Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

その儚き信仰は誰が為に~Side M~

2015/03/28 06:48:06
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「しっかし、あの緑の奴は、霊夢にガチでケンカ売って大丈夫なんかね」
 一人、彼女――霧雨魔理沙は空を行く。
 妖怪の山の頂上――幻想郷を一望できる絶景を眺めながら、彼女はただひたすら、前に行く。
「にしても、何にもないな。
 邪魔してくる雑魚はいても、でっかいものは……ん?」
 ちょうどその時、彼女の視界に映るものがある。
 あれは、人工物だ。
 少なくとも、自然が勝手に創ったものではない。
 ――河童の連中のお遊びか? いやいや、ここは山の上の方、あいつらが入り込んでくるはずはない。にとりと言ったか。あいつが言うには、河童は天狗にゃ頭が上がらないという話ではないか。
「じゃあ、天狗の連中の住処……にしちゃ、ずいぶんと……」
 ともあれ、行ってみなければわからない。
 箒の柄を握る手に力をこめて加速する。
 その正体を見て、『ああ』と納得する。
「こいつは、鳥居か。そりゃ、違和感を覚えるはずだ」
 彼女の友人、博麗霊夢の住処である博麗神社にも、これと同じものがある。
 もっとも、あっちは古ぼけて煤けていて、『掃除くらいしろよ』と言っても聞き入れてもらえない、みすぼらしさが漂うものであるが。
 しかし、こちらは立派だ。
 どんと地に足をつけて立っている。色鮮やかな朱色が目に焼きつく。辺りの緑色と比較すると、それもまたひとしおだ。
「となると、こっから先は神域か。
 どれ、ちょっと礼儀を見せておくかね」
 彼女は地面に舞い降りると、鳥居の前でぺこりと頭を下げた。
 そうして、あえて己の足で歩いて鳥居をくぐると、再び、箒にまたがり、空を飛ぶ。
「霊夢が言ってたっけか。
 鳥居ってのは、此の世と彼の世を仕切る境目みたいなもんで、鳥居の向こうは『彼の世』なんだって」
 彼女には、そういう知識は全くない。
 何せ魔理沙自身、『私は魔法バカだ』と胸を張っている。
 それ以外のことは門外漢、知っている奴がいるのなら、ちょいと相手の自尊心をくすぐって、さりげなく教えてもらうのだ。
「頭を下げるのは嫌いだぜ」
 いたずらっ子の笑みで笑って、彼女は視線を前に向ける。
「あれが神社の本体か。こりゃ立派だ、霊夢が見たら『うらやましいなぁ……』って言うだろう……なぁ……」
 ……言っててなんかむなしくなってきた。
 はぁ、と彼女はため息ついて、「霊夢も、もうちょい、真面目に仕事すりゃ、今よりずっといい暮らしが出来るだろうになぁ」とつぶやいた。
 ともあれ、くるりと社殿の上空を旋回して、地面に舞い降りる。
 石畳に包まれた参道が、鳥居からずっと続いている。
 広い。立派。見事。
「博麗神社とは正反対だ」
 社殿に向かい、賽銭箱に、適当に五円玉を投げ入れてから、二礼二拍一礼をこなしておまいり。
 またひょいと箒に乗ると、神社の敷地を、上空から散策する。
「あっちが母屋かな。で、あっちが……おっ、立派な蔵があるな。
 この神社は歴史がありそうだから、さぞや、上等なお宝が詰まっていそうだ」
 そいつに興味はあっても、さすがにいきなりお宝探索、とは行かない。
 なぜかというと、この間にも、彼女の周囲には『邪魔者』がごまんといるからだ。
「やれやれ。観光くらいゆっくりさせてもらいたいもんだ」
 相手を適当にあしらいながら、さらに山の上空を見て回る。
「あいつの口ぶりからすると、この辺りに、何かあるはずなんだけどなぁー」
 今現在も、後方で、霊夢と一戦交えているだろう緑色の髪の少女を思い出す。
「あいつは人間なんだろうなぁ」
 適当なことを言いながら、神社の敷地を、少し奥へと進んでいく。
「……ん?」
 雰囲気ががらりと変わった。
 足を止めて後ろを見る。
 少しだけ、戻る。
「……何だこりゃ。空気が違う?」
 言葉に出して表すのは難しい。
 しかし、この『たった一歩』がすさまじく違う。
 これまであった、爽快な山の空気が一変する。
 重たく、冷たく、そして荘厳な空気へと。
「何がいらっしゃるのかね」
 この先にいるのは、果たして、『者』か『物』か『モノ』なのか。それともまさか、『ものかみ』が出てくるのか?
 魔理沙の瞳に興味の色が深くなる。
 ゆっくりと、彼女は神域を奥へ進んでいく。
「……でっかいな。何だこれは」
 樹齢数百年から、下手したら数千年ものを削って作り出したと思われる、巨大な木の柱が何本も並んでいる。
 根元を注連縄で飾られたそれは、これ一つだけで『神』を作り出しているほどだ。
 その気配の圧迫感に、魔理沙は一度、箒の柄を握りなおす。
 じっとりと、その掌に、汗が浮かんでいた。
「冷たい……」
 足を止めたのは、そこだった。
 神域の奥に広がる湖。
 紅の館の周囲に広がる、霧に包まれた湖と比べると、ちっぽけなもの。
 しかし、その存在感はすさまじい。
 水と大地の狭間の、畔へと進むことすらためらわれる。
 気の弱い人間なら、大慌てで逃げ出しているだろう。
 彼女は、そこを、前へ進んだ。

「そこまでだ」

 朗々と、声が響き渡る。
 まるで雷に打たれたかのように、一瞬、背筋が硬直する。
 慌てて、彼女は周囲を見渡す。
 ――果たして、それはそこにいた。

「何者だ」

「そいつはこっちのセリフだ。
 お前は何者だ」
「我は神だ」
「へぇ。神様かい。そいつはありがたいね。
 神様、あんたのご利益は何だい?」
「何でも。
 願われたことならばかなえよう」
「おお、そいつはありがたい。
 そんなら、私を、稀代の大魔法使いにしてくれ」
「いいだろう。
 ただし、それに必要な対価はもらう」
「何だよ、ケチくさい」
「そう。神とはケチくさい。
 己を信仰するもの以外に、分け与える慈悲も加護も存在しない」

 簡単な問答をしてみると、なるほど、相手は神らしい回答をしてくる。
 予想通り――いや、予想以上の『神様』だ。

「名前を名乗れ」
「私かい? 私の名前は霧雨魔理沙。
 あんたは何だ」
「八坂神奈子という」
「おお、こりゃ驚いた。
 神様があっさりと名前を名乗るものなんだな」
「信仰する対象の名も知らず、信仰するものは、そう多くない」
「そうかい?
 だが、この国では八百万の神様がいるって聞いてるぜ。それこそ、そこらへんの石ころにすら神様は宿っている、ってさ」
「その程度の神に出来ることなどたかが知れている」

 何と気位の高い神だろう。
 魔理沙は苦笑とともに、『こりゃかなわん』という思いを浮かべる。
 こいつとは、まともに話は出来なさそうだ、と。

「卑小なる神は小さきものに宿る。徳を積み、信仰を集めることで、神は位を高めていく。
 やがて頂点へと達した神は、多くの信仰と共に大いなる力、大いなる存在を得る」
「あんたは、その『大いなる神様』っていうのかい」
「左様。
 かつては国を一つ、治めていたほどの神だ」
「へぇ、そいつは驚いた。
 そんじゃ、それくらいの、国津神さまが、何だってこんなちっぽけな世界へやってきたんだい」
「我はその信仰を失った。
 卑小なる存在へと成り下がってしまった。
 しかし、一度、得た信仰から来る『力』というものは、大きな対価を常に求めている。
 要するに、己の存在を維持する手段が、他になかっただけのこと」
「ははは。なるほど。
 そいつは――」

