‘四季のフラワーマスター‘風見幽香は、ゆらりと右腕をあげた。
自身に向かってくる闇に、指を向け、照準を合わせる。
妖力を貯める必要はなかった。
(単調ね……)――思い、放つ。
「闇符!」
「遅いわ」
「ぴぎゃ」
人差し指を弾いただけで生じた弾丸が、闇――‘宵闇の妖怪‘ルーミアの額を的確に、撃った。
草むらに落ちていくルーミア。
幽香の視点では、後頭部を直撃するように見える。
秒単位で‘力‘を集中させ、茂る草の成長を促す――直前、散らせた。
自身の視界に映るならギャラリーにも同様だろう、そう、思ったのだ。
「――ルーミアっ! と、と」
「うくぅ、ありがと~」
「わぁ目が回ってる」
予想に違わず、観客のヒトリ、‘蟲の王‘リグル・ナイトバグが飛び出していた。
両腕を地面すれすれに走らせた結果、ルーミアを担ぎあげている。
俗に言うお姫様だっこの格好だ。
流石に幽香もそこまでは予想していない。
「ちょ、調子が戻ってきたようね、リグル……」
「もうちょいだよ。好調なら、顎に手を当ててる」
「あー、そうかも。……私を納得させるあたり、貴女も流石ね」
呟きを拾い、更に訂正したのは、‘夜雀‘ミスティア・ローレライ。
呆れたような半眼を向けている。
ルーミアにか。リグルにか。
前者かしら――振り向き、幽香が捉えた瞳には、柔らかいと感じさせる色が浮かんでいた。
「幽香さんもお流石で~、スペカ宣言中にまさかの一撃、大人げないですわ~♪」
「あら、お言葉。私だって少女ですもの。そ・れ・に」
「ごめん、無理があ、あががが!?」
ふざけた歌声を一変させ冷静になったミスティアを、四つの弾丸が襲った。
どうということもなく、全てが正確に額へと適中。
にもかかわらず、のけ反るだけだった。
また防御力だけ上がってるのねぇ……――歩み寄りながら、幽香は続ける。
「それに、これは弾幕『ごっこ』じゃなくてよ?」
幽香の言葉通り、行われているのは弾幕ごっこではない。
基になったもの、つまり、弾幕戦だった。
それは、彼女と彼女が交わした約束。
――笑顔の為の誓い。
ミスティアが額を押さえながらも差し出してきた椅子に、幽香は手を挙げふわりと腰かける。
「あいてて。そう言う割に、あんたは本気を出してないじゃん」
「出していいの? じゃあ早速」
「傘を向け――どっから出した!?」
「ち。まだ、その必要がないのよ」
「……まぁね。ルーミアも随分頑張っているとは思うんだけど」
相手が相手だからなぁ――遠回りな称賛を、幽香は聞き流した。
実際、ルーミアの‘力‘はあがっている。
仲間内でも高いとは言えなかった弾幕ごっこの勝率も、最近は五分になってきていた。
純粋な‘力‘勝負ではないその遊びが上手くなってきているのは、能力の扱い方が適当になってきている故であろう。
「だけど、まだまだ。と言うか、前にやってたこと、忘れてるんじゃないかしら」
「あー……。しょうがないんじゃないかしら~、私も最近忘れてる~♪」
「ここぞとばかりにアピールするんじゃない」
ミスティアは‘歌で人を狂わす程度の能力‘の持ち主だ。そうだったのか。
閑話休題。
広範囲への暗闇の展開。
その中での移動と気配断ち。
闇の一部をくり抜き、対象を捉える術。
どれも以前、幽香が教え、ルーミア自身で考えついたものだ。
しかし、そのいずれも今回の弾幕戦では使われていなかった。
「闇の展開はともかくとして~他はあんたに効かなかったから~使ってないんじゃないかしら~♪」
「それならそれで、応用すればいいんだけど……」
