妖怪の山の麓に位置し、妖怪の山から流れる川が流れ着く湖、霧の湖。
昼間になると何故か霧が噴き出し、太陽の光を遮るこの湖の畔には不気味に佇む紅の洋館がある。
人間の里からは遠く、人間はほとんど立ち寄らない場所。その洋館に住む者達もまた、人ならざる者達であった。
驚異的な身体能力と魔力を誇り、夜の王にして生と死をも超えると伝承される存在、吸血鬼。人間には脅威、畏怖の対象でしかないその種が、紅の洋館――紅魔館の主であった。
そんなわけでこの地に住まう一般の人間にとって、この洋館はほとんど無縁の場所だと言っていいだろう。
「はぁ……」
使用人が使う個室の一つ。装飾品といったものは皆無で、飾り気の無いその部屋に彼女はいた。
人外が住まうこの館において、唯一の人間でありメイド長その人、名を十六夜咲夜。
普段の彼女であれば、妖怪の類と間違えるほどの雰囲気をその身に纏わせているのだが、ベッドに身を委ね、額に手の甲を当てて瞑目してる彼女からは、悩み多き少女といった印象しか持てない。
「お嬢様の気まぐれには慣れたものだと思ったけど、困ったわね……」
大きく溜息を漏らす咲夜。彼女がこうも弛んでいるのは、この場所がプライベートな空間だからではないようだ。
ぽつぽつと、誰に聞かせるわけもなく、咲夜の独り言は続く。
「結婚ねぇ……そんなこと、考えたこともなかったわ」
悪魔の狗と一部では呼ばれる咲夜だが、一応は女の子であり、女性である。
冠婚葬祭の一角を担い、人生の大きな転機である結婚。彼女はそれを前に控えていたのだ。
「その、私の気持ちを少しくらい汲んで欲しいわ」
最後に溜息もう一つ。
そんなわけで、十六夜咲夜は結婚することになった。
――――――――――
結婚って何なのかしら。
人里で結婚式というのを見たことがある。大通りで行われていた披露宴。たしかあれはどこかの商人の娘と、どこかの商人の結婚式だったか。
許婚による結婚。人里ではそれなりに主流になってる結婚で、幼少時に双方の親が結婚の合意をするもの。
現在の緩い幻想郷において、本人達の自由意思が無視されるこの手の結婚は少し前時代的な気もするが、過去の名残か伝統なのか、人里ではよくあるほうらしい。
政略結婚というのもあるらしい。過去に妖怪退治やらで名を轟かせた家系は、今現在も人里で地位を得ているらしく、その存続目的のために行われているのだとか。私の知るところだと、御阿礼の子を生み出す稗田家なんかが最たる所かしら。
本人の意思が無関係なところで婚姻が決まる辺り、私の結婚と同じ部分があるだろう。
しかし、それらの結婚には意味がある。家系存続であったり、より強い関係を構築したりと。
私の結婚にそういった意味があるのだろうか。
「そうだ、咲夜結婚してよ」
肩凝ってるから肩揉んで。みたいな軽いノリで言われた一言。あの軽い口調の裏に、どれほどの意味合いがあったのだろうか。
そんなもの、考えるまでもないんじゃない。
何せ、吸血鬼なのである。太陽光邪魔臭いからと紅い霧を撒き散らし、兎狩りたいからそれっぽい理由つけて月に行きたがり、春一番乗りしたいから妖精を捕まえようと指示し、気まぐれにと定期的にパーティーを開く吸血鬼なのである。
今回の件も所詮気まぐれ、所謂暇つぶし、ただの余興の一種に違いない。
その手の我儘も慣れた……というか、自分も染まりきっていたと思っていたが、結婚の件で再確認してしまった。お嬢様にはまだまだ振り回されているようだ。
「えー、良いじゃない良いじゃない。しよーよー」
お嬢様は少しばかり所有欲というか、独占欲の強い人だ。吸血鬼という種がそういったものなのか、お嬢様がただ単にそういう性格なのかは知る由も無い。
飼い犬には首輪をするものだ。飼い犬には自分が決めた名を命名するものだ。飼い犬のエプロンに刺繍を入れるなんてこともするかもしれない。
私を縛る鎖なのかもしれない。お嬢様のスペルカードにもそんなものがあった。彼女らしい、彼女に似合う紅い紅い鎖。
「やったぁ! そうと決まれば結婚披露宴よ結婚披露宴。うんと豪華なものにしましょう! 招待状も渡して回らないとね。準備なんてすぐ出来るだろうし、明日にはやろうよ」
忘れてはいけないのが、恋愛結婚か。
恋愛関係を築き、紆余曲折ありながらも愛情を育み、その末のゴールであり、スタート地点でもある結婚に至る。
こう考えてみると、なんとロマンチックなことか。人里でも先ほどの結婚と同程度に行われており、着々と数を増やしている結婚。
「五百年生きてるけど結婚は初めてだわ。咲夜も初めてだよね? 楽しみね」
この地ならではの、最も例の少ない結婚がある。
先ほどの恋愛結婚と同じだが、微妙に異なり、最も困難と言われるもの。
人間と妖怪。種族を越えての結婚。
私の知るところにも、人と妖のハーフ。所謂半妖がいる。
深くは知り得ないが、愛を深めていった上での結果が彼であったと思いたい。
「早速パチェに準備してもらわないと」
主人と従者、人と妖。あと同性だけれど、お嬢様はどのように考えているんだろうか。
目立ちたがりで、新しいことが大好きで好奇心旺盛で、今回の結婚も他の奴らがやってないからって理由かもしれない。
しかし願わくばと思うのは、私が人間だからだろうか。一昔前の自分はこんな事無かった気がするのだけれど。
でもお嬢様。プロポーズの言葉が「結婚してよ」は少し傷つきますわ。
私、十六夜咲夜は結婚することになった。相手は永遠に紅い幼い少女、レミリア・スカーレット。
私が仕える主人であり、忠誠を誓うその人。
――――――――――
結婚って皆どう思ってるのかしら。
明日に結婚披露宴を控えた私は、お嬢様の命により幻想郷中の人妖に招待状を渡して回ることになった。
当事者に、伴侶にこういう仕事をさせるのはどうなんだろうか。パチュリー様や美鈴は準備に忙しいとして、妹様は……出歩けないし、小悪魔もパチュリー様の手伝いか。メイド妖精の子達じゃ心配だし……。
うぅむ、私しかいないのか。こう考えてみると、結婚後に一般の家庭のような満悦とした生活を送るって事は無さそうである。今と大して変わらない気がしてきた。
「今日は何の用かしら? 泥棒は間に合ってるし、珍しいものも無いわよ。ちなみに参拝は大歓迎で、空を飛ばないありがたいお賽銭箱はあそこ」
そんなわけで、私は最初にお目出度いほうの巫女の元に訪れた。
またろくでもない奴が来たわねと言いたげな、半ば諦めた表情で霊夢は私を迎える。
「いえ、今日は招待状を渡しに来ただけですわ」
「へぇ珍しいじゃない。うんうんわざわざ招待状渡しに来るとは良い心掛けね」
何時も呼んでないのにパーティーに現れる霊夢は、腕を組みながら首を縦に振り感心している。
「それで今回は何があったのかしら? どっかに行くのは勝手だけど、私は手伝わないからね。飲めるのなら何だっていいわ。気まぐれにパーティー、誰かの誕生日だしパーティー、毎月七の付く日は魔女の日パーティー」
「そんなものやっていないわよ。今回は……その、結婚式よ」
「ふーん」
結婚という単語を聞いても、霊夢は然程興味を示さなかった。
異変解決の博麗巫女とはいえ女の子だし、この手の話題には関心があると思ったのだけれど。
「誰が結婚するの? あんたらの所はそういうの無縁だと思ってたけど」
「私」
「あらおめでとう。へぇ、あんたがねぇ……。どーれどれっと」
受け取った招待状を開き、霊夢は中を確認し始める。
「ふーん、明日とはまた急ね。へーレミリアの奴と結婚するんだ」
婚約相手を知っても、霊夢は全く動じていなかった。もし私の知り合いで結婚、それも妖怪と結婚することになれば、少なからず私は驚いたりすると思うのだけど、霊夢はそうでないらしい。
初めて会った時と同じ、ビー玉のように無機質で、黒く塗りつぶされた瞳を私に向けるだけだった。
「何も言わないのね」
「そりゃあ別にね。他人様の恋愛事情に口を挟むつもりはないし、好きにやったら良いと思うわ」
第三者を演じてるというより、本当に興味が無いといった口調で淡々と霊夢は口ずさむ。
霊夢は何時でもそう。異変解決の時であれ、己に危機が迫ってる時であれ、彼女の個が掴めない。
人並みに感情豊かだとは思う。面白い時は笑い、つまらない時は不平を言い、年相応の表情を見せる時もある。
しかし何故だろう。私にはそれが面白いから笑うのではなく、笑っていれば面白くなるはずだから笑っているように見えるのだ。
ふわふわと掴めない、浮世離れしている巫女。人間にして幻想郷のバランサーを担う人物。
だから私は知りたくなった。私達の結婚を前にして霊夢がどう思っているのか、博麗の巫女は何を考えているか。
「霊夢。貴方にとって結婚って何かしら?」
瞬間、僅かに彼女の黒が揺らいだ気がしたが、それも一瞬。
次の瞬間には何時もの霊夢がそこに居て、普段どおりの形相で彼女は口を開く。
「結婚は束縛よ」
飄々と彼女は答えてみせた。
「だってそうでしょう? 自分の時間は削られ、子供が生まれれば育児もある。精神的にも辛いんじゃない? 自由が減り、窮屈さを覚える。そんなもんじゃないの? 手に入れたい相手と既成事実を作るもの、それが結婚よ。結婚の儀を請け負ったりする巫女の私がこういうの言うのもなんだけどさ、人里じゃそういう結婚も少なく無いしね。自分を縛り、相手を束縛するのが私の考える結婚よ」
私が今回の結婚で思案していた、払拭出来なかった不安な部分を霊夢は言う。
束縛、束縛――鎖。そうよ、やはりお嬢様にとって私は……お嬢様、貴方にとって私の心情は、取るに足らないものなのでしょうか?
「私は誰かに執着するのもされるのも嫌だからね。結婚は束縛と考えるし、私には不必要なものだって思ってるわ」
霊夢は霊夢だった。異変解決の巫女で、どこまでも現実主義者だった。
「……ありがとう霊夢。じゃ、私は他にも回る所があるから、これで」
「顔色が悪いわよ。不安にさせちゃったかしら?」
「そんなこと、ないわ」
不満、不安、不信。そんなものあるわけないじゃない。忠誠を誓い、今までずっと傍に居たのだ。
私が不安になるはずが無いんだ。これは不安なんかじゃない。
何時ものお遊びで、定期的に行う戯れで、意味の無い気まぐれで、私はそれに今まで通り付き添っていれば良いだけなんだ。
「あっそ、なら別にいいわ。じゃあまた明日」
「えぇ……またね、霊夢」
私は空に飛び立ち、次の目的地に向かう。
振り返らなかった。振り返りたくなかった。
――――――――――
魔法の森は瘴気に満ちている。抵抗するする術が無い人間が踏み入れば、あっという間に幻覚に包まれ、体調を崩すこと請け合いだ。
招待状を渡す二人目の知り合いは、こんな辺鄙な場所に居を構えている変わり者。
薄暗い森の中で、日光が差し、一際明るい場所がある。そこにある西洋風の一軒家、それが彼女の住む家兼魔法店。
木製の扉を叩き、返事を待たず中にお邪魔する。彼女相手に礼儀といったものは不要なのである。
「魔理沙ーいるかしらー?」
この家に住まう、普通を自称する魔法使いの名を呼ぶ。しかし返事はない。
ここの主は留守であろうとそうでなかろうと、施錠をする習慣が無い。珍しいもの盗まれても文句は言えないと思うのよね……。
神社にいないかったから自宅にいると思ったのだけど……まあ仕方ない、物色ついでに家主を探すことにした。
何処から拾ってきたのかわからない風変わりな物や、ゴミなのかそうでないのかわからない物に埋もれた道を進み、二階にある彼女の部屋に入ると、魔理沙は机に突っ伏してすゥすゥと寝息を立てていた。
このまま普段粗暴な魔理沙の大人しい顔を見ているのも良いけど、生憎と私にはそんなに時間が無い。悪いと思うけど、肩に手をかけ軽く揺する。
「魔理沙、ねぇ起きて」
「ん、んーなぁに?」
わぁ寝ぼけてる魔理沙可愛い。
まるでダンジョンの奥に幽閉されたお姫様みたい。と、心の中で皮肉と賞賛を送っておく。
「今日は魔理沙に用があってきたの。そんなに時間取らせないから、起きてくれる?」
「うん、うん。いいよぉ」
目を擦りながら、魔理沙は背筋をゆったりと伸ばす。
眠りについてそれ程経ってなかったのだろう。未だ覚醒しない魔理沙に、招待状を見せる。
「これ、明日紅魔館で結婚式を挙げるの。もちろん魔理沙も来るわよね?」
「あー? 結婚式って、誰が……?」
「私がお嬢様と結婚するの」
「はぁ?」
疑問だらけの顔を浮かべ、訝しげな表情で私を見つめる。どうやら眠気も程よく飛んでったようだ。
「何言ってんだ咲夜」
「今日は冗談控えめですわ」
「そうかぁ」
背もたれに体重を預け、ぼーっと天井を見つめる。
魔理沙はどう思っているんだろう。私達の結婚について、そして結婚について。
「そっかぁ、はは……! こいつぁ面白い、もちろん行くに決まってるさ。タダ酒も飲めそうだしな」
「そう、ありがとう。それと魔理沙、一つ聞きたい事があるの」
「なんだい?」
「貴方にとって結婚って何?」
魔理沙はかつて人里に住んでおり、それこそ「普通」の少女だったと聞く。
人里から離れ、人間がほとんど訪れぬ魔法の森に身を置く彼女の考えを聞いてみたくなった。
一瞬霊夢の顔が浮かんだけれど、私は必死でそれを振り払った。
「運命の赤い糸ってあるじゃん。咲夜はどう思う?」
あっさりと質問を質問で返された。恐らく意図があっての質問だろうし、素直に答えてあげる。
運命、赤――どうって、魔理沙はどう答えて欲しいのだろうか?
