「ねぇ、お姉ちゃん! 今日の夕ご飯は私がクリームシチューを作るね!」
そんな事を、妹のこいしが言ったのが三十分くらい前。
やけに大きな中華包丁やら子供くらいならすっぽりと入ってしまいそうな寸胴鍋やらを何処からか調達したこいしは、今現在厨房で夕食を調理中。
あのこいしが自分から料理をするなんてのは実に珍しい事。
私は姉として、料理当番を譲ってあげる事にした。
そんな訳で、手持ち無沙汰になってしまった私は地霊殿の中をぶらぶらと散策しているのだが――……
「はぁ……退屈ねぇ。ペット達も寄ってこないし、する事が無いと本当に退屈だわ」
何もする事が無いと言うのは、本当に退屈な物だ。
何時もならばそこら中に居る筈のペットも今日は居ないし、お燐とおくうは恐らく地下でお仕事中。
話し相手も触れ合い相手も居ないのだから、私は一人で無駄に広々とした地霊殿の中をぶらぶら歩く事しか出来ない。
無意識にそこら中を歩き回れるこいしなら時間潰しにもなるのだろうけれど、残念ながら私にはそんな能力は無い。
それ故に、こうして退屈な一人きりの時間を過ごす事になってしまったのだ。
こいしが夕ご飯の準備を終えるまで、当分時間がある。
何か時間潰しになる物でもあれば良いのだけれど。
「本当に退屈…………んっ?」
廊下を歩いている最中、柱の影に一冊の本が落ちていた。
手の平に収まるくらいの大きさで、茶色い革製のカバーが付けられている。
表紙には金属プレートが打ち込まれ、そこには"Diary"と刻印がされている。つまり、これは誰かの日記なのだろう。
背表紙上部から伸びる紐の先には、二本の万年筆が括りつけられている。
表紙のくたびれ具合からすると、それなりに長い時間を掛けて使われた日記なのだろう。
拾い上げて表紙と裏表紙を確認するも、持ち主の名前は書かれていない。
地霊殿を訪れた誰かの落し物なのだろうか?
「日記……ねぇ。誰の日記なのかしら?」
物体に込められた記憶を読むサイコメトリー能力者ならば持ち主もすぐに分かるのだろうけれど、私にはそんな能力は無い。
それ故に、この日記の持ち主は不明……中身を読めば、分かるのかもしれないけれど。
「……ごめんなさい」
ほんの少しだけの罪悪感と後ろめたさを感じつつ、私は表紙を捲る。
どうせ、私は普段から他人のプライバシーも何も関係ない生活をしているのだ。
日記を読む程度なら許されるだろう。そんな、都合の良い自己弁護を頭の中で浮かべていた。
「うわっ。何よこれ……」
日記の本文用紙は黒一色と言う、実に気味の悪い物。そんな中身を見て、思わず声を上げてしまう。
真っ黒な紙が何十枚も束ねられたノートに、真紅のインクで日記が記されている。
この日記の持ち主は相当に悪趣味な感性の持ち主なのではないだろうか……
しかも、日記には所々意味不明な改行やら空白があって……落ち着きの無い持ち主? あるいは、気が触れている?
要するに読みにくい文章だ。字がそれなりに綺麗なだけに、勿体無く感じてしまう。
まあ、そんな事はどうだって良い。
とにかく、この日記の持ち主を特定出来る内容を探さなければ……
私は、ぺらぺらと日記のページを捲っていた。
旧地獄を歩いていると、はらり はらりと舞い落ちる雪が血飛沫みたいで実に綺麗。 でも、私が見たいのはそんな景色じゃない。 ああ、見てみたいなあ。見てみたいなあ。見てみたいなあ。雪や雨みたいに空から降り注ぐ 血飛沫を見てみたいなあ。でも、どうやれば見れるんだろう。地上に行けば良いのかなあ? |
どうやら、この人物は雪景色がお気に入りの様子。
地上に行くと書いている辺り、橋姫の橋を渡れる程度には実力があると言う事なのだろうか?
