※ この作品は、秋のマリアリ連作の続きに当たります。
―運動会開始前・医務室にて。
「・・・通常のケースとは違って魔力のリンクがあるとは言っても、あまり無茶をしてはいけないわ。分かってるわよね?」
「ああ、だが、まだそうだと言う確証が無いんだよなぁ。魔力のリンクが出来たなら、魔力の流れが変わるからすぐに分かるんだけど。」
「魔法は医学では解明できない様な事を普通にやってのけるのね・・・パチュリー」
「普通じゃないわよ。魔力の相性によっては上手く行かない事もあるわ。この魔理沙とアリスだからこそ出来たのよ・・・」
「照れるんだぜ。」
「・・・そのうち、幻想郷を征服したりしてね。」
「あり得るわ。魔理沙とアリスの一族によって、幻想郷が・・・」
「おいおい、私達に何人産ませる気だ。もちろん、アリスとの子供だから嫌じゃないが。」
「ああ、ホントご馳走様。それだけ減らず口が叩けるなら大丈夫ね。」
「ええ。でも、万が一の時はすぐに私の所に来て。私が居ない時は姫様かウドンゲ、もしくはてゐに申しつければ大丈夫よ。」
「ありがとう。ヤバくなる少し前に来るんだぜ。」
―こいしが盗み聞きした会話の一部より
ミ★
―400メートル幻想ハードル走―
ハードルを飛び越える、ないしはくぐり抜けて、400メートル先にあるゴールに到達した者から順に、順位を付ける。(2名のうち良かった方の順位を最終順位とみなす。)
空を飛ばなければ能力の使用は特に制限しない。但し、各人妖一回のみで弾幕や武器による攻撃はしてはならない。(身体を使った攻撃はそれに該当しない)
(共通ルール)
生きている者を絶命させたり等倫理に反するような攻撃、又はルールの意図に反する能力使用及び、及び競技のルールを根底から覆す形の能力の使用は失格とし以後の全競技全ての参加権利を失う。
なお、点数については別途指示が無い限り、1位10Pts、2位8Pts、3位6Pts、4位4Pts、5位2Ptsとする。(紅魔館大運動会選手用プログラムより。)
勝負の前なのに緊張感は全く無かったはずだった、だが、横にいるこの獏の妖怪は緊張でこわばっており、その様子を見ているとこちらまで緊張してくる。
「なーに緊張してんのよ?」
「い、いやー、お嬢様達のお役に立てるか不安で不安でですねぇ。」
白と黒の交じったツインテールを弄ってモジモジしている真夢。迷惑をかけたという贖罪の念から、霧雨屋に奉公をしているあたりにその責任感の強さと優しさが見える彼女が緊張を隠せないのは無理も無い、か。
武者震いをしている真夢を励ましておこうと思った私は、いつもの調子・・・それこそ、魔理沙やアリスに話すような感覚で真夢に。
「アンタの能力、存分に見せてやりなさいな。ダメなら、全力で走るまでよ。」
「はい。走るのはそれなりに鍛えてますが・・・」
「最悪は私をおぶって走ってね。人間のスピードでこのメンツには敵わないから。」
「あ、はい。わかりました・・・おぶれるかは不安が残りますけど。」
「大丈夫よ、リラックスしなさい。緊張は勝負の敵よ、勘に任せるのよ。」
はぁ、とポカーンとしている真夢。だが、人里に買い物に行った時に一生懸命働く姿は良く目撃しており、重い道具を女の子だてらにその身で運びきり、仕事が終わると中々のスピードで霧雨屋まで走って帰っている。
流石に鬼等には身体能力で負けるかもしれないが、その辺の妖怪には引けを取る事はないだろう。
肩を二回叩いてあげると、うんうんと頷き、コースの方をしっかりと見据えて構えた。
「霊夢さん、頑張ります!」
「うん。いい顔してる、私も頑張らなきゃね。」
―それでは、競技を開始致します。位置に付いて、用意っ!!
スターターのメディスンのその一言で周囲が緊張に包まれる。そして、所定の位置に付きスタートの合図をみんなで待った。静まり返るグラウンド、高まる緊張感。
その人差し指がいつ動くかの熱い読み合い、フライングしては元も子も無いが、出遅れるのだけは絶対に避けたい。
パーン!
爆音にびっくりし倒れたメディスンによる号砲一発で全員が横一列でスタート・・・する筈だった。が、一チーム足りない。
「ああっとぉ、西行寺チームが寝てしまっているぞぉ!早くも酔っぱらったかぁ?」
ちらと後ろを見るとその場にへたり込んだまま気持ちよさそうに寝ている鬼達の姿が見えた。早くも最下位の心配は無くなったと見て良いだろう。
少し気楽になった私は徐々にスピードを上げ、ハードルを幾つか飛んでやり過ごした時に真夢に作戦開始のブロックサインを送った。
「では、行きますよ・・・!」
真夢の方から妖力が迸ったのを合図に、私は自分の能力を発動させる。空を飛ぶ・・・全ての物から浮いてしまう能力を。
このコース上に満ちた真夢の妖力から浮いた私は、構わずゴール目指して突っ走っていった。
ミ☆
「な、なにこれ。ハードルが伸びたり縮んだり・・・妬ましいわ!!」
「うわわわ、こんなところにいきなりハードルって何!」
パルスィが足を止めた。横では響子が何もない場所でジャンプをしている。他の人妖達も転んだり、二の足を踏んだりとまるで喜劇のような様相である。
「おおっと!選手達が何もない所でジャンプを始めたり、バランスを崩してこけたりしているぞっ!!」
「な、なんだ?何が起こったんだ?」
実況役のはたてが思わず叫んだ。双眼鏡をにとりと取りあいしながら見ている魔理沙も慌てている。それもそうだ、今まで一生懸命走ってきていた奴が突然ずっこけたり何も無い場所でジャンプし始めたりしたら誰だってそうだろう。
驚いた魔理沙に対して、私は種明かしをする事にした。
「ふふふ、作戦成功ね。」
「気になっていたが、一体どんな指示を出したんだ?」
「真夢の夢を操り食べる程度の能力を使って、ハードルがあらぬ動きをしたり、何も無い所にハードルがあるかのように見せる白昼夢を皆に見せたのよ。」
「でも、それじゃあ霊夢が・・・」
「霊夢は自分自身の能力を使って白昼夢をレジストするように指示したの。」
「おお、それなら周囲の奴だけが白昼夢を見て悶絶するはずだぜ。」
能力を鮮やかに生かした独走に湧き上がる観客席。これなら・・・と、私達も勝利を確信していた。だが、そこで一筋縄ではいかないのが勝負の世界と言う物で・・・霊夢達が100メートル程の距離に達した所で、スタートラインで寝ていた鬼達がおもむろに起き上がってアクションを起こした。
「あぁ・・・良く寝た。勇儀、乗りなー」
「あいよぉ。しっかり頼んだからねぇ。」
みるみるうちに勇儀を乗せた萃香が巨大化し、追走を開始する。勿論、体格に比例して大型化した一歩は非常に大きい。近距離弾幕戦のように両手を広げて、蕩けた顔で走り回る萃香は、見る者を圧倒し、観客席を沸かせた。
「あれー、ハードルがめちゃくちゃ多いよー」
「構うもんか、吹っ飛ばしてしまいなっ!!」
「ま、いっか、小さいしねー」
勇儀の勇ましい号令と重い地響きがグラウンドに響いた。本気で走らなくとも、十分なスピードで進む萃香に霊夢達はアッと言う間に追いつかれてしまう。その様子に驚愕した私は思わず。
「しまった・・・白昼夢見てるかどうかすら分かんない程度に酔ってるし、前に進むだけで解決するから効果が無い!」
「アリス・・・気に病むんじゃないぜ。流石に相手が誰か、までは予想できないんだから。」
うんうんと頷く椛とにとり。それでも、作戦立案者としての責任は感じてしまう、自己嫌悪に陥っていた私であったが、双眼鏡を覗いていた魔理沙が笑ってこっちを見ているのに気が付いた。
「それに・・・アリス、勝負はまだ終わってないみたいだぜ。」
「え・・・?」
「見て下さい、靴下の所に霊夢さん、真夢ちゃんがしがみ付いています!」
椛が指差す先に視線を向けて、視力を強化する呪文をかけた。そのままでは魔理沙が見えないので、魔理沙と視界のリンクを繋ぐのも忘れない。視界の焦点が合った時に最初に映ったのは・・・必死に萃香の靴下にしがみつく霊夢と、それに捕まっている真夢の姿であった!
「スタートの遅れが遅れにならないなんてぇぇええええっ!!」
「ホンマに、しゃーないやつですねぇええええええ、霊夢さぁああああああん!!」
発案者がどっちかは分からなかったが素晴らしい機転だ。だが、その機転が余りにも突拍子が無い物だったので驚くのを通り越してしまいそうだった。
捕まっている事に気が付いた萃香が必死に霊夢達を振り払おうと停止している、巨体が足を踏みしめる度に地面が揺れ、他の走者も走るに走れない状況となった。これならばまだ勝負は読めない・・・!
だが、流石に妖怪が中核となったメンバーであるため、徐々にではあるが萃香達と霊夢達と見えないハードル等にのたうちながらも前進してくる。
その様子には目もくれず、とにかく目先の相手である霊夢と真夢を振り落とさんと、ひたすらに地団駄を踏んでいた。
「この、落ちろ、落ちろ~」
「落ちろと言われて落ちる奴なんていないわよ!」
霊夢が必死にしがみついている様は、中々にコミカルだ。萃香の頭の上に乗っていた勇儀が、その様子にいら立ったのかアクションを起こした。
「しかしなんて事を考えるんだい!予定より早いけど、降りるよっ!!」
「えっ、でも良いのかな?一杯ハードルがあるんだけどさぁ~」
「ハードルが少々多かろうがぶっ壊して進むまでさっ。」
「あいよぉ~、いってらー」
颯爽と萃香から飛び降りて、凄まじい勢いで走る・・・と言うよりは突進する勇儀。ハードルを蹴散らして進む様は、正に鬼気迫る物がある。鬼だけに。
「霊夢さーん、勇儀さんが先行しちゃいます!」
「仕方ないわね、私が追うわ。他の妖怪も追い上げて来るだろうけど、萃香にしがみついとけば振り払おうとして、地団駄踏んでくれるだろうから。」
「・・・分かりました、霊夢さんがゴールするまでは持たせます!」
「大丈夫、何とかなるわよ。早く終わらせてあげるから、頑張ってね」
「はいっ!!」
霊夢が萃香から離れて、勇儀を追う。修業もロクにしていないとの評判が嘘のような見事なダッシュを見せ、華麗にハードルを飛んでいく霊夢。
「ちょっとぉ、はーなーれーろー!」
「いーやーでーす!てこでも動きませーん!!」
萃香は残った真夢を振り払おうと一生懸命に盛大な地団駄を踏んでいる。地団駄による揺れをどうにかせんと、他の選手達の方でも動きがあったようだ。
「うわっとっとぉ!神奈子、何か良い手はある?」
「あるにはあるけど・・・後が大変かもしれないよ!」
「構うもんか、神奈子。やっちゃって!」
「分かった、その間地面の揺れを止めておくれ。集中できないからね。」
「わかったー」
諏訪子の力で大地を揺るがす揺れが止まり、神奈子の力で萃香が停止している150m地点だけを凪ぐ凄まじい局地的な突風がコースに吹きすさぶ、バランスを崩した萃香が転倒、尻もちを付いた・・・だけでは済まなかった。ずっこけた萃香の足から何かが投げ出されるのが見えた。
「魔理沙、アリス!真夢ちゃんが!!」
一番最初に気が付いたのは椛だった、椛が指差す先を目で追うと、それはもう見事な姿勢で吹っ飛んでいく真夢の姿が映る。
「魔理沙、アリスお嬢様、申し訳ございませーんっ!」
「真、真夢-っ!!」
悲痛な魔理沙の叫びが聞こえた。私としても助けに行きたかったが、今は競技中で手出しが出来ない状況なのが悔やまれる。
「おおーっと、獏野くん・・・じゃ無かった選手、吹っ飛ばされたぁ!」
「椛、そのまま真夢を見ていてくれないか?競技が終わったら、助けにいかなきゃなんねぇしな。」
「はい、そちらはお任せ下さい。」
椛にそちらを任せ、戦況を見ている魔理沙とにとりの方へ視線を戻す。萃香が倒れたショックで気絶しているのかは定かじゃないが、動きが無い。
「これで良し。後は先頭を追うだけよ!」
「ナイス、神奈子。今度鯛焼ご馳走するねー」
一方で、追走を開始した神奈子、諏訪子。そして、他の妖怪達も倒れた萃香を乗り越えて後に続く。一番最初に乗り越えた、小悪魔の様子が少しおかしい。具体的には、通常では考えられない程度のスピードで、神様二柱を追跡している事だ。
「パチュリー様の魔力と遺志、継いで見せます!」
「ま・・・まだ・・・逝ってないわ・・・・むきゅー」
無茶しちゃって。スタートこそ一緒に走っていたものの、あっという間に力尽き、五体投地の構えで突っ伏している。喘息持ちが激しい運動をするなと言いたいが、パチュリーも何か思う事があったのであろうか・・・
「魔理沙、小悪魔から強い魔力を感じるわ!」
「げっ、パチュリーの奴、小悪魔を魔法で強化しやがったな!!」
颯爽とした身のこなしと強化された脚力で、神奈子達に迫る小悪魔。一方で、倒れた萃香と後続集団がリグルの放った虫の大群とミスティアの暗闇に包まれるアクシデントもあったが、炎に包まれた永遠亭チームがリカバリーし頭一つ飛び出した。なお、派手に炎上していたが、他の選手を燃やしていないのでルールに抵触することはない。
「ナイスアシストだ!妹紅よ!!」
「ええ、調子いいねぇ。そのまま一気に追い上げって・・・これは?」
地中からにょっきり手が出て来る。そして、パチュリーの所で読んだホラー小説のように地中から姿を現した芳香が、慧音達の足を掴んだ。
そして、ホラー小説等で良く描かれる化け物とは大きくかけ離れた能天気な顔が出現した。
「いーかーせーるもーのかー!」
「足止めお願いね芳香、後は私が追い上げるからー」
青娥が優雅にハードルを飛びながらその横を通り抜けた。先をひた走る霊夢と勇儀、小悪魔、神奈子と諏訪子の後を追撃する。思わぬ足止めを喰らった慧音と妹紅は、必死にそれを振り払おうとしていた。
「このー、離れなさい!!」
「妹紅、アンデッドは火に弱い!そこを付くんだ!!」
「でも、さっきの炎で打ち止めよ。それに、燃やせないわよ・・・身体を使った攻撃に該当しないから」
「なら、攻撃をせずに止める手段・・・お札を剥がすしかないか・・・御免、後で主人に貼って貰うんだぞ。」
流石慧音、キョンシーの弱点を知っていたか。申し訳なさそうな顔で、芳香の額に貼ってあるお札に手をかける。
手を話す訳にはいかない芳香は、お札に手をかけられた時、何かを訴えるような涙目で慧音の方を向き・・・
「あ、お札は・・・らめぇ。」
「・・・許せっ!」
「きのーてーし・・・・」
お札が剥がされ動きを止めてしまった芳香の手を解いて走りだすのと同時に響子と一輪が、そこから数秒遅れてリグルとミスティア、ヤマメとパルスィがもつれあって萃香を乗り越えた。ますます混沌とするレースであったが、とりあえずは霊夢がどうなっているのかが気になる。真夢は、そのうち落ちてくるだろうから、とりあえずは様子見で。
視線を霊夢の方に向けると、250メートルを超えた所で激しく勇儀とデッドヒートを繰り広げている。
「流石博麗の巫女、鬼を相手にしても一歩も引かーねとは、全く大した女だよ!」
「アンタとペラペラ喋ってる余裕なんてない、わ。」
「言うじゃないか!!」
スライディングで、僅かに先行する勇儀の放った旋風脚を交わしつつハードルをくぐり抜け、ひたすらにゴールを目指して走る霊夢。ポジションがめまぐるしく変わり、徐々にゴールとの距離が狭まってくる。
「おおっと、そこまでです!パチュリー様の遺志により負けるわけにはいかないのです!」
「神の力、見くびって貰っては困る。」
「そう簡単にはいかないよ?鬼さんと、巫女さん。」
「あら、面白そうですね。私も混ぜてよ。」
霊夢達が300m付近に差し掛かった時、追い上げてくる小悪魔、神奈子と諏訪子、そして青娥との距離が詰まって来た。ハードルを飛びながらブロッキングしたり、攻撃を敢行したりとゴール前の攻防がかなり激しい。
隙を付いて抜けだそうにも、各々がそれを牽制し合っているために、難しそうだ。魔理沙なら、ブレイジングスターで抜け出す事も出来そうだが、真夢の白昼夢の影響をもろに受けてしまうだろう。自分にはどうする事も出来ない歯がゆさはあったが、数多の異変を解決した霊夢なら、こんな困難な状況でも何とか出来る筈だ。
そんな緊迫したレースのゴールテープまで後50m位の所に勇儀達が差し掛かった時、椛が大空を指差し、間の抜けた声を上げた。
「あ・・・真夢ちゃんが落っこちてきます。」
吹っ飛ばされた真夢が落下軌道に入っていた。軌道をすぐに予測した私は、ある事に気が付いてすぐに皆に知らせてあげる。
「あのままだと、数秒後にゴール付近に落ちてくるわ。」
「そのままゴールテープは切りそうか?」
「ちょっと手前に落ちるわ、ちゃんと着地決めて少しでも走れれば一番乗りもあり得るだろうけど・・・」
「うーむ、この乱戦を制する切り札にはならないか・・・」
