物部布都は偵察をしていた。
(屠自古には期待はできぬし、神子様の手を煩わせるほどではない。ここは我が一肌脱ぐ所だ)
と本人は思っている。
実際のところ彼女がやっているのは偵察ではない。
お宅訪問して、名物を聞き、晩御飯をご馳走になって、お風呂を頂き、布団まで出してもらい、翌日笑顔で去っていく。
ある意味ヨネスケよりもひどい行為なのだが本人は気づいていない。
屠自古が菓子折りを持って行くのもすでに日常茶飯事なのだ。
今日彼女が来ているのは守屋神社。
いつもなら修行をしているであろう風祝は台所で何か作業をしていた。
甘い匂いが辺りに立ち上ってとてもおいしそうだ。
「早苗、早苗。何を作っておるのだ? 我も一口欲しいぞ」
いい加減偵察という言葉を辞書で引くべきだろう。
「あぁ、神霊廟の。これは今日は食べちゃダメですよ。明日になったら皆に配りますからそのときに取りに来てください」
「どうして、今日は食べてはいけないのだ? はっ、もしや何か宗教的儀式と関係が!」
そういえばこの人たちは長い間寝てたんですねと早苗は納得した。
ちなみに今回は珍しく布都の考えは微妙に当たっていたのだが、現代っ子の早苗さんはその辺の背景をばっさりCutした。
つまりそのイベントの内容だけ伝えたのだ。
「明日は大好きな人にチョコレートをあげる日なのですよ」と。
初めてのヴァレンタイン
翌日、蘇我屠自古はらしくなく焦っていた。
思い悩んだかのような顔を見せたかと思えば急に頭を振ったり、ため息をついたり。
あげく神子に「今日はうまくいくといいですね」なんて言葉をかけられた日には……
まぁ、お世話になっているのは事実なので既製品のチョコは与えてはいたのだが。
そのときに「そういえば先日台所で格闘してましたねえ」とか言ったので回収してやろうかと思った。
「ただいま帰ったぞ」
あぁ、もう帰ってきてしまった。
まずは、このイベントが日頃の感謝を示すイベントだとして……
「おかえり、布都。あら屠自古は難儀なことね」
「あやつめがどうかしたのですか?」
「いえ、もうじきわかることでしょう」
「まったく、今度はどこをほっつき歩いてきたのだ。謝りに行く私の身にもなれ」
「我は偵察に行って来たのだぞ、今日も大事な情報をつかんできたのだ」
「ほう。それはアレか? 命蓮寺の小娘は早口言葉が得意とか、守屋神社は料理がおいしいとか、それ以上のことか?」
「そうだ。聞いて驚け。太子様、なんと今日はバレンタインデーなのですよ」
屠自古は驚いていた。
布都がそれを知っていたという事実にだ。
(なぜだ、それを知らせぬように情報統制を心がけてきたのに、このままではこっちだけチョコを用意して買い物に連れ出す口実が)
「その、バレンタインデーという日はどういう日なのですか?」
神子様、さっきあんた訳知り顔でチョコ受けとったじゃないか。
「大好きな人にチョコを渡す日なのだそうです」
(違う、それは事実が間違って伝わっている)
「なので大きいチョコを用意して参りました」
15cmほどのハート型のチョコを渡す布都。
「でも、これ。布都も食べてみたいですよね」
えい、と言って真ん中から真っ二つに割って片方を布都に差し出す。
「いいのですか? この布都、恐悦至極でございます」
「私は用意していなかったので、これを代わりとさせてください」
もう、なにか、ツッコミが追いつかない。
「そういえば、布都。屠自古の分は?」
あぁ、そうだ。布都が用意してなければ計画に支障は無い。
用意してない?
