食べたい、食べたい、食べたくない。
「食べていい?」
「駄目に決まっておる」
「……ちょっとだけ」
「断る」
きっぱりと断られてしまった。
目に付いたから、廊下をぴょんぴょん跳ねて近づいて聞いてみたら、冷たい反応。
白い服の下にあるお肉が程よくきゅっとしてて美味しそうなのになって、えーと。そう物部様は意地悪だ。ちょっとぐらい齧りたい。
お腹がすいて涎がぽたぽた落ちているのに、腕の一本、ううん。指ぐらいくれたらいいのに。
「……指先だけ」
「駄目といったら駄目だ。お主に齧られたらキョンシーになるし。我は痛いのも嫌だ」
「……痛くしないから」
「嘘をつくな」
物部様は指をぎゅっとして後ろに隠して、じりじりと下がっていく。
せめて一齧りしたくて、ぴょんっと近づいたら、さらにササッとたくさん下がっていく。
物部様にはたまにあの人の香りがついていて、そこが余計に美味しそうなのに、いつもこんな感じで優しくない。
「とにかく駄目なものは駄目だ! そんなに齧りたければ屠自古にすれば良い! あやつなら食べても大事はないだろうからな!」
「本当?」
「うむ! 本当じゃ!」
「おお! ありがとう物部様!」
お腹が空っぽですかすかは駄目なのだ。
だから食べても大丈夫な、ええと。そう。蘇我様を探して、ぴょんぴょん廊下を飛んでいく。
「……えっ、本当に行くのか? ……むぅ。……あ、あんまり、痛くするなよー」
って声がしたけれど、ごはんごはん! な私には届いてもよく分からなかった。
「ご飯! の蘇我様!」
「待ちなさい。その付け加える必要性を感じない『の』は何?」
「蘇我様は食べても平気なんだって!」
「……想像は付くけれど、どこの馬鹿がそんな事を言ったのかしら?」
「え? えと。胸がカリカリしてそうな人!」
「やっぱり布都か」
蘇我様は、はーっと長い溜息をついて、ふよふよしている。美味しそう。
きっと食べたらむにゅっとした舌心地。よぅく噛んで食べなくてはいけないのだ。
「……というか、青娥様はどうしたんです?」
「?」
「貴方のご主人様よ。ほら、全体的に青くて腹黒そうで性格が腐って糸を引いて病んでそうな、外見だけは唯一極上の」
「?」
「………………貴方のご主人様で、貴方にだけ優しくて綺麗で可愛いらしいにゃあにゃあの仙人様よ」
「ああ!」
思い出した! 青娥だ!
「……ぅ、思い出せた様で何よりだけれど、私の舌が瀕死に陥ったわ」
「? 蘇我様の舌は太子様以外には毒でできているんだよな」
「…………誰が言いました? そんな事」
「?」
蘇我様は何故か微笑みつつ「やってやんよ」と腕まくりしている。よく分からないけれど、ほっそりした腕は喰らいついたらコリコリ美味しそう。骨に付いた細かいのも一杯しゃぶりたい。
「……私の腕をそんな目で見ないで下さい」
「?」
「……貴方、わざと分からない振りをして、いる訳ないですね。そんなきょっとりとした顔して」
「ねえ? そろそろ食べてもいい?」
「会話をしましょうよ。腐った貴方に言うのもアレですが」
「? 分かるよ。屠自古はツンデレという奴で、私にはずっとデレ状態なのです。って」
「………………」
あれ?
蘇我様の顔が。なんかこう。そうだ、青娥みたいになってきた。
んむ。よだれがもっとでてきた。
「ねえ、芳香様。貴方のご主人様がね。貴方を道具扱いしたり下等扱いしたら機嫌を悪くするの」
「?」
「つまりはね。人には言って欲しくない言葉とか態度とか接し方なんかがあるの。あと子供に語って欲しくない事とか」
「? 何言って」
「太子様はボリュームもあってとっても美味しいわよ」
「本当か!? 行ってくる!」
美味しい、の言葉はいつもキラキラしている。その言葉の為なら頑張らなくても良い事はないのだ!
急いでぴょんぴょんして太子様がいる部屋を目指して行く! 忘れるけれど、あっちこっち行ってたらいつか付くのだ!
