※ この作品は、春のマリアリ連作の6作目に当たり、震える「魂」と引き寄せられる「魂」と恋色の決意の続きになります。新作のネタバレを含みます。また、東方本編では出ていない種族の妖怪が出現しております。
普段の作品より、かなり長いので、お茶とお茶菓子を片手に読むと幸せになれるかもしれません。
―晩春の幻想郷の夜、命蓮寺の墓地にて。
「傘符・一本足ピッチャー返しっ(フルスイング)!!」
「うぉのれー、やーらーれーたー!!」
あれだけ弾を撃ち込んでも倒せなかった芳香を、愛用の傘を使用した渾身のフルスイングで殴り飛ばし、見事撃退する事に成功した私は、満天の星空に吸い込まれていく芳香の断末魔をBGMに、レフトスタンド・・・じゃなくって、最近出現した霊廟の入り口を見つめていた。早苗がそれをホームランと言っていたが、外の世界のスポーツの用語らしく、詳しい意味が分からなかったので考えるのを止めた。
「これだけスゴイ結界がかかってるって事は、中には余程重大な物があるのかな?」
入口にはとてつもなく強力な結界が張ってあるらしく、あの結界に詳しい筈の霊夢や結界を打ち破るだけの火力を有する魔理沙ですら、突入を断念するような結界が張られたこの霊廟の入り口。勿論、私にはどうする事も出来ないので放置するしかないんだけど・・・中に入って、誰かを驚かせる事が出来たらそれはそれは私にとっては有難いお話。唐傘お化けの宿命で、脅かさないとお腹空くしね。
ザッ。
近づく足音にハッとした私は、傘を構えて後ろを向いた。そこに居たのは、魂魄妖夢と言う、最近弾幕戦をして知り合った剣士である。しかし実際には、妖夢は弾の間を縫うように接近し、その得物で素早くみね打ちを決めて試合終了。弾幕やってたのは私だけ。
そんな妖夢であったが、今日は抜刀しておらず、周囲を見ている。やがて、私に気が付いたのか、こちらにやってきて。
「あれ、今日は・・・いないの?」
多分芳香の事だろう。いつもこの結界が張られた入口を護っているもんね、彼女を何とかしないと、調査すらままならないもの。今日は私がかっ飛ばしたので、その事を報告しておかなくちゃ。
「驚けー。今日は私が撃退したんだよ!」
「えぇっ!?」
やった、明らかに動揺した妖夢の顔を見る事ができた、これでお腹一杯である。でも、今回の作戦は妖夢に倣って行動したものであるため、お礼は言っておかなくちゃね。
「妖夢のマネをしたら、葬らん・・・じゃなかった、ホームランにできたの。」
「それは凄いわ、小傘!」
妖夢は、霊夢や早苗が苦戦した彼女を一刀の元に斬り伏せた。魔理沙が相変わらずの火力で鎮圧するのも見て来たため、あの剣さばきには魔理沙の火力に相当する十分な威力があると言う事に気が付いた私は、火力不足の弾幕での勝負を諦めて打撃攻撃をしてみようと思った故の行動である。そうした話と世間話・・・最近のもっぱらの話題は魔理沙とアリスの結婚式の話になるのだが、を混ぜつつお喋りを楽しむ私達。
妖夢も色々話してくれるのであるが、やはり異変が起きているのもあって表情は少し硬い。そんな妖夢が、霊廟の入口に近づいて結界を見て大きなため息を付いた。
「しかし、この結界はどうしたものか・・・」
「その剣で斬れないの?」
「ええ、出来たらもうやって突入してる。」
残念そうに俯く妖夢、みね打ち喰らった後お話した時、あの剣に斬れない物はあんまり無いって言ってたけど、また一つ斬れない物が追加されちゃったね。しかし、それを言うとまぁ間違いなく斬られるのでここで言うのは良くない。話の流れを斬らずに、そのまま繋いでおこうと思った。
「私も気になる所なんだけどね。この結界。」
「この結界、今回の異変には関係ない・・・何か別の妖怪の所為かもと、幽々子様は仰ってたけど。」
「実は私のせいでしたー!驚けー!!」
「冗談は止めて。」
「ごめーん!」
妖夢が怒りそうだったので舌を出してすぐに謝る私。すぐに得物に手をかけないで欲しい、私がビックリするじゃない!だけど、冗談だと分かるとすぐに得物から手を放す妖夢。
―その時だった。
形容しがたい声が奏でる地鳴りのような咆哮が地面の底からしたのは・・・
「な、何!?」
「わ、分からないわ。野獣とかの類か・・・きゃっ!」
