電脳の彼岸

作品集: 1 投稿日時: 2012/04/01 00:18:07 更新日時: 2012/04/01 01:44:36 評価: 6/16 POINT: 58960050 Rate: 693647.94

 

分類
みんな嘘


[0:00:02] Merry: やっほ
[0:00:11] Merry: 蓮子、こんばんはー
[0:00:28] REN: こんばんは、メリー
[0:00:43] Merry: 今日も一日お疲れさま
[0:01:00] REN: んー
[0:01:22] REN: そういやメリー、今日はね


 日付が変わる頃。
 いつものように彼女が話しかけてきて、チャットが始まる。


[0:04:28] Merry: えーっ、本当?
[0:04:41] REN: 勘弁してほしいよ
課題出しすぎなんだって
[0:05:04] Merry: ドンマイ
っていうか、ファイト!
[0:05:19] REN: ひどっ
まるで他人事みたいに
[0:05:30] Merry: いや、ひとごとだし


 私と彼女は他愛もない話をする。
 私が話を振り、彼女が言葉を返す。


[0:07:02] Merry: だけど
いまいちじゃなかったっけ、あそこの店
[0:07:17] REN: うん
[0:07:24] REN: だけど、ためしに頼んでみたチャイが大当たりで
[0:07:30] Merry: えっ
そうなの


 それは今までと変わらない日常の延長だった。
 思わず、あきれてしまうほどに。


[0:08:24] Merry: うーん
ちょっと残念
[0:08:30] REN: そう
[0:08:47] Merry: そりゃあね
私もそれ飲んでみたかったし
[0:08:50] REN: 私だって
[0:09:01] REN: あんたと飲みたかったわよ
[0:09:36] Merry: あはは
そう言うとお酒みたい
[0:10:02] REN: まったく
酒にしても何にしても
同じことじゃない
[0:10:05] REN: だって
[0:10:31] Merry: あら、それもそうね


 そう――今までと変わらない、日常。
 電脳世界の片隅に、それはこうして残っていた。


[0:10:44] REN: だってメリー、あんたは








  〜電脳の彼岸〜








 メリーが亡くなったと聞いた時、私は自分の耳が信じられなかった。
 ショックを受けたとか、そういうことじゃない。
 ただ、あり得ない冗談のように、現実味というものが感じられなかったのだ。

 病気でも事件でもない。
 ただの――ただの、というのも変な話だけど――交通事故だったという。
 そんな他人事みたいな原因で、メリーは死んでしまった。
 それは酷く唐突な話で、私は置いてけぼりをくらったような気持ちになった。

 あっさりと、まるで神隠しにでも遭ったかのように。
 メリーは私の前から消えてしまったのだった。



 お通夜、葬式、そして戻って来る日常。
 すべてが慌ただしく飛び去っていって、私はふと気付いたのだ。
 自分にとって、メリーと駆け回る日々がどれだけ大切だったのかということを。

 別にメリーだけが友達っていうわけじゃなかった。
 家だって離れているし、専攻が違うんだから講義だって別。
 食事だってときどき一緒に食べるくらいだったし、会わない日だって珍しくなかった。
 サークル活動の時以外は、私とメリーの時間は別々に流れていたのだ。

 それなのに、どうしてだろう。
 胸にぽっかり穴が開いたみたい、だなんて。

 私はこんなに欲張りな人間だったのだろうか。
 すべてを自分の手に掴んでいなければ満足できないほどに。

 ……違う。
 日々、手の中から零れ落ちていくものはどうしてもある。
 それでも、大切なものだけは掴んでいたいと願っていた。
 そしてメリーと過ごす時間は、その中でも飛びっきりの――。