涎がぽたぽた落ちていくのが見えた。後ろで。
「ええ、ガブリとしてきなさい……! ……もう、ばか」
ってどこか、尖っているのにちょっとだけ拗ねたみたいな声が聞こえた気がした。
何となく、顔が赤そうだと思った。
「いただきまーす! の太子様!」
「あぁ、芳香様、どうかし…………どっちの意味で食すつもりですか?」
「? 太子様は美味しいって蘇我様が!」
「…………て、照れてしまいますね」
てれんと。ほんのり赤くなって笑う姿は本当だ、凄く美味しそう。ぽたたっと涎が落っこちた音がする。
今までの中で、一番どこかふっくらしている印象。カリッとしたのも、もちっとしたのも美味しそうだったけれど、このふっくらも良い。
「……まあ、先程の質問は愚問でしたが、食事はいつも足りているでしょうに、今日はどうしたんですか?」
「?」
「……食欲で満たされている貴方を前にしていると、流石に尻込みしてしまいますね。私を食べたいって欲が強い」
頭の耳っぽいの一番ふかふかしてそう。食べたら甘いかな? それとも口にべったりくっつくかもしれない。よぉく噛んでごくんしないと喉に引っかかるかも。
「……今の貴方との会話はそれだけで修行になりますね」
「いただきます!」
「いえお待ち下さい! お菓子があります!」
「お菓子!?」
「ええ、どうぞ。羊羹ですが」
「いただきます!」
もっちもっち。おお、もっちもっち。甘い。甘いなこれはいい♪
「……」
もっちもっち。
「……もう一つどうぞ」
「ありがとう!」
詰め込んで、もっちゃもっちゃ。
あまぁいなぁ。
「……こ、これは。かつて子犬に餌をやっていた時の事を思い出します。なるほど、満たされます」
「ふぐ」
「頬についていますよ、そんなに付けては、青娥様が嘆くでしょう…………むしろ大喜びで拭いそうですが」
ふきふきされる。
まるで、青娥にされているみたいに感じて、ジッと見ると、太子様は優しく微笑んでいた。
ごくん。
飲み込んで、お腹は少し満たされた。
でも、別な所がカサリと水気が無くなった気がして、ぎゅうと、太子様の服を握っていた。
「……困りましたね、青娥様の気持ちが、理解できてしまう」
「うぅ」
「意外です。手触りも、髪質も、生きた人間とそこまで変わらない。……あの巫女が言っていましたが、あなたは相当に大切にされているのですね。長い期間、使用されているのでしょうに、こんなにも鮮度を保っている」
「……あー?」
お腹がちょっと膨れたけれど、何か足りない気がして、その何かを探そうとぴょんぴょん。どこかを目指す。
後ろで、忙しいですねと、笑った声が聞こえた。
「貴方は幸せ者ですね。私も、ですが」
意味は分からなかったけれど、何となく「うん」と返事をした。
大好きな香りを見つけて探していたら、すぐに見つけられた。
青い彼女。
嬉しくて「青娥!」と声をかけると、彼女はぴくんと、落としていた肩を上げた。
「あら、芳香」
「青娥、見つけた!」
「もしかして、私を探してくれていたの?」
「うん!」
「どうし……あ! おやつ用の神霊を用意していなかったわね。ごめんなさい! 今すぐに用意してあげましょうね」
「いいよ。美味しいの貰った」
「え? ……どなたに?」
「太子様」
「……へぇ、そう」
微笑みながら、青娥の瞳の瞳孔がきゅって細くなった。
綺麗だなーってのぞきこみながら、小刻みにぴょんぴょんして、青娥に近づいていく。
「芳香、おいで」
「うん」
抱きしめて貰えた。
温かくて柔らかいのだろうその体。一番ふかふかしている。一番柔らかそうで、一番幸せになれる。
「ねえ芳香。これからは豊総耳様であっても、何かを貰ったりしないでね。食べたりしないでね」
「う?」
「貴方には私が与える物で充分だから。他なんていらないでしょう?」
「うん、分かった」
よくわからないけれど、青娥がそういうのならそうなのだろう。
すぐに忘れる私と違って、青娥は忘れない。
寝起きと破損後は特にぐちゃぐちゃになるけれど、このままだったら大丈夫。暫くは忘れない、と思う。
「青娥からしか、いらない」
「いいこ」
「えへへ」
よしよしされて、嬉しくて、お腹以外も満たされる。
そっか、私が欲しかったのはこれかと。青娥の香りに嬉しくなる。
私には、感触があんまり分からないけれど、香りと味は分かるから、だから青娥の香りだけで喉の方がチリチリする気がするのだ。
「青娥ぁ」
「なぁに? どうしたの」
「あのね、物部様は、カリカリ美味しそうだった」
「……そうね。あの方は肉付きが悪いから」
「蘇我様は、柔らかそうだった」
