冬の夜。きんきんに冷えた大理石の廊下を裸足で歩く。
ひたひたと、固く冷やかな感触を確認してから、軽く跳躍して、ひたりと着地する。
くるくる回って、ステップを踏む。
歌と踊りが大好きな妖精に囲まれて過ごしているうちに、動きは自然と覚えた。
元来、身体を動かすのは得意なのだ。
身体を反らして、回って、跳躍して、ひたりと着地して。
長い髪はすべて下ろして、裾が広がるゆったりとしたワンピースを着て……。
そのほうが、回ったときにふわりと広がって、ぐんと気分が盛り上がる。
――束の間の踊り子気分。
冷たい廊下の感触がいつしか心地良く感じるようになり、息が弾んでくる。
歌でも歌いたい気分だけど、誰か起き出したら困るので、ぐっとこらえた。
真夜中、秘めやかに、ささやかに踊るから気持ち良いのだ。観衆なんていらない。
今夜は良く晴れている。月の光が大きな窓から降り注いで、余計に気持ちが良い。
しばらくして、人の気配を感じた。
この館に人間なんて一人しかいない。
くるりと振り向くと、こちらに向かって歩いてくる咲夜さんと目が合った。
その瞳からは、相変わらず何の感情も読み取れない。
責めるようでも、褒めるようでもない。
私の踊りを見ても、何の感情も湧き上がってこないんだろう。
きっと咲夜さんには、私が踊る理由なんて分かりっこないんだろうな……。
自然と足が止まったけれども、次の瞬間にはステップを踏み始めた。
私の大切な時間を邪魔されるのはごめんだ。
「何か、ご用ですか?」
「別に用ってほどでもないんだけど」
踊りながら尋ねると、咲夜さんは壁に背をもたれさせて、腕を組みながら答えた。
その目は私を捉えていない。窓の外の、星月夜を眺めている。
無言になる咲夜さんの言葉を待った。
用がないなら、どこかへ行ってくれれば良いのにな。
このまま踊りながら、私のほうがいなくなってしまおうか。
窓を開けて、星月夜の空に飛びだす。それも気持ち良さそうだ。
ぼんやり物思いに耽っていると、咲夜さんがこっちを見ていることに気がついた。
「何ですか?」
「ねぇ、貴女はどこへ行こうとしているの?」
「え?」
「この空の向こう側にでも行くつもり? そうやって踊りながら」
「……」
「今の貴女には、現実感がまるでない。空想の世界にでも行くつもりなの? でも残念ながら、貴女はそこへ行けないわ。肉体が存在するかぎり。……いえ、魂だけになったとしても」
足が止まる。
何でそんなことを言うんだろう。分かってる。そんなことは。
空想の世界に行けないなんて、分かり切っている。
だけど、夢見るくらい良いじゃない。
本や漫画の世界。小さな頃から憧れていた世界。そんな世界に浸ったって良いじゃない。
ここは幻想郷なのに、そんなことも許してもらえないの?
どうしてそんなこと、咲夜さんに言われないといけないの?
