- 分類
- 早苗
「神奈子様!! 是非曲直庁は私達のUFO投法を二重モーションと決定しましたよ!」
居間に姿を現すなり、豪快に滑らせた襖の音をかき消す勢いで早苗が声を荒げた。
「……天狗め! あんな特殊すぎるフォームで投げてみせるなど!」
応える神奈子もまた同様に、握った拳を戦慄かせる。
「……文さん達を責める事は出来ません。外の世界の技だと言ってあのフォームを試すように持ちかけたのは私達です」
幾分落ち着きを取り戻した早苗が神妙な面持ちで言う。
神奈子はまだ納得出来ないといった様子だったが、
「解っていただろうよ、神奈子」
「諏訪子」
いつの間にそこに居たのか、柱にもたれて座る諏訪子に窘めるように言われて、神奈子は口を噤んだ。
「あの頭の固い連中が、前例のない特殊フォームなど認められるものか」
「では私達に何の手立てもないまま、試合に臨み、ボークを取られろというのですか!」
再び激昂した早苗が詰め寄るも、諏訪子は眉一つ動かさないまま、静かに一つ頷いた。
「そうだ、それが是非曲直庁の言う『正しい野球』の試合だ」
「誰も呼んでいないのに、審判が必要だろうとしゃしゃり出てきておいてか――」
「…………」
「…………」
「…………」
「誰も乱入してきてくれませんね」
たっぷりと三十秒は黙り込んだだろうか。不自然な沈黙に耐えかねた早苗がおずおずと部屋の外を確かめるも、そこには誰の姿も無い。守矢神社、見慣れた母屋の廊下があるだけだった。
「早苗に妹はいないものねぇ」
「そもそも字面でこんな事をしようとしたのが間違っていたのでは?」
「それもそうか」
からからと笑う諏訪子とは対照的に、神奈子は額に手を当てて、さも疲れたとでもいうように深く息を吐いた。
「冗談はさて置いても、何か対策を練らないといけない事に変わりはないよ」
「いやぁ、幻想郷ならいけると思ったんだけどねぇ」
変な所で外界かぶれだからなぁ、と諏訪子が開け放たれた縁側の方へと視線を向ける。見ているのは庭ではなく遥かその先、山の裏に流れる三途の川の向こう側だろうか。
そもそも何故野球なのか。それは一ヶ月ほど時を遡る事になる。
『おーい磯野、野球しようぜー!』
里に住む中島少年が、何かの使命に駆られたように友人たる磯野少年にそう持ちかけたのが始まりだった。
――野球。
幻想郷に住む人も妖怪もその他も、外の世界のスポーツとしてその名前程度は聞いた事があったが、実際にやった事のある者は一人としていなかった。
しかし、そこは珍しいものにはなんだかんだと首を突っ込みたがる幻想郷の人妖である。以前サッカーが流行った時と同じように、野球は瞬く間に少年少女の間に広がりを見せていったのだ。
そして今やそれは幻想郷全土を巻き込む一大ムーブメントとなり、早苗達守矢神社もまたチーム妖怪の山として、天狗や他の神々と共に白球を追いかけている。
「ご都合主義ってやつだね」
「それなりの説明を一言で無かった事にしないでくださいませんか」
「しょうがないじゃん、ネタもページ数も少ないんだし」
「あんた達、真面目に考える気あるの?」
やんやと言い合う二人を見て、神奈子は再度溜息を吐いた。
野球が広まり始めた最初の内は、最近外の世界から来たという事でルールや戦術を熟知していた早苗達が一歩も二歩も抜きんでていたものの、そこは適応能力の高い幻想郷の面々。
すぐに現代野球のいろはを覚えると、あれよあれよと戦況をひっくり返していったのだ。
「まぁでも確かに、そろそろ考えないといけませんね。次に当たるチーム地霊殿も中々の強敵です。特にあのピッチャーのこいしさんは侮れません」
「ミスディレクション――気が付いたらボールがミットに収まっているとか、バスケでもやってろって感じだね」
「よしんば投げる所が見えていたとしても、あの変則フォームはそれだけでも充分脅威と言える。球の出所が見えない」
「埼玉辺りにいそうな投げ方でしたねぇ、そういえば」
加えてこいしが左利きというのも、少なからず早苗達を悩ませていた。
「それに地霊殿はこいしだけじゃない。あのバカがいる」
「あぁ、あのバカ」
「いましたね、あのバカ」
振って当たればホームラン。そうでなければオール三振。
バカこと霊烏路空はそんな両極端な、しかしこの上なく解りやすい成績だった。
「で、どうしますか。先程の諏訪子様ではありませんが、正にネタもページ数も正念場ですよ」
「この手のやつで考えるようになったら終わりだよね」
「二重モーションを取られる以上、UFO投法は諦めざるを得ない。それならばこいしのように、二重モーションを取られない変則フォームを考えるべきか……」
「神奈子は深く考えすぎなんだよ。どうせ向こうにはさとりだっているんだ。奇策を練ったところで対面した時点で全部バレバレだって」
諏訪子の言うことはもっともだった。何を考えたところで、さとりに心を読まれてしまえば元も子もない。神奈子もそれは承知していたのだろう。ぐっと押し黙ったまま、動けずにいた。
「私にいい考えがあります」
「早苗、まさかアレをやるつもり?」
「はい。こうなった以上、致し方ありません」
「一体何を……」
言いかけたところで、しかし神奈子の声は文字通り飛び込んできた鴉天狗、文によって遮られてしまった。
「お三方ともまだこんな所に居たんですか! もう試合が始まりますよ!!」
「よし!」
文の声に、早苗は愛用のバットを手に取ると掛け声一つ。
「行くのか?」
「……死ぬなよ」
「どんな内角攻めも全部デッドボールにしてみせますよ」
「達川かよ」
《おしまい》
- 作品情報
- 作品集:
- 1
- 投稿日時:
- 2012/04/01 05:09:56
- 更新日時:
- 2012/04/01 05:10:33
- 評価:
- 3/6
- POINT:
- 26236933
- Rate:
- 749627.37
わかっていただろうにのうw
山内(元広島)のことか! 山内(元広島)のことかああ!