大学の講義の空き時間だった。僕はいつもどおりに大学の課外活動共用施設、いわゆるサークル棟にあるミステリー小説研究会の部室を目指していた。三階まで階段をのぼり、西の端を目指す。部室の近くまで来て、そこで先客がいることに気付いた。部室のドアが開放されていたからだ。
このサークルは人数こそ少ないが、皆が積極的に顔を出すために部室に誰かがいることも珍しくない。部室にいたのは年齢学年ともに一つ上の、八雲先輩だった。女性としては高い身長と、金色に輝く九つの尻尾から受ける印象は、なんとも美しい。まるで神話から抜け出た女神のようだと言ってしまったならきっと怒られるのだろうけど、僕が八雲先輩から受ける正直な印象はそれなのだ。
彼女はいつも冷静で、堂々としていて、それでいて軽い冗談も口にする、このサークルの実質的なまとめ役だった。
――といっても普段はまとまる必要があるサークルでもないため、基本的には放任しているのだけれど。
自他共に認めるヘビースモーカーである先輩は、普段どおりにタバコをくわえたまま、これまた普段どおりの鋭い目で僕を見やった。
「森近か……いや、ちょうどよかった」
そう言った先輩は、無言で自分の正面に座るように促した。
「ちょうどよかったって先輩、何かあったんですか?」
「……少し、な。私にはどうにも分からんことがあって困っていたところだ」
「先輩に分からないことって、それこそ僕にはどうにも出来ない気がするんですけど」
他人の分からないことを、僕だけが分かったなんていう経験は全くない。頭脳労働で僕が先輩の役に立てるような、そんな気は全くといっていいほどにしなかった。
それこそ知識量なら一年の東風谷さんとか、思考の柔軟性なら魔理沙とか、突飛な発想ならそれこそ八雲先輩と仲のいい魂魄先輩とか、このサークルの中ですら適任者は他にいくらでもいるのだから。
「そうは言うが、お前ほどの適任者は他にいない。朝からずっと誰かを待っていて、今日ここに来たのはお前だけだからな」
「……それはつまり、誰でもよかったということですか?」
「そうだ」
そうきっぱりと先輩は言い切る。
そういうことなら、確かに僕の気は楽だった。
誰でもいいと言われると気を悪くする人もいるかも知れないが、僕はそんなことよりも、大した根拠もなく過剰に期待をかけられることの方がよっぽど苦痛なのだ。「僕でなければ駄目だ」なんて言われたら、きっと僕はそのプレッシャーから逃げたくて仕方なくなってしまうだろう。
「そういうことなら、まあ話を聞くくらいなら出来るとは思いますけど」
「……そうか。それはありがたい」
そう言いながら先輩はタバコを灰皿でもみ消した。タバコを吸うのはもう終わりかと思ったら、また新しいタバコを取り出した。口にくわえて火をつけて、一度煙を吐き出すと先輩は話し始めた。
――八雲先輩の叔父は運送会社でトラックのドライバーをしていた。彼は仕事熱心で、会社からも同僚からも信頼の厚い人物だった。他人の怠慢には厳しいが、それ以上に自分に厳しいその人格から、最初は敬遠されていても次第に理解される人間だったという。人間関係のスロースターターとは八雲先輩の弁だ。
彼には一つのジンクスというか、験担ぎのようなものがあった。それが会社で飲むコーヒーだ。会社の中にも他にコーヒーを飲む人間も少なくはないが、彼は人の軽く三倍は飲んだという。理由は単純に眠気覚ましらしいのだが、同僚には「カフェインには利尿作用があるぞ」などとからかわれてしまうほどだったらしい。
それでも出発前には欠かさずコーヒーを飲んでいた彼。
そんな彼が、居眠り運転によって自損事故を起こしたのは、つい三日前のことだという。
「それで、叔父さんは無事だったんですか?」
「ああ、幸いな。今は入院しているが命に別状はない。だが問題はそこじゃない」
他に問題となるような部分がこの話にあっただろうか。コーヒー好きのドライバーが事故を起こしたという、そんなどこにでもありそうな話――それが先輩の身近で起きた。単純にそういう話だと僕は思った。コーヒーを人一倍飲むからといって、居眠り運転をゼロに出来るというものでもないのだから、特に不審な点はなかったように思えるのだが。
