「よう、邪魔してるぜ。こーりん」
ふと目が覚めると、自分の家の居間の机を挟んで、正面に魔理沙が座っていた。
どうやら僕は本を読みながら寝てしまっていたらしく、体を預けていた机と体の間には、ぺったんこになった本があった。
魔理沙は魔理沙で、勝手に僕の本棚から本を引っ張り出して読んでいる。
どうやら日はとっくの前に沈んでしまったらしく、暗い部屋に月の明かりだけが入ってきていた。
「いらっしゃい魔理沙。ところで、いったい何時からそうしてるんだい?」
妙な体勢で寝てしまったせいなのか、痛くなった背中を伸ばしながら尋ねる。背中からはポキポキと小気味よい音が響いた。
「ついさっき来たばっかだぜ。窓から入ってきたらどっかの誰かさんは間抜けな顔で寝てたからな。おかげで一人暇してたぜ」
勝手に来たくせに怒るな。窓から入ってくるな。間抜けな顔などしてない。
突っ込みどころはたくさんあったが、あえてスルーする。
「それは悪かったね。でも、勝手にものを持って帰っていないというのは驚きだな」
「なんだよそれ。まるで人を泥棒呼ばわりだな」
「おや、違ったのかい?」
ふざけ半分でそう返してみると、魔理沙もニヤッと笑って、
「おいおい、起きたばっかりでもこーりんはこーりんだな。そんなんだから物が売れないんだぜ」
と返してくる。うん、どうやらもう夢の中ではないらしい。
「売れないんじゃない。売る相手がいないんだ」
「もっとひどいんじゃないか、それ」
「どうだろうね」
「質問に質問でかえすな」
やりこまれてしまった。
「しかし、僕が起きるまで待ってるなんて珍しいな。いったい何の用だい」
そう聞くと魔理沙はへへっと笑い、
「最近あっちこっちの宴会ばっかで疲れたからな。たまには静かに酒が飲みたいと思って。来た」
そう言うと机の上にどんっ!と酒が置かれた。一升瓶の日本酒である。
「宴会で疲れたのにまた酒かい?本当に君も好きだな」
「分かってないなあこーりんは。騒ぎながら飲むのと静かに飲むのは全然違うんだぜ」
そういって懐から一合升と杯を取り出して目の前に置く。
「さあ、呑もうぜ」
にこやかにそう言って、酒を飲むことを強要してきたが、まあいい。
むしろ自分で酒を持ってきたことに驚きだ。
僕は静かに杯に手をのばし、掴む。
それに魔理沙はトクトクと酒を注いだ。
「まあ、あんまり高い酒じゃあないんだが、私が好きなやつだ。結構うまいんだぜ」
次に自分の升に酒を注ぐ。しかし、一合升で酒を飲むとは。
「それで、いったい何に乾杯をすればいいのかな?」
「美人でカッコいい魔理沙様に、でもいいんだぜ?」
「謹んで遠慮するよ」
「ちぇっ。まあ、ホントは決めてたんだがな」
「何をだい?」
「乾杯をするものに決まってんだろ。今日は月に乾杯だ」
そう言って窓から外を見る魔理沙。自分もつられて見てみると、確かに外には凛と光る三日月が浮かんでいる。
「な、綺麗だろ。だから、月に乾杯だ」
そう言って升を差し出してくる。月に乾杯だなんて情緒にあふれたことをいう魔理沙は珍しかったが、悪い気はしない。
僕はそっと杯を前に出した。それに勢いよく魔理沙の升がぶつかり、かんっという音がした。
少し酒をすする。つんとする辛さのあとにほんのりと米の香りがし、喉に熱いものが来る。
「うん、うまいじゃないか」
「だろ。お勧めなんだぜこれ」
そういってラベルを見せてくる。そこにはでかでかと「月光」と書かれていた。
「まったく、それも合わせてきたのか?」
「何がだ?」
「その酒の名前だよ」
「ああ。いや、これはただの偶然」
そういって、自分の分を一気に飲みきる。ぷはーとお約束の声まであげて。
「やっぱりうまいな、こいつ。買いだめしてて良かったぜ」
「しかし、月に乾杯だなんてらしくないことを言うじゃないか」