 そのことに気付いた時、ようやく私は泣いた。
 泣くことで、喪失を受け入れる気持ちになれた。


 ――だというのに。



[0:00:00] Merry: やっほ


 あれはメリーがいなくなってから、二ヵ月近く経った頃だっただろうか。
 ぼんやりとPCの画面を眺めていた私は、目を疑った。
 唐突に立ち上がったメッセージウインドウ。
 表示されたその短い一文が、白昼夢かなにかのように感じられたのだ。

「う、そ……」

 ――“Merry”

 それは、確かに私の友達、マエ、マエバリー……?
 ええと、マエリ……ハーンが使っていたハンドルネームだった。

 (ああ、もちろん葬式では、彼女の本名が掲げられていたわ。
  だけど、それを認めたら、彼女の死も認めなくちゃならないじゃない。
  私は未だに彼女の名前を正確に言えず、心のどこかで、それでいいと思っている)


[0:01:23] REN: メリー?


 ちょっとのあいだ、何も考えられなくなった。
 そして、わけがわからないまま言葉を返す。キーを打つ指先がやたらと震えた。
 Enterキーを押してから、私は思わずぎゅっと目を瞑った。
 これは幻か何かで、目を開けたら会話ウインドウごと消え去っているかも知れない。
 そう思えて、怖くなった。

 頭の中で、ゆっくりと60秒を数える。
 永遠とも思えるような1分間が過ぎ、そっと目を開けた。
 そこには。


[0:01:41] Merry: お久しぶりね、蓮子
[0:01:58] Merry: 会いたかったよ


 メリーからの返事が、あった。



 それから、私は恐る恐る彼女に近寄った。まるで、初めて出会う相手のように。
 私たちだけしか知らないはずの話題を振って、彼女が本当にメリーかどうか確かめた。
 そして、どうにも疑いようがないくらいにまで確かめ尽くして、私は。


[3:48:51] REN: メリー
貴方、本当にメリーなのね


 しばし待つ。


[3:49:44] Merry: あはは
相変わらずね、蓮子


 友人の柔らかな笑い声が、耳の奥で蘇った。




  ◇     ◇     ◇




 それから、メリーと毎晩話すようになった。
 休みがちになっていた大学へも、再び足を運ぶようになった。
 歯車の欠けたようだった日常が、ようやく元通りになりつつあったのだ。

 メリーと話すのは、決まって午前零時から四時までのあいだ。
 それを過ぎると、メリーはいなくなる。
 何となくログを見返していて、そのことに気付いたのは、半月以上経ってからだった。


[2:52:18] REN: そういやさ
あんた、いっつも
[2:52:25] Merry: うん?
[2:52:29] REN: いや
別にいいや
[2:52:48] Merry: ?
おかしな蓮子
いつものことだけど
[2:53:07] REN: あんたにゃ言われたくないね


 ……聞けなかった。

 昔話で、なかったっけ。
 『この扉の奥を覗かないで下さい』って言われたのに、覗いちゃって。
 それで平和だった日々が終わってしまうの。

 下手なことを聞いて、メリーがまたいなくなっちゃったら。
 そう思うと、とてもじゃないけど、妙なことは聞けなかった。

 ――笑いながら誤魔化して。
 メリーが生きてた時なら、なんでも気にせず聞いていたのに。
 そう思ったら、胸の奥が、しん、と痛んだ。




  ◇     ◇     ◇




[3:57:56] Merry: だよねぇ

[3:58:02] REN: そうなのよ
まったく
[3:58:09] REN: お?
[3:58:11] Merry: そろそろ失礼するわ
おやすみなさい、蓮子
[3:58:36] REN: あら
お休み、メリー


 日が昇る前。
 今夜も、メリーとのチャットが終わった。

 眉間を指で軽く揉みほぐし、椅子の背もたれに体重を預ける。
 くたびれかけた椅子が、僅かに軋むような音を立てた。

 思考は重く、脳の中にわだかまっているような感じがする。
 メリーが生きていた頃には覚えることのなかった感覚。
 私はいったいどうしてしまったんだろう。何かがおかしい。

