過ぎた心配性は周りも大変だ、と言うお話。
気温も程よく、風も穏やかなとある日。
炊事場にて、ナズーリンは昼飯を作ろうとしていた。
普段着の上から白い割烹着を羽織り、手を丹念に洗う。
続けて材料を戸棚から出そうとした時、ふと動きを止める。
首を捻り、一人ごちた。
「はて……今日は何人分作ればいいんだろうか」
「ナズー、ナズー」
自身も含め、三人分は確定している。
思いつつ、ナズーリンは手を振り水を払う。
呼び声に応え、炊事場から顔だけを出した。
「なんです、ご主人」
ナズーリンを呼んだのは、彼女が仕える寅丸星だった。
近づきつつも首を左右に振っている星。
意識して音を拾っているのであろう、耳を覆う髪が微かに揺れていた。
そんな様子を目ざとく捉えたナズーリンは、少しばかり顔を顰めさせる。
「違いますよ」
気付いた星が、心外だとばかりに眉を上げる。
「探しものではないと?」
「探しものではないです」
一度のやり取りだけで、ナズーリンには星が何を探しているのかがわかった。
「って、何故更にげんなりとするんですか!?」
「探し人なんでしょう?」
「人では、あ、はい」
減らず口を半眼で打ち消し、ナズーリンはため息をつく。
「聖様なら、里に説法を説きに行ったじゃないですか。まだ戻ってこられていませんよ」
そう、だから今、彼女は昼食を何人分用意すればいいか悩んでいたのだった。
「昼には帰ってくると言っていました」
「ええ。具体的な時間を聞いておくんだった」
「昼には帰ってくると言っていました」
聞こえていないと思ったんだろうか。
繰り返される言葉に、ナズーリンは頷く反応を返す。
けれど、白蓮の件については同席で聞いていたのだし、今更な話だと怪訝な顔をする。
「昼には、帰ってくると、言っていました」
星が、諭すように続けた。
「あぁ……とても重要なことなんですね」
「心配です。迎えに行ってきます」
「早いな!?」
です、と発音した時点では単に憂いを帯びた表情をしていた星。
刹那の間で鬼気迫る顔となり、判断を下し、背を向けた。
故にナズーリンが主従関係を忘れ、素で返してしまったのは致し方ないだろう。
しかし、付き合いの長いナズーリン、星に対してのフォローなら頭で考えなくとも体が動く。
「首が、首が締まる!?」
すかさず、愛用のロッドを星の服に突っ込んでいた。
「ぜぇはぁ……ぜぇはぁ……」
「落ち着いてください」
「……良いでしょう」
二言はあるまいと、ロッドを戻す。
「私と戦うというのなら、相手になります。ただ、もし貴女が道を誤っているのであれば」
「ご自身の先走りで迎えに行くというのですか?」
「だって、だって~!」
だってじゃない。
両手を組み祈る形の星に、ナズーリンは半眼を叩きこむ。
しかし、彼女は‘賢将‘と呼ばれる頭脳の持ち主。
鞭だけでなく、飴も振舞う。
「ご主人様、聖様のお戻りを気にかけているのは、何も貴女だけではございません。
私とて、今か今かと待っているのです。
だってご飯が作れない」
尤も、その躾け方は眼前で涙目になりそうな星から学び取ったのだが。
「ですので、一緒に昼食を考えつつ、待ちましょう」
頷く動作に嘘はない――心の内で微苦笑しつつ、ナズーリンはそう、感じ取った。
「ではご主人様、とりあえずリクエストをどうぞ」
「ナズは何が良いんです?」
「いや、ですから、ご主人の」
「だから、ナズの食べたいものが私のリクエストです」
