*注意書き*
本作は微妙に永夜抄結界組のクリア後、みたいな感じになっていますがたぶん関係ありません。
輝夜は空気です。
ある意味鬼畜(笑)です。
*注意書き終*
眼が、覚める。障子越しに朝日が差し込んでくる。
「ん……」
かすかに身じろぎして、起き上がろうと布団を掴んだ手がふと、その動きを止めた。
「……今日、か」
寝覚めはいい方だと思っている。
それでも今日は、今日という日だけは。
「……起きなきゃ、ね」
永琳は殊更ゆっくりと布団から身体を起こした。
「師匠、おはようございます」
「えぇ、おはよう」
普段通りにこなす。
覚られてはならない。絶対に感づかれぬよう。いつもと同じなのだと。
「どうしたんですか?顔色が悪いみたいですけど…」
いきなりか。流石に数百年顔を突き合わせてきただけの事はある。
「何でもないわ…それより、今日は一日、調合室には入らないで頂戴」
「え、…あぁ。わかりました。他の子たちにも言っておきますね」
「お願い」
そういうと永琳はふらりと調合室へ向かって行った。
「……」
鈴仙は心配そうな顔で背中を見つめているが、永琳に気付ける余裕は、無い。
足取りは、重い。
今にして思う。何故、あんなことをしてしまったのか。
(もう、百年以上も前の事なのね…)
永夜異変。今はもう、覚えている者はそういないだろう。
何故。いいや、あれは輝夜の為だった。
だからと言って輝夜を怨もうなどとは思わない。
しくじったのは、私。
そもそもが杞憂だった。なんという、茶番劇。
辿りついた調合室の襖に手をかけた。
そして私は、甘んじて受け入れた、受け入れてしまった。
あの呪いを。霊夢の、呪いを。
深く息を吐き、永琳は調合室に身をすべりこませた。
* * *
「さてと…何か、言っておくことはある?」
「……」
「くっ、姫様を離しなさい!!」
くいと横たわる輝夜の顎を持ち上げる霊夢。
輝夜と永琳は霊夢に札で動きを封じられていた。
輝夜は最早動くことは叶わない。つまりそれは永琳も動くことが出来ない、という事に他ならない。
「って言われてもねぇ」
「離せと言っているのよ!!」
「うるさいわねぇ」
うっとおしそうに目を細めると、霊夢はその矛先を永琳へと移す。
支えを失った輝夜は強かに顎を畳に打ちつけた。
「く…」
「輝夜!」
駆け寄りたくても身動きが取れない。奥歯がぎしりと不穏な音を立てた。
そうしていると、霊夢は何時の間にか永琳の横に立って、気味の悪い笑顔を浮かべていた。
「大事な大事なお姫様が無碍に扱われるのはどんな気分かしら?」
「……最低ね、貴女」
「あら、私なんかまだまだ。紫の足元にも及ばない」
「失礼ねー」
ぎょっとした。
ぬっと目の前に薄ら寒い笑みが現れた。
催眠術だとか超スピードだとかなんてチャチなものではない、もっと恐ろしいものの片鱗を永琳は味わった。
何の前触れもなく、『現れた』のだ。
「こんばんわ、八意永琳。もうおはようの方がいいのかしらね?」
ニタリと笑う。見ようによっては生首のようにも見えて、それが余計に気味悪かった。
何も言わずに視線を逸らすと、紫は首を引っ込めて次の瞬間には霊夢の隣に移動していた。
「早かったわね。用意はできたの?」
「当然ですわ」
何食わぬやり取りだが、言葉の端々に感じ取れる酷く愉しそうな響き。
それがあまりにも恐ろしい。
「…何を、するつもり」
「ん?ナ・イ・ショ・ですわ♪」
事情を知らぬ者たちならば、この笑顔に何を思うのだろう。
永琳にとってそれは死神の嘲笑にも等しいのだが。
「じゃ、焦らすのもあれだし。とっととやっちゃいましょうか」
「あら霊夢。もう少し遊んでからでもいいじゃないの」
「嫌よ。帰って寝たいんだから」
「つれないのねぇ」
扇子で口元を隠しくつくつと嗤う紫。その声は鼓膜にこびりつく様で苛立ちを誘う。
「…姫様に手を出したら、承知しないわよ……」
恐怖に染まる心中を覚られまいと、ぎろりと目の前の二人を睨みつけた。
しかし、帰ってきた答えはあまりにも予想外なものだった。
「初めからそのつもりだけど?」
そのつもり?
『その』?
