茶色い木、緑の葉っぱ、青い布。真っ白な人。
人里は沢山の色で溢れている。それは何も目で見える色だけではなくて、人の気質も沢山の人が居るから色々な色がある。
しかしそんな人里に何色も付いていない真っ白な人が歩いていた。地底の住人である、古明地こいしだ。
こいしはよくこうして地上に出てきては、幻想郷中を散策する。今日もふらふらと無意識に身を任せて歩き回っていた。
友達のところへ行ったり、こうして人里を歩いたり。
人里はこいしにとって特にお気に入りの場所で、その理由は沢山の色に溢れるからだった。
白しかないこいしには、それはとっても羨ましいことで、寂しいことでもあった。誰もこいしを見ていない。無意識の能力なんか使わなくったって、こいしは白すぎるから人の視界には入らなかった。だから人里を歩いていても、誰もこいしに声をかける人は居ない。こいし自身それはよく分かっていて、一人で黙々と人々の色を観察するのが好きだから、こうして人里に来ているのだ。
明るい色をした子どもたちがこいしの前から走って来る。元気よく通り過ぎたと思ったら、昨日雨が降っていたのだろう、水溜りを跳ね上げてこいしにかかったではないか。真っ白なこいしにちょっとだけ汚い茶色がかかる。
「よう、こいしじゃねーか」
こいしが振り向くと、そこには少し茶色に近いオレンジ色の藤原妹紅の姿があった。多分こいしの白にちょっと茶色がかかったことによって、その姿を認めて声をかけたのだろう。
「妹紅お姉ちゃん、久しぶり!」
どんなに明るく振舞おうと、明るさの領分である黄色系統の色がこいしに付くことは無かった。
「お前汚れてるなぁ。そうだ、ちょっと家よってけ。丁度風呂が沸いてる。ここからそう離れてない」
「妹紅お姉ちゃんの家? いくいくー」
オレンジ色の後ろに、少し汚れた白が付いて歩く。
「お前って何でよく人里に来るんだ? 紅魔館の連中と違って、買い物してるって風にも見えねぇし、人里に知り合いが居るとも思えねぇけど」
「色を見るためだよ。ほら、私本来真っ白だから、皆についてる色が羨ましくなっちゃうんだ。だからせめて沢山の色に囲まれていたいの。地霊殿の皆だと、色が偏っちゃうから。本当は色が欲しいのかもしれない」
「成る程ね。だったら丁度よかった」
「何が?」
「来れば分かるさ」
こいしと妹紅が会ったのが人里の端っこの方だからか、本当に少し歩いただけで妹紅の家に到着した。
「そこが脱衣所な。シャワーとか、そういうのは無いけど、まぁ湯船浸かって汚れ落すくらいは出来るだろ。それに、色も付く」
こいしは妹紅の言っていることがいまいち分からなかったが、汚れたままなのも気持ちが悪いのでさっさと服を脱ぎ捨て、風呂場へと入る。
小さな湯船に張ってあるお湯は、なんと純色に近いオレンジ色をしていたのだ!
こいしが不思議そうにしていると、後ろからこいしの脱ぎ捨てた服を持って妹紅が入って来た。妹紅は湯船から桶一杯分お湯を掬うと、その中に服をつけ始めた。泥水で付いた汚れは見る見る落ちて、代わりにオレンジ色が服を満たしていく。
「早く入れよ。風邪引いちまう」
「妖怪は風邪なんか引かないって、多分」
こいしが湯船に浸かると、不思議なことに体にオレンジ色が染み込んできた。お湯に浸かったところから、段々と全体にオレンジ色が広がっていく。やがて泥水によって付いた薄い茶色がオレンジに負けて、体はすっかりオレンジ一色になってしまった。
「よし、いい感じだ。あんまり長く浸かってると今度はタコみたいに真っ赤になっちゃうからな。そろそろ上がれ」
そういわれたこいしはさっさと湯船から上がり、妹紅の炎の力によって瞬時に乾かされた自分の服に腕を通す。鏡を見れば、こいし自身も服もオレンジ一色だった。
「気に入ってくれたか? 色が欲しいって言ってたからな。それは温かさだ。温度にも、色がある。冷たさなら水色、温かさならオレンジ。本当は私が沢山の色を持ってれば、全部湯船に混ぜてマーブリングみたいに面白いのも出来たんだけど、残念ながら私もそんなに色持ってないからな。それで勘弁してくれ」
「とっても素敵! ありがとう妹紅お姉ちゃん!」
