Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ゼブラ・コンプレックス

2009/07/26 09:35:55
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ピアノの鍵盤の上に両手の指を走らせる。
鍵の動きと連動して、中のハンマーがピアノ線を軽やかに爪弾く。
内より響き渡るのは長い余韻を残して溶け込む、弦の震え。

弦……ふと私は思い立って、黒鍵のみを選んだ即興の演奏に切り替える。
ピアノの音はしとやかで実直、そしてちょっと暗いという印象を私に与える。
そのイメージから連想されるものは、シックな黒装束に身を包んだルナサ姉さんの姿。

真面目なしっかり者。その立ち居振る舞いは正々堂々としていて、ゆるぎない。
反面、寡黙で重苦しい雰囲気を漂わせていることもあるが、一度ヴァイオリンを弓引けば、衆の心に平穏を染み渡らせる。
そして、常に独創的で洗練されたライブを組み立てては成功を収め、賛辞を一身に受けながらも、驕ることなくただ静かに帽子を取って一礼する。
そんなルナサ姉さんの背中が、いつも美しいと思っていた。



ピアノの前から立ち上がり、今度はアコーディオンを抱える。
片手で蛇腹を伸縮させつつ、もう片方の手指で鍵盤をリズミカルに叩く。
鍵の動きと連動して、中の対応するマウスピースがふいごと繋がり、そこに吐息が流し込まれる。

奏でられるのは空気が管を通り抜ける、笛のような音色。
その陽気で暢気な旋律を聴いて、私は身体を左右に揺らしながら白鍵のみをかき鳴らす。
管……思い浮かぶのはヴィヴィッドな白装束に身を包んだメルラン姉さんの姿。

すらりと背が高く、常に明るく余裕たっぷりの笑顔を浮かべ、衆の視線を惹きつけてやまない立ち居振る舞いを見せる。
楽団の先頭に立って高らかに吹き鳴らすのは、聴く者の心を躍らせるトランペットの演奏。
ライブの終わりには来客の声援を一身に浴びて、少しオーバーな仕草と間延びした声、そしてとびきりの笑顔で応じる。
そんなメルラン姉さんの背中に、いつも憧れを抱いていた。






私はそんな姉さん達に負けまいと、ずっと二人の背中を追いかけ続けてきた。
ルナサ姉さんの気分を落ち着かせる欝の音、メルラン姉さんの気分を騒がせる躁の音みたいな、自分だけの音を見つけ出そうとして色々と試行錯誤もした。
ライブでは二人の陰に隠れてしまいがちだから、キーボードに翼をつけて空に飛び上がり、ダイナミックに鍵盤を叩いてみせたりもした。
それでも姉二人を超えることはおろか、その背中に追いつけることもほとんどなかったけど。



アコーディオンとワルツを踊っていた私は、突然乱暴にそれを空中に放り上げる。
陽気な音楽は急になりを潜め、部屋は静寂に包まれる。



脚光を浴びれなかったことで捨て鉢になり、自分は演奏をせずに姉さん達をけしかけることに躍起になっていた時期があった。
どうせ誰も私の音楽には耳を傾けてはくれず、ただただ悲愴な音楽に酔いしれたり、明朗な音楽に騒いだりするだけの聴衆しかいないと思っていたから。
そして騒霊にはあるまじきことに、音楽と歓声が織り成す喧騒に対して背中を見せ続けていた。



宙に投げ上げられていたアコーディオンが床に向けて落ち始めようとした瞬間、それは空中で静止する。



でもそういうときに得られたものは、むなしさと、後ろめたさと、そして私以上に寂しそうな二人の顔だけだった。
普段笑顔を見せることの少ないルナサ姉さんは元より、常に笑顔を絶やさないメルラン姉さんまでもが表情をあからさまに翳らせていたものだ。
結局、私が気を欝(ふさ)ぎそうになりながらも、そうならなかったのは姉さん達のおかげだった。
私の音にどこまでも真摯に耳を傾けてくれていたのは、他でもない二人だったから。

ルナサ姉さんは私が曲を作って演奏し、それが良かったときには、普段は引き結ばれている口元を大きくほころばせて感動を示してくれた。
あの笑顔が忘れられなくて、何度でも見たくて、寝食を忘れて作曲にのめり込んでいったこともある。
……まぁ基本厳しい性質の人だから、笑顔よりも心をえぐるような批評をくれることの方が多かった気もするけど。