眉をしかめ胡乱な眼を向ける永琳に、冷たい笑みで霊夢が答えた。
「解らない?初めから、『貴女に手を出す』つもりだ、って言ったのよ」
ぞわり。
背筋が総毛立つ。
こんな時に回って欲しくもない頭が、有無を言わさず回転しだす。
(「早かったわね。用意はできたの?」)
(「当然ですわ」)
(「じゃ、焦らすのもあれだし。とっととやっちゃいましょうか」)
(「あら霊夢。もう少し遊んでからでもいいじゃないの」)
悟る。
こいつ等は、私をどうにかするのだ。その為の用意すらしている。
始めに輝夜を弄ったのは私に対するブラフだったのだ。
『目的は輝夜だと思わせる為の』。
決意する。
屈しては、ならぬ。
哂う。
「そう、良かったわ」
二人が目を剥いた。
「驚いた。精神力は並じゃないみたいね」
感嘆の声を漏らす霊夢に、しかし紫は笑みを絶やさなかった。
「これでこそ、遣り甲斐があるというものよ」
「生憎だけど、私に拷問やら毒物やらの類は効かないわよ」
少しでも優位に立ちたくて、吐き捨てるように言った。
だがそれすら受け流し紫は嗤う。
「あらそう」
まるでそんな事は初めから知っていたとでもいう様に。
「安心なさいな。私達はそこらの粗暴な輩とは違うもの。酷いことなんてしないわよ?」
どの口で…。
と、それまで御幣をくるくると弄っていた霊夢が唐突に声を上げた。
「私、眠いんだけど。いつもならこの時間はぐっすりなのよ?早寝遅起きがモットーだから」
「何の事?」
「だからぁ。この異変の所為で私、睡眠時間を削られちゃってるわけ。その責任ってことよ」
要領を得ない。
これから行われることに対する理由付けと言ったところか。知ったことではないが。
「それはそれは。ごめんなさいね」
にやりと哂って見せたのは精いっぱいの抵抗だった。
「拷問は効かない、毒も駄目。まぁそんな酷いこと最初からするつもりはないけどね。でもね?遣り様は幾らでも」
「……」
「いいのよ、怖がらなくて。するのは『貴女』なんだから」
いよいよ意味が分からなくなった。
霊夢は永琳を仰向けに転がすと、腹の上に馬乗りで乗り上がった。
「な、何を」
「ねぇ貴女。歳は幾つ?」
「……?」
「い・く・つ?」
「…十七」
「嘘ね。ま、言いたくなきゃいいけど。じゃあ誕生日は?」
「そんなの、知らないわ」
「知らない?ふーん、じゃあずっと今日でいっか」
そんな事を聞いてどうするというのか。
混乱する頭は、今度は何の答も出してはくれなかった。
「ちゃっちゃと済ませようかしら」
暢気にそういうと欠伸を一つ、その息のまま呪言の詠唱を始めた。
月の言葉の様で、しかし何を言っているのか全く分からない。そんな言葉が紡がれていく。
「………………、……………………っ。………、………………」
目を見開く。
「か、はっ」
何かが、永琳の中に沈み込んでいく。
詠唱が続く。
「……、…………。……………………、………」
「あ、ぁ」
止まらない。
「……………………、…………!!」
目の前で光がはじける。
薄れゆく意識の中で、永琳は霊夢の囁きを聞いていた。
そして最後に。
「未来永劫、終わりなき贖罪を」
* * *
「……はぁ」
淀んだ空気を吐き出す。
代わりに肺を満たしたのは、甘ったるい香りだった。
記憶は記憶だ。あの後あいつ等がどんな顔で自分を見ていたのか、永琳には知る由もない。
そして今。
永琳の目の前には、異様に大きいホールケーキが一つ。
デコレーションは全くなく、表面はきっちりと生クリームで整えられている。
外見はまるで飾りっ気がないが、実は中は色とりどりのフルーツが綺麗に並べられている。
デコレーションがないのは、この後意味を為さなくなるからだ。
無言で手元を見る。
用意した分はきっかりだ。数えるのも厭だったが、吐き気を抑えながら数を揃えた。
「また一本、か」
自嘲気味に漏れた言葉は、すぐに宙に溶け込んで消えてしまった。
* * *
目覚めた永琳は、いつの間にか自室で寝かされていた。
慌てて身体を起こし辺りを見回すが、何の気配も感じなかった。
一息ついてふと、机の上のあるものが目に入る。
「……ケーキ?」
それを『ケーキ』と呼ぶのには、一瞬の抵抗があった。何故なら。
「…なによ、これ」
まるでハリネズミのように、それには無数の蝋燭が突き立ててあった。
赤、青、緑、ピンク、黄。無作為に、無造作に。
ちりと思考にノイズが走る。
……数える?
