「子猫……拾ってください?」
にゃ~う……。
ダンボールの貼り紙に黒字で書かれているのを私が読み上げると、子猫はねだる様にして鳴いた。
その真っ白な毛をした小さな子猫はうるうるとした瞳でじっと私を見上げている。
無情にも屋根も無いところに置かれたその子猫は、先程降り始めたばかりの雨に身体が濡れてしまっていた。
貼り紙の文字も若干薄れてきている。
「いけないわ。このままでは誰も拾ってくれなくなる!」
こんな可哀想な子猫を放ってなんておけない。
同じ捨てられたモノの好で、助けてあげる事に。
「あなた運が良かったね、私が傘で。」
言いながら傘の中に入れてあげる。
私だってまだまだ役に立つんだから。
にゃ~う。
その鳴き声がまるでお礼を言っているかのように感じられて、思わず頬の筋肉が緩んでしまった。
本当は私が拾って上げられたら良かったんだけど……。
「ごめんね……私ってば根無し草だから……。」
子猫の前に屈み謝りながらそっと頭を撫でてやる。
にゃう……? にゃ~う~ん。
私が謝ってるのに、何故か子猫はじゃれ付いて来た。
やっぱり分かってないみたい。
ちょっと残念……でも可愛いから許す♪
ぺろぺろ。
「こらこら! 私を食べたって、美味しくないよ?」
突然、私の指先を舐め始める子猫。
どうやらお腹が空いているみたい……。
「う~ん。私は“心を喰う”妖怪だからなぁ……残念ながら食べ物は持ち合わせて無いんだよ……。」
探しに行くにも、この仔をこのままにしておけないし……。
「そうだ! 良い事を思いついたよ、子猫ちゃん!」
簡単な事だ。置いていけないなら一緒に探しに行けば良い。
「よいっ……しょ!」
子猫が入ったダンボールは、思いの外重くて、多分雨が染み込んじゃっているせい。
だからこれ以上、雨に濡れないようにしっかりと両手で抱きかかえる。
傘は私のからだの一部……というか本体だから。別に手で支える必要なんてない。
「さっ! 君のご飯を探しに行こう! 後ついでに飼い主もね?」
にゃ~う!
子猫の元気な返事に気を良くした私は、とことんこの仔の面倒を見てあげる事にした。
誰かが……この仔を拾ってくれるまでは。
「そうと決まれば早速行動だね。大丈夫! 当てならあるよ!」
きっとあそこなら食べ物を分けてくれるだろう。
ひょっとしたらこの仔を引き取ってもらえるかもしれない。
降りしきる雨の中、子猫を入れたダンボールを抱えながら私は命蓮寺へと向かった。
にゃ~う!
命蓮寺への帰宅途中、ふいに聞こえた猫の鳴き声に思わず振り返ると、そこにはダンボールを抱えた妖怪がいた。
「えっと……多々良小傘さん……? でしたっけ?」
星蓮船の周りを良く飛んでいたので、僅かだが彼女と面識があった。
聞いた話だと彼女は傘の妖怪で、人間に忘れられた悲しみから妖怪になったんだとか。
食事は主に人間の驚く姿だそうだ。最近は驚いてくれる人間が少なくて困っていたらしい。
だからとても目立つ星蓮船の周りを飛んでいれば、人間の驚く姿が見られそうだと言っていた。
だけど今は星蓮船は飛んでなくて、ここ命蓮寺に泊めてあるのだけど。
「はい! 船長さん! その節はお世話になりました!」
にゃう!
多々良さんと一緒にダンボールの中で子猫も鳴いた。
挨拶……してくれてるのかな? だとしたら相当賢い子猫さんだ。
何時の間に飼うようになったのだろうか?
子猫のじゃれ付く姿から随分と懐いている事が窺える。
ひょっとしたら私が知らなかっただけで以前から飼っていたのかも。
「どうかしたんですか? 命蓮寺に何か御用で?」
命蓮寺の前と言うこともあって普段はしない余所行きの言葉使いで話す私。
此処に来たからには何か困りごとがあるに違いない。
うん。見るからに、大事そうに抱えたダンボールが怪しい……。
ちょっと字が掠れてるけど……何々? 『拾ってください』……拾ってください!?
