異変仕掛けの人形遣い
作品集: 1 投稿日時: 2012/04/01 08:01:34 更新日時: 2012/04/01 09:08:48 評価: 6/11 POINT: 44633671 Rate: 743894.93
分類
アリス・マーガトロイド
神綺
紫ボコられ損
魔理沙涙目
<<アリスの手紙>>
お久しぶりです。春の息吹を感じつつある昨今いかがお過ごしでしょうか。
早速ですが用件を。
昨年末から進捗していた新型高々速度回路の開発に際しシリコンウェハが大量に必要になりました。こちらではまだまだ精錬に高コストのかかるものですから、そちらで仕入れて送っていただけないでしょうか。博麗に問い合わせてみたところ、現状では純シリコンであっても地金ではなくシックスナインレベルの単結晶であれば加工品とみなされるため、関税はかからないそうです。スライスはこちらの工房で行いますので、別紙に添付した径のバルク材を用意してください。
娘、アリス・マーガトロイドより
母、神綺へ
P.S.
おかげさまで、この春発表された新作にて自機に選ばれることになりました。
いつぞやの白黒とは競い合う仲となりますが、格の違いを見せ付けてやろうかと思います。
<<神綺からの返事>>
お手紙ありがとうございます。お久しぶりですね。
結晶の件ですが、夢子ちゃんに命じたところ折悪く坩堝の更新を行ったばかりで、指定のφで作製するのは現状困難ということです。このままでは数ヶ月ほど待つことになるというので、私が直接"創る"ことにしました。
ですが、私の手で"創った"ものでは関税で止められてしまうので、ここはひとつ私自らが幻想郷に出向き、そちらで指定の創造を行うというのではどうでしょうか。
アリスちゃんに久々に会えるのを楽しみにしています。
母、神綺より
娘、アリス・マーガトロイドへ
P.S.
どうでしょうかと言ってみましたが、実を言うと、この手紙は魔界駅のホームで投函する予定ですので、
もしかしたら、私のほうが速く着いてしまうかもしれません。お茶の準備をしておいてください。
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「どうしてこうなった……」
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<<主な登場人物>>
アリス・マーガトロイド …… 魔法使い。かわいい。
神綺 …… 造物主。たくましい。
杉下右京 …… 相棒。時々正義が暴走する。
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[なんか適当な季
4月1日
魔法使いたちの春]
そんなことがあったのでとりあえずアリスは神社へ向かった。原付で。都会派なので。
なんのことはない。嘘をつき通そうと思ったのである。そのためには巫女の協力が不可欠だった。
「やーよそんなの。めんどうくさい」
「いいから黙って協力しろよ腋毛抜くぞ」
「ごめんなさい協力させてください」
霊夢は意外とあっさり協力に同意した。既に彼女の腋には上海人形の奇襲によってガムテープがべったりと貼られてしまっていた。ゆえに微かでも反抗の兆しを見せた暁には十六のころから一度も剃ったことのない彼女の自慢の逸物が――否。もはや姉妹と言っても差し支えのない腋毛が、無残なゴミクズに変わることは目に見えていた。
霊夢は孤独な巫女である。
ここに至り、腋毛まで失うのはどうしても避けたかった。
アリスは霊夢の隣に座り、まずは脅迫の非礼を詫びた。この真摯な態度に霊夢は打たれた。単純な女である。少女とはこうでなくてはならない。
「まあ。母親にいいところ見せたいって気持ちは、解らなくはないからね」
彼女にも、母親といえるような人物はいた。その人――人ではなく妖獣だったが――の影響で、霊夢は巫女になろうと決意したほどだ。憧憬に近づきたい。失望させたくない。その気持ちは、いかにも霊夢には理解できたのだった。
であればアリスを援けぬ道理はない。
早速、二人は神綺を迎えに神社を発った。すでに神綺は幻想郷駅に到着しているはずだ。郵便こそ速達で先立ってアリスの元に届いたが、これは入国手続きに取られる時間差のためだろう。あまり余裕はない。二人は歩きながら話した。