 魔理沙の手が動く。

「間抜けなことだな」

 放たれた、一条の閃光が、気位の高い、態度の悪い神の髪の毛をひと房、切断した。

「勝手なことを言ってばかりだな。あんたは」
「そうさ。
 神とは絶対にして唯一のもの。己の好き勝手で物事を決め、己の気の向くままに動き、適当な好き嫌いで加護と災厄を同時に与える。
 それが神というものだ」
「そういうの、私は気に食わないんでね。
 それにさ、あんたもこんな言葉、知ってるだろ?
『郷に入っては郷に従え』ってね」
「それを組み替えるのも、また、神の摂理」
「あんたの好き勝手で、私の生活を台無しにされても困るんだよな。
 何がしたい? 霊夢を怒らせるようなことをして、騒ぎを起こして。何を望む?」
「我が求めるのは信仰のみ。
 我を崇め奉れ。さすれば、我は永久に、無限の慈悲を授けよう」
「あんたに楯突くものがいたとしたら?」
「八坂の神の名の下に、ただ、祟り神となるまでよ」
 なるほどね、と魔理沙はつぶやいた。
 彼女は一度、箒をうならせると、宣言する。
「だが、悪いんだが、私は自分が好き勝手するのは大好きだが、他人に好き勝手されるのは大嫌いなんでね!」
 彼女の右手が光り、一発の弾丸が投げられる。
 それは神奈子を直撃し、轟音と共に湖の空気を奮わせる。
「……なるほど」
「だから、好き勝手されると困るのさ。
 大人しく、この世界の空気に取り込まれてもらわないとな」
 神奈子は全くの無傷。
 これまで、やってくる敵のほとんどを一発で撃破したそれを受けて、なお、余裕のある表情を浮かべている。
 ――あえて受けたか。
 魔理沙は判断する。
 自分と相手の力の違いをわからせるために、あえて一発食らって余裕を見せる。
『自分の方が絶対に強い』と信じている奴がよくやる手段である。
「ならば、一つ、余興をしよう。
 霧雨魔理沙。お前が、この八坂の神を、一歩でも動かすことが出来ればお前の勝ち。そうでなければ私の勝ちだ。
 ルールはお前たちの世界のものに則る――これでどうだ?」
「いいね。
 さすがに、私も、神様と正面から戦って勝てるなんて嘯くつもりもないしな」
 そして、彼女は言う。
 だが、一歩でいいのかい? と。
「軽くやってのけてやるさ!」
 彼女の右手の動きに従って、いくつもの閃光弾が放たれる。
 それらを、今度は、神奈子は片手で受けた。
 正確には、彼女の突き出した左手を中心に波紋が広がり、それを一斉に撃墜したのだ。
 まるで、壁に当たったかのように。
 へぇ、と魔理沙はつぶやく。
「あんたも結界が使えるのかい」
「神とは己の世界を創るものだ。
 境を隔てて界をなす。
 その程度のことが出来ないと思ったか?」
「いいね。そういう奴の攻略法を見つける練習台になってくれ!」
 彼女は加速し、神奈子へと接近する。
 神奈子は左手で、魔理沙を指差した。
 すると、彼女の周囲に百を超える弾丸が生み出され、一斉に、魔理沙に向かって飛翔する。
「おっと、あぶね!」
 急ブレーキの後に急旋回。
 弾丸の隙間を潜り抜け、神奈子の足下から反撃を放つ。
 打ち上げるように放たれる閃光を、神奈子は足を振り上げ、踏みつける。
「ちっ」
 その閃光は彼女の足に容易に踏み砕かれ、四散する。
 神奈子の腕の動きに従って、さらに弾丸が襲い来る。
 湖の上に着弾し、爆音と共に水しぶきが跳ね上げられる。
 魔理沙の周囲、そして前方を狙って、弾丸が次々に突き刺さる。
「見えない!」
 魔理沙は叫んだ。
 水しぶきと共に発生する蒸気が、辺りを完全に覆っている。
 彼女はくるりと反転して、神奈子が先ほどまでいたところに向かって閃光を放ち、そのまま上空へと向かって移動する。
 閃光は神奈子を捉えていた。
 だが、神奈子は一歩も動いていない。閃光の着弾で爆発と衝撃を同時に受けたのに、けろっとしている。
 神奈子の攻撃をよけながら、魔理沙は神奈子の上空を横切った。
 箒から撒き散らされる彼女の魔力が星となり、一斉に、神奈子に向かって降り注ぐ。
 神奈子の攻撃とそれがぶつかり合い、湖の空に花が咲く。
「そーれ!」
 爆発による煙幕で辺りを覆い、魔理沙は攻撃を放つ。
 一発目は、神奈子がそれまでいたところ。
 二発目は少しずらしたところ。
 三発目はさらにずらしたところ。
 閃光を連射しつつ、彼女は場所を移動していく。
「っと」
 それを予想していたように、煙幕の向こうから、神奈子の攻撃が飛んでくる。
 突き刺さるように小さい、小型の弾丸が、濁流となって襲い掛かってくる。
「こいつはまともに受けてられるかい!」
 魔理沙の攻撃によって、魔理沙の位置を悟っている神奈子の攻撃は、実に鋭く正確だ。
 逃げる魔理沙を確実に追いかけていく。
 魔理沙はなおも反撃を放ちながら、神奈子の周囲を飛び回る。
「うるさい蝿のように逃げ回るだけがせいぜいか?」
「そう思うかい」
 煙が晴れた。
 無傷の神奈子は、そこに佇んでいる。
 彼女の手から放たれる攻撃は、着実に、魔理沙に迫っていく。
 だが、
「そうはいかないってもんさ」
 そこで、神奈子は自分の周囲を覆うものの正体に気づく。
「……ほう」
「お前に、私の攻撃は、そうそう通用しないってのは理解したつもりだ。
 だが、一斉攻撃ならどうなる?」
 彼女の放ったレーザーは、神奈子を捉えたもの以外は煙を切り裂き、消えていく――そう、神奈子は考えていた。
 だが、違う。
 それらは空中で停滞し、形を変え、巨大な弾丸となっている。
 それらがいくつも、いくつも、いくつも、神奈子の上空を漂っている。
「食らえ!」
 魔理沙の指の動きに従って、それらが一斉に、神奈子に対して突き刺さった。
 猛烈な爆音、爆発、爆風、そして炎。
 それらが湖の上空を焼き、空気を震わせ、空を揺らす。
 ――魔理沙の攻撃が終わった後、神奈子は、しかし、そこに立っていた。
「ちっ。あれでも傷一つついてない……」
 さすがの神奈子も防御態勢をとってはいるものの、その程度だ。
 彼女の髪の毛すら、服にすら、傷を与えていない。
 そして、神奈子は、

「ふふふ……はははは……わはははははは!」

 妖怪の山を揺らすほどの大音声をもって笑い出す。

「なるほど! これはいい! 面白い!
 魔理沙、お前は大したものだ。この八坂の神と、真正面から戦う! なんと素晴らしきことか!」

 彼女の腕の一振りで、大地が揺らぐ。
 湖を中心に、そして、神社の社殿からここまで続く道に立っていた、巨大な木の柱が、神奈子を中心に浮かび上がる。

「ならば、我も応えよう。
 戦の神として、全身全霊、全力をもって、賢き挑戦者を迎え撃とう!」

「……やれやれ。こりゃ大したもんだ」
 魔理沙は呻く。
「やっばいね、こりゃ」
 自分を囲むその環境に、彼女は苦笑と共に、戦慄を浮かべていた。


「さあ、ゆくぞ!」
 神奈子の宣言が号砲となり、巨大な柱が一斉に、魔理沙めがけて降り注ぐ。
「こんなもん、触れたらぺしゃんこだ!」
 彼女は悲鳴を上げてそれの隙間を逃げ惑い、隙を見て反撃を放つ。
 しかし、神奈子は、振るう左手で近くの柱をつかむと、それを盾にして魔理沙の攻撃を受け止める。
 ちっ、と魔理沙は舌打ちした。
「おっと、お前たちのルールでは、技を使って攻撃を仕掛ける時、名前と、それをカードという媒体に落とすのだったか。
 失敬」
 魔理沙への攻撃をやめないまま、余裕の笑みで神奈子は宣言する。