「私もそう思う。あ、いやいや」
素で返してくるミスティアに、幽香は頷く。
同時、違和感を覚えた。
ルーミアに対してか。ミスティアに対してか。
恐らく、両方――顔には出さず、幽香は、探るようにミスティアを見上げる。
コップが差し出されていた。
「どうも……ん? そもそも、ミスティアがこっちにいること自体、おかしくない……?」
受け取りながら一人ごちると、思いっきりそっぽを向かれた。
加えて、もじもじと肩を揺らしている。
どう見てもわざとらしかった。
「だって……幽香ってほら、寂しがり」
みなまで言わせる幽香ではない。
具体的に言うと、弾幕で吹き飛ばした。
何か別のものも吹き飛んだが、割と気にしていないのだった。
焦げ痕を擦りながら戻ってくるミスティアに半眼を向けつつ、幽香はくぴりとコップを煽る。
「でも飲むんだ」
「今更、毒を仕込むでもないでしょう」
「私は無駄なことをしない主義だからね」
「さっきの歌はなんだってのよ」
「ア、アイデンティティ?」
何故首を傾げるのか。
叩きつけた半眼は受け流され、その代り、肩を軽く叩かれる。
見上げた幽香の視線は、伸ばされる右腕に促された。
ミスティアと同じような体勢のリグルが映る。
「ま、なんにしろ」
次のラウンドの準備が、整ったようだ。
「あんたがルーミアに本気を出す事態なんて、今んとこ、1パーセントくらいじゃない?」
にぃと笑うミスティア。
どう捉えてよいものか、珍しく、幽香は迷った。
結局、一瞥とともに肩を竦めただけで、椅子から立ち上がるのだった――。
幽香とミスティアが戯れていた数分、勿論のこと、ルーミアは目を回し続けていた訳ではない。
リグルが用意した椅子に腰かけ、息を整える。
僅かの時間で三半規管は正常に戻った。
ダメージ自体も少ない。
「うむむ」
受けたルーミア自身が驚くほど、なんてことはなかった。
「どうしたの?」
「そんなに痛くないなぁって」
「ふぅむ、確かに、ちょっと赤くなっているだけだね」
前髪をかき分けてくるリグルに、ルーミアは小首を傾げた。
「でも、当たる前、とっても痛そうに感じたわ」
「カウンターだったからじゃないかな」
「そーなのかー」
そっと額を撫でる手にくすぐったそうな顔をし、頷く。
「んー……それを、なんとか……」
「何か思いついた?」
「うんっ」
にこやかに続けられる会話。
向こう側と言えば、この辺りで幽香の弾幕がミスティアを襲っていた。
「あー! 幽香ってば、またミスチーにいじわるしてる!」
「や、十中八九、自業自得だと思う」
「でも――って、ミスチー、あんまり痛そうじゃない……?」
「多分、ミスチーも予想してたんだよ」
「そっか、当たる前に心の準備ができてたのね」
苦笑いを浮かべ、的確に指摘するリグル。
頷いたルーミアの表情に、ぱっと光がさした。
「また閃いたんだね」
「ん、うまくすれば……」
「ふふ、ルーミア、ミスチーに似てきたね」
こめかみをリズムよく叩く。
『初めと終わりをイメージして、途中を作り上げる』
今現在、大妖相手に駆け引きをしている夜雀の癖だった。
「……うんっ、うまくいけば、できるかも! あーっしゃぴぎゃっ」
「そんな所は似なくていい」
「あぅ~」
万感の思いを込めて、リグルはでこぴんを繰り出した。
額を押さえて蹲るルーミア。
思いが強すぎたようだ。
リグルは少しうろたえる。
「ご、ごめん! 痛かった、ルーミア?」
「うー、ちょっと。んと、だから」
「……え?」
被弾箇所を指差して、ルーミアは顔を上げる。
「『元気の出るおまじない』、して欲しいな」
