紫様がもしも美人でなかったら、幻想郷の住人は数百回ほど殴り殺していてもおかしくないと、私八雲藍は毎日百回は思うのだった。
美人というものは、多少無理難題を言っても可愛い奴めとなんとなしに許せてしまう。そんなオーラを持っているわけで。
いつだか自作アスレチックに私を放り込んだあげく、勝手に幻想郷の住人をキャラクターに設置しやがったこのダメな人は、新年だというのに炬燵から出てこようともしない。
炬燵で寝ると風邪引きますよと言っても、反逆するかのように腹を出して寝るからしょうもない。タオルケットをかけておいたら寝相が悪くて吹き飛んでいるし。
こんな明らかにダメな人でも、幻想郷でも随一にダメな妖怪でも、私の敬愛する主人であり、この人以外に仕えようなどと思うことも一度もなかった。
暇を貰おうかと思ったことは毎日あるのだけども。橙を連れてどこかで隠居するんだ。楽しそうだろう。
「むくり」
「おはようございます紫様。わざわざ体を起こす音を口語表現なさるだなんてシュールですね」
「なんだか不穏な空気を感じたの。ふぁー眠い」
寝ておけばいいのに。起きたら世話でめんどくさい。いっそのこと年がら年中冬眠していたほうが世話がとっても楽だ。
「そうそう藍」
「はいはい紫様」
「はい、は1回でよろしくてよ。こないだアスレチック作ったじゃない」
「作りましたね」
「あれ飽きちゃった」
「喜ばしいことです」
というか霊夢にやらせるんじゃなかったのか。どうせ飽きるだろうと思っていたけど。
「それでね、新しいのを作ったの」
「そうですか」
「うん。いってらっしゃい」
問答無用かよ畜生。
ぱっくりと地面に開いた隙間を潜り抜けると、そこは石造りの大きな建物の中。目の前には……。西行寺の亡霊嬢が豪奢な椅子に座っている。
西洋風の意匠にはとてつもない勢いで似合わない出で立ちである。
「おお、やくもらんよ、しんでしまうとはなさけない」
「死んでねぇよ!? いきなりなんで死んでることになってんの私は!!」
「魔王の軍勢はもう城の目の前まで迫っておる。万事窮すという感じ?」
「じゃあどうして餅食ってるの?! お雑煮じゃん!! 臥床っていうよりも賀正って感じになってるよ!?」
「早くあなたは裏口から逃げるのよ!! そして帝国の野望を打ち砕いて!!」
「舞台背景がさっぱりわからないけどわかりました!! どうせクリアしないとダメなんでしょ!?」
「いってらっしゃい。仲間システムを構築するのがめんどくさかったから一人でがんばってって紫が」
「ああもうこの幽々子様本物だよ!! 紛うことなく本物が出演してるよ!! のほほんと喋ってるもん!!」
「幽々子さまー。お茶が入りましたよー」
「あらあら、それじゃあがんばるのよ」
「ちっくしょう! 妖夢は何もないのかよ!」
まだ西行寺家に仕えてたほうがよかったかもしれない。
裏口を抜けると、そこには毛並みの良い葦毛の馬が一匹。それに乗って逃げろと言いたいのだろうが、なぜか尻尾のあるべき場所に排気筒がついている。
しかもこの馬、小刻みに震えている。超怖い。っていうか飛んだほうが早いんじゃないかな。
「その馬に乗らないとフラグが立たないのよ。さあ藍早く乗って!」
どっから見てんだよいつものことだけど。しかもこの馬よく見たら足のところにちっちゃい車輪ついてるじゃん。
ブルンブルンって鼻息じゃなくてエンジン音じゃん。台無しだよ中世ファンタジーっぽい設定が。
「世界に散らばった8つの油揚げを集めて、世界崩壊を企む者の陰謀を止めるのがあなたの使命なのよ。
北に行けば町があるから、そこで野ばらと言えば通じるはずよ」
「やたらと丁寧で親切なナレーションですね。あと油揚げがどうして世界崩壊の陰謀に繋がるんですか? 油揚げは好きですけど。好きですけど」
「ふふっ、それはラスボスがあなた自身だからよ」
「ネタバレじゃないですか、いいんですか」
「まだそこまで作ってないから大丈夫よ。まだ北の町も半分しかできてないもの」
「またこのパターンですか。いいですけど、乗りますけど」
馬にまたがると、馬の首もとのあたりに赤いスイッチがついている。案の定アレだろう。
「自爆スイッチよ」
「なんで付けたんですか」
