ふよふよ。
ふよふよ。
ふよふよ。
山の中に毛玉が浮かんでいる。
さしたる目的もなさげに毛玉が浮かんでいる。いや、実際にはある。監視だ。
夜明けの直前の山中、空に浮かんでいるだけの毛玉。退屈するか、そこに美を見いだし芸術とするかは個人の感性の差でしかない。
毛玉は思う。
(そろそろ彼女が起きる頃か)
毛玉は目下に立てられている家に眼を向けた。他の家と特に変わるところは無い、いたって普通の日本建築だ。大きくも小さくもなく、一人暮らしにちょうど良いくらいの大きさだった。
ここ一ヶ月の間ずっと、毛玉が監視し続けた家、最速を誇る鴉天狗の家である。
じきに太陽が山の向こう側から顔を見せるだろうと康夫は予測した。そうすると彼女はいつも起き出す。
彼女は日の出とほぼ同時に目ざめる。それは彼女の習慣なのだろうが、それを彼はこの一ヶ月で知った。
というのも、彼がその鴉天狗について殆ど何の下調べもせず、監視を始めたからだ。用意周到とは言い難いものがあるが、まさかこの監視が一ヶ月も続くとは思っていなかったのだからしょうがない。
毛玉は名を康夫といった。苗字は無い。毛玉には血縁が無く、従って苗字は必要がなかった。本来なら区別しないのだから、名も必要ではない。
(お、日が明けた)
山の向かい側から差してくる光を眼を細めて眺め、彼は自分の高度を少しずつ下げていった。家の主に見つからない程度に家に近づき、監視を再開する。
ばたばたというせわしない音が聞こえてきた後、鴉天狗が窓から顔を出した。
「んん、今日も寒いですけど、良い天気ですねー。取材しやすくて助かりますよ」
射命丸 文だ。俊足揃いの天狗の中でも、最速を誇る新聞記者。天狗とは幻想郷で最速の種族であり、その中で最速の文は、つまり幻想郷最速であった――認めない人間も一人いるが。
康夫は、窓から身を乗り出したパジャマ姿の射命丸が笑顔で伸びをするという、一部の人妖に非常に受けが良さそうな絵をひとしきり眺めて眼福に浸る。
人間ならばその光景をカメラに納め、一枚いくらで売れるか算段するところだろうが、彼は金というものにとんと興味がなかった。使い道がないからだ。
しばらくすると射命丸は窓を閉めた。取材へ行く身支度をするのだろうと考えた康夫は玄関上空に回り、監視を再開した。
さて、射命丸が玄関から出る前に、康夫が何をしているかという話をしよう。
その前に、彼は、毛玉らしからぬ高度な知性を持っているということを、知っておかなくてはならない。
もちろん高度な知性といっても八雲の名を持った妖怪達のようなレベルでは無い。一般的な成人男性レベルである。しかしそれにしたって、毛玉が持つことは不自然といって構わないレベルの知性だった。
本来、毛玉は妖精よりも下位に属する存在なのだから、彼らに知性が芽生える事はないはずなのだ。
康夫はこれを天からの贈り物であると考え、ありがたいことだと考えた。前世でよほど良いことをしたのだろうと考え、神に感謝しようと考えた。そして彼は、この命を弾幕で散らすのは惜しいと考え、では何をすべきかと考えた。
いくら知性を持っていても、所詮毛玉である。吹けば飛ぶ命。妖精のように不死身(厳密には違うのだが)では無いし、便利な能力を持ち合わせているわけでもない。理想に対して、現実のスペックが低すぎた。そういうわけで、康夫は自分の思いつきを、殆ど立案段階で却下しなくてはならなかった。
彼は考えた。
住み処にしている洞窟で、実に一週間、寝ずに考えた。考えに考え、考えに考え、考えに考え、考えに考えた結果、ようやく、一つの結論を導き出せた。
つまり、ぱんちらである。
そう、ぱんちらである。
その時、康夫はずっと眠らずに考えていたのだ。
つまり不眠だったのである。不眠時のテンションは大変な領域に入っている。
そんな時の思考が導く結論は、往々にしてろくな物ではない。
その後、康夫は洞窟の中で、丸一日眠った。普通なら目ざめた後、時間を無駄にしたと悶え転げ回るはずなのだ。
しかし彼はそうではなかった。実際に実行に移したのである。
彼は今、射命丸のぱんちらを狙っているのだ。それも一ヶ月間ずっと。
(あの三角地帯が生み出す魔力は、∞だ)
それが康夫の哲学である。康夫は紳士だったのだ。そう、紳士だったのだ。
(確かに私は、肉体的には男とは呼べない。しかし心は男――いや、漢だ! ならば追い求めねばなるまい、あの∞の彼方を、三角形のアヴァロンを!)
