キャラがよくない方向にこわれているかもしれません。
それには、お風呂に入ろうと思ったときに気付きました。
「おねぇちゃん」
着替えのパジャマを腕に抱いたこいしさんが、さとりさんの部屋を訪ねます。ノックもなく唐突に声をかけたものの、そこは慣れたお姉ちゃん。背中に突如かけられた声に驚くこともなく、お気に入りの紅茶をコクンと飲み干し、読んでいた本を傍らに置いて返します。
「なんですか」
「私のぱんつないんだけど、知らない?」
「いえ……?」
「あれー、じゃあどこいっちゃったんだろ」
こまったなぁ、無意識のうちにどこかやっちゃったのかなぁ、なんて呟きながら、ソファに沈むさとりさんの向かいに座るこいしさん。さとりさんも、心が読めずとも空気は読めるので、もう一人分お茶の用意をしようと立ち上がりながら、ため息とともに苦笑をもらします。
「なくなったのなら、また狩っておきますよ。今の分の替えはあるんですか?」
「残念無念また来週」
準備している間くらい座ってゆっくりすればいいのに、こいしさんトコトコとお姉ちゃんについてきました。気にせず、カチャカチャと支度するさとりさん、わくわくという擬音が聞こえてきそうなほど目を輝かせてその様子を見ているこいしさん。こんな可愛らしい光景も、誤字ではないけれど間違っているとしか言いようのない残念な会話で悲惨なものになってしまっています。
「一週間同じぱんつとかお姉ちゃん許可しません。……しかたない、私のを貸してあげましょう」
「履かないという選択肢は……」
「そんな選択肢はありません」
「即答とかホント儚い……」
「機内食で『フィッシュオアチキン、ただしチキンはもうない』と言われたときと同じくらいありません」
トラウマ想起。対象、自分。対処、不能。
ずぅんと沈んだ空気の中遠い目をするさとりさんですが、目があまり開いてないのでこいしさん気付きません。
「お姉ちゃん飛行機とかどこで乗ったの?」
「昔つらくなやんだ時期に、小麦粉を舐めて旅しました」
「へぇ」
やっぱりな。地の底で空の旅なんてあるわけがありません。
注射器を使うレベルに至らなかったのは、不幸中の幸いとしか言いようがないでしょう。だから小五ロリを謳いながら園児服だなんて後遺症で済んでいるのでしょうか。
「人間やめますかって聞かれて「やめれません」って言ったら、「そうでしょう、思いなおして。これからは一緒にがんばるのよ」と言ってくれた、センターの女性職員もいましたが……」
「もう亡くなったの?」
「人間ではなくなりましたね」
なんてE話。よこしまにも程がありました。
+ + + +
さとりさんのお気に入り、プリンス・オブ・ウェールズティー。夕食後だからお茶請けはなし。こんな時間に食べては太ってしまいます。こいしさんも、「ちょっとおなかいっぱいだから、いらない」との返事でしたし。それに、このお茶はこれだけでも素晴らしいもの、なんて何故か自慢げなさとりさん。
「美味しいですか?」
「おしい」
優雅な香りに、きっとこの妹も満足するだろうと思って尋ねれば、思いもかけず辛辣なお返事。糸目を更に細め、眉間に皺を二本刻みます。
「淹れてもらっておいて文句とか……」
「火傷したからマイナスいちれいてん」
「貴方の駄洒落はマイナス90点、二人合わせて100点満点。ハイハイおあとがよろしいようで」
「怒らないでよお姉ちゃん。だってストレートで飲むものだって言うから」
ああ、とさとりさん、納得。普段はミルクを入れて、程よい温度で飲んでいるはずのこいしさんが、何で今に限って火傷なんか……と思えば、以前言った自分の言葉をちゃんと覚え、守っていたからなのだと気付きます。
「じゃあふぅふぅすればいいでしょう。……大丈夫ですか?」
「うん」
すぐにすぐ、素直にいたわりの言葉をかけることもためらわれ、しかして案じずにもいられないさとりさん。無器用な姉の言葉から、器用に優しさを受取ったこいしさん、笑顔でうなずきます。
「あ、そうそうお姉ちゃん」
「はい」
「かってくれるのはいいけど、またBOS?」
BOSとは、地底で最も人気なぱんつブランド、Bear of Starの略称です。しかし、少し顰められた眉と、不満げな口ぶりから、こいしさんの非好意的な感情を汲み取ったさとりさん、嗜めるようにこいしさんに言います。
「最近は地底もドロワーズ流行っちゃって、ぱんつも種類が減ってるんです。文句は言わないの、鬼のぱんつはよいぱんつなのですから」
「所有者に文句はないわ、ただその度に腹パン肩パン十回ずつ三セットされてハンバーグみたいになっちゃうお姉ちゃんを見てられないだけ」
「こいしは優しい子ですね」
残虐非道な将に鬼、という印象を受けてしまいますが、そも、話してわからない怪力乱神ではありません。ミンチになるまで怒らせる要因は恐らく、「貴方ブルマーがあるでしょう、ノーパンでもばれないでしょう、そうでしょう。一枚や二枚ケチケチしないでください」と出会い頭にのたまってしまうことかと思われます。
しかし、「お姉ちゃんが選んでくれたものなら」と毎回人任せなこいしさんは、そんなさとりさんの粗相については知りません。ここで可哀相なのは、名前の通り弄ばれてる勇儀姐さんに他ならない。
「ああ、これでぱんつを亡くさないともっとよい子なのに」
