横浜レミリア

作品集: 1 投稿日時: 2012/04/01 00:54:22 更新日時: 2012/04/01 00:54:22 評価: 7/17 POINT: 67858419 Rate: 753982.71

 

分類
横浜
 咲夜。愛しい私の咲夜。よく聞きなさい。

 そのときが来たのだ。試練を乗り越えなければならない。

 私が私であるために、スカーレットの中のスカーレットであるために。

 私の問題だ。手出しは許さん。何が起ころうとも、その結果を受け入れなければいけないのだ。

 だから咲夜。貴女の望むものを一つ答えなさい。








 レミリアはうっかりタイヤ館に帰宅した。
「ぬ〜……」
 タイヤ、タイヤ。どこを見てもタイヤばかり。つい先ほど、レミリアは人生最初の難関であるはじめてのお使いをクリアしてきたばかりなのだ。吸血鬼の年齢から考えてみれば500年目で初めてのお使いというのも些か早すぎるのだが、どこぞの魔法使いも一歳早い年齢で魔女の試験を受けたのである。レミリアとて宅急便を営むつもりは無いが、早すぎるお使いというのも吝かではない。
 しかしタイヤ。流石はタイヤ館。無造作に詰まれたタイヤはレミリアの数倍の身長を固持し、圧倒的なカリスマを醸し出していた。
「私としたことが。不覚っ……!」
 鼻腔を擽るゴム臭が、自身を馬鹿にしているような気がした。
 小さな手のひらの中にはお使いの報酬である飴玉。細い腕からぶら下がったバスケットの中には咲夜から頼まれたトーテムポールが眠っている。初めてのお使いに従者は不要、ときっぱり言い放ったのは他ならぬレミリアだ。
 お使いの途中、レミリアダッシュをかまして撮影隊を振り切った結果だった。井の中の吸血鬼、大海を知らず。幻想郷には海なんて無いのだけど。
「しっかし、タイヤねぇ」
 幻想郷に無いのは何も海ばかりではない。タイヤの主もまた、幻想郷には滅多に存在しない。魔法の森の外れにある古道具屋にでも行けば或いは存在するのだろうが、それにしてもこの夥しい量のタイヤ達を賄いきれるものではない。
「咲夜にフランドール用の遊具でも作らせようかしら」
 かしら、かしらかしら。ぐわぁんとシンバルでも叩いたかのようにレミリアの声が木霊する。後には静寂だけが残り、否応にも孤独感が盛り上がってきてしまう。
「ぅ……」
 500歳とは言え、レミリアはまだ年端もいかない吸血鬼。メイド長を従わせ、然るべき客人と相対しているならば、紅魔館の主たる威厳を保ち、高慢な振る舞いをしただろう。だが今は孤独だ。レミリアは紅魔館の主ではなく、レミリア・スカーレットという一人の少女なのだ。年齢相応に涙が溢れる。涎も垂れる。
「誰か、ねぇ」
 ねぇ、ねぇねぇ。か細い声はか細いまま響くばかり。
「うぅ。ぐすん。しゃくやぁぁぁぁぁ!!!」
 決壊してしまった涙は止まらない。ポロポロと床に滴り落ちる涙と嗚咽混じりの泣き声に、しかし手を差し伸べるものは居ない。





 レミィ――。

 居ないはずだった。彼女は孤高の存在。レミリア・スカーレットに畏れ多くも助けの手を差し伸べる者など……。何処からとも無く聞こえてくる自分を呼ぶ声に、レミリアは我に返る。
「この声は……」
 優しく包容力に満ちた声。レミリアがずっと渇望していた声だった。絶対忠誠を誓うメイド長の物ではなく、唯一無二の親友の物ではなく。ましてや妹の物でもない。声の主はレミリアが物心着く前に他界した人物のものだ。記憶なんて無くたって身体が覚えている。魂の奥底に今も尚刻まれている血の絆。

 レミィよ――。

 肌が粟立つ。
 間違いは無かった。間違えようがなかった。
 しかし、だがまさか、そんな、いくらなんでもありえない。
 自問自答する理性も優しき父の声の前には押し黙るしかない。
 何故?
 そんな疑問すら家族という絆の前には意味の無いものだった。
 最愛の娘が直面している人生最大の危機なのだ。
 暢気に死んでいる場合ではないというのも頷ける話だ。
 レミリアは瞳を輝かせながら振り返った。