コースで激しい攻防を際どく交わす霊夢と落下してくる真夢の状況を交互に見やる。勇儀の旋風脚が右肩を掠めたようで、バランスを崩して失速する霊夢の姿が見えた。
「マズい・・・隙が無い。」
「ふん、霊夢もまだまだだねぇ。」
「くっ・・・」
走った事による疲労と、焦りの見える表情が映った。僅かに距離が開き、それを一瞥した勇儀が、ゴールテープ目がけて胸を突き出す姿勢に入ろうとするかしないかの瞬間である。
「あら、何か落ちてくるわ・・・」
「あ、あれは・・・!」
最初に気が付いたのは青娥と小悪魔、真っすぐこちらに向けて落ちてくる事を察知した両名はすぐに進路を変えた。レーンをまたいで蛇行するような形となったため、その分のロスだけ、霊夢達との距離が開いた。
「神奈子、上から来るわ!気を付けて!!」
「なんてことだい!あんなのに当たったらゴール出来ないわ。」
落ちてくる真夢への備えをしたのであろうか、神奈子と諏訪子のスピードが少し落ちる。当たらなければ、どうという事はないのにー!と早苗が絶叫しているが、あのスピードで落ちてくる物体に衝突した場合、神様とて無事では済みそうにない。それに、どのような事態が起こり得るかも読めない状況では、かような安全策は懸命な判断と言えるだろう。
「・・・後ろで何が?」
「他所見は事故の元だよ!」
「同じ手は二度と食わないわ。」
一瞬だけ後ろを見た霊夢が飛びこみ前転でハードルを飛びつつ、勇儀の肘を交わした。そして、そのまま後ろを向いたまま少し走る。
「・・・他所見は事故の元だけど、後には注意するべきよ?」
「どう言う事だい・・・へうぶっ?!」
ゴスッという鈍い音がしたのは勇儀が後ろを向いた丁度その時であった、真夢と勇儀が派手な衝突を起こしたのは。真夢と共に、衝突のエネルギーを殺しながら転がる勇儀を見た霊夢は、最後の踏ん張りをかけてダッシュし・・・そのまま霊夢がゴールテープを切り、勝者が決まる。
―私達の勝ち、だ。
【結果】
1位・恋色婦々とお友達チーム・10pts
2位・早苗と愉快な神様達・8pts
3位・レッドマジック・スカーレッツ6pts
4位・レイビョウ4pts
5位・永遠亭イナバラビッツ2pts
競技が終わり、選手が続々と引き上げてくる。堂々と一番の旗を持って帰ってくる霊夢と、悔しさを滲ませては居るが、あっけらかんとした態度の勇儀と何か話している真夢の姿が見えた。魔理沙が手を振ると、霊夢と真夢はすぐにこっちに戻って来た。
「おーおつかれいむ。真夢。」
「な、何で省略するのよ・・・魔理沙。」
「いいじゃないか、見事な勝利だったんだぜ。アリスの作戦と、霊夢の奮闘、それに真夢の激突が見事に噛みあった結果なんだぜー」
「ありがと、作戦が失敗した時はどうなるかなと思ったけど・・・良かった。」
「終わり良ければすべてよし、よ。」
へとへとの霊夢とハイタッチをする。すると、横一列に並んだ、魔理沙、にとり、椛ともハイタッチを交わす。初戦がトップとは幸先の良いスタートだ。一方真夢はおでこに大きな絆創膏を貼っている。先ほどの勇儀との激突によるものだが、永琳の治療により真夢も勇儀も大した事になっては居ないようだ。
「最後の真夢の激突が無かったら、負けてたわ・・・ありがとね。」
「角に刺さるかと思いました。胸に飛び込めたからアレで済みましたが・・・」
「勇儀、怒って無かったかー?」
「いえ、鬼の私を体当たりで怯ませるとは中々やるなぁと言われただけですよー」
真夢のおでこをにとりが撫でているのを見ていると、次の競技の準備が整った旨を告げるアナウンスが入った。
「幻想クロスカントリーに出場する選手の皆様は、紅魔館正門前にお集まり下さーいっ!」
それを聞いて魔理沙と談笑していた椛がこっちを向いた。普段の割と抜けてそうな穏やかな顔では無く、凛々しい顔つきである。
魔理沙も腕をぐるぐる回しながら、元気な表情を見せている。体調も回復してきたのであろうか?
「さって、今度は私の番なんだぜ。」
「無理しちゃダメよ?」
「大丈夫だ、無茶はするけど、無理はしない。行ってくるぜ、アリス。」
ちゅっ、とほっぺにキスをされる。霊夢と真夢にはやし立てられ、にとりに口笛まで吹かれてしまう。でも、これは婦々のいってきますの挨拶。
「椛もしっかりなぁ~」
「はい、にとり。頑張ってきます。」
そう言って意気揚々と正門の方へ向かう魔理沙と椛、椛のゆらゆら揺れるふさふさの尻尾と、魔理沙の背中を見やりながら、魔理沙と椛の健闘を祈ることにした。
ミ★
―紅魔館→人里往復クロスカントリー
制限時間内に紅魔館正門からスタートし湖の周りにそって走り、魔法の森を抜けて人里へ向かう。人里外れにある折り返し点を回って、農地を越えて再び湖の周りへ戻り、紅魔館併設メイングラウンドのゴールに一番最初に辿りついたチームの優勝。(なお、先に返って来た方の順位を参照する。)
その際、3か所あるチェックポイントを通過する事。もし、通過している場合はゴールしても無効となる。なお、ショートカットは自由であるが、必ずチェックポイントは通過する事。(なお、これはチェックポイント付近に居る紅魔館メイド妖精隊や近隣住民が監視している)
また、制限時間内にゴールできなかった場合は得点となる5位以内に入ったとしても得点は与えられない。
空を飛んだり(ジャンプ等は可能)コース上にある施設や無関係な人への被害を出した場合は失格。なお、コース上の様子は天狗の巡回部隊や、永遠亭の哨戒部隊、並びに人里の自警団等の協力者を通じてすべて審判に伝わっているため、そのつもりで。(紅魔館大運動会選手用プログラムより。)
門番の事がしばしば取り上げられるので、あまり注目されないが紅魔館の正門と言うのは実に大きく、荘厳である。美鈴の趣味であろうか、大変綺麗に手入れされた穏やかな秋の太陽の中庭を歩くと、気分も良い。千里先まで見える目で、此処からの雄大な風景を眺めていたら、この風景を楽しまずに今から競争するのはちょっと勿体ない。
「時に椛よ、お前走るのには自信、あるか?」
横でトレードマークの長い美しい金色の髪を一つに纏めながら魔理沙が言う。アリスと結婚してから、なんか凄く綺麗になったような気がする。勿論人妻に手を出すつもりなど全く無いが、魔理沙の奥さんであるアリスがちょっと羨ましい。
「勿論です。日頃から鍛えてますしね。魔理沙さんはどうですか?」
「私もそれなりに鍛えてるからな。ちゃんと付いて行くぜ。」
人の身でありながら、本当に魔理沙は凄い。魔法でそのハンデを補い、どんなに身体能力の差が合っても、その負けん気で数多の妖怪に勝利を収めて来ている。場合によっては鬼と殴り合いをしても勝つのだと言うのだから、本当に凄いと言わざるを得ない。
私も、アレ位の負けん気が必要だと言う事なのだろうか?負けないっていう強い気持ちがあれば、私も文様に勝てたりするんだろうか・・・
「どうした、椛、何かあったか?」
「いえ、何でも。魔理沙さんの強さの秘訣が、何処にあるのかを考えてまして。」
「強さの秘訣か・・・企業秘密だぜ。」
「ですよねー」
「でも、一つだけヒントをあげると、護りたい人が居るから、ギリギリでも踏ん張れるんだぜー」
護る物があるから強くなれるのか。それなら、私だって妖怪の山・・・引いては天狗の社会を護ると言う使命がある。でも、私はまだまだ自分の強さに満足していない。もっと強くなって、何時かは哨戒天狗を束ねるだけの実力を持ってみせる。
決意を込めてコースを見ようとしていたら、魔理沙が急にこんな事を言ってきた。
「・・・にとりもいい女だぜ、椛。後悔しないようになー」
ミ☆
見事な紅葉色に染まった椛の頬。私より遥かに長生きな筈なのに、その辺の事は実に初心であると見た。仕事熱心で、黙々と仕事に取り組む様に定評のある彼女は、恋をするヒマ等無いのが実情と言う所か。
でも、それは勿体ない。アリスと共に暮らすようになって、私は大切な人の存在のありがたさを知った。一緒に生きる事を謳歌出来るパートナーのありがたさを。
「に、にとりとは友達なだけですよぉ。」
「えー、本当かよ・・・じゃあ、専門家に聞いてみるか?ほれ、さとり・・・」
私は同じくクロスカントリー参加者のさとりを捕まえようとしたが姿が見えない。正門の脇から庭を眺めるマミゾウと響子、屈伸運動や柔軟に仲良く勤しむ藍と橙や、ミノリダーのヒットで一躍有名になった秋姉妹が子供達からの声援を受けている光景の中に視線を向ける私達、すると椛の良い目がさとりの姿を捕えたのか指を刺して教えてくれる。
さとりの横に・・・こいしとチルノのセットも一緒に居た事も。
「おねーちゃーん!うふふん。」
「こら、こいし!人前でみだりにひっつかないでー!!」
「そうですよこいし様。しかも競技前ですしー」
「そう言う訳にはいかないの、チルノ、押さえて!」
「イエス、マム!」
「・・・フラン様の情操教育には大変悪いですねー」
「そうね、美鈴。フラン様もこいしも似たような境遇のお嬢様の妹君ですが、フラン様にはちゃんと淑女としての嗜みは持っていただきたいと思います。」
こりゃぁ専門家に聞く時間は無さそうだ。あの調子だとスタートするまでいちゃついてるんじゃないか・・・私も、人の事は言えないけど。
それでも、二人っきりにならないとあそこまでイチャイチャはしない。堂々と皆に見せたいと言う願望はあれど、こうやって二人で触れ合う時間は・・・私達だけの秘密にしておきたいから。
そんな思いを秘め、恋色の結婚指輪を見つめながらアリスの事を思い、センチメンタルな気持ちになる。
「それでは、間も無くスタートします!早く正門前に並んで下さーい」
そんな物想いを中断させるのは空気の読めない空気を読める能力持ち。気品を兼ね備えた大きな声を出して、スタートラインに並ぶよう指示した。これには流石のこいしも、後でね、おねーちゃん等と意味深なセリフを残してチルノと共にスタートラインに並ぶ。私も、物想いにふけるのを中断し、椛と目配せして頷き、スタートに並んだ。
重い金属音と共に正門が開き、秋の色に染まる雄大な湖と広がる魔法の森、その奥に広がる人里と田畑が見えた。空を飛べば10分もかからない距離だが、走るとなるとそれなりには時間がかかりそうだ。
でも、たまにはいい。こうやって地上から、色んな事を見るのも、人生の楽しみなのだから。
「位置に付いて、よーい・・・」
いつもの指を上に付きあげるポーズを取り手にした空砲を撃つ。パァーン、という小気味よい音が響くのと同時に、私は椛と共に走り始めた。
「このぉ、どけどけ!!」
だが、悲しきかな、参加者の中では比較的小柄な私は中々前に抜け出す事は出来ない。一方の椛は、やはり職業的なアドバンテージがあるのか、上手い身体捌きで激しい揉み合いをくぐり抜けようとしていた。ここは椛を先行させて、彼女の目でコースを把握するのが先決と考えた私は、椛に指示を与える。
「椛、私に構わず行け!!」
「はいっ!」
私達の作戦はこうだ、椛に偵察させて、勝負所を決めた後に身体強化した私が一気にスパートをかけるというシンプルな物である。だが、身体強化にも限界があり余り長時間やると、私の身体が付いて行かなくなるし・・・
万が一の事態に備えて極端な負荷は避けたかったというのもある。もし、今、身体に起きている異変が、アリスの赤ちゃんを授かった事によって起きているのならなおさらのことだ。
ただ、少々の事なら、生命創造の魔法によって授かった命は母体となる魔法使いと赤ちゃんによって形成される魔力のリンクで維持出来る事は、既に本で学んでいるので大事には至らないと考えられるのだが・・・
そんな事を考えながら、お腹を少し撫でていると、チルノがおもむろに横に一人だけ大きく距離を取り始め、崖の方へ向けて駆けだす。
このまま走って行けば、湖にダイブする事になるだろうと、多くの人妖が想っていたかもしれないが、私は最近のチルノの狡猾な立ち回りを知っているので、警戒を強める。揉み合いながら紅魔館へと続く道を下りきり、湖に差し掛かった所でレースに動きがあった。
「こいショッカーで訓練した、アタイの実力を見なっ!!」
「おおお!チルノの奴、湖を凍らせながら走っている、だと・・・!」
なんと、チルノが湖を凍らせて、その氷の上を悠然と走っているではないか。しかも、このショートカット、チルノみたく体重が軽くないと氷が割れてしまい、湖の中に居る得体のしれない生物に襲われるハメとなるので、これを他の選手が利用する事は出来ない・・・なんて事はなかった。
「やってやんよ!!」
「げっ、屠自古まで行きやがった!!」
屠自古が、運動会に合わせて実体化させていた自分の足を消してチルノが作った氷の上を移動し始めたのである。確かにホバーなら地面の影響は受けない。うかうかしていると出し抜かれてしまうと考えた私は懸命に走りつつ、後続集団と先行するためスピードを上げた椛を切り離すべくブロッキングに入る。
一足先に湖の縁に付いたチルノと屠自古が、設置された看板に従って魔法の森に突入する事から遅れて1分後、椛が、藍とマミゾウと美鈴と鈴仙、そして後から遅れて割って入った輝夜とお燐のデッドヒートを繰り広げながら魔法の森に突入した。
「あら・・・息が荒くありませんか・・・?」
「咲夜も・・・息が、荒くないか?」
「だって人間ですもの・・・」
「だよ、なぁ。人間にはちと辛い・・・」
「そうでもなさそうよ、ホラ。」
「・・・マミゾウさん、待ってー!!」
「たはは・・・」
私は椛から遅れる事3分余り、咲夜等からなる後続集団と共に魔法の森に入った。後ろからさとりとこいしがもつれあってくる様が見える。全く、競技中なのに姉妹愛を貫くとは、筋金入りのお姉ちゃんっ子だぜ。
そんな事を思っていた私であったが、やっぱり人間の体力の無さを徐々に露呈していき、徐々に団子になっていた集団からおいて行かれていく。途中でさとりの悲鳴が聞こえたが、悲しきかな助ける事は出来ない。
暫くして見晴らしの良い所に差し掛かる。後ろからつやつやと輝いているこいしと、へとへとになったさとりが見えた。恐らく、アレが最後尾だろう。それでもなおいちゃついているので、とりあえずすぐに驚異になる訳では無さそうだ。
でも、実はこれも予定通りと言えば予定通りである。体力勝負では、妖怪等に叶う訳は無い。
だが、私が敢えてこのような競技に参加したのはその問題を覆す秘策があったからだ。皆の驚く様を予想しつつ前を向き直ると、チェックポイントが姿を見せ始めた。
「香霖堂・・・」
少し後ろを走る響子が呟いた。そう、チェックポイントは香霖堂である。前には香霖が腕組みをして待っており、彼が通過したかどうかを伝えてくれるのだ。
私の姿を見つけた香霖は、手を上げて私に応えてくれた。私は、軽やかな足取りで香霖の元へ駆け寄った。
「やぁ、魔理沙。頑張っているようだね。」
「手洗いを借りたいんだぜ。」
「手洗いを借りるのは勝手だが、店を荒らすのは止めてくれよ。」
「勿論だぜ。」
そう答えて私は勝手知ったる店内へと進んで行き、ちらと後ろを見る。大丈夫だ、誰も私の後を付けて来てない。もし、誰かが付けていたとしたら、これからの私の行動が無駄になってしまうので、事は慎重に運ばなくてはならない。
裏口を出て離れにある倉庫に入った私は、そのドアを開けて、誰にも気が付かれないようにそこを閉めてから、目を閉じる。
夜目が利き始め暗い所での視界が確保可能になってきた所で私は、倉庫の床にあった木の蓋に手をかけた。
「地の利は最大限に生かさなきゃ、な。」
ミ☆
「さぁ、魔法の森を先頭集団が突破し始めています!」
選手控え席からグラウンドの中央に供えられた、クロスカントリーの模様を映すスキマを私は注意深く見守っていた。魔理沙と椛の活躍を見る・・・だけじゃなくて、魔理沙のコンディションにも注意を払わなくてはならないからだ。
3番手を走る輝夜から1分程遅れて、椛が魔法の森を突破してきた。人里へと続く沿道に並ぶ人の声援を受けつつ、走る彼女の足はまだまだ走れそうな感じがする。
ショートカットを使用したが、妖精の体力の無さを露呈したチルノがへばりながら出てきたかと思えば、それを難なく交わすマミゾウ、藍、そして先に走る輝夜達を追い上げて来たのか疲労の色を見せる鈴仙、咲夜がほぼ同時に飛びだして来た。
「そんなぁ・・・さいきょーのこの私が・・・・ちくしょー」
反骨心からペースを上げるチルノ。あの負けん気だけは、本当に凄い。名のある妖怪に走りで付いて行く妖精なんて、幻想郷中探しても彼女位のものであろうか。
そんなチルノの後ろから現れた、元気一杯の表情で抜いて行く選手の姿を見つけて私はほっとした。
「おおっと、霧雨選手!ここに来て一気にごぼう抜きだ!!