「素敵、幻想的――うーん、しっくりこないわね。それでも私は素敵だと言っておくわ」
「咲夜にしては随分乙女チックな事言うんだな。私は運命の赤い糸なんて大嫌いさ。他力本願の塊じゃないか、最初から運命で決まってる縁? はっ、馬鹿馬鹿しい。あったとしても、そんなもの素敵なんかじゃない。結ばれることを強制させる鎖で、紛い物で、本物なんかじゃない……」
「随分と斜に構えてるのね」
「ふん、うるさいんだぜ。とにかく運命とか神様とか、私でない何かに決められるのなんて真っ平ごめんだ」
「それで、天邪鬼さんが考える結婚ってのは何なのかしら?」
「結婚ってのはだな」
飛び切りの笑顔。
「自分で見つけた最高のパートナーと、ずっと一緒にいることだぜ!」
先程までひねくれた考えを持っていると思ったけど、修正修正。
恋の魔法を操る少女は、随分と乙女な考えを持つ女の子のようだ。私覚えた。
「ふふっ、魔理沙らしいわ」
「そ、そうかな?」
最高のパートナー。良い言葉だと思う。
私にとってお嬢様は一番大切な人だ。忠誠を誓い、生涯お傍に仕えることを約束した間柄で……。
でも、お嬢様にとっては?
吸血鬼と人間の違いは今更言うまでもない。五百年という長い時を生き、これからも永い時を生きるお嬢様にとって私とは?
「あ、ありがとう魔理沙。時間取らせて悪かったわね……じゃ、そろそろ行くわね……」
永遠に近い時の中の、ただの退屈しのぎ。
居なくなってしまえば、新しいパートナーを見つければ良い。
お嬢様、お嬢様、お嬢様?
咲夜は代替品なのでしょうか?
「な、なぁ咲夜。大丈夫か?」
「……なんともないわよ」
「やっぱり不安か?」
また
また?
不安
不安?
そんなことないわ。平常運行の瀟洒な従者さんよ?
「別に。じゃあまた明日」
「あ、待てって」
構われるのと面倒そうだったので私は時間を停止し、窓から灰色の空を飛び出して魔理沙宅を後にした。
…………。
……。
前言撤回。時間短縮のために時間を停止し、魔理沙宅を後にした。
――――――――――
「おやおや浮かない顔をした人間がいると思ったら、なんだ手品師の方でしたか」
白昼の幻想郷を飛んでいると、突然声をかけられた。
赤い山伏帽に黒い髪。よく館にも訪れる新聞記者が横を飛んでいた。
「貴方自身に然程興味はありませんが、その様子だとまたレミリアさんが何かやらかしたようですね。宜しければお話を伺いたいのですが」
上空、それも飛翔中にも関わらず、手帖を取り出しペンを走らせ始めるブン屋。器用なものだなと思う。
さて隠す必要は無いし、気が進まないが打ち明けることにする。
「お嬢様が結婚なさるのよ」
「ややや、レミリアさんの奇行の数々には驚かされっぱなしですが、結婚ですか。これはスクープ、棚から牡丹餅ですね。いやしかしてあのお転婆腕白幼女吸血鬼も籍を入れ、ようやく腰を落ち着けるようになるんですか。何か感慨深いものがあります!」
ブン屋は心底驚いたのか、やや早口に次から次へと話しまくる。
「それで気になるお相手は? かの偉大なる吸血鬼を娶るのです。さぞ名のある立派な方なのでしょう! 結婚式はいつ? プロポーズの言葉は? ハネムーンは何処に! お子さん達で駅伝チームを作るご予定は!」
質問の上に質問を重ね、尚も質問を重ねる。よくこうも次から次へ浮かぶものだと感心する。
「式は明日。今は招待状を渡して回ってたところよ。数が数なだけに大変でね。質問に答える代わり、配達手伝いをしてもらえると助かるのだけど」
「願ったり叶ったりですね。私の俊足を持ってすれば、日が暮れる前に渡し終える事が可能でしょう。その報酬が独占取材とは、御安い御用です」
「交渉成立ね」
質問に答える前に招待状を一通だけ手元に残し、他を全てブン屋に渡す。
先程の二人で、思っている以上に精神を擦り減らされた。早く終わらせたいと思っていたので願ったりだ。
「これはかなりの量ですね。なるほど随分と豪華に行うご予定のようで。年甲斐も無く昂ぶってきましたよ」
「えーと、じゃあまずその気になる相手なんだけど」
目を星にして輝かせるブン屋。私は一息つき、事実を投げつけてやる。
お嬢様より長い時を生きる貴方はどう捉える? 何を考える?
「相手は私、十六夜咲夜ですわ」
冷水でも浴びせられたように、ブン屋は気色を失わせていく。
……予想していなかった訳ではない。
「えーっと」
「残念ながら嘘じゃないわ」
「また気まぐれ……ですか」
「まぁ、そうなんじゃないかしら」
「はぁ、なんというか、こればかりは貴方に同情してしまいますよ。こう見えてもレミリアさんは買っていたのですが、興醒めですね。取材の続きは結婚式の時にでも、ではまた」
肩を落として飛び去ろうとするブン屋に、私はもう一つの用事を頼む。
「山の上に住まう、もう一人の巫女の元に用があるの。天狗達に話を掛け合っていただけるかしら?」
「そういうことでしたら、山の警備に当たってる可愛らしい白浪天狗に申して下さい。私の名前を出せば快く通してくれますよ」
そう言い残すと、ブン屋は物凄い速さで何処かに飛び去ってしまった。
好都合だなと思う。
これから多くの妖怪達の元も訪れるつもりでいた。これから会う妖怪達全員にあんな反応されたら堪ったものじゃない、ここでブン屋に会えたのは好都合だ。
ああそういえば、霊夢と魔理沙にぶつけた質問をするのを忘れていた。
更に主人を貶されたというのに、私は後悔や憤りを覚えなかった。
ただ、何故か息が苦しかった。
天狗が治め、数々の妖怪が生息する妖怪の山。妖怪の山では、地位のあるものが上に上に住まうことを許される。浅いところでは蛍の妖怪や夜雀の妖怪が。大蝦蟇の池を越えると、河童達の領域である渓谷が広がる。そこを抜けると目を疑う程高い滝が広がる。
この滝を越えると山の五合目。ここからが天狗の領域らしく、これを越えようものなら容赦なく迎撃される。
手元に残した四通の招待状。その一通を渡し話を聞きたい人物は、この天狗達の領域の更に上に住んでいる。
「そこの人間、止まれ」
天狗達の領域に足を、いや身体かしら。とにかく領域に入った私に、高圧的な声がかけられる。
さらさらとした白色の髪。垂れた耳が頭上に備わっており、古風な着物を身に纏う者が、私を見下す形でそこに居た。
山伏帽を被り、高下駄を履いてる様は、先ほど会っていたブン屋と共通する部分が見られる。細い腕には大陸風の曲刀と、紅葉柄の盾。どちらも見た目少女の彼女には似つかわしくないが、天狗たる種がそれを容易に可能としているのだろう。
妙に殺気立った雰囲気を纏わせ、捕食者の如き鋭い眼光を私に浴びせる。あの天狗とは違い、随分と余裕の無い天狗だなと思う。
「ここから先は我ら天狗の領域、入山する時に警告看板があったはず。知らぬ存ぜぬは免罪符には成り得ぬ。大人しく下山するが賢明、怪我を負って下山したくば止めはしないがな」
臨戦体勢をとる天狗からは、引き返さなければ有無言わさず攻撃するという意思が見て取れる。
「山の上の神社に用事があるの。射命丸文の許可を得てるわよ、通してもらえないかしら」
「む、うぐぅ」
おや?
「守矢神社の参拝であれば、我々は邪魔せず監視するだけだし、別に良いのだが……」
「なら通してくれて良いんじゃない?」
なんだか一貫性のない天狗ね。
「射命丸の奴、あの魔法使いといいすぐ匿ってばかり……大天狗様や他の哨戒天狗から良い目で見られないのは、警備してる私もなのに。むしろ射命丸の奴、私が困る様を楽しむためにそういうことやってるんじゃないだろうか。うぐぐ腹立たしい腹立たしい!」
「え?」
「いや、気にしないで……」
先ほどの威厳溢れる姿は何処へやら、肩を落としてくるりと背中を向ける。
「はぁ、とりあえず私が守矢神社まで案内します。道中不審な行動取られたら私の責任になるので。着いてきてください」
その声色からは、義務感といったものより、悔しさから私を案内するといった様子が見て取れた。
余程ブン屋と仲が悪いのだろう。えっとこういうのを犬猿の仲……違うか、犬鴉の仲っていうのかしら。
守矢神社への道中、私は白髪天狗の背中を追う形で目的地へと向かった。
この白髪の天狗は、名を犬走椛というらしい。会話が全く無かったので、自己紹介にと名前を訊ねると、固有名詞だけツンと返された。聞き返すことはしなかったが、恐らくこれが彼女の名前なのだろう。
椛と名乗った天狗の背中をじーっと見つめる。会話は無い、先ほどのやり取りから見ても、彼女は堅物な天狗なのだろう。ペラペラ話すブン屋とは逆だなと思う。
どうやら椛はブン屋の事をあまり良く思ってはいない様子である。真面目そうな椛にとって、あまり真面目そうでない文という天狗は、中々どうして気に入らないのかもしれない。と、あれこれ想像を張り巡らせてしまう。
「そんなにじろじろ見て何ですか? 天狗が珍しいわけではないでしょう?」
じろじろと見てると、背中越しに話しかけられた。若干棘々しさを含んだ声色からは、不快感が聞いて取れる。
「あら、わかるかしら?」
「……まぁ、それくらいは」
「私の知る天狗とは全く違うものだから、少し面白くてね。不快にさせたなら謝るわ」
天狗というのは、全員が全員ブン屋みたいなものだと思っていたので、面白いと思ったのは事実。
取り繕う私に、初めて椛は顔を向ける。
「あ、あんな奴と一緒にしないで下さい。私は天狗として自分自身を客観的に見ることができ、何を為すべきかきちんと理解しているんです。射命丸とは違うんです」
少し拗ねた表情を見せながら椛は続ける。
「射命丸の奴は身勝手すぎるんです。少し実力があるからって、好き勝手やってばかり。大天狗様もきちんとお叱りして下さればいいのに」
先ほどまでとは打って変わり、ブン屋の話を出すと途端に饒舌になる椛。これは不満というか何というか、彼女は彼女なりでブン屋に思うところがあるようだ。
椛に会う前は少し気落ちしていたが、あまりに余裕が無い椛という天狗を見ていると、少し心に余裕が持てた気がする。
「それに比べ、私は天狗の任務を全うしています。貴方が全く違うというのも無理は無いでしょう。何せ私は天狗の鑑のような天狗。射命丸なんて天狗の中じゃ異端ですよ。なんでのさばらせてるのか、私には理解しかねますね」
「あらあら、椛さんは文さんの事がお好きなのですね」
「そうです。私は射命丸の奴が大す、えええええぇぇぇっ!?」
ボンと頭から爆発音を立て、顔を紅葉のように真っ赤に染める。
「ちが……ちがっ、なんでそうなるんですかっ! 私はあんな奴大嫌いですよ! いつも好き勝手やって、「あやややや」なんて正直寒いことばっか言って、人間ばかり取材して、カメラ片手にへらへらしてる奴なんて。そりゃ真面目な場面ではしっかり活躍して、実力もあるから格好良いところもあるけど……なんで私が好きに……っ」
愛憎表裏一体というよりは、子供の照れ隠しというか、見てるこっちが微笑ましくなるような自己弁護を続ける。ブン屋が可愛らしいと評したのも、この様子を見てると納得がいく。
「私は天狗ですぅ、真面目な天狗ですもん……。あんな風変わりな天狗好きになるわけないじゃないですかぁ……」
ぺたりと耳を伏せ、すっかり意気消沈してしまった様子だ。自分で嗾けておいて何だが、天狗社会も複雑なのだなと思う。
「そ、そうだ。貴方は今日はなんで守矢神社に?」
あまりに下手糞な話題逸らしに、心の中で思わず噴き出してしまう。
「今日はあそこの巫女。正確には風祝だっけ? に用があってね」
「あぁ、あの人ですか。外の世界から来たからか、本来の性格がそういうのなのかわかりませんが、何考えてるかわからなくて、あの人も私は苦手ですね」
何故か「も」を強調する椛。
「個人の興味でなく、哨戒天狗として聞きます。一体何の用でしょうか? 差し支えなければ、是非」
「そんな大それた用じゃないわ。私が結婚するから、式の招待状を渡しに来ただけよ」
「それは……心よりお祝い申し上げます」
「えぇ、ありがとう……」
空中で静止し、頭を下げる天狗。
その天狗に、私は疑問をぶつけることにした。
同じ天狗でもブン屋には言えなかった疑問。椛は、天狗はどう答えてくれるだろう?