「それは難しいけど、帰らぬ布になっちゃうことについてはお燐に注意してよ。死んだぱんつすぐに持ち去っちゃうんだもの、残ってれば手縫いで甦生させるのに……」
使用済みぱんつ持ち去り魔、火焔猫燐。かしゃかしゃ、これはシャッター音ではありません。
「この世に精をうけたるもの、いずれは必ず朽ちるもの。だから殿方は避けなさいと何度も……」
「男の人はちゃんと裂いてるよ」
「ソーシャルウインドウをですか」
「違うってば」
何気に恐ろしい会話ですが、彼女達は本性として妖怪なので何の問題もありません。
しかし……他者というのは、自らの心を映し出す鏡のような役割を果たすこともあります。普段相手の心を読むことによってそのアイデンティティを形成していたさとりさん、心の読めないこいしさん相手には自らを省みることができないのでしょう、発想がシモネタに走り始めていることに気付いていません。
ただ、これはしょうがない。さとりさんは男性アレルギー、オスでさえ少し敬遠してしまう花園育ち。いつもこいしさんに悪い虫がつくのではないかと心配しているのです。
「……まあいいです。ちなみに、後学のために伺いますが、死因は?」
「PNT」
「子音じゃねぇ……、ないです」
思わず語尾が荒れてしまいそうになるのをなんとか堪え、言い直すさとりさん。
「『パルスィが』『妬んで』『ちぎった』」
「『ぱんつ』『狙われて』『とられた』の間違いでは?ああもう、やはり殿方というのはいけない!」
さとりさんの脳内では、全身を毛に覆われた生き物がこいしさんの下半身を直撃し下劣な喜びを得ている映像が繰り広げられていました。ええ、もちろん毛玉です。道中雑魚相手にぱんつ抱え落ち。何だかんだで、シモネタといっても所詮この程度。
「ホントだってば。持ってたの殆ど星のクマ産だったからだね、たぶん。
『BOSパン履いてるとか妬ましいぃい!二ボスで悪かったわねこのExボス風情がー!』とか、面白かった」
「橋姫、鬼(ぱんつ)に好意なんてありましたっけ……?」
「あの外見で、あの性格で、ぱんつがファンシーなのが可愛くてねたましくてたまらない、らしい」
それはある意味好意なのかもしれません。
(まあ、だからブルマーで隠しているんですけどね)
隠れ乙女の会で永きに渡りその長を務める鬼、星熊勇儀。No.2にコードネーム『モノクロ』がいるらしいのですが、その正体を見た者はいまだいません。
さとり妖怪にもわからない謎のNo.2に思いを巡らせつつ、「2」という数字に反応したさとりさん、思いだしたかのようにこいしさんに問います。
「そういえば、こいしはまだ他にもぱんつ持ってましたよね?他のは……」
「真っ赤な生地に、星が五つきらめいて、パンダのアップリケがついてるやつ……覚えてる?」
熊っていうか猫なのですが、鬼的にあまりこだわらないのでしょうか。
なんて思いつつ、ほのかに染まった頬に手を当てて想いを馳せるこいしに冷めた眼差しをくれている姉。
そりゃあまあ、想いの宛先が下着ときた日には気が重いでしょう。性別が逆なら犯罪に近い勢い。
「私、あれがいっとう好きだったわ」
「うん、それで」
「それしか履いてないからあとはよく……」
「あれは三ヶ月も前に狩ったやつでしょうがっ!!」
思わずがたんと机が揺れるも構わず立ち上がるさとりさん。いつもの糸目が当社比三倍くらいに見開かれていますが、こいしさんの目の半分もありません。いつもの細い声を当社比五倍くらいに荒げてみたのですが、自室の壁には勝てません。隣に聞こえていることはないでしょう。
そんなこんなで、さとりさんとしては一生懸命怒ってみたところでしたが、こいしさんとしては全く怖くありません。
「うん、だから一週間とか余裕。正確には三ヶ月と一週間」
「……ていうか、じゃあパルスィに破られたとかは一体どういうことなんですか」
「残念なことに、今は星とか熊(猫)とかはちぎられちゃってて、ただの赤いぱんつ。巣鴨で大人気」
「それってやっぱり、鬼本人への執着なのではないの……?」
あっけらかんと言い放った妹に、脱力を禁じえない姉。よろよろ、倒れない程度に腰を落ち着け、もとより猫背なその背中を更に丸めて、深い深いため息をつきました。かたや赤パンで幸福を呼び、かたやため息で幸福を逃がす。この対比はおそらく姉の諦めの早さからくるものでしょうが、そうなると世間一般で蔓延している「負けるが勝ち」はやはり敗者を慰撫する詭弁でしかないことがわかってしまいます。
「……はぁ。もう過ぎたことを言っても仕方ありません、今度からはちゃんと色々なぱんつを履くのよ」
「はーい。……ぅっ……」
「『う』?」
えろえろえろー。
……『巻き戻し』なこいしさんに、流石に『早送り』で対抗することはできなかったさとりさん。
こいしさんもびっくりなほど、かつてなく大きく目を見開いて、そのまま『一時停止』してしまったのでした。
+ + + +
「――あったね、ぱんつ」
「ええ」
……唐突だな。
無意識って便利だな、いや不便なのか?
なーんて、思考でさえも現実から逃避したさとりさんが、なんとか振り絞った声で紡いだ言葉は。
「……溶けたところは縫ってあげますから、洗濯は自分でしなさい」
同音異義語から発した齟齬への失望より、替えのぱんつが五枚以上あることへの安堵を感じてしまった自分への失望の方が深くて、またも負けるが負けな諦めのにじんだ台詞だったりしました。
ぱんつって狩るものなんですか?!