「神綺はいまの幻想郷をどれだけ知ってる?」
「愚問ね。ほとんど知らないといって差し支えないわ」
魔界から見れば幻想郷など地の果てのような場所だし、そこで起こる異変など、日本から見たキオス島のロケット花火祭りくらいの感覚でしかない。よってほとんど関心は払われていない。自機に選ばれる事すら、どれほど名誉かも解っていないだろう。あなたが友人にいきなり「日本の首相になりました!」といわれてもすごさが解らないのと一緒である。
「異変の内容は、そうね……なにかアイディアはある?」
「ない」
「でしょうね、うーん」
歩く霊夢が鼻をすんとひとつ鳴らす。甘い香りが届いた。頭上の藤の樹に絡まった蔦から白い果実が顔を見せていた。アケビだ。ひらめく。
「東方甘魔術」
アリスは『そりゃないだろう』という顔を向けた。だが霊夢の直感には逆らわない方がよいということはよく解っていた。なし崩しにどんどん設定が固まってゆく。アリスは、そのタイトルのいい加減さと、なんだかんだで自分主演の異変を考えるという小っ恥ずかしさから、その辺を霊夢の発想に丸投げしてしまった。
それがいけなかった。
すでに、この作品同様、グダグダになる気配が濃厚に漂っていたのだが、甘さに狂った二人の鼻にはその匂いが嗅ぎ取れていなかった。
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神綺はそのアホ毛のために、二人に探させる労をかけなかった。
「アリスちゃん! ひさしぶりね!」
年甲斐も無く、人でごった返す幻想郷ターミナルの人波に呑まれかけた霊夢とアリスに向かってぶんぶんと手を振る神綺。その動きに合わせてデケエ胸がゆっさゆっさと揺れた。モーション設定を間違えているんじゃないのかと疑う間に、近づくや抱きしめられたアリスは間違っているのは体積設定の方だと悟った。でかい。窒息する。柔らかい。窒息する。いい匂いがした。窒息する。
おっぱいに溺れる。
皮肉な話だ。人は酸素同様、おっぱいなしには生きてゆけない。おっぱいを吸っておっぱいを燃焼し二酸化おっぱいを吐き出して生きることが、なぜできないのだろう。ぐったりする頭でアリスはそんなことを考えたが、苦しくなったあたりで霊夢が「私にもやらせろ」とその右乳と左乳のあいだにあるエルサレムを奪ったのでどうにか窒息はせずに済んだ。
「あ・カバンは自分で持つから」
連れだって歩く。周囲からじろじろと注目を受けた。
「やっぱりアリスちゃん。自機ともなると注目されるのかしらね」
神綺はそんな風に納得していたが、明らかに注目されているのはおっぱいだった。
小腹が空いたのと長旅疲れもあるだろうというので、二人は神綺を適当な喫茶店に誘った。神綺はワッフルと紅茶。アリスも同じものを。霊夢は(アリスのおごりだと言うので)チキン南蛮サンドとエビクリームスパゲッティとパーコー麺とショートケーキをワンホール頼んだ。霊夢が一心不乱に炭水化物をアミノ酸に分解し脂肪細胞に蓄える横で、母娘は近況を報告しあった。
「ねえ、アリスちゃん。今回の異変っていうのは、いったいどんなものなのかしら?」
不意に神綺が目を輝かせながらそう言った。面食らったのはアリスである。娘の成功を祝いたい気持ちがあることは予期していたが、その口ぶりからは明確な異変への理解が伺えた。
「どんな、って……」
「新キャラの娘とか、教えてちょうだいよ。魔界のみんなも、土産話を楽しみにしているのよ」
「! えっと、それは」
「一面ボスはねー。白蓮なのよー」
うろたえて返答に給したアリスに助け舟を出したのは霊夢だった。もぐもぐぐちゃぐちゃずるずると口を動かしながらもなぜか明瞭な声で、嘘八百を並べ立てた。
「今度の異変はね。東方甘魔術っていうの。魔法使いがテーマでね。アリスが自機になったのもその辺に理由があるんじゃないかナ。1ボスはね、白蓮で。あー。でも。2面以降のボスは、新キャラだから。創想話ではネタバレになっちゃうから、言えないんだ。ごめんね」
「へえ。白蓮ちゃんが! そうなの。6ボスを1ボスに持ってくるのが、流行なのかしらね」
「神綺様、聖さんを知ってるの?」