「聖戦のために、よ」
「遠い目されても困るというか、ギリギリっていうかグレーなネタなんですけど」
「作者の最近の生活よりもホワイトよ」
「メタすぎます」
「まるでバハムート●グーンみたいな展開よね。好きな女の名前なんて付けるからいけないのよ」
「子供の心を粉砕するには十分すぎる威力です。それでこの子はどうやったら動くんですか?」
「おしりをペンペンすると加速。撫でると減速よ」
「考えられる限りで最悪に近い操縦法ですね。悪趣味なのがよくわかりました」
「きゃっ」
「はは、ういやつめ」
「もう、ご主人さまったらぁ」
「気持ち悪くなってきました。というか女同士でやってて寂しくないんですか」
男同士での会話よりはビジュアル面で救われているのだろうけど、付き合い始めて一週間みたいなカップルの会話を演出しても楽しくないことこの上ない。
橙を文字通り猫可愛がりしているときにはSAN値がグングン回復していくのに、紫様と話しているとSAN値がドンドン減少する。
国家的な陰謀を感じつつ、私は馬の尻を叩いた。
「ひ、ひひーんっ! 私は哀れな♀馬です!」
うわぁ。
「声をサンプリングしたの」
どこから。とは聞けなかった。聞きたくもなかった。
「へぇ、こんなのがいいの。変態ね」
少し減速しようと撫でたらこうなった。
しかもさっきと声が違う。なんでこんな無駄なことにばかり凝るんだろう。
こういうプライバシーを漁るような真似してるから嫌われるんですよ、紫様。
どうやら、城を取り囲んでいた兵隊というのもまだ実装前らしく、追っ手の一人もこないままに街へとついた。
番兵らしき人がとても嫌そうな顔をしている、最近やってきたという命蓮寺の村紗水蜜だ。やっぱり本人なんだろう。
「こんにちは」
「こんにちは……」
ため息を吐いてる。凄く気まずい。
「野、のばら」
「きさま、はんらんぐんか!」
うおお、周りの景色が変わった。なんか凄いし、あれ? 私平べったい。
「いよいよ戦闘に突入したのね。戦闘時にはこの二次元空間で戦ってもらうわ。
本来の貴方の戦闘力じゃ、並大抵の人妖じゃ対応できないもの。
貴方のステータスは、現在はこれ」
たいりょく 33
まじっく 20
ちから 10
かしこさ 12
はやさ 8
がんじょうさ 11
えろさ 500
「えろさって何ですか」
「色気ポイントよ。物を売ったり買ったりするときに関係があるポイントよ。高ければ高いほど交渉が上手くいくわ」
「なんでこんなに高いんですか、私は」
「それを……。私に言わせるの……? もうっ、藍ったらっ」
「誤解を受けるようなことを言わないでください。少なくとも動きやすいって年がら年中ジャージで過ごしている紫様よりも女らしいことは自覚しておりますが」
「藍なんてゲームオーバーになればいいんだわ! 貴方のいまのステータスじゃ一撃よ! 一撃!」
「そうなんですか。のばらを使う場所を間違えたんですね」
キャプテンの攻撃! 200ポイントのダメージ! やくもらんは 死んでしまった!
「痛くもなんともないんですけど?」
「そりゃね。ジャンケンみたいなものよこの世界の戦闘は。藍はこれでゲームオーバー。セーブしてないから一番最初のお城まで戻るわ」
隙間ワープ。便利便利。
「で、幽々子様が居ないんですけど」
「……お茶の時間かしらね、たぶん」
「台無しじゃないですか。帰っていいですか」
「うーん。試運転はこれぐらいでいいかしらね。うん」
再度隙間ワープ。
「というわけでお帰りなさい藍」
「まったくなんなんですか。あのゲームは」
「霊夢にやらせようと思って……」
「霊夢なのに油揚げなんですか? 霊夢狐なんですか?」
「あの子は女狐なのよ! 私の気持ちを踏みにじって!」
「それちょっと意味が違うと思うんですが」
「わたしは しょうきに もどった!」
「全然戻ってないじゃないですか。すんごい未練たらたらじゃないですか。とりあえず、行ってらっしゃい」
迷惑デカ乳金髪女の尻を蹴っ飛ばして隙間へと突き落とし、餅を焼いて醤油で食べることにした。
冒頭が大事なことだから二回言いました状態になってますよ
こいしーるど(21)……ゴロがよすぎて凄く気になるw
うますぎる!
い ん せ き
大尉ww