 ――神祭「エクスパンデッド・オンバシラ」――

「こいつは御柱ってのかい!」
「そう。木というのは、最も神に近い存在の一つ。
 太古の昔よりその地に根を下ろし、大地の気を集め、それを周囲へと還元する存在。
 故に年経た古木は霊木となり、やがて神木となり、神に至る。
 それは生き物全ての摂理であると共に、時を経るもの全てに共通のことであるが、殊に、この種族は寿命が長い。
 長き時間を生きれば生きるほど、神も妖も格を増す。
 植物とて、それは変わらぬ摂理」
 魔理沙は慌てて急ブレーキをかける。
 目の前に、御柱が着弾し、水しぶきを上げて轟音を巻き上げる。
 彼女は御柱に沿って急旋回しつつ、神奈子の右手側から攻撃を仕掛ける。
 今、神奈子の攻撃は、彼女の右手の動きに従って放たれている。左手が防御側だ。つまり、左から仕掛けるよりは、右から仕掛けた方がダメージを与えやすいと踏んだのだが――、
「まだまだ」
 彼女が片手で軽々と振り回す御柱が、近づく魔理沙の攻撃を片っ端から撃墜する。
「火力が違いすぎるってか。このバカ力め」
 毒づく魔理沙は、神奈子を前方に捉えて急加速する。
 降ってくる御柱をぎりぎりでよけ、その風圧に戦慄しながら神奈子に接近した彼女は、相手の表情すら伺えるほどの至近距離で両手を構えた。
「ほう」
 放つと同時に炸裂する魔力弾。
 その爆風に煽られるようにして、魔理沙はその場から離脱する。
「なかなか面白い攻撃を使う。
 どんな相手にも向かっていくその勇気、まずはほめてやろう」
「くそ。どうやったらダメージ与えられるってんだい」
 神奈子は無傷。
 かつて、このような堅牢な結界を使う相手と、何度も相まみえてきた魔理沙であるが、さすがに今回の相手は格が違う。
 何せ、相手は神なのだ。
 存在の格で言うなら、幻想郷でも最強クラス。
「だが、何の策も持たず、ただがむしゃらと勢いに任せたそれは、勇気ではなく無謀であり蛮勇だ。
 神に向かってくるというのなら、神を打ち負かす智慧を見せてみよ!」
「あいにく、私は頭が悪い!
 どんな相手も正面突破が信条でね! それが出来ないなら、潔くくたばるまでだ!」
「ならば、その屍、この場にさらし朽ち果てるがいい!」
 降り注ぐ御柱の雨が、湖の水を叩き割り、大地を粉砕し、空をぶち破る。
 自分にたとえるならマスタースパークをがむしゃらに連射してるような、その攻撃の雨に、『さてどうしたものか』と魔理沙は考える。
 相手の攻撃は単調だ。
 飛んでくる御柱は、全て直線で降ってくる。これをよけるのは、そう難しくない。
 これが神奈子の手加減なのか、それとも本気なのか、それは推し量る術はない。
「なめられてるのも気に食わないが、こっちをなめてるような相手に負けるのは、もっと気に食わないね」
 その場で箒の頭を展開させ、相手に向かって接近する。
 迫ってくる御柱――それに向かって、魔理沙は左手を伸ばす。
 そして、御柱の表面に、掌が触れたほんのわずかな一瞬、そこに魔力を集中させて爆発させる。
 爆発の衝撃で、御柱の進行方向が逸れ、魔理沙の前方に道が出来る。
「それ!」
 放つ閃光が、神奈子の体に命中する。もちろん、ダメージはない。
「なるほどね……」
 続く御柱の攻撃も、これまたぎりぎりで回避する。
 左手に集中した魔力をもって、御柱の表面を滑るようにして回避した彼女は、神奈子の眼前まで近づくと、振り上げた箒の柄で、相手の顔面を一撃した。
「物理攻撃じゃ、やっぱダメだよな」
「この軍神に打撃を与えたいのなら、岩をも砕く一撃を持ってくるがいい」
 神奈子はにやりと笑うと、魔理沙の持つ箒を左手で掴み、放り投げた。
 魔理沙ごと、箒は上空はるか高くまで吹っ飛ばされる。
「ちっ!」
 くるくる回転する世界。何とか態勢を立て直した魔理沙の眼前に、御柱が迫っている。
 ――よけられない。
 それを悟った彼女がするのは、御柱の直撃と同時に、両手に溜め込んだ魔力を爆裂させるという荒業だった。
 御柱の進行方向を無理やりずらし、打撃の衝撃を逃す。
 しかし、加えられた一瞬の衝撃と、何より、己の魔力の炸裂によるバックファイアはよけられない。
「あっちちち……」
 両の掌は黒くこげ、自慢の金髪も黒い炭に変わっている。
 魔理沙は両手を振りながら、その場を離脱し、相手の様子を伺う。
「さっきの感覚からすると――」
 魔理沙の口許に笑みが浮かぶ。
 彼女は再び、神奈子に向かって接近する。
 迫る御柱を回避しながら、再三、神奈子へと接近した彼女は左手を振り上げる。
「さて、どうする!」
 神奈子の攻撃。
 彼女の右手が御柱を魔理沙めがけて投げ放つ瞬間、魔理沙の左手がその御柱に触れる。
「こうするさ!」
 彼女の左手から放たれる、膨大な魔力が、その場で炸裂して御柱を粉々に吹き飛ばした。
 衝撃をもろに受けて、魔理沙は墜落していく。一瞬、意識を失っていたのか、水面に叩きつけられる寸前で、彼女は態勢を整えて空へと舞い戻る。
 そして、
「……なるほど」
 神奈子の右手に、砕けた御柱の欠片がいくつも突き刺さっている。
 彼女からの攻撃はやみ、空は平穏を取り戻していた。
「お前、言っただろう? 木ってのは、土地の霊力を吸い上げる、ってな。
 そんなら、魔力を吸い上げるのも出来るはずだ。
 実際、こいつは魔力によく反応してくれる。
 それなら――」
 ――自分の魔力を、この御柱を介して、ダイレクトに神奈子に叩き込むことだって出来る。
 口で言うのは簡単だが、それをなすには、一瞬の判断力と、何よりも勇気が求められる。
 わずかでもタイミングがずれれば、木っ端微塵になるのは己の方。
 一撃を加えようとしたら、自爆して自分がばらばらになってしまうなど、笑いの種にしかならない。
 しかし、魔理沙はそれを成し遂げた。
「ふふふ……なるほど。大したものだ。
 確かに、神と戦うだけの力と智慧を持ち合わせているようだ」
「だろう?
 しかし、私はバカなんでね。バカはバカらしく、バカしか出来ないことをやってのけるのさ」
「いいだろう」
 彼女の周囲を舞う、力の象徴たる一枚のカードが力を失って地に落ちた。
 新たに、彼女は宣言する。
「ならば、次はどう攻める!」