「まあ、たまにはいいだろ。私にだってそういう気分の時もあるんだ」
トクトクとまた自分の升になみなみに注ぎ、それも一気に飲んで見せた。
「ペースが速すぎないか、魔理沙」
「いいんだよ、今日はそういう気分なんだ」
さっきからそればかりだ。
月に乾杯なんて珍しいことを言うかと思えば、ペースを考えないで飲む。全く、らしくない。
まあ、何があったかなんて言わないのが魔理沙だから、聞かないが。
「そういえば肴がないが、持ってきてないのかい」
「馬鹿だなこーりんは。さっきから、肴を見ながら飲んでるじゃないか。」
「月が、肴かい?」
「正解だぜ。ご褒美に酒を注いでやろう」
全部飲みきっていない杯にまた、なみなみに酒が注がれる。
その注がれた酒に、窓から入ってきた月がおぼろげに映る。
「見ていてくれ魔理沙。今から月を飲んで見せるから」
「いや、ただそれ映ってるだけだろ」
「こういうのは情緒が大切なんだ」
くいっと杯を傾け、注がれていた酒を全部飲みきる。辛みがつよいが、米の香りがそれを気にさせないくらいに香る。
「・・・うん。月が入ると、やっぱりうまいな」
「なんだそれ。変なの」
「変なのは承知済みさ。でも今日の君ほどじゃあない」
「・・・・・・・・・・」
「まあ、何があったのかなんて僕は聞かないよ。聞かれたくないだろうし」
「ああ、まあな」
ばつが悪そうにそう言う。
静かになった部屋に、しんしんと月の明かりだけが届く。
そんな静寂を破ったのは魔理沙だった。
「星はさ、月の光で隠れるんだ」
月を見上げながら魔理沙は言う。
「月は夜空にでっかく光って、まわりの星の光を打ち消すんだ」
空になった魔理沙の升には酒の滴が残っていて、それにさえ月は映りこむ。
「ただ近いってだけで、他の星は見えなくなるんだぜ。やってられないよな」
いつもと違い、ほんのすこし悲しそうに笑う魔理沙。
その顔さえ月の光りに照らされてしまっている。
魔理沙はそう言うと、それきり再び黙ってしまった。
僕は酒を手にとると、魔理沙の升になみなみと注いでやった。注いだ酒にも月は映りこむ。
「ほら魔理沙。魔理沙の酒にも月が入っている。飲んでみたらどうだい」
「なんだよ急に」
「まあいいから。飲んでみたらいい」
そう言って押しつける。
最初は手に取らなかったが、突き出してやるとしぶしぶ受取り、ゆっくりと飲み始めた。
「まあ確かに、月は他の星の光を隠してしまうが」
ゆっくりと酒を嚥下する魔理沙。
「しかし、それに負けじと光を届けている星だってある」
まだ少ししか傾いていない升。
「地上に降り立とうと、流れてくる星だってある」
ごくっと、飲む喉の音が大きくなる。
「赤や青といった、月にはない光を出す星だってある」
もう少しで飲みきるところまで傾いた升。
「それに忘れていないかい。月だってただの星なんだ、魔理沙」
だんっ、と置かれた升には、もう一敵の酒も残っていない。
「確かに、そうだな」
そう、小さく呟く。
「そうだろう。夜空に浮かぶものはどんなに近かろうと遠かろうと、すべてが星でしかないのさ。どうやって光るのか、それが重要なんだ」
月を見上げながら僕の言葉を聞く魔理沙の顔には、もう悲しそうな様子は残っていなかった。
「へへっ。こーりんもなかなか詩人みたいなことを言うじゃないか。堅物のくせに」
「こういったものを情緒って言うんだ。覚えておくといい」
そう言い合い、どちらともなく笑い合う。
「じゃあ、仕切り直しだな。月じゃなくて、今度は星に乾杯だ」
「それだと、先ほど遠慮した事を取り消さなくてはいけないな」
「なんだよ、それ」
「なんでもないさ。じゃあ、乾杯」
「ああ。乾杯」
今度はやさしく升と杯がぶつかりあう音が響いた。
酒にも星にも、酔いすぎないように気をつけなきゃなと、僕は魔理沙の顔を見ながら最後に思った。