「あら、アリスちゃんは知らなかったかしら。まだアリスちゃんが魔界に住んでいたころ、何度か会ったこともあるのよ。小さすぎて覚えていないかもしれないとは思っていたけれどね。ほら、ソバージュおばさんって言えば思い出すかな?」
「えっ! でもあの人ってもっとこう……おばさんだったじゃない」
「若返ったのよ。ああ、でもそっか。アリスちゃんに会うことばかり考えていたけど、白蓮ちゃんにも会いたいなあ」
「じ……時間が余れば、ね」
「そっか……そうよね。うん」
神綺は今日の夜には魔界へ戻る電車に乗らなければならない多忙な身だ。アリスはそこをついて、どうにか神綺の行動を縛ろうとした。すると神綺は納得したように頷いたが、やはり残念そうな、寂しい顔をみせた。
それがアリスには耐えられなかった。
「会えるよ!」
先に言葉が出た。
「聖さん。連絡取るから。会えるようにするから」
「ほんと? やったあ! アリスちゃん大好き!」
はしゃぐ神綺。アリスの背を伝う汗。
横に目を向けると、デザートのパンナコッタを丸呑みにする霊夢が、じっとりとした視線を投げかけていた。
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新型高々速度回路の開発。それは人形の行動ルーチンを込めた人工脳開発の一端である。
アリスの専門は制御工学だ。ロボティクスから出発し、油圧機構の勉強をするうちに化け学の領域まで踏み込んだことはあったものの、結局アリスはマシン畑の人間である。マテリアルとなるとパチュリーの知識を使う方が手っ取り早い。よってアリスはこのプロジェクトをパチュリーとの共同事業として再位置づけし、自身の持つ集積回路ノウハウの一切をパチュリーに開示した。
「むきゅ。素子のことは解らないけれど、あなたが抱えている絶縁処理とか熱たわみとかの問題解決になら、力を貸せると思うむきゅ」
パチュリーはそういって様々な知識でアリスをサポートした。アリスもまたこの機会にパチュリーの知識を盗むことに腰をすえて取り組んだ。たまに魔理沙が来ては、便乗して盗みに参加した。魔理沙というヤツはいつもこうだ。美味しいところだけ掠め取ってゆく。
「むきゅ。そろそろウェハの純度にもこだわった方がいい段階に来たと思うむきゅ。けど、技術はあっても投入エネルギーが多くて予算が足りないむきゅ」
そこでアリスは神綺のつてがあることを思い出した。これが、アリスが手紙を書くまでの経緯であった。
魔法使いたちの工房は住居を兼ねる。住居が工房を兼ねるのではなく工房に生活空間を構築するのが一般的な魔女だ。ちょうど魔理沙の家などがそのカテゴリの代表だといえた。ものが散乱し、そちこちに実験の焼け跡が残る実験室に、ごく平然とベッドが置いてあったりする。しかしアリスの家はもっと空間的余裕があったし、増して――
「ここが、あの女の、ハウスね!」
パチュリーの工房ともなれば、住居の側面を持たない専用の施設として設計されていた。
紅魔地下図書館。そこに二人は足を運んでいた。
「よくいらっしゃったむきゅ。娘さんにはお世話になっていますむきゅ」
「いえいえこちらこそ」
「さっそくだけど、このリストに書かれている径と厚みで、ウェハを創ってもらいたいむきゅ……魔方陣は必要かむきゅ?」
一瞬、神綺は『魔方陣? なんに使うのそれ?』的な顔をした。無理もない。彼女はそのような技術体系では生きていない。
「大丈夫大丈夫。それよりケイ素素材があると助かるのだけど」
「ガラスなら、たくさんあるむきゅ」
今度はパチュリーが『ケイ素? なんに使うのそれ?』みたいな顔をした。
「んーっとね。やっぱり、エネルギーから物質を作るより元ある物質から必要な"かたち"を取り出すほうが楽なのよ」
アリスが横から口を出した。
神綺の"創造"とて、無から有を作り出す能力というわけではない。彼女はその背景に膨大な量のエネルギーを抱え込んでいる。さながらそのおっぱいのように。このエネルギーを消費して質量を生み出すのが彼女の行う"創造"だ。その後に意図した構造体を"造形"
する。元になる物質があるならば"造形"だけの方が楽なのは道理である。
「よーし。ちゃっちゃと片付けちゃうぞー!」