 ――筒粥「神の粥」――

 神奈子を中心に撃ち出される大型の弾丸が、魔理沙に迫ると突然弾け、無数の小型の弾をばら撒いてくる。
 それが魔理沙のみならず、あちこちで、様々なところで弾けるのだからやってられない。
「小手先の技で来るかい!」
 先ほどまでの豪快な攻撃とは打って変わって、地味な、しかし派手な小手先の攻撃だった。
 弾ける弾丸の隙間を縫って攻撃しようとするのだが、その密度がすさまじい。
「あちっ!」
 すぐそばで弾けた弾丸から生み出される小型の弾が、魔理沙の肩を直撃する。
 大したダメージはないとはいえ、それでも痛いものは痛い。
 服ににじむ血に、彼女は目元に涙を浮かべながら歯を食いしばる。
「ばしばしうるさいんだよ!」
 舞う星屑が渦となり、神奈子に頭上から降り注ぐ。
 その攻撃は、神奈子の放つ弾丸と相殺し、無数の星を咲かせながら、しかし、圧力でもって神奈子の攻撃を押し返す。
「軽い」
 神奈子が左手を頭上にかざした。
 星の嵐はそこでたやすくさえぎられる。
 攻撃が通用しないと見て取った魔理沙は、それをやめ、相手の攻撃の密度が下がる遠距離へと移動していく。
「至近距離じゃダメだ。潰される」
 幸い、彼女の攻撃は、距離で威力は減衰しない。
 相手を正面に捉えることさえ出来ればダメージを与えることだってたやすいはず――なのだが。
「結界使いってのはどうしても苦手だ!」
 撃ち出す閃光を、神奈子は左手の盾で軽々と弾く。
 ならばと連射しても、結果は変わらない。
 ちっ、と舌打ちし、距離をとる。
 目の前で弾ける弾丸に視界を潰され、慌てて進行方向を変更するのだが、その先でも弾丸が魔理沙を待ち受けている。
「360度、逃げ場なしってね! 霊夢とやってるような気分になる!」
 あの友人も、こういう、小ざかしい小手先の技を得意とする。
 魔理沙のような直線的な攻撃力を持たない故に、相手は包囲攻撃を得意とする。
 こちらからの反撃は全て盾で弾き、じわじわと、魔理沙を押しつぶそうと攻撃してくる。
 魔理沙は、こういう相手が非常に苦手だ。
 自分のスタイルとあわない相手は嫌いだ。うざい。どっかいけ、と思っている。
「まぁ、苦手の克服にはいいか!」
 しかし、あの霊夢というやつは、自分にとって一番のライバルだ。
 よくある『じゃれあい』を含めた一騎打ちの戦績は、今のところ、魔理沙が負け越している。
 それはとりもなおさず、彼女の、この手の攻撃を苦手とする故だからだ。
「……どうやって攻める?」
 この攻撃は『手数』を武器としている。
 威力はなくとも、ひたすら攻撃を繰り返し、相手をじわじわ追い詰めていく攻撃だ。
 だから、魔理沙も手数で対抗する。
 生み出す星屑を流れとし、流星の嵐でもって対抗する。
 両者の弾丸は空中で激突し、花散らす。
 包囲攻撃の一角を突き崩し、必殺の一撃を放てば、待ってましたと相手はそれを盾で受け止める。
「くそっ」
 このままではどうしようもない。
 魔理沙は舌打ちする。
 どこから攻撃を仕掛けても、魔理沙の攻撃は直線的。
 直線的であるが故に、前方に壁があればぶつかるしかない。
「そんなら――」
 と、相手を真似て星屑の濁流を生み出しても、相手の攻撃とぶつかって消滅するだけで意味がない。
 己の得意である閃光ならば、この攻撃をぶち抜いて本体に打撃を加えられるが、盾の防御を超えられない。
「やっぱ、一番、ダメージを与えられる攻撃じゃないとダメだね!」
 彼女は八卦炉を左手に構える。
 集中する魔力。それは拡大し、増幅し、膨大に増殖を繰り返しながら、己の前方に特徴的な陣を作り出す。
「それ、受け取りな!」
 一番の得意な攻撃。直線攻撃の中で、最も得意な『ぶっとい直線』を作る攻撃。
 彼女のそれは、巨大な奔流となって神奈子に迫り、炸裂する。
「だーめだこりゃ」
 だが、神奈子の盾は、それすら見事に防ぎきった。
「マスタースパークでもダメか。
 本当に、霊夢を相手にしているようだ」
 あいつにも、まともに正面から撃ってもダメージを与えられなかったな、と呻く。
 それほどまで自分の攻撃が『弱い』わけではない。
 相手が強すぎるのだ。
 実力の違いを見せ付けられているようで、魔理沙としてはもちろん、面白くない。
「それ!」
 右手から閃光を放つ。
 彼女はそれを制御し、『曲がる光』として神奈子の側面を狙った。
 同時に左手からも閃光を放ち、神奈子の正面を狙う。
 二つの方向からの攻撃――これなら防げるか? 彼女の狙いは、果たして、裏切られる。
 神奈子はその場から動かないまま、両手に結界の盾を生み出して、閃光の攻撃を弾いた。
 反撃に、これまで以上の弾丸をばら撒き、魔理沙を逃げ惑わせる。
「こっちの体力が尽きるのを待ってるのかい!?」
「この程度の攻撃すら抜けられぬようで、どうやって、神と戦う?
 先ほど見せた機転のよさは、さて、我の見間違いであったか?」
「バカにするない!」
「自分で自分をバカと言っているのはお前だろう?」
「自分で言うのはいいけれど、他人に言われるのは腹が立つんだよ!」
 閃光を連続で解き放ち、わずかにタイミングをずらす形で、神奈子の周囲に舞う星屑を相手にぶつけていく。
 彼女はそれを、片っ端から、放つ弾丸と結界で受け止めていく。
 爆音が響き渡り、閃光と煙が周囲を覆う。
 それを破り、放たれる反撃に、魔理沙は顔を引きつらせる。
「あっぶね!」
 一斉に弾けて吐き出される弾丸に、彼女は戦慄した。
 その数は、百か、それとも千か。
 どれだけ威力が小さくとも、これほどの圧力でもって攻撃されたらどうしようもない。終わりだ。
 爆裂した瞬間――最も威力の高い瞬間に放たれる弾丸をよけるために後方に下がり、マスタースパークを放つ。
 それは、自分に迫る弾丸を飲み込み、威力も勢いも残したまま、神奈子に突き刺さる。
「弱いぞ」
 轟音の向こうから、はっきりと聞こえる神奈子の声。
 彼女のかざす結界を、それは破ることが出来ていない。余裕の表情で、神奈子はその場に居座っている。
 ――全く、面白くない。
 魔理沙は舌打ちする。
「そんなら、こっちの勝利条件は、お前をそこから動かすことだ! それに専念させてもらうぜ!」
 相手の宣言を逆手にとって、勝手に勝利条件を宣言すると、彼女は箒を握る両手の魔力を拡大させて解き放つ。
 一条の流星となって、彼女は神奈子にぶつかった。
 相手のかざす結界の盾がばちばちと火花を散らす。
「こういう接近戦もありだろ!」
「バカの一つ覚えか」
 神奈子は結界を動かして、魔理沙の勢いを横に逃がす。
 魔理沙はその勢いを生かしたまま、急速反転し、さらに神奈子へと食いすがる。
 激突の騒音と、魔力の弾ける炸裂音。
 両方が何度も何度も、湖の上空に響き渡る。
「くそっ!」
 それを繰り返して、魔理沙は悟った。こいつじゃ無理だ。
 あの結界を破るには、もっともっと威力がいる。もっともっと勢いがいる。
 相手に接近することは出来た。この攻撃なら、相手の弾丸を蹴散らしながら接近できる。
 ――だが、その後はどうする?
 ただぶつかり合いを繰り返すだけなら、いずれ、こちらの体力が尽きる。神と人間では、身体能力のスペックが違いすぎる。
 勢いが必要だ。もっともっと、とんでもない勢いが。
「そんならさ!」
 魔理沙の頭に、ぴんと電球が点った。
 彼女は箒の上に飛び乗ると、落ちないように両足を魔力の枷で箒に固定し、叫ぶ。
「こいつはどうだ!」
 構えた八卦炉を己の後ろに回し、後方めがけてマスタースパークを放つ。
 その威力は強烈な勢いとなり、魔理沙を前方へと加速させる。
 轟音を上げて、両者はぶつかり、魔理沙の前方ですさまじい閃光が輝きを放つ。
「甘い。
 確かに、それほどの威力なら、多くの力を上回ることが出来るだろう。
 だが、この神を超えることは出来ぬ」
「そう思うだろう?」
 神奈子は魔理沙の周囲を包囲して、弾丸を炸裂させた。
 その攻撃が、魔理沙の纏う魔力の帯を激しく叩く。
 何度も何度もそれを繰り返されれば、今、相手の攻撃を散らしている、この『防壁』は破られるだろう。
 故に、その前に、神奈子を叩かなければいけない。
 しかし、この攻撃は通用しない。
 ならば――、
「こいつはどうだい!」
 魔理沙は箒の上から飛び降りると、神奈子の背中側へ向かって飛んだ。
 そして、至近距離から、相手めがけて閃光を放つ。
 極大のそれが、神奈子の背後を照らし出す。すかさず、神奈子は左手を己の後ろへ回し、その攻撃を受け止めた。
 魔理沙の力の影響を失い、箒がその場から落下していく。
 神奈子はすぐさま振り返り、魔理沙を視界に捉えると、右手を振り上げる。
 再び、魔理沙の周囲に集まる弾丸の嵐。
 今の魔理沙は『防壁』を持っていない。これほどの攻撃で押しつぶせば、魔理沙にはなす術がないだろう。
 絶体絶命のピンチ――しかし、魔理沙は笑っている。
「引っかかったな、ばーか」
 彼女はいたずらっ子の笑みを浮かべると、左手を大きく振り上げた。
 その瞬間、神奈子は背中にすさまじい衝撃を感じ、大きく上体を揺らがせる。
「これは……!」
 魔理沙の力の影響を失い、落下していた箒が生き返り、彼女の背中へと突き刺さっていた。
 光の帯を後に残し、神奈子を背中側から思い切り抉った箒が、天空へと昇っていく。
 魔理沙は水面へと落下しながら箒を呼び戻し、水面激突ぎりぎりのところで、それを左手で掴んだ。
「不意打ちってのは卑怯だけど、チャンスを掴んだら遠慮なくやるものだ! そうだろう!」
 笑いながらの彼女の宣言に、神奈子の口許に笑みが浮かぶ。
「ふふ……確かに。
 力なきものが力あるものと戦う時、最も効果のあるものがそれだ」
 ぐんと、揺らいでいた上体を起こす。
 彼女の体は、存在は、未だに偉大。常人でなくとも、一撃で戦闘不能になる魔理沙の攻撃を受けても、彼女の口許から余裕は消えない。
「この手の攻撃をお前が得意とするのなら、少し真似をさせてもらおうか」
 神奈子は余裕を崩さず、新たな宣言を放つ。