「あの、椛さん。私達人間とは異なり、長い時間を生きる妖怪であり天狗である貴方にとって、結婚とは何でしょうか?」
「ふむり」
静寂、目を伏せて考える椛の口が再び開かれるのを、私はじっと待った。
お嬢様は人間ではない。私と違う時を生きる、人ならざる者だ。目の前にいる椛も人ならざる者。吸血鬼とは種も違い、価値観も大きく異なるであろう天狗だが、彼女が考える結婚像を聞くことが出来れば、もしかしたらお嬢様の考えが少しはわかるかもしれないと思ったからだ。
「結婚とは、運命を共にすることです」
先ほどとは打って変わり、非常に落ち着いた口調。少女のような風貌とは似合わぬ神妙な魅力が、私にピリピリと突き刺さる。
「私達天狗は人間には考えられない程長い時を生き、多くの事柄をその身に味わいます。その天狗でも結婚というものは存在します。永き時を生きる我々にとって、結婚とは人間のものより大きな意味合いを持つでしょう。何せ、生涯一緒にいるのですから。さて人間よ、運命とは何だと思う?」
「運命……」
ふとお嬢様の事が浮かぶ。
「答えなくて良いです。運命とは定められたもの、回避することが不可能な事情です。運命とは空に輝く星の数程多く存在し、予見しえなかった幸運や幸福が降り注ぐ時もあるでしょう」
ここで椛は纏わせていた空気を変え、一段と厳格な表情を見せる。
「その逆もあります。考えられなかった不幸、困難、混乱、苦悶、恐怖、絶望……。結婚当初は考えられなかった悲劇に見舞われるかもしれません。しかし結婚とは、相手に降り注いだ不幸すら共に経験するということです。「こんな人だとは思わなかった別れる」なんてものは通用しません。我々にとって結婚とはそれだけ重要なものなのです。共に笑い、共に悲しむ。それが我々の結婚です」
そこまで話し、肩の力を抜いて息を吐く椛。話はどうやら終わったようだ。
「なんだか堅苦しくなっちゃいましたが、こんなところです。人間、貴方は美しい。人間と我々の価値観は異なるけど、貴方に求婚した人がそれ程の覚悟を持ち、貴方の幸せを願っていることを私も願います」
……さっき会ったブン屋が、露骨に不機嫌になった理由がわかった気がする。
天狗にとって結婚とは、重大な役割を担うものなのだ。ブン屋に聞いても同様の答えが返ってきていただろう。
お嬢様、貴方はどこまで考えて結婚しようと申したのですか? 私にはお嬢様の考えがわかりません。
否、知るわけも無い。たかが十数年生きた人間が、どうやって五百年生きた吸血鬼を理解できようか。
お嬢様、私は貴方を何も知りません。
「さ、もうすぐ目的地に到達ですよ」
――――――――――
守矢神社は殺風景である。妖怪の山は非常に高く、山の五合目付近を縄張りにしている天狗達の住まいの、更に上にある守矢神社付近は動植物に恵まれない。
同じ神社である博麗神社外観は木々が生い茂っており、妖精達が自由気ままに飛び回る場所なのだが、守矢神社にはそれが無い。
地上に比べると気温はかなり下がり、草木は生えておらず、岩が露出したその光景は中々過酷な環境だと思う。
「では私はこれで。機会があれば、また」
「えぇ、今日はありがとう」
殺風景な守矢神社に到達し、椛と軽く別れのやり取りをする。踵を返し、持ち場に戻っていく椛の背中が見えなくなるのを確認し、私は階段を昇る。
「……」
「……」
階段を昇り終えると、境内の真ん中に目的の人物がいた。
右足だけ地につき、左足を直角に伸ばし、上半身は前につきだし左手は後ろに、右手は前方に向けている。
傍から見ると場違いな気もするが、修行の一つなのだろう……多分。
「あの」
「え、はいはい何ですかって……きゃあああぁあ」
話しかけると彼女はバランスを崩し、うつ伏せ状態で地面と衝突……と思いきや、地面すれすれの所で静止し、そのまま上空に打ち上がる。
山なりに軌道を描き、腕を組みながら地面に着地する彼女の顔は、何故か自信溢れる得意気な表情をしている。
「おやおや、誰かと思ったら珍しい。全然珍しくないメイドさんじゃないですか!」
距離にして五歩程度の場所にいる少女は、やたらと声を張り上げて喋り始める。
この少女こそ私の目的の人物であり、現人神にして風祝。緑髪で奇抜な巫女服に身を包む我欲の巫女、東風谷早苗である。
「遥々遠方より私の神社へようこそ! それで今日は何用でしょう。延命長寿、受験合格、家内安全、安産守護……あ、もしかして吸血鬼退治ですか!」
憶測に過ぎないが、彼女は喧嘩を吹っ掛けてるつもりではないのだろう。目を輝かせ、自家発電で気を昂ぶらせている姿を見ると、皮肉を言う気にもなれない。
「今日はそんな物騒な用があってきたわけじゃないわ」
「あ……はい、そうですか。そうですよね」
そう気落ちされると、私が悪いみたいじゃない。
「実はこの度私、十六夜咲夜が結婚式を挙げることになりまして。是非早苗さんにも参加して頂きたく、こうして招待状をお渡しに伺いました」
「ええええぇぇぇえーー!!」
彼女はワントーン高い声を上げ、大きくリアクションを取る。
やたらと嬉しそうな顔を浮かべながら、私に歩み寄り、手を握ってくる。
「キャーー、おめでとうございます! 結婚ですかぁ……幻想郷は妖怪が多い場所で、私の知り合いも結婚とは程遠そうな人ばかりだから、そういったものは無縁なのかなと思っていました」
「ま、まぁたしかにそうね」
いくつもの顔が浮かび、シャボン玉のように弾けていく。
「あ、これが招待状ですかぁ? ありがとうございまーす。明日ですか、予定が無かったらですけど、儀を取り持ちましょうか? あーあー汝は、この男を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も……」
「外部に任せるつもりはないと言ってたわね。多分だけど、その辺は全部身内が行うと思うわ」
「神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか? あ、そうなんですか。残念です……あ」
「どうかしらかしら?」
「そういえば、お相手はどんな方なんですか? ありふれたメイドさんとはいえ、咲夜さんは綺麗な人ですし気になります~」
同様の質問をしてきたブン屋の事を思い出す。失望した表情、裏切られたと言わんばかりの様子。
発言を躊躇われたが、言わないわけにもいかないでしょうし、私は小声で渋々と答えることにした。
「お、お嬢様と」
「え?」
「レミリアお嬢様と、ですわ」
「えええええぇぇぇええー!!」
本日二度目の叫声。
「レミリアさんってあの生意気そうで、ぶわーって羽が生えてて、お人形みたいに整った顔立ちの吸血鬼ですよね?」
「そうよ」
再び瞳の炎を燃やす早苗。その様子は宛ら新しい知識を魔道書に書き込む魔女のよう。
興味と興奮をごちゃ混ぜにした顔を近付け、息を荒げる。って、ちょっと近いって近いわよ。
「え、きゃ、凄い凄い! 人間と吸血鬼、主人と従者、更に同性かー。そんな二人でも結婚なさるんですね! 幻想郷ではそれも自然なことなのかしら? うわぁあー素敵素敵ぃ
「私の知る範囲だけど、ここでもそういったことはほとんど無いわよ」
「異類婚姻譚って素敵ですよね。私小さい時からよく読んでいました」
「あの、聞いてる?」
「鶴の恩返し、美女と野獣、かえるの王さまに海幸山幸。俗世から一歩離れた存在との出会いっていうの、ドキドキしませんか? 人と異形なる者が一緒になる姿……。違和感を覚える不気味な光景ですが、幻想的で美しいと思いませんか? 私はそういったものが大好きでした。だから、咲夜さん!」
「な、なに?」
異常な雰囲気に気圧され、というか少し顔を引きつらせる。
「本当におめでとうございます!」
「……!」
「ちなみにプロポーズはどちらから? えへへ教えてくださいよぉ」
「お、お嬢様から……」
「吸血鬼から求婚なんてきゃああああぁぁあロマンチック!」
「ろ、ロマンチックかしら?」
「えぇそりゃもう! あ、そうだそうだ。私諏訪子様を呼んできますね。この手の話題が好きな人なので」
そう言うや、私から離れ、踵を返し拝殿に走り出す早苗。
怒涛の口上や、その圧倒的な存在感たるや、まるで嵐のような人間だなと思う。あれ、正確には人間じゃなかったんだっけ。ともかく人間離れしてるわねと思う。私も大概だけど。
空を見上げると、青空が私を見下ろしていた。雲は一つも無い。
私の中にあった不安も、少しだけ軽くなったような気がする。
それにしても……
「面白い子ね」
「くすくすくす――そうでしょう?」
ぽつりと呟いた独り言に、意外なことに返事があった。
慌てて辺りを見回すが、人の形は何処にも見当たらない。
「誰……?」
「くすくすくす、そんなに警戒しないで。ここよここ」
目の前の石床から、目玉が二つぴょんと飛び出した。驚いて一歩下がると、今度は右手がぬるりと飛び出し、相次いで左手が飛び出す。両手で地面に手をつき、這い出すように地面から子供が出てくる。
正確には子供の姿をした何か。先ほどまでの弛緩した空気が一変、重苦しい空気が辺りを支配する。
「はじめまして、悪魔臭い飼犬さん」
「――ッ!」
粘りつくような不快感、纏わりつく殺気に飲まれ、私は反射的にナイフを取り出して投げつける。
「あはは、随分過激な自己紹介ね。そういうの、嫌いじゃないけどね……」
額の手前で人差し指と中指の間に渾身のナイフを軽く収め、けらけらと不気味な子供は笑い出す。
「こんな銀の棒っきれ、洗練された鉄の前では塵に等しい。悪魔は殺せても、神を殺すには力不足かなぁ」
そういって銀のナイフを私に軽く投げ返す。それを受け取り、背中に汗が流れるのを自覚しつつ、努めて冷静を装い質問を投げ掛ける。
「これは失礼しましたわ。申し遅れました、私は十六夜咲夜。しがないメイドをやっている者です」
「知ってる知ってる。私は洩矢諏訪子、しがない神をやってる者よ」
こうして対面するのは初めてだが、この壺装束に身を包んだ少女が噂の神か。
「早苗さんに呼ばれてきたのですか?」
「ううん、私は最初からここにいたよ。あれあれ気付いてて話しかけたんじゃなかったの?」
嘲笑うように、心底楽しそうに話しかける神。あからさまな挑発を私は流すことにした。
「それで、私に何の用でしょうか?」
「つまんな~いの。何って、少し楽しそうな話をしてたから、私も混ざりたくってね」
拝殿の方から「諏訪子様~何処ですか~」と響く声が聞こえる。
「吸血鬼と結婚するんだって? 今時の奴は人間も妖怪も考えることがわからないねぇ……」
けらけらと笑いながら、私に向けて人差し指を向ける。
「不安で不安で仕方ないんでしょう? 人間」
心の内を見透かされたようで、ドキッと心臓が高鳴る。反射的に思わず違うと叫びたかったが、ぐっと我慢する。
「結婚なんて何度も経験することじゃないだろうしね、誰しも不安だろう。それに相手は自分と異なる存在。不安で不安で、慕った相手なのに怖くて怖くてわからなくて仕様が無いんだろう?」
「そんなこと……っ!」
「くすくすくす、実にわかりやすい。面白いなぁ……今頃吸血鬼もこんな感じなんだろうなぁ」
「お、お嬢様が? なぜ、そんな」
「あはははは! わっかんないかなぁ~わかんないだろうなぁ……実に愉快愉快」
霊夢も魔理沙もこいつも、一体何だと言うのだ。
こんなのお嬢様の戯れじゃないか、私が不安になる要素なんてどこにもないし、況してお嬢様が不安になる要素なんて微塵も無い。
「推測で喋らないで下さい」
「推測~? 推測じゃない、これは確固たる確信に基づいての発言さ。それは推測じゃなくて事実じゃないかなぁ? そんな感情昂ぶらせて、判り易いったらありゃしない」
「黙れ」
内に押し込めていた殺気を放出する。先ほどから煽られに煽られ、だいぶ気が立っていたところだ。
「くすくす、やっと遊ぶ気になってくれたかな? ほら遊ぼう、遊ぼうよ人間。何処からでもかかっておいで」
手を広げ、隙だらけの万歳のポーズを取る神。随分と舐められたものだ。
「蛙風情が、鳴かせてあげるわ」
空虚「インフレーションスクウェア」
時を止め、視界一面をナイフの海に変え、対象者には全方位からクナイ弾をぶつける。
あまりにしつこ過ぎるブン屋撃退以外には、一度も使用したことがない割と反則技。
対する神は全く同様した素振りを見せず、周囲を軽く一瞥したのち、軽く口端を上げる。
「温い」
土着神「洩矢神」
万歳していた両手を胸元で重ねると、蛙の形をした不気味な紫のオーラが、神の周囲に発現する。
敵を仕留めんと向かっていったクナイは不気味なオーラに全て飲まれ、形を保つことが叶わなくなり、全て溶けていく。
畏怖と恐怖を象徴したようなオーラの中心に佇む神の顔は、捕食者のような不気味な笑みを浮かべていた。
対峙してるだけで感じる存在感に、その圧倒的たる暴の力に逃げ出したくなる。
だけど、こんなこと慣れっ子だ。昔も、今も、これからも……!
「次はこっちからいくよぉ」
先ほどと打って変わり、見た目相応の子供のような口調で喋り、神は蛙のように飛び跳ね、上空で停止する。
空を掴むように握り締められた両手に、まるで最初からそこにあるかのよう、黄色の丸い輪が浮かび上がる。
「我が民が作りし、英知の結晶にて栄華の象徴たる絆の輪。一人間よ、我らの絆に何処まで抗える?」
神具「洩矢の鉄の輪」
私目掛け、金色に輝く輪を投げつける神。鉄の輪を投げ、手ががら空きになるとすぐに新しい輪が生まれるらしく、間髪入れず投げつけてくる。
しかしいくら速度を持って投げつけようと、所詮直線上の攻撃だ。私が当たる道理が無い。
隙を窺いつつ、攻撃する好機を待つ私の背後から、予想外な事に先ほど投げられた輪が戻ってくる。
「くっ……!」
咄嗟に体の軸を大きく横にずらし直撃を回避するが、凄まじい回転力を誇る輪に当たったエプロンは簡単に擦り切れてしまった。
直撃していたらと思うと、中々良い気がしない。
私を通り過ぎた鉄の輪は、神の手の元に戻っていった。
「絆とはそう簡単に断ち切れぬもの。この子達はこうやって私の手元に戻ってくるのさ。さあ、これは避けれるかな?」
両手に持った鉄の輪を交差するように投げるが、鉄の輪は私の真横を通り過ぎるだけで、全く当たる要素が無かった。
「あら、手元が狂ったのかしら?」
「まさかぁ、後ろを見てご覧」
相手への意識を外さないまま、私は背後を見遣る。
先ほど交差に投げられた二つの輪が、私の真後ろで交差したかと思うと、今度は二重螺旋の軌道を描き私の方に向かってくる。
「――!!」
最小限の動きでは、とても回避することが出来ないと判断した私は、その場から大きく離れ何とか避けることが出来た。
「はぁ……はぁっ……」
「ふふっ、驚いたかしら? でも休んでる暇なんて無いわよ。さぁさぁどんどんいくわよ」
変則的な軌道を描き、次々と繰り出される攻撃に、私は攻撃する好機をすっかり見失っていた。
何とか鉄の輪を止められないかと手元にあるナイフを数本投げてみたが、破壊することはおろか、勢いを止める事すら叶わなかった。
「我が鉄の輪は王国の絆の権化。連続されて紡がれた我らの絆、一個人に止められると思うたか」
仕方ない、この攻撃は避けに徹そう。
意識を攻撃に回さなければ、この縦横無尽に見えるこの攻撃も避けるのは簡単だ。
上手く誘導し、避けるところでは大きく避けて時間を稼ぐ。
先ほどは虚を突かれて危ない場面があったが、仕組みがわかればどうと言う事はない。
「あら……?」
敵の位置を確認しようと相手の位置を探るが、いつの間にか消えていた。
「一体どこに……」
「くすくすくす――ここよ」
声と同時、地面から神が飛び出してくる。虚を突かれ硬直している私の胸元の前で停止し、軽く触れるように肩を押された。
「ぁ、え゛?」
軽く触れられた。ただそれだけのはず。
それなのに私の身体は水平にぶっ飛び、私の口は情けない声を漏らすことしか出来なかった。
「あっ……う、くぅぅっ――!」
勢いが納まり、なんとか受け身を取り体勢を整え、視線を神に移すと、神は十間ほど離れたところに立っていた。
かなり吹き飛ばされたようだ。
「耐えるね。それでこそ人間だ。さぁさ人間お前の力を見せてよ、もっと楽しませてよ」
「やって、やろうじゃないの……っ!」
空間制御能力の応用を用い、一気に距離を詰める。
私の得意とする、時間停止を用いない瞬間移動技だ。
「へぇ……」
一定の間隔で瞬間移動を繰り返す。しかしこれはただの布石に過ぎない。
あと二回ほど使用すれば相手の目の前に到達できる距離で、私はお得意の時間停止を用いる。
――灰色の私しか居ない世界。
その世界の中で私は相手との距離を一気に詰め、宙に飛び、解除する。
「あれぇ?」
腑抜けた声が耳に届く。一定間隔で距離を詰める私に、どう迎撃しようかと思案している最中だったのだろう。
私の時止め攻撃なんて、普段の状態で使用しても、神相手にはあっさり看破されてしまうだろう。
だからこその瞬間移動、だからこその布石。
一瞬の油断で良い。こうも虚を突かれれば、薄気味悪いオーラを出される隙も与えないはず。
「喰らいなさいッ!」
完全に油断していた神――洩矢諏訪子の頭上目掛け、私は渾身の踵落としを決める。
「ぐぎゅっ!」
そのまま地面に顔を直撃と思いきや、神はそのまま地面に潜りこんでしまった。
「ま、また隠れて……」
「こっちだよ」
背後から声が聞こえて振り返ってみると、そのまた背後――背中から神が飛び出してくる。
慌てて振り返ると、蹴られた後だというのに神は笑みを浮かべ満足そうにしていた。
「いやぁ、さっきのは見事だったよ。してやられたわ。でもこれでおしまい」
そう言いながら勝ち誇った顔で私の肩に触れようとする神に、私は言い放ってやる。
「えぇ、これで戯れは終わりですわ。小さな神様」
ここまでが私の策略、勝ちへの道筋。
攻撃を加えようとしているその体勢じゃ、とてもじゃないけど避けられないでしょう?
