ただ、他の兄弟姉妹より変わって生まれてしまっただけだった。
別に何か特別な事が出来るという訳でもなかったし、危険な部分があったとは思えない。
私にできた事は、自分が生まれてすぐに母親に捨てられたという事を理解する事だけだ。まぁ、皆より変わっていたというのはそういった部分なのかもしれない。
きっと、母は私が生まれてくる前からそういう部分を怖れたんだと思う。自分の腹の中に自分を圧倒するかもしれない生命が宿っている事。
そんなに私は怖いの?
別に殺したり出来るわけでもないし、私にとって母は絶対な存在なのだ。
生まれたばかりの私は母を頼らなくてはいけないくらい弱い。そもそも母を殺す力なんてどこにも無いし殺そうとする意思すらなかった。
ただ、他の兄弟姉妹達と同じように、母に甘えたかっただけ。
母に捨てられたのは他に何か理由でもあったんだろうか?
何かに追われていたとか?
他にもいた兄弟姉妹が多かったから、口減らし?
それともやっぱり、私が怖かったのか?
行かないで。
母が他の兄弟姉妹達を咥え、私だけ置いて行ってしまう。それだけが分かってしまう。
遠ざかっていく母は速すぎて、生まれたばかりの私に追いつける筈が無い。
何しろ、目すら見えないのだから。
私も連れて行って。
まだ、音が出るようになったばかりの口で、思いっきり叫ぶ。
『行かないで』
『私を捨てないで』
『貴方に甘えさせて』
それでも、母は一度も振り返らずにどこかへ消えていってしまった。
ずっと、泣き続ける。
けど、母は戻ってきてくれない。
いつまで続けていたのか、分からないほど泣き続けた。
結局、母は……最後まで戻ってきてはくれなかった。
身体が、寒い。いや、痛い。寒くて痛い。
とにかく、身体を縮こませるしかなかった。
まだ何も見えなくて、動けなくて、寒くて痛くて。
けど、そんな事よりも、母がいない事が怖かった。
どんどん、寒くて痛いのが大きくなってきて、怖いのも大きくなってきた。
「あらあら、すごく小さいくせに将来は有望みたいね。弱ってるけど」
何かの音がする。
けど、もう、あんまり聞こえてこない。
「うん、郷を作るのに、駒ぐらいには使えるかしらね」
身体が何かに包まれた。
すごく暖かい。
母の中にいた時のように。
「そうね~、名前も必要ね」
暖かくて、嬉しくて、母が戻ってきてくれたと感じた。
怖いのもどんどん小さくなっていく。
頬を摺り寄せる。
この暖かさを放したくない。
この暖かさは私だけのものだ。
手放したくない。
怖いのは嫌だから。
「……可愛い事するわねぇ。よし、じゃあ取って置きの名を上げましょう。貴方の名前は『――』よ。私の半分をあげる」
暖かくて、優しくて、大きくて…………だから安心できた。
だから、鳴いた。
精一杯の鳴き声で。
『貴方に、甘えてもいい?』
暗い中、私は目を覚ます。
起き上がって、辺りを見回すと、いつもの自室がある。
見た夢はもうずっと昔の事。あの方はもうその事を覚えていないかもしれない。
けど、私は絶対に忘れたりは出来ない。
あの暖かさと優しさと大きさを。
長い間、ずっと傍にいた。これからだって傍にいるつもりだ。
私はあの方の傍以外に何処にも行く所なんて無い。
けど、あの方はまだ私を必要としてくれているのだろうか?
『うん、郷を作るのに、駒ぐらいには使えるかしらね』
駒。
私はこの世界を作るための駒とあの方は言っていた。
私は傍にいてもいいのだろうか?
もう、この世界は出来た。なら、用の済んだ駒(わたし)はどうなるの?
不安になってくる。
もし、もういらないと言われたら私はどうすればいい。
息をするのが速くなる。胸が苦しい。夢で感じた寒さと痛みが私の身体を蝕む。
「―――様……」
立ち上がって自室を出る。廊下を進んで、幾つもある襖をあけ、あの方の眠る部屋の一つ前まで来た。後はこの襖を開けて、あの方を起こして尋ねるだけ。
けど、襖が開けられない。
襖にかけた指がガタガタ震える。違った。指だけじゃなくて身体全部が震えている。
怖い。この襖を開けたら、私は存在意義が無くなってしまうんじゃないだろうか?