腕まくりした神綺はバケツいっぱいのガラス片と、同じくバケツいっぱいの豆炭を持ってウォークイン・ドラフトチャンバーに向かった。まずは炭素を使ってるつぼを形成する。この坩堝の上に、目の異なる複数の炭素メッシュを重ねた。ちょうど、中華まんを蒸かす蒸篭のような形だ。この蒸篭の一番上にガラス片を入れ、そこにまるでエアろくろでも回すかのように手をかざすと――ばちりと、電荷の弾ける音がした。見る間に赤熱するガラスは溶けた端から炭素メッシュの間を通り、その過程で徐々に不純物を絡め取られ落ちてゆく。酸素を失うと徐々に金属光沢を帯びるはじめ、さらにリン。鉛。銅。マンガンが除去されてどんどん純度が高まる。トランプエレメントすら、神綺のよくわかんないパワーで除去されていた。この時点で既に一五〇〇度近い高熱が発生していたが、神綺は曲がりなりにも神である。対抗する遮熱防壁が彼女を守る。五分と経たずに、底に敷かれた炭素るつぼの中には溶融金属シリコンが溜まった。
次に神綺は炭素メッシュをポイと脇へ投げ捨て(かなり大きいものだったが、純炭素なので見た目ほどの重さはないのだった)、溶融金属シリコンにタングステンワイヤーを垂らした。ワイヤーの先端にはこっそり持ち込んだシリコン種結晶があり、これを僅かに液面に浸し、結晶が出来上がるのを待ってゆっくりと引き上げる。ずるずると、神綺のやっぱりよくわかんないパワーで形と純度と熱を保たれた単結晶が引き上げられる――
――これが、神綺の行う神の御業。造形の在り様であった。
「……ってぇーい!」
ビンナガマグロを手釣りするかのごとく勢い持ってシリコン単結晶をフィーッシュ! した神綺は疲れ果ててそのままばたりと倒れこんだ。まるで最終ラウンドを終えたボクサーのように汗だくだった。
「お見事むきゅ。さっそく純度を調べてみるむきゅ」
リョービのハンドカッターでバルク材を削ったパチュリーはエメリーで面出しした後、OESにかけた。
「むきゅきゅきゅきゅきゅむきゅ」
どうやら満足のゆくものだったらしい。
その後神綺はバスルームを借りて汗を流した。神綺は着替えを持ってきてはいなかったが、アリスの自宅に何着かお泊り用の着替えがあったはずだ。これを取りに行くべくアリスは霊夢を探した。どちらか一人、神綺のそばについていないとどこでアリスの嘘がばれるか知れたものではない。だが霊夢の姿が見つからなかった。そういえば、紅魔館までは一緒に来たはずだけど、図書館に入ってからは姿を見ていないような気もする。
「あー……仕方ない」
アリスは自分の着替えを小悪魔に言って取って寄越させた。パチュリーの工房に泊り込むことは良くあるので、着替えは取り置かせているのだった。少々ならず部分的にサイズが合わないかもしれないが、誰かの服を借りてそのまま来て帰るよりかは娘の服を着せた方がいい。
神綺が風呂を上がり、"大"アリスのような服装に着替えたあたりで霊夢がのそのそと姿をみせた。
「もう。どこ行ってたのよ」
「ちょっと、ね」
どこか悪戯っぽく霊夢は笑ったが、その意味はアリスに推し量れようはずもなかった。
このとき、背後の柱から半身を覗かせて咲夜がアリスを睨んでいたのだが、気付くものはいなかった。
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かくして、いよいよ一行は命蓮寺を訪れた。
ことこうなってしまってはアドリブで切り抜けるしかない。いささか破れかぶれな心持で門をくぐったアリスを待ち受けていたのは、猛烈な命蓮寺宗徒の弾幕による歓迎であった。
「マガトロが来たぞーッ! 聖を守れーッ!」
寅丸 星の檄が飛ぶや、墓石に偽装されたガンポッドが回転し、銃身をアリスへ向けた。
「はァ!?」
とっさに空中へ逃れる。2秒前までいた場所は毎秒80発の20mm劣化ウラン弾で薙がれ、立派な門構えがずたずたになった。「ボサッとしてる暇ないわよ」霊夢の声に視線をずらすと五〇メートルほど向こうで一輪がこちらに地対空ミサイルのレーザー照準を合わせていた。「えー」軽く毒づき、仕方がないので人形を展開。「神綺様はここで待ってて。片付けてくるから」
弾幕ごっこが始まった。
とはいえ、こちらには霊夢がいる。決着まで長い時間はかからなかった。