 ――贄符「御射山御狩神事」――

 空中に、雲のように白色の弾丸が立ち上がる。
 それは一斉に、雨のごとく周囲へと放たれて魔理沙の行動を封じてくる。
 自分の下に降ってくるそれをよけながら、魔理沙はちらりと相手を見る。
 神奈子の左手が天に向かって立ち上がり、そこに赤い光が点った。
 次の瞬間、細い線にしか見えない『赤』が放たれる。
「わっと!?」
 それは、赤い線の形をした、光の何か。
 魔理沙がよけることに成功したため、何事もなく、それは空を駆け抜けていったが、当たればどうなるのかは容易に想像がつく。
「お前の得意とする直線の攻撃だ。
 これに立ち向かうか、逃げ、好機を伺うか。それを見せてみろ!」
「いいね! 神様の試練、って感じで盛り上がってくるぜ!」
 相手のほうから放たれる赤の線は、一瞬、目にそれが映った次の瞬間、魔理沙の横を駆け抜けていく。
 見えた瞬間に動かなければ射抜かれる。
 だが、その行動を阻害するのが、この雲の雨だ。
「邪魔だ!」
 進行方向に降ってくるそれを迎撃しながら、赤の線から逃げ回る。
 時折振り返り、魔力弾で牽制を放つのだが、その攻撃は赤に貫かれ、何をすることもなく爆散する。
 厄介なのは、その弾丸を貫く光は、全く威力と速度を減じることなく、魔理沙に迫ってくるということだ。
「急ブレーキ! そして、旋回、っと!」
「素早い。だが、それだけか? 逃げ回る虫けらのごとく、ただうろちょろするだけか!」
「言ってくれるじゃないか! 神様ってのは、ほんと、態度がでかい!
 初めて会った相手のことを『虫けら』呼ばわりしてくるんじゃねえぞ!」
 緑色の魔力弾を二発、相手に向かって放つ。
 それは互いに絡まりあうように渦を巻きながら、神奈子へと接近する。
 神奈子がすかさず、それを迎撃すべく、赤を放つ。
 瞬間、それは互いに反発するように軌道を変え、相手の左右から接近し、弾ける。
「ふむ」
 直接、ぶつけるのではなく、至近距離での炸裂による爆風と熱での攻撃。
 神奈子はわずかに左手で攻撃をガードしていた。
 自分の周囲を覆う結界だけでは、これは受けきれないと判断したのだ。
「人の身にして、やはり、なかなかやる。
 外の世界に、こういうものはいなかった」
 彼女の口に笑みが浮かぶ。
 それは、不敵な笑みでも、勇ましいものでもなく、ただ、優しく、そして何かを懐かしむような笑みだ。
「この世界で、こうした戦を味わえるとはな。
 来てよかった――と思うべきか、それとも……」
 神奈子の顔が瞬時に険しくなる。
 前方から飛んでくる閃光を左手で弾き、相手を見据える。
「逃げ回るだけでは勝てぬぞ!」
「逃げてるわけじゃない! 作戦を練ってるんだ!」
 魔理沙が減らず口を返して、一旦、神奈子から距離をとる。
「これまでと違って、距離をとっても楽になるってわけじゃないんだよな」
 降ってくる雲の雨は、その厚みを増すことはあっても減ることなどない。
 前方から飛んでくる赤は的確に魔理沙を狙っており、ちょっとでも動きを止めれば直撃は免れない。
 どうやって戦うかな、と魔理沙はつぶやく。
 直線と直線のぶつかり合いなら、勢いのある方が勝つ。勝てる自信はある。
 しかし、それが神奈子に通用するか否かは別問題だ。
「まぁ、やるっきゃないんだがね」
 考えはそこで断ち切る。
 出来る出来ないではなく、今、自分に出来ることをやらねばならない。やらなければ勝てないのだ。
 魔理沙は負けず嫌いだ。
 戦って負けるのは大嫌いだが、戦わずして負けるのはもっと嫌いだった。
「無敵はあっても完璧はありえないはずだ」
 そうつぶやいて、反撃に出る。
 相手の赤を回避しながら、まずは距離をつめる。
 降り注ぐ雲は切れない。途切れない。
 しかし、どこにいても、これの分厚さは変わらない。厚くなればどこであっても厚くなる。
「逆にやりやすいってもんさ!」
 降り注ぐそれを、箒から撒き散らす魔力の余波を星の波に変えて迎撃しつつ、接近していく。
 そして、神奈子にぎりぎりまで接近してから、まず一撃。
 右手に持った魔力の塊を、直接、相手にぶつけて急速離脱。
 逃げる魔理沙を追いかけて、神奈子の攻撃が放たれるが、
「スピードはこっちが上だ」
 神奈子はこちらの動きを予測し、先読みで撃ち落とそうとしてくるが、それを読めない魔理沙ではない。
 相手の予想を上回る、変則的な変異行動を交えながら辺りを飛び回り、攻撃を回避していく。
「それっ!」
 両手に持った魔力の弾丸を相手に放つ。
 一発目は赤の光に撃ち落とされる。だが、二発目は、神奈子の眼前で炸裂し、炎を巻き上げる。
「こいつは効かない。んなのはわかってる」
 神奈子の防御は二枚ある。
 一枚目が、両手に持つ分厚い結界の盾。
 こいつはマスタースパークでも破れない。盾を構えていないところに攻撃するしかない。
 もう一枚が、あれの全身を包んでいる界の壁。
 これにはどれほどの攻撃が通用するのか、今のところ、よくわからない。
 マスタースパークを直撃させれば、少なくともダメージにはなっている。
 なっているのだが、それが『効いている』のかと言われたら、やはりわからない。
「そうなると、何発か食らわしてみて、試してみるしかないってことか!」
 試行錯誤。
 魔理沙にとって、それは大嫌いなものであるが、同時に、心がけていることだ。
 切り返し、神奈子へと接近していく。
 また同じ攻撃をしてくるのかと、神奈子の反撃が始まる。
 分厚い雲による移動の阻害、そして、それをよけようと動いたところを狙い撃つ攻撃。
「甘いね!」
 前方から来るそれを、右手から放つ閃光で同時に撃ち抜く。
 雲の弾と赤の光、両方が魔理沙の放つ閃光によって迎撃され、爆発する。
 その跡を突き抜け、神奈子へと急速接近し、左手を構える。
「お前の攻撃は単純だ」
「そうかもしれないな。
 だが、シンプル・イズ・ベストだ。
 頭をひねってあれこれ考え出すより、全力で、そいつを正面からぶっ壊すのが大好きだ」
「ふん。愚かな答えだ。
 力は、より大きな力に、簡単に潰されるぞ」
「それなら、今度はそれを上回ればいい。
 単純に強い力ってのは、何よりも強いもんさ!」
 至近距離からのマスタースパーク。
 それを、神奈子は手にした盾で受け止める。
 彼女の手は全く揺るがず、結界の盾も軋むことすらない。
 ちっ、と魔理沙は舌打ちし、すぐに攻撃を中止する。
 箒の上から飛び出し、神奈子の背後へと回ろうとする。
「先ほどと同じ手段は通じないぞ」
 神奈子は振り返るよりも早く、手にした結界の盾を移動させてくる。
 魔理沙は笑った。
「それが甘いってんだ」
 魔理沙の力で自在に動く箒が、彼女の落下をストップさせる。
 彼女のスカートを引っ掛ける形で箒が空へと舞い上がり、魔理沙を連れて上昇していく。
 神奈子が向けた掌の先に、魔理沙はいない。
「そーれ!」
 二発目のマスタースパークは、神奈子の上空から放たれる。
 神奈子の防御はそれに追いつかず、マスタースパークが直撃する――、
「今、言っただろう?
 同じ手は通用せぬ、とな」
 瞬間、神奈子の右手から放たれる赤の線が、マスタースパークを正面から迎え撃った。
 巨大な光の奔流は、前方から迫る、鋭くとがった光の線によって左右に切り裂かれていく。
「やっべ!」
 慌てて、魔理沙は攻撃を解除して逃げに入った。
 ぎりぎりのところで、巨大な赤の『壁』が魔理沙の真横を駆け抜ける。
 一瞬でも離脱が遅れれば、直撃して真っ二つにされていただろう。
「くそっ!」
 相手が自分の予想を上回ったことによる動揺と、単純な無理のせいで自由が利かない魔理沙に、降り注ぐ雲の嵐がダメージを与えていく。
「痛いじゃないか!」
 悪態をつきながら、逃げを打ち、何とかかんとか距離をとる。
 腕、肩、足、背中にダメージ。
 服は焼け焦げ、その下の素肌が真っ赤に染まっている。直撃を受けた部分は皮膚が黒くなり、赤い血がじゅくじゅくと浮かんでくる。
 はっきり言って、すさまじく痛い。
 ポケットから簡易な包帯を取り出し、肌の部分だけでも覆うと、彼女は唇をかみ締める。
「こういうことされると、余計に燃える!」
 これで、正面切ってのぶつかり合いも、こちらに不利だということが判明した。
 残るは、先ほどから相手に向かって宣言している通り、純粋なパワーでぶち抜く力押しのみ。
 魔理沙は技を得意としない。力と力の組み合わせで、幾通りもの力技を生み出しているだけだ。
「下手な攻撃が通用しないんならさ――」
 彼女は右手に八卦炉を構えた。
 八卦炉を中心に、渦巻く魔力が己の右腕を包んでいく。
「考えるのやめて、いつもの私で行くのがいいってもんだろ!」
 彼女は箒の上に立ち上がると、一気に、前方に向かって加速する。
 神奈子から迫る攻撃を回避し、あるいは弾き、神奈子へと接近する。
「次は何をする?」
 悠然と佇む神奈子は、こちらに向かって結界の盾を構えた。
 魔理沙は答える。
「全力でぶつかる!」
 次の瞬間、彼女は右腕を思いっきり振りかぶり、神奈子の構える結界の盾へと突き立てた。
「……ほう」
 神奈子の表情が、わずかに変わる。
 ばちばちと弾ける火花。魔力が界を破ろうとする、激しい光の炸裂が、周囲を覆い尽くす。
「へへっ! こういうの、考える奴はいないだろう!」
 結界は相手の侵入を拒み、弾こうとする。
 その力は全て侵入者へと向き、相手を焼き尽くそうとする。
 光の余波を、全身に、存分に受けながら、なお、魔理沙は向かってくる。
「腕が千切れるぞ」
「そうなる前に逃げるから気にするなって!」
 彼女は歯を食いしばると、八卦炉に力をこめる。
 光がその中心へと集まっていき、わずかに、前方に向かって飛び出した。
 言うなれば、魔力で作ったドリルのようなものだ。
 その力が輝きを増し、神奈子の結界に『がきん!』という音を立てて食い込んだ。
「何っ……!?」
 さすがの神奈子も、それには驚愕する。
 神の創る『世界』は完璧だ。それに理由などいらない。神だから、という理由で充分だ。
 その世界へと、魔理沙は入ってきた。
 神の拒絶を弾き、土足で堂々と、神の世界へとやってきたのだ。
「こいつ……!」
「よーし、貫いたぞ!」
 ぎりぎりと、両者の押し合いは続く。
 神奈子は左手に右手を添え、足下を踏ん張って、魔理沙を押し返そうとする。
 一方の魔理沙は、箒に全力でブースターを吹かし、無理やり、突っ切ろうとする。
 彼女の右手は徐々に神奈子の構える結界へと食い込み始め、弾ける光が、熱が、力が、魔理沙を焼き尽くそうとする。
「く~っ……!」
 腕を魔力でコーティングし、簡易的な『盾』としても、それはやはり、結界使いのそれにはかなわない。
 元よりある力の差異も後押しし、彼女の腕が焼けただれ、焦げていく。
 それは想像を絶する激痛だろう。
 だが、魔理沙は、決して下がろうとしない。
 痛みを感じながらも、なおも、前へと突き進もうとする。
「面白い……!」
 神奈子がついに、歯を食いしばった。
 全力で魔理沙を押し返そうと、その手に力をこめた瞬間、それより早く、魔理沙が結界を突き破る。
「抜けたぜ! 食らえっ!」
 魔理沙の構えた八卦炉が光を放つのと、突き出された結界が魔理沙を弾き飛ばすのとは同時だった。
 マスタースパークの直撃を受けた神奈子。結界に弾かれた魔理沙。
 両者は互いに距離をとる。
 正確には、魔理沙が一方的に弾かれ、距離をとらざるを得ない状況となる。
「こいつならどうだい……!」
 彼女の右腕は、もはや使い物にならないレベルで重傷を負っていた。
 無傷の八卦炉とは対照的に、そのきれいな腕は焼け焦げ、指の先端は完全に肉が吹き飛び、骨が露出している。
「ま、永琳に頼めば何とかしてくれんだろ……」
 何かを握ろうと、動かすだけでも激痛が走る。
 これならいっそ、腕を切り落とした方が楽かもしれない――痛みにこらえる魔理沙は、視界が涙ににじむのを覚えながら、前を見る。
「……冗談だろ」
 そこに見えた景色に、一瞬、彼女は絶望した。
 あの至近距離でマスタースパークの直撃を受けたはずなのに、神奈子はそこに佇んでいた。
 受けたダメージといえば、わずかに、左手の服が破け、全身が煤けた程度。
 あの神を覆う界の分厚さに、魔理沙は脱力しそうになる。
「なかなかやるな」
 返ってきた言葉は、それ。
「大したものだ。
 神の創る世界を粉砕し、我を此の世に顕現させるとは。
 お前のような愚か者、そして、神に楯突く馬鹿者を、我はこれまで見たことはなかった」
 どすん、と。
 世界が大きく揺れた。
「ならばこそ、我もまた、その不逞の反逆者を討ち滅ぼそう!
 この八坂の神の奇跡の元に!」

