第12X季、幻想郷はスパイシーな香りに包まれた。
◆
「これは異変の匂いがするわね」
「というよりカレーの匂いだな」
突然だが――想像してみてほしい。
炊きたてほかほかのご飯と、そのうえに惜しげもなくかけられた黄金色に輝くとろみたっぷりのカレールゥ。
その、湯気とともに立ちのぼり鼻をくすぐる、芳しい香辛料の匂い。これぞ、人類が誇る食文化の極み。
でもそんなカレー、ここにはない。
まさかと思って賽銭箱のなかも探してみたけれど、カレーどころか小銭すら入っていなかった。
カレーの美味しそうな匂いがするというのに、肝心の物が目の前にないのは、かなり辛い状況である。
「いったいどこのどいつよ、こんな迷惑な匂いを撒き散らしてるのは!」
「うう……腹が減ってしょうがないぜ」
神社の境内にて、いたずらに食欲をそそられた博麗霊夢と霧雨魔理沙はそろって「ぐぅ」と腹の虫を鳴らした。
恥らう様子など微塵もなく、笑いながら互いをからかい合う。しかし何かを催促するようにふたたび腹が鳴って、ふと我にかえる。
そう、いまは暢気に笑っている場合ではないのだ。
どこからともなく漂ってくるカレーの匂いは、かつての紅霧異変の霧ように、いまや幻想郷全土に充満している。
霊夢の言うように、これは未曾有の異常事態。まぎれもない異変である。
「これは博麗の巫女として見逃すわけにはいかないわ」
「この異変、わたしも助太刀させてもらう」
どこからともなく取り出したマイスプーンと、その眼差しが鋭く光る。
ふたりを突き動かす想いは、もはや『異変解決』ではなく『突撃!隣の晩ごはん』。ヨネスケを圧倒的に上回る図々しさを持つふたりは、すでにフルパワー状態である。
霊夢と魔理沙は、かつてないほど積極的に、心なしか黄味のかかった空に飛び出していった。
◆
今回の異変は、巫女の勘に頼るまでもなかった。
なぜならカレーの匂いを辿っていけば、簡単に異変の源を見つけることができたからだ。
「あれ、ここってこないだの場所じゃないの」
辿り着いたのは、地底世界へと続く幻想風穴の入り口。
可視状態になるほどに濃縮された匂いが、黄色い靄となって濛々と噴き出している。
地霊たちをやっとこさ止めることができたと思ったら今度はカレーと来た。
やれやれといった様子のふたりが地下へ向かおうとした、そのときだった。
岩場の陰に、何者かがうごめく気配を察知する。
「むっ、そこに隠れているのは誰だ!」
「大人しく出てこないとエグるわよ!」
しゃきん、とスプーンを構えて臨戦態勢に移る霊夢と魔理沙。
いつもの針とか御札とか八卦炉とかは忘れてきてしまったが、さすがは歴戦の戦乙女。スプーン装備でも恐ろしいほどの迫力がある。
不穏なプレッシャーに圧倒されながら岩場の陰からおずおずと姿を現したのは――、
「あ、緑巫女」
もとい、すっかり怯えた様子の東風谷早苗だった。
「こんなところに一人とは、いったいどうしたんだ?」
「わかった! わたしたちを出し抜いてカレーを独り占めするつもりね。させるもんですか!」
「痛いイタイ、エグらないでー。わたしはこのカレーの匂いを止めてもらいに来ただけです」
「なんだ。それじゃあわたしたちと同じね」
「えっ、そうなんですか?(そうは見えないけど……)」
霊夢の腕から解放された早苗は、乱れた呼吸と服装を整えると「本当に困ってるんです」と言った。
「一日中こんな調子だと、お洗濯物にもカレーの匂いがついちゃうんですよ。それに……」
おもむろにお腹を撫でながら、早苗は憤りの表情を見せる。
「わたし、現在ダイエット中で食事制限してるんです。なのにこんな匂いを嗅がされ続けたら頭がおかしくなって死ぬ。一刻も早く止めさせないと!」
そう気色ばむ早苗は、確かにげっそりとしていて、どこか追い詰められたような様子だった。
話によれば、先日など空腹のあまり朦朧として『ミラクルフルーツ』を食べようとして自爆したらしい。