真っ白じゃない自分が嬉しくて、こいしはスキップをして妹紅の家から離れていった。ひらひらと手を振るオレンジ色の紅妹に一杯感謝をして、こいしはまた幻想郷を無意識に身を任せて飛んでいく。
気づけば森の中で道に迷っていた。そんなことこいしにとってはよくあることで、本人も別段驚いた様子は無い。こういう時はこの森から出られるまで無意識に彷徨えばいいという風に思っていた。
暫くこいしがふらふらしていると、目の前に何やら見覚えのある家が見えてきた。こんな森の奥にある、小さな家。その庭は丁寧に手入れされていて、とっても綺麗だった。むき出しの土の部分からは、きっと春になれば沢山の花が咲いて、さぞ色々な色に恵まれることだろう。
こいしは記憶をたどる。あれ、確かこれはメルランの家だった。でも、こんなに綺麗じゃなかったよねと。
ここの家の次女であるメルランとこいしはとても仲の良い友達で、過去に一度この家にも来たことがあった。
まぁ違う人の家でも、別にいいや。そう思ったこいしはドアをノックする。
「はーい」
「久しぶり!」
「こいしじゃない、久しぶりー」
中から出てきた人はやっぱりメルランだった。久々の再会を喜ぶ二人。
「それより、メルラン。私見て驚かない?」
「んー、何か変わったかしら。髪切った?」
「そりゃあこないだ切ったけど。もっと、もっと何か違うでしょ」
こいしは紅妹に貰ったオレンジ色を見せつけたくて胸を張った。過去に自分は真っ白で、だから誰にも気づいてもらえないって愚痴を言ったのを覚えているから、オレンジ色を見せ付けたかったのだ。
しかしそんなこいしの思惑とは外れて、メルランは首をかしげるばかり。いつも真っ白なこいしがオレンジ色なのだから、すぐに分かるはずなのに。
これはおかしいと思ってこいしが自分の体を見ると、何と真っ白に戻っているではないか。
それもそのはず。紅妹から貰ったオレンジ色はいわば熱であり、時間が経てば冷めて元の温度と同じになってしまう。そうなればオレンジ色だって時間と共に薄くなり、元の真っ白に戻ってしまうだろう。
「あーあ、折角色を貰ったのに、すっかり白に戻っちゃった」
こいしがそういうと、メルランは笑ってこいしを庭まで押し出す。トランペットを構えて、またにっこりと笑った。
「じゃあ今度は私がこいしに色を分けてあげるわ」
メルランがトランペットを鳴らし始める。メルランのトランペットから沢山の色が飛び出して、庭の色々なところにも付着した。メルランの演奏はすっかりこいしを虹色に染め上げた。気づけば庭も沢山の色々な色の花が咲き乱れている。
「あはは、驚いた? 音楽にもね、色ってあるんだよ。明るい色、暗い色、濃い色、薄い色。本当は私達姉妹が全員揃ってれば全部網羅出来るんだけど、今姉さんとリリカは出かけてるからそれしか出来ないの。ごめんね」
こいしは窓に映る自分の姿を見てとても喜んだ。そこには沢山の花に囲まれて、お洒落なドレスを着たお姫様みたいなこいしが映りこんでいた。発色の良い、明るい色。一色一色の強調が強い色。これは目立つだろう。
「ありがとね、メルラン!」
そう言って力一杯手を振るこいし。
メルランも力一杯手を振っていた。
虹色になったこいしが人里を歩くと、皆がこいしを見るだろう。人と接するのは怖かったけど、たまにはそういうのもいいと思い、こいしは人里へ来ていた。
しかし人々は相変わらずこいしに目もくれない。一体どうしたことだろうと思い、自分を見てみるこいし。
するとすっかり色が落ちてしまって、また真っ白になっているではないか。
これは一体どういうことだろう。暫く考えてこいしは一つの結論に辿り着いた。
そう、それはこいしが虹色の音を忘れてしまったからだった。音を忘れてしまえば、音で作られた色は消えてしまう。それは当然だ。
こいしは必死にメルランの演奏を思い出そうとする。何とか少しだけを思い出すも、少ししか思い出せてないから色も少ししか出ない。そうしてまたすぐに真っ白に戻ってしまう。
こいしはすっかり諦めてふらふらとしていると、今度は紅魔館に辿り着いた。
紅魔館なら仲の良いフランドールのところでも行こうかなと思い、こいしは地下を目指す。