最初に星がやられた。霊夢の投球した陰陽ボールを、なにを思ったか「きやがれ」とばかりにレシーブに行き、その場にいた全員の予想と寸分違わずぶっ飛ばされた。一輪と村沙は最初からあまり乗り気でなかったようで、痛いか痛くないかくらいの弾幕でさほど粘ることもせずやられた。上手い負け方だった。必死だったのが響子とナズーリンだ。しかし如何せん実力差は埋めがたく、何体か人形を道連れにされてしまった。ぬえは寝てた。
「おのれー! きさまらー! なんの用だー!」
縛られたナズーリンがチューチューとわめく。わけが解らないのはアリスだ。いったい自分がなにをしたというのか。
「聖さんに会いに来たんだってば」
「会ってなにをする! いやなにをするかなんか解りきってる! おのれ許せんー!」
「なによ、解り切ってるって。ホントに会いに来ただけなんだけど、今日は?」
「そうなのか? だって、主人公が来たら、大抵私らはボコられるじゃないか……」
「えっ?」
疑問符いっこ頭に浮かべたアリスが、霊夢を振り向く。主人公。自機。ナズーリンはそれをアリスに向かって言った。
「あっ。アリスちゃん、もう大丈夫?」
「神綺様!」
神綺がいつの間にか、あるいは最初からかアリスの後ろに来ていた。
「ね、ね、これ。さっき門のところに『WANTED!』って貼られてたんだけど、これアリスちゃんでしょう? 自機になるとこんな風にいろいろなところに記事が張り出されるのね。自機になるって、本当にすごいのね」
それは……新聞記事だった。
『人気投票2位 アリス・マーガトロイド 自機決定 ―― 新作・東方スイートマジック』
見出しが躍る。嘘八百の記事が、アリスが自機になったと喧伝していた。
霊夢がにやにやと笑っていた。
「あーっ! 白蓮ちゃんだーッ!」
「その声はッ! 神綺さんですね!」
読経を済ませた聖がなにやら騒がしい境内を訪れると、そこに久しい友人の姿を認められた。
「久しぶりー! 元気にしてた!」
「うん! うん! 神綺さんも!」
なんともまあ胸のデケエ者同士が、しかも良い歳こいてきゃっきゃとはしゃいでいる。手に手を取ってぴょんぴょん跳ねて喜ぶ勢いだ。その隙にアリスは霊夢を暗がりへ連れ込んだ。あんたなにしてくれてんだ、と。
「なにって。こうなったらいっそ、あんたの嘘を幻想郷規模にしてやったほうが早いかなって」
「リスクがデケーッっつーの! なに考えてんのようー! もおー!」
顔を真っ赤にしてアリスは怒った。だが赤面は怒りのためではない。恥ずかしさから来るものだった。茹で上がらんばかりの羞恥を感じる。ぽかぽかと、小さな拳で霊夢の胸を叩いた。
「いいじゃない。今日は。だってエイプリルフールよ?」
「そりゃあ、まあ、そうだけど……」
うわさが仮に広まったとしても終息は早いだろう。これでかなりやりやすくなったのも確かだった。
「それともなに。私と一緒に自機張るのはヤだって? うん?」
「いやそんなことは……ないけど。いやそういう問題じゃなくて」
「まずは! 今日一日を乗り切ることだけ考えた方がいいわ。そうでしょう」
「うーん……うん? そう、かな……?」
アリスが納得したところで、神綺が戻ってきた。
「あれ。もういいの?」
てっきり、このあとの時間はほとんどここで過ごすものだと思っていた。それにしては戻ってくるのが早い。
「ええ。だって、せっかく幻想郷に来たんですもの。他にもたくさん、見て回りたいわ!」
その手には白蓮特製の、幻想郷観光案内地図が握られていた……。
********************
その後、一行は巡れる限りで幻想郷の名所を巡った。
九天の滝。大蒲の池。迷いの竹林。無名の丘。太陽の畑。あちこちで弾幕を挑まれた。やられる前にやってしまえといわんばかりの鬼気迫るスペルカードは、それそれは美しく、神綺に幻想郷を印象付けた。
疲れ果てて人里で食事を取ると、時刻は五時を回っていた。そろそろ、日の落ちる時間だった。
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「じゃ、私、この辺で失礼するわね」
妹紅の経営する鉄板焼き屋でサーロインステーキをたらふく食った霊夢がそういって席を立った。この巫女、今日だけで確実にもとの体重の三割以上太っていやがる。妊娠八ヶ月といわれたら軽く信じるレベルの腹は、もともと迂闊をするとヘソチラするデザインという事もあって、いまや高らかに脂肪を主張していた。脂肪が胸に行かない事を嘆くものもいたし、喜ぶものもいたが、いずれにせよ霊夢は去っていった。
