Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

よにふみをへる

2009/03/15 23:18:26
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 ぱらっ。
 しゅるしゅる。

 チッチッ。

「…………」

 ぱら…。

 チッ。

 紙のめくれる音と、机の上ですれる音。 そして、後を追うように、何かがこすれ、はぜる音。
 静けさの中、決して大きいわけではないそれらの音は、しかし確かな人の存在を思わせる。
 そして実際に、六畳一間の屋内には、机に向かって座り本を眺める少女と、半開きになった障子の隙間から星空を眺めている少女がいた。

 ぱらぱら。

 チチッ。

 しゅる……。

 チッ……

「妹紅」

 書物の音がやむと同時に、少し高めの澄んだアルトが夜の空気を割って響いた。
 『妹紅』と呼ばれた少女は、憮然としながらも、先ほどまでこすらせていた指の動きを止める。指先から、うっすらと煙が立ち上っていく。
 
「……何」

「星はどのくらい出ていますか」

「さぁ」

 しかし、答はにべもない。
 声をかけた少女は苦笑して、書を置き背後で障子にもたれて膝を立てている妹紅へと向き直る。慧音が自分を見ていることなど気付いているだろうに、あくまで妹紅はその白い面を、部屋の明かりではなく空の明かりへと向け続ける。

「空をご覧になっているのに」

「映っているのと、見てるのは違うってどこぞの閻魔が言ってたよ」

「……何を怒っているのです?」

「慧音は、私が何をしているか、わかってないんでしょ」

「え?」

 はあ、とため息をつきながら、妹紅がはじめて慧音へと振り返る。表情はなく、怒っているようにも、呆れているようにも、どのようにでもとれてしまうから、慧音は少し臆してしまう。句を継げず、仕方なくただ妹紅を見つめた。紅いもんぺにつつまれた足が少し揺れて、身体が起こされる。妹紅が立ち上がったのだ、ということに気付いたのは、見上げる形になった首が少し痛いと感じてからだった。

「そんなに歴史のお勉強は好きなの?折角の夜なのに」

 慧音の背後に積まれた書を一瞥して、いつもより低いトーンで言い捨てる。けれどこのあたりまでくれば、流石に鈍い慧音も妹紅が嫌味を言っているということがわかったので、その由来を頭の中で手繰り寄せる。そして、若干、睨みつけるような妹紅の双眸をじっと見上げたまま、行き着いた答をぽつりともらした。

「…………待っていてくれたのですか」

「星でも見てると思った?」

「いえ。一緒にいてくれているのだと思っていました」

「ッ!!」

 慧音の言葉に、険しい顔つきのまま赤面するという芸当をしてみせる妹紅。一方慧音は、慌てて顔を背けてしまった妹紅を不思議がりながらも、見上げているままではなかなか表情をうかがうことができないことに気付き、畳に手をつきながらゆるりと立ち上がる。彼女の特徴でもある、珍妙な形をした大きな帽子は不思議とずり落ちず、天辺で結ばれているリボンの端が無事妹紅の背の高さまでたどり着いた。

「幻想郷そのものの歴史は、覚えているのですけれど。この部屋の書は、幻想郷ができる前からの、外の世界について書かれたものなんですよ」

 何とか頬の赤みを冷ますことのできた妹紅がちらと一瞥すれば、いつもの落ち着いた紅の瞳が自らを捉えているのが見える。そして、妹紅と目が合ったことに気付くと、慧音は少しだけ目を細めて微笑み、言葉を続けた。

「先ほどの質問にお答えするなら……私は確かに、歴史を学ぶことが好きです。歴史を作ることも、食べることも。ワーハクタクになったのも、歴史を識ることができるからというのが大きいですし。きっかけは別ですが…」

「慧音……」

「ねぇ妹紅。私の歴史は、この書棚でいけば、一番新しいものの、ほんの一、二巻ほど前からのものでしかない。そしておそらく、あと五冊ほども続けば、長いほうなのです」

 半獣の寿命は、人間より少し長い程度。
 妹紅は人間だけれど、普通の人間ではない。
 普通の人間よりもはるかに永く生きる妹紅に比べれば、慧音の命はこれまで妹紅が見送ってきたそれらとなんら変わらない。
 ふとした拍子に思い起こされてしまう事実を、慧音本人の口から聞いてしまったことで、少なからずショックを受けている妹紅。しかし慧音は、ポケットの中で硬く握られた妹紅の拳を知ってか知らずか、妹紅の身体を挟むように、引っ込んでいる両手首を手に取る。そして、いつになく楽しそうに、いささか興奮気味に言葉を続ける。

「一段とて埋めることのできない私が、それでもこの部屋の、端から端まで、全ての歴史を識っているというのは、とてもおこがましくて、そして有り難いことだと思いませんか?」

 入り口以外をぐるりと囲む、天井まで届く高さの書架たちの一群をさして、慧音が笑んだ。

「それに……何より、歴史に触れることで、私はあなたに近づける気がするから」

 そう呟いて、少し俯いて頬を染める慧音。しかし、妹紅がそれに何かを言おうとするより早く、握っていた手をぱっと離すと、照れを振り払うように「上から三段目、左から六番目のをとってください」と口早に言った。
 珍しく高揚している慧音の様子に気圧され、リードすることができない妹紅は、言われたまま少しだけ爪先立ちになって、言われた書を取って慧音に渡した。「ありがとうございます」と一礼した後、適当にぱらぱらと中身をめくって見せる。

「妹紅、あなたの歴史は恐らくこのあたりから始まっているのではないかと思うのです。私はあなたが生まれてから、私と出会うまでの長い歴史を知りえませんが、これを辿ることで少しでもあなたの歴史に追いつけるのではないかと、そう思っているのですよ」

