Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

人食い妖怪は何を得るか

2012/02/07 19:02:52
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~地下~



 最近、私が必要とされなくなってきている気がする。
 なにせ地上と地下を行き来する妖怪(たまに人間)が増えすぎて止められなくなってきたからだ。
 妖怪の賢者や鬼は何をしているのだろうか。
 番人という立場上、止めなくてはいけないのだけれど
 その行き来する妖怪たちは主に地下から地上に行き、帰ってくる連中ばかりだ。
 地上から来るのといったら白黒と、紅白と…… そんなものね。あの人間たちなら心配しないでもピンピンして戻ってくる。
 やってられないわ、地上に行く楽しそうな妖怪や鬼たちを見送るのも。
 そんな鬱憤を晴らすべく私は旧都の鬼たちがいつも行く酒場…… の隣の隣にある年老いた妖怪が営んでいる酒場に来た。
 一応常連である。


「いらっしゃい…… いつもの?」
「えぇ、お願い」


 ここは静かで、人も少なく店主も無駄なことは話しかけてこない。
 しかし、こちらの愚痴や妬ましい話は一切嫌な顔をせず聞いてくれるのが私は好きだった。
 席と席との間隔も広めで、カウンターと二人用の席しかない。
 やはり酒は独りで、静かで、誰にも邪魔されないところに限る。ここの店主はよく分かっている。
 他にもこの気持ちを分かってくれる者は居るだろうか。


「そういや」
「……?」


 店主が話しかけてくるなど珍しい。
 まさかあまりにも人がいないから閉店するのだろうか。そういえば私以外の客を見たことがない。
 今も私一人しかいない。それは困る。私の居場所がなくなってしまう。
 

「もうすぐ他の客が来る…… 一人でな」
「……そう」
「確か…… あんたの知り合いだったはずだ」
「げっ」


 やだ、はしたない返事をしてしまった。
 出来れば私の知り合いにここの場所を知られたくない。
 私の隠れ家のような、安息の地のようなこの場所を。
 でもまぁ、一人で来るなら……


「そいつ、その方は…… いつも来るの? まさか鬼じゃないでしょうね」
「鬼ではない。いつもは土曜日の決まった時間に来るんだ。話を聞くにあんたを知っているようで、今日来るそうだ…… ふぅ」


 店主は一気に話し、疲れたようだった。
 この店主と会話らしい会話したのは珍しいかもしれない。
 いつもは頷いてくれるだけだからね。
 しかし、そいつと店主とで私の話が出てくるとは、一体どのような流れでそうなったのか。
 店のドアについているベルが来客を知らせる。来たか。
 

「こんばんは」
「来たね。いつものかい?」
「うん、お願い」


 意外だった。知り合いだといわれたそいつは土蜘蛛か、もしくは地霊殿あたりの連中かと思っていたのだが。
 ふむ、歩いている姿は初めて見たかもしれない。
 裸足でぺたぺたと、私に近づいてくる。


「隣……」
「あ、えぇ。いいわよ」


 こいつと二人きりなんて初めてかな。いつもは土蜘蛛か、鬼とセットだからなにか奇妙な心地だ。
 それに桶から出ているのを見るのが初めてだ。その事に触れていいのだろうか。


「ねぇ、いつもの桶はどうしたの」
「おまたせ」
「ありがとう、ミズハさん。……別にいつも入ってるわけじゃないの。ここは居心地が良いからいらない。外においてきた」
「そう」


 確か狭いところが好きなんだっけ。
 ていうか店主の名前を初めて知ったわ、仲いいのかしら。


「いただきます」
「それなんなの?」
「人間を煮込んだやつ。たれで食べるの。美味しいよ。それとここの地酒。少しライムを入れるとね、よく合うんだ」
「人間はうちぐらいしか出さないんだ。あまりおおっぴらにやると賢者さんに怒られちまうもんでね。
 ……ふぅ、今日はあんたらで最後だからゆっくりしていってくれ。私は少し疲れたから奥で休んでくる。何かあったら呼ぶといい」