薄暗い地下のフランドールの部屋に入ると、挨拶代わりの弾幕が飛んできた。こいしは動かない。無意識の内、つまりは反射的にこの弾幕の群れはこいしからずれていることを、こいしは理解していたのだ。
「危ないなぁ。そんなに好戦的だと、心によくないよー。覚り妖怪の私が言うんだ、間違いない」
「いいじゃん、直接は狙わなかったんだから。それにこいしにそんなこと言われても説得力皆無なんですけど」
「はーい、テンション下げて下げて。血糖値大丈夫?」
「何で吸血鬼なのに血糖値気にしなきゃならないのよ」
色彩感覚の無い真っ黒な空間に、黒と紅と少しの黄色が混ざった歪な者が立っている。フランドールだ。正面に向き合うこいしは真っ白。お互いこの空間ではそれぞれ違う意味で目立っていた。
「なんていうかね、こいしは真っ白で目立つからさー。来るのが分かるっていうか」
「そんなのここくらいだよ。白が目立つのは黒の中だけ……ってナイスよフランドール! それよ、それ!」
「な、何が?」
こいしは走り出し、がっしりとフランドールの両肩を掴み、目を輝かせる。
「フランドールの黒色頂戴。私に、ちょっとわけてよ! 黒と白のコントラスト強調! これで私もばっちりだわ」
フランドールはこいしを一端押し退けると、うんうんと頷く。どうやらこいしの思惑が伝わったようで、その手には既にどこから取り出したのか、黒い絵の具の付いた筆が握られている。フランドールは手を伸ばして、せっせとこいしの色々な部分を黒で塗りつぶしている。
暫くしてフランドールが筆を置く。部屋では綺麗に白黒でまとまったこいしがくるくると踊っていた。
「どう、ねぇどう? なんか私とってもいい感じじゃない?」
「うんうん。切り絵……まで細かくは無いけど、そんな感じの味は出てるよ。いやー、意外と私やる奴だわ」
フランドールの部屋に備え付けてあった等身大の鏡の前でこいしがくるくると回る。
「そいやさー、こいし」
「なぁに?」
「前こいしは人と関わりあいたくないから真っ白なままで丁度良いって言ってたじゃん?」
「言ってたね」
「なのに、どうしてさ」
「うーん、最初はちょっとした事故で色が付いちゃってねぇ。そっからなんだか嬉しくなってきちゃって。だからたまには色つけてみようかなぁなんて」
「恋?」
「色に恋してます。いと恋し。こいしなだけに」
「上手くないよ」
鏡の前でちょっとウインク。こいしは今の自分が大好きだった。元々が真っ白のお陰で、このフランドールの発色の良い黒は目立つのだ。
「あ、今日雨になりそうだから、雨降る前に地底戻った方がいいよ。それポスターカラーだから、乾いても水ですぐ溶けちゃう。しかもすぐカビるし」
「なんんでそんなもの使ったのよ!」
「しょうがないでしょ。私吸血鬼なんだから、水には弱いの。それに私色が強いからそれしかなかったんだよ!」
こいしは慌ててフランドールの部屋を飛び出した。せめて姉であるさとりには今のこいしを見せたかったのだ。こいしは分かっていた。さとりがこいしの色が無くなってからずっと心配し続けていることを。だから今こうして色が付いた自分を見て欲しかったのだった。
結果は間に合わなかった。こいしが地底に入る直前に雨は降り出し、こいしの体を濡らした。どろりと溶け始めた黒は白に混ざり、一時期は灰色になるも、体からどんどん溢れてくる白によって飲み込まれてしまった。そうしてこいしはまた真っ白に戻ってしまう。
こいしがしょんぼりして地底に入ると、橋の上で橋姫妖怪に呼び止められた。
「これはこれは。あんたがしょぼくれてるなんて珍しい。初めてあんたを妬ましくないと思ったわ」
「あぁ、こんにちは。橋姫さん。よく私が分かったね」
「別に。あんたがここを定期的に通るって知ってるから、見えただけよ」
派手でいて落ち着きのある色を発している赤い橋の上に、これまた落ち着いた色の妖怪が立っている。彼女の名前は水橋パルスィ。地底の、簡単に言えば門番みたいなものだが、別に地底を守っているというわけではない。ただ、ここを出入りする人妖を見張っているだけ。