ねぇ神様? 神様とはいえ、一度使った手をもう一度使うなんて、瀟洒じゃなくてよ――
傷魂「ソウルスカルプチュア」
視界は紅色に染まり、身体が不思議な高揚感に包まれる。
「はああああああぁぁぁあああぁああ――――ッッ!!!」
手にしたナイフを何度も何度も振りぬき、剣閃を無数に発生させ、とにかく切りまくる。衝撃波は周囲の岩を砕き、がら空き状態の神を吹き飛ばす。
高速でぶっ飛んだ神は、そのまま地面に叩き落される。着弾点は砂塵を撒き散らし、爆発音のような音を立てる。
「はぁ……はぁ……やったわ、やってやったわよ」
砂煙が晴れると、奇特な帽子を半壊させた神がそこに鎮座していた。
その満面たる笑みや、本当に神なのかと疑う程、純真さを内包しているものだった。
「天晴れ! この私がこうも見事にやられるとはね」
「ふふっ……人間を舐めてもらっては困りますわ」
「舐める? まっさか、私は人間の強さを知っているよ……ま、さっきはあんなに煽って悪かったわ。謝罪するわ」
頭を下げる神からは、先程まで感じていた不気味な気配が綺麗さっぱり消失していた。
「人間、貴方には言いたいことがある。でもその前に話さなくちゃいけないことがあるんだ。古い過去話で、少しばかり長くなるけどいいかい?」
招待状は渡し終えた。まだ日が落ちるには時間もあるし、私はゆっくりと首を縦に振った。
「ありがとう」
そう言うと、神は大きく深呼吸をする。どうやら語りが始まるようだ。
その瞳は遠くを見つめていた。遥か昔を思い出しているのか、どこか虚ろで不思議な色をしている瞳。
「私は神。遥か昔は王国を治めていた頃もあった。まぁ話せば長い、随分と型破りなこともしていた」
ここにきて武勇伝を聞かされる羽目になるとかと思い、内心正直うんざりした私を見透かすかのように神は答える。
「ははっ、そんなつまらない話はしないから安心しなよ。色々あった、本にすれば何冊も書けるだろう。その辺は端折るけど、結果として私は戦に負け、国を奪われた」
信仰を得る神にとっては、あまり話したくない話題だと思うのだが、目の前にいる神は他人事のように淡々と話し始める。
それ程遥か昔の事なのか、それとも今となってはどうでも良いことなのか、それとも……
「私は統治者としての座を明け渡し、全てを失った。そこで後任の神様が上手くやれれば良かったんだけどね、私と民の絆はそう薄いものじゃなかったのさ。その神も気の毒だったわね。色々と頑張ってたけど、どれも上手くいかなくてさ」
ちらと彼女は拝殿の方を見遣る。その表情を読み取ることは出来ない。
「最終的には全てが上手くいったけど、そこに行き着くまでは色々あった。その一つが、私が神から失墜したこと民に知らしめる、人との結婚さ」
「人との結婚。神が、ですか……」
「そう、当時全てを失った私とて、我慢の出来るものでは無かった。信仰を得るための餌、人の上に立つ神がだよ? 神の尊厳が許さなかった。でも抵抗するわけにもいかず、私は人と契りを結んだ」
くつくつと彼女は笑い出す。
「私の夫となった人はどんなだったと思う? 普通さ、ごく普通の何処にでも居る人間。失墜した私を未だに信仰し、崇める人間だった」
日が西の空へと沈み始め、辺りは赤みを帯び、影がゆっくりと伸び始める。
「好意はおろか、興味すら抱かなかったわ。……当然だけどね。しかし人間……あの人は違った。私に見合う存在になろうと、矜持をずたぼろにされ、失墜の底にいた私を這い上がらせるべく、己を高めていった。私の手を握ってくれた」
右手を見つめる語る彼女は、幸せそうで、どこか儚げに私には映った。
「時が経ち、あの人は人間でありつつも人智を超えた力を身に付けていた。あの人は何処までも直向きに私を見てくれた。そんなあの人の事を、私は信仰の餌としては見れなくなっていたわ」
目の前にいる少女を見ていると、何故か彼女が浮かび上がる。
何故だろう。こんなにも違うのに、私はどうして照らし合わせているのだろう。
「あの人があそこまで達者になれたのは、私の……私という神に対する妄信が昇華させたのだと思うわ。愛しかった、愛しかったわ。一緒に暮らし、一緒に闘い、身体を重ね…………」
ふぅと少女は一息吐く。
「とうの昔に気付いていたけどね、あの人は私を見てはいたけど、同時に私を見てはいなかった。私は願い始めた。神でありながら、私は強く願った。あの人に神でない私を見て欲しいと願った」
少女は頭をうな垂れ、カタカタと震え始める。
「…………遅かったんだ」
消え入りそうな掠れた声で、吐き出すように小さく。
「……あっという間だった。あっという間にあの人は私の前から消えていた。もっと、もっと一緒にいたかった。私は何も伝えられなかった……っ! もし今あの人が蘇り、私の前に現れたらとよく考えるわ」
そこで彼女は帽子に顔を突っ込み、くるくると鍔を掴んで帽子を回す。
「あー駄目だな駄目だなぁ。どうもこの話は……よいしょ!」
彼女が帽子を外すと、元気そうな少女の笑みが張り付いていた。
「あの人が目の前に現れたらさ、私は想いを伝える。改めて結婚しようって伝える。でもさ、人間。永い時を生きてきた私だけど、いざ想いを伝えるってなったら、絶対不安で不安で仕様が無くなると断言できる。そんなの当たり前さ」
「だから……貴方は」
「ん、そういうことさ。人間、不安で良いんだよ。貴方の想い人も、不安で押し潰されそうになってるだろう。不安なのは気持ちが本物だからさ、不安から目を背けちゃ駄目。あの高慢なら吸血鬼がプロポーズだよ? 戯れだと思う? 戯れとはいえ、吸血鬼の尊厳に傷を付けるようなことするかい? あの吸血鬼は絶対にしない。推測じゃないよ」
「そんな……でもっ!」
「あーもー焦れったいなぁ。話してみなきゃわからないだろ、塞ぎ込んでても仕様が無いだろう? 言葉にしなくちゃ伝わらないことってたくさんあるよ。もっと自分に素直になりな、負の気持ちとも向き合って、その上で自分の言葉を紡ごう?」
「あ、ああ。私は……、私は、不安です。不安で不安で今日一日胸が張り裂けそうでした! お嬢様が好きで好きで愛おしくて、だからこそ不安でわからなくて……」
「それで良いんだよ。逃げないで向き合うこと、それが大事なんだ」
「お嬢様と正面から向き合ってみます。私の言葉をぶつけます。もう逃げない」
「うん、頑張れ」
「ああああああぁぁぁぁあー!! 諏訪子様何処行ってたんですか! 探しましたよ!」
拝殿のほうから、凄まじく場違いな声色の大声が響き渡る。
発生源を見ると、早苗が両手を使って私怒ってるよアピールをしながらこちらに走ってくる。
「ははは、早苗は何時見ても元気だね。そう思わない?」
「そうですね。楽しそうですわ……」
「そうだろうそうだろう? ふふっ、あの子にはずっとああやって笑っていて欲しいね」
横目で彼女の顔を確認すると、まるで母親のような穏やかな笑みを浮かべていた。
それを見ていると、何故か私も安心してしまう。
「もーう、諏訪子様は全然見つからないし、神奈子様に手伝いを頼まれるし、咲夜さん待ったでしょう? ごめんなさい」
「私は別に構いませんわ。貴重な体験も出来ましたし、お話も聞けました」
「貴重~? あ、もう諏訪子様何ですかこんなに汚して! 縫い合わせや洗濯する私の身にもなって下さいよ。ぷんすか」
「ははは、早苗には敵わないなぁー」
「神様とはいえ諏訪子様も女の子なんですから、もっと自分の身体は丁寧に扱ってくださいね?」
「お節介なんだからもー」
照れくさそうに彼女は笑い、頬を掻く。
そろそろ私も帰ろう。思いも固まったし、覚悟も出来た。
でもその前に
「そろそろ私はお暇させていただきますわ。最後に、両名にお聞きしたいことが」
「何でしょう?」
「何かなー?」
「お二人にとって、結婚とは何でしょうか?」
なんだそんな事かと、外の世界から来た少女は胸を張る。
「結婚とは二人が幸せになることです! 二人が一緒に幸せを築き上げることです!」
それを聞き、見た目少女の神が相次いで答える。
「そんなのは決まってる。結婚とは永久の誓いさ」
「ありがとうございます」
最後に二人に頭を下げ、空に飛び立つ。日は半分沈みかけており、もうすぐ夜が降りてくる。
「人間、ちょっと待って。最後に」
振り返るとボロボロになった神が鉄輪を右手に持ち、それを差し出していた。
何も言わず、私は左手で鉄輪を握り返してやる。
ぴゅうっと風が吹く。
「縁は消えない。ずっと在り続ける。我が民も、あの人も、この絆の中で私と生き続けるんだ」
「ふふっ、惚気話ばっかり。その人が羨ましい限りですわ」
「茶化さないでよ。ま、頑張れ。そして幸せに」
「えぇ」
「また遊ぼう咲夜」
「また来るわ。諏訪子」
幻想郷に夜が降りてくる。
吸血鬼が活動を始める夜が降りてくる。
「明日楽しみにしてますよ~ 気をつけて帰って下さいねー!」
元気な風祝に手を振り、私は守矢神社を後にする。
「そういや早苗、神奈子が言ってた手伝いってなにさ」
「えーっと、突然探し物を探してくれって。神奈子様が失くし物とか珍しいですよね。結局見つかりませんでしたけど」
「あーもう本当不器用なんだから。ったくもう余計なお世話なのよ」
「どうしたんですか? 嬉しそうですよ」
「な、何でも無いわよ。そんな事より夕食の準備だぞ早苗ー!」
「あ、はーい!」
最後に微笑ましいやり取りが聞こえた気がする。
帰ろう、最愛の人が待つ場所へ。
――――――――――
山を川に沿って降り、私は霧の湖に着く。湖の畔にある紅魔館は、夜であってもその存在感を主張する。
空に浮かぶは満天の星々、今宵の月は有明月。日没直後はその姿を見ることが叶わず、代わりに星達が暗澹とした空の中で輝く。
敷地に足を踏み入れた私を最初に出迎えるのは、中華服とチャイナドレスに身を包んだ門番。
「おかえりなさーい咲夜さーん、お疲れ様でーす」
「ただいま美鈴。準備は終わったの?」
「ははは、私達に掛かればあれくらい半日で終わりますよ。ところで咲夜さん、お嬢様が呼んでました。咲夜さんが帰ってきたら自分のところに来るようにって」
「わかったわ」
美鈴からの伝言を受け取り、私は館の中へと歩を進める。
私の方から出向こうと思っていたのに、お嬢様の方から呼ばれるとは願ったりだ。曲がった
外観以上に広い空間が中に広がる。中央に魔方陣が光るエントランスホール、長い廊下を歩きつつ、通り過ぎるメイド妖精達と会釈を交わす。
壁に取り付けられた蝋燭のか細い炎、薄明るく照らされた廊下の先から人影二つ。地下図書館に生息している魔女と、その使い魔。
「こんばんはパチュリー様……と、小悪魔」
「こんばんはー」
「こんばんは咲夜。レミィならテラスにいるわ」
「ありがとうございます」
会釈をし、テラスへと足を運ぶ
お嬢様の部屋は紅魔館の正面の二階にあり、正門を見下ろせる場所にある。しかし実際にお嬢様がこの部屋を使用するのは就寝時くらいのもので、大体は館の中の何処かを彷徨いている。
パチュリー様が仰るには、現在はテラスに居るらしい。お嬢様はあの場所でたまにお茶を嗜む。遠くまで見渡せる高い所が好きなのだ。
階段を上へ上へと登り、三階に位置するテラスへの扉の手前に到着する。
「すー……ふー……」
深呼吸一つ、意を決してドアノブに触れようとした瞬間、扉が勝手に開かれる。
お嬢様の演出や魔術の類では無い、ただ単に向こう側から扉が開かれたのだ。私が驚いたのは勝手に扉が開かれた事が原因でなく、そこに立っていたのが意外な人物だったから。
ドアキャップの様な特徴的な帽子、その横から伸びたサイドテール。身長はお嬢様とほとんど変わらないのに、髪の色や外見は全く異なる少女。
「妹様……」
「あら咲夜、咲夜、十六夜咲夜。良い名前羨ましい」
フランドール・スカーレット――お嬢様のたった一人の家族にして、お嬢様とはまた違った魅力を持つ吸血鬼。
「お姉様なら向こうで咲夜を待ってるよ。ふふっ、二人の逢瀬を邪魔するつもりはないわ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃねー」
大袈裟に手を振り、ステップを踏みながら妹様は階段を駆け下りる。
開かれた扉からは夜が顔を覗かせ、星達が黒く塗りつぶされた天蓋の中で輝いている。
その下に彼女はいた。テラスの柵に肘を付き、背を私の方に向け、天を仰いで星を眺めている。背中から伸びた二対の翼、水色の青髪にふんわりとしたドレス。腰回りについた蝶々結びの大きな赤いリボン。こうして近くに居ると己の様に彼女を感じられる。
少し震える足を前へ前へと進め、その距離を縮ませる。足取りは決して軽くない、何時もよりお嬢様の存在感が大きく感じる。息が苦しくて、月が出ていないこの空のように私の心は黒い不安でいっぱいで、でも覚悟は決まってて。
「今日は一日ご苦労様」
距離にして四間。あと数歩進んだら話しかけようと思ったところで、お嬢様が背中を向けたまま私に話しかける。
「ほら咲夜も見てごらん? 月は見えないけど、代わりに星達が綺麗よ。昔パチェに星の事を色々教えてもらったんだ。咲夜は知ってる? あそこに見える星の名前」
「天体の知識は疎いので分かりかねますわ。お嬢様、星の話をするため呼んだわけではないのでしょう?」
「咲夜はせっかちね、もう少し心にゆとりが必要だと思うわ。それでも昔に比べたら随分落ち着いたのかしら」
右足を軸にくるりと半回転。足元にまで届かんとするスカートをふわりと浮かせ、私の方を向く。
「星の話もしたかったけど、本題はそっちじゃないわね。明日は結婚式で、晴れて私達は結婚するんだけどさ、ねぇ咲夜」
言いつける風でもなく、甘えるわけでもなく、問い詰めるわけでもなく、その口から私の名前が呟かれる。
咲夜、咲夜、十六夜咲夜。お嬢様から貰った大切な、一番最初に貰ったもの。あの時と変わらない透き通るような声で、彼女は私の名前を呼ぶ。
「咲夜には何時も世話になってる。屋敷の拡張やら身の回りのことたくさん、たくさん。咲夜はいつだって不平不満漏らさずに私に尽くしてくれた。私がこんな事言うのも変かもしれないけど、咲夜には感謝している。だからこそ……咲夜に問いたいんだ」
お嬢様は深呼吸をし、次の言葉を紡ぐ。
「咲夜の気持ちを知りたいんだ。今更って思うかもしれないけど、咲夜は私の所有物じゃない、傀儡じゃない。咲夜は咲夜で、いっつも私の我儘に付き合ってくれるけど、咲夜にも思う事があるよね? 主従関係って相手の言う事を何でも聞く事なのかな、違うわよね」
何時もの威圧するようなお嬢様はそこに無く、肩を戦慄かせ、少しだけ震わせた声を闇夜に響かせる。
「ごめんなさい咲夜。突然結婚しようなんて言って、招待状渡すよう駆け回させて。……でもいい、良いんだ咲夜。咲夜が嫌だったりしたら明日の式も取り止めるからさ、この場所にいる連中はそれで憤ったりしない。明日の式はただのパーティーにすれば良い、だから咲夜が私の面子を気にしなくていいからさ。だから……だから聞かせて、咲夜は私と結婚しても良い? 主人とか関係無しにさ、どうかな? さくやぁ……」
萎縮するお嬢様。小さくて幼いお嬢様。体面を一番とし、誰にでも高圧的なお嬢様。
そんな貴方が何故そのような表情をするのですか? 明らかに取り繕った消え入りそうな笑顔。そんな表情をしないで下さい、弱々しい真紅の瞳は貴方には似合わない。
私の知ってるお嬢様は――あれ、私の
(咲夜がそういうのなら仕方が無い、残念ね。)
断片的に浮かぶお嬢様の悲しそうな笑顔。吸血鬼とはかけ離れた表情、私は知っている?