ふと目が覚めると、自分の家の居間の机を挟んで、正面に魔理沙が座っていた。
どうやら僕は本を読みながら寝てしまっていたらしく、体を預けていた机と体の間には、ぺったんこになった本があった。
魔理沙は魔理沙で、勝手に僕の本棚から本を引っ張り出して読んでいる。
どうやら日はとっくの前に沈んでしまったらしく、暗い部屋に月の明かりだけが入ってきていた。
「いらっしゃい魔理沙。ところで、いったい何時からそうしてるんだい?」
妙な体勢で寝てしまったせいなのか、痛くなった背中を伸ばしながら尋ねる。背中からはポキポキと小気味よい音が響いた。
「ついさっき来たばっかだぜ。窓から入ってきたらどっかの誰かさんは間抜けな顔で寝てたからな。おかげで一人暇してたぜ」
勝手に来たくせに怒るな。窓から入ってくるな。間抜けな顔などしてない。
突っ込みどころはたくさんあったが、あえてスルーする。
「それは悪かったね。でも、勝手にものを持って帰っていないというのは驚きだな」
「なんだよそれ。まるで人を泥棒呼ばわりだな」
「おや、違ったのかい?」
ふざけ半分でそう返してみると、魔理沙もニヤッと笑って、
「おいおい、起きたばっかりでもこーりんはこーりんだな。そんなんだから物が売れないんだぜ」
と返してくる。うん、どうやらもう夢の中ではないらしい。
「売れないんじゃない。売る相手がいないんだ」
「もっとひどいんじゃないか、それ」
「どうだろうね」
「質問に質問でかえすな」
やりこまれてしまった。
「しかし、僕が起きるまで待ってるなんて珍しいな。いったい何の用だい」
そう聞くと魔理沙はへへっと笑い、
「最近あっちこっちの宴会ばっかで疲れたからな。たまには静かに酒が飲みたいと思って。来た」
そう言うと机の上にどんっ!と酒が置かれた。一升瓶の日本酒である。
「宴会で疲れたのにまた酒かい?本当に君も好きだな」
「分かってないなあこーりんは。騒ぎながら飲むのと静かに飲むのは全然違うんだぜ」
そういって懐から一合升と杯を取り出して目の前に置く。
「さあ、呑もうぜ」
にこやかにそう言って、酒を飲むことを強要してきたが、まあいい。
むしろ自分で酒を持ってきたことに驚きだ。
僕は静かに杯に手をのばし、掴む。
それに魔理沙はトクトクと酒を注いだ。
「まあ、あんまり高い酒じゃあないんだが、私が好きなやつだ。結構うまいんだぜ」
次に自分の升に酒を注ぐ。しかし、一合升で酒を飲むとは。
「それで、いったい何に乾杯をすればいいのかな?」
「美人でカッコいい魔理沙様に、でもいいんだぜ?」
「謹んで遠慮するよ」
「ちぇっ。まあ、ホントは決めてたんだがな」
「何をだい?」
「乾杯をするものに決まってんだろ。今日は月に乾杯だ」
そう言って窓から外を見る魔理沙。自分もつられて見てみると、確かに外には凛と光る三日月が浮かんでいる。
「な、綺麗だろ。だから、月に乾杯だ」
そう言って升を差し出してくる。月に乾杯だなんて情緒にあふれたことをいう魔理沙は珍しかったが、悪い気はしない。
僕はそっと杯を前に出した。それに勢いよく魔理沙の升がぶつかり、かんっという音がした。
少し酒をすする。つんとする辛さのあとにほんのりと米の香りがし、喉に熱いものが来る。
「うん、うまいじゃないか」
「だろ。お勧めなんだぜこれ」
そういってラベルを見せてくる。そこにはでかでかと「月光」と書かれていた。
「まったく、それも合わせてきたのか?」
「何がだ?」
「その酒の名前だよ」
「ああ。いや、これはただの偶然」
そういって、自分の分を一気に飲みきる。ぷはーとお約束の声まであげて。
「やっぱりうまいな、こいつ。買いだめしてて良かったぜ」
「しかし、月に乾杯だなんてらしくないことを言うじゃないか」
「まあ、たまにはいいだろ。私にだってそういう気分の時もあるんだ」
