないって。
 偶然守矢神社に用があったからいいものの、そうでもなければ今は昼寝の時間だ。
 太陽は中天からそこそこ西に傾いている。そろそろ午後も二時になる頃だろう。
 博麗快速は、道中ワープを駆使して守矢神社に到着。
 境内で庭を掃いていた早苗からすぐに見つけられた。
「あれ? 霊夢さん、どうしたんです?」
「醤油を貰いに来たのよ。それからアンタんところの神様宛に、紫からの手紙を読み上げなければならないの」
「手紙を……読み上げる?」
「何でも、そうしないと意味が無いんだってさ。まあ体のいい小間使いよ小間使い。醤油取りに来たついでの用事だから、さっさと済ませたいわ」
「はぁ。八坂様も諏訪子様もお暇をしてらっしゃるとは思いますが……母屋のほうですよ」
「ありがと。醤油は台所ね? 帰りに貰って行くけど」
「はい、どうぞ。秋口はお返しを期待しています」
「いいじゃないこっちは山の幸採れ放題で」
「お米の奉納は博麗神社にしか行きませんからね。ギブ・アンド・テイクですよ」
「まあそもそも、ロハにして貰うほど強欲じゃないわよ。じゃあまたね」
「ええ、また帰りに」
 二柱は母家と言っていたか。
 一応紫も急ぎだと言っていたし、少し急いであげるくらいはしてやろう。母家はあっちのほう。うろ覚えのままに亜空間を移動する。
 母家からはテレビの音が漏れていた。……テレビというものの仕組みは教えて貰ったけど、結局この神社が何処から電波とか電源とかを引いているのかというのは分からずじまいね。うーん気楽なものだわ。
「神奈子ー。諏訪子ー」
「……神を呼び捨てにするのは誰よ」
 これは神奈子の声だ。
「私よ」
「信仰心が無いのは沢山居るから分からない。でもその声は霊夢ね」
 同じ声だ。
「はいご名答」
 障子が内から開かれる。
「こんにちは。御機嫌麗しくなさそうね」
「神は今から昼寝だったんだよ。珍しいな、何の用があって此処に?」
 応対してくるのは神奈子だけで、諏訪子のほうはさっきからずっとごろ寝の態勢を解かない。冬眠には早すぎる季節に思えるんだけど。
「ちょっとしたお遣いよ。アンタたちに伝えたいことがあるんだって」
「へえ、誰から?」
「紫から」
 その名を口にすると、明らかに神奈子の顔は曇った。今日も紫は程よく嫌われている。既に聞く耳を持たないといった体だけれど、それじゃ私の体裁に問題が出るから嫌でも聞いて貰わなければならない。(終わり)
涙が枯れたら続き書きます
水上 歩
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2012/04/01 10:19:02
更新日時:
2012/04/01 10:19:02
評価:
1/2
POINT:
9119175
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607946.67
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0. 1341398点 匿名評価
1. 7777777 奇声を発する(ry ■2012/04/01 10:27:47
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