既視感、デジャヴ――これは、あの時
「咲夜……?」
胸が締め付けられるような震える声。意識が遠のいていた私を心配する声。
「お嬢様……っ!」
駆ける、抱きしめる。震える小さな体躯に腕を回し、離れないようにとしっかりと。
「何を心配しているんですか……。貴方らしくない、お嬢様らしくないじゃないですか! 貴方は偉大な吸血鬼。強くて美しくて……誰よりも我儘で、幼くて何考えてるかわからなくて弱点だらけでっ! それでいて私が、私が一番愛してる人。何を心配しているのですか、嫌なわけないじゃないですか、嬉しくて嬉しくて胸が張り裂けそうなくらいですよ。あのお嬢様が私の意思を尊重してくれて、従者として一人の人間として……何よりも誇りに、明日お嬢様と結婚出来ることがこの上なく嬉しいですっ!」
締め付けるように更に腕に力を込める。これが咲夜の全力です、小さな人間の精一杯です。お嬢様に比べたら非力で小さな人間の、貴方に対する全てです。
「これが私の全てです。お嬢様に対する精一杯です。今度はお嬢様の番ですよ? 私に聞かせて下さい、結婚してよじゃ私にはわかりません。私に対するお嬢様の気持ちをぶつけてください!」
「……咲夜」
今度は私の背に細い腕が回される。絹を取り扱うように優しく包み込むように、私の体躯をそっと抱きしめる。
「咲夜、咲夜……この腕に少し力を込めれば壊れてしまう、脆く弱い人間。私達の前からはあっという間に消える儚き生命。ねぇさくや? 私はそんな咲夜が好き、大好きだよ。誰よりも一番……」
ああ……良かった、良かった。
迷っていた自分が馬鹿らしくなってきた。お嬢様はお嬢様なりに真摯に考えていたのだ。悩んでいたのだ。
「お嬢様……私は謝らないといけません。私は、咲夜はお嬢様の事を疑っていました。お嬢様に結婚しようと言われ、招待状を渡して回った時、私は考えてました。私は嬉しかったのに、お嬢様のことを信じられませんでした。また何時もの我儘だろうと、気まぐれなんじゃないだろうかと思ってました。お嬢様は私のことをこんなに想ってくれていたのに……」
奥底に秘めていた感情が弾ける。今日一日ずっと仕舞い込んでいたものが爆発する。決壊し、雪崩れ込む。
「この場所は私にとって都合の良い場所でしか無かったんです。人に嫌われることも無いし、周囲は人外だらけ。好かれようが嫌われようがどうでもいいと、明日を生きるために尽くす。それだけでした……。この場所でお嬢様に尽くし、巫女にやられ春を探し、お嬢様と夜を駆け、肝試しをやって……一緒に月にも行き、探偵ごっこもしましたね。……その過程の中で私はお嬢様の事を、ここにいる皆に惹かれていました。だから悔しかったんです、悔しかった! 私だけが皆より先に消えてしまうのが、お嬢様の中で私がただの一従者で終わることに! お嬢様の薔薇のような笑顔をずっと咲かせようって誓った。皆の中に私を刻みこみたかった……。お嬢様の求婚が気まぐれだったらどうしようって、ずっと恐かった、必死に考えようにしてました。私は従者失格ですね、こんな……」
「いいんだよ咲夜。謝らなくていい、謝らなくていいよ。私が悪かったから、あんな形で結婚とか言ったから咲夜も心配したのよね? もっと咲夜に向き合えば良かったのにね、私も恐かったの。不安で仕方なくてね、何時もの調子じゃないと咲夜に断られるんじゃないかなって、不安で心配で怖くて辛くて……あの時みたいに断られるのが恐かった、だから咲夜? お互い様だから気にしなくて良い。主人失格に従者失格で良いじゃないか、娶り娶られる吸血鬼と人間。それで良いじゃない、今だけはさ」
強く抱きしめてた腕を緩め、正面からお嬢様の顔を見据える。力強くて美しい真紅の瞳が私を射ぬく。彼女の呼吸音が聞こえる、上下する肩が映る。
広い広い黒の天蓋。全てが静かで、でも私の心音だけがはっきりと聞こえ、少しだけぼやけた視界の中でお嬢様が微笑んでくれる。
「十六夜咲夜、儚き人間にして美しき人よ。私は吸血鬼のレミリア・スカーレット、最も優れた誇り高き吸血鬼にして、貴女を最も愛する悪魔。永き私の生の中で、貴女を一生の物にしたい」
そう言って二回だけ自身の胸を指で突付く。
意味は言われなくとも知っている。お嬢様の一生を私が隣で歩むのではない。お嬢様の中で私がずっと生き続けるってことで……。
「短き貴女の一生、それを幸せ一杯にすると誓おう。百年も無い貴女の人生、只の人間では到底味わえぬ多量の幸福に溢れたものにしよう。共に笑おう共に幸せになろう。……一生幸せにするよ? ずっと咲夜のそばにいるよ。だから私の隣にいて、咲夜」
お嬢様は卑怯者だ。面子を大事にして普段は吸血鬼らしく振舞ってる癖に、たまにこうやって見た目相応の愛らしさを垣間見せる。
「ずっとお嬢様と一緒にいます、いさせてください。愛してます」
無言でお嬢様は私に手を添える。何か硬いものが私に当たり、掌を見るとそこには紅色に輝く指輪が一つ。
「これ、咲夜に」
言葉はいらない。
ゼロ距離になる私達。視界は真っ暗で、何故かって言われれば目を瞑ったから。
でも唇は温かい。真っ暗なのに赤くて紅い、不思議な気持ち。
触れた犬歯は刺々しくて、先に触れると少しだけ痛みがあって、くすぐったいから止めてって言ってるみたいに正面から舌が伸びてきて、私のそれと触れて絡め合って。身体の中から駆け上がるように水音が脳へと響き、私を侵食していって。
妖怪達が活動を始める夜遅く、妖怪達が生活している紅魔館。でもテラスに居るのは私達だけで、私達しかいないんじゃないかって錯覚しそうになる程の静寂の中、私達は抱き合って……。
今宵は月も出ない真っ暗闇の空、天に小さく輝く星々だけが私達を見下ろしていた。
「大好きだよ咲夜」
「私もですよ」
――――――――――
紅魔館は窓が少なく、日当たりの良い部屋は限られている。ここの主人が日光を苦手とするので、当然と言えば当然のことである。
南東に位置し、紅魔館の中では最も日当たりが良い部類に入るメイド長の部屋。カーテンの隙間から挿し込む日差しで咲夜は目を覚ます。
飾り気がある物は全く無い質素な部屋。彼女は普段寝て起きる以外の事では使用しないので、当然といえば当然かもしれない。
昼間という、普段は朝日と共に起きる咲夜にとっては大寝坊な時間だが、慌てること無くいつも通りに身支度をこなす。しかし今日はいつもとは違った日で、彼女にとっては結婚式に当たる日。
心なしか緊張と期待が混ざっているようにも見える。
咲夜が身支度をこなしていると、部屋の扉が叩かれる。咲夜が返事をし扉を開けると、そこには頭と背中から羽を生やした赤髪の女性が一人。
「咲夜さん、パチュリー様がお呼びです。まぁあれですね花嫁メイクみたいな。連れてくるよう言われたのでさぁ行きましょー」
砕けた口調、人懐っこしい笑顔から、彼女の人当たりの良い性格が窺える。彼女に先導される形で咲夜は地下図書館へと移動を始める。
「いやぁすいません咲夜さん。こんな地下の陰気臭くて薄気味悪いところへ連れてきちゃって」
「くすっ、いつも図書館にいる小悪魔がそれを言うの?」
「あははは良いんですよ、事実ですしー」
小悪魔と呼ばれた少女はケラケラと笑う。そうこうしている内に、木彫りの装飾が施された大きな扉の前に二人は到着し、その扉をゆっくりと開ける。
独特の草の匂いと本棚に包まれた空間。薄暗い図書館の中で一際明るい場所を目指し、コツコツと足音を立てる二人。
開けた場所には食事会に使用できる程の大きさを誇る机が一つ。ただし置かれているのは涎を唆る料理ではなく、年季を感じさせる本の山。
咲夜達の向かい側、本の山の向こうに背もたれの高い椅子が一つ。そこに魔女は腰掛けていた。
「いらっしゃい咲夜。早速だけど向こうの部屋にドレスがあるから、サクっと着替えてきて頂戴。さ、小悪魔も手伝ってきて」
はぁいと手を上げ、小悪魔は元気よく返事をする。そのままぐいぐいと咲夜の背中を押し、二人は隅にある個室に入っていく。
それを見送ったあと、パチュリーは背もたれに体重を預け、大きく息を吐く。その様子はだいぶ疲弊しており、何時も青ざめてる彼女の顔を更に不気味にさせていた。
「わぁ綺麗ですね~大きいし! パチュリー様とは大違い!」
「ちょ、どこ触って」
「パチュリー様は素材が良いのに自分のことに無頓着なんですよね」
個室から漏れる小悪魔のピンク色の声と、それを小さく抗議する咲夜の声がパチュリーの耳に届く。
自分のことを指された魔女は目を細め、不快を表情に顕にしながら指先に魔力を込める。
「ぴぎぃ!」
すると個室からくぐもった声が漏れる。その後「ちゃんとしますよ~」といった若干反省の色を含んだ声が届く。
やれやれといった表情でパチュリーは本の山に手をかざし、手招くように指を引くと、本の山から一冊の本が飛び出してパチュリーの前にゆっくりと降りてくる。
「キャー綺麗ですよ咲夜さん!」
魔女が本に没頭すること数分。突如個室から歓声が湧き上がり、興奮した様子で小悪魔が飛び出してくる。
「凄いですよパチュリー様! 咲夜さ~ん、あれほら咲夜さ~ん? 出てきて下さーい」
高揚した小悪魔に感化され、パチュリーも個室の扉を見つめる。すると怖ず怖ずとした様子で、咲夜がゆっくりと出てくる。
「あら……!」
無垢純白で、腰から裾にかけてふわっと広がった形をしているお姫様ドレス。肩、胸、背を露出させた衣装にに身を包むメイド長。
普段はメイド服しか着用しない少女の姿に、魔女も思わず感慨深い声をあげる。
「その、パチュリー様……へ、変じゃないでしょうか?」
顔を紅魔館同様紅に染め、恥ずかしそうに問いかける咲夜。普段衣服に然程頓着の無い彼女にとって、このような姿をするのは中々どうして気恥ずかしいのかもしれない。
「似合ってるわよ咲夜。貴女の為に私が作った花嫁衣装だもの、似合わないわけないじゃない」
「突貫作業にも関わらず手を抜かず頑張ってましたもんねー」
「ああもうこの子は言わなくていいことをわざわざ……」
パチュリーと小悪魔のやり取りに笑みを零す咲夜。その表情は嬉しそうで恥ずかしそうで……
「ありがとうございます。パチュリー様」
「べ、別に感謝される様な事じゃないわよ。外注されるのが嫌だったっていうか、私だって不器用じゃないし、これくらいの事ならすぐ出来る魔女ってことを証明したかっただけで」
「もー素直じゃないんですからー」
手元にある本で表情を隠す魔女に、それを茶化す小悪魔。その様子に相好を崩す咲夜。
普段静かな地下図書館は和気藹々とした空間に変容し、口では反論してはいるがパチュリーも満更では無いようで、誰も彼もが楽しそうだった。
「あーもうッ! ちょっと咲夜こっちに来なさげふォゴほぉッ!」
突如声を張り上げたパチュリーだったが、普段叫ばない為か喉が追いつかず、思い切り咽る。
「ちょっ! ゲホッ、ゴホッ……さく、咲夜――こっち、こっち来なさい。コホッ……」
「突然大声出すからー。よしよーし大丈夫ですかぁ」
背中をさする小悪魔、指名された咲夜は心配そうな顔をしながらパチュリーに近づいていく。
「ひゅー……ひゅー……」
「あの、パチュリー様大丈夫ですか? それで私に何か……?」
「ふふっ……この程度でへばる私じゃないわ。その、咲夜」
「何でしょうか」
「メイクアップの時間よ」
――――――――――
ぽふぽふぽふ
くすぐったい。
「いつの間にかこんなに大きくなっちゃって」
本の草の香りと、仄かに香る化粧品の匂い。
混ざり合ってふわふわして。
「昔から私はこれくらいですよ」
「こらこら喋らないの」
異議は認められなかった。
「変わったわよ、見た目も中身もね……昔はあんな余裕無さそうな顔していた癖に」
きゅっきゅきゅっきゅ
慣れない感覚。
「レミィは今も昔も子供のまんま、全然変わらないわね。でも、咲夜がきて咲夜と共に暮らし、様々な事柄を共にしていく内にレミィは随分変わったわ。友人視点から見てね」
口紅を塗られる感覚。目を開き、正面からパチュリー様を見つめる。
落ち着いた手取り、感情乏しいと言われる彼女の慈愛に満ちた表情。
「実を言うとね、前々からレミィには咲夜の事で相談を受けていたわ。レミィはレミィなりに悩んで苦しんで、周囲には弱い部分を見せないよう見せないよう必死だけど、あの子は弱いのよ。誇り高き貴族だなんてお笑いだわ、落としてしまえば割れてしまう鏡なのよ」
そう言って鏡を私の方へ向ける。
「どう? 綺麗でしょ?」
鏡に映った私は私じゃないみたい綺麗で、私だけど私じゃないみたいで。
「咲夜、レミィの事をよろしくね。今日は一生に一回の大イベント、楽しんできなさい」
「と仰られてもパチュリー様。式は日没と共に始めるんですよね? まだ時間ありますよ」
「上に上がって準備の邪魔をしちゃ悪いし、そうね、ここで井戸端会議でも開けば時間は過ぎるんじゃないかしら」
「時間つぶしなら私の得意分野ですよ! 人間共を骨抜きにしてきた私の武勇伝……!」
横で見守っていた小悪魔が意気揚々と語り始める。赤裸々される夜伽話、そのあまりの空気の読めなさに呆れ顔のパチュリー様。
パチュリー・ノーレッジ――私の知らないお嬢様を多く知り、これからもお嬢様と多くの時を歩むであろう魔女。
「ねぇパチュリー様」
私が居なくなっても、私が消えてもそばにいてあげられるであろうその人。
「これからもよろしくお願いしますね」
驚いた表情を見せたのも一瞬、目の前に居るのはいつも通りの魔女。今日は一段と眠そうな表情をしているお嬢様の友人。
「えぇ、もちろん」
貴方には今日の式がどう映ってるんでしょうか?