でこちゅーを御所望のようだ。
呆気にとられるリグルだったが、微苦笑して、唇をつけた。
「……ん。よく覚えてたね。あ、そっか、ルーミアと幽香もしてたっけ」
「リグル、顔赤い。可愛い」
「からかわないの!」
ルーミアはえへへと笑った。
誰に似たんだか――思うリグルは、腕を伸ばし、促す。
「……『ルーミアが幽香に本気を出させることができるのは、百回やって一回だ』って」
「ミスチーが言っていたの?」
「うん」
ルーミアの瞳に、椅子から腰を上げた幽香が入る。
「それって……」
「激励だと思う」
「だよねっ!」
ぱんっと両手を合わせ、呼応するように、ルーミアも立ち上がるのだった――。
幾度となく繰り返してきた、『向日葵の笑顔』のための弾幕戦。その幕が、再び上がる。
向かい合う両者の間は、然程ない。
駆ければ即座に格闘戦へともっていける程度の距離。
腕を広げ、ふわりと浮かびあがるルーミア。
幽香は、腕を組み、悠然と待ち構えた。
何時も通りなら、身体を慣らすために威力の弱い弾幕を放ってくる――思う幽香。
その耳に、ルーミアの声が響く。
躊躇いのない宣言だった。
「幽香!
今日こそ、決めるわ!
貴女の本気を引きずり出す!」
駆け引きのない言葉に、幽香は呆れる。
「それ、前も聞いたわ」
「うぐぐ、今日こそは今日こそは!」
「……力むのは構わないけれど、空回りをしては駄目よ」
微苦笑を浮かべる幽香はしかし、違和感を覚えた。
ルーミアの後ろに伸びる影が、長い。
否、大きい。
溜めこまれた‘力‘の表れだと気付いたのは――
「求める解へのピースは揃った! さぁ幽香、百回目の弾幕戦、始めましょう!!」
――闇が、幽香の周囲を覆ったのと、同時だった。
宣言に動きを止めた幽香だったが、即座に意識を前方に集める。
ルーミアの攻撃は直線的なものが多いからだ。
実際、さっきはずっとそうだった。
(動きながら撃てと、教えたはず……――!?)
感覚が捉える。
左右からの弾幕。
一瞬のラグの後、叩き落とす。
前方を見つめる。
既にルーミアはいない。
正確には、ルーミアの妖気が感じ取れなかった。
(闇との、同化!?)
妖気を隠したことに驚いている訳ではない。
僅かにも感じ取れないほどの同化も、驚愕の理由ではなかった。
何故なら、それは幽香がかつて、ルーミアに助言したことだったからだ。
幽香の思考が鈍ったのは、そうしてくる可能性を切り捨てていた、自分自身が故。
「闇符!」
声は、後方から聞こえた。
再び幽香の思慮の外。
動きが、一瞬、止まる。
けれど、駆けた。
音のした方に。
腕を伸ばす。
「‘ごっこ‘じゃない弾幕戦に、声は――」
振りあげた時、何かに触れる感触がした――既に数歩、ルーミアが距離を詰めていたのだ。
視線が交錯する。
見上げるルーミア。
見下ろす幽香。
両者の仕掛けるタイミングは、同時だった。
フタリのリーチの差が出る。
幽香が、先に届いた。
「‘ダークサイドオブザムーン‘!」
「――必要ないわよっ」
「知ってる、よぅ!」
幽香の指は、先ほどと同じく、そして、リグルも弾いた額。
知っている。
ルーミアは知っている。
幽香が何時も、額だけを狙っていることを。
知っている。
幽香は知っている。
自身に向けられている瞳の色を。
ルーミアが灯しているのは、かつて向日葵畑で見た、ミスティアの瞳と同じ輝き。
視線は交錯したままだった。
つまり、幽香の攻撃に、ルーミアが耐えたのだ。
其処にくるだろうと予測し、意識を集中させていた。
――幽香ぁぁぁっ!