 ――天流「お天水の奇跡」――

 遍く世界を潤すかのように。
 あらゆるものを押し流すかのように。

「……やれやれだぜ」

 頭上から、豪雨となって降り注ぐ、八坂の神の『奇跡』。
 それは大地を、湖を、空をぶち抜き、荒れ狂う。
 一撃でも受ければ、撃墜ならばいいところ。普通に考えれば真っ二つになって終わりの攻撃だ。
「そういうことしてくれるんならさ――」
 魔理沙は痛みをこらえながら、左手に八卦炉を持ち替える。
「やり返せってことだろ!」
 彼女の視線が前を向いた。
 神奈子の視線とそれが、一瞬、絡み合う。
 神奈子は大きく、そして鷹揚にうなずき、

「我が奇跡をもたらすは信仰の力! 民よ! 世界よ! 我を崇め奉れ!
 されば、この神、汝らの願いに応えよう!」

 ――「マウンテン・オブ・フェイス」――

 種類の違う、二つの技の同時攻撃。
 荒れ狂う豪雨の中に浮かぶ、いくつもの光の『珠』。
 それらが互いに揺らぎ、交差し、嵐となって周囲をなぎ払う。

「神様ってのは自分勝手だ! 自分の都合で、何でもかんでもやらかそうとする!
 だから、私は神なんて信じることはないね!
 私は私を信じるのさ! 私の中じゃ、私が一番の神様だ!
 ずうずうしい奴! 思い知れ!」