「で! その時の私は四面楚歌、絶体絶命絶対包囲! 圧倒的な戦力差でしたが私は単騎でそれを覆し……」
この調子だと日没なんてあっという間だろう。そう考えると、少しだけ胸が昂った。
羨ましくないかって? 羨ましいに決まってる。
そんなのお互い様。そうでしょう?
――――――――――
幻想郷を照らしていた太陽が沈み始め、辺りは逢魔時に包まれる。人里から離れてた人間は急々と自宅に足を運び、妖怪達の世界が始まろうとしている。
定期的に何処かに集まり、日が昇るまで騒ぎ立てる妖怪達。その本日の宴会場所は霧の湖の畔に位置する紅魔館、酒の肴は吸血鬼と人間の結婚式。
東の端の端より巫女が飛び、魔法の森より魔法使い達が空に向かう。手帳片手に天狗がふらふらと飛び、その後ろを嫌々な顔で白狼天狗が付いていく。守矢神社の神とその末裔はうきうき顔で神社を発ち、招待状を貰った多くの人妖達が湖の畔に輝く館を目指す。
それだけではない。招待状を貰わずとも、活気があればそこに向かうのがここの住民の性。騒がしいからと妖精達が勝手に集まり、何だ何だと天から地からと魑魅魍魎が萃まる。
今宵の紅魔館は千客万来。ディフェンスに定評のある門番も笑顔で出迎え、式を執り行うホールには続々と人妖が集まる。
「はあこれはまた随分と派手にまぁ……前回ここで行ったロケット完成記念パーティーよりずっと豪華ですね」
ホールの装飾や周囲の雰囲気を見て、昨日招待状を渡して回った文が口を開く。
「独占取材を約束してもらったのですが、そこな妖精さんレミリアさんと咲夜さんは何処に居るんでしょうか? あぁ式の前だし会見は無理ですか仕方ありませんね。いやぁしかしお腹が空きましたね、式はまだでしょうか? おっとこれは霊夢さんじゃないですか。どうですか? 貴方と同じ人間が我々の様な存在と結婚するっていうのは、中々刺激を受けませんか?」
「別に。私はお酒が飲めるっていうから来たようなものだし、正直言ってどうでもいいかしら」
「あやややや、もっと建設的なコメントを頂きたかったですね」
反応が薄い巫女に愛想を尽かしたのか、文は他の参加者の元に向かい、積極的に取材と評し話しかけていく。
地上のざわめきは地下にある図書館にまで伝わり、魔女は重い腰を上げる。
「さて、そろそろ時間ね。さぁ行きましょうお姫様。レミィは自室で妹様と準備しているわ」
小悪魔の武勇伝を聞いていた咲夜も立ち上がり、パチュリーを先頭に咲夜、小悪魔と続いて図書館から抜け出す。
レミリアの部屋は二階の正門が見下ろせる位置にある。パチュリー達はセントラルホールの階段を用いず、裏の階段を使って二階に上がる。
普段はそこら中にメイド妖精がいるこの場所だが、本日はひどく静かであり、二階には妖精一匹いなかった。
「誰も居ないんですね」
咲夜が疑問を口にする。
「皆一階で式の準備をしているからね」
長い廊下の果て、T字型に廊下が交わる場所にあるレミリアの部屋。その扉の前に三人は立ち、パチュリーが扉を叩く。
「レミィ? 咲夜を連れてきたわ。入るわよ」
中からの返事を確認し、扉を開く。
窓はカーテンで締め切られておき、シャンデリアに取り付けられた幾つもの蝋燭が部屋を照らし出す。明かりに照らされ、部屋に置かれた派手な装飾品達が輝く。
一個室としては広すぎる部屋の、窓際にある机。そこに向かい合うように吸血鬼姉妹は座り、パチュリー達を見遣る。
「遅いじゃないか、パチェ」
魔女を愛称で呼ぶはレミリア・スカーレット。その姿は普段と大きく異なり夜を想起させる漆黒のドレスに身を包み、露出した背中からは大きな羽が伸びる。頭には同じ黒色のドアキャップのような帽子。そこには真っ赤な薔薇が取り付けられており、元々白い顔には薄く白粉が差され、唇には上品な紅が塗られている。その外観はさながら動く人形といったところ。その麗しい外観に、旧知の仲である魔女も困惑を隠せない様子だ。
「あ、うん。少し話しあってたらいつの間にかこんな時間にね……」
艶やかな魅力を放つ吸血鬼に当てられ、半ば放心気味に魔女が答える。隣に立つ小悪魔も「ほわぁ~」と息を漏らし、驚きを隠せない様子でいる。
二人の様子に吸血鬼の妹は満足そうな表情を浮かべる。腕を組みながら首を縦に振る。
「パチェはルーズだな。それは置いておいて、咲夜を見せておくれよ」
いつの間にかパチュリーと小悪魔の背に隠れる咲夜を指し、パチュリーと小悪魔にどくようにとレミリアが手振りする。
パチュリーと小悪魔は横にずれ、ウェディングドレスに身を包んだ咲夜がレミリアの前にあらわになる。
「うわぁ……っ!」
驚愕と喜悦の表情を浮かべ、レミリアが思わず声をあげる。ちらとパチュリーの方を見遣り、感心した目線を送る。
「お、お嬢様……凄い素敵ですよ。その、」
「うん、咲夜も凄い綺麗。どんな宝石より輝いてるわ。でも……」
声のトーンを落とし、少し残念そうにレミリアはやれやれと手振りする。
「シルクのヴェールは綺麗だけど、それじゃ咲夜の顔が見れないわ。それにヴェールは悪魔から身を守る効果があるのよ。私じゃそれを外す事は出来ないからさ……ね、咲夜? 直接咲夜の顔が見たいな。ヴェール外してくれないかな?」
ヴェールに悪魔祓いの効果があると知らなかったのか、咲夜はちらとパチュリーの方を見るが、当人は知らぬ存ぜぬといった表情をしている。
内心納得のいかないまま咲夜はヴェールに手をかけ、ゆっくりとそれを外す。あらわになった整った咲夜の顔貌。レミリアは嬉しそうに微笑む。
「うん、思ったとおり。思った以上だ。どんな賞賛の言葉も、咲夜の前じゃ陳腐なものになりそうね」
「それは言い過ぎですよお嬢様ぁ……」
「私はお世辞は言わない主義でねぇ」
同時、ノックの音が部屋に響き渡る。レミリアが返事をすると扉が少しだけ開き、ひょいと美鈴が顔だけ出す。
「そろそろ時間なので皆さん移動の準備して下さーい。ホールには皆集まってるので、いつでも始められますよー」
パチュリー小悪魔フランと順々に部屋を出る。レミリアと咲夜だけになったのを確認し、美鈴が両手を後ろに回して部屋に入る。
「じゃーん!」
咲夜の前に立ち、美鈴が屈託の無い笑顔を見せながら、後ろに隠し持っていたブーケを差し出す。
「お嬢様の帽子に付いてるものと同じ薔薇です! 私が育てた薔薇です。どうぞ咲夜さん」
「わぁ……っ! あ、ありがとう美鈴」
「いえいえー」
ブーケには紅に染まる薔薇がこれでもかと詰まっている。薔薇独特の剣弁高芯咲きの姿。近くで見ると一層その美しさが際立ち、独特の芳香が咲夜の嗅覚を刺激する。
「古くから人妖問わず魅了してきた花ですからね。それにほら、こんなに紅く綺麗……。お嬢様と咲夜さんの結婚式にはこれ以上無いくらい似合うんじゃないですか? ふふっ、じゃあお邪魔虫はこの辺で退散するとします。ホールで待ってますよ」
ブーケを渡し終えると美鈴はすぐに退室し、広い部屋にはレミリアと咲夜だけが残った。
「空気が読める門番だこと。気配りが得意な程度の能力を持つんだっけ?」
「違いますよお嬢様」
「知ってるわよ……しかし、本当に綺麗ね」
「薔薇がですか?」
「あら、言わないと駄目かしら」
「か、からかわないで下さいよ」
「からかってなんか無いわよ。ま、私達も行こうか」
「……はいっ!」
西の空に太陽が完全に隠れる。夕暮れに染まった空に星々が浮かび上がり、夜が訪れる。
今宵は月の光が見えぬ新月。遙か遠くに輝く恒星達が、うっすらと幻想郷を照らし出していた。
――――――――――
ホールに集まるは幻想郷中の妖怪ばかり。しかしよく見ると少ないながら人間達も参加しているのがわかる。
とんがり帽子を被り、そわそわと落ち着かない少女がいる。普通の魔法使いを自称する霧雨魔理沙――招待状を受け取って式に参加した人間の一人だ。
丸テーブルに座り、先程から周囲をくるくると見回す様子は、端から見れば挙動不審そのものであった。
「魔理沙落ち着いたら? 焦んなくたってどうせすぐ始まるわよ。っていうか帽子脱いだら?」
その魔理沙の隣に座る霊夢は、然程興味無さげに魔理沙に話しかける。
慌てた様子で魔理沙は帽子を脱ぎ、椅子に立てかける。えへへと魔理沙は取り繕うが、霊夢はそっぽ向いてしまう。
「魔理沙さん楽しみなんですよね! わっかりますよ~私も楽しみですもん。ああぁーまだかなー」
魔理沙の隣、霊夢とは反対方向に座る早苗はかなり興奮気味のようだ。
魔理沙達が座る丸テーブルには霊夢、魔理沙、早苗の三人が座っている。会場は妖精やら妖怪やら人外が多い中、数少ない人間グループに属する三人は同じテーブルを囲っていた。
「いや、楽しみっていうかさ。昨日咲夜の奴と話したんだけど、なんか余裕ないっていうか、切羽詰まってた感じだったからちょっと心配でさ……」
「そうですか? 私の所に来たときは元気でしたよ。ボロボロっていうか、吹っ切れてたっていうか、心配するようなとこは無かった気がしますよ」
「だと良いんだがなぁ……」
今度は早苗がキョロキョロと会場を見回す。ホールの入口から伸びた紅色の絨毯、その先には祭壇があり、壁には装飾品がこれでもかと輝いている。
周囲には早苗達が座っているような丸いテーブルが多くあり、氷精は未だ飛び回っているが、基本的に皆それぞれの位置に着席している。
宴会だというのに食べ物の類は全く置いてなく、紅魔館で働いていると思われる妖精達も皆が着席し、式が始まるのを待っているようだ。
「うーん」
「どうした早苗?」
「今日って結婚式ですよね? 誓いとか行う……でもこれって披露宴って感じなんですが、今日は一体何をするんでしょうか? イマイチわかってないんですよね」
「それには私がお答えしましょう!」
「わっ!」
割って入るように二人の間に小悪魔が飛び出す。魔理沙は思わず素っ頓狂な声をあげ、小悪魔の顔を見遣る。
「実に良い反応。さて本日は結婚式と披露宴を同時にこの会場で行う予定になってます。具体的にはまずレミリアさんと咲夜さんが誓い合ってちゅっちゅして退場。聖歌等は端折るでしょうね、なんせ悪魔ですしー」
「ちゅっちゅて……」
「退場した後もう一度入場。そこからが披露宴……まぁ普通の宴会騒ぎになると思います。なんていうか順序とか適当な感じになると思いますよ。こんな場所ですしこの組み合わせですし」
「なるほどー大体把握しました。そんな畏まった内容では無いんですね!」
「そんな感じです。では私は司会を任されてるのでこれにて」
小悪魔はそのまま壇上に上がり、両手を大きく叩いて皆の注意を引き付ける。
「はい皆様静粛にー!」
声を張り上げるが場内は静まらず、相変わらず氷精は飛び回り、楽しそうな声をあげている。
それを見かねた諏訪子が空中を飛ぶ氷精を一飛びで掴まえ、自分の膝の上に座らせる形で着席させる。
「むぐー! なにするんだよお」
「この儀がどれだけ重要か、それが分からぬ程頭が弱いわけではないのでしょう? わかったら静かにしてなさい」
「んー、わかったよぉ」
騒がしくしている妖怪や妖精達を諏訪子ように誰かが宥め、徐々に静かにさせていく。数分も経つと場は静寂に包まれた。
「皆様ご協力ありがとうございます。さてただいまよりレミリア様と咲夜様の結婚式及び結婚披露宴を始めさせて頂きます。僭越ながら司会を勤めさせて頂くのは、普段紅魔館図書館司書を勤めてます。名も無き小悪魔です。なにとぞよろしくお願い申し上げます」
「へー、あいつが司会役をやるとはね。お調子者ってイメージがあったけど、勤まるもんなんだな。まあ他に人材が居なかったのかもしれないけどな」
魔理沙が小声で呟く。それに反応した早苗が人差し指を口に添え、黙るようにとジェスチャーをする。
固い奴だぜと魔理沙はジェスチャーで応える。
「さてのんびり進行しても皆様のお腹が空くだけだと思いますので、手早く進行をさせて頂きます。では早速吸血鬼新婦、レミリア・スカーレット様のご入場です」
ホールの入口が開かれ、黒のドレスに身を包んだレミリアがパチュリーと腕を組んで入場する。多くの妖怪達に見守られる中でも堂々とした姿を崩さずに紅の絨毯を歩み、祭壇の前でパチュリーと離れ、レミリアは一人祭壇の右側に立つ。
目を輝かせる者、羨ましそうに見る者、興味深そうに見る者、品定めするように見る者……参加者の反応は十人十色、様々であった。