伸ばされたままのルーミアの腕。
手には、力が溜められていた。
宣言せず、弾けさせる。
――ルーミア……!
「いっけぇぇぇぇぇっ!!」
闇の外、観客、否、ルーミアの‘友達‘ミスティアとリグルが、叫んだ。
「踏み込みが、足りないわ!」
「そらあかんっ!」
「うわなに!?」
「ぴぎゃっ」
闇が晴れた時。
幽香は椅子へと歩き出していた。
ころころと転がっていたルーミアは、既に駆け出していたミスティアとリグルに押さえられる。
腰をおろし、幽香は三名を視界に入れた。
「う~あ~痛くないのが余計に悔しい~」
「で、でも、惜しかったよね! 見えてはないんだけど!」
「あー、正直だねリグル。にしても、これだからエリートは!」
何の話よ――思いつつ、声をかける。
「貴女たち、勘違いしているわ」
三つの視線が向けられた。
「エリートじゃないってのか! んじゃあ、ひにょ――きゅう……」
「えっと、どういうこと、幽香?」
「ミスチー! ミスチー!?」
不適当な字名を告げようとしたミスティア。
察知し、幽香も、手はあげていた。
実際にはリグルが黙らせた。
「私よりも早く……? さ、流石ね、リグル」
「それはいいから」
「あー……」
ルーミアの揺さぶりによりミスティアの意識が回復したのを見計らって、幽香は、言った。
「さっきの。百一回目よ」
だから返答を迷ったり、動きを止めたりしていたのであった。
「そう、なのか……?」
「あ、あれ、えー?」
「ちん、ちん?」
呆然とする一同。
頬を掻き、幽香は続ける。
「多分、だけど……貴女たち、最初の弾幕戦、忘れているんじゃない?」
「向日葵畑のヤツ? でも、アレは‘ごっこ‘……」
「――で、いいの、ミスティア?」
良くなかった。
本気の一撃を耐えきられたからこそ、幽香はここにいる。
当時を思い出したのだろう、ミスティアがぶんぶか首を横に振った。
再び姦しくなる三名。
「いけたと思ったのになぁ。こう、ちらっと幽香の頬笑みが浮かんだというか」
「あー、それは駄目なフラグだ。途中で満足しちゃうのも駄目」
「な、何の話? ともかく、次を考えようよ、ね」
一方の幽香は、額に手を当て、俯いていた。
こみ上げてくる感情の抑えが効かない。
震えそうだ。
頬に触れた指は、冷たい汗を感じていた。
歌によるまやかしは、そう効果のあるものではなかった。
ミスティアの‘力‘は人間限定だ。
少なくとも、今のところは。
打ちすえた額にも、何かが施されていた訳ではなかった。
何らかの処置があったとしても、それがどうしたと言うのか。
幽香の‘力‘を上回らなければ意味がなく、つまり、この場ではありえない。
ともあれ――積み上げられた末のルーミアの一撃は、完全に予想外のものだった。
あと一歩、踏み込まれていたら。
もしも、ルーミアの腕がもう少し長かったら。
そして、仮に、相手が接近戦の得意な自身ではなかったら。
――結界の大妖であろうと、本気を出さずにはいられなかったのではなかろうか。
そこまで考え、幽香は首を振った。
過ぎたことなのだから意味がない、と思ったのだ。
彼女たちの言う通り、彼女も、次を考えなくてはならない。
本気まで、あと少し。
至るまでにも、手を抜く訳にはいかない。
けれど、あぁ、けれど――呟きながらも、幽香は思う。
「次は、ファンタズムかしら……」
――浮かぶ笑みをかき消すのは、それ以上に難しいわ、と。
<了>
自身に向かってくる闇に、指を向け、照準を合わせる。
妖力を貯める必要はなかった。
(単調ね……)――思い、放つ。
「闇符!」
「遅いわ」
「ぴぎゃ」
人差し指を弾いただけで生じた弾丸が、闇――‘宵闇の妖怪‘ルーミアの額を的確に、撃った。
草むらに落ちていくルーミア。
幽香の視点では、後頭部を直撃するように見える。
秒単位で‘力‘を集中させ、茂る草の成長を促す――直前、散らせた。