「あのですね──」
「待ってください!」
「──へ?」
ああ、なんてことだろう……。
未だに此処、命蓮寺を拠り所として頼ってくれる妖怪が居たなんて……。
これを聞けば、きっと聖も喜ぶ筈!
「何も言わなくても分かります……大丈夫です。私達が拾っ──いえ、迎え入れてあげます!」
幾ら捨てられた傘とは言え、『拾ってあげる』なんて上から目線も良い所。
ちゃんとオブラートに包んだつもりだけど伝わったかな……?
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ほっ。
どうやら大丈夫みたい。
良かった……折角、仲間になってくれる者を無碍にしてしまったと知れば後で聖が悲しむ。
「どうぞ、中に入ってくださいっと……その猫さんも勿論一緒ですよね?」
「え……? あっはい。そうですけど?」
私の質問に何故か不思議そうにされる多々良さん。
そっか。そうだよね。
何時も一緒だから、まさか離れるだなんて思ってもみないんだ。
「私に任せて! 貴女達を離れ離れになんてさせないから!」
私は多々良さんに向かってそう意気込んで見せた。
何故ならこれには一つ、大きな問題が──いや、大きな壁が一つだけ立ちはだかるのだから。
「一輪……入るね……?」
控えめに、そっと部屋の中に声を掛けてから返事も待たず私は襖を開けた。
私と一輪の仲だし、それくらいは許してくれる。
「……一体何の用かしら?」
予想に反して一輪の反応は冷たかった。
視線まで冷ややかにさせて私のことをじっと睨んでいる。
「あのさ……実は一輪にお願いがあって来たんだけど……。」
「はぁ……今度は何? 犬? まさか猫って事はないでしょうね……?」
「ハハハ……そんなとこ。」
流石付き合いが長いからか、話が早くて助かる。
行動が見透かされているとも言うけど。
「大方そんな事だと思ってたわよ…………大体村紗? 貴女、私さえ説得すれば後は何とかなるとか思っているんでしょう?」
「…………カエスコトバモゴザイマセン。」
これも見事に図星……大きな壁とはズバリ、目の前で腕組する雲居一輪の事に他ならない。
大体、あのお人好しの聖や星が反対するわけないのだ。
ナズーリンは渋るかもしれないが、星の意見に反故できる筈ないし。
一方の一輪は、命蓮寺に置いて守りを担っているせいか、ちょっと……いや、大分警戒心が強い。
ぬえの時なんて一人大反対したものだ。皆して説得して渋々頷いたのを今でも覚えている。
「ふんっ……これじゃあ私一人だけ、やな女みたいじゃない……。」
「そんな事無いよ! みんな一輪に感謝してる! 私だって……!」
そっぽを向いてしまう一輪に、私は慌てて取り繕うとした。
本当のところ、一輪は何でもそつなくこなすので誰からも大切に思われているのだ。
「……本当?」
「ホント、ホント! 私はいつも一輪に頼りっきりだよ?」
尼寺としての職務をまともに出来ない私からすれば、一輪が負い目を感じることなんて全くない。
むしろもっと胸を張って良いとさえ思う。実質、今の命蓮寺を切盛りしているのは一輪なんだから。
そんな私の真心が通じたのだろうか? どうやら一輪は怒りを静めてくれたらしい。まだちょっと頬が赤いけど。
「そ、そう/// ……ごめんなさい。性にも合わず拗ねたりして……それで、その貴女の用事は?」
やっと一輪らしくなってくれたことに、私は安堵した。
これで漸く、多々良さんを呼べる。
「うん。今呼ぶね。」
「……呼ぶ?」
「多々良さ~ん!」
一輪の説得が終えるまで、多々良さんには廊下で控えていて貰ったのだ。
行き成り合わせて話がこじれても嫌だし。
だけどその心配も無くなったから安心して私は廊下に向かって声を掛けた。
スッ……。
すると襖を控えめに開けて一輪の部屋に入ってきた多々良さん。ダンボールを抱えたままだからちょっと開け辛かったみたい。
これは配慮が足らなかったなと思い、せめて閉めるのだけでもと私は彼女の後ろ手に回った。
どうやら彼女は気付いてくれたようで、声には出さなかったが会釈で返してくれた。
そしてそのまま一輪の前に自ら歩み寄り、深く息を吸い込んでから第一声──
「た、多々良小傘でありんす! ど、どうかよろしゅうお控えなすって!!」
「多々良さん、それなんかおかしい……。」
キャラ作りのつもりだろうか……?