「さてお次は人間新婦、十六夜咲夜様のご入場です」
再び入口の扉が開かれ、純白のドレスに身を包んだ咲夜が美鈴と腕を組んで入場する。先程レミリアが歩んだ紅の絨毯を歩み、祭壇の前で美鈴にブーケを渡した後に別れ、レミリアの隣に立つ。
二人に向かい合うように祭壇に立つは吸血鬼の妹、フランドール。その姿は姉同様に黒を基調にした司祭服に身を包み、背中からは宝石のような七色の羽が伸びている。
「今日はこれより悪魔の名の下、レミリア・スカーレットと十六夜咲夜の結婚式を始めるわ。汝レミリア・スカーレットは、この人間を伴侶とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛を誓い、この弱き人間を想い、儚き人間のみに添うことを、高貴なる悪魔の契約のもとに、誓うかしら?」
「私レミリア・スカーレットは、この人間を伴侶とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛を誓い、この弱き人間を想い、儚き人間のみに添うことを、高貴なる悪魔の契約のもとに誓うわ」
「汝十六夜咲夜は、この吸血鬼を伴侶とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛を誓い、紅き悪魔を想い、高貴なる吸血鬼のみに添うことを、高貴なる悪魔の契約のもとに、誓うかしら?」
「私十六夜咲夜は、この吸血鬼を伴侶とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛を誓い、紅き悪魔を想い、高貴なる吸血鬼のみに添うことを、高貴なる悪魔の契約のもとに誓います」
「然と誓いを受け取ったわ。では指輪の交換を」
フランから二人に真紅の指輪が渡され、レミリアは咲夜の指に、咲夜はレミリアの指に指輪をはめる。
赤く、紅いルビーが輝くエンゲージリングが二人の薬指に取り付けられる。二人は真剣にお互いの指にはめ込んでいたが、はめ込まれると無言のままほほ笑み合った。
「こ、コホン。では悪魔である私の前で、二人の真の縁、真の証を見せたまえ」
興味なさげだった霊夢も横目で二人を見つめる。魔理沙の生唾を飲む音が聞こえる。早苗は握り拳を作り、ぎゅっと無意識に力を込める。椛は真剣に二人を見ている。文は舐め回すように視線を浴びせかける。諏訪子は羨ましそうに微笑む。諏訪子の膝の上にいるチルノはよくわかっていないようだ。
小悪魔は目を輝かせている。美鈴は腕を組んで見守る。パチュリーはジト目で二人を見る。祭壇に立ち、二人に一番近いフランは少し顔が紅い。
場は窮まり、二人に注目が集まる。多くの人妖が各々思考を巡らせる中、二人は唇を重ね合わせる。
レミリアが咲夜の肩に手を置き、咲夜の高さに合わせて唇同士が触れる。
「うわああぁぁあぁ! ちゅーだぁ!」
先程まで静寂を保っていた空間にざわめきが起こる。膝の上に大人しく座っていたチルノが声をあげる。ある者は囃し立て、ある者は赤面しながら二人を見守る。
誓いのキスをした後、二人は一度会場を後にする。二人で歩むバージンロード、二人は少し頬を紅くしながらも幸せそうにホールを後にした。
こうして二人の結婚式は終わった。
「続いて披露宴を始めたいと思いますが、二人はお色直しのためもう少々時間が掛かります。少しばかりお待ちください」
再び会場が賑やかになる。妖怪達は皆周囲の人物と先程の様子を話し、盛り上がり始める。
「うわぁー……凄かったわね文。撮影禁止なのが惜しまれるわー」
文に話しかけるのは同じ記者である姫海棠はたて。親指と人差し指でカメラの形を作り、残念そうに呟く。
「あ、うん。そうね……でも次の披露宴からは撮影も許可されてるし、写真に収める意味合いでは困らないんじゃないかしら」
「でもさっきの誓いのキスの場面を撮りたかったわよねー。すっごい絵になる場面だったじゃんか」
「まぁ、そうね」
「相変わらずくだらない話題で盛り上がってるのね」
二人の会話に突っかかるのは同じ天狗の椛。厳密に言えば二人とは天狗としての種が異なるが、三人は同じ席についていた。
「もっと言う事があるんじゃない? 綺麗だったとか、二人とも幸せそうとか……すぐ取材の話ばっかり」
「椛は固いねー。良いじゃん良いじゃんそれくらい」
「……たしかに不適切だったかもしれないわね。自粛するわ」
「えーどうしたのよあやー」
怪訝な顔をする椛、つまらなそうに見るはたて。二人の視線に反応すること無く、文はレミリア達が出て行った扉をぼんやりと見つめていた。
「あんな顔して、気まぐれなわけ……ないですよね」
はたてが何を言ってるか聞き返すが、それ以降文が口を開くことはなかった。
他の者より耳が利く椛だけが、文の独り言を聞き取っていた。
――――――――――
その後はと言うと、良くも悪くも何時も通りといえたかもしれない。
お色直しをしてきた両名が再び会場に戻り、披露宴という名の宴会がスタートした。
酒が運ばれ始めると会場は徐々に酒気を帯び、皆が高揚と各自騒ぎ始めるようになり、達観の域に達した小悪魔も皆に混ざり飲み始める。
壇上で二人並んで飲んだり食べたりするレミリアと咲夜。その二人の元に祝辞を述べに個人的に近寄る人物もチラホラと見受けられる。
「貴方がレミリアか。こうして会うのは初めてね、この度はおめでとう。貴方とは一度個人的に飲んでみたいよ」
「本日は誠におめでとうございます。一妖怪、一天狗として両名の末永い幸せを願っています。さ、では早速記念に一枚どうですか? はい、ちーず!」
「二人ともおめでとう! はっはっは吸血鬼が人間と結婚とは時代も変わったものだ! 今日は目出度い目出度い! 地底から飛び切りの酒持ってきたぞ。ささ遠慮せずに飲みなんさ」
「あんた達二人がって実感湧かなかったけど、今日の見ると本当なのよね。なんか不思議ね……おめでとう。それしか言えないけど、幸せに」
「お姉様も咲夜も飲んでる~? こんなに活気付いてるんだから遠慮しちゃ駄目だよー。ほらほら」
祝杯にと二人に酒が次々と盛られ、二人はそれを嚥下していく。次々と現れる人妖に、吸血鬼はともかく咲夜は徐々に顔を紅くさせていく。
ようやく祝辞が止むと、咲夜はだいぶ酔いが回ったようで、純白のドレスと対するように顔を染めていた。
「咲夜、顔が随分紅いよ。もう限界かい?」
「そんなことないですよお嬢様~。私はまだまだいけますよ」
「そうかいそうかい……あまり無理はするなよ?」
「大丈夫ですってば!」
テーブルに肘をつき、頬に手を当てながら呆れ気味にレミリアは咲夜を見つめる。
「咲夜。咲夜とこうやって飲めるなんて珍しいんじゃないか? 咲夜は何時も私の世話をするだけで、こうして一緒に飲むなんて事ほとんど無かったじゃないか」
「そうですか? 私は結構飲んだ記憶があるんですが」
「宴会では結構あるけどさ、まぁ今日もその類だけど……私さ、こうやって咲夜の隣で飲めることが楽しいよ。咲夜、これからはたまに一緒に二人だけで飲もうよ。私達の仲だろう?」
「私もお嬢様とこうして居られるのが楽しいです。私もお嬢様と二人きりで飲んでみたいですわ」
「決まりだね」
「うえーい! お二人さん熱いね!」
いい雰囲気な二人の元に、真っ赤に顔を染めた魔理沙が覚束無い足取りで近寄ってくる。レミリア達は魔理沙の後方に早苗が倒れているのが見えたが、見なかったことにして魔理沙を見据える。
「私は心配してたんだぞ。昨日咲夜が私の所に来たとき随分余裕が無かったからな。でもこうして見ると二人とも大丈夫そうだな、二人とも綺麗だったぜ」
「ありがとう魔理沙」
「そんな思いやりのある優しい魔理沙さんは、二人の為にお酒を持ってきたのさ。じゃーん魔理沙さん特性のキノコ酒だ」
「えっ」
ミニボトルに入った怪しげな液体を見せびらかしながら、魔理沙は二人に近寄る。
日頃より咲夜から変なものばかり飲まされてるレミリアは露骨に嫌な反応を示したが、咲夜は目を輝かせ興味津々といった様子で魔理沙の手元を見つめる。
「遠慮はいらないぜーほらほら。私の酒が飲めないのかー!」
有無言わさず二人の杯に液体を注ぎ込み、間髪入れず咲夜がそれを飲み干す。
「だ、大丈夫かい咲夜?」
「ぷはぁー! キノコっていうけど、薬用酒みたいな不思議な味がするわね」
「身体にも良いってわけだ。凄いだろ? 遠慮すんなよ」
「えぇ美味しいわ。もっと頂けるかしら?」
「ヒュー! じゃんじゃん飲んでってくれよ」
「咲夜ーそんな勢い良く飲んで大丈夫なのー」
次々と飲み干していく咲夜に、レミリアは心配そうに声をかける。
「わたしはだいじょうぶでふよーまだまだいけますよおー」
「あちゃー……」
徐々に呂律が回らなくなる咲夜を見て、レミリアはそろそろ限界だろうなと悟る。しかし無理に止める事はせず、黙ってそれを見ていた。
レミリアも咲夜につられ魔理沙のお酒を飲んでみたが、あまりに奇妙な味にすぐ口をつけるのを止める。
「やっぱり変わってるよ」
愉快そう笑いながら、咲夜の飲みっぷりを見つめていた。
誰かが倒れ、誰かが騒ぎ、誰かが決闘を始め、ホールは先程までの厳格な様子は無くなり、何でもありな寛大な空気に包まれていた。
黒のドレスに包むレミリアの横にはべろんべろんになった咲夜。完全に出来上がってしまった様子で、普段の彼女からは考えられない様子だった。
「わたしは~いっしょうのむにんげんですよ~。だいじょうぶ、よいつぶれるまではいっしょにいますからー!」
叫び声に近い声量で叫び、咲夜は立ち上がる。三半規管がやられてしまったのか、そのままフラフラと覚束無い様子で倒れそうになるが、それをレミリアが抱き寄せて防ぐ。
「咲夜。そろそろお開きにしよう」
「おじょうひゃまぁわたひはまだー」
「あーはいはいそうだね」
アイコンタクトでレミリアは小悪魔を引き寄せ、レミリアは咲夜と共に自分達はホールを出す旨を伝える。
「そういう事だから後は頼んだよ。ま、ここまで盛り上がれば私達が居ようと居まいと関係無いだろうからね」
「はーい任されました」
そう言うと小悪魔は壇上に立ち、騒がしい会場の中で再び声を上げる。
「はいでは皆さんご注目下さい! レミリア様と咲夜様の退場です! 皆様拍手でお送り下さい!」
小悪魔に気付いた一部の人妖達が拍手を送り、拍手に包まれたままレミリアは咲夜をお姫様抱っこして会場を去る。
レミリアに抱かれたまま、咲夜は自分が持っていた紅い薔薇のブーケを天井目がけて投げる。
ブーケは空中で静止し、そのまま重力に従い落下する。
「あいてっ」
ブーケが落下した先は、ちびちびと自分のペースでお酒を飲んでいた白狼天狗。突然頭上に落下してきた薔薇に、何事かとキョロキョロと辺りを見回す。
視線の先には顔を真っ赤にした咲夜が大きく手を振っていた。状況がわからぬ椛だったが、笑顔で手を振り返してあげた。
鼻の良い椛を刺激する薔薇の香り。その香りに椛が気分を良くしていたが、突如視線を感じたのでその方向を見遣ると、文が神妙そうな形相で椛を見つめていた。
視線を交錯させていたのは一瞬。椛が気付いたのに気付くと、文がぷいとそっぽ向いてしまった。
「なんだろう……」
一人椛が呟く。そんな二人のやり取りを側にいるはたてだけが見守り、くすりと微笑むのだった。
――――――――――
「おじょうひゃま~おろひてくださいよ~」
「何言ってるのよ。こんな状態の咲夜を歩かせてその辺でぶっ倒れてみなさい。こっちだって気分が良くないわよ」
「あれれ~もしかして私心配されてるんですか~」
「あーもうこの酔っ払い」
「ふふふ~おじょうさまだって顔あかいですよ~♪」
誰も居ない廊下を私は歩く。咲夜を抱いた状態で、ゆっくりと歩く。咲夜の鼻歌、私の足音。それ以外の音はここにはない。
私は歩く、しっかりとした足取りで歩く。階段を登る、一歩一歩しっかりと。
「どこいくんですか~?」
「こんなにも素敵な夜だから、夜風に当たろうと思ってね」
ドアノブに触れ、扉を開ける。そこに広がるのは昨日と同じ黒の空。私が起こした異変の時とは異なり、空を支配する月はそこには無くて、星だけがたくさん輝いていた。
「咲夜まだ起きてる? ほら見てよ星が綺麗だよ」
「おじょうさまのほうがきれいですよー」
