【リリーのくしゃみ】:冬に突飛な言動をする事。主に言い訳や照れ隠しに使われる。
「チルノちゃん、おでこに梅の花が乗っているわ」
「う? さいきょーのあたいの頭を占拠するとはなんてヤツ! ――って、お姉ちゃん、花は食べられないよ?」
「ふふ……それもそうね。リリーちゃんがくしゃみをしたのよ」
「何て強引な言い訳。鳥肌がたった。流石、大ちゃん……! や、私の肌はもともと鳥肌だけど」
「照れ隠しにそんな事言わなくたって……。普段からしているじゃない」
「ちょ、レティ、今の照れ隠し!? じゃーじゃーリグル、ねぇリグル。リグルのほっぺにもセラミドが浮いてるよ!?」
「へ? せら……何?」
「リリーがくしゃみをしたので、頂きふらわーすぱぁぁぁぁく!?」
「――冬場でぼぅとしている子に何しようとしているのよ。因みに、セラミドは肌の一番上にあるバリアみたいなものの事ね」
「そーなのかー。幽香、物知りだね」
「……貴女達と付き合うようになって、ちょっと、色々ね」
相方が風邪をひいた。
当たり前だ。
寒さがましになってきたとは言え、今はまだ冬。
寝惚けた彼女が早過ぎる春を告げようとパジャマで長時間外に出れば、まぁこうなる。
冬の妖怪、レティ・ホワイトロックに保護されていたからこの程度で済んでいるんだ。
微苦笑を浮かべる彼女に礼を告げ、私は相方を引き取った。
……そもそも、妖精が風邪をひくのか、と疑問に思う向きも合るかとは思うが、現在進行形でごほごほ言っているのだから、議
論の余地はない。
トレーに、食べやすいサイズにしたおにぎりと温かいお茶を乗せ、私は相方が寝るベッドの横に座った。
椅子が微かに軋み、音に気付いた彼女がぼぅとした顔で視線を向けてくる。
普段からのほほんとしている彼女だったが、今はよりとろんとした目になっていた。
――梅干し入りだから。塩分も摂らないといけないし。
――その梅干し、酸っぱい?
――喧しい。
酸っぱくない梅干しなどあるものか。蜂蜜梅? 私は認めない。どのみち、酸味はあるし。
ともかく。
拒否する権利などある訳もなく、私は彼女におにぎりを食べさせた。
味覚を刺激したくないのだろう、咀嚼する事なくごくりと飲み込む。
――噛まないと。
――噛めないんですもの。
――子供じゃあるまいし。
くすくすと笑う彼女に、私は憮然とした態度を続ける。
相方はもともと甘えがちな性格をしていた。
風邪を引くと更に悪化する。
良くない傾向だ。
せめてもう一口、と、また彼女に食べさせる。
――……酸っぱいわ。
――だろうね。
――意地悪。
頬を膨らまされても困る。それはそう言う物だ。
先程の忠告が効いたのか、今度は数度噛んだのがわかった。
喉を通過した時、少しだけ顔を歪ませる。
そんな彼女を見ていられなくて、私は視線を背けた。
こほこほと咳の音。耳まで塞がないといけないのか。
眉間に皺を寄せる私の袖を、彼女がそっと引く。
――お茶……。セイロンティー?
――緑茶だ馬鹿たれ。
――紅茶の方が好きなんですもの。
熱いから気を付けてと言う注意の言葉は、半眼にとって変わる。
また小さく笑う彼女に、私はお茶を飲ませた。器も熱いのだから、中身も当然熱い。
――……ぬるいわ。
――……冷めたのかもね。
――じゃあ、そう言う事にしておく。
そう言う事も何も、『熱い』から『ぬるい』に変化するのは、つまり『冷めた』だけじゃないか。
どうせ、口では勝てないのだから、浮かんだ反論は押しとどめた。
彼女は上手い……ではなく、良く回るのだ。
ごほん、と空咳を一つ打つ。
――うつった?
――そんなに早くはうつらないよ。
――残念。
――酷いね。
――だって、貴女に甘えてもらえるでしょう?
ああ言えばこう言う。本当に勝てる気がしない。
なんて考えていると、三度目の咳の音。
薬を処方してもらった薬師には、食べてからすぐに取るのはいけないと忠告されているが……。
席を立ち、キッチンに薬を取りに行く。私は余り我慢強くないようだ。
ついでに嚥下する為の水も用意し、戻ってくると、相方はすやすやと音を立てて寝ていた。おぃこら。
――……あのね。寝たふりなんてしないの。
――くーくーすぴーすぴー!
わざとらしく声を上げながらも、布団に潜り込む相方。しょうがないな……。
――春ですよー。
――冬ですよー? って、あぁ!?
――あぁ、じゃない! ちゃんと飲みなさい!
――やー! 苦いのヤー!?
――私だって苦手なんだから!
鉄壁のガードは、しかし、所詮布団であり軽かった。
弾幕を放つようなポーズで暴れる相方を掴み、振り向かせる。
餅もかくやと膨らんだ頬に何か言ってやりたかったが、口を開けば零れてしまう。
私は、彼女に薬を飲ませた。
苦い苦いと恨み事を向けてくる彼女に、私は水入りのコップを渡す。
彼女が受け取る寸前、失礼かと思い、コップの縁を拭った。
彼女が舌を出していた時、私はソレを飲んでいたから。
――ふふ……。
――……何かおかしい?
――おかしいわ。それ、気にするところかしら。
美しくも可愛らしい笑顔で尋ねてくる。
返す言葉が見つからず、私はそっぽを向いた。
そして、彼女に見られないよう気にしつつ、舌を出す。
私も、やはり苦かった。
こほこほ、と四度目の咳。
慌てて振り向くと、彼女は笑っていた。
頬が赤いのは、私と違い、風邪の所為だろう。
やられた……そう思う間もなく、彼女は何処か嬉しそうに、言った。
――ねぇ。私は、一度もくしゃみをしていないのだけれど?
――……そうだね。だから?
――ふふ。本当にうつってしまうわ。
――……構わないよ。
相方の丸い目が、更に丸くなる。
――そうすれば、君に甘えられるんでしょう?
一拍の後、満面の笑みが、咲いた。
数日後、彼女は治り、私は風邪をひいた。
また数日後、私は治り、彼女が風邪をひいた。
ふと気がつけば、春がもう、そこまで来ていた――。
<了>
妖精リーサルウェポン大ちゃんもお変わりない様で。
>>――春ですよー。
>>――冬ですよー? って、あぁ!?
とてもほのぼのしたやり取りににやつきますぜ。
エクストラは伊達じゃない!
このSSの中だけ空気が春ですよー。