……気を遣ったのだ。
母娘水入らずにしてやろう、と。
「神綺様。帰る前に家に寄って行きましょう。服を着替えないといけないし。それに――」
「――うん。アリスちゃんの人形。どこまで完成したか、見てみたいものね」
母親が。自分の夢を心から応援してくれていることを実感して、アリスは不意に泣きそうになった。
「どうかした?」
「なんでもない……火、弱めるね」
煙が目に入ったようなふりをして、ごまかしたが。
完全自立人形の完成という――先の見えない、永過ぎるまでの道のり。
不安を感じることもある。焦りを募らせることもある。アリスは強い。十分に強い。だけれども失敗を重ねるたび、徐々に心の奥底にある手札を減らしていた。
なにものにも限りはある。私は私の、"限り"を尽くす。それは決まっている。だがそれで――
――届くのだろうか。
そう考えると、アリスの心には冷たい風が吹くのだった。その風は未だ、心地の良いものではなかった。
けれど、それでも、母親とか、同業……友達とかが。アリスの活動に理解を示し、応援してくれる時は、その風がアリスには追い風に感じられる。たとえ届かなかったとしても、なにかは残せるだろうと確信できる。それが嬉しかった。
良い母を持って、本当に良かったとアリスは思うのだった。
炭火焼屋を出て(慧音の特別なスペルカードを見せるとこの店はタダになる)二人は夕暮れの空を泳いだ。
もう四月になったとはいえ、まだまだ風は冷たく肌を刺す。飛んでいる時はことさら強く冷気を感じた。
「へっ……っくしゅん!」
「あらら。大丈夫?」
「ん……あっ」
寒さに鼻をやられたアリスがくしゃみをした瞬間に、グリモワールを取り落とした。
一旦地面に降りる。ぶなの木の枝に引っかかっていた。グリモワールの封印は機械的ダメージにも耐性を持つ。傷や汚れはついていなかった。
「ごめんごめん。もうすぐ、家に着くから」
そう言ってアリスが神綺を振り返る。
瞬間、ふわりとした感触がアリスを包んだ。
肩にストールを巻かれていた。
「まだまだ、暖かくなるには時間がかかるでしょう?」
そう言って、神綺はきゅっとストールを結ぶ。
「アリスちゃん。自機になったら、もっと飛び回らなくちゃならないんだから。ね」
「神綺様、これ……!」
手触りといい、温もりといい、まったくただの布ではあろうはずがなかった。強力な魔力を帯びながらも、繊細な光沢を放っていることがようやくアリスにも解って来た。はっとして神綺の背後を見やる。びきびきと、六枚羽根のうち五枚までが顕現していた。
「!!」
「えへへ、奮発しちゃった」
創造したのだ。アリスのために。それも、最大出力の六分の五ほどの力を使って――このストールがどれほどの逸品なのかは、推して知るのも憚られる価値があった。
「私なんかのために、こんな」
「大事なアリスちゃんのためだもの」
その言葉に、アリスはもうなにも言えなくなった。
涙が溢れた。
ああ。涙というのがほれほど熱いものだったのか。
「おかあさん。ごめんね。ありがとう」
優しく頭を撫でられながら、アリスは昔のように、神綺に甘えた。
********************
八雲 藍はそれほど空気の読める式ではない。そもそも幻想郷でいちいち空気とか読んでいたら式の仕事なんか出来やしない。
けれども、規格外のエネルギーを感知して現場に急行したところ、暮れなずむ魔法の森で母の膝枕で眠るアリス・マーガトロイドを見つけたときに、なるほど気を利かせてしばらくそのままにしておいてやったことは、彼女の生涯に誇れる判断だったと言っていいだろう。
「ちょっとー、藍? なにしてるのあなた」
「あれ。紫様も来たんですか」
「あんたがいつまでたっても報告寄越さないからよ」
「いや、それがどうも。手を出し難くてですね」
「おーん?」
スキマから上半身を出して藍の傍らに現れたのは、我らがスキマ妖怪八雲紫嬢であった。彼女はしげしげと様子を観察するとほどほどに推移を掴んだらしい、よいしょっとスキマから這い出してきた。藍はその年寄りくさい掛け声にマジで嫌そうな顔をした。