普段の咲夜と比較すると今の咲夜が面白くて仕方がない。何時もは訓練されたドーベルマンみたいな癖に、今は子猫そのものじゃないか。
「少しだけ飛ぶよ。咲夜は大丈夫?」
目を瞑ってうんうんと頷くのを確認し、私は露出した背中から伸びる羽を用いて星空に飛び立つ。
咲夜は目を瞑ったまま柔和な笑みを浮かべいる。半分意識無い状態かもしれない。私の知る限り、今日ほど咲夜が飲んだことは無いだろう。
だから確認を含めて私は話しかけるのだ。この月の無い空で、咲夜に向けて囁くのだ。
「咲夜……咲夜。十六夜咲夜。私の愛しいか弱き人間。まだ起きてるかしら? ん……もう駄目かな? まぁいいわ、ねぇ咲夜? 聞いて無くてもいいから聞いてほしいな。私は咲夜が好きだよ、大好きさ。完全で瀟洒な従者だっけか咲夜。前に自分の事をそう紹介した事があったよね。面白い冗談を言うもんだなって思ったわよ。人間の分際で完全とは、人間の癖に完璧とは……ってさ、今現に咲夜は酔い潰れちゃったしね。完全とか可笑しな話だよね、咲夜はこんなに不完全で脆い癖に……大真面目に完全とか言っちゃってさ、馬鹿みたいだよね。でもそんな咲夜が好きだよ、完璧であろうと頑張ってさ、抜けてる癖に格好良く振舞ってさ……!」
咲夜のそれ計算なのか天然なのか判断しかねる。計算なんじゃないかと思う時もあるが、恐らく咲夜の場合は後者なんだろう。
「そんな直向きな姿勢が好きだよ。抜けてる癖に私の為に尽くしてさ……その時の咲夜にとってはただ生きる為にやっていたことかもしれない。でも私はそれに惹かれたんだ、咲夜が好きになったんだよ? だからあの時の私は咲夜を自分のものにしたかった。……咲夜覚えてるよね? 忘れてないよね? 二人で行った肝試しの事」
今でも夢に見るあの時の出来事。忘れることの出来ない私達の思い出。
「夜が明けない夜、二人で駆けたよね。月の姫とその従者の事を覚えてる? 私はあの二人の様に咲夜ともずっと一緒になりたかったんだ。羨ましかったんだよぉ……! あの肝試しの時に咲夜に言ったよね? 咲夜とずっと居たかったから……でも」
「あの時は落ち込んだよ。でもやっぱりそれが咲夜なんだっても思えた、だから咲夜は完全で瀟洒な従者であろうとしてるのかなって……どうなの、咲夜? ……うん、きっとそうなんだよね。限られた命だから咲夜は頑張れるんだよね! ……あのさ、咲夜に最初に結婚しようって言ったとき、私恐かったんだ。本当はあの時のように断られるのが恐かったから軽く言っちゃったんだ……昨日は美鈴にもパチェにもフランにも叱咤されたし、同時に激励もされた。ここの連中は皆いい奴さ、皆が居なかったら私は咲夜に向き合えなかったかもしれない。吸血鬼らしく生きようと思ってるけど、私個人は小さな存在だよ」
私に抱かれて咲夜すゥすゥと寝息を立てる。闇に溶け込むような黒のドレスを纏ってる私とは対照的に、夜中であっても輝いて見える白のドレス。
本当に人間のままにしておくのが惜しい。それだけ咲夜は優秀だし、何より美しい。
「咲夜が咲夜で私が惹かれるのは、咲夜が人間だからなんだろうね。私が付けてる薔薇や咲夜が投げた薔薇達も散るからこそ儚く、だからこそ咲いてる姿がより一層美しく見える。そう思うよね? だから咲夜に私は恋焦がれ、こんなにも胸が締め付けられるんだろう」
空より見下ろすと、私の紅魔館が幻想郷の中で一際輝いていた。空を見上げると新月のおかげで天の川がはっきりと確認できた。
視線を天の川より南に下ろし、南の空低く、赤い星を中心とした星座――さそり座を眺める。
「ほら見て咲夜……もうとっくに寝ちゃったわよね。じゃあ夢で聞いてくれれば良いから、あの南の空に輝く、紅い星が見える? あれはさそり座の目印になる星、アンタレスだよ。火の星に対抗する紅い星、綺麗だよね……。前パチェに教えてもらったんだ。星達は私達の考えが及ばない程遠くに輝いているんだって、今私達が見ている星の輝きは何百年何千年……何万、何億と昔のものもあるんだって。面白いよね、咲夜はともかく私が生まれる前から輝いてた姿を今私が見てるんだよ。この無数に輝いてる星達の中には、もう死んでる星もあるかもってパチェが言ってた」
私は吸血鬼で咲夜は人間。普段は考えないようにしてるけど、たまに考えてしまうんだ。私よりずっとずっと早く咲夜は散ってしまうんだって、一緒に居られる時間なんてほんの僅かだって。
「咲夜は……死んじゃうよね。私より、ずっと早く、老いて……。でもね咲夜、咲夜? この星の中にはもう消えてるものがあるかもしれない、でも私達は今見る事が出来るよ。それって死んでることになるかな? 私はそう思わない。その星は観測者の手によって生きながらえている、観測者の中で生き続けている。だから私も決めたんだ、人間であり続ける咲夜を、人間として死ぬであろう咲夜を肯定しようって。ずっと私と歩こうよ、ずっと私と生きよう。遙か未来、皆が私を見るたび思い出させてやろう。あの吸血鬼には素敵な人間の婚約者がいたって、完全で瀟洒な従者がいたって……忘れさせないよ」
永遠に紅い幼き月。吸血鬼で夜の王な私は夜に輝くお月様で、か弱き人間の咲夜は無数に小さく輝く星かな。
「ずっと一緒さ、永き私の生で咲夜は一等星の一番星。私が咲夜の観測者になる、咲夜が遠くに行っても私は咲夜を見てるよ? これからもずっと一緒。今日は良い日だったね咲夜。おやすみ咲夜……」
そっと唇を重ねる。今はこれだけで良いだろう? 私達の道は短いながらとても長いのだから。
美鈴、パチュリー、フラン。面と向かっては絶対言わないから、心の中だけ言ってあげる。
ありがとう
咲夜、明日からもよろしくね。
そうそう、そういえば今日の結婚式。私は一つ嘘をついたんだ。
死が二人を分かつまで、愛を誓う?
冗談だろう?
死なんて障害に私は揺らがないよ。
今一度愛を誓おう、ここで形にしよう。
永遠に誓うよ 咲夜への愛を
――――――――――
「いやー! 二人ともあんな幸せそうだと、私も少し考えちゃうな結婚。霊夢はどうだ?」
「魔理沙はすぐ人に流されるんだから。私は結婚なんて考えないわよ」
「えーそうかあ? でもちょっとは羨ましかったろ?」
「まぁ、少しだけ……ね」
「おろろろろろろろ、おろろろろろろろっ!!」
「大丈夫かー? あたいの身体は冷たいから、触ってると少しだけ楽になるかもだぞー」
「おろろおっろ! あ、ありがたやー!」
「こんな所に居たのか……どうかしたか?」
「いや何、空が綺麗だったからさ」
「向こうに比べると此処は空気が綺麗で、かつ街灯といった類も無いからな。さぞ星が綺麗に見えるだろう……どれどれ、おや?」
「な、綺麗だろう?」
「…………羨ましいか?」
「そりゃね。でもそれ以上に今は良い気分さ」
「そうか、そいつは良かった」
――――――――――
朝、朝。小鳥の鳴く声に私は目を覚ます。何時もと違う天井、飾り気の無い私の部屋とは対極の空間。
あの結婚式からどれくらいの月日が流れただろう。あれからというもの、私の身の回りに不思議な事がよく起こる。
まず朝起きると私の部屋と違う場所で目を覚ます事が多い。ついでに寝相も悪くなったようで、よく何も着ていない状態で起きる。ここまで寝相が悪かったのかと、最近思うとこがある。
私の横には一糸纏わぬお嬢様がすやすやとよく眠ってらっしゃる。不思議な現象だなと思うが、最近こんな事ばっかりなので驚いていられない。そっと私はお嬢様にキスをしてベッドから起き上がる。
ここからは何時も通りのメイド長としての私が始まる。メイド服に着替え、テキパキと業務を全うするのだ。
仕事に追われているとあっという間に時は流れ、ねぼすけなお嬢様が起き、私を呼ぶのだ。
今までと然程変わらない私の日常。思っていたとおり、私の日常にそれほど変化は無いような気がする。
これから少しずつ変わっていくのかもしれない。もう既に変わっているのかもしれない。この薬指のように。
でも私の中で大きく変わった事がある。それは確かだ。
咲夜は幸せです。この場所にいることが、お嬢様に仕えることが、お嬢様と結婚しお嬢様と一緒にいられることが。
ふと結婚について再び考えてみる。私にとって結婚ってなんだろうか
結婚は束縛
自分で見つけた最高のパートナーと、ずっと一緒にいること
結婚とは運命を共にすること
結婚とは二人が幸せになること、二人が一緒に幸せを築き上げること
結婚とは永久の誓い
私にとって結婚とは?
そんなの単純明快、皆に聞いた結婚像全てに当てはまる簡単なことば。
「私、十六夜咲夜がレミリア・スカーレットと結婚すること!」
結婚の意味を問われてるのに結婚の単語が使われるコントラディクション。
でも間違っていないでしょ?
さて、そろそろ行かないとお嬢様が不貞腐れてしまうわ。
私を呼ぶ彼女の元へ、さぁ行きましょう。
続けましょう、踊りましょう、綴りましょう。人間と吸血鬼の物語を
――――――――――
前時代的な作業部屋。
部屋には無数の新聞が重ねられ、片付けられていない原稿が床に散らばっている。そのどれもが埃を被っており、長い間使用されていないことが窺える。
作業室の扉が開かれ、久方振りに部屋に新鮮な空気が流れこむ。同時に部屋に入ってきたのは黒髪の鴉天狗。懐かしむ様子で部屋を見回す。
「たまには整理でもしてみましょうか。でないと紙舞の類が現れるかもしれません」
何故かくすりと笑いながら彼女は部屋に足を踏み入れ、埃舞う部屋の中で彼女は窓を開ける。
すると外の風が部屋の中を流れこみ、紙達を宙に舞わせ始める。腕を捲り掃除に意気込む鴉天狗の前に、埃塗れの一冊のアルバムが目に留まる。
手に取りページを捲る。そこには多くの写真の数々、彼女にとってはどれもが思い入れ深い一枚なのだろう。一枚一枚偲ぶように視線を這わせ、少しずつページを捲る。
やがて一枚の写真が鴉天狗の目に留まり、彼女は完全に動作を停止する。
「これは……」
古ぼけた一枚には黒のドレスと白のドレスを見に纏った少女が二人、満面の笑みをカメラに向けていた。
白のドレスに纏った少女の写真を撫で、鴉天狗はそっと微笑みかける。
「脆く弱い存在。でも私は貴女を美しいと思う。二人ともこんな良い顔しちゃって……撮影者の腕が良いのかしら?」
ふふっと笑い声が反響する。次に鴉天狗は黒のドレスに身を包んだ少女の写真に指を添え、述懐を始める。
「気まぐれじゃなかった、気まぐれなわけが無かったですね。幸せでしたか……? ま、聞くまでも無かったですかね。真っ直ぐな貴女に私も影響を受けましたよ? それほど貴女達は眩しかった」
アルバムを閉じ、鴉天狗はアルバムを腋に挟んで抱え込む。
「貴女にも今度私のパートナーを教えますよ。糞真面目で融通の利かない子ですが、可愛い私の大切なパートナー」
部屋をキョロキョロと見回し、面倒臭そうな溜息を吐く。
「ま、まずはここを片付けてからですね。これは中々骨が折れそうです……」
鴉天狗は渋々と片付けを始める。静かな空間でただ一人、手を動かし始める。
「貴女の紅い歴史。そこには何が刻まれてるんでしょね」
風が流れる。暖かな風が。
日が差し込む。宙を漂う埃を映しだす。
今日も夜になれば星が輝くだろう。地上の誰かは今日も天を仰ぐだろう。
「今日も星が綺麗ね」
-FIN-
心が…満たされていく…。
というかこの感動は点数でどうにか出来る問題じゃないんだ
ああレミ咲が好きでよかったもっともっと好きになりました
星になぞらえたたとえも二人の不安も独白も諏訪子様の過去も
全部に胸の奥がふるえてどうにかなりそうでした
素敵なお話をありがとうございます!!!
二人が幸せになれて良かったです。
読んでるこちらも幸せな気分になりました。ありがとうございます。
自分はこの二人より幸せにはなれないだろうからw
残念と発したレミリアの表情は頭に焼き付いて離れないものです。
二次創作をする上であの台詞はどうしても使いたいものになりますよね。
だが稚拙な表現をしてしまうと途端に陳腐で軽薄なものになってしまうでしょうね。
そういった意味でこの作品は綺麗に昇華させていると思います。
とても良かった。あの台詞は本当に卑怯だ。
とても良いお話でした
一対、でいいような。
丁寧で着実なお話、原作への愛を感じます。
諏訪子とのやりとりが好みでした。
素晴らしい作品をありがとうございました。