緊張の余り、登場と共に変なことを口走る多々良さん。
つい堪らず私は突っ込みを入れてしまったのが……あらら、一輪ったら余りの事に固まっちゃってるよ……。
「一輪?……こちら多々良小傘さん。よろしくね?」
空かさずフォローに回る私──こうなったら仕方ない! ここは私がもう一肌脱いで上げなくちゃね!
「一輪?……こちら多々良小傘さん。よろしくね?」
船長さんが改めて私を紹介してくれたのだけど、一輪さんは目を見開いたまま固まっていた。
う~ん……やっぱり最初の口上が不味かったかな……。あれこれ考えた末、失敗してしまったらしい。
にゃう……?
私の不安を感じ取ったのか、ダンボールの中の子猫が私に向かって鳴いてくれた。
そうだ! 私の事なんてどうでもいいから、この仔をどうにか引き取って貰わないと……。
十分な説明も受けず、引きずられるままにこの部屋の前まで来てしまったので私はいまいち現状が理解できてない。
でも大丈夫だよね? 『迎え入れてくれる』って言ってたし。
一輪さん……きっとこの人が、この仔の飼い主になってくれる……そういう事だろうか?
「どういうことかしら、村紗? 彼女はどうして──」
「一輪!」
突然大声を上げ、一輪さんに詰め寄る船長さん。
何だかすごい剣幕で一輪さんの肩を掴んでます。
(突然なに? 大声なんて出して……)
(多々良さんは捨てられた傘の妖怪なの……どうか察してあげて?)
(……なるほど。つまりは彼女の勧誘なのね? 初めからそう言いなさいよ……てっきりあの子猫を飼うのかと思ったじゃない。)
(うん……大体そんな感じ。でも……子猫も一緒だったから、反対されるかなって……。)
(ま、まぁ確かに。寺に猫を置くのは余り賛成しないけど……ナズーリンの事もあるし……。でも多々良さん、だったかしら? 彼女がちゃんと面倒みれるって言うなら……。)
(それは大丈夫! だってあんなに懐いてるんだもの! じゃあ決まりだね!)
私を置いてけぼりにして、何やらこそこそと話し合う二人……。
やがて話が付いたのか、二人は揃って私の方を向いた。
──船長さんの晴れ晴れとした顔を見るに、どうやら上手く取り合ってくれたみたい。
「ごめんさい。急にこそこそ話したりして。」
コホンと、一つ咳をいれた一輪さん。
私を気遣ってくれているようだけど、なんだか船長さんに触れられた肩が気になる様子……。
「あっいえ……。」
「一輪、良いって言ってくれたよ! 良かったね! 多々良さん!」
我が事のように喜んでくれる船長さん。
そっか……これでこの仔ともお別れか……。
ちょっと寂しい気もするけど……これで良かったんだよね?
「但し! ちゃんと躾をすること! しっかり面倒みて上げるのよ。良いわね、多々良さん?」
──え? 私?
「良かったね、多々良さん! これからもずっとその仔と一緒に居られるよ! それじゃあ私、今から聖に報告してくるね!?」
嵐のように走り去って行く船長さん……どうやら、私がこの仔の面倒を見ることが、この仔が此処に住まう条件……らしい。
でもそれじゃあ──
「い、いいんですか!? 私まで?」
「……? 当然じゃない。それより──」
ずいっと、一輪さんが私の近くまで顔を寄せてきました。
……なんだか、妙な凄味を利かせてます……。
「──村紗に変な気起こしたら……ゲンコツじゃ済まないわよ?」
にっこりと笑っていらっしゃるけど、目は全然そんなことなくて……むしろこわひ……。
コクン、コクン。
この人には逆らっちゃいけないと、本能で察した私は壊れた人形のように何度も首を縦に振った。
「……よろしい♪」
何はともあれ、私はこうして命蓮寺の一員として加わったのでした。
そうだ……! 名前考えてあげないとね。これからはずっと一緒なんだから。
にゃう!