 魔理沙が走った。
 箒を操り、空を飛び、神奈子へと攻撃を加えていく。
 彼女の操る魔力が星となり、空から降り注ぐ豪雨を迎撃する。
 渦となってそれは彼女の周囲を舞い、さながら星の竜巻となって、雨を迎え撃つ。
 上空で轟音が響き渡り、空がきしむ。
 同時に、迫り来る珠の形を魔力弾で打ち払いながら、前へ、前へと進む。
「さあ、でかい態度の神様よ! この無礼者に、神様の利点って奴を教えてくれよ!」
 放つ閃光。
 それは神奈子を飲み込むほどの輝きと大きさを誇る一撃。
 神に立ち向かうそれを、神奈子は右手の一振りで捻じ曲げる。
「何だと……!?」
「愚かしい民よ。そして、哀れな人よ。
 我を信仰せよ。我を崇めよ。さすれば、我が汝を神の御許へと導こう!」
「冗談! まだ死にたくないんでね!」
 珠は魔理沙を押しつぶそうとする。
 渦巻く星の竜巻を囲み、それを外側からねじ伏せようとする。
 星がねじれ、形を変え、潰されていく。
 そして上空から降り注ぐ豪雨が、崩された星を片っ端から貫いていく。
「ちっ!」
 一度、彼女は星を崩し、周囲へと向かって拡散させた。
 360度、隙間なく放たれた星屑が、次から次へと神奈子の攻撃を迎撃する。
 くるりと反転し、距離をとる瞬間、背中側に向かって彼女は閃光を放つ。
 その勢いを利用して相手から距離を取り、再び、全身に星を纏う。
「どこまで行っても逃れることは出来ぬぞ」
 神奈子の宣言は正しい。
 雨はいまや、この周囲一帯を覆いつくし、珠は後から後から湧いて出る。
 ――神様の力ってやつはとんでもないな。
 魔理沙は笑い、こういう奴にはケンカは売ってはいけないと、己を戒める。
 しかし、その反省も一瞬のこと。
 次の瞬間には、『このむかつく奴の横っ面に一発入れないと気がすまない』と、神奈子へと向かっていく。
「それっ! それっ! もういっちょ!」
 閃光を連続して放ち、神奈子を揺るがそうとする。
 その攻撃は、神奈子の周囲を覆う結界を揺らすだけで、神奈子には届かない。
 近づけば近づくほど、相手の攻撃は激しくなる。
 これならば、先ほどの攻撃の方がマシだった、と魔理沙は思う。
 もはや近づけないところまで接近して、離脱。
「ちっ」
 近づけない。
 下手に近づけば、確実にやられる。
 ――なら、どうする?
 遠距離からひたすらマスタースパークを放っても、神奈子にダメージを与えることは出来ない。
 というか、それが自分の最大火力なのだから、それが通用しないのならもはやお手上げである。
 ならば、泣いて許しを請うか?
「冗談じゃない!」
 魔理沙はそれを否定する。
 勝てないで負けるならまだわかる。
 ごめんなさい許してください、なんて恥ずかしいことが言えるもんか!
「どこまで逃げる!」
「さあね! 反撃の方法を考えるまでかな!」
 神奈子の一喝を悠々と笑い飛ばし、反撃を放つ。
 それは神奈子の眼前で炸裂し、衝撃波と共に閃光をばら撒いた。
 ただの目潰しに過ぎない攻撃だが、それでも『反撃ののろし』にはちょうどいい。
「あいつを動かせば私の勝ち。
 あいつを思いっきり、ぶん殴れば、私の勝ちだ」
 彼女はぺろりと唇を舌でなめる。
「――やってやるさ」
 再度、星屑を周囲に放って、相手の攻撃を撃墜してから、再度、星を纏う。
 この結界もどきが、魔理沙の生命線。途切れた瞬間、彼女の負けは確定する。
「神奈子だってそいつはわかってる」
 逃げ回る魔理沙を捉えるのは、彼女にとっても至難の業。
 ならば逃がさず、握りつぶせばいい。
 圧倒的な力をもって、彼女をひねり潰すのが、神奈子の攻撃。
 ひねり潰されるのを一分でも一秒でもいいから遅らせ、とっておきの一撃を見舞ってやれば、魔理沙の勝ちだ。
「チャンスなんてものはいくつもいらない」
 八卦炉に溜め込んだ魔力を解き放ち、神奈子へと攻撃を行う。
 閃光は相手の放つ攻撃全てを飲み込み、破壊し、一瞬ではあるが『道』を作り出す。

「一個だけあれば、それでいい!」

 魔理沙は、痛みが走る右腕を動かし、それを左腕に添えた。
 足で箒を思い切り踏みしめ、その場に体を固定する。
 八卦炉に魔力を集め、再び、攻撃を放つ。
 光は神奈子への道を作り出し、消える。

「そして、神様よ! よーく聞け!
 奇跡ってのは誰かに与えられるもんじゃない! 自分の力で作り出すもんなんだよ!
 押し付けの奇跡なんて結構だ! 私は私で、私のために奇跡を起こしてみせる!
 その節穴の目をよーく見開いて、そいつをきちんと見つめてくれよ!
 私から神様への、たった一つのお願いだっ!」

 振りかぶった八卦炉を自分の後ろに向けて、放つ。
 魔力の奔流の勢いを載せ、彼女は神奈子へと突撃する。
 何度か繰り返したその攻撃に、神奈子はわずかに眉をひそめる。
 箒の先端が神奈子の構える結界と激突し、閃光を放つ。
「何度も何度も。
 だが、そこから、お前は新たな道を作り出してきた。
 これで、それをなすか?」
「ああ、そのつもりさ」
 両者の押し合いは激しさを増す。
 八卦炉の勢いは失われることなく続き、むしろ、その力を強くしていく。
 巨大な滝を真正面から受け止めるような衝撃が、今、神奈子の結界には加えられているはずだ。
 だが、神奈子は全く揺るがない。
 滝が巨大な大地を揺るがすことは出来ない。
「人間には力の限界がある。
 神にもそれがある。
 だが、両者のそれには開きがある」
 神奈子の腕が動き、それにしたがって、降り注ぐ豪雨と、舞い散る珠の密度が増した。
 魔理沙の纏う星々が、徐々に崩されていく。
 魔理沙の顔にも焦りが浮かび、彼女は歯を食いしばる。
 ぎしぎしと、結界が軋み始めた。
 徐々にではあるが、魔理沙の力が前に向かって進んでいく。
「お前は愚か者だが、下らぬものではない。
 何をたくらんでいる?」
 神奈子の問いかけに、魔理沙はにやりと笑った。
 ――そして、それが限界だったのか、ゆっくりと、彼女はその場に崩れていく。
 ふらふらと上半身が揺らぎ、力による支えを失った体が崩れ落ちていく。
 神奈子は結界の勢いを増し、魔理沙を跳ね飛ばした。
 魔理沙は後ろへとのけぞり、そのまま、箒の上から落下していく。
「……終わったか」
 神奈子の攻撃が止まり、世界が平穏を取り戻す。
 魔理沙は水面に向かって、静かに落ちていく。そのまま行けば、水に叩きつけられ、彼女は死ぬだろう。
 神奈子は小さく息をついて――ふと、気づく。