耳を塞がないと頭が可笑しくなりそうな声だった。そのあまりの恐ろしさにわちきは足がすくんでしまった。妖夢もかなり表情が強張っていたが、すぐに私の方を見て。
「今日は早く帰った方がよさそうな気がしてきた・・・凄く嫌な予感がするわ。」
「私もお寺にいこう・・・それじゃあ、またねー」
その言葉で、私と妖夢はその場を立ち去った。しかし、神霊達は私の動きに逆らって、それに呼応するかのように続々と咆哮の聞こえた方向に向かって進んでいた・・・何がいるかは定かではない。だが、私の勘が、危険である事を教えてくれている、そうした事を考えていると、命蓮寺の境内が少しずつ見えて来た。そこに聖の姿を確認した私は、境内に着陸した。
「助けてー!!」
「あら、小傘ちゃんじゃありませんか?」
「墓地に居たら、おぞましい声がしたんで逃げて来たのー」
「わかりました、ウチでゆっくりしていきなさい。」
「ありがとう、聖。」
私が聖の案内で縁側に腰掛けて一息ついた所で、朝の鐘が鳴った。朝の読経の時間を知らせる合図である。私も独りでは怖かったので、とりあえず読経が行われる本堂へと向かった。
「あら、小傘。どうしたの、朝からそんな顔して。」
「うぅ・・・ぬえ、墓地でこわーい声を聞いてねぇ。」
「逆に驚かされた訳だ、小傘らしいね。」
「ぬえのイジワルー」
にししと笑うぬえ、あんな出来事の後だったから、なんだかホッとする。ぬえの近くにいた星と船長がこちらを向いてきた。主人同様の穏やかな表情をしているのを見ると、さっきまでの嫌な感じが嘘のように吹っ飛んで行くのを感じる。
「まぁまぁ、ここなら絶対安全だし。みんなも居るし。大船に乗ったつもりでいなよ・・・ここは元々船だったんだし。」
「そうです。大丈夫ですよ、聖だっていますし、何かあったらここの皆でなら化け物の一匹や二匹位どうにでも出来ますよ。
「そうね、船長、星。ありがとう。」
「静かに、そろそろ始まるから静かにしたまえ、小傘。」
「はーい。」
ナズーリンに促されて前を向いて正座をするかしないかのうちに、聖が本堂に入って来た。静かに仏前に座り、合掌をするだけでその場の空気が引き締まる、私も皆に倣って合掌をすると、朝の読経が始まった。
聖の品があって凛とした声に導かれ、星や村紗、一輪にナズーリン、最近ここに入ったという響子の元気な反響する声。木魚の規則正しいリズムと、唱えられる経に一体感を覚えたわちきは、それに倣って経を唱え続ける。
―チーンという鐘の音が、変に静まり返った幻想の朝の空に消えて行った。
ミ☆
霧雨屋の寝室、長年見慣れた筈の天井に私は奇妙な寂しさを覚えていた。数年前までは、いろんなお話をせがむ私に、親父とお母様が二人で代わる代わる色んなお話をしてくれたのを覚えている。
しかし、それも今は遠い昔の美しい思い出。今は親父独りで、静かに眠っている。
「よぅ・・・親父。永琳の薬が効いているみたいだな。」
「うん、良く寝てるみたいね・・・」
治療の前に起きていると何かとややこしい事になるので、行く事を決めた直後すぐに永琳に連絡して、夕飯の薬に睡眠薬を仕込んでもらった。すでに他の店員も仕事を終えて帰っている。
それを確認してから、私はアリスを伴って、良い子が真似をしてはいけない必殺技の一つで家の鍵を開けてここまで来たのである・・・。
「さぁ、始めるぞ。アリス・・・力を貸してくれ。」
「ええ、魔理沙。準備は出来てる。」
手を繋いで魔力の同調を開始する私とアリス。この状態であれば、大量の魔力を使う呪文でも、安定して発動させる事が出来る。増幅された魔力をコントロールするのはアリスに任せて、私は呪文の詠唱に入る。
アリスに教えて貰った魔法は、魂を身体と繋ぎとめるというシンプルな呪文である。元は魂が抜けてしまう・・・言わば幽体離脱したままの人や妖怪を目覚めさせるための呪文だ。精神を集中させ、一つ一つ術式を組み上げる。ミスがあっては絶対にいけないので緊張はしている。だけど、手を繋いでいると言う事で不思議な安心感はあった。
安心感の後押しを受けて、私は呪文を詠唱し発動させる。9色の光が、親父の身体に吸い込まれていった、魔法の発動は成功である。
「上手く行ったみたいだな。」
「ええ、流石は魔理沙。良い腕ね。」