あまりの哀れさに、さすがの霊夢と魔理沙もかける言葉がみつからなかった。
「……でも、勇んで飛び出してきたのはいいけど、一人で地底に降りるのは怖くて、ここで立ち往生してたんですよ」
「なるほどな。それじゃあ、わたしたちと一緒にいかないか」
「えっ、でもお二人が行ってくれるなら、わたしはお留守番でいいかなぁ……」
「良い運動になるぜ? なにせ地底の連中の弾幕はハードだからな」
「ダイエットにはちょうどいいんじゃないかしら」
その言葉は早苗にとって殺し文句だった。
「ついて行きますとも」
即答してしまった。
◆
どこまでも深くて暗い、地獄へと繋がる縦穴をゆっくりと下降していく三人。
「それにしても」と、初めて地底に足を踏み入れた早苗が言う。
「怖いくらいに寂しい場所ですね……人っ子ひとり見当たらない」
「ん? そういえばそうだな」
「でも、このまえ来たときは結構騒がしい場所だったのに」
このときは、霊夢も魔理沙も「おかしいな」程度にしか思っていなかった。
しかし、鬼たちが住む旧都に辿り着いたとき、ほんの小さな疑念だったものが一気に膨れ上がった。
「いったい、どういうこと?!」
霊夢の声が、厭に虚しく響き渡った。
陽気で豪気な鬼たちが住むこの地獄の旧都は、先の異変のときにふたりが訪れたとき、喧しいほどに賑わっていた。
ところがいま眼下に広がる巨大な地下都市は、文字通り、灯りが消えたように静まっている。
生き物の気配さえなければ物音ひとつしない、ゴーストタウンと化していた。
「あれだけの鬼や妖怪たちが、まとめていなくなってる。退治した覚えはないのに」
「もしかすると、わたしたちが思っている以上に大変なことが起こってるんでしょうか?」
「わからない。だが、このカレーの匂いと関係あると考えて間違いないだろうな……」
住人たちの消えた街を覆い尽くす黄色の靄。相変わらず、うっとりしてしまうほど芳ばしい匂いだ。
つい気を緩めると、頭がぼーっとしてしまう。カレーのことしか考えられなくなる。
そこが不気味だった。
「ふと、思ったんだが……」
静寂のなか、おもむろに魔理沙が口を開く。
「食虫植物ってあるよな」
「こないだリグルが捕まってたアレね」
「ああ、甘い香りで虫を誘き寄せ、捕らえて養分にしてしまう恐ろしい植物だ」
「そういえば結構溶けかかってたわね。ちょっとグロかった」
「観察してないで助けてやれよ」
「あと、ちょっとエロかった。そう言ってやったら『自分にもようやく色気が!』って喜んでたわ」
「喜ばせてないで助けてやれよ」
「――で、どうして急に食虫植物の話を? トッピングにでもするつもり?」
カレーと食虫植物。どう考えても結びつかない。
それに食い合わせも悪そうだ。
「すぐに食うことに結びつけるなよ。それこそ、敵の思うツボだぜ」
「敵?」
「すみません、わかりやすく説明してくれませんか?」
「わたしたちはカレーの匂いを辿ってここまで来た。でも、もしかすると甘い匂いに誘われた虫のように、まんまと誘き寄せられただけなのかもしれない。カレーを食いに来たつもりが、逆にわたしたちを食おうとしている奴がいるかもしれないってことだ」
「そ、そんなことって……!(やっぱりカレー食べに来てたんだ……)」
人類が誇る食文化の極み、みんな大好きカレーライス。
そんなカレーの匂いを餌に、獲物を集めて喰らう怪物。そして恐らく、その怪物に地底の住人たちは全滅させられた。
だとしたらかつてないほど狡猾で強大な敵である。
「こんなことならスペルカードの一枚でも持ってくるんだったわ」
「でも、ここまで来て引き返せないぜ。カレーの匂いは地上にまで届いている、次の標的は地上だ」
霊夢と魔理沙は、正体不明の敵との戦いを決意し、ぎゅっとスプーンを握り締めた。
そのときだった。
――グゥォォォォォォォ……!!