「……そういう台詞を打算なしに言える辺り、ご主人も大概だな」
「何故半眼になりますか」
「いやいや。なんでも」
顎に手を当て、ナズーリンは思案する。
できれば単品が手軽で良い。
だが、チーズを欠かす訳にはいかない。
加えて、白蓮たちのために、作り置きができるもの。
ぱちんっ、と指を鳴らす。
「スパゲッティサラダのチーズ和え」
「マヨネーズとチーズですか」
「胸が熱くなりますね」
熱くはなるが、それは単なる胸やけだ。
「胃もたれも起こしてしまいそう」
「考え直します」
「はい」
微苦笑の頷きに、ナズーリンは頬を掻く。
少し自分の嗜好に走り過ぎた。
夕飯に回そう。
提案しようと顔を上げ、視界に入ったのは去りゆく背中。
「ご主人?」
振り返った星の表情には、決意の色が浮かんで見えた。
「迎えに行ってきます」
「早いなおい!?」
「待ちました」
嘘はない。
「先ほどから五分も経っていません!」
「え、五十分の間違えでは!?」
「間違えるかぁぁぁ!」
全力の突っ込みに、顔に手を当てる星。
本当に嘘はなかったようだ。
より性質が悪い。
「閉店前の丁稚じゃあるまいし」
「うぅ、だって、だってぇ」
「だって……なんです?」
どん、とナズーリンは詰め寄る。
しかし、今度は星も挫けなかった。
腕をするりと伸ばし、二本の指でナズーリンの顎に触れる。
主従の関係の彼女たち、本気になれば主の反応速度に軍配が上がるのは当然と言えよう。
一瞬遅れて身を引くナズーリン、だったが、既に口を耳に近付けられ、囁かれる。
「しがらみを脱ぎ棄て、互いに互いを高めあいましょう」
もう何度も聞かされている言葉だった。練習のためだ。
「――なんって、誘われた聖が道を踏み外してしまっているかもしれないじゃないですか!」
「それは貴女があの方に言いたい台詞だろう」
「鏡の前では言えるんですよ!?」
だって欲情どうしよう、ハートは独鈷杵。
「だまらっひゃい」
いじけだした星に頬をふにふにされつつ、ナズーリンは言った。
主の面子を慮って、手を払いのけはしない。
感触も悪くはなかった。
むしろ、気持ちいい。肉球。
「変化が解けかけている!?」
それほどまでに、星は狼狽していていたのだ。
これはまずいと判断し、ナズーリンは条件の変更を考えた。
ある程度の時を必要とし誰の目からも明らかなもの。
とは言え、何らかの優遇的な措置を図れること。
首を左右に振り、探す――と、窓の外、一本の木が目に入った。
「……じゃあ、ご主人、こうしましょう。
あの木の、そう梅の木です、見えますね?
此処から見える、あの幾つかの花、あれが全て落ちた時、迎えに参りましょう」
手を離し目をぱちくりとさせる星。
良い提案だとナズーリンは満足げに頷いた。
「あの、普通、『何秒後に』とかではないでしょうか」
「秒か。それだと、貴女は時計の針を回すだろう」
「ええ。ぐるんぐるん回します」
即答に目眩を覚える。
花を条件にしたのには二つの理由があった。
こう話している間にも、花は一枚二枚と揺れ、落ちている。
そして、優遇的な措置、つまり、その気になれば弾幕で撃ち落とすことができるだろう。
甘いものだな、私も――自嘲気に呟くナズーリンの視界の端に、きらりとした光が飛び込んできた。
宝塔の輝きだ。
「しまった、肉球の柔らかさに頭が駄目になっていた!」
「‘コンプリートクラリフィケイション‘」
「難易度ルナティック!?」
叫びつつ。
てぃ、と宝塔をかっさらうナズーリン。