自身の視界に映るならギャラリーにも同様だろう、そう、思ったのだ。
「――ルーミアっ! と、と」
「うくぅ、ありがと~」
「わぁ目が回ってる」
予想に違わず、観客のヒトリ、‘蟲の王‘リグル・ナイトバグが飛び出していた。
両腕を地面すれすれに走らせた結果、ルーミアを担ぎあげている。
俗に言うお姫様だっこの格好だ。
流石に幽香もそこまでは予想していない。
「ちょ、調子が戻ってきたようね、リグル……」
「もうちょいだよ。好調なら、顎に手を当ててる」
「あー、そうかも。……私を納得させるあたり、貴女も流石ね」
呟きを拾い、更に訂正したのは、‘夜雀‘ミスティア・ローレライ。
呆れたような半眼を向けている。
ルーミアにか。リグルにか。
前者かしら――振り向き、幽香が捉えた瞳には、柔らかいと感じさせる色が浮かんでいた。
「幽香さんもお流石で~、スペカ宣言中にまさかの一撃、大人げないですわ~♪」
「あら、お言葉。私だって少女ですもの。そ・れ・に」
「ごめん、無理があ、あががが!?」
ふざけた歌声を一変させ冷静になったミスティアを、四つの弾丸が襲った。
どうということもなく、全てが正確に額へと適中。
にもかかわらず、のけ反るだけだった。
また防御力だけ上がってるのねぇ……――歩み寄りながら、幽香は続ける。
「それに、これは弾幕『ごっこ』じゃなくてよ?」
幽香の言葉通り、行われているのは弾幕ごっこではない。
基になったもの、つまり、弾幕戦だった。
それは、彼女と彼女が交わした約束。
――笑顔の為の誓い。
ミスティアが額を押さえながらも差し出してきた椅子に、幽香は手を挙げふわりと腰かける。
「あいてて。そう言う割に、あんたは本気を出してないじゃん」
「出していいの? じゃあ早速」
「傘を向け――どっから出した!?」
「ち。まだ、その必要がないのよ」
「……まぁね。ルーミアも随分頑張っているとは思うんだけど」
相手が相手だからなぁ――遠回りな称賛を、幽香は聞き流した。
実際、ルーミアの‘力‘はあがっている。
仲間内でも高いとは言えなかった弾幕ごっこの勝率も、最近は五分になってきていた。
純粋な‘力‘勝負ではないその遊びが上手くなってきているのは、能力の扱い方が適当になってきている故であろう。
「だけど、まだまだ。と言うか、前にやってたこと、忘れてるんじゃないかしら」
「あー……。しょうがないんじゃないかしら~、私も最近忘れてる~♪」
「ここぞとばかりにアピールするんじゃない」
ミスティアは‘歌で人を狂わす程度の能力‘の持ち主だ。そうだったのか。
閑話休題。
広範囲への暗闇の展開。
その中での移動と気配断ち。
闇の一部をくり抜き、対象を捉える術。
どれも以前、幽香が教え、ルーミア自身で考えついたものだ。
しかし、そのいずれも今回の弾幕戦では使われていなかった。
「闇の展開はともかくとして~他はあんたに効かなかったから~使ってないんじゃないかしら~♪」
「それならそれで、応用すればいいんだけど……」
「私もそう思う。あ、いやいや」
素で返してくるミスティアに、幽香は頷く。
同時、違和感を覚えた。
ルーミアに対してか。ミスティアに対してか。
恐らく、両方――顔には出さず、幽香は、探るようにミスティアを見上げる。
コップが差し出されていた。
「どうも……ん? そもそも、ミスティアがこっちにいること自体、おかしくない……?」
受け取りながら一人ごちると、思いっきりそっぽを向かれた。
加えて、もじもじと肩を揺らしている。
どう見てもわざとらしかった。
「だって……幽香ってほら、寂しがり」
みなまで言わせる幽香ではない。
具体的に言うと、弾幕で吹き飛ばした。
何か別のものも吹き飛んだが、割と気にしていないのだった。
焦げ痕を擦りながら戻ってくるミスティアに半眼を向けつつ、幽香はくぴりとコップを煽る。
「でも飲むんだ」