 ゆっくり、ゆっくりと、カウンターの奥にある扉の中に入っていく店主。
 店主は後何年生きて、私に安息の地を提供し続けてくれるのだろうか。出来れば長生きして欲しい。
 一方の釣瓶落としは、箸で皿の中の人間を無表情でつついている。
 私は人間を食べ物としてみたことないので食べたいとは思わないが、横で食べられるとなぁ。
 

「美味しい?」
「まぁ…… 少しなら食べていいよ」
「……私、食べたことないのよ」
「そうなんだ、じゃあいらないね」
「人間好きなの?」
「人間を食べるとね、なにか不思議なの」
「どういう事?」
「人間を食べるっていうか、心を食べるって言うか」
「……」
「感情を食べるっていうのかな、人間っていっぱい感情をもってるから、私はそれを食べているの」


 また一口、皿の中の人間が減る。
 この人間は、一体いつ生まれていつ死んで、この妖怪に食まれているのだろうか。
 鶏や豚では何も思わないけど、人間になるとふとそんな事を思ってしまう。
 感情を食べる、か。


「パルパル」
「…………何よ」


 この呼称は土蜘蛛譲りだ。


「私がいても、良かった?」
「別に騒がしくしないなら構わないわ。ここに来るならそういう気はないんでしょうけど」
「うん、ミズハさんにね、パルパルの話したの。そしたらここによく来るよって言うから」


 ……言うから、何なんだろう。一度話してみたかった? 一度杯を交わしたかった?
 この妖怪は他人と話し慣れてないのかもしれない。
 少し言葉足らずというか、口下手というか。
 ご馳走様、と手を合わせている姿はとても今人間を食したとは思えない丁寧さだった。
 こう思う私はどちらかというと人間よりの思考なのだろうか。


「ミズハさんがね」


 ライム酒のグラスを傾けながら私を目を向けずに話を続ける。
 基本、店主から聞いたことだな。


「パルパルが、少し怒りながら話すのが面白いって」
「は?」
「鬼達が楽しそうに地上に出ていくのが妬ましいって言う話を聞いたの」


 そういえば、この前店主にしたかも。


「ミズハさんはもう年だから、感情を顕にして話すのが難しいって言ってた」
「ふぅん」
「パルパルを見るのが楽しい、パルパルは人間みたいだって」
「……そう」
「だから私も聞きたいの。その為に今日は来たんだよ」


 そういってやっと私に顔を向ける。
 少し下から覗かれる感じがこそばゆかった。


「なにか話して」
「なんでよ、特に話す事はないわ」
「残念。参考にしたかったのに」
「なんの参考よ」
「私、あまり感情を込めて話す事が出来ないの。だから人間を食べてるの。感情を得るために」
「……ふぅん。まぁ私は嫉妬方面に特化した感情ならいくらでもあるわ」
「それでもね、なんか羨ましい。私は色んな感情をもって、一人前になりたいの」
「感情を持つねぇ。別に、そんなの簡単よ」
「そうなの?」
「えぇ。そうね、嫌悪という感情だったら…… 貴方、なにか理不尽だと思うことや、腹の立つことはないの?」
「……例えば?」
「鬼に無理やり飲まされて嫌だった、とか」
「お酒は嫌いじゃない」
「……じゃあ、好きな物を壊されたとか」
「特にないかも。人間を食べるのは、さっきも言ったけど」
「そう。何事も経験よ。腹がたつことも、嬉しいことも経験することに限るわ」


 ……うーん、何か面倒事に巻き込まれているような。
 私はこの妖怪の悩みを聞くためにここに来たわけじゃないんだけど。
 

「じゃあそうねぇ…… 違う感情…… 綺麗なものを見たりとかした時、誰かに伝えるために興奮しながら話すとか」
「……綺麗な物って?」
「…………ビー玉、とか」
「え? パルパル、ビー玉が好きなの?」
「べ、別に。あ、あれよ。夜景とか、夕焼けは綺麗って言うじゃない」
「私地上に行ったことないもん」