「あの厳格な叔父が、それこそ居眠り運転なんて。ましてやそれによって事故を起こすなんて――絶対にそんなことをするわけがないんだ」
「……いや、それはさすがにどうでしょう。想定できないからこそ事故と呼ぶわけですし、ドライバーなんて毎日長時間運転しているのだから、必ず大小さまざまなトラブルに巻き込まれるものだと思いますよ。確率的にも自動車の交通事故はかなり起きやすいものだと言いますし、今回はたまたま大きな事故だったというだけだと思いますけど」
たまに飛行機が怖いという人もいるが、日常的に利用している自動車の方がよっぽど危険だという話はよく耳にする。飛行機が出来てから今までの航空機事故による死亡者数と、アメリカでの自動車の交通事故による一年間の死亡者数では、自動車事故による死亡者数の方が多いのだという。これは飛行機の安全性を示すためのデータとはいうが、逆に見れば自動車の危険性を表してもいるだろう。
「確かに森近、お前の言うとおりだろうな。実際に叔父の勤める会社では、三年の間無事故無違反であれば奨励金が出る程度には難しいことだと思われているようだ。それでも無事故無違反を続けているドライバーはそれなりの人数はいる。叔父もそれなりにいるドライバーの中の一人だ。確かにトラックのドライバーのように毎日長時間の運転をしていると、集中力も低下して気付かないうちに交通ルールを違反することもあるかもしれない。たとえ警察に違反を咎められなくても、違反をし続けると事故を起こす確率だってグッと跳ね上がるものだろう。それ以前に、悪路であったり視界が悪かったりする中でも長時間運転しなければならないトラックのドライバーは、普通自動車のドライバーよりも事故を起こしやすい。だからトラックのドライバーが事故を起こすことは別におかしいことじゃない――そういうお前の思考はよく分かる。普段なら私もそう考える。今まで無事故無違反だったドライバーが、そのときたまたま事故を起こしたと考えるのは自然だし当然のことだとは思う。それでも、叔父に関してだけは、そう考えるのは逆に不自然なんだ」
考えたところで先輩が何を言おうとしているのか分からない。僕は沈黙して、視線で先輩に続きを促した。
「私の叔父はさっきも言ったが厳格で、何より自分に厳しい。もうすぐ勤続二十年ながら、無事故無違反だけでなく、無遅刻無欠勤、極め付けには積荷を一度も延着させたことすらないらしい。私も詳しくはないのだが、これは不可能といえるくらいに困難なことらしい。無事故無違反は運良く警察官に見つからなければ、実際は交通ルールに違反していても継続される。無遅刻無欠勤も、厳格で自己管理を徹底している叔父ならそれほど難しくもないだろう。それでも、積荷の遅延に関してはどうにも誤魔化しようがない。自動車の事故は起きやすいと森近も言ったが、事故による渋滞に巻き込まれることは、事故の当事者になるよりもずっと起きやすい。それを叔父は奇跡的な確率で回避し続けて、そういった不可能といえる程の困難を可能にし続けた。そのことに敬意を表して、叔父は会社内で《鉄人》と呼ばれてさえいる。それほどまでに運転に愛されていた叔父が、激務の中にあってさえ無遅刻無欠勤を継続するまでに自己管理を徹底していた叔父が、そんな《鉄人》がまさか居眠り運転で事故を起こすなんてね――そんなことは、少なくとも私には考えられないんだよ」
八雲先輩はタバコをくゆらせながら、あくまでも冷静にそう言った。
僕はそれでも事故を絶対に回避できるような人間がいるとは考えられなかった。しかし、先輩の叔父さんが「居眠り運転をした」ということに関しては、確かに疑わしい事柄であるように感じる。そして、その事柄が疑わしいのであれば、これは一体どういう話になるのだろうか。僕はそのことが少し気になったが、無理に一人で考えずともそれは本人に訊けばいいことだと気付いた。
「事故を起こす、起こさないはともかくとして、確かにそんな叔父さんが居眠り運転をすることは考えにくいですね。……それで、先輩は一体何を考えているんですか?」