地響きと紛うほどの大きな唸り声が、無人の街にこだました。
まさに地獄の底から聞こえてくるような、おどろおどろしい響き。
「なッ、この音は……!!」
「そうとう近いわね。早苗、いざとなったときはあんたも頼むわよ!」
ところが。
その言葉に返事はなく、霊夢の声は虚空に消えていった。
「――え?」
「早苗の奴、いなくなってるぞ!」
忽然と姿が消えていた。
ついのいままで側にいたから、そう遠くには行っていないはず。
慌てて周囲を見渡すと――、
「いた」
たった一人、高速飛行で遠ざかっていく早苗の姿があった。
早苗の突然の不可思議な行動に疑問を感じながらも、すぐさま後を追う。
「わたしに任せろ!」
魔理沙が、その自慢のスピードを発揮し、たちまち早苗に迫る。
「早苗、どうした! 止まれ!」
魔理沙の手が早苗の露出した肩にかかり――跳ね除けられる。
意味がわからない、といった表情の魔理沙が見たものは、すでに正気を失った虚ろな瞳だった。
「カレーはわたしのものです」
「……早苗?」
「邪魔をするな!」
早苗が、スペルカードを掲げる。
「……!」
零距離。慌てて早苗から離れる魔理沙。
「神徳『五穀豊穣ライスシャワー』!!」
早苗の神通力によって、奇跡が起こった。天から無数の米弾が降り注ぐ。
繰り返しになるが、今回、魔理沙たちは武器になるようなものを一切持ってきていない。
このままだと一方的に撃ち込まれることになる。
この事態は非常に――マズい。
「美味しい!」
――ぴちゅーん。
Get Spell Card Bonus!!
「な、なにが起こったんだ……?」
どうやら空腹極まった早苗さんは、文字通り自分の米弾を喰らって自爆したようだ。
魔理沙は、とりあえずピンチを凌ぐことができたらしい。ボーナス点も入っている。
「……」
「魔理沙、無事っ!?」
霊夢が遅れて駆けつけてくる。
「ああ、だが早苗が負傷してしまった」
「どうしてこんなことに?」
「どうやら、カレーの魔力に魅入られていたみたいなんだ」
「それでカレーを独り占めしようと襲い掛かってきたわけね、恐ろしい子!」
「うう……それはこっちの台詞です……」
「早苗っ!」
魔理沙の腕のなかの早苗が、意識を取り戻す。正気に戻ったようだ。
ほっと一安心し、落ち着いて周囲を見渡してみれば、いつの間にやら地霊殿の門前。
そしてその地霊殿は、いたるところから黄色い煙を吐き出している。高濃度のカレーの香りだ。
なるほど、悪の権化はここにいるらしい。
◆
突然だが――想像してみてほしい。
見渡す限りのカレールゥを。
右を向いてもカレー。左を向いてもカレー。下を見下ろしてもカレー。なにこれ夢?
