パルスィは罪者である。
黒も黒。真っ黒である。
闇の妖怪よりも真っ黒。
むしろパルスィそのものが罪である。
ただの地獄では、その罪は償いきれないであろう。
ゆえに、彼女が死んだ際は、最上級の地獄へと案内しようと思う。
「閻魔の日記1960ページより」
< パルスィの可愛さは重罪 ~罪その1~ >
彼女との出会いは最悪だった。
そう、あれは数年前の休日。
地霊殿でのお茶会に誘われ、仕事の気晴らしにと地底へ向かった時だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつもは誰もいない橋。
川の流れにそって、穏やかな風が流れる場所。
実は私のお気に入りの場所でもある。
そこに、彼女は立っていた。
金色の髪を風に靡かせ、右手で橋の縁を掴んでいる。
憂いを帯びた翠色の瞳が、何も映し出さない鏡のように見えた。
だれだろう?
少なくとも、私が知っている人物ではないようだった。
少女とも女性とも言えない不思議な雰囲気を、彼女は醸し出していた。
(あまりじろじろ見ては失礼だ。)
私は彼女から視線を外し、彼女の横(正確には後ろだが)を通り抜ける。
いつもなら私も、ここで立ち止まって、しばらく風に当たっていた。
そこに先客がいることに、少し悔しさを感じてしまったからか、ちらりと横目で彼女をうかがってしまった。
その時、彼女の体がこちらを向いた。
目と目がぶつかり、一瞬時が止まる。
ふわりと、柔らかな香りが鼻孔をくすぐる。
彼女の香りだろうか。
とてもいい香りで
「ぷぎゃ!」
い、痛い……
香りに気を取られて、何かに躓いてしまった。
小石だろうか。それとも橋の段差だろうか。
なんにしても恥ずかしい。
でもここで焦らないのが私のいいところ。
冷静に状況を判断し、ちょっと照れ笑いを浮かべてここを立ち去ればいいのだ。
さぁまずは何に躓いたのかを確認しよう。
石なら粉砕、橋の段差なら、さとりにいって立て直させましょう。
そして人の足なら……足?
罪を見通す私の目が、一本の肌色の棒を映していた。
奇麗で、私よりも色白なそれは、足だ。
私が躓いた原因であろう物の正体は、橋に立っていた女性の細い脚だった。
「……」
「ちょっと貴女!」
「……しましま」
「!!」
私はいつもよりちょっと短めのスカートを押さえる。
あまりの恥ずかしさに、顔から火が噴きそうだ。
それにしてもこの女性は何なのだろう。
人に足を引っかける悪戯なんて、妖精レベルだ。
表情を何一つ変えないところを見ると、謝る気もないらしい。
確信犯、というやつだろう。
ここは一つ説教をしなければならない。
とはいえ、頭ごなしに怒るなんて、そんな大人のレディである私はしません。
まずは丁寧な対応から始めましょう。
「ごほん。お恥ずかしいところをお見せし、申し訳ありませんでした」
「そうね。見ているこっちが恥ずかしかったわ。白と青の横縞模様さん?」
「うぐっ」
我慢我慢。
ここでぶちぎれては、閻魔の名が廃ってしまう。
冷静に、かつ抉るように罪深さを説かないといけません。
でもまずは理由を聞きましょう理由を。
ほら、実は橋の下から写真を取ろうとしていた不届きな鴉天狗から守ってくれた、とかかも知れません。
「ごほん。えーっと、貴女は何故このような、その、足を引っかけるようなことをしたのですか?」
「なんとなく」
「な、なんとなく……?」
「しいて言うなら、歩き方が妬ましかったからかしら」
「歩き方? 妬ましいですって? それだけの理由で……」
「私には十分よ、閻魔さん」
なんということでしょう。
この妖怪、まるで悪びれていません。
しかも私が閻魔と知って、わざとやってます。
これはもう黒ですね。完全に黒です。
死んだら一言目に言ってやります。
むしろ、今判決を下してあげます。
「貴方は黒です」
「はずれ。今日は穿いてないわ」
「はい?」
「見てみる?」
言うが早いか、彼女は黒のスカートをまくり上げようとしていた。
「見ません!!」
一寸、肌色っぽい何かと、金色っぽい何かが見えた気がしますが、気のせいです。
気の迷いです。私にそんな趣味はありません。
「そう……充実しているのね。妬ましいわ」
「何がですか!?」
「何って、何を想像しているのかしら?」
「そ、そそそそれは……野菜生活です」
「……ふぅん」
何でしょうこの空気。
彼女はニコリともせず、翠色の目を私に向けています。
でもその瞳は、やっぱり何も映し出してはいないように見えた。
ふっと、彼女は川へと体をむけなおした。
まるでもう私には興味がないとでも言うかのように。
本来ならば、私は激怒してもいいはずで、得意の「えいきっく(しましまVer)」を放ってもいいはず。
いいよね?