「……なぁ、神様よ。
 お前は最初から、私に勝ったつもりでいたよな?」

 静かな声。
 彼女ははっとなって、前方を見据える。
 そこには、魔理沙の箒。
 彼女の力を受けて、未だ、動いている箒の姿。
「――しまった!?」

「勝ち誇った奴は、どうしても、判断が甘くなる。相手は自分より弱いとたかをくくる。
 だが、そこが狙い目なのさ」

 魔理沙は体をひねった。
 その目はかっと見開かれている。口許には、にんまり、笑みが浮かんでいる。

「そして、人間ってやつぁ、ずるがしこくてね!
 古来より、自分より強いものと戦うときには――!」

「神をたばかったか!?」

「そういうこった! 吹っ飛びやがれっ!」

 魔理沙が左手を突き出し、新たな極大の閃光を放った。
 それは、姿勢を変え、向きをまっすぐに神奈子に向けた箒の後部に命中し、一気にそれを前進させるブースターとなる。
「くっ……!」
 光の流れは一転に集中され、一瞬の均衡の後、神奈子へと向かって突き刺さる。
 箒はさながら一本の巨大な槍へと化け、彼女の結界を突き破り、その腹を貫いた。
「ぎりぎりまでいくぞ!」
 魔理沙は放つ閃光によって水面への落下速度を速めながらも、攻撃をやめることはない。
 宣言通り、限界まで己の力を振り絞って攻撃を続けた。
「こっ……の……!」
 神奈子は箒の柄を握り、足をその場に踏ん張り、その勢いに抵抗する。
 両者の拮抗はわずかに続き、魔理沙が『限界』を悟って攻撃をやめた瞬間に終了した。
 光の流れは消え、箒が魔理沙の元へと戻っていく。
 そして、彼女が水面に叩きつけられる、本当にすれすれのところで彼女を掬い上げた。
「どうだい」
 魔理沙は相手を見据えながら言う。
 神奈子は答えない。
 ゆっくりと、折っていた体を持ち上げると、ふん、と鼻を鳴らした。
「たかが人間と侮ったわ」
 彼女の言葉に、魔理沙はにんまりと笑う。
「一歩、動かせばお前の勝利と言ったな。
 まさか、二歩も動かされるとは思わなかったぞ」
 彼女は下げていた両足を元の位置へと戻し、小さく肩をすくめ、そして、「お前の勝ちだ」と言った。
「どんなもんだい!」
 魔理沙の顔に笑顔が弾け、左手でVサインを作る。
 途端、体中の傷の痛みが戻ってきたのか、悲鳴を上げて体を折った。
「無理をするからだ」
「だってさぁ~……」
 特に、右腕の怪我は深刻である。
 すぐにでも医者に連れて行かなければ、下手をすれば、一生、彼女の右腕は使い物にならなくなるだろう。
 神奈子は魔理沙へと近づき、その体をひょいと抱き上げると、「手当てしてやる」と言った。
 湖の畔に戻り、地面に降りてから、彼女は魔理沙の前で手を一振りした。
「お……」
 それだけで、魔理沙の体につけられた傷のほとんどが治ってしまう。
「腕を貸しなさい」
 言われるがまま、右腕を彼女に差し出す。
 神奈子は魔理沙の右腕を取ると、傷をなでるように、自分の右手を動かす。
 一瞬、ちくっとするような感覚があったが、
「お、これも治ってる」
 見るに耐えない傷を負っていた魔理沙の右腕が、かなりきれいなものになっていた。
 しかし、怪我のひどかったところには、まだ痛みが走る。
 それでも、彼女は手を動かしながら「悪いな」と笑う。
「きちんと、然るべきところに行って処置をしなさい。
 私に出来ることはここまでです」
「はいよ」
「大したものだ」
「そうだろう。
 ま、この私、霧雨魔理沙さまは、そりゃー大した魔法使い様だからな。わっはっは」
 そうして、年齢不相応の胸を張って笑うものだから、神奈子に『図に乗るな』と叱られる。
 ひょいと彼女は肩をすくめると、よいせと立ち上がった。
「お前は傲慢で尊大な奴だが、正直な奴だな」
「神が嘘つきでどうする」
「そりゃそうか」
「やれやれ」
「けど、何だってこんな騒ぎを起こしたんだよ」
 ひょいと、彼女は箒に横座りになる。
 神奈子が眉をひそめるのを見て、「霊夢にケンカを売ったの、お前たちの方だろ」と魔理沙は言った。
「今、霊夢とやりあがってる……えー……緑の頭の……」
「早苗か?」
「そう。それ。
 そいつが霊夢にケンカを売ったって聞いてるぜ。
 何でそんなことしたんだい。
 あれか、商売敵への軽い挨拶ってやつか」
 にやにやと、いたずら娘の笑顔で笑う魔理沙に、神奈子は眉をひそめたままだ。
 その様子を見て、魔理沙も『?』と小首をかしげる。
「お前たちの方から挑んできたのではないのか」
「……まぁ、そりゃな。
 正直、私は面倒ごとは嫌いだ。あいつはどうだか知らないけれど、火のないところには、煙を立てても火付けをするつもりはないさ」
「……ふむ」
「早苗だっけか。
 何か理由があったのかなー、って思ったんだけど。違うのかい」
 神奈子は答えなかった。
 彼女の視線は険しく、魔理沙が最初にやってきた方向を見据えるだけだ。
 さすがに何かがおかしいと思ったのか、魔理沙は空へと舞い上がる。
「見に来るといい」
「そのようだな」
「何か気になることがあるのか」
「これも、早苗に対する試練と思えば、別に何も問題はない。
 だが……」
 その瞬間、彼女の目が鋭く細められる。
 魔理沙は彼女の見据える先に視線をやったが、もちろん、何も見えない。
「……放っておきすぎたか」
「? 何か言ったか?」
「――いや、何でもない」
 ともあれ、と二人は空を舞い、一路、来た道を戻っていく。
 何かおかしい雰囲気だな、と魔理沙は思いつつ、視線は前を見据えたまま。
「ま、大ボスは倒したんだ。
 あとはなるようになれ、だな」
 にんまり笑い、この戦果を霊夢にどう自慢してやろうかと考える。
 そしてその後、何かが起きても、それはその時、なるようになれ、と。
 いい加減なようだが、これが魔理沙の信条でもある。
 なるようになった結果が面白いことであれば小躍りして喜ぶし、面倒なことだったら霊夢に全部押し付ける。そして、もう一つ。その結果がいやなものであれば――、
「それはそん時さ」
 彼女はそうつぶやき、空を行く速度を跳ね上げる。
 置いていくぞ、と神奈子に言いながら。


 ――その先に待ち受ける結果を、彼女は、まだ知らない――



~To be continued?~
・・・あれ? 昨日、投稿したのに反映されてないぞ? おかしいな。
と言うわけで、もう一回。

こちらは魔理沙VS神奈子の話です。
元々、書くつもりはなかったのですが、私の脳内で魔理沙が「霊夢と早苗ばかりスポットライト当たってずるいぞ!」って
ほっぺたぷっぷくぷぅにしてるので書きました。
弾幕はパワーと断言する魔理沙が、自分よりも圧倒的に強い相手を前にしたらどうするかを考えると、
やはり作中でも書いたように、技に頼らず、力を組み合わせて、無理矢理正面からぶち抜く、ということになりました。

魔理沙は結構、戦闘というシーンでは書きやすいキャラです。
なぜかというと、トライ&エラーの典型的なところがあるから。頭を使って、どうやって、相手をぶち抜くか、という
単純明快猪突猛進なやり方がやりやすいからですね。
個人的なイメージに基づく魔理沙がそんな感じなので、とにかく真正面からぶつかって、無駄と思われることも繰り返して、
どうにかして道を見つけて突き進む、そんなことがやりやすいわけです。
とはいえ、そんな無茶な戦い方が出来るのは魔理沙だけだと思うわけで、これまた貴重な「パワーバカ」要員なのです。

ついでに言うなら、魔理沙は感情で怒る、少年漫画の主人公的な立場にしやすい、というのがあるでしょうか。
一方の霊夢は理論で怒ります。筋の通らないことに対して怒るのがあちらだとすれば、こちらはとにかく、自分が
許せないものに対して怒るわけで。
こういうキャラは動かしやすいのですね。ギャグ担当としても、シリアス担当としても。

個人的に、魔理沙は子供っぽいキャラだと考えているので、普段はそれを意識しています。
子供っぽいが故に、「どうしても勝ちたい、負けたくない」という前向きなキャラにしやすいわけです。
それを受ける神奈子は大人な上に、魔理沙と対極にある「智慧と力」の戦い方が出来る。それをどうやって
突破するか、というのはなかなか悩みましたが、作中のように、結局力押しになりました。
だけど魔理沙らしいよね!

と言うわけで、ジェネリックも100作品を達成しました。
プチだった頃からのんびり続けていて、ふと気がついたらジェネリックになっていて「( ゚д゚ )!?」ってなったこともありますが
本質部分は変わらないので、個人的に掌作品のものを投稿し続けて参りました。
最近はその立場を華扇ちゃんが奪っていますが、これからも奪い続けるでしょう。
他のネタも考えつけば、どんどん投稿していきます。ネタが尽きるまで続けないと。

さて、長々とお付き合い戴き、ありがとうございました。
こちらの本編と成るのは、作品集204に投稿してあります。
そちらも既読の方々、ありがとうございました&お疲れ様でした。
まだまだ続くでー(`・ω・´)ノシ
haruka
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
こちらも面白かったです
2.ペンギン削除
どちらも夢中になって一気に読みました、魔理沙が主人公しててかっこよかったです。
100作品目おめでとうございます!!どちらの作品も大好きです。
3.絶望を司る程度の能力削除
面白かったです。こちらも100作品おめでとうございます。
4.絶望を司る程度の能力削除
面白かったです。こちらも100作品おめでとうございます。