今の状況を、知ってか知らずか……子猫はただ嬉しそうに鳴くばかりだった。
にゃ~う……。
ダンボールの貼り紙に黒字で書かれているのを私が読み上げると、子猫はねだる様にして鳴いた。
その真っ白な毛をした小さな子猫はうるうるとした瞳でじっと私を見上げている。
無情にも屋根も無いところに置かれたその子猫は、先程降り始めたばかりの雨に身体が濡れてしまっていた。
貼り紙の文字も若干薄れてきている。
「いけないわ。このままでは誰も拾ってくれなくなる!」
こんな可哀想な子猫を放ってなんておけない。
同じ捨てられたモノの好で、助けてあげる事に。
「あなた運が良かったね、私が傘で。」
言いながら傘の中に入れてあげる。
私だってまだまだ役に立つんだから。
にゃ~う。
その鳴き声がまるでお礼を言っているかのように感じられて、思わず頬の筋肉が緩んでしまった。
本当は私が拾って上げられたら良かったんだけど……。
「ごめんね……私ってば根無し草だから……。」
子猫の前に屈み謝りながらそっと頭を撫でてやる。
にゃう……? にゃ~う~ん。
私が謝ってるのに、何故か子猫はじゃれ付いて来た。
やっぱり分かってないみたい。
ちょっと残念……でも可愛いから許す♪
ぺろぺろ。
「こらこら! 私を食べたって、美味しくないよ?」
突然、私の指先を舐め始める子猫。
どうやらお腹が空いているみたい……。
「う~ん。私は“心を喰う”妖怪だからなぁ……残念ながら食べ物は持ち合わせて無いんだよ……。」
探しに行くにも、この仔をこのままにしておけないし……。
「そうだ! 良い事を思いついたよ、子猫ちゃん!」
簡単な事だ。置いていけないなら一緒に探しに行けば良い。
「よいっ……しょ!」
子猫が入ったダンボールは、思いの外重くて、多分雨が染み込んじゃっているせい。
だからこれ以上、雨に濡れないようにしっかりと両手で抱きかかえる。
傘は私のからだの一部……というか本体だから。別に手で支える必要なんてない。
「さっ! 君のご飯を探しに行こう! 後ついでに飼い主もね?」
にゃ~う!
子猫の元気な返事に気を良くした私は、とことんこの仔の面倒を見てあげる事にした。
誰かが……この仔を拾ってくれるまでは。
「そうと決まれば早速行動だね。大丈夫! 当てならあるよ!」
きっとあそこなら食べ物を分けてくれるだろう。
ひょっとしたらこの仔を引き取ってもらえるかもしれない。
降りしきる雨の中、子猫を入れたダンボールを抱えながら私は命蓮寺へと向かった。
にゃ~う!
命蓮寺への帰宅途中、ふいに聞こえた猫の鳴き声に思わず振り返ると、そこにはダンボールを抱えた妖怪がいた。
「えっと……多々良小傘さん……? でしたっけ?」
星蓮船の周りを良く飛んでいたので、僅かだが彼女と面識があった。
聞いた話だと彼女は傘の妖怪で、人間に忘れられた悲しみから妖怪になったんだとか。
食事は主に人間の驚く姿だそうだ。最近は驚いてくれる人間が少なくて困っていたらしい。
だからとても目立つ星蓮船の周りを飛んでいれば、人間の驚く姿が見られそうだと言っていた。
だけど今は星蓮船は飛んでなくて、ここ命蓮寺に泊めてあるのだけど。
「はい! 船長さん! その節はお世話になりました!」
にゃう!
多々良さんと一緒にダンボールの中で子猫も鳴いた。
挨拶……してくれてるのかな? だとしたら相当賢い子猫さんだ。
何時の間に飼うようになったのだろうか?
子猫のじゃれ付く姿から随分と懐いている事が窺える。
ひょっとしたら私が知らなかっただけで以前から飼っていたのかも。
「どうかしたんですか? 命蓮寺に何か御用で?」
命蓮寺の前と言うこともあって普段はしない余所行きの言葉使いで話す私。
此処に来たからには何か困りごとがあるに違いない。
うん。見るからに、大事そうに抱えたダンボールが怪しい……。
ちょっと字が掠れてるけど……何々? 『拾ってください』……拾ってください!?
「あのですね──」
「待ってください!」
「──へ?」
ああ、なんてことだろう……。
未だに此処、命蓮寺を拠り所として頼ってくれる妖怪が居たなんて……。
これを聞けば、きっと聖も喜ぶ筈!