「ダディっ!?」
 そこには不気味に笑うタイヤがいた。
「びえええええ!! うわぁぁぁぁ!! ぬおおおお!!」
 驚き、咆哮し、緊張の糸が切れたレミリアは目の前の怪物を全力で殴りつけた。
「スマイレッジ!!」
 タイヤは奇妙な鳴き声を上げながら壁に激突するとポヨンと跳ね、再びレミリアの前で静止する。驚くべきはスタッドレス。二重溝の制動距離だった。
「何をおどろく? 最愛の娘、レミィよ」
「何に驚いていいか分からないわよ!」
 声は間違いなく父親のものだった。しかし、今レミリアの前に居るのは父親の面影など何処にも無く、異形の悪魔。妖怪にしては桁外れに不気味な姿は万人に恐怖とトラウマを刻み込むことだろう。吸血鬼としての誇りが目の前の化け物の存在を否定していた。
「去れ! 化け物!! 私の魂に刻まれている父はそんな姿ではない! 大体、吸血鬼ですらないじゃないか!」
「私は吸血鬼ぜ☆」
「ぜ☆ じゃねえよ! 高潔なる吸血鬼の純粋血統であるスカーレット卿は、そんな不気味に笑ったりはしない!」
 よくよく見れば口元からはおびただしい量の赤錆色の液体がダラダラと流れている。血みどろだった。レミリアは気がついてしまった。
「恐怖と畏怖、覇者としての余裕の笑み、それに吸血性」
「ぐぅ……違う! どれもお前が吸血鬼であるという証拠にはならない!」
 吸血鬼の条件は何か。血を吸うことか、日に弱いことか、心臓を杭で打たれれば死ぬことか、ニンニクか、十字架か。否。否、否。吸血鬼を吸血鬼たらしめているもの。それは――。
「それは……」
 レミリアは言葉に詰まってしまう。それもそのはずだ。生まれたときから吸血鬼である彼女には自分が自分である条件を問うことなど無かったのだから。チュパカブラになんでお前チュパカブラなの? と質問を投げかけても無駄なように。しかし、目の前のタイヤは笑みを崩さずに言う。
「レミィ。それは自覚だよ」
「自覚……」
「そう。我々は生まれつき誇り高き吸血鬼。闇の眷属の頂点にして歴代の当主は『魔王』に名前を連ねる一族。吸血鬼とは成るものではない。生るのだ」
「……生る、か。ふむ。認めざるを得ないようだ。父親の声をしたお前は紛れもなく吸血鬼であると」

 パンッ!

「ぇ?」
 小気味いい音と共にレミリアの頬に痛みが奔る。唖然とするレミリアにタイヤは柔らかい表情を崩さずに怒り出した。
「父親に向かってお前とは!」
「ちょっと待って、お前どうやってたたいて――」
「またそんなことを言う! この口か! この口か!」
「むぐぐぐ」
 ぐにーっと頬っぺたを抓まれる。物理法則を無視したお仕置きに止まっていた涙が再び溢れ出す。
「なんで父親ヅラしてるのよう!!」
「何故? 何故と言う! 娘に躾ができるのは親だけなのに何故と言う!」
「いや! だってタイヤじゃないか、お前!!!」
 時間が止まった。
 ような気がした。咲夜はここには居ない。居るのは喋るタイヤのみだ。しばしの沈黙の後、タイヤは不気味に笑いはじめる。額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「ふふふ。見事だレミィ。この私の巧妙なる罠をよくぞ見破った!」
「くくく。私を誰だと思っている」
 不気味な笑い声の不協和音がタイヤ館を包み込んでいる。レミリア・スカーレットは僅かな違和感を看破し、たった一つの真実を叩きつける。見た目は子供、頭脳は500歳児の慧眼だった。
「いちいちレミィと呼ぶな! その名で呼んでいいのはパチェだけだ」
「おやおやレミィ。反抗期かな?」
「父親を騙るなと言っている! 貴様の目的は何だ?」
「ぐぅ」
 ぷぃっとソッポを向くタイヤ。最早形成は逆転した。レミリアの天才的な頭脳がタイヤの陰謀を暴く。
「ふん。どうせこのタイヤ館で紅魔館を乗っ取ろうというのだろう? 残念だったな。我が紅魔館は絶対にタイヤなどに屈しない!」
 タイヤで作ったゴジラは名残惜しいけれど、ここで引くわけにはいかない。フランドールがきゃっきゃと遊ぶ姿を見たいというのは姉の欲目だろう。紅魔館がタイヤに侵略されてしまえば元も子も無いのだ。





