ある晴れた梅雨明けの日、封獣ぬえが洗濯物と一緒に干されていた

作品集: 1 投稿日時: 2012/04/01 05:12:41 更新日時: 2012/04/01 05:26:28 評価: 3/10 POINT: 32723117 Rate: 594966.22

 

分類
さなぬえ
あとがきにミスティア



 封獣ぬえは妖怪だ。己の正体不明を信条とし、不可思議であることを存在価値とするヨクワカラナイ妖怪であるのだが、少なくとも血の通ったナマモノであることは間違いない。

 その前提を踏まえた上でぬえは思う。何故今自分は、命蓮寺の庭に所狭しと干された洗濯物たちと同列に干されているのだろうか。私はぬえであって衣類じゃないし、ついこの間まで雨続きだったからってお手入れに天日干しが必要な訳でもない。



「――しばらくそこで反省してなさい!」

 そう言い捨てて、一輪はどこかへ行ってしまった。

 この程度も笑って許せないなんて、怒りっぽい尼さんである。
 ぷりぷりしてるのは白蓮の乳と尻だけで充分だ、とぬえは過去に幾度もやらかした悪戯の数を棚にあげてしれっとそんなことを言い、案の定一輪の雷(怒るのと雲山の目からビーム両方)を落とされたのだった。

 黒く煤けた姿で炎天下、洗濯ロープに吊るされるというなんとも惨めな絵面。
 両手首の拘束は雲山の分け身である小さな雲にガッチリと固定され、どうにか外そうともがいてもビクともしない。こんなにふあふあで柔らかそうな見た目の癖に詐欺だ、とぬえは悪態をついた。







 ◇◆◇◆◇◆







 それから大体小半刻。余裕の態度は人目が無くなった途端に即雲散霧消し、ぬえはあちーあちーと呟くだけの機械と化しながらも茹だった頭で怒られた原因について思い返していた。


 
 ――暑い日にすべきことといえば何か。涼しい場所で昼寝だ。朝ご飯を食べ終えた時点でそう決めたぬえは、縁側で風通しもよく、日陰になる場所を見つけてごろんと寝っ転がっていた。
 そこへ空気を読まずにやってくる、見てるだけで暑苦しい恰好の一輪。
 なんでも今日は、主力が白蓮と人里への説法へ出かけてしまうとかで、家事をする人手が足りないらしい。昨日までの雨続きで溜まっていた洗濯物が、あとは干すだけの状態で入ったばかでかい洗濯籠を持ってきて、これを頼むとのこと。
 そんなん知らんしと二、三言い返したら、半居候みたいなものなんだからたまには働けと倍のお説教。
 揉めてやりあったりするのも更に暑くなるだけだし面倒だと思ったぬえは、とりあえず引き受けて一輪を追い払った。
 
 そして残されたぬえと、洗濯籠。
 あまり悩むことなく決めた悪戯は単純なもの。ぬえの注ぎこんだ妖力によって籠から飛び出した命蓮寺連中の下着やら服やらが、ふわふわと宙に浮き上がったかと思うと、命蓮寺の屋根を越える程度の高度で旋回しだす。
 きっともうしばらくすれば、通りがかった信徒たちの『あれはなんだ、鳥か? 弾幕ごっこか? ――違う、村紗ちゃんのパンツだ! こっちは雲井嬢のブラジャー!!』なんて叫び声が外から聞こえてくるだろう。
 結果としてちゃんと陽にも風にも当たって洗濯物は乾く訳だし、全く問題はない。

 いやぁ珍しく家事手伝いなんてしちゃったなーぬえちゃん流石だなーと自らの仕事に満足し、またゴロ寝を決め込んだぬえだったのだが、まーそんなに上手く行く筈もなく。任せたからには監督責任があると様子を見に来た一輪から早速雷(叱る意味と雲山の鉄拳両方)を落とされ、手際良く洗濯物を全部干してしまったかと思うと、ぬえもいっしょくたに吊るして行ってしまったのだった。

 

 ……以上、回想終了。
 しょーもなっ、とか馬鹿にするなかれ。ぬえにとって悪戯は、ニンゲンの呼吸くらい大切なことなのだ。
 
「あッッついなぁあーホント暑い」

 ともあれいい加減、脱出したいところである。このままでは玉のお肌がこんがり小麦色、全国のファンに褐色ぬえという新境地を提案し、地の底からやってきた妖怪らしくもなく、思いきり夏を楽しんじゃってます的な風貌になってしまう。
 ようやく今日が梅雨明けだっていうのに、もう焼けていたらそれはちょっと先取りのしすぎ、はしゃぎすぎだ。しかも実際には、太陽の下で楽しくキャッキャウフフではなく折檻の結果という情けない話である。