こいしはパルスィのことを気に入っていた。一番の理由はパルスィが誰とでも同じように話しをしてくれるからだった。心を無くしたこいしにも、嫌われ者のさとりにも。だからこいしもよくパルスィとは話をする。地霊殿以外の人で一番の友達と言っても過言では無いだろうというくらい。
こいしは今までのいきさつをパルスィに愚痴った。
「あのね、私の白が強すぎるの。白が強すぎちゃって、誰かから色を貰ってもすぐに白に戻っちゃう。白って一番弱い色なのに、どんな色と混ざってもまた白になっちゃうんだよ? 私の白が相当強いんだね。真っ白で、何色も持ってない私は、誰にも気づいてもらえない。だから私はいっつも独りで……」
「うがあああああ!」
こいしの愚痴を聞いていたパルスィは急に噴火した。爪を立て、小さい牙を立て、緑色の禍々しいオーラで髪は持ち上がる。文字通り、噴火だった。
「あぁ、もう妬ましい!」
そうパルスィが言った瞬間、べちゃりとこいしに少し暗めの緑がくっつく。しかしその緑はすぐに沸いて出てきた白に飲み込まれて消えてしまう。
「明るい色のあんたが妬ましい! 暗い中で目立つあんたが妬ましい! 何より、これからいくらでも好きなように色を付け加えることが出来る白っていうのが一番妬ましい!」
パルスィが妬ましいと口にする度に、こいしが緑色になっていく。これは、妬みという感情の色だ。緑はこいしに付着すると、こいしの白が緑を飲み込んでしまう前にまた次の緑をくっつける。パルスィが顔を真っ赤にして息を切らせながら、こいしに色を飛ばしていた。
「程よい巻き髪が妬ましい。ビー玉みたいな眼が妬ましい。その明るい性格が妬ましい」
「もういいよ。もう意味分かんないし、そんな無理しなくても」
どんどん白に吸収される緑に、どうしてもこいしに色を付けてやりたいパルスィが躍起になって緑を重ねる。もう妬みの方向も無理矢理な感じが否めない。そんなパルスィをこいしは止めた。
「もういいよ。ありがとう。元々白かったんだし、白いほうが私らしいでしょう? じゃあ、帰るところだったからそろそろ行くね」
「……力になれなくてごめんなさいね」
「とっても嬉しかったよ」
こいしはくるりと身を翻して、さも楽しそうに地霊殿を目指して歩いていった。
一人赤い橋に立ち続けるパルスィはもう聞こえない距離まで行ってしまったであろうこいしの背中に、最後の緑をぶつけた。
「あんたのお姉さんはたっぷり色をくれるでしょうね。あーあ、人に想われてるあんたが妬ましい」
最後の緑は一際大きかったが、それもやがて無限に沸いて出てくる白に飲み込まれて消えてしまった。
ふいに地霊殿の扉が開いた。こういうときはこいしが出入りするときだと、地霊殿の皆は分かっていた。
「こいし様?」
空が何となくそこに語りかけてみる。
「久しぶり、お空。三日ぶりだね!」
こいしはここ最近三日間に一度しか家に帰らないのだった。なんで三日に一度なのかと誰かが聞くと、決まって無意識の内にと答えるそうだ。
声をかけられることによってやっとこいしを認識した空は、とっても嬉しそうにこいしに飛びつく。久しぶりの主とあれば、沢山甘えたいのがペットの性なのだろうか。その疑問に拍車をかけるように、沢山のペット達がこいしに甘えるため寄ってくる。
「こいし様だー」
「こいし様ーなでてー」
沢山のペットに囲まれて大変なことになってしまったこいしだが、別に何を急いでるわけでもないので一匹一匹丁寧に撫でてやった。皆嬉しそうにこいしに甘えている。空も撫でてもらいやすいように、いつの間にか姿を烏に戻していた。
ペットを撫でていると、こいしは自分の色の変化に気がついた。いつの間にか真っ白だった体がほんのり暖かい色になっている。これがどういう色なのか、感情を捨ててしまったこいしには分からなかった。
ペット達から解放されると、こいしは無駄に広いリビングへと向かう。リビングでは一応この地底で偉い公務員の姉がだらしなく寝転がり、どうみても辛そうな体勢で本を読んでいた。
「あら、こいし帰っていたのですか」
さっきのペットによって色が付着しているおかげで、さとりにもこいしが見えるのだろう。
「アクロバットにだらしないね。せめて椅子に座ったら?」
「いや、それがずうっと椅子に座っていたせいで腰が痛くなっちゃいまして。寝転がってみたら今度は肩が痛くなっちゃいまして。今の体勢に落ち着いたというわけです」
