言うまでもなく博麗霊夢はムキムキだった。
近頃はすっかり筋肉も安定してきて、実に素晴らしい肉体へと変化していた。
上腕二等筋のごつごつとした岩のような筋肉の中に、ぴくっ、ぴくっと動く可愛らしい青白い血管が浮き出ていた。
霊夢はその血管を見詰めながら、お茶を啜り、えへへ、と微笑むのだ。
顔は勿論少女なので、可愛らしいのだが、身体はマッチョだ。
まるで玩具のように見える湯呑を、大きな手で包み込み、口元へ持っていく。その様子はとても美味しそうにお茶を啜る、少女でしかなかった。
身体を除いて。
けれど、霊夢は変わらない。
最近では、妖精の弾を弾けるようになったと言う鋼の腹筋を持ったところで、霊夢は霊夢なのだ。
人里まで、僅かな時間で駆ける足を持っていようと、博麗霊夢は博麗霊夢なのだ。
――アリス・マーガトロイトはそれを認めるまで、しばらく掛かった。
けれど、それは仕方のないことなのだ。
彼女が神社に寄ったとき、霊夢は既にマッチョだった。
魔理沙もマッチョだった。
二人が抱き合って、お互いの腹筋をなぞり合っているところを目撃して、ショックを受けたのだから。
だけれど、アリスは受け入れた。
彼女がムキムキであったとしても、変わらないのだ。
「れいむー」
例え、目の前に開いた隙間から、隙間妖怪が現れたとしても。
そして、その妖怪がマッチョだったとしても。
ずしりと重い音を立てて、紫は隙間から顔を出した。
顔は少女。しかし見るといい。その隙間の隙間から見える肩を。広い肩幅に乗った雄々しい筋肉の塊を!
する、と扇子を抜き出して、太い腕でそれを開き口元に当てる。
実に優雅だった。
実に優雅な様で、八雲紫はいつものように優雅に笑って見せた。
アリスはじっと見ていた。
ずず、とお茶を啜る音。
「あら、紫じゃない、どうしたの?」
「ん? ほら、わ、私も霊夢と一緒に、トレーニングがしたいな、って」
はにかみながら、紫は告げる。
もじもじと手を動かしながら、そう言って、頬を染めた。
上気した様子で、霊夢の筋肉を見詰める。
霊夢は、ふう、と息を吐いた。
「それぐらい、いいわよ。どうして遠慮するのよ?」
「だって、ほら、いつも魔理沙とばっかりやってるじゃない」
「ああ、そうだけど……ってなによ、遠慮なんかしなくていいじゃない」
アリスはお茶を啜りながら、二人の様子を見詰めていた。
よっこいしょ、と紫が隙間から身体を出す。
見よ、その力強き肉体を。
彫刻のように刻まれた筋肉を。
山を揺るがす、巨大な足音。大木を打ち倒してしまうような巌のような腕。ぱっつんぱっつんの服から見える腹筋が美しさを増長させる。
アリスはじっと見詰めている。
「お、来たわね」
霊夢が空を見上げると、青空を切り裂くような流星が見えた。
それは箒だった。
その上に乗っているのは――魔理沙だろう。
ただ、乗っている、と言うより、立っている。
まるで滑るように箒に立ち乗りをしていたのだ。驚異的なバランス感覚。しかし彼女は、それを一つも崩すことなく行っているのだ。あげく、彼女は箒の上で手を振った。
霊夢が振り返すと、魔理沙はにやりと笑って、箒から飛び降りた。
ずしん、と言う音と共に、土ぼこりが舞い上がる。
ぶわ、と風が舞い、魔理沙の姿が明らかとなる。
二人よりも身長の分、少し劣るが、それでもその肉体は超人的な輝きに満ち溢れている。
胸板が服を極限にまで圧迫し、身体全体に力を伝えているように思える。巨大な足はがっしりと下半身を固め、どんな魔法の反動にさえ耐えられるのだろう。
膨れ上がった腹筋をぴくりと動かし、霧雨魔理沙はいつもの顔に、にやりとした笑みを乗せて笑った。
アリスはお茶を飲み込んだ。
もうお茶がない。
口の中がからからに乾いているのがわかる。
「よう、霊夢。遅れたかい?」
「いいえ、これから始めるところよ」
「そりゃ、良かった――っと、何だ、今日は紫も一緒か?」
「悪い?」
「いんや、やっぱやる人数が多いといろいろ出来ないことも出来そうだしな」
くくく、と咽喉を震わせながら、魔理沙は神社の真ん中で紫の上腕二等筋と己の上腕二等筋をくっつけ合わせて笑っている。
いつもの可愛らしいあどけなさの残る顔に、盛り上がって筋肉は、あまりにアンバランスだ。しかし、しかしアリスはそれを美しいと思った。
だから、だからそうしたのだろう。
いつの間にか、アリスは立ち上がり、魔理沙の元へ向かったのだ。
「ま、魔理沙……」
「おお、アリスじゃないか。こんなところで何してるんだ?」
「遊びに来ただけよ。そ、それよりも、魔理沙……」
「ん? どうしたよ?」
「あ、あのね……」
アリスは身体を指と指をつき合わせて、顔を真っ赤にしながら、言うのだ。
「ふ、腹筋、触らせて……」
魔理沙は目をぱちくりと瞬かせたあとに、にやにやと笑った。
「な、なによぅ?」
「いや……お前も、やっぱ興味あるんだな、ってさ」
「えっ?」
「なぁ霊夢、良いだろう? アリスにも教えてやってくれよ、博麗に伝わる、効果的なトレーニング方法って奴をさ」
霊夢は緩やかな笑みを見せて「ええ、良いわよ」と即答をした。
そうと決まれば話は早い。
それから三人はアリスを連れてトレーニングをすることになった。
普段あまり運動をしないアリスにとって、それは苦痛にも近かった。いくら軽くといっても、運動不足の身体には響くのだ。けれど――けれどどうしてだろうか、それに嫌と感じていない自分があったのだ。
アリスは喜ぶように、全身の筋肉を鍛え上げる。
いつの間にか、楽しくなっていったのだ。
それは青春の汗だった。
飛び散る汗の匂いが、全てを昇華させるのだ。
博麗に伝わる効果的なトレーニング法は、あっという間に彼女に圧倒的な肉体を与えたのだ。
三人にはまだ及ばないものの、その肉体には、はっきりと筋肉が見て取れた。
腕にぐぐぐっと力を入れれば、迸る力瘤を作り上げる。
皆、一緒に喜んでくれた。
アリスは感動の涙を流して、抱き合った。
四人で抱き合って、涙を流して喜び合った。
そしてえろいことしたよ。
[おわり]
続編にも期待
絶対だぞ!絶対だからな!w