 ……本当は日焼けなんてしないし日射病で倒れるような無様を晒すこともまずないのだが、流れ落ちる汗の気持ち悪さは本物。長年の地底暮らしで陽光が若干苦手になったというのもある。つまり、全てはこのちびモクモクがどっか雲山霧消、吹き飛んでくれれば解決するという結論に至るも、拘束された手首が解放される気配は皆無。

「いつまで乙女の柔肌に断りなく触ってんのよ。離せ雲親父」

 ちびモクに悪態をつくも、反応は無し。髪の毛一本抜いて式を打ち込んだようなものだ、返事がある筈もない。
 しかし、応答は思わぬところから返ってきた。

「あの、ぬえさん、それは何をしているんですか?」

 声のした方へぬえが視線を向ければ、ビタミン豊富そうな髪の色。地上へ出る切っ掛けとなった異変の折知り合った、巫女の早苗だ。買い物帰りみたいな手荷物持って、何の用だろう。
 早苗はいつもの恰好に麦わら帽子を被り、怪訝そうな顔で頭上のぬえを窺っている。
 
「早苗じゃない。いらっしゃい」
「はい、こんにちは。寡聞にして、妖怪鵺が光合成をするとは初耳なのですが」
「そりゃ早苗の頭でしょーよ、髪の色とかそれっぽいし。その麦わら帽子を私に被せればあら不思議、私のお肌は日焼けから守られるし早苗のカミは元気になる。巫女的にこれをしない手は無いんじゃない?」
「うふふ、ぬえさんったら。正体不明の妖怪だけあって言ってるギャグもわかりづらいですね」
「全部暑いのが悪いわ。それに、意味不明さじゃあの迷台詞『常識に囚われてはいけないのですね!』に負けるから」
「あ、あれを持ち出すのは卑怯ですよ……ってそれより、なんでパンツ穿いてないんですか!?」
「そういえば忘れてた」

 結構高い位置に洗濯ロープは張ってあるので、下に立つ早苗からは簡単にぬえのスカートが覗ける。

 好んでとっている少女の形(なり)は、ぬえにとって感覚的に服のようなものだ。全裸はまずいということくらいはわかるので人間的な服も着る。が、更にその下でぱんつだなんだと下着まで拘るのは面倒で、よく穿き忘れてしまう。
 
「忘れてたじゃないですよもー。年頃の乙女がそんな、その、……だ、大事なところ無防備におっぴろげてるだなんてはしたない」
「別におっぴろげてないわよ、早苗が勝手に覗いたんじゃないの。見たからって目が潰れる訳でもなし、いいじゃない。うっかりは誰にでもあるわ」
「どんな開き直り方ですか。いいから早く穿いてくださいな」
「いいけど先にこのモクモクをなんとかしてよ」

 お安い御用です、と請け負うや否や、救出にかかった時間はおよそ十秒。
 ぬえもそれなりに頑張って抜けだそうとしたのに駄目だった、一輪入魂の封印を早苗は神風であっさりと吹き飛ばしてみせた。これが本当の雲山霧消(フラグ回収)。

「雲は風に吹き散らされるものですからね!」
「はいはい、ありがと」

 仮にも、大妖怪である己を一度打ち負かしただけのことはある。ここでどや顔してなきゃもうちょっと素直に評価が上げられるのにな、とぬえは思った。

「で何の用? 今は一輪と私くらいしか居ないけど」
「ええ、特に用は無かったんですけどね……偶然通りがかったら、お寺の上空を大量の衣類下着がヒュンヒュン飛んでるじゃないですか。そりゃあ気になりますよ。お遣いの行きに見たので、買い物を済ませてから帰りに寄ってみたんです」
「ああ、うん、それね……」

 露骨に目を逸らすぬえ。
 その反応で、早苗は事の経緯が大体予想できてしまった。

「……はぁ。相変わらずぬえさんも、しょーもない悪戯が好きですねぇ」
「しょーもなくないし。ぬえ様のお茶目な悪戯にいちいち目くじら立てる方が心狭いのよ」
「自分で様とかお茶目とか言っちゃうと痛々しいですよ」
「痛々しいとか早苗にだけは言われたくないんだけど。私は外見的に許されるからいーの」
「またそうやって、都合のいい時だけ子供ぶるんですから」

 冗談めいた軽口の叩き合いも慣れたもの。この程度でいちいち腹を立てていたら幻想郷ではやっていけないし、ぬえが早苗という一個人に対して抱く信用も、今のような遣り取りを軽く流せる程度には、築かれていた。
 