半ば無意識に永琳はその無数の蝋燭を数えていく。
「私の…」
数え終わったとき、永琳は愕然とした。
蝋燭は永琳の歳と同じだけ突き立てられていた。
…どういう意味だ?
吐き気を抑えながら目を閉じた。思考を巡らせる為だ。
だがその瞬間、ぼっと一斉に蝋燭に火がともった。
唐突に生じた熱と音に驚き、永琳は目を見開く。またも思考にノイズ。
……火を、消す?
火を消すと言えば水だろうと思ったが、生憎と永琳の部屋に水道は無い。
仕方なく永琳はその蝋燭の火を吹き消していった。
たかが蝋燭と言っても、何本も何本も並んでいればそうそう消すことは叶わない。
全て消し終える頃には、永琳は額にびっしりと汗を浮かべていた。
そして、またしても。
永琳は自分の口が勝手に旋律を紡ぎだしていることに気が付いた。
「はっぴばーすでー、とぅーみー♪はっぴばーすでー、とぅーみー♪
はっぴばーすでー、でぃあえーりーん♪はっぴばーすでーとぅーみー♪」
* * *
「貴女には、死ぬまで続く地獄の責め苦を味あわせてあげるわ。
聞いたところによると、不老不死らしいじゃない。ふふ、本当は何歳なの?
ま、それは貴女が解っていればいい事だから。別にいくつでもかまやしないんだけど。
それでね。ま、紫から聞いたんだけど。外の世界には誕生日ケーキってのがあるんだって。どんなだと思う?
生まれた日にね、自分の歳の数だけ蝋燭を立てて、それを吹き消してから皆で歌ってお祝いするらしいの。
そこで私は考えました…。
年々天井知らずに増えていく蝋燭、吹き消すけれどそこにいるのは自分一人。
ふふっ、一人で歌うのよ。『はっぴばーすでー、とぅーみー♪』ってね。
貴女だって女だもんね?嫌よね、自分のお祝い自分でやるなんて。自分の年齢自覚しなきゃいけないなんて。一人で馬鹿みたいなカロリー摂取しなきゃなんて!
ふふっ、くくくくっ…
あは、あははははははは、あっははははははははははははははははははは!!!」
本作は微妙に永夜抄結界組のクリア後、みたいな感じになっていますがたぶん関係ありません。
輝夜は空気です。
ある意味鬼畜(笑)です。
*注意書き終*
眼が、覚める。障子越しに朝日が差し込んでくる。
「ん……」
かすかに身じろぎして、起き上がろうと布団を掴んだ手がふと、その動きを止めた。
「……今日、か」
寝覚めはいい方だと思っている。
それでも今日は、今日という日だけは。
「……起きなきゃ、ね」
永琳は殊更ゆっくりと布団から身体を起こした。
「師匠、おはようございます」
「えぇ、おはよう」
普段通りにこなす。
覚られてはならない。絶対に感づかれぬよう。いつもと同じなのだと。
「どうしたんですか?顔色が悪いみたいですけど…」
いきなりか。流石に数百年顔を突き合わせてきただけの事はある。
「何でもないわ…それより、今日は一日、調合室には入らないで頂戴」
「え、…あぁ。わかりました。他の子たちにも言っておきますね」
「お願い」
そういうと永琳はふらりと調合室へ向かって行った。
「……」
鈴仙は心配そうな顔で背中を見つめているが、永琳に気付ける余裕は、無い。
足取りは、重い。
今にして思う。何故、あんなことをしてしまったのか。
(もう、百年以上も前の事なのね…)
永夜異変。今はもう、覚えている者はそういないだろう。
何故。いいや、あれは輝夜の為だった。
だからと言って輝夜を怨もうなどとは思わない。
しくじったのは、私。
そもそもが杞憂だった。なんという、茶番劇。
辿りついた調合室の襖に手をかけた。
そして私は、甘んじて受け入れた、受け入れてしまった。
あの呪いを。霊夢の、呪いを。
深く息を吐き、永琳は調合室に身をすべりこませた。
* * *
「さてと…何か、言っておくことはある?」
「……」
「くっ、姫様を離しなさい!!」
くいと横たわる輝夜の顎を持ち上げる霊夢。
輝夜と永琳は霊夢に札で動きを封じられていた。
輝夜は最早動くことは叶わない。つまりそれは永琳も動くことが出来ない、という事に他ならない。
「って言われてもねぇ」
「離せと言っているのよ!!」
「うるさいわねぇ」
うっとおしそうに目を細めると、霊夢はその矛先を永琳へと移す。