康夫は叫んだ。声帯が無いので、心の叫びである。
その言葉を康夫が叫び終わったとき、ちょうど射命丸が玄関から現れた。
康夫はすぐさま頭を切り替えた。余所事を考えている頭では、射命丸のぱんちらなど一生拝むことなどできないだろう。
確かに、射命丸のスカートは短い。やたら短い。すぐに見えてしまいそうな、全くもってけしからんスカートだった。しかしそのスカートは、この一ヶ月一度としてぱんちらを許さない、鉄壁の要塞でもあった。
見えそうで見えない。そう、ギリギリ見えそうで見えないのだ。
康夫は焦れていた。スカートに焦らされていた。屈辱である。無生物に焦らしプレイをされているのだ。
(無茶は禁物だ。冷静さを失った瞬間、この神からの贈り物を失うことになる)
毛玉は貧弱である。弾幕が一発でも当たれば、その場で即その命を散らすことになる。故に、ぱんちらを得るという作業にも、ルパンの如き用意周到さが必要であった。
射命丸は郵便受けを覗き、幾らかの封筒を家の中に放り込む。そして玄関の鍵を閉めて、空へ飛びたった。康夫も遅れてそれに付いていく。
速度を上げれば上げるほど、冬の空気が康夫を責める。射命丸は風を、寒さを気にも留めていない。風を操っているのだ。
彼女が幻想郷最速でいる理由の一つが、持ち前の能力で風を操って空気抵抗をゼロにする、というものだった。
とにもかくにも、彼女は寒さを感じていない――だからこそ、冬でも異様に短いスカートを穿いているのだが。康夫は少し羨ましく思った。いかに毛に包まれていようと(というよりも、毛そのものなのだが)、寒ければ当然寒いのだ。誰だって寒いのは嫌なのである。
ひらり。ひらり。射命丸はアクロバットでもするように舞う。しかし、スカートはめくれなかった。彼女によって、彼女の周りの気流が操作されている限り、あのスカートは重力や慣性に逆らう動作をし続けるだろう。
(全く、厄介な能力――私は、地底に住むという嫉妬狂いの橋姫ではないが――妬ましい能力だな)
彼はスカートをにらみつけた。……それでめくれてくれるなら、一ヶ月もの間ずっと待ってはいないのだが。
遠くに人里が見えた。今日の取材先なのだろう。幻想郷は、彼女には手狭かも知れない。しかしそれでも新聞記事にするネタには困らないはずだった。幻想から見ても、幻想は面白い。
そんなことは置いておいて、人里に行くのでは、今日も「ご来光」はあるまい。康夫は半ば諦めていた。
射命丸は、人里では徒歩だ。人里のルールに従っているのだろう。
それはそれで一向に構わないのだが、康夫の目的とは正反対のベクトルを持つ行動だった。
歩くだけでスカートがめくれるのならば、きっと人々は皆もんぺに履き替える。
(本当に鉄壁だな、貴様は。私程度では、その内側のデフレーションワールドを拝むことすらできないらしい)
康夫は心の中でスカートの力量を認めた。射命丸 文のスカート、お前こそ紅い悪魔の館で門番をするべきだ、と。