良いじゃない。誰にも迷惑かけてないんだから……。
「咲夜さん、酷いです……。他人のささやかな夢を壊すなんて……」
「悪いわね。けど、貴女が夢見心地じゃ困るのよ。現実を見てもらわないと」
「え……?」
近づいてくる咲夜さんをぼんやり見つめていると、ふわりと抱きしめられた。
「やめてください。……汗かいてますから」
「別に構わないわよ」
「どうしてですか? どうしてそんな、こんなこと……」
「今は分からなくても良いのよ」
「わけが分かりません……」
「それで良いのよ」
咲夜さんの身体から、淡く石鹸のにおいが漂ってくる。
お風呂上がりなんだ……と少し申し訳なく思いながら、身体の力を抜いた。
どうせ何を言っても、抗っても、離してくれないだろうから。咲夜さんはそういう人だ。
現実なんて、退屈でつまらない。毎日毎日、同じことの繰り返し。
まぁ、今日は最後の最後で、予想外の展開になったけど……。
どうしよう、この状態。私にはどうしたら良いのか分からない。
予想外の展開には、慣れていないから。
はぁ……身体が冷えて、肌寒くなってきた。
いつもは温かいうちにシャワーを浴びに行くのに、この状況じゃ行けない。
身体がじっとりして、とても気持ち悪い。
「咲夜さん……寒いです」
「冷えてきた? じゃあ私の部屋で温かい紅茶でも淹れてあげるわ」
「嫌です。シャワーが浴びたいです」
「仕方ないわね。じゃあその後いらっしゃい」
「お断りします。明日も早いので、すぐに寝ます」
「じゃあ、このまま風邪引くのと、どっちが良い?」
「う、……うかがいます」
「賢明な判断ね」
「はぁ……」
予想外の展開は、もう少しだけ続くらしい。
でも、ここまで来ると、この予想外の展開に身を任せてみるのも良い気がしてくる。
抵抗するのも疲れたし、悔しいけど、このやりとりを楽しんでいる自分も、確かに存在する。
こんな予想外の展開を、私は心の底でずっと待ち望んでいたのかもしれない。
退屈な日常を、私の世界を、がらりと変えてくれる何かを。
「さぁ、行ってきなさい。美味しい紅茶を淹れて待ってるわ」
「はい。……期待して良いですか?」
「えぇ、期待してて」
自信たっぷりの咲夜さんの言葉に、何だか安心してしまう。
期待しても良い……そう言われるだけで、高揚感がこみ上げてくる。
まるで、物語の山場を、どきどきしながら読み進めているみたいに。
咲夜さんの部屋に行けば、昨日とは違う一日になる。今日が特別な一日になる。
何だか強引に引きずられてる気もするけど、それに乗ってみるのも悪くない。
「ありがとうございます」
「何で貴女が礼を言うのよ」
「さぁ、何ででしょうね」
苦笑交じりの咲夜さんの言葉を聞いて、自然と笑みがこぼれた。
「今は、分からなくても良いですよ」
ひたひたと、固く冷やかな感触を確認してから、軽く跳躍して、ひたりと着地する。
くるくる回って、ステップを踏む。
歌と踊りが大好きな妖精に囲まれて過ごしているうちに、動きは自然と覚えた。
元来、身体を動かすのは得意なのだ。
身体を反らして、回って、跳躍して、ひたりと着地して。
長い髪はすべて下ろして、裾が広がるゆったりとしたワンピースを着て……。
そのほうが、回ったときにふわりと広がって、ぐんと気分が盛り上がる。
――束の間の踊り子気分。
冷たい廊下の感触がいつしか心地良く感じるようになり、息が弾んでくる。
歌でも歌いたい気分だけど、誰か起き出したら困るので、ぐっとこらえた。
真夜中、秘めやかに、ささやかに踊るから気持ち良いのだ。観衆なんていらない。
今夜は良く晴れている。月の光が大きな窓から降り注いで、余計に気持ちが良い。
しばらくして、人の気配を感じた。
この館に人間なんて一人しかいない。
くるりと振り向くと、こちらに向かって歩いてくる咲夜さんと目が合った。
その瞳からは、相変わらず何の感情も読み取れない。
責めるようでも、褒めるようでもない。
私の踊りを見ても、何の感情も湧き上がってこないんだろう。
きっと咲夜さんには、私が踊る理由なんて分かりっこないんだろうな……。
自然と足が止まったけれども、次の瞬間にはステップを踏み始めた。
私の大切な時間を邪魔されるのはごめんだ。
「何か、ご用ですか?」
「別に用ってほどでもないんだけど」
踊りながら尋ねると、咲夜さんは壁に背をもたれさせて、腕を組みながら答えた。
その目は私を捉えていない。窓の外の、星月夜を眺めている。
無言になる咲夜さんの言葉を待った。
用がないなら、どこかへ行ってくれれば良いのにな。
このまま踊りながら、私のほうがいなくなってしまおうか。
窓を開けて、星月夜の空に飛びだす。それも気持ち良さそうだ。
ぼんやり物思いに耽っていると、咲夜さんがこっちを見ていることに気がついた。
「何ですか?」
「ねぇ、貴女はどこへ行こうとしているの?」
「え?」
「この空の向こう側にでも行くつもり? そうやって踊りながら」
「……」
「今の貴女には、現実感がまるでない。空想の世界にでも行くつもりなの? でも残念ながら、貴女はそこへ行けないわ。肉体が存在するかぎり。……いえ、魂だけになったとしても」
足が止まる。
何でそんなことを言うんだろう。分かってる。そんなことは。
空想の世界に行けないなんて、分かり切っている。
だけど、夢見るくらい良いじゃない。
本や漫画の世界。小さな頃から憧れていた世界。そんな世界に浸ったって良いじゃない。
ここは幻想郷なのに、そんなことも許してもらえないの?