現実から目を背けようと天を仰げば、親友の霊烏路空が何故か胸を張って得意げな様子だった。
「えへへ、すごいでしょー! びっくりした?」
「うん…………びっくりした」
いや、びっくりしたなんてもんじゃない。愕然とした。
どこまでも広がるカレールゥの海。一瞬、それがカレーどころか食べ物であることさえ判らなかったが、湯気とともに立ち上る香辛料の匂いでお燐はその正体を認識させられた。
先日の一件で懲りて、すこしはおとなしくなったかと思っていたが、とんだ見当違いだったようだ。
そう、この子に限って反省なんてあり得ないのだ。鳥頭だし。
それにしても、やっぱりお空がやることはスケールが違う。
灼熱地獄の大釜いっぱいにカレーを作るなんて馬鹿げたこと、他に誰が思いつくだろうか。
「でしょう? 自分でも画期的なアイデアだと思う」
「なんだってまたこんなことしちゃったのさ!?」
「だって、せっかく手に入れたスーパーパワーは有効活用しないと、宝の持ち腐れじゃないの!」
宝を腐らせることより、その腐りかけたおつむを心配するべきだと思った。
そして、どんな言い訳をしようかと早速算段しはじめるや否や、
「いったいなんですか、この有様はっ!?」
「うわぁ、すごーい! これぜんぶカレー!?」
隠蔽する暇もなく、お燐たちの主人である古明地さとりと、彼女の妹であるこいしに見つかってしまった。
そりゃそうだ。これだけの芳ばしいカレー臭、嗅ぎつけられないほうが難しい。
この世の物とは思えない光景を前にして、やたらとはしゃぐこいしはさておき。膝から崩れ落ちたさとりのもとに、慌てて駆けつけるお燐。
「って、さりげなく猫車に乗せるんじゃありません」
「あ。ごめんなさい。つい癖で」
「……で、この冗談みたいな量のカレーはなに? わたしの灼熱地獄はどこ?」
「おきのどくですが しゃくねつじごくは きえてしまいました。現在はカレー地獄になっちゃったみたい」
でろでろでろでろでろでろでろでろでーでん。
失ったものと引き換えに、さとりのトラウマがまたひとつ増えてしまった。
「さとりさまーっ、これであと十年はカレーに事欠きませんよー!」
コトの張本人が、別段悪びれた様子もなく、右手の制御棒をぶんぶん振り回している。その動きに合わせて大量のカレーがどろどろと掻き混ざる。
「ああ……さすがのわたしもあの子が何を考えているのか、さっぱり理解できないわ……」
「きっとなにも考えてないんでしょうねぇ……」
きっと一瞬の思いつきに身を任せてやったことなのだろう。
しかし、その一瞬のおかげで今後十年間はカレーを食べ続けるはめになってしまった。インド人もウンザリである。
「ホラホラ、さっそく食べてみて。そんじょそこいらのカレーには真似できない美味さだよ」
そういってカレーライスを盛った皿とスプーンを、次々と手渡していくお空。
そのスパイシーな香りが、鼻孔と食欲をくすぐる。
たしかに美味しそうではあるけれど……。
「「「いただきまーす」」」
三人声をそろえて、スプーンのカレーをおもむろに口に運ぶ。
その瞬間、お燐たちは一斉に目を見開いた。こいしの閉じられた第三の眼も一瞬『クワッ!』としていた。
「なにこれ、すっごく美味しいよ! 口に入れた途端、カレー天国が広がっていくよ!」
「辛い! ……でも舌にヒリつくような嫌な辛さじゃなくって、体がじんわり温まってくるような辛さだわ」
「まさに味覚の弾幕パラノイアや~!」
それはいままで食べてきたどのカレーよりも美味しく、三人は夢中で食べ続けた。
しばし無言のまま、スプーンと皿がカチャカチャと鳴る音だけが響く。
そして、お燐がすっかり満足な気分で気がついたときには、なんと三杯もおかわりをしてしまっていた。
「うー、満腹まんぷく。ごちそうさまー」
「美味しかったね、お姉ちゃん」
「ええ、これだけの味なら十年どころか五年で食べ尽きてしまいそうね」
「でしょう? それじゃあ、もっと作り足しておきまーす」
「ちょっと待ちなよ、お空! いくら美味しいって言っても限度があるよ」
すっかり調子付いてしまったお空を、慌てて食い止めるお燐。