「察しがいいな、森近。そうだな――私が考えているのは、叔父はある人物に居眠り運転をさせられたんじゃないか、ということだ」
居眠り運転をさせられたって、それは一体――
「――どうやって?」
「それが分からんから誰かに知恵を貸してもらおうと、ここでずっと待っていたんだ」
先輩の言葉を聞いて僕は愕然とした。いくらなんでも、それは無茶苦茶な話だ。そんな疑問に答えを出せる人間がいるのだろうか。それはおそらく魔理沙にだって難しいのではないだろうかと思う。それでも不可能だと断言できないあたりが魔理沙の凄さではあるのだけど。
とはいっても、黙っているわけにもいかないので、とりあえず気になる部分を質問してみることにした。
「その、ある人物というのは?」
「叔父に明確に敵意を持っている人間が、叔父の社内に一人だけいる。雲山(くもやま)という若い社員で、違法駐車やスピード違反などをよく起こし、遅刻や無断欠勤も日常茶飯事という、いわゆる不良社員というものなのだが。叔父はその雲山と勤務態度に関することで、よく口論をしていたらしい。同僚の社員によると、雲山には反省した様子はなく、『自分がたまたま無事故無違反だからって偉そうにしやがって』とよくこぼしていたらしい」
それはまた、典型的な逆恨みのパターンだ。それにしても先輩は、それをわざわざ会社の人を訪ねて調べたのだろうか。
「それって、この三日の間に先輩一人で調べたんですか?」
「そうだが」
それが何かおかしいことかと、不思議そうな目をして僕を見る。そういえば八雲先輩は行動力があり、情報収集が得意なのだと魂魄先輩が言っていた。
そして――怒らせると怖いのだ、とも。
「とりあえず、その雲山という人が、叔父さんを何らかの方法で居眠り運転させたという前提で考えてもいいですか?」
「ああ、それは構わん。私が調べられる限りにおいては、他に容疑者が浮かんでこなかったし。他の可能性も完全に排除は出来ないが、とりあえずは雲山が《どうやって叔父を眠らせたのか》ということを考えて欲しい」
それはつまり、この部室の本棚にも大量にあるミステリー小説の分類でいうならば、ハウダニットに分類されることだ。犯人(Who)は分かっている。動機(Why)も分かっている。分からないのはどうやって(How)というその一点。
「まあ、普通に考えれば睡眠薬ですよね」
「それは私も考えたんだが、実は叔父が事故を起こした当日、雲山は叔父が会社から出発するまでの間には会社にいなかったらしい」
それは遅刻ではなく、雲山は前日から遠方へと仕事に出ていて、帰ってきたのは叔父がすでに出発した後だったという。つまり、叔父の出発前に睡眠薬を水筒や弁当に混入することは、雲山には不可能だったと先輩は言った。それに、そんなことをすれば水筒や弁当に混入した痕跡が残ってしまう。もし今回の事故に事件性があると判断されて調べられでもしたら、そこから簡単に足がつく。そんな致命的なことは、おそらくしないだろうと先輩は言った。雲山は不良社員ではあるが、頭の悪い人間ではないのだそうだ。むしろ言い訳や言い逃れに関しては、よく悪知恵の働くタイプなのだと、そこまで先輩は調べていた。
「となると、雲山が叔父さんと接触できるのは事故の前日ということになりますが、実際問題として日をまたいで効力を発揮するような睡眠薬ってあるんでしょうか?」
「さあ、私には分からん。だが前日にしたところで、雲山が叔父と接触できたのは早朝だけだ。そうなると、事故がおきるまではゆうに三十時間以上はあるし、その日の夜には通常の睡眠も取っている。前日に何かしたとしても、それが狙いすましたように翌日の運転中に効力を発揮するとは考えにくい」
となると、やはり通常の方法では雲山には不可能ということになってしまう。
「そこに私も困っているんだよ」
ようやく先輩が何に困っているのか理解することが出来た。
そこに至ってようやく、僕は本腰をいれて考察することにした。
人を自分の意図どおりのタイミングで眠らせるにはどうすればいいだろうか?