形作られようとしていた弾幕は、どうということもなく霧散した。
‘本気になれば主の反応速度に軍配が上がるのは当然と言えよう‘。
この記述に嘘はない。
少なくとも、その時点では間違いでなかった。
あかん子な星に、ナズーリンが己の限界を超えただけなのだ。
素晴らしきは主への忠誠心。
「おぉ……貴女はまた一つ、壁を打ち破ったのですね」
「できれば別の機会に発揮させて欲しかったよ……」
「では、私も限界を超えさせていただきます」
宝塔なしで、同威力の弾幕を形成する星。素晴らしきは聖への純情。
「するなぁぁぁ!」
宝塔の力を借り、ナズーリンは、みーと弾幕を出す。
どうということもなく星にクリーンヒット。
ピッチューン。
――少女治療中。
「大体ですね、ご主人」
「ナズが撃った……私を撃った……うぅ」
「忠臣は主の過ちを正すものでしょう」
「そうですね、流石はナズ、えらい、賢い!」
「ノリがどこぞの月兎に似てきたような」
「ふふ、私は彼女のようにお子様ではないですよ?」
「あ、オキシドールを零してしまった」
「聖へと滾るこの想いは、少女ではなくぴっぎゃー!」
「んぅ、こほん、話を戻しますよ」
「痛いよぅ痛いよぅ。ぺろぺろ」
「いや、消毒剤を舐めるな。舐めないでください」
口をゆすぐ星に、ナズーリンは呆れながらも続ける。
「大体、里に説法をしにいったのは聖様だけではないでしょう」
「くちゅくちゅぺー。……あー、そう言えばそうでしたね」
「まぁ、ぬえは勝手について行っただけですが」
それはそれで、ほんの少し釈然としないのであった。
「ぬえ?」
呟きに応えるように、頷く。
封獣ぬえ。
‘未確認幻想飛行少女‘。
彼女に説法などできる訳がない。
大方、里の人間に悪戯をしかけ楽しむためについていったのだろう。
――推測するナズーリンはしかし、自身の考えに微かな邪気が含まれていることに気がつかない。
「正体不明……モザイク……修正入り……」
無論、傍らの星も気がつかなかった。
「いや、あの、ご主人?」
「八禁な展開!? 聖、ひじりーっ!」
「だぁぁぁ、ぬえからそんな邪な想像をするなぁぁぁ!」
みー、と弾幕が放たれる。直撃。
「さぁ一緒にマジックバタフライ、銀河の果てまで飛びましょう、そう言って聖は私の」
「ピチュらない!? ご主人も限界を超えたというのかっ!」
「レイディぁ、あん……っ」
崩れる星。
目を逸らすナズーリン。
静寂が、炊事場を支配した。
こほん――空咳を打ち、先に口を開いたのは星だった。
「ともかく」
「……落ち着きましたか」
「ええ。では、行ってきます」
これなんて無限ループ。
――ぷっちん。
「いい加減にしろ、ご主人!
聖様を心配するのはわからないでもない!
私だってぬえが帰ってくるのを待っているんだから!」
遂にナズーリンの何かが切れた。
「だけど!
だけどな、ご主人!
それは杞憂に過ぎないんだ!」
頭で整理する前に、叫ぶ。
「だって、フタリと一緒に、要領のいい――」
「いえ、あの、見てください、ナズ」
「何を!?」
星の指が、窓の外に向けられている。
指し示しているのは、梅の木。
条件が満たされていた。
のみならず、木、それ自体が揺れていた。
ナズーリンの顔が青ざめる。
何が起きたのかを理解した。
何が起きているのかを理解した。
同時、炊事場を、否、妙蓮寺を、否、否、聖輦船を震わせる声が、響いた――。
――いちりぃぃぃん、今、今、迎えに行きますからねーっ!