『もう貴方はいらない』
一言。それだけで私の存在がこの世から消える。
ポタポタと畳に水が落ちていく。いつの間にか、涙が頬を伝っている。
怖い。そうなったらあの暗くて、寒くて、痛いのが私を捕まえにくる。
嫌……そんなのは嫌。
どうすればいい。
「そこで何やってるの?」
心臓が鷲掴みされたように跳ねる。
襖の奥から、あの方の声がする。
止めておけば良かった。どうすればいい。どんなに考えても、答えが出てこない。
「入ってきなさい」
「っ、は……い」
もう、後戻りが出来ない。
襖に手をかけてゆっくりと引く。
ああ、せめて涙だけでも拭っておけばよかった。
「し……つれっ……い、します」
「で、どうしたの?」
あの方は布団の上で上半身を起き上がらせた状態で私を出迎えた。
眠そうにしているが、まっすぐ私を見ている。
「あの、その……」
「……もういいわ、こっちに来なさい」
「でも……」
「いいから来なさい」
断る事が出来ない。
何を言われるのか分からない。
「……は、い」
恐る恐る、傍に付く。何を言われるのだろうか。
「何泣いてるのよ――――――藍」
私の頬に手の平が添えられる。
「ほら、泣くのは止めなさい。可愛い顔が台無しよ?」
その手が暖かくて、優しくて、大きくて。
もっと、ずっと甘えていたくて。
「怖い夢でも見たのかしら?」
そのせいで、涙が止まらなくて。
この手を、『紫様』の手を失いたくなくて。
自分を置いていかないで欲しくて。
けど、たった一言『甘えてもいいですか』が言えない。
断られたら自分が自分で無くなってしまいそうだから。
「大丈夫よ。一緒にいてあげるから」
その言葉が心の隅々まで染み渡る。
そして、もっと暖かくて優しくて大きいものに包まれた。
「ゆ、かり……様」
紫様に抱きしめられている。
「もっと、私に甘えなさい。貴方にはその権利がある」
安心できる。
私も紫様に抱きつく。
「貴方は、私の家族なんだから」
心の底から全部が暖かくなっていく。
「子が、親に甘えちゃいけない理由なんて無い。そして、親には子に甘えさせる義務があるのよ。藍」
ああ、この方は本当に暖かくて、優しくて、大きすぎる。
不安な物が、どんどん私の中から消えていく。
この方は、私を助けてくれる。
私をあの暗くて、寒くて痛いのから救い出してくれる。
だから、私はそんな貴方が――――大好きです。
「……ありがとうございます。紫様」
貴方を愛しています。
母さん。
別に何か特別な事が出来るという訳でもなかったし、危険な部分があったとは思えない。
私にできた事は、自分が生まれてすぐに母親に捨てられたという事を理解する事だけだ。まぁ、皆より変わっていたというのはそういった部分なのかもしれない。
きっと、母は私が生まれてくる前からそういう部分を怖れたんだと思う。自分の腹の中に自分を圧倒するかもしれない生命が宿っている事。
そんなに私は怖いの?
別に殺したり出来るわけでもないし、私にとって母は絶対な存在なのだ。
生まれたばかりの私は母を頼らなくてはいけないくらい弱い。そもそも母を殺す力なんてどこにも無いし殺そうとする意思すらなかった。
ただ、他の兄弟姉妹達と同じように、母に甘えたかっただけ。
母に捨てられたのは他に何か理由でもあったんだろうか?
何かに追われていたとか?
他にもいた兄弟姉妹が多かったから、口減らし?
それともやっぱり、私が怖かったのか?
行かないで。
母が他の兄弟姉妹達を咥え、私だけ置いて行ってしまう。それだけが分かってしまう。
遠ざかっていく母は速すぎて、生まれたばかりの私に追いつける筈が無い。
何しろ、目すら見えないのだから。
私も連れて行って。
まだ、音が出るようになったばかりの口で、思いっきり叫ぶ。
『行かないで』
『私を捨てないで』
『貴方に甘えさせて』
それでも、母は一度も振り返らずにどこかへ消えていってしまった。
ずっと、泣き続ける。
けど、母は戻ってきてくれない。
いつまで続けていたのか、分からないほど泣き続けた。
結局、母は……最後まで戻ってきてはくれなかった。
身体が、寒い。いや、痛い。寒くて痛い。
とにかく、身体を縮こませるしかなかった。
まだ何も見えなくて、動けなくて、寒くて痛くて。
けど、そんな事よりも、母がいない事が怖かった。
どんどん、寒くて痛いのが大きくなってきて、怖いのも大きくなってきた。
「あらあら、すごく小さいくせに将来は有望みたいね。弱ってるけど」
何かの音がする。
けど、もう、あんまり聞こえてこない。
「うん、郷を作るのに、駒ぐらいには使えるかしらね」
身体が何かに包まれた。
すごく暖かい。
母の中にいた時のように。
「そうね~、名前も必要ね」
暖かくて、嬉しくて、母が戻ってきてくれたと感じた。
怖いのもどんどん小さくなっていく。
頬を摺り寄せる。
この暖かさを放したくない。
この暖かさは私だけのものだ。
手放したくない。
怖いのは嫌だから。
「……可愛い事するわねぇ。よし、じゃあ取って置きの名を上げましょう。貴方の名前は『――』よ。私の半分をあげる」
暖かくて、優しくて、大きくて…………だから安心できた。
だから、鳴いた。
精一杯の鳴き声で。
『貴方に、甘えてもいい?』
暗い中、私は目を覚ます。
起き上がって、辺りを見回すと、いつもの自室がある。
見た夢はもうずっと昔の事。あの方はもうその事を覚えていないかもしれない。
けど、私は絶対に忘れたりは出来ない。
あの暖かさと優しさと大きさを。
長い間、ずっと傍にいた。これからだって傍にいるつもりだ。
私はあの方の傍以外に何処にも行く所なんて無い。
けど、あの方はまだ私を必要としてくれているのだろうか?