 ……おかしいといえば、メリーだ。
 私が毎晩話している相手は、確かにメリーのはずだった。
 何度も何度も質問して、確かめたのだ。
 初めて逢った時のことや、初めて秘封倶楽部として行った場所も。
 そこで食べたアイスの味も、お気に入りのお店も。
 メリーはちゃんと答えてくれた。ふたりだけの秘密を、ちゃんと知っていた。

 メリーだけしか知らないはずのことを知っている。
 なら、誰が何と言おうと、あれはメリーだ。

 ――それなのに。
 やっぱり何かが違っていて、だけど私にはその「何か」が説明できない。
 子供でもわかるような計算ミスをしているのに、それを見過ごしているような感じ。

「……寝よっかな」

 結局、私はいつものように、気のせいにして眠ることにした。




  ◇     ◇     ◇




 朝、大学の門を越えた辺りで、友人らと出会った。

「あら、宇佐見さん、おはようございます」
「おはよー、蓮子ー」

 友人といっても、さほど親しい仲というわけではない。
 授業でたまに隣り合わせたり、以前ゼミで一緒だったりしたというくらいの関係だ。
 私は普通に挨拶を返し、研究室のある建物のほうへ向かおうとした。

「……ねぇ、大丈夫?」
「えっ」

 すれ違いざまにそんなことを言われ、思わず足が止まる。

「何が?」
「なんか顔色が悪いよ。ねー」
「うんうん、ちょっとフラついてたし」

 友人たちは口々にそう言ったが、自覚はなかった。
 体調を崩しているわけでも、怪我をしているわけでもない。
 敢えて思い当たる節を探すなら……

「寝不足、かなぁ」

 ここしばらく、夜中はメリーとチャットしているし。

「あー、わかるわかる。TVとかつい見ちゃうよねー」
「あんた授業中たっぷり寝てるじゃない。ノート見せたげないよ」
「うっ……スミマセン」
「まったく。――まあ、ちゃんと寝たほうがいいよ、宇佐見さんも」
「あはは、そうね」

 そんなやり取りをして、私は友人たちと別れ、研究室へ向かった。
 そこでも何人かに似たようなことを言われ、複雑な気持ちになった。
 その日は、どうも調子が振るわなかった。



 夜、家へ帰ってきて、PCを立ち上げる。
 食事を済ませ、調べ物やレポートなどに取り組んでいると、時間はすぐに経つ。
 そして日付が変わり、いつものようにメッセージウインドウが立ち上がる。


[0:00:08] Merry: こんばんは、蓮子
[0:00:13] REN: あ、メリー
こんばんは


 私たちはいつも通りに挨拶を交わした。
 今夜の会話は、色々と不調だったせいもあったのか、どうも愚痴っぽくなった。


[0:41:23] REN: そうはいうけどさぁ
[0:41:42] REN: 自覚ないのに心配されると
逆にへこむっていうか
[0:41:51] Merry: そうねぇ
でも、蓮子は変なとこで真面目すぎるのよ
[0:41:59] REN: えっ
じゃあ、メリーはいい加減すぎ
[0:42:06] Merry: じゃあ、って何よ!


 メリーが生きていた頃も、こうやってよく愚痴を聴いてもらっていたっけ。
 私は何だか懐かしくなった。
 そして、この気持ちを手放すのが惜しくなり、愚痴とも言えない弱音を零し続けた。


[2:58:22] REN: あーもー
いやんなっちゃうよ
[2:59:47] REN: 本当、面倒くさい。何もかも!
[3:00:31] Merry: ねぇ、蓮子
[3:01:02] REN: ん
[3:01:50] Merry: 今、貴方は楽しい? そっちの世界が


「……えっ」

 その一言で、鮮やかに記憶がよみがえる。
 思えば、秘封倶楽部の活動で遊び倒した後、メリーはよく訊ねてきた。
 一日の終わり、茜色に輝く夕焼け空を背景にこちらを振り向いて。

