「わふぅ……」
めっきり冷え込んできたここ最近の気温に一つ身震いをしながら、私は今日も見張り
に立つ。
マフラーを巻き直しながら、侵入者がいないか辺りを注意深く観察する。
けれど、天狗の総本山でもあるこの妖怪の山に足を向けるような命知らずは滅多にい
ない。せいぜいが1Pカラーの巫女か白黒くらいのものだろう。
「本日も異常なし」
呟いて自分の能力で遠くを眺める。
人里ではキラキラと派手な飾りがあちこちに飾られ、すっかりお祭りムードで盛り上
がっているのが見える。
「楽しそうだなぁ……」
大きくため息をつく。
今日に限って哨戒任務だなんて付いてない。
非番の者は皆楽しんでいるのだろうか。
また小さくため息が漏れる。
カシャ、と音が聞こえたのはその時だった。
「あやや、随分と暗い顔をしていますね、椛」
「わひゃぅ!あ、文さん!?」
突然の声に驚いて顔を上げると、そこにいたのは天狗の里でも有名な烏天狗で、私の
良く知った顔。そして、私が密かな想いを向ける人。
さっきまでの様子を写真に撮られたのかと思うと、あまりの恥ずかしさにこのまま滝
つぼにダイブしたくなってしまう。
「普段のあなたらしくないですよ。私がここまで接近するのに気が付かないなんて」
カメラを片手に文さんは私の顔を覗き込む。
「文さんこそ、どうしたんですか?いつもだったらまだ取材に飛び回っている頃じゃな
いですか」
カメラから逃れるように顔を背けながら、私は空を指す。
まだ陽は高い。昼を少し過ぎたといったところだ。
「朝の取材は早めに切り上げて、夜にまた取材に出ようかと思って一旦戻ってきたのよ。
今日は夜からが本番なんですから、なんといったってクリス――」
と、そこまで言って文さんは唐突に言葉を切る。
それからにんまりと私に含みのある笑顔を向けた。
「もしかして、一人だけクリスマスパーティーに参加できないのが寂しいんですか?」
そう、今日はクリスマスだ。この天狗の里でもクリスマスパーティーを催されている。
非番の白狼天狗達もそれに参加しているはずだ。誰かと。
「ち、違います!」
「またまた、隠さなくてもいいんですよぉ。お姉さんに包み隠さず話してみなさいな。
私は清く正しくが心情の射命丸ですから、秘密は守りますよ」
「そんな顔で言われても信用できません!」
「本当は誰かと一緒に行きたかったんじゃありませんか?」
「ひ、秘密です!」
――文さんと一緒に行きたかった。なんて恥ずかしくて言えるわけないじゃないですか。
「おやおや、随分と強情ですね。……まあ、この辺りで引いてあげましょう。無理強い
も良くないですからね」
これ以上攻められるとボロが出そうだった為、内心ホッとしながら文さんを見る。
「そうなんです、私は強情なんですよ」
「そうですか、仕方ありません。今回は椛の珍しい姿が見られただけで良しとしましょ
うか」
「そ、それは忘れてください!」
先程の失態に顔が赤くなるのを感じながら私は声を荒げる。
それに笑いながら文さんは翼を広げ、空に飛び上がる。
「それでは椛、私は取材の準備のために一旦戻ります。あなたも哨戒、頑張ってくださ
いね」
「……はい」
私の返事に頷くと、文さんは一度大きく翼を羽ばたかせその場から飛び去っていく。
その時見えた横顔が、少しだけ寂しそうに見えたような気がした。
結局その後も何の異常もなく、日が落ちかけてきた頃。
私の鼻と耳が、この場に近づいて来る者があることを告げる。
それから直ぐに羽音と共に声が落ちてきた。
「頑張ってますね。椛」
「文さん」
「おや、今度は驚かないのですね」
「何度も失態は繰り返しません」
「またあの表情が見られるかと思ったのですが、残念」
そう言って、大して残念そうに見えない表情で文さんは肩を竦める。
「文さんはこれからまた取材ですか?」
「そうですよ。ですが、パーティーに行けずに落ち込んでいた白狼天狗の様子を見に来
たのです。どうやらちゃんと頑張っていたみたいですね」
「落ち込んでません!……これが私の仕事ですから」
「関心関心、そんな真面目な椛ちゃんに射命丸お姉さんからクリスマスプレゼントです」