支えを失った輝夜は強かに顎を畳に打ちつけた。
「く…」
「輝夜!」
駆け寄りたくても身動きが取れない。奥歯がぎしりと不穏な音を立てた。
そうしていると、霊夢は何時の間にか永琳の横に立って、気味の悪い笑顔を浮かべていた。
「大事な大事なお姫様が無碍に扱われるのはどんな気分かしら?」
「……最低ね、貴女」
「あら、私なんかまだまだ。紫の足元にも及ばない」
「失礼ねー」
ぎょっとした。
ぬっと目の前に薄ら寒い笑みが現れた。
催眠術だとか超スピードだとかなんてチャチなものではない、もっと恐ろしいものの片鱗を永琳は味わった。
何の前触れもなく、『現れた』のだ。
「こんばんわ、八意永琳。もうおはようの方がいいのかしらね?」
ニタリと笑う。見ようによっては生首のようにも見えて、それが余計に気味悪かった。
何も言わずに視線を逸らすと、紫は首を引っ込めて次の瞬間には霊夢の隣に移動していた。
「早かったわね。用意はできたの?」
「当然ですわ」
何食わぬやり取りだが、言葉の端々に感じ取れる酷く愉しそうな響き。
それがあまりにも恐ろしい。
「…何を、するつもり」
「ん?ナ・イ・ショ・ですわ♪」
事情を知らぬ者たちならば、この笑顔に何を思うのだろう。
永琳にとってそれは死神の嘲笑にも等しいのだが。
「じゃ、焦らすのもあれだし。とっととやっちゃいましょうか」
「あら霊夢。もう少し遊んでからでもいいじゃないの」
「嫌よ。帰って寝たいんだから」
「つれないのねぇ」
扇子で口元を隠しくつくつと嗤う紫。その声は鼓膜にこびりつく様で苛立ちを誘う。
「…姫様に手を出したら、承知しないわよ……」
恐怖に染まる心中を覚られまいと、ぎろりと目の前の二人を睨みつけた。
しかし、帰ってきた答えはあまりにも予想外なものだった。
「初めからそのつもりだけど?」
そのつもり?
『その』?
眉をしかめ胡乱な眼を向ける永琳に、冷たい笑みで霊夢が答えた。
「解らない?初めから、『貴女に手を出す』つもりだ、って言ったのよ」
ぞわり。
背筋が総毛立つ。
こんな時に回って欲しくもない頭が、有無を言わさず回転しだす。
(「早かったわね。用意はできたの?」)
(「当然ですわ」)
(「じゃ、焦らすのもあれだし。とっととやっちゃいましょうか」)
(「あら霊夢。もう少し遊んでからでもいいじゃないの」)
悟る。
こいつ等は、私をどうにかするのだ。その為の用意すらしている。
始めに輝夜を弄ったのは私に対するブラフだったのだ。
『目的は輝夜だと思わせる為の』。
決意する。
屈しては、ならぬ。
哂う。
「そう、良かったわ」
二人が目を剥いた。
「驚いた。精神力は並じゃないみたいね」
感嘆の声を漏らす霊夢に、しかし紫は笑みを絶やさなかった。
「これでこそ、遣り甲斐があるというものよ」
「生憎だけど、私に拷問やら毒物やらの類は効かないわよ」
少しでも優位に立ちたくて、吐き捨てるように言った。
だがそれすら受け流し紫は嗤う。
「あらそう」
まるでそんな事は初めから知っていたとでもいう様に。
「安心なさいな。私達はそこらの粗暴な輩とは違うもの。酷いことなんてしないわよ?」
どの口で…。
と、それまで御幣をくるくると弄っていた霊夢が唐突に声を上げた。
「私、眠いんだけど。いつもならこの時間はぐっすりなのよ?早寝遅起きがモットーだから」
「何の事?」
「だからぁ。この異変の所為で私、睡眠時間を削られちゃってるわけ。その責任ってことよ」
要領を得ない。
これから行われることに対する理由付けと言ったところか。知ったことではないが。
「それはそれは。ごめんなさいね」
にやりと哂って見せたのは精いっぱいの抵抗だった。
「拷問は効かない、毒も駄目。まぁそんな酷いこと最初からするつもりはないけどね。でもね?遣り様は幾らでも」
「……」
「いいのよ、怖がらなくて。するのは『貴女』なんだから」
いよいよ意味が分からなくなった。
霊夢は永琳を仰向けに転がすと、腹の上に馬乗りで乗り上がった。
「な、何を」
「ねぇ貴女。歳は幾つ?」
「……?」
「い・く・つ?」
「…十七」
「嘘ね。ま、言いたくなきゃいいけど。じゃあ誕生日は?」
「そんなの、知らないわ」