「折角来たんだし、上がってけば? 私も日陰で休みたいし」
「いいんですか、ぬえさんが勝手に許可したりして」
「部外者の私がいつも好き勝手寝泊まりだの食事だのできるんだから、同じく部外者の早苗が断られる理由もないわよ」
「それはぬえさんが図々し過ぎるというか、白蓮さんがお人好し過ぎるというか」
 
 確か、買った食料にそこまで足の早いものは無かったと思うのですが、うちでは神奈子様諏訪子様がお腹をすかせて待っているので少しだけ、と遠慮がちながらも早苗は招きに応じた。
 



 ◆◇◆◇◆◇




 蝉の鳴き声が、喧しく夏の訪れを騒ぎ立てる。

 ぬえはぺたぺたと素足で足音を立てて。早苗は暑気を感じさせない楚々とした歩みで。二人は廊下を歩いていく。
 するとぬえが脈絡なく急に浮遊し、無造作に早苗の麦わら帽を脱がせたかと思うと、頭頂を入れるべき場所へ顔面を突っ込んだ。

「すんすん。これが早苗の頭の匂いかー。なんか……くさいね。人工物のへんな臭いがする」
「なっ、ちょっ、聞き捨てなりませんね。もう日陰に居るんだから帽子はいいでしょうと言う前に、花も恥らう乙女にくさいとは何事ですか! あと匂いっていうのはたぶん、トリートメントの類でしょう。悪いものじゃありませんよ!」
「早苗はくさいー。くさみこ草巫女ー」
「正体不明の干物が出来上がるところを、助けてあげた恩人に向かってなんて言い草でしょう――わかりました、そこまで言うなら仕方ありません」
「どうするのさ」
「二人で水浴びでもしてから、自然な髪の匂いを嗅いで頂こうじゃありませんかッ!!」
「えっ」

 お邪魔するのは少しだけ、じゃなかったのか。
 謎の急展開に、ぬえはツッコミのタイミングを見失った。




 ◇◆◇◆◇◆




 大浴場は宝船異変の後、寺に新設された施設である。施工の後、村紗の力で呪いの海を召喚。寅丸が宝塔の力で浄化し、それを白蓮の魔法で適温に保ち、3工程を常時自動化した術式で行うことによって、いつでもお湯が使用可能な風呂が完成したのだ。
 命蓮寺一味全員が使うのは勿論のこと、人妖を問わず信徒に一般開放もしている。なかなか人気が高く、妙な時間帯であってもどこぞの野良妖怪が潜り込んでいたりするのだが(最近は化け傘の小娘がよく入りに来る)まだ真昼間であるということもあって、ぬえと早苗以外には誰もいないようだった。

「や、まぁ丁度汗流したかったところではあるんだけどさ……どうしてこうなった」
「ぬえさん、お風呂は服着たままじゃ入れませんよ。女の子同士なんですし、変に恥ずかしがることはありませんって」

 何か勘違いしている早苗に、あーこいつやっぱ全くわかってないわー、とぬえは先ほど上方修正した評価をちょっぴり下げる。別に胸とかバストとかサイズとかそういう話ではないのだ。

 ぬえは下着の有無には無頓着な割に、着衣を完全に脱ぐのは抵抗を覚えるという性質だった。ぬえにとって本当の「素」は誰にも見せたことのない、己の正体を晒すということだが、隠すものを取り払うという行為、側に人目があるという追加条件、それが気に入らない。
 ちなみに入浴自体は普通に好きで、いつも一人の時こっそり入っている。

「ようやく脱いだかと思ったらなんでタオルじゃなくてモザイクで体隠してるんですか。余計にこう、無駄な卑猥さを醸し出してますよ! 安心してください。わたし、胸のサイズとかで笑ったりしませんから」
「えぇいもう、本当に一言多いな。さっさと入ってさっさと出よーよ」

 相手するのが段々面倒になってきたぬえは、尚もきゃいきゃい騒ぐ早苗を置いて先に浴場へ足を踏み入れる。
 次いで入ってきた早苗が、その広さに感嘆の声をあげた。

「大きなお風呂ですねー。しかもこれ、常時入浴可能ですかもしかして。羨ましいっ」
「人妖が手を取り合い尊重し合う世の中云々ー、なんてのにいつも全力傾けてる誰かさんを思えばこの程度の無駄、かわいいもんよね。たまには役立つこともしてくれるわ」
「はーあったかーい♪ 出るときには冷たいシャワーで〆たいところですが、そこまで言うのは贅沢がすぎますね……あ、水もちゃんと出るんだ。すごーい」
「聞いてないのかよ」