 否定ばかりで話が次に進みやしない。
 察するに色々と経験不足なのかもしれないわね。
 なんで私が悩み相談なんてしているのかは疑問だけど……


「じゃあ地上行ってみれば?」


 正直、言ってからミスをしたと気づいた。
 この流れは。


「そっか…… ねぇパルパル、今度一緒に行こ」


 こうなるわけだ。















~地上~




 久しぶりの地上。
 やはり最近出来た地下の太陽より本物の太陽はずっと眩しい。
 それはこの妖怪も同じようで、ぎゅっと目を振り絞って私を探している。

 
「なにこれ、パルパル、どこ」
「少しずつ目を開けて慣らしましょう。これが地上の夕焼けよ、ふう」


 私は既に少し疲弊していた。
 彼女をここに連れてくるまでに一旦縦穴で合流したのだが、彼女の格好が地上にはふさわしくなかったからだ。
 もちろん、桶に入っていることだ。落ち着かない、と彼女は言うがしょうがない。
 説得して桶から彼女を引っ張り出したが、その下はこの前の酒場と同じ白装束だった。
 しょうがなく私の服を貸した。白装束では浮くかもしれないので一応だ。あまり目立ちたくない。
 白いカッターシャツに薄い緑のスカート。……我ながらセンスないけど、彼女は気にしてない様子だった。
 


「少し、慣れてきたかも……」
「そう、良かった。じゃあ完全に慣れるまでそこの岩に座りましょう。見える?」
「見えるよ。よいしょ」
「ほら、さっきも言ったでしょ。座り方に気を付けないと下着が見えるって」
「別に誰も見ないよ」
「見るやつもいるのよ。それと貴方、人間を食べようとしたり、襲っちゃダメよ。問題になりたくないの」
「大丈夫だって。私、調理した人間しか食べないもの」


 ならいいか。ならいいのか?
 まぁ生身の人間に手を出さないなら構わないか。
 彼女はもう普通に目を開けて、私の顔を覗き込んでいた。
 


「ねぇパルパル」
「なに? お腹すいたの?」
「うん。それと、名前で呼んでよ」
「……キスメ、これが夕焼けよ」
「うん、赤いね」
「そうね」


 感想はそれだけかしら。
 寂しいものね。
 それじゃあ美味しい物でも食べてみましょうか。
 最近は妖怪や魔法使いも度々訪れるというし、妖怪だと気付かれても問題ないでしょ。
 人里に向かいましょう。



――――――――――




「なにこれ、人里っていつもこんな感じなの」


 人里に入ったキスメの第一声がこれだった。
 それもそうだ。私がわざわざ人里の祭の日を選んだんだのだから。
 私がここまでしてあげてるんだから、少しは何かを得て帰ってほしいんだけど。
 

「祭りをやっているのよ。柄じゃないけど、楽しみましょう」
「そっか、でも確かにパルパルの柄じゃないね」


 正直な感想、どうも。












「うん、ちょっとわかったかも。楽しかった」
「そりゃああれだけ出店に手を出したらね。私のお金もほとんどつかっちゃって……」
「大丈夫だよ」
「なにが大丈夫なのか説明してもらいましょうか。妬ましい」


 もう既に夜。辺りは暗くなり、星が瞬いている。
 私のお金も使ってあらかた出店を堪能した感想がちょっと楽しかった、か。
 まったくもって割りに合わない。
 でも楽しいって言えるようになっただけ、良いか。
 
 

「つかれちゃった。帰ろう」
「自由ねぇ。……キスメ、後でお金返しなさいよ」


 キスメは何も言わず私の前を突き進んで行く。
 まさか踏み倒すつもりじゃないだろうか……


「パルパル」
「ん?」
「上がすごい」
「星空ね、綺麗に見れてよかったわね」
「あれが星かぁ。もっといろいろ経験すれば、あれを綺麗って思えるのかな」
「そうね、でも今度はもっと財布に優しいやつで頼むわ」