わざわざ私に背を向けているのだもの。
ここでやらねば誰がやる。
私は閻魔。裁くのも私です。
というわけで、判決。黒。
さぁ、彼女の後頭部という書類に、閻魔の判を押しましょう。
「えいきぃぃぃぃっくうぅぅ!!」
「そうそう、さっきさとりが……きゃぁぁぁ!!」
飛び上がった私と同タイミングで、彼女は振り返った。
ゆっくりと、彼女の顔面に吸い寄せられていく私の足の裏。
今日は「すにーかー」なるものを穿いているので、とてもいい感じに着地できそうだ。
あ、今更ながらに思ったけれど、この人すごく奇麗な顔立ちをしている。
彼女の言葉を借りるならば、そう、妬ましいくらいに。
顔面キックはちょっとかわいそうかな。でももう遅いよね♪
バキッっと、いい音がした。
鼻の骨と、橋の縁が折れる音。
そして、数秒の後に水柱が上がる音が、さらに勝利の雄叫びが、地底の入り口にこだました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それはパルスィね」
「パルスィ……」
場所は変わって地霊殿。
ここの主、さとりとお茶を飲んでいる。
以前は仕事の付き合いしかない私達だったが、今ではこうして一緒にお茶を飲む仲だ。
今は先ほど出会った女性の話をしていたところだ。
川に落ちた女性の名前はパルスィと呼ぶらしい。
閻魔帳のブラックリストに即メモだ。
「それにしても、閻魔ともあろう方が蹴りですか」
「失敬な。えいきっくは聖なる裁きです」
「閻魔ともあろう方が、神聖を語りますか」
「う……そ、それはともかくとして、あのパルスィとかいう娘。次も同じようなことしたら本当に地獄へと落しましょう」
話題変更。
こうしないと、さとりはチクチクと同じ話題で攻め立ててくる。
性格が陰湿なのだ。
でもそんなところも、不思議と嫌いじゃない……きっと自分に素直だからだろう。
「実はパルスィに貴女をからかう様に言ったのは私なのですよ」
「やっぱり嫌いです!!」
「クスクス。本当ですよ」
「そこは、冗談ですよ、という所だと思う」
「だって本当の事ですし、それに素直な私を……貴女は好きなのですよね?」
「嫌い」
「あらあら、嫌われてしまいました。でも膨れ顔の貴女も可愛いです」
さとりが、からかいモードへと移行してしまった。
こうなったら止めることはできない。
結局、今日も私が怒って飛び出して、後で謝罪の手紙を書いてまた此処へ来るのだ。
ほら、扉の影で黒猫が同情の目でこちらを見ているではないか。
でも、もう少しだけあらがってみよう。
今日の私は強気モードなのだ。
「私より、さとりの方が可愛いではないですか」
「? 知っているわ?」
「あぁぁもう黒! さとりも黒です!」
「はずれですね。今日は穿いていませんから」
「乙女ならちゃんと穿きなさい! こらそこの黒猫、さとりのスカートに潜り込んではいけません! あぁぁもう帰ります!!」
バタンっと扉を慌ただしく締める。
これもいつものこと。
この扉の向こうで、さとりは笑っているに違いない。
悔しい。
でも……この屋敷は飽きない。
毎日が騒がしくて、楽しそうで。
近いうちに私は、また来るだろう。
今度は、パルスィも誘ってみよう。
あの翠色の目を、驚きや笑いや涙でいっぱいにしてやろう。
私がそうなったように。
裁きを機械的に行っていた私が、さとりのおかげで笑えるようになったように。
パルスィも……
「ぱりゅっくしょん!! うぅ、風邪引いたかな。それにしてもあの閻魔、今度会ったらただじゃおかないんだから。ぱりゅっくしょん!!」
実にけしからんお話でした。
>それに素直は私を……貴女は好きなのですよね?」
素直な私を、ですか?
小悪魔的幻想少女は本当にけしからんです
>奇声しゃま
えいきっきで遊ぶためなら一肌脱ぐ子達が多いです
>3しゃま
さとり「彼女の前だけですよ?」
ぱる「地底は熱いから蒸れる」
>4しゃま
京の都の四条のとあるラーメン屋でござるよ~
>けやっきーしゃま
閻魔「えいきぃぃぃっ……」
隙間「いいおふぁんつね。ちょっと借りるわよ」
閻魔「……っっくうううぅぅぅえええええ!?」
誤字情報感謝!