――催眠術? いや、さすがにそれはないだろう。却下だ。
となるとやはり睡眠薬ということになるのだろう。
では――それはいつ、どこで、何に混入されたのか。
そして――それはいつ、どこで、何と一緒に服用されたのだろうか。
結局、問題となる部分はこの程度の量しかない。それに、一つ分かれば連鎖的に理解できるような単純な構造だ。だから、何か一つきっかけさえあれば、これは簡単に片付くはずなのだ。
こういう事件があったとして、ミステリー小説だったら犯人は何を利用することが多いだろうか。この部屋にある本棚に目を移す。
最近読んだ小説では確か、被害者の習慣というか癖を利用していた。爪を噛む癖のある女性のマニキュアに毒を混入するような事件だったように記憶している。
八雲先輩の叔父には何か癖はなかっただろうか。聞いた中では一つある。コーヒーを人一倍、いや三倍だったか、とにかくたくさん飲む。それだけ飲んでいれば、同僚で叔父さんがコーヒーを飲むことを知らない人はいないだろう。ならば前日のうちにコーヒーに遅効性の睡眠薬を混ぜれば――いや、叔父さんがコーヒーを飲むからといって、コーヒーを飲むのは何も叔父さんだけではない。未必の故意というか、叔父さんが事故にあえば狙い通りだが、叔父さんが事故にあわなくても、もっといえば別の誰かが事故にあったとしても別に構わないという、そんな乱暴とも言えるような思考もあるけれど。しかし、それはあまりにも杜撰な計画になりはしないだろうか。よく悪知恵の働くという雲山が、そんな風に考えるだろうか。
でも、この思考の方向性は大きく外れていないような気がする。何か一つ仮定の条件を追加すれば、今回の事件は実現可能な範囲に収まるような気がする。
「森近。お前もコーヒーを飲むか?」
声を掛けられたことで思考が中断される。一旦物事を考え始めると周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だった。
気付けば先輩は部屋に設置されたコーヒーメーカーのそばにいた。おそらく僕が部室に来る前に準備していたのだろう、備え付けのサーバーはすでにコーヒーで満ちていた。
朝から誰かを待っていたという先輩にとって、それは何杯目のコーヒーなのだろうかとふと思う。
「はい、お願いします」
「お前も砂糖とミルクは要らないんだったか?」
先輩がそんなことを言う。そういえば僕は八雲先輩にコーヒーを淹れてもらうのは初めてだった。
「いえ、いつもは両方一さじずつ入れています」
「そうか。うちのサークルでは珍しいな」
そういって先輩は引き出しからコーヒースプーンを取り出す。
――珍しい?
そういえばそうだ。魂魄先輩はコーヒーをブラックの砂糖なし以外では飲まない。八雲先輩も確かそうだ。魔理沙はその昔、砂糖もミルクもだばだばとまるで別の飲み物になるくらいに入れていたが、最近は何も入れずに飲むことが多いようだし。東風谷さんはどうだっただろう、そういえば部室でコーヒーを飲んでいる姿を見たことが無い。あのどこかお嬢様然とした雰囲気には似合いそうではあるけれど、そういう話なら和風の緑茶の方が似合うような気もする。他にも何人か部員はいるそうだけど基本的に忙しいらしく、僕は一年以上このサークルに顔を出しているけれど、他の部員の顔を見たことは一度も無い。話に聞く限り、たまに部室の本棚から本を拝借したり、逆に自身の本を置いていったりしているらしい。
ということはつまり、このサークルでコーヒーを飲んでいて、かつ砂糖とクリーミングパウダーを入れるのは僕だけなのだ。
――ああ、そうか。
そこで僕は一つの仮説を思いつく。そしてその仮説が正しいとすれば、今回の事故は確かに事件でありうる。雲山にも、《鉄人》に事故を起こさせることが可能になるのだ。
その仮説が成り立つとする前提、一つの仮定。僕はそれが正しいかどうか、先輩に確認する必要がある。
「先輩――」
「ん? どうした?」
不思議そうな顔で僕を見る八雲先輩。先輩がそんな顔をするのは、滅多にないことだった。
そんな先輩に対して、僕は一つの仮定を口に出す。
「――ひょっとして叔父さんは、甘党だったりしませんか?」
僕がそういうと、先輩は少し驚いたように目を丸くして言った。
「そうだ。叔父は確かに大の甘党だが、それがどうしたというんだ?」
先輩の証言によってこの仮定が正しいと立証された。それなら、今回の事件に関して一つの仮説が立つ。
「あくまでも仮説ですが、分かったことがあります。先輩の叔父さんは、やはり遅効性の睡眠薬を飲まされていたのです。――コーヒーと一緒に」
「ちょっと待て、コーヒーに睡眠薬を混ぜたりすれば――」