どんなに美味しいものでも、毎日食べ続ければさすがに飽きる。これ以上増やされたら、たまったものではない。
「そうだ!」
そのとき、飽きもせずに四杯目のカレーを食べていたこいしが「良いこと思いついちゃった!」とスプーンを掲げた。
「こんなに美味しいんですもの、みんなでカレー屋さんを開きましょうよ!」
◆
かくして、地底にオープンした『地霊殿』改め『カレー殿』は、初日から大賑わいだった。
いつもはうすら寒い地霊殿の大広間も、いまや詰め掛けたたくさんの妖怪たちの熱気で溢れかえっている。
それもそのはず。地獄の大釜でぐつぐつと煮込まれたカレーは、その食欲をそそる匂いを大量に撒き散らした。
さらに、こいしの『無意識を操る程度の能力』によって食欲を増強させられた妖怪たちが集まり、宣伝もしていないのに常時書き入れ状態なのである。
「それにしてもこんなにお客さんが来るなんて、はじめてだね!」
「そうですね。……でも、こうも多いとすこし気疲れしてしまうわ」
よく見てみると、地底以外からの客もちらほら見受けられる。
例えばあそこの席に陣取っている亡霊は、開店前からやってきて現在もなお食べ続けっぱなしだ。渋い顔をした従者の目の前には、回転寿司かなにかと勘違いしそうなほどの空の皿が積まれている。
あとなんか親子連れとかもいるし。一家三人でカレー屋か。おめでてーな。
よーしゆかりん激辛頼んじゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
「みんなよく食べるわねー」
「ふふふ……みんな無心で食べているみたいですね。言葉になっていない……満足感だけが伝わってくるわ」
「なんだかこっちまで嬉しくなってくるね~」
「ええ、こういうのも……たまには悪くないわね」
古明地姉妹、和ムードに突入。
そういえばこうやって笑い合うのも、ずいぶんと久しぶりのような気がする。
お空の悪戯っぷりには少々困らせられたけれど、こんな時間を過ごせたという点では感謝しなk
「オラーッ、化け物め! 最期の祈りは済んだかーっ!」
穏やかな空気も一瞬で吹っ飛んだ。
突如、扉を蹴破って姿を現した霊夢、魔理沙、早苗の三人組の仕業だ。
「わたしだって、もう常識には囚われん!」
「エグり殺してくれるわ!」
「キャー! さとり様ーッ!?」
吹っ飛んできた扉の下敷きになったさとりのもとに、慌てて駆けつけるお燐。
「って、さりげなく猫車に乗せるんじゃありません」
「あ。ごめんなさい。これ、パブロフの猫」
「……で、あなたたちはイキナリ何なんですか! たしかに弾幕ごっこは苦手だが肉弾戦ならいくらでも相手になってやる」
霊夢たちに新たなトラウマを植え付けられ(トビラ怖い)我慢の限界に達したさとりだったが、相手に殴りかかる前に「殿中でござる!」とお燐たちペット軍団に取り押さえられてしまった。
一方、威勢良く飛び込んできた霊夢たちだが、どうも様子がおかしい。ひどくうろたえている。
急におとなしくなった三人のもとに、こいしがやってくる。
「ねえ、あなたたち、こないだの人間でしょ。どうしたの?」
「えっ? わ、わたしたちは……」
「ちょっと魔理沙、どういうことよ。怪物なんてどこにもいないわよ?!」
怪物のかわりに、和気藹々とカレーライスを食べているたくさんの妖怪たちがいた。
皆、スプーンと口を動かしながらも「なんか大音がしたけどいったい何事?」といった視線を向けてきている。
無数の視線に囲まれて、実に居心地が悪い。
「でも、怪物の唸り声はたしかに聞こえたはずなんだが……」
「あれはわたしのお腹の虫の音です。えへへ」
「おま、お腹の虫なんて可愛らしいものじゃなかったぞ、アレ」
「あえて言うならミシャグジさま?」
「っていうか霊夢、そもそもお前が異変とか言いだしたのに、コイツらカレー食ってるだけじゃないか。この異変厨!」
「ヘンな言葉作るな」
「で、結局なにしにきたの?」
「え……と、わたしはただ、地上がカレー臭くなってるから止めてもらいにきただけです」
早苗の言葉に「それだ!」「迷惑なんだぜ!」と、霊夢と魔理沙が乗っかる。
