※注意※
この話は例によって作者の趣味&妄想願望が詰まり詰まっております。
基本的に拙作『若者』などの設定を使っております。オリ設定と言うやつです。
それらが好きでない方は早急なるブラウザバックをお願いします。
それでは本編始まります。
「親父さん、少しの間店の仕事を休ませて貰っていいでしょうか」
「はぁ、構いませんが訳を話してくれませんか、それによってですね」
霖之助が話すに慧音が赤点を貰った。
学問予備会の定期試験の内、英語が良くなかったのである。
ただこれが中間考査であったのが多少の幸いであった。霖之助は回答が返ってきたその日のうちに
『キリサメェ!英語を教えてくれ!』
と慧音に泣き付かれ現在に至る。
「…はぁ、慧音さんの家庭教師として下宿に泊まり込む、ですか」
「すいません親父さん、ですが慧音は次落ちれば二度目、進級が難しくなります」
茶を呑気に啜っていた親父は突然吹きだし、声を荒げた。
「ってことはあれですか?うら若き乙女と青年が屋根一つ下で共に過ごすわけですか?」
「はぁ、そうなりますねぇ」
案外、霖之助の慧音の下宿への泊まり込み家庭教師はすんなりと事が運んだ。
その日のうちに霖之助は当面必要な着替えとちゃぶ台を背負い慧音の下宿を訪れる。
この時慧音は周りに『キリサメと私のお互いの苦手分野について教え合うんだ、決して泣き付いたわけではない』と言いまわっていたので下宿についたが早いか
「キリサメは私に英語を教えてくれ、私はお前に文学を教えてやる」
と階段を上がりながら慧音は霖之助に話しかけた。
「文学?駄目だ駄目だ、僕は漢文は苦手だ」
「漢文じゃない、これだ」
言って慧音が取り出したのは一冊の本、小説だった。
「小説?」
「あぁ、伊東桑厳先生の書いた『学士の生活』だ」
「桑厳って、ここの下宿の主じゃないか、そんなに面白いのかい?」
「面白いもんなんてもんじゃない、これにはな私達書生のスタディやサクセスがこれでもかと言う程にリアルに、写実的に表現されている」
「また写実かい」
皮肉を込めた霖之助を意に介さず、まるで街頭で演説をするかの様に慧音は声を更に張り上げる。
「これが幻想郷の人里における文芸の興りだ、これは歴史になるぞ」
「慧音、小説なんか僕ら書生のやる事じゃないぞ、そんなんだから英語で赤点を取るんだ」
霖之助は半ば呆れながら言うと慧音は人差し指を振りながら畳みかけた。
「甘いッ!甘いぞキリサメ、これからはこう言うゆとりを持っていかなければ妖怪相手にはとてもじゃないが戦えない」
「僕は戦おうとは思わないけど」
「私は戦ってやる」
「がんばってくれよ」
言って腰を降ろした霖之助、大変な家庭教師を受け持ってしまったと思いながら。
夜、アルコールランプの光の下、霖之助は慧音に約束通り英語を教えていた。
「良いかい、ここの『lead』は『鉛』じゃない『先導』だ」
「……頭が痛い」
当時の人里の英語教育と言うのは、魔界で発行されている本をそのまま原本とし、教師が読み和訳し、ノートに書き写させる。
だが当時英語と言う言語を正確に理解している教師は少なく時折
『このところ、不可解なり』
と言って飛ばしてしまう。
後年の英語教育から見れば驚くほど単純で稚拙であった。
「よし、ここからここまでの単語十個を意味も一緒に書き写すんだ、そのあとに簡単な単語テストだぞ」
「おう、分かったよぅ」
返答と鉛筆の音が聞こえ始め、霖之助は寝ころんだ。
「終わるまでそこの小説を読んでみてくれ、私が書いたんだ」
「何時の間に書いたんだい」
指された原稿用紙の束を手繰り寄せながら霖之助はぼやき、読み始める。
「ふむ、なになに……『桜花の恋』か」
読みはじめようとした瞬間、慧音は背を向けたまま物凄い勢いで抗議した。
「こっここ声に出すな、私がそれを書いている途中何度赤面したと思っている、声を出さずに読んでくれ」
目で追ってみると題名通り恋物語で、作品の主人公は女学生。
主人公はある日同級生の青年に淡い恋心を抱くがなかなか言い出せない間に卒業が近づいて行く。
そして卒業式の前日、彼女は思い切ってその思いを告げた。
「はは、成る程、君が書きながら赤面したのが良く分かるよ」
「そ、そうか……」
作中では女学生が友人に相談したり、家業を手伝う青年を影から見ながら頬を染める場面が多くあり、作品の九割がそれで完成されている。
そして情景が頁を捲るたび思い浮かぶ、何時も慧音の口癖である『写実的』が良く出ていた。
「しかし良く書けているなぁ、驚いたよ」
「そうか?そうだろう、それを書くにあたっては桑厳先生に会って指南していただいたんだ」
顔は見えないが声を聞くに相当喜んでいるのだろう。
その熱意を勉学に向ければ落第なんてしないで済むのにと霖之助は思いながら更に続けた。
「何たって驚いたのはこの女学生のモデルは君だろう?慧音」
「ゑッ!?」
数秒固まり、後ろを振り向く慧音。顔は熱した鉄のように紅い。
「この女学生の口調が中性的だし、何よりも思い浮かぶのが君の顔だ」
彼女の重視する『写実』が裏目に出た瞬間である。
「……そ、そうだ…モデルは確かに私だ」
ゆっくりと言葉を紡ぐ慧音に霖之助は作文用紙に目を通しながら言う。
「じゃあこの男子学生のモデルを教えてくれないかな、ここまで来たんだし」
「ま、マジか?それマジか」
慧音は霖之助に向き直り、数度深呼吸して口を開いた。
「それは……だな………」
「うん」
「お……おま………」
スカートの裾を掴みながら言い淀む慧音。
「おま?」
「あぅ………うぅ……」
極めて冷静に、そして聞いてくる霖之助に慧音はついに限界に達したか、今度は机に向き直る。
「おい教えてくれよ」
「うぅ、五月蠅いうるしゃい!エングリッシュのスタディ中だ」
「慧音、エングリッシュじゃないイングリッシュだ」
「ど、どうでも良い!」
顔を先程よりも真っ赤にさせノートに向き鉛筆をいささか乱暴に使い字を書いていった。
案外、人里の夜は賑やかに過ぎて行くようだ。
ニヤケが治まらないです…
甘酸っぱい! 背中がこそばい!
俺だってこんな青春が過ごしたかった!
あと親父さんは自重しろw