一ヶ月の戦いの中で、天は彼を見放したかのように思えた。しかし、実際にはそうではなかったと、康夫は知る。
「よう、射命丸」
射命丸が止まった。目の前へと飛んできた、黒と白の魔法使いを、彼女は見る。面倒な奴に出会ったと言わんばかりに。
魔法使いは――魔理沙は、そんな射命丸を見てかんらかんらと笑った。
「そんなに嫌そうな顔をするなよ。それより、弾幕でもしないか? 八卦炉の出力を強化したんだ。本当はアリスに試すつもりだったんだが、どうも出掛けてるみたいでな」
「あやや、あなたのそれはもう記事のネタにもなりはしませんし、やりあって万が一直撃なんてことになったら恐ろしいですからね、また今度にしておきますよ」
射命丸は新聞記者の口調で答えた。答えは否。
しかし魔理沙は、それを聞いて、はいそうですかと引き下がるような人間ではない。
「まあ、そう言うなって。な? いいだろ? それとも、私が怖くて逃げてるのか? 幻想郷最速の天狗様が、ただの人間風情を恐れるなんてずいぶん滑稽な話だな、それこそ新聞のネタになるぜ?」
魔理沙はおどけた様な口調で言ってのけた。挑発である。
彼女は、射命丸が意外に短気な性格だということを知っているのだ。
「……ふん、そう言ってほえ面をかくが良いわ。あんたは今まで、本気の私に勝ったことが無い。戦ったことすらない。花の異変の時も、神社が引っ越してきたときも、私は力を抜いてたのよ?」
素の口調に戻った射命丸。魔理沙は乗せてやったといわんばかりの顔になる。
「そうこなくっちゃあな。今日から幻想郷最速は、私の物に戻る」
「死ぬまで借りるつもり? なら、今日付で返してもらうことになりそうね」
まずいと、康夫は思った。逃げなくては多分死ぬ。巻き込まれて死ぬ。
折角授かったこの知能を失わなくてはならないというのか。それは嫌だ。
だが今は、チャンスでもある。弾幕の最中であれば、あるいはのぞき見ることも可能か。
どちらを――。
決める暇など無かった。
「『天孫降臨の道しるべ』」
「『ミルキーウェイ』!」
開幕、いきなりのスペルカード。
それは、両者からすれば牽制程度の弾幕でしかなかったのだろう。しかし、康夫にしてみれば、ルナティックもいいところの弾幕である。
彼は後悔した。軽率であった。すぐに逃げておくべきだった。そもそも、射命丸に魔理沙、どちらも自分からすれば雲の上・大気圏外・アルファケンタウリあたりの存在だ。その二人の弾幕に巻き込まれて、生き延びられるはずがない。多分どころでなく、死ぬ。
(ああ、まだ覗きたいアヴァロンがあったのに。蛇と蛙の神社の女の子。怠惰な大妖怪。紅い悪魔の狗)
康夫はそれらのアヴァロンを、心の中に思い浮かべる。
(だが、今更逃げることもできない)
康夫の目つきが少し鋭くなった。
(ならば)
彼は渾身の力で、射命丸の下へ、飛ぶ。
(――最後に、何がなんでも、その中のアヴァロンを拝ませてもらうぞ、スカートよッ!)