BGM:キャプテンムラサ。
「しまったぁぁぁ! あっちの方が溜めこむあかん子だったぁぁぁ!?」
爆音を上げ、浮かび上がる聖輦船。
繋ぎとめていた錨が大地を削る。
衝撃で、木々も揺らされていた。
「うっわ、大木がダンシングフラワー状態ぃぃぃ!?」
「ゴー、ムラサ、ゴー、ゴーっ!」
「ゴーじゃなぁぁぁぁぁい!」
――過ぎた心配性は周りも大変だ、と言うお話。
<了>
気温も程よく、風も穏やかなとある日。
炊事場にて、ナズーリンは昼飯を作ろうとしていた。
普段着の上から白い割烹着を羽織り、手を丹念に洗う。
続けて材料を戸棚から出そうとした時、ふと動きを止める。
首を捻り、一人ごちた。
「はて……今日は何人分作ればいいんだろうか」
「ナズー、ナズー」
自身も含め、三人分は確定している。
思いつつ、ナズーリンは手を振り水を払う。
呼び声に応え、炊事場から顔だけを出した。
「なんです、ご主人」
ナズーリンを呼んだのは、彼女が仕える寅丸星だった。
近づきつつも首を左右に振っている星。
意識して音を拾っているのであろう、耳を覆う髪が微かに揺れていた。
そんな様子を目ざとく捉えたナズーリンは、少しばかり顔を顰めさせる。
「違いますよ」
気付いた星が、心外だとばかりに眉を上げる。
「探しものではないと?」
「探しものではないです」
一度のやり取りだけで、ナズーリンには星が何を探しているのかがわかった。
「って、何故更にげんなりとするんですか!?」
「探し人なんでしょう?」
「人では、あ、はい」
減らず口を半眼で打ち消し、ナズーリンはため息をつく。
「聖様なら、里に説法を説きに行ったじゃないですか。まだ戻ってこられていませんよ」
そう、だから今、彼女は昼食を何人分用意すればいいか悩んでいたのだった。
「昼には帰ってくると言っていました」
「ええ。具体的な時間を聞いておくんだった」
「昼には帰ってくると言っていました」
聞こえていないと思ったんだろうか。
繰り返される言葉に、ナズーリンは頷く反応を返す。
けれど、白蓮の件については同席で聞いていたのだし、今更な話だと怪訝な顔をする。
「昼には、帰ってくると、言っていました」
星が、諭すように続けた。
「あぁ……とても重要なことなんですね」
「心配です。迎えに行ってきます」
「早いな!?」
です、と発音した時点では単に憂いを帯びた表情をしていた星。
刹那の間で鬼気迫る顔となり、判断を下し、背を向けた。
故にナズーリンが主従関係を忘れ、素で返してしまったのは致し方ないだろう。
しかし、付き合いの長いナズーリン、星に対してのフォローなら頭で考えなくとも体が動く。
「首が、首が締まる!?」
すかさず、愛用のロッドを星の服に突っ込んでいた。
「ぜぇはぁ……ぜぇはぁ……」
「落ち着いてください」
「……良いでしょう」
二言はあるまいと、ロッドを戻す。
「私と戦うというのなら、相手になります。ただ、もし貴女が道を誤っているのであれば」
「ご自身の先走りで迎えに行くというのですか?」
「だって、だって~!」
だってじゃない。
両手を組み祈る形の星に、ナズーリンは半眼を叩きこむ。
しかし、彼女は‘賢将‘と呼ばれる頭脳の持ち主。
鞭だけでなく、飴も振舞う。
「ご主人様、聖様のお戻りを気にかけているのは、何も貴女だけではございません。
私とて、今か今かと待っているのです。
だってご飯が作れない」
尤も、その躾け方は眼前で涙目になりそうな星から学び取ったのだが。
「ですので、一緒に昼食を考えつつ、待ちましょう」
頷く動作に嘘はない――心の内で微苦笑しつつ、ナズーリンはそう、感じ取った。
「ではご主人様、とりあえずリクエストをどうぞ」
「ナズは何が良いんです?」
「いや、ですから、ご主人の」
「だから、ナズの食べたいものが私のリクエストです」