「そうです。コーヒーを飲む社員全員が眠気を訴えるような事態になってしまいます。下手すればコーヒーを飲む全員が居眠り運転で事故を起こすようなことになる。そうなれば間違いなく、事件性が出てくる。警察が動けば雲山だって困る。そこで重要なのが、先輩の叔父さんが甘党だという事実です」
「……そうか、砂糖か」
「そうです。雲山は、事故の前日のうちに砂糖か何か、コーヒーに後から加えるものに遅効性の睡眠薬を混入した。叔父さんはコーヒーの飲みすぎをからかわれる程度にコーヒーを愛飲していました。そして甘党の叔父さんは他人と比べて、目立ちすぎるほどに砂糖などの、何かしらの消費量が多かったのではないでしょうか。そしておそらく雲山はそこに目をつけた。コーヒーに砂糖を入れる人は他にもいたかもしれませんが、もしかしたら叔父さんしか入れない何かがあったのかもしれません。それが何なのか、というよりそんなものが存在するのかどうかも僕には分かりませんが。とりあえず雲山は、人より多くのコーヒーを飲むという叔父さんの習慣の中にある目立つ事柄を利用しようとしたのではないでしょうか?」
このサークルにおける僕の癖というか習慣として、もし砂糖やクリーミングパウダーに毒を混入されたとしたら、死ぬのはピンポイントに僕だけだ。コーヒースプーンを使用するのも僕だけだというのだから、僕のリスクは非常に高い。
もしかしたら先輩の叔父さんも、会社内では僕のような立場にいたのではないだろうか――僕はそう考えた。
「……そういえば叔父は、コーヒーに蜂蜜を入れて飲む、少し珍しい習慣があったらしい」
その先輩の言葉で、僕は仮説がおそらく正しいのだと確信した。
「その蜂蜜はおそらく叔父さんの私物でしょうが、きっと会社に常置していたのだと思います」
それならば雲山が睡眠薬を混入することも難しくない。混入するのはいつだっていいのだ。その蜂蜜を使うのは、どうせ先輩の叔父さんだけなのだから。
先輩は僕の話を聞き、一度自分で考察しなおしたのだろう、しばらく考え込んだのちに僕の目を真っ直ぐに見た。
「確かにそういうことなら、雲山にも叔父を居眠り運転させることが可能だ。あとはその仮説が事実であると立証するだけだな。……ありがとう、感謝する」
そういうと先輩は何本目だろう、タバコの火を灰皿でもみ消すと隣の椅子においてあったかばんを手に立ち上がった。
僕は思わず、八雲先輩を引き止める。
――嫌な予感がしたのだ。
「ちょっと先輩、何をする気ですか?」
「だから言っただろう、お前の仮説を立証しにいくんだよ」
「いえ、僕が聞きたいのはそこではなく――立証した、後の話です」
先輩はいつもの鋭い、見ようによっては冷たい目で僕を見る。その表情は変わらず、だから何を考えているのかまでは分からない。
――先輩は何を考えていたのだろうか、少しの間を空けてから口を開いた。
「……森近、それはお前には関係ないことだ。この礼は別の機会に必ずする、それで許せ」
そういうと先輩はあわただしく部室を出ていった。
――僕には関係ない。
確かにその通りだ。僕は困っていた八雲先輩の話を聞いて、一つ仮説を立てただけだ。その後がどうなったとしても、たとえ仮説が間違っていたとしても、それは僕の責任が及ぶ範囲ではない。
だからもし今後、雲山というトラックのドライバーが会社を解雇されたり、もしくは不運な事故にあったりしても、それは僕には関係ない話ということだ。
魂魄先輩の言うとおり八雲先輩が怒らせると怖い人であることを、僕は図らずも理解した。
――全く、八雲先輩はなんて役割を僕に押し付けてくれたんだ。
僕には関係ないって、そんな簡単に割り切れるものではない。
「あれ、香霖いたのかよ。どうしたんだ? なんか藍先輩があわてて飛び出していったけど」
声をした方を見るまでもなく、それは魔理沙の声だった。
「どうしたんだって、それは――僕には関係ないことだよ」
魔理沙は不思議そうに首をかしげていたが、僕はそれ以上何も言う気にはなれなかった。
そういえばエイプリルフールらしいので、適当に昔の.docファイルをあさって東方風味に改変してみました。
読みづらいとか、細かい改変ミスとか、藍さまの叔父って誰だよといったツッコミに関しては寛大な心でスルー決め込んで下さい。
むしろ魂魄先輩と役割を入れ替えた方がしっくりくると、終わってから気付きました。
また、酷い役回りになった雲山さんのファンの方には申しわけありませんでした。
以上、四月の馬鹿野郎こと鈴木々々(すずききき)でした。
鈴木々々
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