「何も言わなくても分かります……大丈夫です。私達が拾っ──いえ、迎え入れてあげます!」
幾ら捨てられた傘とは言え、『拾ってあげる』なんて上から目線も良い所。
ちゃんとオブラートに包んだつもりだけど伝わったかな……?
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ほっ。
どうやら大丈夫みたい。
良かった……折角、仲間になってくれる者を無碍にしてしまったと知れば後で聖が悲しむ。
「どうぞ、中に入ってくださいっと……その猫さんも勿論一緒ですよね?」
「え……? あっはい。そうですけど?」
私の質問に何故か不思議そうにされる多々良さん。
そっか。そうだよね。
何時も一緒だから、まさか離れるだなんて思ってもみないんだ。
「私に任せて! 貴女達を離れ離れになんてさせないから!」
私は多々良さんに向かってそう意気込んで見せた。
何故ならこれには一つ、大きな問題が──いや、大きな壁が一つだけ立ちはだかるのだから。
「一輪……入るね……?」
控えめに、そっと部屋の中に声を掛けてから返事も待たず私は襖を開けた。
私と一輪の仲だし、それくらいは許してくれる。
「……一体何の用かしら?」
予想に反して一輪の反応は冷たかった。
視線まで冷ややかにさせて私のことをじっと睨んでいる。
「あのさ……実は一輪にお願いがあって来たんだけど……。」
「はぁ……今度は何? 犬? まさか猫って事はないでしょうね……?」
「ハハハ……そんなとこ。」
流石付き合いが長いからか、話が早くて助かる。
行動が見透かされているとも言うけど。
「大方そんな事だと思ってたわよ…………大体村紗? 貴女、私さえ説得すれば後は何とかなるとか思っているんでしょう?」
「…………カエスコトバモゴザイマセン。」
これも見事に図星……大きな壁とはズバリ、目の前で腕組する雲居一輪の事に他ならない。
大体、あのお人好しの聖や星が反対するわけないのだ。
ナズーリンは渋るかもしれないが、星の意見に反故できる筈ないし。
一方の一輪は、命蓮寺に置いて守りを担っているせいか、ちょっと……いや、大分警戒心が強い。
ぬえの時なんて一人大反対したものだ。皆して説得して渋々頷いたのを今でも覚えている。
「ふんっ……これじゃあ私一人だけ、やな女みたいじゃない……。」
「そんな事無いよ! みんな一輪に感謝してる! 私だって……!」
そっぽを向いてしまう一輪に、私は慌てて取り繕うとした。
本当のところ、一輪は何でもそつなくこなすので誰からも大切に思われているのだ。
「……本当?」
「ホント、ホント! 私はいつも一輪に頼りっきりだよ?」
尼寺としての職務をまともに出来ない私からすれば、一輪が負い目を感じることなんて全くない。
むしろもっと胸を張って良いとさえ思う。実質、今の命蓮寺を切盛りしているのは一輪なんだから。
そんな私の真心が通じたのだろうか? どうやら一輪は怒りを静めてくれたらしい。まだちょっと頬が赤いけど。
「そ、そう/// ……ごめんなさい。性にも合わず拗ねたりして……それで、その貴女の用事は?」
やっと一輪らしくなってくれたことに、私は安堵した。
これで漸く、多々良さんを呼べる。
「うん。今呼ぶね。」
「……呼ぶ?」
「多々良さ~ん!」
一輪の説得が終えるまで、多々良さんには廊下で控えていて貰ったのだ。
行き成り合わせて話がこじれても嫌だし。
だけどその心配も無くなったから安心して私は廊下に向かって声を掛けた。
スッ……。
すると襖を控えめに開けて一輪の部屋に入ってきた多々良さん。ダンボールを抱えたままだからちょっと開け辛かったみたい。
これは配慮が足らなかったなと思い、せめて閉めるのだけでもと私は彼女の後ろ手に回った。
どうやら彼女は気付いてくれたようで、声には出さなかったが会釈で返してくれた。
そしてそのまま一輪の前に自ら歩み寄り、深く息を吸い込んでから第一声──
「た、多々良小傘でありんす! ど、どうかよろしゅうお控えなすって!!」
「多々良さん、それなんかおかしい……。」
キャラ作りのつもりだろうか……?