 星空を眺めるなんていつぶりだろうか。
 少し、キスメに感謝しなくてはいけないかもしれない。
 あの時キスメに会わなきゃ、今も地下の酒場で愚痴をこぼしていたかも。


「キスメ、感謝するわ。私をここまで連れてきてくれて」
「連れてきてくれたのはパルパルでしょ」
「きっかけは貴方なのよ」
「そっか、やっぱりパルパルは羨ましいなぁ」
「え?」
「妬ましいって言えるし、星空も綺麗って言える。私に感謝もしてくれる」
「そうね…… でもいずれ、貴方にも出来るようになるわ。今日みたいなことを続けていればいつかは」
「うん」
「私も協力するわ」
「本当に?」
「えぇ、元々はこんな気はなかったんだけど…… まぁ暇つぶしよ」


 どうしちゃったのかしら。私がこういう事言うなんて。
 もしやキスメといっしょ居るのが楽しかった…… とか。


「パルパル、あそこ行こうよ」
「……地下の?」
「うん。なにかこのままパルパルと別れるのは惜しい気がする」
「もう、十分感情いっぱいじゃないの」
「そうかな?」


 少し首を傾げるキスメ。
 なにか最初出会った時よりも感情が豊かになったかもしれない。
 喋り方も大分普通になったし。
 この様子だったらすぐ感情なんて出来上がるんでしょうね。
 今から、地下の酒場か。今日は忙しい一日ねぇ。 






――――――――――










~再び地下~





「ミズハさん、それでね。ヨーヨーすくいをやったの」
「そうかい」
「その後ね、型抜きをやったの。上手く出来なかった」
「そうかい」


 キスメは店主に一生懸命に今日あった事を説明していた。
 その姿はもう、一人前の感情をもった女の子だった。
 パルスィは酒を飲みながらその姿を満足そうに眺める。


「パルパル、ここのお金は私が払うね」
「あら、いいの? 貴方もうお金持ってないじゃない」
「私は常連だから、大丈夫」
「あ、そう」
「ミズハさん、ライム酒追加ね。二つお願い」
「はいよ」


 しばらくしてテーブルに置かれるライム酒。
 今日は肴はいらないのだろうか。
 

「あれもやったんだよ、射的。おっと」
「ほら、ライム酒零すわよ」
「あ、ごめんパルパル」
「もう、感情が無いなんて言えないわね。こんなに笑って話せるなんて」
「いや、まだだ」


 店主が二人の話を遮る。
 ゆっくりとパルスィの方を向き、こう言った。


「この子はまだ『負』の感情を持っていない」
「負?」
「例えば、嫉妬の感情や悲愁の感情。それをまだ経験していないんだ」
「嫉妬? それって…… 私の」
















「ごめんね、パルパル」


 キスメは意識を失ったパルスィの横にそっとビー玉を置いた。
 





――――――――――




















「出来たぞ…… 泣いてるのか」
「うん……」
「でも、お前は感情を手に入れた」
「うん……」


 キスメは涙を流し続けている。


「お前は感謝しなくてはいけないぞ」
「うん……」


 キスメの涙は止まらない。
 テーブル上には、キスメの涙の跡と、ライム酒が二つ。それと。


「それじゃ、感謝していただこう。私もこれで、少しは長らえることが出来る」
「うん……」







「「いただきます」」





 こうしてキスメは嫉妬の妖怪のお陰で感情を持ち、一人前の妖怪となった。







『人食い妖怪は何を得るか』

終わり
魍魎(もうりょう・みずは)は好んで亡者の肝を食べる、妖怪の総称。
~『本草綱目』より

キスメとミズハさんは何らかの関係を持っていたかと。
キスメも人食いの設定とか意外に凶暴とかいう設定を使ってみたかったので。
ごめんねパルパル
ばかのひ
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
ちょっとオチが急な感じがしましたが良かったです
2.名前が無い程度の能力削除
うそん パルパルなんで死ぬん
3.名前が正体不明である程度の能力削除
さらばパルスィ。
4.名前が無い程度の能力削除
ライム酒に毒でも入っていたのだろうか…
5.名前が無い程度の能力削除
速さに嫉妬!
6.名前が無い程度の能力削除
パルスィまで食べられちゃった!?ミズハさん、せめて美味しく味付けしてください。