私は、アリスにありがとうの意を込めてぎゅっと繋いだままの左手で右手を握った。そして顔を見る、少しだけ息が荒くなっているアリスに感謝の意を込めながら表情をぎゅっと引きしめた。そして、一言こう告げる。
「アリスは私が良いと言うまで、席を外しておいてくれないか?」
「良いわよ。もし辛くなったり、お父さんの身に何かあったら、すぐに呼ぶのよ。」
「ありがとう、アリス。」
大量の魔力を消費したためか少し息の上がったアリスと私は、軽いハグを交わしてから部屋を後にした。ここからは、アリスの協力無しで、決着を付けなきゃいけない私の問題である。
「さぁ、起きろ・・・・親父!」
覚悟を決めて、私は睡眠から覚醒させる呪文を唱えた。穏やかな魔法の光が親父を照らしていく、親父は暫くの間呻いてからゆっくりと目を開けた。
「・・・う、ん?」
暫くは辺りをきょろきょろと見回していたが、私がランプに火を付けた所で親父が気付いて、身体を起こしてこちらを向いてきた。その表情は、驚き、戸惑い等の様々な感情が混ざっていて、その真意を読み取るのは難しかった。
せめて、私に対する否定の意思だけはあって欲しくない。そんな事を思いながら、だが決して表情には出さずに、私は親父と視線を交差させる。
「魔理沙・・・!?お前?」
「よぉ。親父、寝覚めの気分は、どうだ?」
「・・・悪くはないが良くも無いな。」
相変わらず静かで、威厳のある声だ。でも、幼い頃に聞いていた声はその中にも優しさがあった。その声のする場所は親父が護ってくれるような気のする、頼れる声でもある。親父は、何度か目をこすってから伸びをして、話をする姿勢に入る。
「どうしてお前がここに?私は、魔法を使う娘など私の娘ではないと言ったが?」
「生憎だが解錠は朝飯前でね、針金一本でちょちょいのちょいだ。魔法なんて使ってない。」
ポケットから針金を取り出して見せる。我が家の鍵は、そんなに構造が複雑じゃ無いので針金一つで本当にどうとでもできる。小さい時にやって怒られたが、ちゃんとやり方だけは覚えておいた。もしも鍵を忘れた時に役に立つかもしれないからって・・・でも、実際にこんな役の立ち方をするなんてね。
「まぁいい、何をしに来たんだ、まさか、病床の私を笑いにでも・・・」
「親父、時計を見てみろ。」
「・・・むっ?」
時は、永琳の報告書にあった魂の抜ける時間帯まっただ中。普段なら魂が抜けてしまい意識を失ってしまうので、久々にその時間を意識のある状態で迎えられた事に親父はビックリしていた。
「まさか・・・そんな。ちゃんと起きていられるなんて。」
「今回の卒倒の原因である魂の問題は医者の仕事じゃない。魔法使いの仕事なんだぜ。」
「お前がやったのか?」
「ああ。でも、正確には二人で、だがな。二人の魔力を使って、親父の魂を身体に固定させてもらったよ。」
「魔力だと!?」
親父の様子が変わった。魔法で助けて貰った事に、やはり抵抗があったのだろうか・・・まぁ先刻承知済みの事項なので、今更慌てもしない。私は、そのまま親父の話を聞く事にした。
「お母さんを死に追いやった、魔力に助けられるとはなぁ・・・全く、私の人生は、魔法に翻弄される。」
「良いじゃないか、命あってこそだ・・・親父まで早く失う訳には行かないんだぜ。」
「冗談は止せ、内心せいせいしてるんじゃないか?お前の大好きな魔法を否定し、お前を家から追いだした私が死のうが、縁を切ったお前には関係ない事じゃないか。」
私の中の感情が爆発した。全身から、湧き上がる熱を感じた時には既に遅く、その熱が私の中から飛び出し、口からその熱は放たれた。
「関係ないわけないでしょうがっ!」
大きな怒号を思わず発してしまった、少し喉が痛い。
「私は、ただ・・・親父が・・・・・いや、お父様が死にそうな程苦しんでるって聞いたから、助けたかっただけなの!!親の早すぎる死に目には・・・もう、逢いたくないの!」
口調もおかしかったが気にするもんか。でも、これが私の本音である。お母様を早くに亡くした私にとっての親は、もう親父しかいないんだ。かつては優しくて、なんでも教えてくれて無上の愛を注いでくれていたのもまた事実。
お母様が亡くなって、魔法の事では確かに揉めに揉めた。魔導を志す物は霧雨の娘では無いとまで言われはした、全てを否定されたような気がした。でも、それでも・・・!
