長く生きると悲しいことばかりが増えていく。
いや、恐らくは楽しいこともあったのだろう。
だけど、生物は負の感情の方が長く記憶に残りやすく出来ている、生存本能やら色々と語るつもりはないが、そうなっているのだ。
だからだろう。
長命である妖怪たちは陽気な性格なものが多いのは。
しかし、こちとら人間上がり。
それも人間の中でも特に陰気だったもんだからどうにも辛い。
特に昔のことを夢見たような日は最悪だ。
そんな日は一日中橋の上で眼を閉ざし耳を閉ざし世界を閉ざすに限る。
真っ暗で妬む者が誰もいない世界。
少し寂しいが、それが一番心休まるのだから。
落ち着いた日なら橋に腰掛けて酒をちびちびと飲むのが常。
ほとんど誰も通らないとはいえ、名目上は地上と地下の行き来を確認する役目を負っているのだから。
私は不真面目な性格ではないので仕事はある程度はこなす、橋を通る者があれば、眼を瞑っていようがわかるが矢張り警戒するに越したことはない。
だからその日も酔わない程度に酒を舐める。
妖怪になったことで酒にも強くなった。数少ない利点の一つだなぁと徳利を傾ける。
珍しく。
本当に珍しく機嫌が良い時は旧都に赴く。
勿論仕事は大事なので、分身を置いておく。この分身なのだが、知らない間に出来るようになっていた癖に存外に使える。地霊殿の主曰く、あなたがどこかで祭られて神格でも帯びたのでしょう、だとか。便利なものだ神、妬ましい。もっと信仰増えないものだろうか。
まぁ、そんな些事は置いといて私は旧都に出かけることがある。
知らない者も少ないだろうが、自分は華やかな所はあまり好きではない。道の端をそろそろと歩き――反対側を地霊殿の主がそろそろ歩いていたりする、能力は嫌いで妬ましいが、話してみるとここ数百年の出会いの中では一番気が合う人物だった。動物臭いのが玉に瑕。
話を戻す。そろそろと歩き、いくつかあるお気に入りの店の中から最も活気がない店に入って本格的に飲むのだ。
酒を飲むと私のような者でも気を強く振舞えるのだから素晴らしい。それによって問題も出来ることはあるにはあるが、酒癖は悪くはないし、末席とは言え鬼、酔いすぎて前後不覚になることなんてありえないので大事に至りはしない。
いつもよりも大きめな盆を傾け、鬼のように、されど静かに飲む。
それが水橋パルスィの、何百年も変わらない日常。
この日常が気に入っていた。
たまに他者の介入を許しても、それは選りすぐりの気心が知れた連中。
私は人付き合いが基本的には嫌いだ。だが、地底はそんな者にも寛容だった。
だが地底に地上の者達がやってきてからそれが一変した。
それを喜んでいる者もいる、むしろそちらの方が多数だろう。
だが、好ましくないと思うのもいるのだ。また、好ましいと思っていても問題を起こす者はいる。あいつらは何故私達を地底に追いやったを忘れているかのようにも感じる。
私の日常に異物が混じりだす。
近づきたくもない他人が入ってくる。
妬ましい。
あいつらは知らないのか。私は嫉妬狂いの鬼だということを。誰にでも嫉妬をしてしまうような存在だということを。
――嫉妬という感情の恐ろしさを。
眼を覚ますと頭に小さな五本の角が生えていた。
その角に気付いて私は全てを諦めた。
地霊殿の主が地上の者達に私にあまり接し過ぎないように、と言いまわっていたらしいがそれも無駄に終わったようで少し申し訳ない。
お気に入りの鏡に自身を映すとそこに映っていたのは嘗ての自分。
緑色の眼をした悪鬼が映っていた。