「……ええ、足とかね。でも顔はやめた方が良いわ。貴方が毒を吐いたら困るもの」
「そんでね、太子様は、一番たくさん食べれそうだった」
「……でしょうね。あの方があの中では肉付きも食べる場所も多そうですもの」
「でね。青娥はね」
「……」
「一番美味しくなさそう」
「……」
「まずそうだね。何でかな」
「………………何で、でしょうね」
かくんと。
肩が最初に見つけた時みたいに落ちる。
どうしたのかなと見ると、青娥の顔は何か落ち込んでいる様に見えた。
「どうしてかしらね。貴方は忘れているかもしれないけれど、朝食の時にね、私は貴方に『そんなに食べる芳香ですもの、気をつけないと私まで食べられちゃうわ』って冗談で言ったのよ」
「う?」
「………そうしたら、芳香はね『まずそうだからいらない』って……言ったのよ」
「そうなんだ」
「………豊総耳様や蘇我様、あの物部様すら美味しそうなのに、私、だけ……?」
「青娥ー?」
「……纏っている香が問題なのかしら? いえ、もう少し肉をつければ、いえいえ、芳香はそんな食わず嫌いしないわ。なら、何故?!」
「青娥ってばぁ」
動けない私に抱きつくみたいにして、そのまま膝を曲げてぶらさがるみたいに、ぐりぐりしながら考え込んでいる。
青娥の様子がおかしいのはいいけれど。青娥の声が悲しげなのは嫌で。せいがせいがと何度も呼ぶ。
「ね、ねえ芳香?」
「なに?」
ようやく顔をあげた青娥の顔は、どこか真剣だった。
「私を、ちょっとだけ食べてみない?」
「いらない」
「……っ?! お、美味しそうじゃないから?」
「うん、まずそう」
ズガンッと凄くショックを受けた顔で、しおしおっと、そのまま青娥の体から力が抜けた。
しょうがないので、そのまま突き出した手に引っ掛ける様にして、そのまま、跳ねずに飛んで、青娥を運んでいく。部屋に連れて行こうと思ったのだけれど、そういや部屋どこだったかな。
でもとりあえず、部屋を目指そうと、少し薄暗い廊下をふよふよ飛んで行く。
「うん、芳香殿、何を変な飛び方をって、青娥殿?! ど、どうしたのだ、具合でも悪いのか?!」
「……話しかけないで下さい。今は物部様の顔とか見たくありません」
「あ、相も変わらず心抉られるが、我は心配だ! どうしたのだ?!」
「……少し、落ち込んでいるだけですよ。でも、そうですね。そんなにも心配して下さるのなら、今宵は……よろしいですか」
「え? え?! あ、あの。こ、こういう所で、芳香殿もいるし、そういうお誘いは」
「嫌ならいいです」
「嫌ではないのじゃー!?」
青娥と物部様は仲良し。
青娥は物部様の事は遊びなんだって笑って言っていた。そして私とは遊ばないんだって「……だ、だって。芳香の体は芳香様のっていうか、恥かしいでしょ」ってまるで子供みたいな様子でてれてれしてた「まずは、その。もうちょっと、お互いを知ってから! いえ、もう知っているのだけれど。……こ、心の準備を頂戴っ」だって。
知らないけれど、青娥は私の生前の私に片思いだったんだって。
でも今は両思いなんだって。
そんで、物部様は青娥が『遊び』って言っているのを知っているけれど、澄ました顔で「うむ、青娥殿が我を道の小石扱い必須だとしても、そんな青娥殿に惹かれた故、仕方あるまい」って言ってる。蘇我様はそんな物部様を「だめじょ」とか言ってた。
物部様は、青娥が大好きで、太子様に仕えている人。
忘れるけれど忘れない。
青娥の仲良しは私の好きな人。
「あら、何やら黒いのを持ち運んでいますね。捨てたらどうです」
「眼球が衰えている様ですね、よろしければ治療しますよ?」
「まあ青娥様でしたか、酷いお顔で……って本当に酷いですね。唯一の取り得が霞むとすでに存在が危ういですよ。……話ぐらいならまあ聞いてあげますけれど」
「素直じゃないですね。でもそんなデレは豊総耳様にだけお見せ下さいませ」
「や、やはり太子様に余計な事を言ったのはお前か!?」
「あらあら、言葉遣いが乱れてましてよ、毒を飛ばさないで下さいませ」
青娥と蘇我様も仲良し。
いつも何か難しい言い合いしているけれど、どこか楽しそう。
青娥が太子様の体を壊す薬をあげたらしくて、その件でまだ蘇我様は怒っているらしい。それは絶対に、簡単に許せる事ではないのだと、青娥は言っていた。
私に会って、私と過ごしたから、それに関しては反省しているんだって言っていた。
でも謝罪はする必要ないでしょうって言って「しろよ!」ってやっぱり言い合いになった。
「私は布都の件に関しても許せないのですよ! 貴方ね、純粋な布都を好き勝手っ、あ、貴方が夜這いなんてして弄ばなければ」