「そこまで看破されているとはな。良いだろう。命名決闘法案とやらに則って勝負をしようではないか。レミィ、お前が勝ったらここのタイヤを好きにするが良い」
「くくく。よりによってスペルカードルールで私を戦おうというのか。面白い。そのスペル、片手で破ってくれる!」
「私が使うスペルカードはたったの一枚だ。必殺にして究極のスペル。レミィ、お前にコレを破れるかな?」
「笑止!」
 戦いの幕が上がる。タイヤは笑いながら天井近くまで飛翔した。
「距離をとったか、一撃に賭けるのであれば些か興を殺がれるが、だからと言って私が手加減でもすると思ったか。バカめ」
「ふふふ」
 レミリアはグングニルを改めて構える。沈黙がタイヤ館を支配し、静寂が二人の間を駆け抜ける。
 やがて、タイヤは重々しく口を開いた。

「全世界ヨコハマ!!」

 この時、タイヤ館で行われた非公式の命名決闘法は筆舌に尽くしがたい。だが、記さねばなるまい。それはレミリアの想像の遥か上をいく弾幕だった。フランドールのフォーオブアカインドを超える量の分身が発生し、レミリアを嘲笑と物量で押しつぶす。手にしたグングニルで弾き返しても相手はゴム。何処に激突しようがかすり傷一つ負わせられなかった。
「くっ……」
 ゴムの身体にファイバーを備えた究極のスタッドレスタイヤ。究極の悪夢が目の前にある。キュッキュキュッキュと四方八方、壁も床も鳴らしてタイヤが迫る。対するレミリアは一本足打法に切り替えて迎撃してゆく。流石は吸血鬼、馬鹿力も正直馬鹿にならない。グングニルを振りぬいた瞬間のインパクトは恐竜をも滅ぼしかねない威力だった。
「ふはははは! まだまだ加速するぞ!」
 相手はゴムだ。強く打ち返せば打ち返すほど壁に跳ね返り、威力は倍となって返ってくる。まともな正攻法では勝ち目が無い。後先考えずに得物をブンブンと振り回していたレミリアも自分の誤算に気づき始めていた。

 が。

「ぎゃおおおおお!!!!」
 突然タイヤの身体が炎上する。ゴムの焦げる嫌な匂いと共にスペルブレイクのアナウンスがタイヤ館に響き渡る。思わずきょとんとするレミリアだった。
「成る程。空気摩擦によって自滅を促しましたか。お見事ですわ」
 メガホンを片手に八雲紫がにゅっと登場する。
「お前何処から……。いや、ふ。ふふふっ! そのとおりだ。全ては私の計算どおりに事が運んだだけのこと」
 炎の中から声が再び聞こえてくる。
(そろそろ時間のようだ。楽しかったぞ、レミィ。できればフランドールにも一目会いたかったが)
 否定したはずの父親の声。父は嘘をついていたのだ。何故? そんなことはわかりきっている。親子だから、アレの考えることくらいお見通しだ。……恥ずかしいのだ。
「……お父様。さようなら」
「家族水入らずの再会、如何でしたか?」
「水入らずとはいえ炎上はやり過ぎよ」
「うふふ」
「さて。我が父の考えそうなことと言えば」
 レミリアが顎に手を当てて思案する。と。


 タイヤ館は、爆発した。













 中途半端にハリウッドをまねた結果だった。脱出ミッション、爆発、炎上。父親はこんなイベントを用意しようとしたのだが、途中で飽きてしまったに違いない。言葉にしなくてもわかる。何せ親子なのだから。
 もうもうと立ち上る煙とゴム臭の中から一人生還するレミリア・スカーレット。
 横顔には父の面影を刻み。

「アディオス」

 静かに涙を流す。
 トーテムポールは灰になった。
「はじめてのお使い。レミリア・スカーレット編」近日発売。
沙月
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2012/04/01 00:54:22
更新日時:
2012/04/01 00:54:22
評価:
7/17
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67858419
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753982.71
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0. 13413980点 匿名評価 投稿数: 10
1. 7777777 奇声を発する(ry ■2012/04/01 01:00:23
場面想像したら笑いがww
2. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 01:10:48
ゴム臭ってなんかエロくね?いやエロいわ。俺が決めた。
3. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 01:30:46
タイヤの上にガラス板置いてテーブルにしてるやつあるじゃん
あれカッコイイよね
4. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 01:34:24
スタッドレスタイヤの特性をよく捉えているとおもう
6. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 02:52:03
b
10. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 12:08:55
徹頭徹尾意味わからんwwww
15. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 19:15:34
もうわからんwww
点数もってけ泥棒wwwww
名前 メール
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