文さんが手に持っていた物を掲げてみせる。
見るとその手にあったのは一升瓶に入った酒だった。
「どうしたんですか、それ?」
「ここに来る前に里のパーティー会場に寄って一本拝借してきました」
内緒ですよ、と文さんは口に前に人差し指を立てる。
「もう仕事も終わりですし、一緒に飲みませんか、椛?」
思わぬその申し出にドキリと心臓が跳ねた。
「……私なんかと一緒でいいんですか?」
「いいんですよ、偶には二人っきりで飲みたいじゃないですか。特に今日みたいな日は、ね」
「それに……取材だって……」
「まだ時間もありますし、大丈夫ですよ。それとも、椛は私と飲むのはいやですか?」
「い、いえ、そんないやだなんて!……ご一緒……します」
多分、今の自分の顔は湯気が出そうなほど真っ赤なのかもしれない。
まだ夕日が出ていることに、今日ほど感謝したことはないかもしれない。
「そうですか、良かったです」
これまで見たことの無い優しい笑顔を文さんは私に向ける。
それだけで心臓が止まりそうなほど胸が高鳴る。
「はい、椛」
猪口に酒が注がれ、片方を受け取る。
文さんも、もう片方の猪口を持つ。
「それじゃあ、椛。メリークリスマス」
「はい、メリークリスマス。文さん」
グラスのように猪口を打ち合わせる。
まだまだ恥ずかしくて口には出せないけれど、もう一度心の中で文さんに語りかける。
――メリークリスマス。大好きです、文さん。
「まったく、椛もこれだけ積極的になってくれれば私も嬉しいんですけどねぇ」
私の膝の上では寝息を立てている椛の頭が乗っている。
傍らには空になった一升瓶が転がっている。
「私に好意を向けているのは、私はとっくに知っているというのに、このヘタレめ」
ぐりぐりと椛の頬に指を突き立てる。
それに椛は苦しそうにウンウン唸る。
「……本当はあなたから言って欲しいんですよ、椛?……今日は特別です」
眠る彼女から答えは無い。
寒いはずなのに、なぜか体は温かい。
「……愛してますよ。椛」
言って、私は椛にそっと口付けた。
めっきり冷え込んできたここ最近の気温に一つ身震いをしながら、私は今日も見張り
に立つ。
マフラーを巻き直しながら、侵入者がいないか辺りを注意深く観察する。
けれど、天狗の総本山でもあるこの妖怪の山に足を向けるような命知らずは滅多にい
ない。せいぜいが1Pカラーの巫女か白黒くらいのものだろう。
「本日も異常なし」
呟いて自分の能力で遠くを眺める。
人里ではキラキラと派手な飾りがあちこちに飾られ、すっかりお祭りムードで盛り上
がっているのが見える。
「楽しそうだなぁ……」
大きくため息をつく。
今日に限って哨戒任務だなんて付いてない。
非番の者は皆楽しんでいるのだろうか。
また小さくため息が漏れる。
カシャ、と音が聞こえたのはその時だった。
「あやや、随分と暗い顔をしていますね、椛」
「わひゃぅ!あ、文さん!?」
突然の声に驚いて顔を上げると、そこにいたのは天狗の里でも有名な烏天狗で、私の
良く知った顔。そして、私が密かな想いを向ける人。
さっきまでの様子を写真に撮られたのかと思うと、あまりの恥ずかしさにこのまま滝
つぼにダイブしたくなってしまう。
「普段のあなたらしくないですよ。私がここまで接近するのに気が付かないなんて」
カメラを片手に文さんは私の顔を覗き込む。
「文さんこそ、どうしたんですか?いつもだったらまだ取材に飛び回っている頃じゃな
いですか」
カメラから逃れるように顔を背けながら、私は空を指す。
まだ陽は高い。昼を少し過ぎたといったところだ。
「朝の取材は早めに切り上げて、夜にまた取材に出ようかと思って一旦戻ってきたのよ。
今日は夜からが本番なんですから、なんといったってクリス――」
と、そこまで言って文さんは唐突に言葉を切る。
それからにんまりと私に含みのある笑顔を向けた。
「もしかして、一人だけクリスマスパーティーに参加できないのが寂しいんですか?」
そう、今日はクリスマスだ。この天狗の里でもクリスマスパーティーを催されている。
非番の白狼天狗達もそれに参加しているはずだ。誰かと。
「ち、違います!」