 白い手に撫ぜられるそれは、何度も繰り返し読まれたのだろう。両隣の本に比べ、明らかに草臥れている表紙を、薄い手覆いながら、慧音はそれがしまわれていた棚を見上げる。

「あそこの――あなたの歴史の始まりに、今の私は台を使わなければ手が届きません。ですが、永いとは決して言えずとも、私は生きている間に、背伸びでもいい、私の手が届くことを願ってやみません。妹紅と、同じ背丈であった瞬間を、私は必ず歴史にしてみせるから」

 始まりは遠く離れていて、きっと終わりはそれ以上に離れてしまう。
 けれど私達は確かに、棚の一列に満たなくとも、同じ文(ふみ)の、同じ史(ふみ)の中に生きるのだと。
 慧音は直接言わない、もしかしたら気付いていないかもしれない、けれど彼女のそのときめきの中には、きっと自分と出会ってから築いた関係における哲学として、この慈しみの感情があるに違いない。

 それこそ、おこがましいけれど。同時に、とても有り難いことだった。

「……その前に、帽子なしにして私より背が高くならないとね」

「あはは、確かに」

 必死に、心の奥から搾り出している言葉だけれど、永い時の中で得た老獪さはいっそ癖といった方が良いようなものに成り代わっていて、声には全く感情が表れていない。それがよきにつけあしきにつけ、結果として慧音は妹紅の変化に気付いておらず、表面上は軽口の叩きあいに見える。

「私は絶対にここで待ってるから」

 けれど、自らの意思で制御できないというのは、状況を作り出す上で非常に不安定だ。
 いつもは無感情のその上に、その時その時に選択した感情の色を乗せてみせるのに、今は叶わない。あらわしたくないのではなくて、あらわれない。

「そんなのすぐですよ、すぐ」

「違うんだ」

 驚くほど冷たく、低く、空虚な声が落ちた。おさえられていると言うより、身体の内側ぎりぎりまでひきしぼられた弓のように、気持ちの鏃は不自然に奥に引っ込んでいた。いつ、放たれるともわからない心の叫び。違和感に気付いた慧音が、先ほどまで照れ隠しから意図的に視界から外していた妹紅の顔へと目をやる。満月の時の、ハクタク時の慧音のように、鮮やかに明るいはずだった瞳が、暗く揺れていた。

「すぐじゃなくていい」

 張っていた弦が、撓む。
 けれど感情は放たれない。
 鏃は音もなく、足元に落ちただけだった。続いて追う様に、切れてしまった弦の端が地にひれ伏す。
 心の箍が、耐え切れずに壊れた。

「妹紅……?」

 景色が揺れた。
 もう、感情を制御できない。
 
 両目にどんどん熱が集まってきて、何かが堰切れそうになって、たまらなくなって妹紅は慧音の肩に額を置いた。

「――逝くなとは、言わないから。だけどできるだけ、ゆっくり来て」

 声が、震える。
 やっとのことで吐き出した言葉が、夜の静寂に溶けて消える。
 上ずった、危なっかしい声音。きっと慧音は、それを聴くのが初めてなのだろう。
 数秒、沈黙が続く。

「……泣くほど、身長抜かされるのが嫌ですか」

 そして、やっと口をついて出た言葉は、どこかずれたものだった。
 けれどそれは、きっと慧音の心からのものでしかない。妹紅には、それがわかった。
 だからただ、首肯する。

「うん」

「思ったよりも子どもなのですね」

「うん」

 肩口から伝わる震えと、染み出す熱さに、理由のわからない慧音はただ困惑するばかり。
 けれど、妹紅が何がしかの恐怖と悲しみにその身を震わせていることだけはわかるから。
 恐る恐る、縮こまっている肩に手を回して、背を撫でてやる。

「ねぇ妹紅」

「うん」

 そして、白髪を照らす光に目を細めながら、ささやいた。

「星がたくさん出ているから」

「うん」

「ゆっくり眺めながら、色んなところに」

「うん」

「一緒にいきましょうね」

「………ッ」

 落としたはずの鏃を、拾われる。
 喉が、そして胸がつまった。
 喜びが満ちて、痛みがあふれて死んでしまいそうになる。徹頭徹尾、この白沢は本心しか口にしておらず、隠し事もしていないのだと、妹紅にはわかってしまう。
 妹紅の思いとはどこか外れたことを返しつつ、その実必ず最後には、妹紅が最も求めている言葉を見つけ出す。
 そしてこの一致と不一致に、どうしようもなく妹紅は惹かれてしまうのだろう。自らの生から考えれば、赤子にも満たぬ歳のこの少女に。

「うん。うん、慧音。ずっと、うん、ずっと…………」

 ともに逝くことは叶わないけれど。
 いつか思い出すら消えてしまうのかもしれないけれど。
 同じ歴史の中、ともに生けるなら、それ以上幸せなことはない。




















   
よくある話。
あの服でたゆんだととんでもないセクハラだから、けーねはつるぺただと思う。
つるぺたなのでもこたんより小さいのです。ってのがジャスティス。

口調参考:げっしょ
正義参考:えーや立ち絵
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コメント



1.名前が無い程度の能力削除
慧音って中性的な喋り方をするらしです。(2次設定かも)
話の内容はよかったです。
2.奈々樹削除
しっとりしてていい雰囲気なのが好きです。
慧音はどこかずれてる感じがしますね~。
これを読んで丁寧語で妹紅に話すのもいいな~と思いましたw

身長のジャスティスには激しく同意いたします!
でもつるぺたよりは少しあるほうが好k(幻想天皇