へばるチルノや体力温存のためペースを落としていたマミゾウ達を抜き去る、疲れを感じさせない魔理沙が姿を見せた。何時の間に、と言わんばかりの布都や、お燐の後ろに徐々に迫って行く。会場の盛り上がりようも凄い。
目を輝かせながらにとりがこちらによってきて、肩を叩いてきた。
「魔理沙の奴、いったいどんな魔法を使ったんだろ?」
「・・・ああ、それでしたら種はあります。里の商人に伝わる隠し通路ですね。」
「森の瘴気のキツい場所と妖怪を避けるために、人間が通商ルート用に作った物よ。」
にとりの疑問に私が説明する手間が省けた。今、真夢と霊夢が説明してくれているこの隠し通路。私がこの通路の存在を知ったのは、魔理沙と結ばれて霧雨屋や香霖堂の手伝いをするようになってからの事で始めて知った時は驚いたものだ。
「この地下道を使えば、入りくんだ魔法の森を走らなくても最短距離で人里に行けるんです。」
「ほえー、と言う事は魔理沙、かなり体力を温存できたんだなー。」
「そうねぇ、地図で見る限りでは普通に走るとけっこう厳しい道だからね。」
元気よく大地を蹴って、椛に追いつく魔理沙。他の人妖も分かっては居るようだが、ペースが上げられないみたいだ。このまま、上手く先頭の美鈴を追い抜いて欲しいのと、無事に競技が終わって欲しいと思いつつ、私はスキマに向かって。
「魔理沙、頑張って・・・!」
そっと指輪を握りしめて、魔理沙に声援を送る。人里は流石に遠いため、魔力のリンクを構築できない事は分かっていたが、それでも、この想い・・・魔理沙を想う心だけでも届いて欲しかった。
その願いに答えたか、太陽の光の反射かどうかは分からなかったけど、きらりと9色の輝きが、見つめる魔理沙の指輪から帰って来た。
ミ☆
ショートカットが上手く行ったようだ。でも、こんなに上手く椛と合流出来たのは非情にありがたい。
椛の良く見える目で把握した状況を聞きつつ、私は状況を整理していた。
身体能力が凄まじい美鈴がトップ、ショートカットを利用し優位に立ったままの屠自古が二位なのは分かるが、特に身体が強靭でもない輝夜が3位に付けているのが凄い。永夜事変の件があるので、引きこもっているイメージが強いがそんな事は感じられない。
そこから少し遅れた所に私達が付けている、と言う所か。その後ろからは、息を切らした藍、鈴仙、咲夜、そこから少し遅れ橙と神子、そして秋姉妹が出て来ている。
「あれ、燐は?先に走っていたと思ってたんだが。」
「それが、途中でさとりの救助に向かったようです。」
「私が地下道を経由していた間だな。」
古明寺姉妹は一体何を考えているのか本当に分からない。だがチルノはそこそこの順位に付けているので、まだ試合展開如何では逆転もありうるので、チームとしての勝ちを放棄している訳ではなさそうだ。
「で、コースの状況はどうだ?」
「人里は各地に進入禁止の看板が掛けられて入り組んでますね。魔理沙さんの思うような長い直線はありませんね。」
「じゃあ、農地でしかけるのが正解か。」
「そうですね。」
状況の整理がこれで完了した、人里はもうすぐである。人々の歓声を受けながら人里の大通りに繋がる街道を走りぬけて行く。
「では、予定通り次は人里で皆を出し抜くか。付いてこいよ?」
「勿論です、魔理沙も遅れないように。」
「上等。」
そんな短い会話を交わして里に突入した私達であるが、かなりの距離を走っているにも関わらず合流した椛のペースはかなり早い。普段から訓練しているのと、俊敏な白狼天狗だけあって結構な距離を走った筈なのに、まだ息が乱れていない。
私はと言うと、ちょっと走っただけで呼吸が荒くなっており、やっぱり只の女の子だなぁと実感してしまう。
「右や左や・・・ああ、空から見ると人里も単純な構造に見えますが、走ってみるとそうもいきませんね・・・」
「これ、ある程度封鎖されたりして、コースが決まってるから走りやすいけど、実際に歩くとなるともっと迷えるんだぜ。」
「ですねー、あ、霧雨屋が見えます。」
「よし、ウチの前を左に曲がって少しの所に目的地のアミーゴがあるんだぜ。」
ペースを維持しつつ徐々にチェックポイントであるアミーゴ前と迫る。ここは給水地点も兼ねており、冷えたドリンクが用意されているのである。
周囲も此処が人里であり、ヘタに能力を使えば一発で失格もありうるので、皆、能力を発動せずに黙々と走り込んでいる。
この運動会の根底にある趣旨の一つで、普段なら能力や弾幕で白黒付けてしまう事を敢えて、こうした体力勝負的な要素を入れて競い合っているのだ。
本日閉店の札が掲げられた霧雨屋を左に曲がると、でかでかとアミーゴの看板が見えた。実はこのアミーゴ、名付け親は私で、丁度一年ほど前におやっさんが名前を公募していたのに便乗したのだ。
あの時は、あーたんとアリスを呼んでいたっけなぁ・・・余談だが、今でもたまにお互いの事をニックネームで呼ぶけど恥ずかしいから二人っきりの時だけに限定している。
「魔理沙さん、そろそろです!」
「・・・おお!取りこぼしの無いようににしないとな。喉もからからなんだぜ。」
美鈴、屠自古、輝夜がスペシャルドリンクを飲みながら前方を走っているのが見える。私もそれに倣って冷たいおやっさん特製のスペシャルドリンクをゆっくりと口の中に入れて転がす。これは、身体を動かす時の豆知識だが、一気に水を飲むと消化器官に負担がかかるから、最初は口に入れてから転がし、ゆっくりと呑んだ方が良いのだ。
白狼天狗の身体の構造はどうなってるかは知る由もないが、椛は口を付けて一気に飲み干した。
「あら、意外といけますね。これ。」
「だろ?コーヒーだけが目玉じゃないんだぜ。」
「妖怪の山でも飲めないでしょうかねぇ。」
「頼む価値はあるんじゃないか?」
「終わったら交渉してみます。」
長い大通りで沿道の歓声を受けながら走る。広い人里も徐々に終わりが見えて来て、非常にのどかな田園風景が視界の先には広がっている。私は、ドリンクの回収地点に半分ほど残った入れ物を置いて、額を拭った。そして、私の横で揺れる、銀色のふさふさした物に無意識に手を伸ばす。
「ひゃんっ!!ちょっと!何をするんですか?」
「うーむ、にとりがもふりたい理由が分かるんだぜ!」
「んもぅ、にとり以外にはもふられた事無いのに!!」
凄い事をカミングアウトしたが、それよりも手に返ってくる椛の尻尾のふさふさの非常に良い毛並みは、ずっとこうしていたくなる位に心地良いものである。ちょっとだけ疲れが取れたような感じがして、前に置いて行かれない、そして後ろに追いつかれない程度のスピードでしっかり走る。
沿道で手を振る人に手を振り返し、人里を後にして農地の方へ進路を取る。農家の人達も手を振り、こちらに挨拶をしてくれる。
「のどかな道ですねぇ~、魔理沙」
「そうだな・・・出来れば嫁さんと一緒に歩きたいんだぜ。」
のんびりとした会話をしていると、神子が屠自古と合流するため、ペースを上げてきた。私達を抜き去り、健脚ぶりを披露している。
「ああ、これを外して来た方が良かったかも・・・」
「暑そうじゃないか。そんなの付けて、選手のみんなが何処で仕掛けるか聞きとるつもりだったのか?」
「いえ、無くても聞こえますよ?無いと落ち着かないんです。」
「成程。」
等とのたまいながら、愛用のヘッドホンを取っては耳の汗を拭う。10人の人の話を聞く耳をどうしてこの競技に持ってきたのかはおおよそ察しはつく。皆のショートカットの状況等をいち早く聞きとり、それを利用して追い上げる戦術を取るためだ。最初に屠自古をチルノに付いて行かせたのも、アレで焦らせて皆がガンガンショートカットを使用するのを狙っての事だろう。
後続に回って神子と十分に距離を取ってあのショートカットを利用したのは、彼女に私の使ったショートカットを使われない為でもあったのだが・・・他のショートカットを上手に使っているので一つ位封じても焼け石に水と言うところであろうか。
私達は少しずつ距離の空いていく神子の背中を見やり。
「・・・まぁまぁ、それは運動会終わってからですかね。」
「だな、じゃあ、さっさと済ませるぞ!」
「結構な事じゃ、ささ、はよう・・・して下さい。」
「お願いします、魔理沙さん。」
恋色の結婚指輪にキスをする。アリスとのリンクを発動したときにこっそり蓄積していた魔力を解放し、私と椛に身体強化の魔法をかけようとした所で私はある異変に気が付いた。
「あれ、いつの間にか椛が二人いるぞ?」
椛はいつから分身の術を覚えたのか?見た所、白い髪に特徴的な耳、ふさふさの白い尻尾。更にはスタイルも同じな椛が二人並んで走っているのである。
これはどう言う事なのだろうか・・・
「「あれ?」」
椛達は、お互いの姿を見てまずは驚きの表情を浮かべた。それもそうだ、自分と同じ姿の存在がいりゃ誰だって驚く。
「「どうして私が?」」
走りながら混乱する椛達。だがもたもたしている余裕は無い。ドッペルゲンガーか生き別れの双子の感動の再会かと、一瞬は思った。でも、参加者の中で一人だけこのようなマネが出来る奴が紛れている事をすぐに思いついた。
もしこれが昔の私で短絡的に判断するようであれば、これで、出し抜けたかもしれない。だが、嫁さん譲りの洞察力、そして戦術眼が今の私には備わっている。
・・・この状況を打破するために、質問すべき事は一つだ!私は遠くに見える何かの影を指して叫んだ。
「あ、アレはなんだ!」
「・・・むう、何も見えないのう。」
「紅魔館妖精メイド・あの制服は恐らく門番隊の物ですね。」
「本物はこっちかー!!」
やはり、読み通りマミゾウの裸眼視力は相応に悪かったようだ。寸分狂わず報告をしてくれる椛と自分に魔法をかけた。アリスと通わせた温もりとか、優しさを一杯に含んだ魔力が私の身体に満ち、これまでの疲れが嘘のような身体の軽さになる。
身体強化の魔法は白蓮の専売特許ではない、だが彼女のそれよりは見劣りはするが、今の私達には十分すぎる切り札だ。
「バレては仕方ないのう!なら儂も、全力で走るまでじゃ。」
危ない所であった。変身を解いて大きな特徴的な尻尾を揺らめかせているマミゾウに身体強化の魔法をかけてしまったら、三人分の身体強化の魔法をかけるだけの魔力は持ち合わせていないので、椛が私を追跡出来なくなるばかりか、マミゾウに出し抜かれてしまう所であった。
マミゾウが更にスピードを上げた。だが・・・今の私達には魔法による強化がある。化け狸なんかには後れを取るもんか!
あっという間にマミゾウと神子を置いて行き、先頭の美鈴から徐々に放されて行く輝夜と屠自古を抜き去った。
「流石ですね・・・・・!」
「へへっ、普通だぜ。」
「ですが、ここはお嬢様の為にも負けられません。本気で行きますよ!」
動きやすさを重視し、いつもの長い紅い髪を華仙のようにお団子にした美鈴が、気の流れをコントロールして身体を強化したようだ。只でさえ強靭な肉体を持つ彼女がそんな事をしたら、元が人間の女の子である私ではどうにもならない。
折角追いついたのにさらに加速する美鈴。この情熱を私が本を仮に行く時とかに燃やせばもっと防衛も上手く行くのだろうが・・・
なんとか置いて行かれないように、懸命に走っていると後ろの方で凄い歓声が聞こえた。
「何事だ!?」
「待って下さい・・・高速でさとり達が乗った火車がこちらに向かってきます。」
「待ってぇーおねえちゃーん!!」
「これ以上待てないわよ!!お燐、飛ばして!!」
「よいよいさー!」
超高速で迫りくるお燐の火車。それにしがみついたこいしにへばったチルノが抱きついている。何と言う光景だ。
「ルール的に大丈夫なのかよ?」
「一応走ってますからねぇ・・・」
「確かに、走行してはいるからなぁ。他に何か・・・って、あ!」
その火車を猛烈なスピードで追いかけてくる一台の大八車の姿があった。一見すれば只の大八車だが、ところどころお洒落な秋の意匠で彩られている。
こんな大八車でやってくる⑨は2人・・・いや2柱しかいない!