「コラーーーーッ! 神綺ーーーーッ! おんどれめがー! 大規模創造とか勝手にやられると結界に歪み残っちゃうでしょうがーッ!」
一気にまくし立てた。しかも大声で。
アリスが飛び起きて人形を展開する。木陰からぬるっと現れた妖怪は式を連れてずんずんと大股で歩いてきた。
「神綺。久しぶりね」
「……誰だっけ?」
「八雲 紫だっつーのーッ! おまえー! マジでいてこますぞおぉん!?」
「えっと? それでなんの用なの」
アリスが恐る恐る尋ねる。ごほん、と藍が咳払いしてから説明した。
「結界に影響出るからマジパネェリキ入れた創造とかやめて」
「あ・ごめん」
「ゴメンでは済ませないな!」
と、なんだか妙に乗り気の藍である。
神綺がこれに張り合った。魔界一の巨乳と幻想郷一の巨乳が睨みあう。
「無許可で結界に影響を及ぼすことしてくれたんだ。落としまえのつけ方、知ってるよね?」
「――もちろん!」
「ちょ、ちょっと! おか――神綺様っ!」
「ふふふ。アリスちゃん。心配しないで。白蓮ちゃんにね、スペルカード教えたの……私なんだから」
アリスは言葉を失った。
予想をはるかに超えて、魔界にもスペルカードルールが浸透していたとは。魔界から見た幻想郷のスペルカードルールなんてギリシャの奇祭と似たようなものだ、と思っていた認識の方こそが、スケールを大きく誤っていたというわけだ。
「では勝負だっ!」
「臨むところよ!」
両者、飛び立つ。暗くなり始めた空に、スペルカードの大輪が咲いた。
「……いい勝負ね」
「ええ。物量差で言ったらあなたのお母さんの方が藍よりも数百倍優れているでしょう。けれど藍は式だから、精密な動作をどれほど繰り返すことも苦にならない。お母さん、筋はいいけど荒削りね。テクニックとパワーの勝負といったところかしら」
ふっ、と紫が視線をアリスへ戻す。
「さて、こっちも始めましょうか」
「そうね」
紫が傘を投げ捨てる。レースのついたグローブを外し、思い出したように言った。
「ああ、そうだ。なんだか、あなたが自機になるとかなんとかっていうデマが流れているようだけど」
「っ!」
上海にストールを預けたアリスが身体をこわばらせる。
それを見て、楽しそうに紫はうそぶいた。
「私に勝てたら、その話。本当にしてあげてもよくってよ。私に、勝てたらね――。……――?」
余裕たっぷりだった紫が眉をひそめた。
アリスの様子がおかしい。
いや……なんだ、これは? 周囲の大気に異常を感じる。
これは……。
「紫」
はっと、意識をアリスに戻す。
グリモワールすら上海に預けたアリスが、ゆらゆらと重心の定まらない足取りで……近づいてくる!
「その話、嘘だったら」
あ、マジヤベエ。コイツヤベエ。紫は割とマジで逃げようかと思ったけど逃げたらもっとひどいことになるのは目に見えていた。
「本当だって言うまで、ボコるからね」
ぱぁん! という音がして、顔面に衝撃が走る。
背後へよろめきながら、紫もまた拳を握ってファイティングスタイルを取った。
取りながら思い出していた。
魔界は神綺ボクシングジム所属の重量・年齢無差別級チャンピオンの名前を。
そいつはアリス・マーガトロイドといった。
********************
結局は最後の最後で藍が勝った。
形の上では勝利したが、ろくすっぽ弾幕経験もないであろうご婦人にここまで追い詰められたということに、藍は内心敗北を感じていた。
「いい勝負でした。また幻想郷にお越しの際は、いや。今度は私がそちらに参りましょう!」
「お待ちしていますわ。私も、とても楽しかった!」
二人が楽しく弾幕ごっこを終えた一方、紫はアリスにフルボッコにされていた。
「解った、解ったから。どうにかして神主に伝えるから! 今すぐってのは無理だけど! ギャアやめて! もうぶたないで! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 数年のうちにはなんとかしますから! ごめんなさい!」
「……ま、しょうがないよね」
アリスは無傷だった。
と、上海人形がふよふよとアリスにスポーツドリンクとタオルを持ってくる。だがまだ伝えたいことがあるようだった。なにかと思ってよくよく見ると、既に電車が出発する時刻ではないか!