「今更、毒を仕込むでもないでしょう」
「私は無駄なことをしない主義だからね」
「さっきの歌はなんだってのよ」
「ア、アイデンティティ?」
何故首を傾げるのか。
叩きつけた半眼は受け流され、その代り、肩を軽く叩かれる。
見上げた幽香の視線は、伸ばされる右腕に促された。
ミスティアと同じような体勢のリグルが映る。
「ま、なんにしろ」
次のラウンドの準備が、整ったようだ。
「あんたがルーミアに本気を出す事態なんて、今んとこ、1パーセントくらいじゃない?」
にぃと笑うミスティア。
どう捉えてよいものか、珍しく、幽香は迷った。
結局、一瞥とともに肩を竦めただけで、椅子から立ち上がるのだった――。
幽香とミスティアが戯れていた数分、勿論のこと、ルーミアは目を回し続けていた訳ではない。
リグルが用意した椅子に腰かけ、息を整える。
僅かの時間で三半規管は正常に戻った。
ダメージ自体も少ない。
「うむむ」
受けたルーミア自身が驚くほど、なんてことはなかった。
「どうしたの?」
「そんなに痛くないなぁって」
「ふぅむ、確かに、ちょっと赤くなっているだけだね」
前髪をかき分けてくるリグルに、ルーミアは小首を傾げた。
「でも、当たる前、とっても痛そうに感じたわ」
「カウンターだったからじゃないかな」
「そーなのかー」
そっと額を撫でる手にくすぐったそうな顔をし、頷く。
「んー……それを、なんとか……」
「何か思いついた?」
「うんっ」
にこやかに続けられる会話。
向こう側と言えば、この辺りで幽香の弾幕がミスティアを襲っていた。
「あー! 幽香ってば、またミスチーにいじわるしてる!」
「や、十中八九、自業自得だと思う」
「でも――って、ミスチー、あんまり痛そうじゃない……?」
「多分、ミスチーも予想してたんだよ」
「そっか、当たる前に心の準備ができてたのね」
苦笑いを浮かべ、的確に指摘するリグル。
頷いたルーミアの表情に、ぱっと光がさした。
「また閃いたんだね」
「ん、うまくすれば……」
「ふふ、ルーミア、ミスチーに似てきたね」
こめかみをリズムよく叩く。
『初めと終わりをイメージして、途中を作り上げる』
今現在、大妖相手に駆け引きをしている夜雀の癖だった。
「……うんっ、うまくいけば、できるかも! あーっしゃぴぎゃっ」
「そんな所は似なくていい」
「あぅ~」
万感の思いを込めて、リグルはでこぴんを繰り出した。
額を押さえて蹲るルーミア。
思いが強すぎたようだ。
リグルは少しうろたえる。
「ご、ごめん! 痛かった、ルーミア?」
「うー、ちょっと。んと、だから」
「……え?」
被弾箇所を指差して、ルーミアは顔を上げる。
「『元気の出るおまじない』、して欲しいな」
でこちゅーを御所望のようだ。
呆気にとられるリグルだったが、微苦笑して、唇をつけた。
「……ん。よく覚えてたね。あ、そっか、ルーミアと幽香もしてたっけ」
「リグル、顔赤い。可愛い」
「からかわないの!」
ルーミアはえへへと笑った。
誰に似たんだか――思うリグルは、腕を伸ばし、促す。
「……『ルーミアが幽香に本気を出させることができるのは、百回やって一回だ』って」
「ミスチーが言っていたの?」
「うん」
ルーミアの瞳に、椅子から腰を上げた幽香が入る。
「それって……」
「激励だと思う」
「だよねっ!」
ぱんっと両手を合わせ、呼応するように、ルーミアも立ち上がるのだった――。
幾度となく繰り返してきた、『向日葵の笑顔』のための弾幕戦。その幕が、再び上がる。
向かい合う両者の間は、然程ない。
駆ければ即座に格闘戦へともっていける程度の距離。
腕を広げ、ふわりと浮かびあがるルーミア。
幽香は、腕を組み、悠然と待ち構えた。
何時も通りなら、身体を慣らすために威力の弱い弾幕を放ってくる――思う幽香。
その耳に、ルーミアの声が響く。
躊躇いのない宣言だった。
「幽香!