「お姉ちゃん!農民の皆様の期待にこたえるためにも頑張りましょう!!」
「ええ、派手に行きましょうか、行くわよ、穣子ちゃん!!」
「「・・・秋キー、セット!!」」
ミノリダーに変身した穣子達が、何処からか現れたオータムサイクロンに乗って追走してくる。途中、いとわろし!!とかまたですかー等という断末魔の悲鳴が聞こえる。コースは紅魔館まで一直線なので秋祭りの映画で見せた失態は期待できそうにない。
「派手に行くわよ、ミノリダー」
「ええ、しっかり捕まってて!!」
加速して追い上げてくる燐とミノリダーが、美鈴を追い抜いた。私達も、少しペースを上げて、何時でも仕掛けられる距離を維持し始める。少し背中が見えて来た所で、さとりとこいしの押し問答が聞こえてくる。
「こら、ちょっと!こいし、放しなさい!!」
「えーやだー、お姉ちゃんと一緒にゴールするの!!」
「今日ばかりはそう言う訳にはいかないわ。お燐?」
「わかりましたー振り落とします!!」
突如として蛇行を始めるお燐の火車、。これで、こいしとチルノを振り落とそうという魂胆だ。その凄まじい蛇行は、あまり力のない覚り妖怪ではその管制に耐えられない。哀れ振り落とされたこいし達は・・・
「あーおねーちゃーん・・・わぷっ!」
「きゃ、ちょっと、放しなさい!!」
丁度後ろにいた美鈴の顔面に抱きついてしまい、気の流れが乱れたのかペースが落ちて行く。気の毒だが、これは仕方が無い。その隙に先頭に躍り出たミノリダー、もとい秋姉妹が先頭になり、そこをお燐の火車と私と椛が追うという三つ巴の優勝戦線となった。
「このまま逃げ切るわよ、ミノリダー!!」
「アンタ達だけには良いカッコはさせるもんですかぁああああ!」
激しく火花を散らすオータムサイクロンと火車。抜かしにかかろうとしても、細いあぜ道な上、ぶつかり合うオータムサイクロンと火車が邪魔になって中々仕掛ける事は出来ない。
「ま、魔理沙!ちょっと、これは・・・」
「ああ、予想外だぜ。だが、私の魔法の前には!」
「あっ、また身体が軽く。」
「まだまだ・・・強化出来るぜ。今で丁度、80%ってとこだ。」
我慢してペースを上げて追跡しながら細いあぜ道を越えると、なだらかな傾斜のある丘を越えていくと、徐々にグラウンドの姿が見えてきた。長い道のりであったが、あそこがゴールである。
「魔理沙!ゴールが見えて来ました!」
「ペースを上げるか。120%まで行くぞ!!」
「はいっ!!」
最後のひと踏ん張りと、魔力をみなぎらせ身体強化の呪文をより強く発動させる。効果時間は短くなるが、その分ペースを上げる事は出来る。
ここで元々の身体能力の高い椛がアクションを起こした。
「魔理沙、先行します!」
「分かった、じゃあ後ろの方は任せてくれ。」
やっぱり白狼天狗の身体能力の高さは、人間や魔法使い、河童や獏なんかよりも優れている。水中では、河童の独壇場だろうが、残念ながら今日は水泳大会じゃない。
力強いストライドで大地を駆ける椛が私の少し前に出た所で、オータムサイクロンが不自然に揺れる。 パンという大きな音を立てたかと思えば、大きく荷台の方が蛇行を始めた。
「いけない・・・アキシズ、パンクしたみたい!」
「・・・ミノリダー、後は貴女が!」
「任せて!とぉっ!!」
どうやらパンクのようだ。派手な装飾が施してあるとは言え、所詮は里で一般的に使われる大八車の範疇は出ないと言う事か。
コントロールを失ったオータムサイクロンから穣子が華麗なジャンプと共に降り、これまた尋常ならざる脚力で走り始めた。
「・・・も、もう限界!」
「オータムサイクロンが!!」
そしてオータムサイクロンと静葉が失速する。外れたオータムサイクロンの車輪やコントロールを失った荷台と静葉が私の足元目がけて迫りくる。そして、私の視界が急激にスローモーションになった。
「しまった・・・避けられない!」
弾幕戦でもありがちなミス・・・そう、高速弾に勢い余って衝突する。これは弾じゃないがそれに近い状況になると私の脳が判断したようだ。集中し、神経が研ぎ澄まされた私の視界がスローモーションになる。軌道を計算し、回避の準備をした私であったが、車輪は交わせても・・・このままでは静葉を交わす事が出来ない事を割りだした。
「危ない!魔理沙っ!!」
視界が揺れた。スローモーションが解けた私の前にはさとりの火車とミノリダーの姿だけが見える。慌てて横を見ると、オータムサイクロンと、それを両手で受け止めた椛の姿が見えた。
「・・・後は、頼みましたよ!!」
と、大声で想いを託してくる椛。激しい地滑りの音がした、椛の踏ん張る声が聞こえてくる。
「止まりなさい!!こぉのぉおお!!!」
「はい、止めます、止めますから!!」
侵入者がやって来た時ののような気迫に満ちた声と共に、後ろでぼふっという大きな音がした。振り返ると大きな紅葉の山が出来ていた。
「あの紅葉の山の中か・・・?」
恐る恐るちょっと走ってから振り向くと、落ち葉の山から脱出した椛が見えた、だが、私を追う事はせず、その場にへたり込んでしまっている。魔力と自前の力を総動員して、あれだけ高速で移動する物体を制止させたのだから、はやりタフな彼女でも体力の限界と言う事であろうか。
安堵の気持ちと共にあっと言う間に小さくなる椛に感謝しながら、私は先を走るミノリダーとお燐の追撃に戻った。
私の魔力は精神力にも依存する部分があり、不慣れな筈の身体強化の呪文なのだが精神力が魔力を高めてくれているようで、効果が上がっている。
「椛の分まで・・・負けられるか!」
魔力が全身に満ちる、足が動いて、お燐とミノリダーとほぼ横一線に並ぶ事が出来た。グラウンド続く道をゴール目指してなおも突っ走る私。
「お燐、もっとスピードを上げられないかしら?」
「さとり様、申し訳ございません。これが・・・限界です!」
「あら、まだまだよ・・・秋の力、存分に見せてあげる!」
ここまで来ると、体力は限界なので各々の意地や精神力のぶつかり合いだ。心の強さは妖怪や神様にも負けない。僅かに前に出れたり、後ろになったりと激しくポジションが入れ替わる。その勢いでグラウンドへ突入、ゴールまでの距離はあんまりない。
「魔理沙!頑張るのだ!!」
「・・・お父様!!」
歓声沸き立つグラウンドで懸命に応援するお父様の激励を受けて、力をみなぎらせた私は、ゴール地点に張られた真っ赤なゴールテープをなんとかして切ろうと、最後の力を振り絞る。魔力も限界が近い、息も苦しい。足がもつれて少しペースが落ちた。遠ざかる先頭の背中を見て舌打ちをする私。
「魔理沙~負けるなぁー」
「お嬢様、ファイトです!!」
「しっかり、魔理沙!」
チームメイトの声援が少しだけ疲れを癒してくれた。まだ走れそうだ・・・最後に心配そうに見つめるアリスと目が合った。コクリと頷いたアリスは、指輪の機能を使って私だけに聞こえるように声をかけてくれた。
≪頑張って・・・魔理沙!≫
どんな言葉よりも温かいその言葉が最後に心に染みた。ココロに染みるその愛する人の言葉は、今の私には何にも変えられない最高の魔法だ。
「負けられるかああああぁ!!!」
最後のひと押しとばかりに猛烈にダッシュ!再び追いついた私は、少しでも早くゴールテープを切るために思いっきり無い胸も突き出し、私はゴールに到達した。
身体強化の魔法が切れたので、ゆっくりとペースを落とし徐々に歩きへと移行する私。全力疾走の影響か息を付いているお燐と、こいしの寵愛を受けたのかちょっと元気の無いさとり、変身を解除して大の字で寝そべる穣子を見ていると、藍とマミゾウがグラウンドに入って来たのが見えた。僅かに遅れて橙が入って来たのを考慮すると、藍が様子を見て、妨害を受けないタイミングで式神の力を使った物と考えられる。
「これで、4、5位は確定だが・・・」
競技が終わったため、アリスと魔力のリンクを構築し、自分の身体にヒーリングをかけておく。温かな魔力が私に流れ、徐々に疲労が消えて行くのを感じる。
だが、身体の疲労は消えつつあったが、消えない懸念があった。私達先頭集団はほぼ横一列でゴールしたため、順位を付けるのが難しい状況である。その証拠に、結果はまだ読み上げられていない。胸元にかかったままのゴールテープに目が行った。結構な長さがあるそれを手繰り寄せて畳み、他の選手の様子を見ていた依玖に渡しておく。
「まだ順位が出ていないな・・・どうなってる?」
「今判定をしている所です。スキマがもうすぐしたら、この噴水の上に展開されるようです。」
「ありがとなー。早く出ないかなー」
そう言いながら立ち上がり、グラウンドに判定用に拵えられたスキマを注意深く眺め始める。審議中と出ていた画面が歪み、徐々にグラウンドの様子が映し出されてゆく。
「いよいよか・・・」
横一列で猛然とゴールに突っ込む私とお燐の火車と、私と、オータムサイクロン。殆ど差は無いように見える
・・・だが、スキマの映像がスローモーションになると私は驚きの余り声が出なかった。
ゴールテープを一番最初に切っていたのは、火車から突き出されたさとりの手、次にゴールに到達したのは穣子の胸、悲しきかな、私の胸ではたわわな穣子の胸には敵わない。
―文字通り、胸の差で負けてしまったのである。
【結果】
アンダーグラウンドサードアイズ 10pts
早苗と愉快な神様達 8pts
恋色婦々と愉快な仲間達 6pts
八雲・西行寺体育倶楽部 4pts
命蓮寺☆運動愛好会 2pts
結果が決まった所で、私は大きな溜息をついたが、同時に安心感が広がっていった。あれだけ走って異常は今のところは無い、と言う事であれば昨日から続く気だるさは一過性のだるさであるという確証をもつ事が出来たから。
良かった、そう思いながらお腹をさすっていると、つい先ほどゴールした元気そうな椛が私の方に寄って来た。
「大丈夫か?」
「はい。紅葉がクッション代わりになりました。この通りです。」
「だが、足をすりむいているようだな、ちょっとじっとしててくれ。」
「この位、かすり傷ですよー」
ぴょんと跳ねて見せる余裕を見せては居るが、大事を取ってヒーリングをかけてあげる。アリスに従事して覚えて、今ではもうアリスも唸る回復力を誇るようになった。
椛の傷が癒えた所で、続々と選手がゴールしていくのが見えた。もうこの競技も大詰である。
「・・・戻るか。」
「はい、この事を報告しませんと。」
短く会話を交わし、選手席に向かって歩き出し、アリスの姿を見つけた私は、そっと近くに寄る。皆がこの結果にどう言う反応を示すのであろうか。
「おかえり、魔理沙、椛。ご苦労様。」
「ああ、アリス。ただいま。胸の差で負けたんだぜ・・・」
「うん、見てた。惜しかったなぁ。椛、あのオータムサイクロンを受け止めるなんてやるなぁ~」
「まぁ、魔理沙の身体強化魔法が無ければ分かりませんでしたが。」
にとりが本当に残念そうに言っていたが、表情自体は実に穏やかなものだ。穏やかな笑みを浮かべるアリスがよしよししてくれる中、自分の胸を見ながら少しだけ悔いた。だが、こればっかりは自分の発育の悪さに問題がある。・・・最近は大きくなってきてるけど、元からそれなりにある穣子には敵わない。
女の子としての魅力に欠けた身体は、ちょっとアリスには申し訳なくも思う。だが、アリスはそんな私をそっと後ろから抱きしめてきた。そして、胸を寄せるように抱きかかえられる、くすぐったさに少し声が出そうになったが、皆の前だから我慢我慢。
「大丈夫・・・魔理沙の胸、私大好きよ?」
「アリス・・・」
「おお、あついあつい。白昼堂々見せつけてくれちゃってぇ。」
霊夢に茶化されたが婦々愛モードに入った私には聞こえない。ぎゅっと触れる肌の感触と抱き寄せられる腕。きゅっと寄せて貰えば、私の胸も少しは大きく見える。
・・・今はこうやって、アリスがぎゅっとしてるけど・・・そう近くない未来に、私の娘もこの胸で甘える日がくるのかな。
お腹に視線を落として、クロスカントリーを走って特に何事もなく過ごせている事を鑑みるに、その日はまだ遠そうだなと思いつつ、アリスの温もりを感じる。
「優勝したかったが・・・仕方ないぜ。」
「でも、お嬢様も椛さんもカッコ良かったですよー」
「はは、ありがとな。真夢。」
負けてはしまったが、お互いに出せる物を出して負けたのだから悔いは無い。切り替えてまた次の競技に力を尽くすのみだ。真夢の白黒の髪を触りながら、のんびりまったりとした時間を過ごしていたが、やがて次の競技の準備が始まったのか、アナウンスが入った。
「障害物部屋に出場する選手の皆様は、紅魔館前にお集まり下さーいっ!」
「今度は私ね・・・」
アリスが私から離れて表情を引き締めた。私は硬い表情のアリスの頬をむにむにとほぐす。少しくすぐったそうにしていたが、意図は伝わったようだ。
アリスの柔肌を堪能した私は、アリスよりも緩みきった顔を向けて。緊張はしないようにと伝える。
「リラックス、だぜ。緊張してたら、アリスの実力が出せないぞー」
「そうね、忘れてたわ。頑張ってくる。魔理沙も応援していてね。」
「勿論だぜ。あ、後・・・魔法をチャージしておくから。」
「ありがとう、使わせて貰うわね。」
アリスを抱きしめて、指輪に魔力を込めておく。もし何かあった時に、絶対に役に立つからだ。にとりも椛達と何か話していたが、魔力のチャージを終えた私達がすっと離れて視線を交わし合っているとアリスの肩を叩いた。
「そろそろ行こうか、盟友。」
「ええ。行きましょうか。」
帽子とトレードマークのリュックが無いとこうも印象が変わるんだな。河童とは言うが、頭頂部が禿げている訳では無い事も分かった。これは普段の格好じゃ見れないなぁと思いつつ当たりを見回すと、監督である聖や紫等も今日は体操服姿である事に気が付いた。長い髪を後ろで御団子にした聖や、年甲斐もなくトリプルテールにしている紫。いくつになっても皆女の子なんだなぁと思う。
「頑張ってな。」
「ええ、魔理沙に負けないように頑張るから。」
ニッと笑うアリスに笑顔で答えて、私は紅魔館の方へ向かうアリスを見送った。椛と真夢ががんばってー等と言っている。
「・・・アリスも変わったわね。」
「ああ、明るくなったんだぜ。」
「それに、魔理沙も変わったわ。この半年で随分と大人になったような感じがするわ。」
「うーん、それはどうかな。でも、嫁さんを養っていくにはいつまでもだぜだぜと力技で解決する訳にもいかないしー」
「アンタの口からそんな言葉が聞けるなんて夢にも思って無かったわー」
「普通だぜ?」
いつもの調子でそう言った私に、霊夢が雲ひとつない空の太陽を眺めながら、私の方を見ずにそのままぼそりと呟いた。