「あら、芳香の耳が腐れるからやめて下さい」
「もう腐ってるでしょう!? っていうか貴方も嬉々として話していたでしょう!?」
「私が腐らせるのはいいのです」
「こ、この」
耳ふさがれちゃったけれど、よく聞こえた。
でも意味が分からなかったのでいいやって、青娥をよいしょっと抱えなおす。青娥はもう、私から離れたり降りたりする気がないみたいだからだ。
「それでは……ああそうそう。蘇我様」
「何ですか?! とっとと消えて下さい!」
「以前、二人の夜の営みなんて覗いてみたんですが」
「死んで下さい!! あととっとと行け! 感想その他もろもろ言った瞬間に焦がしてやんぞ!!」
「あら怖い。それでは」
二人は本当に仲良いなぁって。私は青娥が満足そうな顔をしたので、ふよふよまた飛び出した。後ろでバリバリッて痺れそうな音がした。
また青娥と遊んで欲しいなって。
そう思った。
「ご両人は本当に仲がよろしいようで」
「芳香への食事は私の仕事です」
「……挨拶も何も抜きでそれですか。そうですか。流石ですね」
「それはそうと豊総耳様、ちょうど良いので聞きたいのですが」
「ええ、何でしょう」
「……私って、まずそうでしょうか」
「……正直に答えて良いのなら、とても美味しそうに見えます」
「……ありがとうございます。蘇我様にはしかとお伝えしておきます」
「……ご無体な」
青娥と太子様も仲良し。
二人は師匠と弟子の関係だったんだって。
聖人? はっ。あれでなかなかに欲塗れですよ。って青娥が鼻で笑ってた。それを太子様はのんびりと頷いて認めて。師匠が師匠ですから。って言って、なんか空気がキリキリしてきたのを覚えている。
「……あぁ、そういう事ですか。青娥様」
「何ですか?」
「私から伝えられる事が一つ」
「……聞かせて貰えますか?」
「ええ、屠自古に黙っていてくれるのなら」
「……残念ですがいいでしょう」
「ありがたい。彼女はね。単純だからこそ、分かりづらく、また愛しい存在です」
「私の芳香を欲塗れに見たのならば潰しますよ。上下」
「…………肝が氷りつきますね。ですから。食べたいものと、食べたくないもの。彼女の区分はとてもはっきりしています」
「……あっ」
「そういう事です。愛されていますね」
それだけ言って、太子様は、バリバリうるさい区画を目指していそいそと去って行った。
よく分からなかったけれど。青娥はさっきまでの悲しげな顔がなくなって、もじもじしていて、赤い顔をぎゅって押し付けて隠していた。
可愛いなって思って。
青娥を元気にしてくれてありがとうって、太子様を見送って。可愛い青娥を見つめる。
ほんのり赤くはにかむ青娥は、とってもまずそうだなぁって思った。
「芳香、私の事は、好き?」
「好き!」
「一番?」
「一番!」
「物部様や、蘇我様や、豊総耳様は?」
「好き!」
「でも、貴方の線引きの内側にはいないのね」
「?」
「……好きだから、美味しそう?」
「うん、食べたらきっと美味しいなって思う」
「……でも、私は食べたくないのね」
「うん、美味しくないよ青娥は。まずそうって思う。いつもいつも何度も思う」
「……そっか」
そっと、青娥が顔を寄せてくる。
「じゃあ、召し上がれ」
「んむ」
口の中に広がる、青娥の味。
じゅくんと。脳に届く無味の味。
とっても美味しくて。きっと何より最高で、どんなものより満たされる。
だから私は、うっとりまずいって思った。
「とってもまずい」
「ええ、もっと召し上がれ♪」
ぱくんと。
青娥の顔はとてもとても嬉しそうで。
私も何だか嬉しくなった。
今日の青娥はいつもより分からなかったけれど。でも私は嬉しくてふわふわする。
心も体も、お腹いっぱい。
ごちそうさまって。そう思った。
布都ちゃんは少なくとも太ももだけは肉付きが良いはず!布都ももだけに!(←
芳香は頭は悪いかもしれないが決して馬鹿ではない。かも。
餌づけしたい!喰われてもいい!
そしてほのかに香るみことじ
ご馳走様でした
おバカだけど、とっても純で愛おしい芳香
そんな芳香にべた惚れで、いろんな意味でやらしいにゃんにゃん
どこか抜けてる感じがするけど、やはり只者ではない太子様
そんな太子様に年中デレで、興奮すると口調が粗野になりバリバリーな屠自古
そして布都ちゃん……キミは本当に「だめじょ」ねw
みんな好いキャラしていて、これからの夏星さんが描く東方SSに更に期待です
食べたくないと愛しいの関係がたまらないです。神霊廊もっと増えてほしいなぁ
大好物です
青娥さまは純情なのかそうじゃないのか……w