「――ねぇ蓮子、この世界は楽しいかしら?」

 そんな時、もちろん私の返事は決まっていた。

「もちろんよ! メリーは?」

 メリーも笑顔でいっぱいになって、応えてくれた。

「私もよ、蓮子!」

 どこまでも広がる世界に両手を伸ばすようにして、私たちは笑いあった。



 今、メリーはあの時と同じ言葉を発している。
 それなのに、何か決定的なものが違っていた。


[3:02:59] REN: なんで、
そんなこと訊くの
[3:03:06] Merry: あのね、蓮子
[3:03:18] Merry: もし、蓮子が辛いなら、
こっちの世界に来たらいいわ
[3:03:39] Merry: こっちには辛いことも苦しいこともないよ
またふたりでお話ししましょう?


 書き込みが、文字が頭に入ってこない。
 あれは――あの問いかけは、世界への希望に満ちた、素敵な言葉だったはずだ。
 その同じ言葉が、ここまで厭わしいものになるなんて。

 何よりも、それがショックだった。

 こいつはメリーじゃない……?
 ――メリーは、こんなことを言わない。


[3:05:54] Merry: だからね
蓮子?
[3:06:52] REN: ねぇ
[3:07:06] Merry: なぁに?
[3:07:57] REN: 貴方、誰?


 世界が止まる。
 そして。


[3:09:35] Merry: 私、メリーよ
[3:09:56] Merry: って言いたいところだけど
どうかしらね
[3:10:33] Merry: わからないの
[3:10:53] Merry: わからない
[3:11:24] Merry: ねぇ
[3:11:59] Merry: 蓮子
[3:13:13] Merry: 私は


 その書き込みを最後に、やり取りは途絶えた。



 その後、“Merry”が話しかけてくることはなかった。




  ◇     ◇     ◇




 あれが何だったのか、今でもわからない。
 ただ、私は思うのだ。
 もしかすると、あれはやっぱりメリーだったのかも知れない、って。

 かつて、人々は空の彼方や地の底に死後の世界の存在を信じたという。
 けれども、ほとんどの幻想が死に絶えた現代、あの世はその場所を変えたのだ。

 電脳の彼岸。
 あらゆる情報の海の中に生命は息衝き――かつて魂と呼ばれていたモノがたゆたう。
 境界線のその先に、メリーもまたいるのだろうか。

 だとすれば、いつかまた、彼女が話しかけてこないとも限らない。
 PCを起動させるとき、私はいつも幾ばくかの期待を胸にいだく。

 ――いつか逢えるその時を願って。





                                     〜完〜





昨年ぶりです。
今年も宜しくお願い申し上げます。

ZUNさんとお読み下さった方々に感謝を。

----------

ついしん

>愚図さま
REB……誤字から生み出された彼女もまた、幻想の世界へと旅立ったのかも知れません。
(訳:ご指摘ありがとうございます)
S.D.
作品情報
作品集:
1
投稿日時:
2012/04/01 00:18:07
更新日時:
2012/04/01 01:44:36
評価:
6/16
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2. 7777777 奇声を発する(ry ■2012/04/01 00:40:12
こういうホラーな感じも秘封にはあいますね
4. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/01 00:46:21
読み終えてから、電脳の彼岸というタイトルに納得です
あと「みんな嘘」のタグが意味深に思えて怖いっす
6. 7777777 愚図 ■2012/04/01 01:38:42
ホラーっぽいけど、ちょっと浪漫的ってか、切ない感じ。
一箇所「REN」が「REB」になってましたよ。
10. 7777777 智弘 ■2012/04/01 09:50:22
これだけの短さなのに、足りないところがない。
さすがです。
13. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/02 16:02:34
素晴らしい。こういうのを読みたかった!
16. 7777777 名前が無い程度の能力 ■2012/04/05 21:22:50
suteki
名前 メール
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