「・・・今のアンタ達なら立派な母親になれるわよ」
「ああ・・・」
親友の一言に頷いた私はまたお腹に視線を落とした。トクンという優しい鼓動と、走って魔力を消費した事による空腹感が帰ってくる。
ぐうと鳴るお腹に私は溜息を付き、移動を終えたアリスの様子が映し出されているモニターを見やった。
ミ★
―障害物部屋
紅魔館内部に空間操作により設けられた障害物満載の部屋をくぐり抜けて、ゴールである紅魔館メインエントランスより最初に脱出したチームの勝ち。(クロスカントリーと異なり、チームでゴールしなければゴールとみなさない。)
なお、クロスカントリー同様、制限時間以内にゴール出来なかった場合は例え5位に入っていたとしても点数は与えない。
能力の使用は制限しないが、部屋の壁を破壊する事等、ルールを根底から覆すような使用は禁止とする。あくまでも、障害物を突破する目的での使用に限られる。(紅魔館大運動会選手用プログラムより。)
「あれ、にとり。リュックは?」
「今日はポケットサイズの工具を持ってきてるんだー」
「へぇ、それは便利そうね。」
アリスに携帯工具を見せてあげた。河童の技術は、幻想郷でもとびきりの物である。最近では外の世界の技術等も取り入れた工具なども開発されている。少々の罠なら、これでちょちょいのちょいだ。工具を仕舞って大きく伸びをして柔軟に取りかかると、アリスがほほ笑みながら私にとんでもない質問をさらりとしてのけた。
「所で、椛とは何処まで行ってるの?」
「な、なんて事を質問するんだよぉー!!」
頭の天辺まで血が上った。椛は長年来の友人で、魔理沙とアリスが付き合う前どころか魔理沙が生まれる前うんと前からの長い付き合いだ。まぁ、同じ部屋で一つの寝床で寝たりとか、お風呂とか一緒に入ったりするけど・・・でも、お互いに好きだとかって意識していないなぁ。友達としては凄く仲が良いとは、思うんだけどさぁ・・・
「この前、じゃれてたじゃない。」
「あ、アレは椛の尻尾を見てると・・・なぁ。」
真っ赤な顔のまま言いながら、参加者を見ると実に多彩な顔ぶれが揃っている。この競技の参加者は先の二競技に出場していなかった選手だ。やる気満々のスカーレット姉妹が相談をしていたり、星がナズーリンに散々注意されていたりと、相変わらずの緩い空気が漂っている。
「まぁ、他の天狗に口説かれる前に口説いときなさいな。椛もモテるだろうしー」
「だ、だからそんなんじゃないってー!!」
だがこのアリスは、攻撃・・・もとい口撃の手を緩めるような事はしない。このアリスに、魔理沙はこうやって口説かれてるのかなぁ・・・
色々と言ってくるアリスと調子を合わせていると、キスメをぶら下げた空の姿が見えた。地底の妖怪はイマイチ好きになれなかった時期もあるけど、水を汚さない彼女らは別に嫌う理由も無い。
「しかし・・・釣瓶落としも、参加するのか。走れるのかねぇ。」
「さぁ。流石に四六時中あそこに入ってるわけじゃ無いと思うわ。お風呂とか入れないだろうから・・・」
制御棒を外してかなり身軽な格好の空の横で楽しそうにしていたキスメであったが、おもむろに空が桶を脱がした。その小さな桶に隠していた体躯相応のおみ足が姿を現した。
そして、二本の美しい足で大地を踏みしめる。その光景には思わず。
「「き、キスメが立ったぁ!!」」
普段は桶の中に隠しているのを出したせいか、モジモジと恥ずかしそうにしているのがいじらしい。可愛い等と空が励ましているが、元々引っ込み思案な彼女は物陰に隠れようとしている微笑ましい光景。
そんな光景を眺めていると、見慣れないドヤ顔が私を覗きこんで来た。
「お主ら、それは足フェチと言う物であろう。」
「出たなぁ!ドヤ顔!!」
「ドヤ顔では無い。我は布都だ。」
最近の霊廟の異変以来姿を見せるようになったが、こうして直接話をするチャンスはあんまりない。名前も咄嗟に出てこなかったので、思わず特徴を叫んでしまった、ちょっと反省。横ではアリスが何かを企んでいるような冷たい笑みを浮かべており、そんな彼女が発した言葉は・・・
「ねぇ、ふーちゃん?」
「なっ、そ、その名前で我を呼ぶなぁ!!」
「「ふーちゃん」」
「お主・・・は、恥ずかしいではないか・・・うぅう・・・・・」
即興で合わせてみたが上手く行ったようだ。真面目な奴はこうやってからかうに限る。椛の時と同じ要領だ。
布都は案外、からかわれるのに慣れていないのかもしれない。半べそになりかけた彼女であったが、頭に何かを付きつけられた。視線をやると意地の悪そうな笑顔の天人がこちらを見据えて河童制の空砲を付きつけて来ていた。
バンとウインクしながら言って空砲を降ろした。やたらとカッコつけたガンスピンを決めながら、ブルマと体操服の間に空砲を挟んだ天子は私達に。
「さぁさぁ、並んだ並んだ。もうすぐ競技開始だよー」
「天界組は競技に参加しないのね?」
「それも検討したけど、チームに縛られるのが嫌だし、昨年のような個人勝負の方が好きなのよー」
「らしいと言えばらしいなぁー」
多分依玖にでもして貰ったんだろう。かわいいみつあみを揺らしながら、耳を塞いでピストルを上に掲げる天子。色々話していた人妖が鎮まり返り、位置に付く。空砲を抜き、上に高々と掲げて耳を塞ぐ。
「じゃあ、位置に付いて・・・・よーい!」
高まる緊張感、私は思わず息を飲んだ。傍らでクールに振る舞っている筈のアリスにもやや緊張の色が見える。
「ドン!で良かったんだっけぇ?」
参加者が皆ずっこけた、流石謙虚な天人は格が違った。緊張感がデストラクションし、文句が噴出する。だが、天子は気にも留めず再びピストルを上に構えた。
「こ、今度はちゃんと引くわよ・・・よーい。」
パァーン
空砲の小気味よい音が響き、レースの火蓋が切って落とされた。
ミ☆
なんか間の抜けた展開だったが、天子の高らかな宣言と共に、障害物部屋の幕が開けた。スタートして、横一列のまま最初の部屋に突入する。
「危ない、盟友!!」
にとりの一言とのびーるアーム(携帯型)の拘束もあり足を止めた私、慌てて足元を見るとそこには暗い何も無い空間が広がっている。
右足が辛うじて細い足場にのっているが、もう一歩足を踏み出していたら、そのまま転落していた可能性が高い。
「ありがと、にとり。」
「どういたしましてぇ。」
そして視線を上げる、大きな竪穴の開いた部屋の中央に何本かの細い通路が通っているだけのこの部屋。この細い通路を渡って、対岸に渡れと言う事だ。ちなみに、落ちても大丈夫なようにネットは敷いてあるが、上に登る為の梯子は対岸には無いので、落ちたらやり直しである。
「これはまぁ・・・」
「下を見ちゃダメよ、バランスを崩してしまうわ。」
他の人妖も、恐る恐るその一本橋を渡っている。空を飛べない競技である以上、落ちれば深刻なタイムロスになるだろう。何度かふらついたりしながら、橋の中ほどまで来た時、視界の端で何かが動くのが見えた。
目で追うと、その何かがにとりの進路上を通過する事が予測できる。
「にとり、止まって!!」
「えっ?」
足を止めたにとりの前を何かが掠めて行った。その何かを追っていた目に今度は私目がけて飛んでくる物が見えた。一歩下がってそれをやり過ごした時に私が見た物は・・・弾幕戦の時になると湧いて出てくるあの毛玉であった。
「こ、これは・・・毛玉!?」
「また来るわよ!警戒を怠らないで。」
返答の変わりに側面から毛玉が大量に射出されてきた。参加者は一同、各々のやり方でそれを回避したり、毛玉を攻撃したりと対策を講じ始めていた。私は人形に盾を持たせて、毛玉を弾き返す命令を出し、私とにとりの周りを周回させ極力足を止めないようにする。
ついでに弾き返した毛玉が他の人妖に当たってくれれば妨害にもなるだろう。
「わぁ、びっくりしたぁ!目の前掠めていったよぉー」
「お、お主のびっくりした声の方がビックリするわ!」
「うにゅ~・・・キスメちゃーん、フラフラするよぉ。」
「頑張って空、私だって慣れない足で走ってんだからぁ。とうっ!」
「あのキスメの回し蹴りカッコいい~」
「フラン、見とれていてはダメよ。この位は切り伏せなさいな。」
「はーい。程々にするねー」
だが、やはり弾幕少女達には飛んでくる弾を交わす技術には長けているようだ。その中で一番最初に飛び出たのは、早苗達だった。
「回転防御です!」
「ホントにこんなので大丈夫なんだー」
「ええ、何処かの女子高生はそれで自動車との衝突から身を守った実績が・・・」
回転しながらよくもまぁ、この細い橋を高速で渡れる物だ。いや、常に回転しながら飛んでいる厄神様には簡単な事とでも言うべきか。ようやく半分に早苗が差し掛かった時にまたしても異変は起きる。
「前からくるぞぉ、気を付けろ!」
「えっ、きゃぁ!」
「やりやがったなぁ!!」
早苗と雛が何かに激突したようだ。落ちた雛に手を貸している早苗を一瞥し、毛玉を人形に任せて前を向いた。今度は、只の鈍い灰色の板がどんどん迫ってくるではないか!私は咄嗟に予備の人形達を呼んで、レーザーを発射した。だが、数多の妖怪を撃ち抜き、様々な物を倒してきたレーザーはその灰色の板にはまったく効果が無い。
「だめ!効いて無いみたい!!」
他の選手も思い思いに攻撃を加えているがその板には全く効果が無い。一体どんな物質で出来ているのか・・・
「あの板は・・・まさか、あの256発撃ち込まないと倒せないアレですか?!」
早苗は何か知っていそうだ。察するに外の世界の余程強固な物質で出来た何かなのだろう。板は屈めば十分に避けられそうではあるが、いちいち屈んでいては時間がいくらあっても足りそうにない。じりじりと前進しながら、板を交わしていると余裕たっぷりのスカーレット姉妹の姿が見えた。
「フラン・・・」
「はい、お姉様!派手にやっちゃっていいのね。」
「よくってよ、でも、私達の前のだけにしてね。」
「はーい。」
レーヴァティンの赤い光が灰色の板をバターのように両断してしまった。早苗が雛を引きずり上げた後、その光景を見て呆然としている。勿論、私も例外ではない。
「256発分以上の威力はありますか・・・やっぱり。」
「一体何の話?」
「昔やったゲームです、また今度雛さんもやってみませんか?」
「そうね、この運動会が終わったら考えとく。」
早苗の家のげーむとか言う品物は、魔理沙と共にやった事はあるが余りにその数が膨大過ぎて、全てはやりきれてない。弾幕のネタにも使えそうなので、出来れば見てみたいところだ・・・って、余計な事を考えている暇は無い。
だがにとりは既にしっかりと動いていた。その場に伏せて対岸を指差している。
「盟友、人形で私を引っ張ってー」
「分かったわ!」
レーザーを射出した人形をにとりの背中に回して思いっきり引っ張る。近距離弾幕戦で距離を取るために使う荒業がこんな所で役に立つとは。灰色の板や毛玉をすり抜けて対岸に渡ったにとりは、対岸にあった機械をいじり始めた。
「ふふーん、河童にかかればこんなトラップの発生元くらい・・・よいしよぉ!」
私が今渡っているコースへの毛玉の投射及び、灰色の板の投射が無くなった。これを好機と見た私は蟹歩きでなるだけ素早く橋を渡りきる。
「ありがとう、にとり。」
「河童の技術は幻想郷一だよー」
「ふふ、そうねぇ。さ、次に行きましょう!」
「おうよぉ。」
ノリの良いにとりの返事にこちらのテンションも上がってくる。その勢いのままドアを開けて、次の部屋へと急いだ。
「今度は・・・倉庫かなぁ?」
「そこに網と梯子の団体様か。」
「とりあえず潜れって事でいいのかな。」
「多分、ね。」
2つ目の部屋は、どうやら一般的な人里にある倉庫のような部屋で、梯子と大きな網が置いてある。まず、沢山並んだ梯子の隙間を抜ける私とにとり、だがここで大きな問題が浮上した。
「胸がっ、抜けない!」
「ああ、盟友がつっかえた!」
そう、魔理沙が大好きなこの胸がまさか障害になるとは思ってもみなかった。梯子が胸に当たり、するりとは抜けさせてくれない。暫くつっかえたままもがいていると、追いついた永琳達が悠々と梯子を抜けて行く・・・てゐはともかくとして、永琳は私以上にあったのではないか?
「邪魔にならないように手を講じておくのは常識よ。ちょっと苦しいけど・・・」
「人里にはスポーツ用の下着もあるという事ね。」
「ご生憎様、押し付けて小さくなったら魔理沙に顔向けできないわ。」
「アリスもお嫁さんに揉まれて大きくなってるのかな?」
「そりゃまぁ、てゐ・・・その・・・・・って何を言わせるのよ!!」
「あらあらまぁまぁ、お嫁さんはやっぱり激しいのね。」
「ちょっと、永琳まで!!」
激しい突っ込みを受けて顔が赤く染まる。そのせいかちょっともたついてしまう、にとりもちょっと苦戦気味のようだ。反面、ルーミアやキスメといったいわゆる幼児体型はこう言う時に有利である。魔理沙なら少しは有利に立ち回れるかなぁと思いつつ、私は梯子を何とかくぐり抜けて、遅れてしまったが大きな網の攻略に入る。
「髪の毛が絡まりそうだけど、これなら何とかなるか。」
「胸がつっかえたりしないからまだ良いよねぇ~」
そう言いながら私とにとりは、網の下に身体を差し入れる。人形達に身体を引きずらせようかとも考えたが、網が邪魔になると思ったので止めておく。半分位進んだ所で視線を上げると、さっきの部屋で早めに抜け出した選手達の姿が見えた。
「羽が引っかかったか・・・!!」
「お姉様、外しながら行きましょ。あ・・・右の羽をお願い!」
「うー・・・フランも難儀だね。」
「大ちゃんも、引っかかりまくりなのかー」
「・・・ルーミア、ごめんね。」
羽が網に引っかかった他の参加者の悲鳴が聞こえる。もしにとりがリュックを持って行っていたら、ここでかなりの時間のロスが予想されるので、携帯工具に絞ったにとりの判断は正しかったと言える。ここが好機とばかりに私達は匍匐姿勢で一気に網地帯を突破する。
その小さい体躯と機敏さで網を抜けたナズーリンにお尻を押される格好となった慌てた星と並んで抜け出した私が、にとりの上の網をどかしてあげた。
「盟友、グッジョブ!」
「次の部屋もこの調子で行きましょ、にとり。」
てゐ、永琳が後ろから迫ってくる中私達は、部屋を抜け出し次の部屋に入る。そこには、ミルク缶が積んである荷車がチームの数だけ置いてあった。その前方には9個の大きな門があり、その下にはその荷車を置く所が設けられていた。
察するに、これを運んで設置しないと門が開かない物と思われる。
「力仕事か・・・・これは私の不得意分野かも。」