メルラン姉さんは私が集めた音から新しい音を作るたび、「自然にない不思議な音を作れるなんて、リリカは偉いわねぇ」と頭を撫でてくれた。
その感触がくすぐったくて温かくて、音を作り出してはメルラン姉さんの前で胸を反らしていたこともある。
……ただ、最近では上手くあしらおうとしているときにもその行動をとっているように思えてきたけど。
「はいはいえらすえらす」というのは、日本語としてどこかおかしいと思う。



宙に浮くアコーディオンを頭上に、私は自前の翼付きのキーボードを手元に引き寄せる。
そして私は新たなパートナーとともに再びステップを踏む。



立ちはだかる大きな壁こそがかけがえの無い理解者だったというのは、なんて皮肉な話だろうと昔は思っていたものだ。
でも姉さん達の傾聴こそが、私の奏でる音が不可思議ながらも妙な味があり、色々と想像を掻き立てるものだったということに気付かせてくれた。
そして私が自分の音の特徴にあわせた演奏を始めた頃から、ライブでも私の音に注目(?)が集まるようになってきた。
天狗の新聞に、私の幻想の音に関する質問が寄せられるほどにまで……というのがどの程度の注目度なのかはよく分からないけど。



キーボードの白鍵と黒鍵に両手指を踊らせながら、私はアコーディオンを空中で支えていた見えざる手――念動力を使って、再びそれを奏で始める。
さらに私は別の見えざる手を長々と伸ばし、ピアノをかき鳴らす。
騒霊の能力を使えば、このように私一人でもプリズムリバー楽団の合奏を真似ることができた。
落ち着いたピアノの弦の音、愉快なアコーディオンの管の音、そして多種多様に音色を変える、機械仕掛けのキーボードの音。

試行錯誤の副産物として私はどんな楽器でもそれなりにこなせる技術を習得した。
そして何を自分の楽器とするべきか、その選定基準は私の想い一つだと気付いたとき、迷うことなく鍵盤楽器を選んだ。
姉二人への憧れと、姉さん達の極端に過ぎる音を上手く調和させようという意志をもって、私はキーボーディストの道を進んでいる。
……実は、「私が姉さん達を一番うまく扱えるんだー!」という想いもちょっとは隠されていたりもするけど。






一通り曲の演奏を終えた私はゆっくりと楽器を降ろし、自分も椅子に腰を下ろした。
踊りながらの演奏になっていったため、息が上がり、汗が全身ににじんでいる。念動力も色々と作用させたので身体だけでなく精神的にも疲弊していた。
ふと壁の時計に目を向ければ、ティータイムに丁度良い時間を迎えようとしている。
それを確認した私はまだ疲労の残る状態ながらも椅子から立ち上がり、部屋の外へ出て行った。



向かった先は憩いの空間、ダイニングルーム。
身体を休めるついでに、どうせなら甘いものでも食べて気分もリフレッシュさせようと考え、私はここに来た。
その扉の前に立った私は、中から声が交わされているのを耳に入れる。
どうやら姉さん達もちょうど一服しようとしていたみたいだ。
自らのタイミングの良さを内心誇りつつ、私は勢い良く扉を開けた。






「あら、リリカじゃない。ちょうど良かったわぁ、今呼びに行こうと思ってたところだったから」
「……それにしても、扉はもう少しゆっくり開けなさい。びっくりしたじゃないの」

私を出迎えたのは、そんな対照的な姉さん達の言葉だった。
笑顔で歓待してくれたメルラン姉さんは、三枚の小皿を抱えてテーブルの傍に立っていた。
一方眉をひそめて小言を向けてきたルナサ姉さんは、片手にナイフを持ったまま壁際に置かれた棺型の箱――霊蔵庫を開けようとしていた。
その中では何か洋菓子が冷やされているのだろう。何しろ中には物体に触れることなく周囲を冷やす幽霊が所狭しと詰まっているのだ。
私はルナサ姉さんの後ろを通り抜けるついでに、肩を軽く叩いて謝った。

「えへへ~、ごめんごめん。お詫びと言っちゃあなんだけど、紅茶を淹れてくるねー」

反省していないように聞こえてしまったのだろうか、ルナサ姉さんは仕方ないといった具合の溜息を吐いた。
私はそれを軽く流し、お湯を沸かすべく竈の前に向かう。
ソーサー、カップといった茶器を用意する傍ら、私は横目で霊蔵庫から取り出されたものを窺う。

ルナサ姉さんが取り出し、テーブルの中央まで運んでいった洋菓子は、白黒まだらのケーキ・ティラミスだった。

妙な奇遇に私は思わず目を細めて口元を緩める。
しかし薬缶が沸騰して泡を吹く音を聴きつけたため、私は泡を食って薬缶を竈から離した。
かすかに耳に届いてきた苦笑と溜息は、どっちが誰のものだったんだろう?