大好きな人にチョコを渡す日なのに用意してくれないってことは私のことが嫌いってことに……
「すいません、私急な仕事が」
「どこへ行くのですか、そんな急な仕事は無かったはずです」
「えぇい、どうしてこの場を離れさせてくれないのですか」
「まだ布都の言葉を聞いてないからですよ」
「そうだな、屠自古。確かにお前は嫌いじゃ」
胸が痛い。
「お前は何かと我に注意するし、部下だと言うのに我の言うことは聞かない、生前にも色々あった」
冤罪だと言うことすら忘れていた。
「だが、お前とは長い付き合いだ。よってこれをくれてやる」
それは不恰好で、小さめの、黒いもの。
「どうにも失敗したようでな。捨てるには忍びない。うれしいだろう?」
うれしい。布都が私に手作りのチョコをくれた。私はその思いを持ってチョコをひとつ口に入れ……
「苦い、何だこれ、私の知ってるチョコじゃないぞ」
いきなり吐き出した。
「うむ、間違って砂糖を入れ忘れたらしい。純度として100%カカオだな」
「それはチョコじゃない、お前はこれでも食べてチョコと言うものを勉強しろ」
「む、屠自古の癖にうまいではないか」
「そうですね、何せ屠自古が1日かけて失敗に失敗を重ねた至高の」
「ちょっと、神子様。それは黙ってるって言ったじゃないですか」
願わくば、この幸せが続きますように。
(屠自古には期待はできぬし、神子様の手を煩わせるほどではない。ここは我が一肌脱ぐ所だ)
と本人は思っている。
実際のところ彼女がやっているのは偵察ではない。
お宅訪問して、名物を聞き、晩御飯をご馳走になって、お風呂を頂き、布団まで出してもらい、翌日笑顔で去っていく。
ある意味ヨネスケよりもひどい行為なのだが本人は気づいていない。
屠自古が菓子折りを持って行くのもすでに日常茶飯事なのだ。
今日彼女が来ているのは守屋神社。
いつもなら修行をしているであろう風祝は台所で何か作業をしていた。
甘い匂いが辺りに立ち上ってとてもおいしそうだ。
「早苗、早苗。何を作っておるのだ? 我も一口欲しいぞ」
いい加減偵察という言葉を辞書で引くべきだろう。
「あぁ、神霊廟の。これは今日は食べちゃダメですよ。明日になったら皆に配りますからそのときに取りに来てください」
「どうして、今日は食べてはいけないのだ? はっ、もしや何か宗教的儀式と関係が!」
そういえばこの人たちは長い間寝てたんですねと早苗は納得した。
ちなみに今回は珍しく布都の考えは微妙に当たっていたのだが、現代っ子の早苗さんはその辺の背景をばっさりCutした。
つまりそのイベントの内容だけ伝えたのだ。
「明日は大好きな人にチョコレートをあげる日なのですよ」と。
初めてのヴァレンタイン
翌日、蘇我屠自古はらしくなく焦っていた。
思い悩んだかのような顔を見せたかと思えば急に頭を振ったり、ため息をついたり。
あげく神子に「今日はうまくいくといいですね」なんて言葉をかけられた日には……
まぁ、お世話になっているのは事実なので既製品のチョコは与えてはいたのだが。
そのときに「そういえば先日台所で格闘してましたねえ」とか言ったので回収してやろうかと思った。
「ただいま帰ったぞ」
あぁ、もう帰ってきてしまった。
まずは、このイベントが日頃の感謝を示すイベントだとして……
「おかえり、布都。あら屠自古は難儀なことね」
「あやつめがどうかしたのですか?」
「いえ、もうじきわかることでしょう」
「まったく、今度はどこをほっつき歩いてきたのだ。謝りに行く私の身にもなれ」
「我は偵察に行って来たのだぞ、今日も大事な情報をつかんできたのだ」
「ほう。それはアレか? 命蓮寺の小娘は早口言葉が得意とか、守屋神社は料理がおいしいとか、それ以上のことか?」
「そうだ。聞いて驚け。太子様、なんと今日はバレンタインデーなのですよ」
屠自古は驚いていた。
布都がそれを知っていたという事実にだ。
(なぜだ、それを知らせぬように情報統制を心がけてきたのに、このままではこっちだけチョコを用意して買い物に連れ出す口実が)
「その、バレンタインデーという日はどういう日なのですか?」
神子様、さっきあんた訳知り顔でチョコ受けとったじゃないか。
「大好きな人にチョコを渡す日なのだそうです」
(違う、それは事実が間違って伝わっている)
「なので大きいチョコを用意して参りました」
15cmほどのハート型のチョコを渡す布都。
「でも、これ。布都も食べてみたいですよね」
えい、と言って真ん中から真っ二つに割って片方を布都に差し出す。
「いいのですか? この布都、恐悦至極でございます」
「私は用意していなかったので、これを代わりとさせてください」
もう、なにか、ツッコミが追いつかない。
「そういえば、布都。屠自古の分は?」
あぁ、そうだ。布都が用意してなければ計画に支障は無い。
用意してない?
大好きな人にチョコを渡す日なのに用意してくれないってことは私のことが嫌いってことに……
「すいません、私急な仕事が」
「どこへ行くのですか、そんな急な仕事は無かったはずです」
「えぇい、どうしてこの場を離れさせてくれないのですか」
「まだ布都の言葉を聞いてないからですよ」
「そうだな、屠自古。確かにお前は嫌いじゃ」
胸が痛い。
「お前は何かと我に注意するし、部下だと言うのに我の言うことは聞かない、生前にも色々あった」
冤罪だと言うことすら忘れていた。
「だが、お前とは長い付き合いだ。よってこれをくれてやる」
それは不恰好で、小さめの、黒いもの。
「どうにも失敗したようでな。捨てるには忍びない。うれしいだろう?」
うれしい。布都が私に手作りのチョコをくれた。私はその思いを持ってチョコをひとつ口に入れ……
「苦い、何だこれ、私の知ってるチョコじゃないぞ」
いきなり吐き出した。
「うむ、間違って砂糖を入れ忘れたらしい。純度として100%カカオだな」
「それはチョコじゃない、お前はこれでも食べてチョコと言うものを勉強しろ」
「む、屠自古の癖にうまいではないか」
「そうですね、何せ屠自古が1日かけて失敗に失敗を重ねた至高の」
「ちょっと、神子様。それは黙ってるって言ったじゃないですか」
願わくば、この幸せが続きますように。