『うん、郷を作るのに、駒ぐらいには使えるかしらね』
駒。
私はこの世界を作るための駒とあの方は言っていた。
私は傍にいてもいいのだろうか?
もう、この世界は出来た。なら、用の済んだ駒(わたし)はどうなるの?
不安になってくる。
もし、もういらないと言われたら私はどうすればいい。
息をするのが速くなる。胸が苦しい。夢で感じた寒さと痛みが私の身体を蝕む。
「―――様……」
立ち上がって自室を出る。廊下を進んで、幾つもある襖をあけ、あの方の眠る部屋の一つ前まで来た。後はこの襖を開けて、あの方を起こして尋ねるだけ。
けど、襖が開けられない。
襖にかけた指がガタガタ震える。違った。指だけじゃなくて身体全部が震えている。
怖い。この襖を開けたら、私は存在意義が無くなってしまうんじゃないだろうか?
『もう貴方はいらない』
一言。それだけで私の存在がこの世から消える。
ポタポタと畳に水が落ちていく。いつの間にか、涙が頬を伝っている。
怖い。そうなったらあの暗くて、寒くて、痛いのが私を捕まえにくる。
嫌……そんなのは嫌。
どうすればいい。
「そこで何やってるの?」
心臓が鷲掴みされたように跳ねる。
襖の奥から、あの方の声がする。
止めておけば良かった。どうすればいい。どんなに考えても、答えが出てこない。
「入ってきなさい」
「っ、は……い」
もう、後戻りが出来ない。
襖に手をかけてゆっくりと引く。
ああ、せめて涙だけでも拭っておけばよかった。
「し……つれっ……い、します」
「で、どうしたの?」
あの方は布団の上で上半身を起き上がらせた状態で私を出迎えた。
眠そうにしているが、まっすぐ私を見ている。
「あの、その……」
「……もういいわ、こっちに来なさい」
「でも……」
「いいから来なさい」
断る事が出来ない。
何を言われるのか分からない。
「……は、い」
恐る恐る、傍に付く。何を言われるのだろうか。
「何泣いてるのよ――――――藍」
私の頬に手の平が添えられる。
「ほら、泣くのは止めなさい。可愛い顔が台無しよ?」
その手が暖かくて、優しくて、大きくて。
もっと、ずっと甘えていたくて。
「怖い夢でも見たのかしら?」
そのせいで、涙が止まらなくて。
この手を、『紫様』の手を失いたくなくて。
自分を置いていかないで欲しくて。
けど、たった一言『甘えてもいいですか』が言えない。
断られたら自分が自分で無くなってしまいそうだから。
「大丈夫よ。一緒にいてあげるから」
その言葉が心の隅々まで染み渡る。
そして、もっと暖かくて優しくて大きいものに包まれた。
「ゆ、かり……様」
紫様に抱きしめられている。
「もっと、私に甘えなさい。貴方にはその権利がある」
安心できる。
私も紫様に抱きつく。
「貴方は、私の家族なんだから」
心の底から全部が暖かくなっていく。
「子が、親に甘えちゃいけない理由なんて無い。そして、親には子に甘えさせる義務があるのよ。藍」
ああ、この方は本当に暖かくて、優しくて、大きすぎる。
不安な物が、どんどん私の中から消えていく。
この方は、私を助けてくれる。
私をあの暗くて、寒くて痛いのから救い出してくれる。
だから、私はそんな貴方が――――大好きです。
「……ありがとうございます。紫様」
貴方を愛しています。
母さん。
雨詩さん、あったかいお話ゴチでした^^
優しい紫様大好きです
お母さんになってください!!