ここで身体強化の魔法を使えと言われるかもしれないが、既に魔法で身体の機能を維持している私には、代謝の関係上捨食の魔法との相性が悪く、効果があんまり期待出来ないのである。白蓮の場合は、あくまでも若返りの魔法を使っているだけであり、私達のような魔法使いとは微妙に違うのだ。
「ご主人・・・結構、これは・・・」
「ナズーリンは休んでて良いですよ。これ位なら、どーにかしますから。」
そう言いながら軽々と荷台を引いているのは星、このままでは置いて行かれてしまう。そこでサッと前に出て来たのはにとりだった。
「こんなの、いつも背負ってる物よりは軽い軽い~」
そう言っていとも簡単に荷台を引き始めるにとり。言われるまでもなく、私は後ろに回ってそのアシストに回った。押すだけなら、私でもどうにでもなる。ゆっくりと動き出した荷車越しににとりに質問してみた。
「河童は意外と力持ちなのね?」
「いやー、リュック背負って長時間泳ぐ事思ったらまだ良いよー」
それなりのスピードで進む荷台、ちょっとづつ星との距離が縮まってきた。だが、後方から凄い勢いで追い上げてくる荷車の気配を感じて慌てて後ろを見やる。
「お姉様、早い早い~」
「当然、この私が押す荷車は幻想郷最速よ。」
「流石吸血鬼だなぁ・・・少々のロスを物ともしないなんて。」
「関心してちゃいけないわ。頑張るから、にとりも・・・」
私達の懸命の努力を余所に遠ざかるスカーレット姉妹、彼女らから遅れる事20秒余りで私達は門の下に荷車を設置した。大きな轟音と共に門が開き、次の部屋への道が開かれる。
「ドアが・・・9個」
この部屋には何も障害は無く、ただ目の前に9個のドアと一枚の看板があるだけ。
―本番はここから!お好きな部屋をどうぞ!但し早い者勝ちで。
本番と書かれている当たり、どの部屋も一筋縄ではいかないだろう。色とりどりの扉を見るだけでも、大変嫌な予感がする。
「ここにしましょう。」
「ご主人、油断は禁物だぞ。」
「分かっています・・・」
星の声と共に、後ろにしがみつくナズーリンが部屋に入る。脅えているようで普段の態度とのずれにちょっとだけ緊張感がほぐれていく。にとりはドアの前を行ったり来たりしながら、うーんと唸っていた。
「これ、どれがいいんだろうなぁ~」
「どの扉にする?2つはもう入れないみたいだけど・・・」
「よし、今回は盟友に任せる!」
任せると言われても、色しか差異の無いドアのいずれかを選んでくれと言われても困る。競技の成績にも関わる重大な決定でもあるので、ここは正直どうした物かと思う。
でも、じっとしていては此処まで稼いだ後ろとの差が縮まってしまう。だから私は、愛する人と同じような発想に切り替えてみた。
どんな困難でも、突破してしまえば一緒なのだ、と。
その言葉を噛みしめるためにも、私は魔理沙の色である白と黒の扉の前に立ってノブに手をかけた。
「じゃあ、折角だから、私は黒の扉を選ぶわ・・・!」
「よーし、それで決まりだね。」
ドアを開けて部屋に入る。すると、独りでに扉が閉まり、カチャリと音がしてロックされた。
「後戻りはできないってことか・・・」
まぁ、だからといってこじ開けて後戻りするとなれば、それは反則だろう。諦めてコースを見わたすと、かつて新婚旅行で魔理沙と一緒に堪能した塩の香りのする水を湛えたプールが広がり、その真ん中に一本橋がかかっている。そして、その先には次の部屋へ行くためのドアが見えた。それ以外には何も無い。
「なんだー楽勝じゃん。」
「いいえ、こういう部屋だからこそ、警戒の必要があるわ。」
その予感は当たっていたようだ。橋を渡り始めた所で、耳障りな音が鳴り響きへのドア上方に、魔法で文字が浮かび上がる。
―WARNING!! A HUGE BATTLE SHIP IS APPROACHING FAST!!―
「えっ、大きな戦艦?」
「な、なんだってぇ!」
水面に波紋が広がり、徐々に大きくなる。そして、無数の地響きと共に、水が湧き立っていき、何かが姿を現そうとする。
「「・・・な、なんじゃこりゃぁ!!」」
私が魔理沙と新婚旅行で見た魚とは全く違う、金属で出来ていると思われる魚型の戦艦が次々と姿を現し始めた。いずれも中々にカッコいいので、多分、魔理沙が見たら目を輝かせるだろう。
その無機質な目と私の目が合った。大きな尻尾がしなり、唸りを上げて迫りくる。
「アリス、気をつけろぉ!!」
「!?」
金属魚が鎖付きの尻尾型アンカーによる攻撃を敢行してきたのを飛びこんで回避した私。にとりも咄嗟に水に飛び込んで難を逃れた。金属魚から視線を放さず、飛びこんだにとりの安否を気遣う。
まぁ、私とは違って水中でも長く息が続くので川流れでも起こさない限りは大丈夫なのではあるが。
「ぷはっ・・・大丈夫か、盟友~」
「ええ。私は平気、でも・・・」
顔を上げると、金属魚達の各部が光り、凄まじい弾幕を展開し始める。盾を持った人形を指輪経由で召喚し防御姿勢を取らせるのと並行し、ある物を持った人形を同時に展開し敵の最初の攻撃を凌ぐ。
「にとり、水中から援護を。上は任せて。」
「おうよぉ。ここで工具の出番だね!」
携帯工具から飛び出したのびーるアームの一撃が、先頭の金属魚を殴り飛ばした。お返しとばかりに、金属魚が弾幕を放ちそこらじゅうで水面が爆ぜて、水しぶきが頬にかかる。頬を拭い、立ち込める煙の向こうに敵を確認した私は、最愛の人を模した人形を召喚し、攻撃命令を出した。
「行きなさい、マリサ。貴女の実力、見せてあげなさい。」
「ダゼー」
ミ☆
「うーむ、ベルサー水族館(B級パニック編)か面白そうだなぁ。ワクワクするんだぜー」
スキマから見える色んな障害物部屋には部屋にタイトルが付いており、実に多彩な罠が仕掛けてある。中にはどう突破しようかと思ったりするような物もあり、興味深い。
多数の金属性の大きな魚に囲まれてしまったアリスの様子が心配ではあったが、アリスとにとりなら絶対に何とかするという確信があるので、他の部屋の様子を見てみる事にした。
「な、何!あの、得体も知れない何あの黄色い化け物は!!」
「ふ、フラン。兎に角走りなさい!あんなのに噛まれたらひとたまりもないわよ。」
「ちょっと待ってお姉様、前に置いてる逆L型ブロック、どう使うのかしら?」
「足止めに使うわよ、フラン。手伝いなさい!」
「はーい!」
レミリアとフランは765回目のコーヒーブレイクという部屋において、後ろからパクパクと口を開閉しながら突っ込んでくる黄色い球体に追われながら出口を探している。
「ご主人、本当に大丈夫なのか・・・?」
「ええ。ナズーリン、たまには、ちゃんとしませんと、ね!!」
「分かった、後ろは私に任せて。心を折られませんよう・・・」
星とナズーリンは、古城の闇の魂という部屋で、古めかしい城のような場所でギロチンや蛇人間、落石だけでなく黒い幽霊のようなものに追いかけ回されながら上部にあると思われるゴールを目指していた。
何処で拾ったかは知らないが、大きな盾と長い槍を持ち蛇人間と戦う星の姿は、普段のおとぼけた印象を拭い去る位に凛々しい。ただ、倒しこそはするものの、気絶させる等して不殺生を貫くのが、彼女達流・・・いや白蓮の教えという所か。
他の妖怪も続々と部屋に入っては、その部屋それぞれの障害に大いに苦戦しているようである。
「魔理沙お嬢様、アリスお嬢様は?」
「大丈夫だぜ。アリスなら、あの程度どって事無い。ほら。」
人形からマジックミサイルを一気に放つアリスの姿が見えた。七色の大爆発がスキマを彩り、光が晴れた所には何も残っていなかった。ただ、悠然と走りだすアリスと私を模した人形が得意気に背中を反らせてアリスの上をふよふよ漂っている。
その姿を見た霊夢は、あーあと言わんばかりの呆れた顔で。
「うわぁ、アリスには似つかわしくない派手な弾幕ね。」
「私のマジックミサイルをアリスがアレンジしたんだぜ。私のとは違って、強力な貫通能力があるんだぜー」
「成程、私のように盾を使う妖怪や硬い妖怪にも有効と言う訳ですね。」
「そう言う事だ。元々は芳香と青娥対策に考案したんだが、アリスの方がモノにしちゃったんだぜ。」
嫁さんの自慢をさらりとしつつ、撃ち漏らしたり弱った小さい奴を、水中から攻撃するにとりが片っ端から撃退しつつ、細い道を走るアリス。その先々で、凄まじい弾幕による反撃を受けたが、魔法障壁と優雅な身のこなしの前には全く当たる気配すらない。
そんな、奮闘するアリスを見てうっとりしていたが、それを遮るかのようにアナウンスが入った。
―唐傘争奪飛び込みに参加する選手は特設会場にお集まりくださーい!
「おーそろそろか。」
「もうお昼も近いしねぇ。サクッと奪って、お昼にしましょ、魔理沙。」
「良い考えだ、霊夢。ちゃっちゃと片付けるぜ。」
霊夢がゆったりとした動きで立ち上がった。私も身を起こす、クロスカントリーの疲れは少し残っているけど、全然問題ない。
心配していた体調も、気分が悪いとかだるいとか、そんな事も無い。何かあったら、医務室に駆け込んでしまえばいいので、今のところはとりあえず運動会を楽しもうと自分に檄を入れる。
「霊夢、魔理沙。気を付けてね。」
「私達はここから応援してますよー」
「ああ、留守番頼むんだぜ、椛、真夢。」
特設会場に向かうと、およそ500メートルくらいの高さはある浮島が出来ていた。私は指輪に魔法をかけて、光の翼を生やして空を舞う。
ホントは箒が欲しかった所だけど、レギュレーションの関係上それが出来そうにない。それでも、箒とは違った飛行が出来るので、普段の私とは一味違う立ち回りが出来るだろう。
「あら、箒が無くても飛べるのですね。」
「普通だぜ?」
後ろを見ると、白蓮が一輪とマミゾウを連れている。直接指示を出すために同行しているものと思われる。紫も、橙と萃香を連れて向かっているのを見るに今回は監督との駆け引きもこの競技の重要なファクターになるだろう。
集合地点に到着してスキマを見ると、大きな魔砲が干渉しているのが見えた。アリスが真剣な表情でひときわ大きな金属製の魚が放った凄まじい威力の魔砲と自らの魔砲を干渉させている。
「あら、流石ですわね。外の世界では多分に恐れられるモノをモデルに調達してきましたのにー」
「この程度、私のマスタースパークに比べたら大したことないぜ。」
次の瞬間、アリスは相手の魔砲をそのまま自分の魔砲に同調させて反射させ、ひときわ大きな金属製の魚をあっと言う間に撃破した。その見事な搦め手に私は目を輝かせた。
「いよっしゃ、流石アリスだぜ!」
「あのー、魔理沙?お嫁さん見てニヤニヤするのも良いけど、そろそろ競技のおさらいといきましょうか。」
「おお、もうそんな時間か。仕方ない、ささっと済ませるんだぜ。」
ポケットに入れていた選手用ルールブック(携帯用)を取り出し、霊夢と共にそれを読む。内容は以下の通りだ。
【唐傘争奪高飛び込み】
前半戦のボーナスゲーム!500メートルの高台から降下し、空中を漂う唐傘をキャッチして下にあるゴールまで守り抜け!!唐傘を持った状態でゴールしたチームには15点を与える、勿論二つ以上取った場合はそれに応じて点を加算する。金色の唐傘を持ってゴールしたチームには更にボーナスとして5点を加算する。
なお唐傘は全部で4つ(うち一つは金の唐傘)ある。
弾幕の使用は禁止するが、能力の使用は制限しない。但し、飛び込み競技であるため、高度を上げる行為は禁止とする。
唐傘をゲットした時の点数が大きいので、ここで金色を取る事が出来れば優勝への条件の一つとなる、7種競技でベスト4へとグッと近づく事が出来る。だが、それはどのチームも狙っている事だ。
「金色狙いで行くか?でも、考えてる事は皆一緒だろうし・・・」
「でも、亜空穴が使えるから魔理沙が引きつけてくれれば楽に狙えるわ。」
「上等、だが万が一の時の第二案を用意しておこう。」
その一言で霊夢の表情が驚きに変わった。鳩が豆鉄砲喰らったような表情と言えば分かりやすいか。ほおほおと頷く霊夢に思わず私は。
「何か可笑しかったか?」
「いいえ。今までのアンタだったら、よし、それで決まりだぜ!って意気揚々と向かってたとこだったのになぁ、って。」
「何時までも、私も子供じゃあないんだぜ。」
そういうと、どこか寂しそうだけれども納得の表情をする霊夢。そして、私の方を向いて。
「第二案として、魔理沙と私が別々の物を狙うと言うのを提案するわ。私が亜空穴を使う事を警戒するなら、魔理沙の方が動けるはずよ。」
「それもそうだな。そこは、その時の状況で考えるか。」
「それがいいわね。」
うんと頷いて了解の意思表示。アリスのように冷静に戦況を見て、的確な行動をしよう。そのためのプロセスを霊夢には分からないように頭の中で構築していく。
それでも、そう言うのを察知するのが上手いのが霊夢なのだ。
「お嫁さんに負けないように、頑張らないとね。いきましょ、魔理沙」
「ああ。気合い入れて行くんだぜ。」
ほわーんとした感じのする穏やかな雰囲気を漂わせながらも、勝負に対する強い意欲を見せる霊夢。負けず嫌いなのは、弾幕少女の条件なんだぜ。
スタート位置に向かいながら、ちらと同時進行している障害物部屋の様子を見る。
「アリスも上手く行ってるようだな・・・」
スキマに映し出される輝く最愛の人の様子を見て、指輪にそっと視線を送る。頑張れよと強く念じて、指輪に触れた。
返ってくる恋色の輝きが傍に居なくても、何時でも一緒だって教えてくれる・・・別の場所で奮闘する最愛の人に負けないように、私も頑張ろう。
決意を固めた私は、そっとお腹を押さえてからスタート地点に赴いた。
ミ☆
巨大魚の襲撃を切り抜けた私達は、幾つかの部屋をくぐり抜けて長い上り階段を駆け上がり、最後の間と書かれた場所に到達した。既に先客が居るのか、部屋の上には3個、侵入不可の表示が出ている。
「・・・しまった、一つ順位を落としちゃった。」
「うむぅ。何とか挽回したいなぁ。」
部屋の表示を見る、最後の部屋を選べと書かれた看板に部屋のタイトルが書いてある。読んでみると、こんな感じだ。
なお、侵入不可の所は読めなかったので割愛する。
オヤスミ、ByeBye提督!!
風雲 消城
区画42のトラウマ
ドキッ!モアイだらけの弾幕祭り
カニ道楽573号店
いずれも先ほどの部屋を鑑みるに、一筋縄では行けそうにないのは明白で。ここで選択を誤るとゴールにたどり着く前に他のチームに出し抜かれる可能性だってある。
「どうしようか、盟友。」
「さっきの事があるから、水産物は嫌ねぇ。」
「蟹は外すんだね、じゃあ、残り四つ!」
「トラウマとか、弾幕祭りとかはあからさまに怪しくない?」
「そうだね、じゃああと二つ・・・そういう観点から行くと、消城もなんか怖いなぁ。」
「・・・決まりね。」
―さぁ、雛さん。急ぎましょう!