だが、この程度では持ち主の特定は出来ない。
私はさらにページを捲る。
家族が家に居るから、私はお家から出て お外でブラブラ遊ぶ事が出来る。でも、そんな事ばかりをしていると 家族がきっと心配する。だから、私は家族を 始末して枷を外すか、あるいは心配させない程度には帰宅しなきゃ。 |
……成程。持ち主は家族が居る。一人暮らしではないのか。
それなりには有力な情報かもしれない。この旧地獄では、一人暮らしをしている妖怪の方が大多数なのだから。
さらにページを捲る……捲る……捲る…………中々有力な情報が見つからない。
食事の事だとか天気の事だとか、持ち主を特定出来そうな情報が……
「あっ。これなんか良さそうね」
あった。家族の情報だ。
ペットもお姉ちゃんも大好きだよ。 食べちゃいたいくらい可愛い猫に、 肉が美味しそうな真っ黒烏。 何よりお姉ちゃんが一番美味しそうで大好き。 本当に、可愛いや。皆大好きだよ。 |
ペットと姉……か。
「……ん? これってもしかして」
瞬間、私の脳内に一人の少女の姿が思い浮かんだ。
妹のこいしだ。家にペットの猫と烏が居て、姉が居る。
こいしならその条件に合致するし、地霊殿の廊下に日記を落としても不自然ではない。
予想を確証に変える為、私はさらにページを捲り……日記が記されている、最後のページに辿り着いた。
可愛くて美味しそうなお料理には猫と烏。腕によりをかけちゃう。 やっぱりお料理はシチューかな? お肉も骨もぜーんぶ使っちゃうもん。 きっとお姉ちゃんも喜ぶよね。だって、可愛がってたペットだもん。とっても美味しいシチューにしちゃう。 包丁、お鍋、まな板、おたま。ぜーんぶ揃えてじっくりコトコト。お燐もおくうも一緒に煮込んで さあ、召し上がれ。 |
どうやら、この日記はこいしの物らしい。
最新のページでシチューを作る事を書いていて、今現在こいしはシチューを調理中。
包丁や鍋を揃えた事も書いているし間違いないだろう。
「ふむ。こいしの日記でしたか……趣味の悪いデザインや読みにくい文体は気になりますが、あの子らしいと言えばあの子らしい」
不思議と、この日記の持ち主がこいしだと言われると納得が出来てしまう。
悪趣味で読みにくい日記だけれども、あの子なりに日々を書き留めた物なのだろう。
食事の時に渡してあげなければ。
そして、持ち主が分かった今頃になって厨房の方から何とも芳しいシチューの香りが漂って来た。
調理も大詰めなのだろう。日記の持ち主探しで良い塩梅に時間を潰す事が出来た。
「さて……それではこいしのお手製シチューを頂きに参りましょうかっと」
誰かに向ける訳でもなく呟くと、私はこいしの日記を小脇に抱えながら食堂へと歩き出す。
背表紙からぶら下がった二本の万年筆がぶつかり合う音が、地霊殿の廊下に響いていた。
シチュー怖い
さとりん逃げて…
でも妖怪ならこれくらいあるんじゃないかなぁと思うのは間違ってるんだろうか。
そして携帯からだと半端なく読みづらい
テキストコピーを使って無理矢理読んだけど
さとりんの危険が危ない!
WEBブラウザってことで、すぐに真相に気付いてしまったのも事実。惜しい。
発想自体はテキストサイト時代に流行ったものだけど料理の仕方がうまいなぁ…
夜中にトイレ行けなくなっちゃうだろうが
こいし怖すぎ!
感想すら見えなくて余計怖かったです……
隠されてる部分が・・・
こいしちゃんが怖い・・・
怖ぇよマジで、寝れなくなったじゃないかどうしてくれる(´;ω;)
HTMLで話の捉え方を変えるとは・・・・見事です。
・・・いや、もう手遅れなのか
なるほどこれはHTMLならではですね
ただ発想はいいけど二度と使えない手法なのが残念
とショックな気持ちと、とても上手に料理してあって面白かった気持ちと混ざり合ってなんだか複雑な気分です……
divタグとかって使えたっけ?
さとりんが一番柔らかそうだったから最後なのかな、とか
試作もあったんだろうな、とか妙なことを考えてしまう…。
やはりパソコンから見るべきか
この後、一番美味しそうで大好き書かれたさとりも料理されるのかなと思うと…
解った!!!!!!!!!!!!!!!!
怖いわ!!!!!!!!!!!
がヒントになっていたのかー。
HTMLの構成を変更で見やすくなりましたが、隠し文字がうっすらと見えてしまうのが残念です。
血だらけ弾幕はレミリアと対戦すると見れるよ!だからやめなさい!
話自体はありがちで落ちが読めてしまうけど、アイデアの勝利だね。
もう少し日記の改行が工夫されてたり、白背景の白文字だったら最後まで気づけなかったかも。
黒地ならではな感じがwww
>二本の万年筆
こいつで締めるオチがヤバイ
最近の携帯って便利だなー
生き残れたものはなし
読み終わって解除した瞬間黒背景に赤字が残ってビクッとした。
一番怖いのはさとりだと思う。
普段こあで読んでるけどブラウザで読んだら黒地に赤で、中々のホラーになってた。コレは面白い。
不自然に開いた空欄はやっぱりそういうことなんだろうなあ、と思っていたら案の定。
私はすぐに気付いてしまったけれど、コメント欄見るとちゃんと万年筆という伏線が張ってあったのね。その発想に脱帽。