と、そのとき静かな笑い声とともに、平静を取り戻したさとりがゆらり歩み寄ってきた。
「……あなたたちの嘘など、簡単にお見通しです」
どこからともなく流れてくるBGMは『少女さとり ~ 3rd eye』。
ここにきてようやく地霊殿の主であるさとりのカリスマが発揮される。
「あなたたちはズバリ……お腹をすかせて、カレーを食べにきたのでしょう?」
「――ッ!?」
「心を読んだというの!?」
霊夢と魔理沙は、その恐るべき能力に戦慄する――スプーンを握り締めて、滝のようなヨダレを垂らしながら。
あと、BGMかと思ったら二人の腹が鳴っていただけだった。
◆
目の前に、カレーライスがある。
炊きたてほかほかのご飯と、そのうえに惜しげもなくかけられた黄金色に輝くとろみたっぷりのカレールゥ。
その、湯気とともに立ちのぼり鼻をくすぐる、芳しい香辛料の匂い。
人類が誇る食文化の極みが、目の前にカレーライスという姿で顕在しているのである。
「「「いただきまーす」」」
三人声をそろえて、スプーンのカレーをおもむろに口に運ぶ。
その瞬間、霊夢たちは一斉に目を見開いた。
「やばいコレ、美味しすぎて幸せ! なぜだろう涙が止まらないわっ!!」
「まるで地の底から一気に天国に駆け上っていくかのような気分だぜ!」
「みんなぱらいそいくだ!」
今回、空腹による苛つきのせいで、やたらと物騒な言動を繰り返していた少女たち。
だがそれもいまでは、聖人のように穏やかな顔つきになっている。
人は、心と胃袋に余裕があってはじめて優しくなれるのだ。
「ところで早苗。あんたダイエット中じゃなかったっけ?」
「今日はダイエットはお休みです!」
「うふ、うふ、うふふふふふふふ……早苗ちゃんったら」
極上のカレータイムを楽しむ三人のテーブルに、お燐とお空がやってきた。
「あらら、幸せそうな顔しちゃって!」
「どう、わたしの作ったカレーのお味は?」
「最高よ。これなら十年くらい毎日食べてもいいくらいだわ」
「そりゃあ良かった。実はこの子が灼熱地獄の大釜いっぱいに作っちゃってね、おかわりなら大歓迎さ!」
「おっ、言ったな? だったらわたしが食い尽くしてやるぜ!」
「それにしても、これは病みつきになる味ですね」
「でしょでしょ? 他のお客さんたちも『どこか懐かしい味がする』って評判なんだ!」
「そうなんですか。わたしはむしろ、初めて食べる味で、とっても新鮮でした。普通のカレーとどこが違うのかしら」
「……!」
この日、はじめて巫女の勘が働いた。
思わずカレーを食べるのを止め、静かにスプーンを置く。
「……ん? どうしたんだ、霊夢」
霊夢は『違い』に気付いてしまったのだ。
そして頭のなかでは、そのことを友人たちに伝えるべきか否か、いま激しく葛藤していた。
(了)
そういえば灼熱地獄の燃料か何かに使ってたんでしたっけ。
なんというオチ……
なんというオチ。GJ。
ほのぼの系かと思いきや…
これは上手い(でも怖い)
誰かヒントを・・・
まぁ、こいつらは娯楽で食ってやがりますが(w
作者さんには誉め言葉として「なんて意地が悪いんだ!」と言いたいところです(w
主なお客さんは妖怪なんですね
しかし、これは怖い
知識があると、駄目ですねぇ
>誰かがバッドエンドを迎えるタグ
現在進行形でカレーを食べつつ読んでしまったが、まさか自分自身だったとは……!
思いのほかイケるんじゃないか、とも思ったり。
ヒント
・客は妖怪(懐かしい味)
・この物語の主人公は霊夢・魔理沙・早苗(新鮮な味)
・灼熱地獄の大釜
・かゆ
うま
まあ、しかし、食べてみたい気もするw
しかし、核の炎で作ったもの食べて大丈夫なんだろうか?
オチに気付いた時点でうすら寒くなっちまったぜ…
だしなのか肉なのか、どちらにしても……。
これは、読めんかった。
自分の中で、これほどきれいに落とされたのは、久々でした。
こええええええええ!
知った刻のダメージは誰が一番大きいのか…。
幻想郷は全て受け入れる、そう『失われた文化』でさえも…。
くわばらくわばら
何してくれるww