本を閉じると、こいしに飲み物を注ぐために立ち上がるさとり。茶色い粉を入れて、透明なお湯を入れて、最後に真っ白のミルク。
「はい、ココアです」
「ありがとう」
でもそのココアを飲んだこいしはほんのりオレンジ色になる。温かさのオレンジだ。しかし紅妹のところでついたオレンジ程強くは無いから、すぐに消えてしまった。
「今日ね、不思議な体験をしたわ」
「どんな体験をしたんです?」
こいしがふかふかのソファーに腰を下ろすと、さとりも自分のココアを持ってソファーに腰を下ろした。
「私にね、沢山の色がついたの」
「それは素敵です」
さとりの色は暗い紫。そこに所々ピンクがあったり淡い青があったり。基本的には夜桜のような色合いをしていた。
「それがすぐに真っ白に戻っちゃうんだよ」
「こいしの白は強いですからね」
「でもね、何でか分からないけど、泥水が跳ねてついた色だけはお風呂に入るまで白にならなかったんだよ。なんでだろう」
「あら、どこかでお風呂入ってきたのですか。ちゃんとお礼を言いました?」
「言ったよ。多分。ねぇ、それよりもなんでだろうって」
こいしは昼のことを思い出す。子どもたちが駆けていって跳ね上げた泥水は、こいしにつくとその汚れは妹紅の家でお風呂に入るまで消えなかった。他の色はことごとく白に負けてしまうのに。
「それは汚れだからよ」
「何それ」
「汚れは誰かが洗わなくちゃ、何かで洗わなくちゃ落ちないの。じゃあきっとそのお風呂に入れてくれた人が汚れを落としてくれたのね」
「オレンジ色も貰ったんだよ! まぁ温度のオレンジだったから、冷めたらすぐに白く戻っちゃったけど」
さとりはあらあら何て言って笑う。さとりが笑うたびに、こいしは少しずつ色に包まれていくが、こいし自身はそれに気づいていないようだった。
「メルランのところにも行ってきた。沢山の色貰ったけど、音による色だったからすぐ忘れちゃって。私音楽疎いから」
「そうね。地底に居るとお囃子くらいしか耳にする音楽無いものね」
「フランドールに会いに行って、白の対になる黒を貰ってきたの。筆で塗りこんだんだよ。それでも白がどんどん沸いてきちゃって。最後は黒が負けちゃった」
「それはそうよ。いくら黒と白といえど、あまりにも量が違えば黒なんて見えなくなっちゃうわ」
「それでね、パルスィにも緑を貰ったの。嫉妬って形で。でも、私感情ってよく分からないから結局白くなっちゃった」
「でも今のこいしは真っ白では無いわよ?」
こいしが自分を見る。わっと驚いた声を上げて、少しココアをこぼしそうになってしまった。
「あれ? さっきのペットの分と、これはお姉ちゃんの色?」
ペットを撫でているときについた暖かい色とは別に、もう一つ暖かい色がついていた。どんなに時間が経っても、その色を白が飲み込む気配は見せない。
「この暖かい色不思議。なんだろう、これ」
「想われている色ですよ。ほら、私にもあります」
そう言ってさとりは自分の体を指す。確かにそこには夜桜のような少し暗い綺麗な色とはちょっと違う、暖かい色が沢山あった。そういえば、この色、今日会った全員にちょっとずつあったような気がすると思うこいし。
でも残念なことに、想われている色と言われても、感情や心を捨ててしまったこいしにはいまいち分からなかった。
「ほら、この色なんて真っ白のこいしに貰った色ですよ。たった今」
さとりの暖かい色の一部を指差して、そんなことを言う。
「あげたつもりないし、私にあげられる色なんてないよ?」
「ふふふ、こいしが私を慕ってくれる。それだけで、この色はつくんですよ」
「ふーん。愛ってやつ? でも私の場合寝たら全部忘れるから、また真っ白だね」
「そのときは、いくらでもまた色をつけてあげますよ」
こいしは今日沢山の人に色を注いでもらった。白くなっても、まだ誰かに色を貰って。それでまた白くなっても、また誰かが色を貰っていた。
色には沢山の種類があって、人によってその色の与え方も違った。熱、音、実際に塗ったり、感情の色だったり。さとりはこいしに心の色を注ごうとしたのだと、こいしは理解する。昔さとりがこいしにしたように、空っぽになった心にさとりの愛を注ごうとしているのだ。人から嫌われる種族だからこそ、さとりは余計にこいしに色を注ぐのだろう。