今日こそ、決めるわ!
貴女の本気を引きずり出す!」
駆け引きのない言葉に、幽香は呆れる。
「それ、前も聞いたわ」
「うぐぐ、今日こそは今日こそは!」
「……力むのは構わないけれど、空回りをしては駄目よ」
微苦笑を浮かべる幽香はしかし、違和感を覚えた。
ルーミアの後ろに伸びる影が、長い。
否、大きい。
溜めこまれた‘力‘の表れだと気付いたのは――
「求める解へのピースは揃った! さぁ幽香、百回目の弾幕戦、始めましょう!!」
――闇が、幽香の周囲を覆ったのと、同時だった。
宣言に動きを止めた幽香だったが、即座に意識を前方に集める。
ルーミアの攻撃は直線的なものが多いからだ。
実際、さっきはずっとそうだった。
(動きながら撃てと、教えたはず……――!?)
感覚が捉える。
左右からの弾幕。
一瞬のラグの後、叩き落とす。
前方を見つめる。
既にルーミアはいない。
正確には、ルーミアの妖気が感じ取れなかった。
(闇との、同化!?)
妖気を隠したことに驚いている訳ではない。
僅かにも感じ取れないほどの同化も、驚愕の理由ではなかった。
何故なら、それは幽香がかつて、ルーミアに助言したことだったからだ。
幽香の思考が鈍ったのは、そうしてくる可能性を切り捨てていた、自分自身が故。
「闇符!」
声は、後方から聞こえた。
再び幽香の思慮の外。
動きが、一瞬、止まる。
けれど、駆けた。
音のした方に。
腕を伸ばす。
「‘ごっこ‘じゃない弾幕戦に、声は――」
振りあげた時、何かに触れる感触がした――既に数歩、ルーミアが距離を詰めていたのだ。
視線が交錯する。
見上げるルーミア。
見下ろす幽香。
両者の仕掛けるタイミングは、同時だった。
フタリのリーチの差が出る。
幽香が、先に届いた。
「‘ダークサイドオブザムーン‘!」
「――必要ないわよっ」
「知ってる、よぅ!」
幽香の指は、先ほどと同じく、そして、リグルも弾いた額。
知っている。
ルーミアは知っている。
幽香が何時も、額だけを狙っていることを。
知っている。
幽香は知っている。
自身に向けられている瞳の色を。
ルーミアが灯しているのは、かつて向日葵畑で見た、ミスティアの瞳と同じ輝き。
視線は交錯したままだった。
つまり、幽香の攻撃に、ルーミアが耐えたのだ。
其処にくるだろうと予測し、意識を集中させていた。
――幽香ぁぁぁっ!
伸ばされたままのルーミアの腕。
手には、力が溜められていた。
宣言せず、弾けさせる。
――ルーミア……!