それでも、私を育ててくれたお父様は世界で一人だけなんだ!
ふと頬に熱い物が当たった。泣いているのだ、色んな感情がぐちゃぐちゃになって、溢れ出して目からぽろぽろ、ぽろぽろと。
「魔理沙、お前・・・?」
「嫌われたまんまでもいい、でも、まだ死んでもらうわけにはいかないの!まだ、親父には見て貰いたい物、聞いて欲しい事が沢山ある!魔法の事もそうだけど、一杯友達が出来た、一杯仲間が出来た、色んな所に行ったし、色んな物を見た・・・そして、生涯を共にする奥さんも見つける事が出来た。」
まくしたてるように、一気に。両目から零れ落ちる涙のように。私は言葉を紡ぐ。嗚咽が交じりそうなのを、こらえて必死に言葉を紡ぐ私。
「いっぱい幸せになれた・・・私を見て欲しかっただけなんだよ。嫌いとかそんなの抜きで、私は幸せにしてる姿を、見て欲しかった・・・・・元気な親父に。」
「・・・」
「それで私は、親父を治してあげようと思って・・・ここに来たんだ。」
「魔理沙・・・・」
涙を拭い、込み上げる物を頑張って押しとどめる。それでも感情はずっと泣け、泣けと連呼している。もう泣かないって決めたのに、どうしてなんだろう。押しとどめても、押しとどめようとしても涙が止まらないなんて。
「泣くな・・・魔理沙。」
親父の手が私の頬に伸びた。その手が頬を滑ると、かつて泣いて帰って来た時に慰めてくれた時の事を思い出す。あの時より手が、しわがれてしまったがそれでも、記憶の奥底に残っているのと同じ優しい手だった。私は思わずその手を取った。
あの時と同じ温もり、優しさが伝わって来た。あれだけいがみ合って、険悪だった筈の私達だったのに・・・
あの時のような、父と娘・・・そんな感じがした。
数年来失っていたこの懐かしい感覚が凄く心地良かった。アリスと一緒の時とはまた違う安堵を感じる私。
―その時だった、親父に異変が起きたのは。
「うっ・・・」
「お、親父!?」
呻き声と同時に、頬から手が離れ、天を仰いで倒れる親父。その光景に凄まじいスローがかかった。その光景に一気に血の気が引いて、体中から色んな物が抜き取られるような虚脱感が私を襲う。
「・・・おぃ、冗談はよせ、親父!!!」
必死に呼びかける私の声に反応して、バタンとドアが開いた。アリスが入って来たのである。この状況で、アリスが居てくれるのは本当に心強い。アリスはそのまま駆けて来て私の横に付く。
「魔理沙っ!?どうしたの?」
「親父が意識を失って倒れた!!」
「ちゃんと術は発動して、身体と魂の固定は上手くいったはずなのに・・・ちょっと待って。」
アリスが目を閉じて目を開ける。アリスは魔力による幻視力に長けており、普通の人では見えないような物が見えるのだ。無論私も若干の幻視は使えるがアリスには遠く及ばない。せいぜい、今の活性化している神霊や随分と昔になるが、大量に発生した罪人の魂位を見る事がやっとの幻視しか使えないのだ。
「魔理沙、お父さんの魂は身体と繋がったまま何処かに吸い寄せられているみたいだわ。今、幻視のビジョンを魔法で共有できるようにするから。」
アリスが私の目を左手で覆った。差しだされた右手を左手で握ると指輪が輝き、私の目に親父の身体から延びる魂が映し出された。必死にもがき、自分の身体に戻ろうとする親父の魂の姿が、私の目にはっきりと投射される・・・身体から延びる魂を目で追うため窓の方へ視線を向けると、抵抗空しく命蓮寺のお墓の方向に引っ張られていくのが見えた。そして、湧き始めた神霊達も一緒にお墓の方に引かれて行くのも見える。
「まさか親父も今回の異変に巻き込まれていたなんて・・・!」
私は、立てかけていた愛用の箒を掴み、二三回握りしめる。その様子を見ていたアリスは心配そうな顔をしている。
―お墓に行くのね?