緊張の余り、登場と共に変なことを口走る多々良さん。
つい堪らず私は突っ込みを入れてしまったのが……あらら、一輪ったら余りの事に固まっちゃってるよ……。
「一輪?……こちら多々良小傘さん。よろしくね?」
空かさずフォローに回る私──こうなったら仕方ない! ここは私がもう一肌脱いで上げなくちゃね!
「一輪?……こちら多々良小傘さん。よろしくね?」
船長さんが改めて私を紹介してくれたのだけど、一輪さんは目を見開いたまま固まっていた。
う~ん……やっぱり最初の口上が不味かったかな……。あれこれ考えた末、失敗してしまったらしい。
にゃう……?
私の不安を感じ取ったのか、ダンボールの中の子猫が私に向かって鳴いてくれた。
そうだ! 私の事なんてどうでもいいから、この仔をどうにか引き取って貰わないと……。
十分な説明も受けず、引きずられるままにこの部屋の前まで来てしまったので私はいまいち現状が理解できてない。
でも大丈夫だよね? 『迎え入れてくれる』って言ってたし。
一輪さん……きっとこの人が、この仔の飼い主になってくれる……そういう事だろうか?
「どういうことかしら、村紗? 彼女はどうして──」
「一輪!」
突然大声を上げ、一輪さんに詰め寄る船長さん。
何だかすごい剣幕で一輪さんの肩を掴んでます。
(突然なに? 大声なんて出して……)
(多々良さんは捨てられた傘の妖怪なの……どうか察してあげて?)
(……なるほど。つまりは彼女の勧誘なのね? 初めからそう言いなさいよ……てっきりあの子猫を飼うのかと思ったじゃない。)
(うん……大体そんな感じ。でも……子猫も一緒だったから、反対されるかなって……。)
(ま、まぁ確かに。寺に猫を置くのは余り賛成しないけど……ナズーリンの事もあるし……。でも多々良さん、だったかしら? 彼女がちゃんと面倒みれるって言うなら……。)
(それは大丈夫! だってあんなに懐いてるんだもの! じゃあ決まりだね!)
私を置いてけぼりにして、何やらこそこそと話し合う二人……。
やがて話が付いたのか、二人は揃って私の方を向いた。
──船長さんの晴れ晴れとした顔を見るに、どうやら上手く取り合ってくれたみたい。
「ごめんさい。急にこそこそ話したりして。」
コホンと、一つ咳をいれた一輪さん。
私を気遣ってくれているようだけど、なんだか船長さんに触れられた肩が気になる様子……。
「あっいえ……。」
「一輪、良いって言ってくれたよ! 良かったね! 多々良さん!」
我が事のように喜んでくれる船長さん。
そっか……これでこの仔ともお別れか……。
ちょっと寂しい気もするけど……これで良かったんだよね?
「但し! ちゃんと躾をすること! しっかり面倒みて上げるのよ。良いわね、多々良さん?」
──え? 私?
「良かったね、多々良さん! これからもずっとその仔と一緒に居られるよ! それじゃあ私、今から聖に報告してくるね!?」
嵐のように走り去って行く船長さん……どうやら、私がこの仔の面倒を見ることが、この仔が此処に住まう条件……らしい。
でもそれじゃあ──
「い、いいんですか!? 私まで?」
「……? 当然じゃない。それより──」
ずいっと、一輪さんが私の近くまで顔を寄せてきました。
……なんだか、妙な凄味を利かせてます……。
「──村紗に変な気起こしたら……ゲンコツじゃ済まないわよ?」
にっこりと笑っていらっしゃるけど、目は全然そんなことなくて……むしろこわひ……。
コクン、コクン。
この人には逆らっちゃいけないと、本能で察した私は壊れた人形のように何度も首を縦に振った。
「……よろしい♪」
何はともあれ、私はこうして命蓮寺の一員として加わったのでした。
そうだ……! 名前考えてあげないとね。これからはずっと一緒なんだから。
にゃう!
今の状況を、知ってか知らずか……子猫はただ嬉しそうに鳴くばかりだった。
何はともあれ楽しめました
続き楽しみにしてます
続きが楽しみです。
続きを楽しみに待ってます。
続き、楽しみにしてます。
押しが弱くて流されちゃうのが小傘ちゃんらしい。
でも悪い方向に向かわないのもやっぱり小傘ちゃん。
これからどんなほのぼのな話が見られるのか期待です。