トクトクとまた自分の升になみなみに注ぎ、それも一気に飲んで見せた。
「ペースが速すぎないか、魔理沙」
「いいんだよ、今日はそういう気分なんだ」
さっきからそればかりだ。
月に乾杯なんて珍しいことを言うかと思えば、ペースを考えないで飲む。全く、らしくない。
まあ、何があったかなんて言わないのが魔理沙だから、聞かないが。
「そういえば肴がないが、持ってきてないのかい」
「馬鹿だなこーりんは。さっきから、肴を見ながら飲んでるじゃないか。」
「月が、肴かい?」
「正解だぜ。ご褒美に酒を注いでやろう」
全部飲みきっていない杯にまた、なみなみに酒が注がれる。
その注がれた酒に、窓から入ってきた月がおぼろげに映る。
「見ていてくれ魔理沙。今から月を飲んで見せるから」
「いや、ただそれ映ってるだけだろ」
「こういうのは情緒が大切なんだ」
くいっと杯を傾け、注がれていた酒を全部飲みきる。辛みがつよいが、米の香りがそれを気にさせないくらいに香る。
「・・・うん。月が入ると、やっぱりうまいな」
「なんだそれ。変なの」
「変なのは承知済みさ。でも今日の君ほどじゃあない」
「・・・・・・・・・・」
「まあ、何があったのかなんて僕は聞かないよ。聞かれたくないだろうし」
「ああ、まあな」
ばつが悪そうにそう言う。
静かになった部屋に、しんしんと月の明かりだけが届く。
そんな静寂を破ったのは魔理沙だった。
「星はさ、月の光で隠れるんだ」
月を見上げながら魔理沙は言う。
「月は夜空にでっかく光って、まわりの星の光を打ち消すんだ」
空になった魔理沙の升には酒の滴が残っていて、それにさえ月は映りこむ。
「ただ近いってだけで、他の星は見えなくなるんだぜ。やってられないよな」
いつもと違い、ほんのすこし悲しそうに笑う魔理沙。
その顔さえ月の光りに照らされてしまっている。
魔理沙はそう言うと、それきり再び黙ってしまった。
僕は酒を手にとると、魔理沙の升になみなみと注いでやった。注いだ酒にも月は映りこむ。
「ほら魔理沙。魔理沙の酒にも月が入っている。飲んでみたらどうだい」
「なんだよ急に」
「まあいいから。飲んでみたらいい」
そう言って押しつける。
最初は手に取らなかったが、突き出してやるとしぶしぶ受取り、ゆっくりと飲み始めた。
「まあ確かに、月は他の星の光を隠してしまうが」
ゆっくりと酒を嚥下する魔理沙。
「しかし、それに負けじと光を届けている星だってある」
まだ少ししか傾いていない升。
「地上に降り立とうと、流れてくる星だってある」
ごくっと、飲む喉の音が大きくなる。
「赤や青といった、月にはない光を出す星だってある」
もう少しで飲みきるところまで傾いた升。
「それに忘れていないかい。月だってただの星なんだ、魔理沙」
だんっ、と置かれた升には、もう一敵の酒も残っていない。
「確かに、そうだな」
そう、小さく呟く。
「そうだろう。夜空に浮かぶものはどんなに近かろうと遠かろうと、すべてが星でしかないのさ。どうやって光るのか、それが重要なんだ」
月を見上げながら僕の言葉を聞く魔理沙の顔には、もう悲しそうな様子は残っていなかった。
「へへっ。こーりんもなかなか詩人みたいなことを言うじゃないか。堅物のくせに」
「こういったものを情緒って言うんだ。覚えておくといい」
そう言い合い、どちらともなく笑い合う。
「じゃあ、仕切り直しだな。月じゃなくて、今度は星に乾杯だ」
「それだと、先ほど遠慮した事を取り消さなくてはいけないな」
「なんだよ、それ」
「なんでもないさ。じゃあ、乾杯」
「ああ。乾杯」
今度はやさしく升と杯がぶつかりあう音が響いた。
酒にも星にも、酔いすぎないように気をつけなきゃなと、僕は魔理沙の顔を見ながら最後に思った。
月見酒は白秋の夜に限る