「知らない?ふーん、じゃあずっと今日でいっか」
そんな事を聞いてどうするというのか。
混乱する頭は、今度は何の答も出してはくれなかった。
「ちゃっちゃと済ませようかしら」
暢気にそういうと欠伸を一つ、その息のまま呪言の詠唱を始めた。
月の言葉の様で、しかし何を言っているのか全く分からない。そんな言葉が紡がれていく。
「………………、……………………っ。………、………………」
目を見開く。
「か、はっ」
何かが、永琳の中に沈み込んでいく。
詠唱が続く。
「……、…………。……………………、………」
「あ、ぁ」
止まらない。
「……………………、…………!!」
目の前で光がはじける。
薄れゆく意識の中で、永琳は霊夢の囁きを聞いていた。
そして最後に。
「未来永劫、終わりなき贖罪を」
* * *
「……はぁ」
淀んだ空気を吐き出す。
代わりに肺を満たしたのは、甘ったるい香りだった。
記憶は記憶だ。あの後あいつ等がどんな顔で自分を見ていたのか、永琳には知る由もない。
そして今。
永琳の目の前には、異様に大きいホールケーキが一つ。
デコレーションは全くなく、表面はきっちりと生クリームで整えられている。
外見はまるで飾りっ気がないが、実は中は色とりどりのフルーツが綺麗に並べられている。
デコレーションがないのは、この後意味を為さなくなるからだ。
無言で手元を見る。
用意した分はきっかりだ。数えるのも厭だったが、吐き気を抑えながら数を揃えた。
「また一本、か」
自嘲気味に漏れた言葉は、すぐに宙に溶け込んで消えてしまった。
* * *
目覚めた永琳は、いつの間にか自室で寝かされていた。
慌てて身体を起こし辺りを見回すが、何の気配も感じなかった。
一息ついてふと、机の上のあるものが目に入る。
「……ケーキ?」
それを『ケーキ』と呼ぶのには、一瞬の抵抗があった。何故なら。
「…なによ、これ」
まるでハリネズミのように、それには無数の蝋燭が突き立ててあった。
赤、青、緑、ピンク、黄。無作為に、無造作に。
ちりと思考にノイズが走る。
……数える?
半ば無意識に永琳はその無数の蝋燭を数えていく。
「私の…」
数え終わったとき、永琳は愕然とした。
蝋燭は永琳の歳と同じだけ突き立てられていた。
…どういう意味だ?
吐き気を抑えながら目を閉じた。思考を巡らせる為だ。
だがその瞬間、ぼっと一斉に蝋燭に火がともった。
唐突に生じた熱と音に驚き、永琳は目を見開く。またも思考にノイズ。
……火を、消す?
火を消すと言えば水だろうと思ったが、生憎と永琳の部屋に水道は無い。
仕方なく永琳はその蝋燭の火を吹き消していった。
たかが蝋燭と言っても、何本も何本も並んでいればそうそう消すことは叶わない。
全て消し終える頃には、永琳は額にびっしりと汗を浮かべていた。
そして、またしても。
永琳は自分の口が勝手に旋律を紡ぎだしていることに気が付いた。
「はっぴばーすでー、とぅーみー♪はっぴばーすでー、とぅーみー♪
はっぴばーすでー、でぃあえーりーん♪はっぴばーすでーとぅーみー♪」
* * *
「貴女には、死ぬまで続く地獄の責め苦を味あわせてあげるわ。
聞いたところによると、不老不死らしいじゃない。ふふ、本当は何歳なの?
ま、それは貴女が解っていればいい事だから。別にいくつでもかまやしないんだけど。
それでね。ま、紫から聞いたんだけど。外の世界には誕生日ケーキってのがあるんだって。どんなだと思う?
生まれた日にね、自分の歳の数だけ蝋燭を立てて、それを吹き消してから皆で歌ってお祝いするらしいの。
そこで私は考えました…。
年々天井知らずに増えていく蝋燭、吹き消すけれどそこにいるのは自分一人。
ふふっ、一人で歌うのよ。『はっぴばーすでー、とぅーみー♪』ってね。
貴女だって女だもんね?嫌よね、自分のお祝い自分でやるなんて。自分の年齢自覚しなきゃいけないなんて。一人で馬鹿みたいなカロリー摂取しなきゃなんて!
ふふっ、くくくくっ…
あは、あははははははは、あっははははははははははははははははははは!!!」
甘い物、特に生クリームは大嫌いだが、全部頂きたいです。蝋燭まで。
鬼か それ以上か
あ、一口頂きます……ぐふっ