「……そういう台詞を打算なしに言える辺り、ご主人も大概だな」
「何故半眼になりますか」
「いやいや。なんでも」
顎に手を当て、ナズーリンは思案する。
できれば単品が手軽で良い。
だが、チーズを欠かす訳にはいかない。
加えて、白蓮たちのために、作り置きができるもの。
ぱちんっ、と指を鳴らす。
「スパゲッティサラダのチーズ和え」
「マヨネーズとチーズですか」
「胸が熱くなりますね」
熱くはなるが、それは単なる胸やけだ。
「胃もたれも起こしてしまいそう」
「考え直します」
「はい」
微苦笑の頷きに、ナズーリンは頬を掻く。
少し自分の嗜好に走り過ぎた。
夕飯に回そう。
提案しようと顔を上げ、視界に入ったのは去りゆく背中。
「ご主人?」
振り返った星の表情には、決意の色が浮かんで見えた。
「迎えに行ってきます」
「早いなおい!?」
「待ちました」
嘘はない。
「先ほどから五分も経っていません!」
「え、五十分の間違えでは!?」
「間違えるかぁぁぁ!」
全力の突っ込みに、顔に手を当てる星。
本当に嘘はなかったようだ。
より性質が悪い。
「閉店前の丁稚じゃあるまいし」
「うぅ、だって、だってぇ」
「だって……なんです?」
どん、とナズーリンは詰め寄る。
しかし、今度は星も挫けなかった。
腕をするりと伸ばし、二本の指でナズーリンの顎に触れる。
主従の関係の彼女たち、本気になれば主の反応速度に軍配が上がるのは当然と言えよう。
一瞬遅れて身を引くナズーリン、だったが、既に口を耳に近付けられ、囁かれる。
「しがらみを脱ぎ棄て、互いに互いを高めあいましょう」
もう何度も聞かされている言葉だった。練習のためだ。
「――なんって、誘われた聖が道を踏み外してしまっているかもしれないじゃないですか!」
「それは貴女があの方に言いたい台詞だろう」
「鏡の前では言えるんですよ!?」
だって欲情どうしよう、ハートは独鈷杵。
「だまらっひゃい」
いじけだした星に頬をふにふにされつつ、ナズーリンは言った。
主の面子を慮って、手を払いのけはしない。
感触も悪くはなかった。
むしろ、気持ちいい。肉球。
「変化が解けかけている!?」
それほどまでに、星は狼狽していていたのだ。
これはまずいと判断し、ナズーリンは条件の変更を考えた。
ある程度の時を必要とし誰の目からも明らかなもの。
とは言え、何らかの優遇的な措置を図れること。
首を左右に振り、探す――と、窓の外、一本の木が目に入った。
「……じゃあ、ご主人、こうしましょう。
あの木の、そう梅の木です、見えますね?
此処から見える、あの幾つかの花、あれが全て落ちた時、迎えに参りましょう」
手を離し目をぱちくりとさせる星。
良い提案だとナズーリンは満足げに頷いた。
「あの、普通、『何秒後に』とかではないでしょうか」
「秒か。それだと、貴女は時計の針を回すだろう」
「ええ。ぐるんぐるん回します」
即答に目眩を覚える。
花を条件にしたのには二つの理由があった。
こう話している間にも、花は一枚二枚と揺れ、落ちている。
そして、優遇的な措置、つまり、その気になれば弾幕で撃ち落とすことができるだろう。
甘いものだな、私も――自嘲気に呟くナズーリンの視界の端に、きらりとした光が飛び込んできた。
宝塔の輝きだ。
「しまった、肉球の柔らかさに頭が駄目になっていた!」
「‘コンプリートクラリフィケイション‘」
「難易度ルナティック!?」
叫びつつ。
てぃ、と宝塔をかっさらうナズーリン。
形作られようとしていた弾幕は、どうということもなく霧散した。
‘本気になれば主の反応速度に軍配が上がるのは当然と言えよう‘。
この記述に嘘はない。
少なくとも、その時点では間違いでなかった。
あかん子な星に、ナズーリンが己の限界を超えただけなのだ。
素晴らしきは主への忠誠心。