どうしてそんなこと、咲夜さんに言われないといけないの?
良いじゃない。誰にも迷惑かけてないんだから……。
「咲夜さん、酷いです……。他人のささやかな夢を壊すなんて……」
「悪いわね。けど、貴女が夢見心地じゃ困るのよ。現実を見てもらわないと」
「え……?」
近づいてくる咲夜さんをぼんやり見つめていると、ふわりと抱きしめられた。
「やめてください。……汗かいてますから」
「別に構わないわよ」
「どうしてですか? どうしてそんな、こんなこと……」
「今は分からなくても良いのよ」
「わけが分かりません……」
「それで良いのよ」
咲夜さんの身体から、淡く石鹸のにおいが漂ってくる。
お風呂上がりなんだ……と少し申し訳なく思いながら、身体の力を抜いた。
どうせ何を言っても、抗っても、離してくれないだろうから。咲夜さんはそういう人だ。
現実なんて、退屈でつまらない。毎日毎日、同じことの繰り返し。
まぁ、今日は最後の最後で、予想外の展開になったけど……。
どうしよう、この状態。私にはどうしたら良いのか分からない。
予想外の展開には、慣れていないから。
はぁ……身体が冷えて、肌寒くなってきた。
いつもは温かいうちにシャワーを浴びに行くのに、この状況じゃ行けない。
身体がじっとりして、とても気持ち悪い。
「咲夜さん……寒いです」
「冷えてきた? じゃあ私の部屋で温かい紅茶でも淹れてあげるわ」
「嫌です。シャワーが浴びたいです」
「仕方ないわね。じゃあその後いらっしゃい」
「お断りします。明日も早いので、すぐに寝ます」
「じゃあ、このまま風邪引くのと、どっちが良い?」
「う、……うかがいます」
「賢明な判断ね」
「はぁ……」
予想外の展開は、もう少しだけ続くらしい。
でも、ここまで来ると、この予想外の展開に身を任せてみるのも良い気がしてくる。
抵抗するのも疲れたし、悔しいけど、このやりとりを楽しんでいる自分も、確かに存在する。
こんな予想外の展開を、私は心の底でずっと待ち望んでいたのかもしれない。
退屈な日常を、私の世界を、がらりと変えてくれる何かを。
「さぁ、行ってきなさい。美味しい紅茶を淹れて待ってるわ」
「はい。……期待して良いですか?」
「えぇ、期待してて」
自信たっぷりの咲夜さんの言葉に、何だか安心してしまう。
期待しても良い……そう言われるだけで、高揚感がこみ上げてくる。
まるで、物語の山場を、どきどきしながら読み進めているみたいに。
咲夜さんの部屋に行けば、昨日とは違う一日になる。今日が特別な一日になる。
何だか強引に引きずられてる気もするけど、それに乗ってみるのも悪くない。
「ありがとうございます」
「何で貴女が礼を言うのよ」
「さぁ、何ででしょうね」
苦笑交じりの咲夜さんの言葉を聞いて、自然と笑みがこぼれた。
「今は、分からなくても良いですよ」
出来れば咲夜視点のものも読みたいです。