切り分けられたティラミスを載せた小皿と湯気を立てる紅茶のカップが、私と姉さん達の前にそれぞれ置かれていく。
準備を終えた私達は椅子に座り、静かに手を合わせた。

「いただきます」

挨拶を済ますと、私はフォークを持ってティラミスを切り分け、その一片を口に運んだ。
舌の上で溶けていく洋酒の効いた甘いクリームが、さっきまでの演奏で火照った身体を程よく冷ましてくれる。
同時にコーヒー混じりのスポンジ生地と、ココアパウダーが苦味を利かせることでケーキの味を引き締め、甘さにアクセントを添えてくれた。
それらを喉に流し込んだ後で、私は紅茶のカップを傾ける。
温かな芳香が口から喉の奥まで広がり、吐息と交じり合ったそれは鼻腔を内側からくすぐっていった。

「ん~、おいしいわぁ。里のお菓子屋さんも最近は洋菓子に力を入れてくれて、本当にハッピーね」

余韻に浸っていた私の耳を、メルラン姉さんのおっとりした声がくすぐる。
その言葉には心から諸手を挙げつつ、でも私は違う観点から感想を口にした。

「うん。でもさ、程よく冷えているってのも大きいと思うよ。霊蔵庫、試してみて正解だったんじゃない?」
「……そう、ね。妖夢に見つかるといい顔をされないとは思うけど……『幽霊をおもちゃにしないで下さい』って」
「あははー、大丈夫だと思うよ。見た目にはただの棺桶にしか見えないからねぇ。
 それにさ、中に入っている幽霊も定期的に入れ替えてやってるから、死神さん達にも目を付けられないだろうし、心配はないって」
「まぁ、調子に乗り過ぎないように注意しましょう」

ルナサ姉さんは私の楽観を、軽くたしなめる程度にとどめた。なんだかんだ言って、ルナサ姉さんは私には甘い方なのである。
それには大きなありがたさと少しの申し訳なさを感じているけど。



私は再び白黒の一片をフォークですくい上げて口に含んだ。甘味苦味、二色のハーモニーに舌鼓を合わせ、何か面白い音が生まれないかを試みる。
残念ながら大した音は出来なかったけど、心は充分に癒されたと思う。
とりあえず紅茶で後味を整えようとしてカップに手を伸ばしたとき、ふとメルラン姉さんが頬杖をついてこちらを眺めているのに気付いた。
その笑顔に引き込まれたせいか、疑問を口にするまでに少しの間を要した。

「……どうかした?」
「ほくほくしてる」
「……いや、クリーム状のものにその食感はないんじゃない?」

脱力した顔になる私に、しかしメルラン姉さんは言葉を返さず、変わらない笑顔を見せ続けた。
腑に落ちないものを残しつつ、私は紅茶をあおる。
そして一つ安息の溜息を吐いたところで、私はようやく思い出した。メルラン姉さんは誰かが幸福を感じているかどうかに聡いことを。
ということは、「ほくほくしてる」のは私のことか。



だって、仕方ないじゃん。
大好きな姉さん達と一緒に、こうして幸せな憩いの時間を過ごせているんだから。



頭の中に浮かんできた言葉を、しかし私は口に出さなかった。
こういうセリフを今伝えたところで特に益はなさそうだし~、と計算高い私が心中で口を挟んでくる。

――そうすることで、こんな恥ずかしい本音、滅多に口に出来るわけないじゃん、という想いを私は胸の奥にそっと隠し、鍵をかけた。
 
 
 
 
 
 
●あとがき(「緑眼のジェラシー」は、ピアノとアコーディオンの曲のように聴こえる。リリカの緑成分が少なくて良かった)

・プチでは初めまして。気楽に眺めて頂ければ幸いです。

・どんな楽器でも出来る中で、何故鍵盤を選んだのか? それに関する著者なりの解釈です。

・念動力は、たくさんのオプティカルカモフラージュされたのびーるアーム(手のみ)を備えているというように解釈しています。
 これを使えば弾き語りは勿論、オペラ、ダンス、ジャグリング、新体操フィギュアスケート等等、音楽に合わせる演芸なんでもござれ。

・霊蔵庫の着想は、三月精「幽霊の憂鬱」から。
山野枯木
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
アンタッチドコンサート読んで一目ぼれしたわけですが。
やっぱり日本語が上手。うらやましいなぁ。なんか、こっちまでほくほくしました。

惜しむらくは地の文の多さ、かな。どうしてもリズムが悪くなって、ちょっと読みづらかったです。