イタチの最後っ屁――。
ここに、もう一つの戦いが幕を開けた。
康夫の勝利は絶望的だった。
射命丸の弾だか、魔理沙の弾だかわかりはしないが、ともかく、大量の流れ弾が彼を襲う。それを全て、避けなければならない。
上から、右から、左から、下から、前から、後ろから、飛んでくるありとあらゆる形状の弾。一発でも当たったなら、命を落とすことになる。
ボムも制限時間もない。ただ、殺るか殺られるかの一騎打ち。
康夫は、射命丸や魔理沙の弾幕を通じて、無敵要塞であるスカートと戦っているのだ。
蛇よりもくねくねとした道筋を通り、康夫は、少しづつ少しづつ、射命丸に近づく。
(全く、長い戦いだったよ)
康夫は、今までの一ヶ月を振り返る。星形の弾が後ろから彼をかすめた。
しかし、直撃はしない。毛が何本か持って行かれようと、今の彼にとってそれは何の損失でもない。
(だが、それも今日で終わる)
射命丸から放たれる高速の弾幕を、全て避けた。
怖くはない。失う物は何もない。いずれにせよ、生き延びなどできないのだ。
彼はぐんぐんと射命丸に近づく。幾らかの弾が彼の毛を焼いたが、彼は気にも留めなかった。
(私の勝ちだ!!)
康夫は射命丸の真下に潜り込んだ。しかし彼は知らなかった。彼の真下から、弾が迫っていると言うことを。
(取った!さあ、白か、水色か、ピンクか、黒か、しましまかっ!)
彼は、命の危険に気づきもせず、上を見て――。
(な、肌色――? いや違う、あれは――!)
その生涯を終えた。
この毛玉には敬礼せざるを得ない。
こんなお話が思いつく喚く狂人さんが羨ましいです。w
お前の死は無駄にはしない、この俺が必ず伝え……あれ、急に風の流れg(幻想風靡
結局あの祭りの流れはなんだったんでしょうね……今でもあの流れになった理由が分かりませんw
きっと修行してレベルアップした喚く狂人氏ならあれ以上の祭りを引き起こせるはずだッ!(無責任
>しんっ様
お久しぶりでし。す。
アイデアがあっても書くのが遅いもんだからなんとも。
>名前を表示しない程度の能力様
ならば起こそう、祭りを。
ドロワに対抗しておふぁんつ祭りじゃー!
>3様
康夫は僕らの心の中で生き続けます。それこそ、英雄ということなのです。
でも、唯、只一つ。
『ありがとう』と。
感謝と敬意をもって貴方を讃えたい。
もう一度『ありがとう』。
やっぱり「喚(わめ)さん」は一舐めしたげふげふひと味違うぜ。
元がすごいのに修行してさらに強くなるなんて、狂人さまもお茶目なんだからwwww
(て言うか、アレの続きを書くのすっかり忘れてたぜ…………るーみみ、やるか)
そして康夫、おまえはすごいやつだ。きっと幻想郷の偉人に数えられるだろう。
惜しい奴を失った(涙
>謳魚様
だが、康夫がやろうとしたのはスカートを覗く行為だwww
わめさん吹いたwwwww
>地球人撲滅組合様
ネオってほどレベルアップはしてません、清水の舞台から飛び降りるまでの時間が短くなったくらいですwwww
康夫は我々の心の中に生き続けます!
康夫はすばらしい漢だ!!
あやややや、肌色とな・・・!
おふぁんつ祭か・・・だが同じ穿く物だと二番煎じになってしまうぞ喚さん!
よってZUN帽祭とか腋出しルック祭とかPA(ピチューン)・・・
ネオまではレベルアップしてないってことは、真・wawawa喚く狂人さまくらいかな?
あなた様の作品が久し振りに見れて嬉しいです!
すぐに食べ物を消化して、体外へ放出するってけーねが言ってた。
つまり、すぐに放出するために、履いてな(天上天下の照國
>8様
ありがとうございます。
康夫も喜んでいるでしょう。多分
>灰華様
お久しぶりです。昼夜逆転にはお気を付けて。
無茶しやがって……
>喉飴と嶺上開花様
ありがとうございます。これからも喚く狂人をよろしくお願いします。
>苦有楽有様
けーねが言うなら確かですねwww
しかし何そのマニアックなプレ(幻想風靡
>12様
康夫は北極星となって永遠に生き続けます。
それを売るなんてとんでもない!
康夫に捧ぐ鎮魂歌
つ『パンチラオブジョイトイ』 グループ魂