でもそれは、さとりの取り越し苦労なのかもしれない。事実この日、こいしは沢山の人から色を貰ったのだ。今日こいしに色をくれた人達も、そうでない人達も、これから沢山こいしに色を注いでくれるだろう。
こいしも、他の人から色を貰うのはいいが、白だって重要な色であることにまだ気がついていない。色に白を混ぜなければ、あの独特のふわふわした感じは出ないだろう。
二人がそのことに気がつくのは、もっと先の話。
。 。 。
「おはよう、お姉ちゃん!」
「あら、いつにもまして元気がいいのね」
「今日から毎日いろんな人から色を貰おうかと思って! パルスィが言ってたけど、白いってことはこれからいくらでも色がつけれるってことなんだよ!」
「それは素敵ね。でも気をつけるのよ?」
「分かってるから、大丈夫だから。それじゃ、いってきまーす」
少し暖かい色の白が地底を楽しげにスキップしていった。
パルスィも頑張ったけど、やっぱ本当の色ってのは自分の内から自然と浮かび上がるもんですよね。
ところで二、三回ほど読み返したのですが、やはり妹紅が紅妹になってるのはただの間違いなのでしょうか?;
最初は比喩かと思ったんですがそうじゃないんですねー。
こんな発想が思い浮かんでくるあなたが羨ましい。
こういう心象風景というか抽象的な精神世界と現実世界の境界がなくて、混ざり合ってるのが面白いです
って覚り妖怪の見る世界って案外そういうものなのかな。こいしちゃんは心閉ざしてるけど
あとパルスィの相変わらずないいひとっぷりが泣けるわ笑えるわで…w
なんというか、まあとにかく凄く素敵な話でした
>ずわいがに様
こいしちゃん、昔はどんな色を持っていたんでしょうねぇ。明るい黄色だったのか、それとも優しそうな淡い色だったのか。もしかしたら過去が過去なだけに暗い色かもしれませんね。それだったら、ちょっと悲しい。
そうですね。個人の色は中々人から貰えるものでは無いと思います。影響はされると思いますが、あくまでも影響程度だと思います。
誤字報告ありがとうございます。妹紅は完全に辞書登録ミスでした。
後、毎回読んでくださっているというのに、ずわいがに様の読んでくださったときは行間化けがすごかったと思います。本当に申し訳ないです。
>奇声を発する程度の能力様
色は私も大好きです。色は本当に素晴らしい。フランちゃんの色も、こいしちゃんの色も日常生活の中では一番使われている色ですよね。
奇声を発する程度の能力様も、読んでいただいたときは改行化けの嵐だったと思います。お二人は本当に私のような底辺作家の生きる希望なのに、こんな形で恩を仇で返すことになってしまって……。本当に申し訳ないです。
>3様
あああああありがとうございます! いや本当。え、ちょっと。『こんな発想が思い浮かんでくるあなたが羨ましい』って。キモイようですが、本当この言葉が何度も頭をぐるぐるぐるぐる。え、ちょっとやばい。嬉しさやばい。今ならテンションゲージインフィニティで俺がミカエルブレードお手玉出来そう。とやっ。あ、やっぱりでないわ。
ってくらいもう自分でも何言ってんだかわけ分からないくらい嬉しいです。
>4様
弱い頭をこねくり回して考えた結果、こうなりました。頑張りました!
自分の色を胸張って言えるといいですよね。私は友達曰く紫色なんだとか。なんでやねん。でも東方キャラで言うと、二次創作の衣玖さんとリリーホワイトに、ルナサを混ぜて割った感じなんだとか。どの変に紫の要素が……?
>5様
うおおお、態々ありがとうございます。いやぁ本当嬉しいです。
この話は元々絵を描いてるときに思いついた話です。絵を描いているときに、色ってそれぞれの特徴が強いよなぁと思って、それぞれの色を自分の好きなキャラクターに勝手に当てはめていったところから始まりました。こいしちゃんは真っ白だから、沢山の色と混ざることが出来ますね。マジ可愛い。
もう私の中でのパルスィは勝手にそう固定されてしまいました。最近パルスィが順位上がってきてるからやばい。