「ぬえさんってお風呂でまずどこから洗うタイプですか?」
「ふつーに頭。上から下に洗ってくよ」
「むー、洗いっこで私がシャンプーしてあげたかったのにぃ。もう洗い始めてしまいましたか」
「子供じゃないんだから一人で洗えるって」
「ぬえさんは浪漫がわかってません。仲良くお風呂入る程親密なお友達と、洗いっこするとかなんだか素敵じゃないですか! 実は憧れだったんですよ!」
「……………………とも、だち?」
「そう友達です。しかも仲良しですよ!」
「私と、早苗が……友達」
「わたしは結構前からそのつもりですよぅ。……ってあれ、ぬえさん。ぬえさん?」
「友達……」
「まさかわたしの方が友達と思われてなかったとかそんな悲しみしか生まない結論はゴミ箱にポイですよ。それよりぬえさんその、頭洗う動きが止まった途端活発に動き出して、器用に桶でお湯汲みながらざっぱざっぱこっちにぶっかけてくる赤青の、背中の羽的なやつを止めて欲しいんですけど。照れ隠しにしてはちょっと奥ゆかしさが足りなっぶしゅ、鼻にお湯入ったぁ……ぬえさん、ぬえさんってば。おーい」
「……」
「駄目だこれ耳に入ってないパターンですね。仕方ない、本体に似て悪戯っこなんですから」

 早苗がぬえの背中へ手を伸ばす。奇形の羽を、えいやっと力一杯掴んで動きを止めようと、

「ひやぁあぁああああん!?!?!?」
「えっえっ」
「どこ触ってんのよ!!」
「えっそんな、そんなに敏感なところだったんですか馬鹿な。桶はよくて何故わたしの手が駄目」
「早苗のドスケベ!」
「誤解です! そんなつもりは決して」

 何がどうしていけなかったのか。羽っぽいのは一体どんな器官なのか。友達、の一言に何を思っていたのか。
 彼女は黙して語ろうとせず、真相は全て闇の中である。
 こうして、鵺の正体不明伝説にまたひとつエピソードが加わったのだった。

 ――ある夜の邂逅について。


 陽が沈んで月が昇り、人外たちの時間が始まる。
 妖魔ざわめく森の中、ミスティア・ローレライは切り株のステージへ上った。

「〜♪」

 軽い発声練習をしながら目を瞑り、実際に騒いでいるモノたち以外の「幽かな声」に耳を澄ます。
 普段は意識的にシャットアウトしているそれらは、傾聴しようとした途端、無遠慮な騒音となって脳に飛び込んでくる。

 ただの音だけではなく、目に映る景色も、肌に触れる質感も、風の匂いも、人間の味も、自分の心も、その全てを在らざる幻想の音色として感覚する耳が、ミスティアにはあった。

 超聴覚とでも呼ぶべきそれは、間違いなくある種の天才性であり異常だったが、過剰な力には必ずマイナス面が付き纏う。
 簡単に言ってしまえば、とにかく煩いのだ。どんなに小さな音であっても、音波でなくても、過敏に拾ってしまうということは、四六時中耳元で騒ぎ立てられているのと同じ。そこで前述の通り、健全な日常生活の為自らの能力に枷をかけているのだが、拘束もまた己に対するマイナス。心底リラックスすることは出来ない。
 板挟みに長年苛まれてきたミスティアだったが、ある日彼女は画期的な手段を見つけた。それが歌だ。

「夜の鳥ぃ〜、夜の歌ぁ、人は暗夜に灯(てい)を消せぇ♪」

 超聴覚に悩まされていた彼女が、電撃的に閃いた発想がある。
 感じる音たちが、音ではなく声に思えたのだ。
 音と声とでは全く意味が違う。音は現象であり、声は意思の発露だ。
 ならばその、言語化されていない意思を受けとめる相手は誰であるのか。

「夜の夢ぇ〜、夜の紅ぁ♪」

 己の特異性については自覚的だった彼女は、自分が聞く者の居ない、声無き声を代弁してみたらどうだろうか、と思い至る。
 
 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 既にジェネリックへ投げたネタなのですが、一回全直しした代物を上げたので前稿を供養。
桜田ぴよこ
http://coolier-new.sytes.net:8080/sosowa/ssw_p/?mode=read&key=1324706832&log=89
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2012/04/01 05:12:41
更新日時:
2012/04/01 05:26:28
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3. 7777777 ふともももふもふ ■2012/04/01 10:11:59
「ぷりぷりしてるのは白蓮の乳と尻だけで充分だ」一輪さんはぷりぷりしていないのか失礼な!
今度ぬえちゃんに会ったら後ろから抱きついてさわさわしてみよう。
ところで昨日の強風に乗って一枚ぱんつが飛んできたけどこれは一体誰のだろう……
4. 7777777 奇声を発する(ry ■2012/04/01 10:16:14
面白かったです
9. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 19:50:39
普通によかったです
ぬえを干すという発想が素晴らしい
名前 メール
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