後ろから追ってくる早苗の声を聞きながら、オヤスミ、ByeBye提督!!のドアを開けて突入する。そこは、琥珀色の世界が広がる・・・一言でいえば美しい世界があった。ずっと先の方に「この先、ゴール」と書かれた大きな看板と、ところどころに星をかたどったオブジェが見える。
「綺麗な部屋ね、出来れば魔理沙と見たかったな・・・」
「終わったら魔理沙と一緒に来たらいいじゃん。勿論、障害抜きで。」
「それは名案ね・・・」
前方で閃光が奔り、その光が徐々に大きくなってこちらに迫って来る。本能が危険だと察知し、考えるよりも早くにとりと共にその場に伏せた。
「また性懲りも無く・・・ごめん、にとり!」
「おお!な、なんだぁ?」
刹那、凄まじい魔力の光線と思しきものが上を掠めて行った・・・マトモに被弾していたら、只では済まなかっただろう。後ろを振り返ると、青く美しい惑星のオブジェが一つ木端微塵に吹き飛んだ。
「うわぁ。凄い威力だなぁ・・・盟友、すまん。」
「良いのよ、それよりも怪我は無い?」
「大丈夫だぞ、問題無いよー」
立ち上がるにとり、私もニースタンドのまま周囲を警戒する。幻想郷にこれほどの術者が居るとは驚きだ。
何も無いように思っていたが、遠見の呪文をかけてドアの方を見ると前方に何か球体を付けた小さな飛行物体がふよふよと飛んでいた。
・・・その数、およそ101。
「またこの手の部屋か・・・」
「でも、分かりやすくて良いんじゃない?」
「えっ、アリス?」
人形を展開し、飛んでいた飛行物体にレーザーを照射。小さな爆発と共に飛行物体は消え去り、煙の向こうには美しい琥珀色の世界が広がっている。
にとりが身を起こして、周囲をきょろきょろと眺めてからうむと頷き。
「それにしても、今日は大胆だなぁ。アリス。」
にとりはそう言って、近付いてきた大型の杭を装備した飛行物体をあっと言う間に分解した。時にはこうして大胆に行った方が物事が上手く行く事がある。それは最愛の妻が教えてくれた事なのだ。逆に魔理沙も私のように(パワーを生かした)緻密な作戦を立てるようになった。クロスカントリーで見せた魔理沙の仕掛け方は中々に彼女なりのやり方も含まれている。
今度は私の(ブレインによる計算された)力押しで、チームに貢献するのだ。
「んー、お嫁さんに似たのかもしれないわね。」
「それはいいねぇ。私も、ここは一つ頑張るぞー」
携帯工具から、お化けキューカンバー(携帯型)が放たれる。小さくても十分な威力を誇るその河童制の武器は味方になるとこれはまたとなく頼もしい。
放たれたお化けキューカンバーは、小型の飛行物体に着弾したか・・・に見えた。
「ええっ、お化けキューカンバーが!!」
「魔法障壁とはやるじゃないの!」
お返し代わりに飛行物体から放たれた大型マジックミサイルから身を護りつつ、実体弾を全て防いだ黄色の魔法障壁目がけて上海と蓬莱からレーザーを撃ちこむ。
「手応えあり、ね。」
魔法障壁はレーザーには効果が無かったようだ。飛行物体を捕えたレーザーは見事に命中、小さな爆発を伴い消える。だが、まだ終わらない。
次々と迫りくる飛行物体が、オーケストラのように様々な弾幕・・・中には炎や雷、泡と言ったような物も混ざっていたが、とにかく苛烈という言葉がしっくりくる凄まじい攻撃を仕掛けてくる。
応戦はしているが、飛行物体の前方に付いている物・・・霊夢の陰陽玉のような物が弾幕を防いでしまうために効果的な反撃が出来ず、戦況は一進一退の膠着状態だ。
「キリが無いなぁ・・・弾にも限りがあるし、ちょっと辛いかも。」
「今までのパターンだと何か発生源のような物があって、それを叩けば何とかなるかもしれないけど・・・」
少しずつ出口に進みながら、状況を打破するための糸口を探しだす。こういう時は、やたら護りの固い所とかに、重要な物が隠されているのがセオリーなので、そういった場所を割り出して攻撃するのが最も効率が良い。
大きな看板の下に、飛行物体が多数集結している場所を見つけた。そこに私は指輪から召喚した自爆用の人形を全力で投げ込んだ。
「ごめんね・・・!」
大爆発を起こす人形。愛を込めて作った人形を投げるのは心が痛むが、この際そんな事は言っていられない。爆発の向こうに、琥珀色の目の瞳孔のような物が見え、そこから凄まじい魔力が出ているのが分かった。
「にとり、あれ!」
「あいわかったぁ!でも、ちょっと時間をくれるかな?」
「勿論、派手に引きつけてあげるわ。」
そう言って前方に居た飛行物体に攻撃を加えて爆発を生じさせる。その隙に光学迷彩で姿を消したにとりは、そのまま敵の攻撃をスルーして裏へまわりこむ。
だが・・・
「うわ、何も無いトコからいきなり出て来たよ!」
「にとり、避けて!」
また閃光が奔り、強力な魔砲が放たれた。どうやら相手にも似たような能力を持ったモノが居ると言う事に少し動揺するも、次の瞬間にはその飛行物体が綺麗に分解されていた。にとりは健在である。私は、彼女の突入を支援すべく、アクションを起こす。
「上海!にとりのサポートに回って、蓬莱は私の援護を、マリサは陽動よ。」
「イエス、マイマスター」
「デーストローイ」
「ヤッテヤルゼー」
更に激しくなる攻撃をくぐり抜ける。弾が魔法障壁に当たる度に背筋が凍りつくが、いつもの弾幕よりは密度は高く無い。時間にしては僅かな時間かもしれないが緊張の所為かその時間が非常に長く感じられる。
上海や蓬莱、マリサが従えていた人形がその数と火力に少しずつ押され始め、ラインを後退させようかと考えた時に、待望の声が聞こえた。
「お待たせ!盟友!!」
にとりが包囲を突破したようだ、瞳孔に工具を向けて分解にとりかかろうとする。だが、その時、視界の端で魔力の増幅を察知、目を向けると飛行物体の先端がにとりの方を向いていたのが見えた。
他の人形達はラインの形成で手が離せそうにない・・・瞬時にそう判断した私は飛んでくるミサイルや弾をかいくぐって、飛行物体の元に駆け寄り思いっきり足を振り上げた。
「手は出なくても、足は出せるわ!!」
私が飛行物体に渾身の回し蹴りを入れた所で、にとりがドアの前に鎮座していた瞳孔のような物を分解し終えた。すると、飛行物体も次々に動きを止めて落ちて行く・・・
空間が歪み、琥珀色の世界が普通の部屋に戻っていくのを見て、魔理沙と見てみたかったなぁと思ったりもする。
上海と蓬莱とマリサが戦闘に参加していた人形達を集めて、一列縦隊で整列。ところどころ汚れたりしている私の大切な人形達にねぎらいの言葉をかけた。するとにとりが光学迷彩を解除して、その場にへたり込んだ。
「盟友ぅ~無事かぁ~?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、にとり。」
「あぁ、普段の弾幕とは勝手が違って厄介だったよぉ。」
「でもこれ、今後の弾幕に色々生かせそうね?」
「だなぁ。携帯できる高威力な武器のヒントにさせてもらうよー」
そんな話をしながらにとりの所に行って肩を貸してあげる。私も足がへとへとだったが、まだここで止まる訳には行かない。
ドアを開けると、既に一位の旗を持ってドヤ顔のレミリアとそれをほめたたえるフラン。そして、二位の旗を持って一息ついている永琳とてゐの姿があった。
「はい、アンタらは三位よ。よく頑張ったわねー」
天子が三位の旗を渡してくれたのを反射的に受け取り、他の参加者の邪魔にならぬよう、脇に誘導された私達は思わず天を仰いだ。
「そうかー、追い上げてたのは永琳のチームだったかー」
「運よく楽な部屋が引けたわ。」
「ええ。まさか、最後がしりとりや神経衰弱で済む部屋だとは思って無くてねぇ~」
「月の頭脳の裏読みには敵わなかったというわけさー」
そして、はしゃいでいるフランが私の方に近づいてくる。彼女達はどんな部屋に行ったのであろうか。
「フラン、どんな部屋に行ってたの?」
「んーとね、黄色い球体に後ろから追っかけられたり、影みたいなのと近接弾幕戦みたいな感じで落とし合いっこしたり、最後は寒い部屋で段ボールに隠れたりするかくれんぼ!すっごく楽しかったよ!!」
「まぁ、もっとも隠れるのは性に合わないから、かくれんぼでばれた時に出てくる鬼は全員吹っ飛ばしてきたんだけどねー」
かくれんぼで隠れずに正面突破、か。らしいと言えばらしい選択である、戦闘が得意なこのスカーレット姉妹ならそっちの方がこそこそ隠れ回るよりは早く終わりそうだ。
どうせならこの部屋を引きあてたかったなぁ。にとりに光学迷彩借りたら、簡単に攻略できたっぽいし。
「・・・あぁ、私達は4位ですか。途中で抜かれてしまいましたねー」
「だがご主人、まずは目標が達成できてよかったじゃないか。」
「ですねー、後でこの武器を持ち帰れないかちょっと聞いてきますね」
「ご主人、どうしてまた・・・」
「ナズーリンと、ちゃんと一緒に戦って無事に帰って来た記念と言う訳です。」
「・・・無くすなよ、ご主人?」
「こうやってナズーリンと一緒に頑張れた思い出とその品は、絶対に無くしたりしませんよー」
盾と槍を背中に背負った星が出て来た、レイピアを腰にさげたナズーリンも一緒だ。重たいだろうに、置いて来なかったのを見るとそれが必要な部屋を通過したに違いない。
ちょっといい雰囲気の星とナズーリンを眺めていると、見知ったドヤ顔が出て来た。
「むっ、我らは五位か。」
「おお、よかったー」
「アンタ達、意外と早かったのね?」
「弾を吐くモアイとその親玉のモアイ戦艦にはちと面を喰らったが、小傘が脅かしてくれて助かったのじゃ。」
「よしおミサイルを詰まらせたんだよ!凄いでしょ。」
「うーん、実物を見ていないから正直、ハッキリとは分かんないけどねぇ。」
モアイについてはパチュリーの所で勉強した事がある。外の世界にある石像で、出来た経緯については色々あるが詳しくは分かっていないのが実情である。
だが、こうして弾を吐くとなると外の世界の石像も中々脅威である。これも何時かは魔理沙とみてみたいなぁと思った。
「ねぇねぇ、また今度アレに乗せてよ?」
「むぅ。船の事を言っておるのか?」
「そうそう。あれ、すごくカッコ良かった。」
「そうか!そう言ってくれると我も嬉しいぞ、また機会があれば乗せてやろう。」
「わーい。」
はしゃぐ小傘と、徐々に幻想郷に馴染んで来ている布都を見て少し頬を緩める。競技を終えた二人は、共に困難を乗り越えて少しは仲良くなれたようだ。
これで結果が出た事になる。詳細は以下の通りだ。
【結果】
1位・レッドマジック・スカーレッツ 10pts
2位・永遠亭イナバラビッツ 8pts
3位・恋色婦々と愉快な仲間達 6pts
4位・命蓮寺☆運動愛好会 4pts
5位・レイビョウ 2pts
残念ながら一位は逃したものの、此処までの累計が22ptsとなり、二位タイに付けているレミリアのチームと早苗のチームに8ポイントの差を付けている。これで唐傘を魔理沙達が取ってくれれば、後半戦がかなり楽になるはずである。だがその逆もありうる訳で、余談を許さない。
一通り談笑を終えた皆は、食い入るように唐傘を追う各々のチームメイトの姿を見つめていた。その中に光の翼を生やして懸命に炎の翼を生やした妹紅が持つ金色の唐傘を狙う魔理沙と、亜空穴を駆使して、他の妖怪が持つ唐傘を狙いに行こうとする霊夢の姿が見えた、撹乱も兼ねているようで派手に暴れ回っていた。
・・・ゴールまでの距離はもうそんなに無い。
「ああ、霊夢、頑張れぇ~!!」
懸命に闘うチームメイトのの姿に声援を送るにとりの横で、私は届かなくても、想いは届いて欲しい・・・そんな祈りを込めて指輪を付けた左手を握りしめる。
それに応えるかのように、魔理沙が恋色の光の翼をはためかせ、加速した。
「魔理沙・・・!」
スキマの向こうの最愛の妻は目標を見据え最後の攻撃を敢行する・・・そんな妻に私の祈りだけでも届けよう。指輪にそっと手をやると、愛の証のダイヤモンドが恋色の輝きを返してくれた。
ミ☆
「今だ・・・行ける!恋色の魔法が教えてくれるんだぜ!!」
ここ一番の為に温存していた魔力がカラダから湧き出て、白い光の翼が恋色の光を帯びる。魔力のリンクは無くとも、応援してくれる妻やチームメイトの為に、という意思が私の魔力を増幅させてくれている。
思いっきり加速した私は、炎の翼で身を護っている妹紅目がけて突進する。
「ちょっと!本気なの?」
「私は何時だって本気だぜっ!!」
激しい炎で身を包む妹紅であったが、その炎を突っ切った私の手が唐傘に届いた。そして、そのままお得意の手癖の悪さで一気にはたき落とす。
「あっ!」
「ようし、上手く行った!!」
そして魔法で足場を作り、それを思いっきり蹴っ飛ばして加速し急降下。他の人妖が唐傘を目指しているけど、それを弾き飛ばして距離を詰めた。
唐傘が手の届く範囲に近づき、周りに誰も居ない事を念入りに確認してからゆっくりと唐傘に手を伸ばす。
「よし、勝ったぞ!!」
その時であった、なんの前触れも無く現れたこいしが、私の頭を踏み台にして唐傘をかすめ取ったのは。
「よっとぉ、ごめんねぇ。」
「わ、私を踏み台にしやがっただと?」
唐傘を追っていた他の人妖の追撃を交わして、綺麗にY字着地を決めたこいしは、唐傘を審判に差し出す。その光景にあっけにとられてしまった私は、その場にペタンとしゃがみこんでしまった。
「よっと、無意識が二つある魔法使いさん、私の勝ちね。」
「くっ、き、汚いぞ!そのやり方はどうかと思うんだぜ?」
「でも、ルールは守ったよ。能力の使用は禁止されて無かったはずだからねー」
「むぅ・・・確かにそうだなぁ。この手の競技でステルスは手ごわいんだぜー」
悔しいがごもっともである。しかし非常にタチの悪い話だ、こいしがいる段階で無意識を使った隠密行動は警戒しておくべき筈なのに、いざ競技が始まると無意識を操作されてしまい、まったくその事に気が行かなくなってしまった。無意識、恐るべしである。
まぁ、こいしのチームは障害物部屋はどうかわからなかったがここまで無得点であるため、20点追加されても、後を追いかけている他の人妖も続々と降りて来ているようだったので、私は霊夢の姿を探した。
着地を決め、がっくりとうなだれる霊夢の姿を見つけた私は、すぐにそっちに駆け寄った。
「霊夢、どうだった・・・?」
返事は無い、代わりに首を横に振る霊夢、結果は言わずもがなだ。そして、珍しく悔しさをにじませた表情のままで。
「ごめんなさい、魔理沙・・・」
「むう、仕方無いんだぜ。あれだけさとりにマークされたらどうしようも無いんだぜ。」
競技開始後、同じくエントリーしていたさとりに執拗にマークされてしまった霊夢。心を読まれてしまい、亜空穴を出しても妬ましさ全開で迫ってくるパルスィが立ちはだかっているとなれば、流石の霊夢もお手上げだ。
そうでなくても、他の妖怪も狙っている物を取りに行くのは非常に難しいのに、これでは私でもどうにもならない。
「まぁ、それのおかげで金の唐傘に迫るチャンスは作れたんだけどねー」
「申し訳無いんだぜ、霊夢。私が最後に油断したばっかりに・・・」
「無意識はしょうがないわよ。さとりに終始心読まれるよりマシでしょ。」
「それもそうだが・・・すまん、霊夢。」
そうやってお互いに励まし合う私達であったが、先ほどの結果のアナウンスが小町によって読み上げられていくのを聞き、これ以上ここに居ても仕方ないと判断する。
「ま、とりあえず戻るんだぜ。アリス達の結果も気になるぜ。」
「ええ。競技開始前はかなりいいとこに付けてたものね。」
「アリス達の事だ、きっと上手くやってくれるんだぜ。」
そんな事を語り合いながら、私と霊夢は、皆が待っている選手席に戻った。
ミ☆
―只今の唐傘争奪高飛込みの結果は、こいショッカーが金の唐傘で20ptsそして、レイビョウ、八雲・西行寺体育倶楽部、命蓮寺☆運動愛好会に15ptsが加算されまーす。
選手席への帰り道で読み上げられる結果の通り、残念ながら我がチームは唐傘を奪う事が出来ずにポイントは無しである。
不幸中の幸いは、トップ争いをしているチームにポイントがいかなかったのでトップを維持する事は出来ている事だ。
「おおーラッキーだなぁ。」
「ホント、でも追加点は欲しかったわね。」
「まぁ、仕方無い仕方ない。それでも午前の競技終わってトップじゃん。」
「そうね、ここまで頑張ってトップに付けた事が寧ろ計算外だし。」
「そうだよなぁ、みんな頑張ったもんなぁ。」