「おぉ……貴女はまた一つ、壁を打ち破ったのですね」
「できれば別の機会に発揮させて欲しかったよ……」
「では、私も限界を超えさせていただきます」
宝塔なしで、同威力の弾幕を形成する星。素晴らしきは聖への純情。
「するなぁぁぁ!」
宝塔の力を借り、ナズーリンは、みーと弾幕を出す。
どうということもなく星にクリーンヒット。
ピッチューン。
――少女治療中。
「大体ですね、ご主人」
「ナズが撃った……私を撃った……うぅ」
「忠臣は主の過ちを正すものでしょう」
「そうですね、流石はナズ、えらい、賢い!」
「ノリがどこぞの月兎に似てきたような」
「ふふ、私は彼女のようにお子様ではないですよ?」
「あ、オキシドールを零してしまった」
「聖へと滾るこの想いは、少女ではなくぴっぎゃー!」
「んぅ、こほん、話を戻しますよ」
「痛いよぅ痛いよぅ。ぺろぺろ」
「いや、消毒剤を舐めるな。舐めないでください」
口をゆすぐ星に、ナズーリンは呆れながらも続ける。
「大体、里に説法をしにいったのは聖様だけではないでしょう」
「くちゅくちゅぺー。……あー、そう言えばそうでしたね」
「まぁ、ぬえは勝手について行っただけですが」
それはそれで、ほんの少し釈然としないのであった。
「ぬえ?」
呟きに応えるように、頷く。
封獣ぬえ。
‘未確認幻想飛行少女‘。
彼女に説法などできる訳がない。
大方、里の人間に悪戯をしかけ楽しむためについていったのだろう。
――推測するナズーリンはしかし、自身の考えに微かな邪気が含まれていることに気がつかない。
「正体不明……モザイク……修正入り……」
無論、傍らの星も気がつかなかった。
「いや、あの、ご主人?」
「八禁な展開!? 聖、ひじりーっ!」
「だぁぁぁ、ぬえからそんな邪な想像をするなぁぁぁ!」
みー、と弾幕が放たれる。直撃。
「さぁ一緒にマジックバタフライ、銀河の果てまで飛びましょう、そう言って聖は私の」
「ピチュらない!? ご主人も限界を超えたというのかっ!」
「レイディぁ、あん……っ」
崩れる星。
目を逸らすナズーリン。
静寂が、炊事場を支配した。
こほん――空咳を打ち、先に口を開いたのは星だった。
「ともかく」
「……落ち着きましたか」
「ええ。では、行ってきます」
これなんて無限ループ。
――ぷっちん。
「いい加減にしろ、ご主人!
聖様を心配するのはわからないでもない!
私だってぬえが帰ってくるのを待っているんだから!」
遂にナズーリンの何かが切れた。
「だけど!
だけどな、ご主人!
それは杞憂に過ぎないんだ!」
頭で整理する前に、叫ぶ。
「だって、フタリと一緒に、要領のいい――」
「いえ、あの、見てください、ナズ」
「何を!?」
星の指が、窓の外に向けられている。
指し示しているのは、梅の木。
条件が満たされていた。
のみならず、木、それ自体が揺れていた。
ナズーリンの顔が青ざめる。
何が起きたのかを理解した。
何が起きているのかを理解した。
同時、炊事場を、否、妙蓮寺を、否、否、聖輦船を震わせる声が、響いた――。
――いちりぃぃぃん、今、今、迎えに行きますからねーっ!
BGM:キャプテンムラサ。
「しまったぁぁぁ! あっちの方が溜めこむあかん子だったぁぁぁ!?」
爆音を上げ、浮かび上がる聖輦船。
繋ぎとめていた錨が大地を削る。
衝撃で、木々も揺らされていた。
「うっわ、大木がダンシングフラワー状態ぃぃぃ!?」
「ゴー、ムラサ、ゴー、ゴーっ!」
「ゴーじゃなぁぁぁぁぁい!」
――過ぎた心配性は周りも大変だ、と言うお話。
<了>
ナズは従者の中では一番の苦労人だろうかw
寅の肉球は硬そうだなww
寅さんは取り敢えず月の光に導かれて何度も白蓮さんと巡り逢うのか、気になって参ります。
水蜜船長には(手遅れ過ぎて)何も言う事は御座いませんね(とてつもなく失礼だな、オイ)