「いっけぇぇぇぇぇっ!!」
闇の外、観客、否、ルーミアの‘友達‘ミスティアとリグルが、叫んだ。
「踏み込みが、足りないわ!」
「そらあかんっ!」
「うわなに!?」
「ぴぎゃっ」
闇が晴れた時。
幽香は椅子へと歩き出していた。
ころころと転がっていたルーミアは、既に駆け出していたミスティアとリグルに押さえられる。
腰をおろし、幽香は三名を視界に入れた。
「う~あ~痛くないのが余計に悔しい~」
「で、でも、惜しかったよね! 見えてはないんだけど!」
「あー、正直だねリグル。にしても、これだからエリートは!」
何の話よ――思いつつ、声をかける。
「貴女たち、勘違いしているわ」
三つの視線が向けられた。
「エリートじゃないってのか! んじゃあ、ひにょ――きゅう……」
「えっと、どういうこと、幽香?」
「ミスチー! ミスチー!?」
不適当な字名を告げようとしたミスティア。
察知し、幽香も、手はあげていた。
実際にはリグルが黙らせた。
「私よりも早く……? さ、流石ね、リグル」
「それはいいから」
「あー……」
ルーミアの揺さぶりによりミスティアの意識が回復したのを見計らって、幽香は、言った。
「さっきの。百一回目よ」
だから返答を迷ったり、動きを止めたりしていたのであった。
「そう、なのか……?」
「あ、あれ、えー?」
「ちん、ちん?」
呆然とする一同。
頬を掻き、幽香は続ける。
「多分、だけど……貴女たち、最初の弾幕戦、忘れているんじゃない?」
「向日葵畑のヤツ? でも、アレは‘ごっこ‘……」
「――で、いいの、ミスティア?」
良くなかった。
本気の一撃を耐えきられたからこそ、幽香はここにいる。
当時を思い出したのだろう、ミスティアがぶんぶか首を横に振った。
再び姦しくなる三名。
「いけたと思ったのになぁ。こう、ちらっと幽香の頬笑みが浮かんだというか」
「あー、それは駄目なフラグだ。途中で満足しちゃうのも駄目」
「な、何の話? ともかく、次を考えようよ、ね」
一方の幽香は、額に手を当て、俯いていた。
こみ上げてくる感情の抑えが効かない。
震えそうだ。
頬に触れた指は、冷たい汗を感じていた。
歌によるまやかしは、そう効果のあるものではなかった。
ミスティアの‘力‘は人間限定だ。
少なくとも、今のところは。
打ちすえた額にも、何かが施されていた訳ではなかった。
何らかの処置があったとしても、それがどうしたと言うのか。
幽香の‘力‘を上回らなければ意味がなく、つまり、この場ではありえない。
ともあれ――積み上げられた末のルーミアの一撃は、完全に予想外のものだった。
あと一歩、踏み込まれていたら。
もしも、ルーミアの腕がもう少し長かったら。
そして、仮に、相手が接近戦の得意な自身ではなかったら。
――結界の大妖であろうと、本気を出さずにはいられなかったのではなかろうか。
そこまで考え、幽香は首を振った。
過ぎたことなのだから意味がない、と思ったのだ。
彼女たちの言う通り、彼女も、次を考えなくてはならない。
本気まで、あと少し。
至るまでにも、手を抜く訳にはいかない。
けれど、あぁ、けれど――呟きながらも、幽香は思う。
「次は、ファンタズムかしら……」
――浮かぶ笑みをかき消すのは、それ以上に難しいわ、と。
<了>
まあ妖怪の寿命は長いから、こうして切磋琢磨してるともしかしたらルーミアもゆうかりんに追いつけるかも?
思わず「負けるな宵闇の女の子!」と応援させて頂きたくなるルーミア嬢ですね。つまりはるみゃ可愛い。
あとりぐるんのみすちーへの反応(ツッコミ)速度は既にファンタズムをも越えていらっしゃるのではなかろうか。
風見さんに戦慄が走る位ですし。