頷き、にとりが笑っているのをみて微笑みを返すと、頭をさすっている魔理沙と霊夢の姿が見えたので、魔理沙の元に一目散に駆けていった。
「大丈夫だぜ、ちくしょー、まさか私を踏み台にするなんて・・・」
「無意識だから仕方ないわ」
「もう少しだったんだが・・・アリス、にとり、すまん!」
成程、最後の最後まで勝負は分からないと言う事か。痛がる魔理沙の頭を撫でて、ヒーリングをかけてあげると、ほうっと表情が緩む。
「アリス・・・申し訳ないんだぜ。」
「まぁ、上位勢に唐傘を取られないように出来たのが不幸中の幸いと言った所かしら。」
「うーん。霊夢が頑張ってくれたのに・・・」
「大丈夫よ、まだまだ午後からの競技で取り返せるわ。」
霊夢と共にしょげる魔理沙を励ましてあげる。これも、妻のお仕事だ。魔理沙も大人になったのか、切り替えも早いようで、気が付くといつもの元気な光が目に戻っている。
―それでは、これより1時間の昼休みに入ります。次の競技、ハチャメチャ騎馬戦は紅魔館大時計の時間で午後1時からの開始となります。
昼休み開始のアナウンスが入った。競技数は少ないが、クロスカントリーや障害物部屋といった時間のかかる競技も多かったので三時間なんてあっと言う間だ。
「ようし、まずは騎馬戦でさっきの借りを返してやるぜ。」
「その意気よ、魔理沙。」
「おう、頑張るんだ・・・ぜ?」
勇ましく気勢を上げる魔理沙のお腹が鳴った。恥ずかしそうな顔をしてこっちを見ている魔理沙、クロスカントリーや先の競技でお腹も空いているのだろう。
恥ずかしそうに顔を赤らめている魔理沙に頬を寄せて、手を繋いでから私は優しく言葉をかけた。
「でも、その前にお昼ねー」
「お、おう。そうだな・・・くぅ、お腹が空いたのには勝てないぜ。」
「そうよ。腹は減っては戦は出来ないって言うでしょー」
「同感だ、霊夢。」
「じゃあ、すぐに帰って支度しましょう。」
そのままみんなで連れ立って歩いて、椛と真夢が待つ選手席に戻る私達。こちらでは気を聞かせてくれた椛と真夢がお弁当が開けられるように準備を進めてくれていた。
「あ、お嬢様。おかえりなさいませ。」
「見てましたよー、皆さん。お疲れ様でしたー」
「ごめんなー、頑張れなかったんだぜー」
「仕方ないですよ。無意識ステルスは一番厄介です、私もそれで見逃してしまった事がありますよ。」
「どんな探知機でも打つ手がないもんなぁ。」
そんな会話を聞きながら霧雨屋謹製の断熱素材で出来た包みを開けると、そこには大きな5段の重箱が入っている。魔理沙の私物で、おせち料理を入れるのに使うのだが、こういう大人数のお弁当を入れるのには本当に役に立つ。
一段目には、私の作ったサンドイッチ、二段目には魔理沙の作ったおにぎり。三段目以降はそれぞれが気分で作ったご馳走を所狭しと詰めている。それを見た霊夢達はおもわず、感嘆の息を漏らした。
「まぁ、沢山入ってるわね。」
「朝から魔理沙と頑張って作ったのー」
「うーん、これじゃあ、私個人の分は要らなかったか・・・」
霊夢が可愛いお弁当箱を出して開けた。佃煮や煮物等からなるそのお弁当は、見栄えも大変良く、見るだけでも食欲をそそる。食べなくてもいい魔法使いにあるまじき事かもしれないが、美味しい物は幸せになれるから好きだ。
「美味そうだなぁ。霊夢」
「運動会だからね、力が付く物食べなきゃ。」
「そうだな。霊夢の佃煮とか煮物は飛びきりだもんなぁ。私ももっと美味いのをアリスに食べさせてやりたいぜ。」
「もうご馳走様だなぁ。じゃあ、これは要らない?椛と用意してきたんだけど・・・」
にとりが笑いながら、リュックからお弁当を出した。そこには、二人が腕を振るったのか和洋折衷な様々なおかずと俵に握られたおむすびが入っている。そして、何と言っても外せないのが、にとり特製のきゅうりのぬか漬けである。
「これまた美味そうだぜ。」
「あ、お嬢様、私もありますけど・・・賄いの残りばかりで申し訳ありませんが」
霧雨屋の賄いは人里でも美味しいとの評判を受けているし、結婚してから何度か呼ばれた事もあるからその美味しさは知っている。日によって、色々と変わるその賄いの品は・・・
「今日は、ミンチカツとサラダ、それとほうれん草のおひたしです。」
「おお、これこれ。これ、子供の時から大好きでなぁ、よくつまんで怒られたよー」
「ええ。旦那様が嬉しそうに皆の前で言ってましたよ。これは、魔理沙の大好物だって。」
皆輪になって、沢山置かれたご馳走を囲む。お箸と取り皿を配り、持ってきたお茶を入れると準備は整う。隣の魔理沙が今か今かとお箸をそろーと伸ばしているのがとっても可愛らしくて仕方ない。
遠慮して最後にお茶を受け取った真夢がお箸を構えて手を合わせた。みんなそれにならって手を合わせて食前の挨拶をする。
―いただきます。
「ようし、アリスのサンドイッチ頂きぃ!」
「ちょっと、アンタ和食派じゃなかったの?」
「アリスの料理は、他の何にも優先するんだぜー」
目にも止まらぬ早業で、沢山のおかずを取り皿に乗せた魔理沙がすぐに私の作ったサンドイッチを頬張った。もぐもぐと愛らしい表情のままそれを味わって呑みこみ、私の方を向いて。
「うん、うまーい!」
そしてこのとびきりの笑顔。この表情を見ているだけでも、作りがいがある。私も魔理沙のつくったおにぎりを一つ頬張る。魔理沙がこっそり漬けている梅干しが入ったそれは、絶妙な酸味が新米の味と調和し、舌の上で踊る。
本当に美味しい・・・魔理沙の方を向いて、私は思った事をそのまま魔理沙に伝えた。
「美味しいわ、魔理沙。」
「えへへ。」
はにかむ魔理沙が可愛くて仕方ない。私は肩を寄せて、のんびりと二人で色んな物を平らげて行く。魔理沙の食欲は旺盛で、倦怠感を訴えていたのが嘘のような良い食べっぷりだ。他のみんなも思い思いに好きな物を食べ、幸せそうな顔をしている。
「こう美味いと酒が欲しい所だがなぁ~」
「我慢しなさい。祝勝会までそれは取っておくのよ。」
「ですねぇ、まだまだ競技が残ってます。」
椛の指摘に、にとりがちぇーと言いながらお茶のお代わりを要求してきた。私は箸を止めてお茶を注ごうとしたのだが、ここは魔理沙の方が早かった。指輪から私の人形を呼びだし、お茶を注ぐ。私のように、優雅に人形を操り、きちんとお辞儀までさせていた。
「ありがと、魔理沙。」
「いつもしてくれてるからなぁ、こんな日位はさせて欲しいんだぜー」
私の人形の頬にキスをして、また指輪から自宅の所定の場所に転送する魔理沙。これは、パチュリーの所で学んだ転送の魔法を指輪に刻印してあるのだ。複雑な情報からなる人を転送する時には重大な問題が伴うが、より単純な物体である人形の転送であれば事故も起きにくい。
私の戦闘補助になるだけじゃなくて、魔理沙も地底に赴いた時のように人形を操って戦闘を有利に進める事ができるこの魔法は、非常に便利である。
みんなにお茶を振る舞う魔理沙が、一通り仕事を終えた所で魔理沙が作った白あえを食べていた真夢がほけーとした顔で私に。
「こうやって晴れた秋空の下で食べるのも良い物ですねぇ~」
「そうね。」
答えて見上げた空には穏やかな秋の日差し、他の選手席から聞こえる同様の微笑ましいやりとり。周りには素敵な妻と、素晴らしい仲間がいて・・・幸せとはまさにこの事を言うのだろう。
そんな小さな幸せを噛みしめ魔理沙とおかずのやりとりをしていると、不意に魔理沙が口を開けたままで私を見て来た。
「あーん。」
「ちょ、ちょっと魔理沙・・・みんな見てるわよ?」
「いいじゃないか。もうみんな周知の仲だしー」
「それは・・・そうだけどぉ・・・・・」
二人きりなら食べさせあいっこは日常茶飯事だが、皆が見ている前でのそれはちょっと難易度が高いような気もする。照れくさいし、恥ずかしい。
それでもお嫁さんの喜ぶ顔が見たいから、そっとお箸につまんだミートボールを入れてあげると、目を輝かせてはしゃいだ。
「ああ、美味くてたまらないぜー」
「おーおー、ご馳走様。しかし、ホントに仲が良いなぁ~」
「ねぇ、にとり。出会った当初からの慣れ染めを知る私としては、幻想郷の七不思議のひとつとしてカウントしたい所なんだけどさぁ。」
「昔は昔、今は今よ。ね、魔理沙。」
ねーと言いながら見合わせると本当に嬉しそうに大きく首を縦に振る。まるで子供のようだ。それでも、立派に妻としての責務を果たし、いざと言う時は大人のように振る舞う素敵な最愛の人のその姿に、私はキュンとする。
少女だと思っていたら立派になって、今では母親になろうかという人のその笑顔を見るとその表情を曇らせたくないと切に思う。
「まぁ、みんなも素敵な相手を見つけて結婚したらいいんだぜ。」
「結婚か、私は想像もつかないなぁ。」
「同じく。まだこっちに馴染んだばっかりですし・・・」
「まぁ、霊夢も真夢も素敵な人がきっと見つかるはずよ。それよりも・・・」
「ああ。優先順位があるからなぁ・・・」
視線の先にはにとりと椛。両名とも顔を一気に真っ赤にして箸を落としそうになったり、お茶を吹き出しそうになったりと気恥ずかしさが見ただけでも分かるリアクションが帰って来た。
「ちょっとぉ、こーらー!」
「か、からかうのは止めて下さい!」
「まぁ、上手くといいなぁって思ってるだけなんだぜ。な、アリス。」
「ええ。一緒に生きるのは楽しい事よ?仲が良いなら、尚の事ね。」
この半年にわたり、魔理沙と一緒に生きて来た時間は、私の生涯でもっとも輝いている時間だと思うのだ。共に笑い、泣き、喜ぶ。そして深い愛によって結ばれて、今なおお互いを繋ぐ絆がより強固な物になって行くのが実感できる。
ココロを通じ合わせ、共に生きる事の素晴らしさは、等しく色んな人妖にも知って貰いたいなぁと思うのだ。
何回か顔を見合わせたり、背けて下を向いたりするにとりと椛。しばらくして、にとりが前方のおかずに勢い良く箸を付けた。
「ええい、やけ食いだー!」
「付き合います!」
照れ隠しのつもりなのか、ペースを上げてご馳走を平らげていく。霊夢がやれやれといった表情を見せ、真夢はオロオロ。魔理沙は負けじと箸を伸ばして幸せそうな顔をしている。私は、溜息を一つ付いて、魔理沙の空になったコップにお茶を入れてあげた。
全員の食欲たるや実に旺盛で、用意したお弁当は全て綺麗に無くなった。食後のお茶を皆で飲み、ほうと一息つく。
「ああ、しっかり食べたんだぜ。」
「ホント、無くなるなんて思っても見なかったわ。」
プリズムリバー三姉妹に率いられた紅魔館メイド楽隊と、永遠亭の兎からなるチアリーディングのチームによる、華麗な応援合戦を皆で眺める。湧き上がる歓声とは裏腹に選手席にのどかな雰囲気が漂っており、これからますます過酷になる4位までの争奪戦や優勝争いをするのかと言うような落ち着いた感じ。
種族の垣根を越えて人妖問わず、こうして平和な時を皆で謳歌出来るという、幻想郷では割と当り前に見られる光景がとても居心地が良い。
私の膝枕で気持ち良さそうにしている魔理沙の頬を撫でて、秋の昼の空を眺める。
「ああ、嫁さんにこうして貰えて嬉しいぜ。」
「ふふっ、程々になったら交代して欲しいわ。」
霊夢はお昼寝してるし、にとりと椛はどこから持ち込んだのかは定かではないが、将棋を出して軽く一局としゃれこんでいる。そこに、真夢も加わり非常にレベルの高い将棋の攻防が繰り広げられていた。
「ねえ、魔理沙?」
「うん?」
「気分とか悪くなったりしてない?」
「大丈夫だぜ。もしそうなったら、即永琳の所に駆けこんでる。」
「そう、なら良いけど・・・」
魔理沙のお腹に手を当てて、そっと目を閉じる。魔理沙が擽ったそうに身体をよじり、こちらを見てくる、そして、魔理沙が私の左手に自分の左手を置いたその時であった。
―非常に強い魔力が流れて来たのだ。
魔力のリンクが勝手に構築され、凄く微かな、それでいて凄く愛おしい魔力が指輪に流れてくるのを感じる。
「魔理沙、今のー」
「うん・・・?」
魔理沙の指輪と私の指輪が、お腹の中の脈動と共鳴している。脈動は少しずつ大きくなって、魔力が指輪に満ちて、9色に輝き始める。その光は微かな物であったが、その光は私と魔理沙にはしっかり見えている。
とても温かくて、優しい魔力の胎動がちょっとづつ、ちょっとづつ・・・私達を満たしてゆく・・・心地良い脈動を二人で感じていると、瞼が自然と落ちて行った。
目を閉じた私の意識に直接呼びかけてくる魔力の流れ。その魔力の流れにそっと私の魔力を干渉させると、それは形になった。その形は見た事の無い人物であったが、その人物の事を私は知っているような気がした。
私にも、魔理沙にも似た・・・恋色の魔法使い。
その魔法使いは、私は言葉を贈った。
・・・ママ、と!
その恋色の魔法使いは、私の所に近寄って来たが、ある程度の所からは近寄れないようだった。それでも、嬉しそうに私を見た恋色の魔法使いは静かに魔力を送ってくる。
―今は魔理沙ママの傍に居るけど、ちゃんと逢えるよ・・・と
つう、と一筋の涙が瞼から出る。
これはきっと・・・私と魔理沙の魔力が一つとなって共鳴し、新しい魔力を持つ存在の魔力が共鳴して、そこに居る事を教えてくれているんだろう。
検査では分からなかったけど、今の私には・・・私達には、ちゃんと分かる。
―新しくこの世に生まれた魔力が、此処にあるんだって。
魔理沙がハンカチを頬に当ててくれた。そのハンカチが僅かに湿っている事に気が付いて、魔理沙の方を見る。彼女の頬もまた濡れていた。
「アリス・・・」
魔理沙の大人の表情・・・いや、母親の表情とでも言うべきか。慈悲と優しさに満ちたその表情にドキリとした。目の前の最愛の妻は、少女から母親になろうとしている・・・
半年前までだぜだぜ言って飛び回っていた少女が見せる母性を、私は魂で感じた。
涙が止まらない、嬉しさがこぼれ落ちていくのを魔理沙が懸命に止めてくれているのが分かる。
涙が魔理沙によって拭われた所で、彼女の左手を濡れた頬に当てて静かに呟いた。
「・・・分かったわ、魔理沙。貴女が見た、夢の意味・・・」
一言一句噛みしめるように、魔理沙に・・・最愛の妻に、そして・・・まだ見ぬ恋色の魔法使いに語りかけるように。
その言葉に、ゆっくりと頷いた魔理沙が目の端に涙を浮かべて私の目を見てほほ笑む。
「ええ・・・その答えはアリスと一緒だと思うわ。」
私にだけ聞こえるように呟き、ゆっくりと身を起こした魔理沙はそっと、私に口づけをした。私も、そっと口付けに応じる。ちょっと恥ずかしかったが、構うもんか。
そっと、唇を放した時椛が頭を抱えて投了を宣言し、にとりが高笑いをしていた。その横では、間の抜けた声を出しながら霊夢が身を起こして大きく伸びをした手と真夢の鼻が当たり、うあー等と言いながら悶絶している昼休みの微笑ましい光景が広がる。
そういう微笑ましい輪に何時か加わる私達の子供に、思いを馳せながら、そっと二人で呟いた。
「待っているわよ、私達の恋色の魔法使いさん・・・」
「私達の恋色を受け継ぐ魔法使い、か・・・素敵過ぎるんだぜ。」
優しい鼓動を分け合って、婦々・・・いや、家族の時間を過ごす私達。今度は私が膝枕をしてもらって、魔理沙のお腹に頭を埋めている格好だ。しっかりと鍛えられ、無駄の無い太ももの感触と新しい命が芽吹きつつあるという温もりを受け止めて、しばしの休息を取る。
―間も無く、午後の部を開始致します。ハチャメチャ騎馬戦に参加する皆さんは、メイングラウンドにお集まり下さーい!
小町のノリの良いアナウンス。いい雰囲気だったけど、悲しきかなお昼休みももうおしまい。私は、魔理沙の手を取って立ち上がって、選手入場口へと足を向けた。
「よし、午後も一緒に頑張ろうな。アリス。」
「ええ。頑張りましょ、でも、魔理沙。無理は禁物よ。」
「分かってるんだぜ!さぁ、行こう。」
「うん。」
頬にキスをして、歩み出す。お腹に手を当てて、今はまだ小さな存在に想いを馳せながら・・・
「・・・ホント、仲睦まじいんだから。早く赤ちゃんでも作ったらいいんじゃないかしらねー」
「ですねー、きっと可愛いお子様が生まれると思います。」
私達に押し出される格好で霊夢と真夢の発言に頬を染めた私と魔理沙は、照れ隠しを兼ねて歩くスピードを一緒に早めた。
ふと見た私達の左手のお揃いの指輪が共鳴し、微かに淡い輝きを放つ。
―私達の色とは違う、淡い輝き・・・恋色の輝き
・・・・・幸せな気持ちで満たされた私達は、午後の競技も頑張ろうとぎゅっと手を繋いで誓いあった。
次回がどうなるか楽しみです
一度リセットしたほうがいいような
マリアリ好きだけど……うーん