「またまた、隠さなくてもいいんですよぉ。お姉さんに包み隠さず話してみなさいな。
私は清く正しくが心情の射命丸ですから、秘密は守りますよ」
「そんな顔で言われても信用できません!」
「本当は誰かと一緒に行きたかったんじゃありませんか?」
「ひ、秘密です!」
――文さんと一緒に行きたかった。なんて恥ずかしくて言えるわけないじゃないですか。
「おやおや、随分と強情ですね。……まあ、この辺りで引いてあげましょう。無理強い
も良くないですからね」
これ以上攻められるとボロが出そうだった為、内心ホッとしながら文さんを見る。
「そうなんです、私は強情なんですよ」
「そうですか、仕方ありません。今回は椛の珍しい姿が見られただけで良しとしましょ
うか」
「そ、それは忘れてください!」
先程の失態に顔が赤くなるのを感じながら私は声を荒げる。
それに笑いながら文さんは翼を広げ、空に飛び上がる。
「それでは椛、私は取材の準備のために一旦戻ります。あなたも哨戒、頑張ってくださ
いね」
「……はい」
私の返事に頷くと、文さんは一度大きく翼を羽ばたかせその場から飛び去っていく。
その時見えた横顔が、少しだけ寂しそうに見えたような気がした。
結局その後も何の異常もなく、日が落ちかけてきた頃。
私の鼻と耳が、この場に近づいて来る者があることを告げる。
それから直ぐに羽音と共に声が落ちてきた。
「頑張ってますね。椛」
「文さん」
「おや、今度は驚かないのですね」
「何度も失態は繰り返しません」
「またあの表情が見られるかと思ったのですが、残念」
そう言って、大して残念そうに見えない表情で文さんは肩を竦める。
「文さんはこれからまた取材ですか?」
「そうですよ。ですが、パーティーに行けずに落ち込んでいた白狼天狗の様子を見に来
たのです。どうやらちゃんと頑張っていたみたいですね」
「落ち込んでません!……これが私の仕事ですから」
「関心関心、そんな真面目な椛ちゃんに射命丸お姉さんからクリスマスプレゼントです」
文さんが手に持っていた物を掲げてみせる。
見るとその手にあったのは一升瓶に入った酒だった。
「どうしたんですか、それ?」
「ここに来る前に里のパーティー会場に寄って一本拝借してきました」
内緒ですよ、と文さんは口に前に人差し指を立てる。
「もう仕事も終わりですし、一緒に飲みませんか、椛?」
思わぬその申し出にドキリと心臓が跳ねた。
「……私なんかと一緒でいいんですか?」
「いいんですよ、偶には二人っきりで飲みたいじゃないですか。特に今日みたいな日は、ね」
「それに……取材だって……」
「まだ時間もありますし、大丈夫ですよ。それとも、椛は私と飲むのはいやですか?」
「い、いえ、そんないやだなんて!……ご一緒……します」
多分、今の自分の顔は湯気が出そうなほど真っ赤なのかもしれない。
まだ夕日が出ていることに、今日ほど感謝したことはないかもしれない。
「そうですか、良かったです」
これまで見たことの無い優しい笑顔を文さんは私に向ける。
それだけで心臓が止まりそうなほど胸が高鳴る。
「はい、椛」
猪口に酒が注がれ、片方を受け取る。
文さんも、もう片方の猪口を持つ。
「それじゃあ、椛。メリークリスマス」
「はい、メリークリスマス。文さん」
グラスのように猪口を打ち合わせる。
まだまだ恥ずかしくて口には出せないけれど、もう一度心の中で文さんに語りかける。
――メリークリスマス。大好きです、文さん。
「まったく、椛もこれだけ積極的になってくれれば私も嬉しいんですけどねぇ」
私の膝の上では寝息を立てている椛の頭が乗っている。
傍らには空になった一升瓶が転がっている。
「私に好意を向けているのは、私はとっくに知っているというのに、このヘタレめ」
ぐりぐりと椛の頬に指を突き立てる。
それに椛は苦しそうにウンウン唸る。
「……本当はあなたから言って欲しいんですよ、椛?……今日は特別です」
眠る彼女から答えは無い。
寒いはずなのに、なぜか体は温かい。
「……愛してますよ。椛」
言って、私は椛にそっと口付けた。
カロリー控えめもいいですが、あやもみなら糖分は自重しない!