「たいへん! ちょ、大変っていうか間に合わなくねこれ!?]
アリスが狼狽する。ああ、と藍が気楽な声をあげた。
「紫様に送ってもらうといいよ。ね? 紫様」
「はい! お送りさせてください!」
急いで荷物をまとめてスキマに飛び込む。暗い廊下を駆け抜けて飛び出すと、そこは終電間際で人のまばらな幻想郷ターミナルであった。
「えっとえっと、切符は〜〜〜ッ!」
「急いで急いで! もうどこに仕舞ったのよう!」
「あった! あったあった!」
ばたばたと駆ける四人。駅員は事情を察知して、乗車券はなかったけどここを通れば早いよ、と道を開けてくれた。
「ありがとね!」
駆け足で階段を上る。特急電車のドアが開いているのが見えた。
はぁ、はぁと荒い息を吐いて上り切ってどうにかドアに到着。荷物を放り込み、一歩。神綺が車上の人となる。
「神綺さ――」
ぷるるるるる、と。無情にもドアが閉まる警告音が鳴った。
「ダァシエリイェス!! ダァシエリイェス!!」
あと数秒。
言葉を、選んでいる、暇はなかった。
「お母さん! 大好き!」
「私も!」
それだけどうにか、意思を交わした。次の一秒には、既に二人の間にはドアが割り込んでいた。
「またね! 今度はッ! 私がそっちに行くから!」
こうしてアリスは、母親を見送ったのだった。
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翌日にはもう、アリス自機化のうわさは立ち消え始めていた。
もっともらしく、よくできた嘘。だから……消費されるのもまた早い、というのは、頷ける理屈だ。
「ね。私の采配に間違いはなかったでしょ」
「ええ。助かったわ」
博麗神社にて、アリスは礼をかねて霊夢を尋ねていた。ガムテープがどうなったのかも気になったし。
「あれ? 剃っちゃったの?」
「まーね。4月1日は、もう過ぎたことだしね」
「腋毛、似合ってたのに」
「どこが!?」
どこか残念そうなアリスに一抹の不安を覚える霊夢だった。
それから一週間ほどして神綺から手紙が来た。
手紙にはいろいろと楽しかった、そんなようなことが書かれていたが、最後の一文にアリスは目を見張った。
『追伸
アリスちゃんが自機になったというのはてっきりエイプリルフールの嘘だと思っていたのですが、
一昨日、CNN幻想郷チャンネルのニュースで異変の報道があり、その中でアリスちゃんと霊夢ちゃんが主人公として紹介されていました。
本当に自機になっていたなんてびっくりです。私も、負けていられませんね』
「……どういうこっちゃ、兄弟!?」
アリスはまだ気付いていないものの――
4月1日。あの日、文の報道に踊らされてアリスを仕留めにかかった幻想郷の妖怪たちと、これをことごとく叩き伏せたアリスと霊夢。
この構図は紛れも無く異変のそれであったのだ。
四月馬鹿異変。
「あはは……どうせなら、もっとカッコイイ異変に主演したかったな」
呟くアリスの肩を不意に強い風が撫でた。
しかしアリスはもうそれを、冷たいとは感じなかった。
春はもう、すぐそこに――
一晩で一気に書いたので内容ともども嘘八百です。シリコンの精錬とかどうやるのかろくすっぽ知らん。なので今回は記述に間違いがあってもツッコミは受け付けません。
ルナサ姉さん大好き。
あとお米食べろ。
保冷材
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2012/04/01 08:01:34
更新日時:
2012/04/01 09:08:48
評価:
6/11
POINT:
44633671
Rate:
743894.93
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1.
333333
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名前が無い程度の能力
■2012/04/01 08:26:08
霊夢に腋毛なんて生えてないし
3.
7777777
点
名前が無い程度の能力
■2012/04/01 09:51:21
生えるに決まってるだろ
馬鹿か
5.
7777777
点
奇声を発する(ry
■2012/04/01 10:20:20
えー
8.
7777777
点
名前が無い程度の能力
■2012/04/01 14:57:35
ガムテープを腋に張られた時点で、腋毛を失ったも同然じゃないか!(憤慨)
9.
7777777
点
名前が無い程度の能力
■2012/04/01 15:29:21
腋の臭いヤバそう
10.
7777777
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S.Kawamura
■2012/04/01 23:24:32
殺麗事件と核融号事件もいつか読み切って見せます!
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馬鹿か