そんな不安げなアリスの表情を見るのは凄く辛くて悲しい。だから私は、アリスの頬にそっと手を止めた。
「ああ、親父の・・・お父様の魂を吸い寄せている奴が何か確かめて止めさせるだけだ。」
そう宣言して、意思を込めた強い瞳を向けた。アリスの表情から少し不安が消えて行くのが分かる。不安が薄れて来た所で笑顔を見せると、アリスも笑顔で答えてくれた。
「アリスは、ここでお父様をお願いできるか。もし、何かあった時はお互いに連絡取って行動しよう。」
「分かったわ、魔理沙。」
アリスが私を見つめて来た、真っすぐに。ちょっと前までは見降ろされていたから、ムカツクとか思っていた時期もあったが、今はそんな事は無く、視線も見降ろす事なく同じ高さでお互いを見つめられるようになったし、アリスの優しい目の光に照らして貰えるだけで元気が出て、何でも出来そうな気がするのだ。
「お父様を助けにいってくる、アリス。」
「ええ、行ってらっしゃい。魔理沙。」
軽い抱擁を交わして、行ってきますの挨拶。お互いに安心感を得るための抱擁だ、キスは・・・今は止めておこう、ムードじゃない。
アリスから離れた私は、窓を開けて幻想の夜空に飛びだした。アリスが送ってくれる幻視のリンクの映像を元に私は親父の魂を追う。
―良く見ると外は満月。かつての永夜異変とは違い、独りでいても、アリスと築いた絆と愛で繋がっている事を噛みしめながら、私は親父の追跡を続けた。流れる風景が徐々にのどかな町並みからお寺に変わり、そして人気の無い墓地へと変わる。
「・・・墓地、と言う事は、犯人はアイツか!?」
最近交戦した、魂を吸収して自分の体力を回復する芳香の存在を思い出した。もし彼女が犯人ならマスパ数発撃ちこんでから説明したら良いだろう。たいして賢くは無いみたいだし、あるお方のために霊廟を一途に守っているその誠実さを考慮すると、主人思いなだけで根は悪くなさそうだ。対策を一つ一つ練っている内に墓地の深部に付いた私は、霊廟の入り口付近を周回する。その間、親父の魂から目を放す事は忘れない。
「同じ手は二度食わないよ!」
「私を、踏み台にしたですってぇ!!」
お、今日も小傘とやってる、最早じゃれあいだな。芳香が小傘を踏み台にして跳躍し、弾幕を展開、小傘も傘を振りまわしながら色とりどりの弾幕を放つ。
相殺された弾幕の余波が暗闇を照らし、暗い墓場を照らしてゆく。弾幕が照らす光を眼下に、私が親父の魂に近づいた丁度その時である。急速に私の方に迫ってくる気配を察知した私は、魔法照明を向ける。
芳香の背中が凄い勢いですぐそこまで迫って来ていた。
「ちょ・・・冗談じゃ!」
私は咄嗟にブレーキと急旋回をかけようとしたが、相手のスピードが予想以上に早かったために、間に合わない事に気が付いた。だが、進んで衝突するほど私も愚かでは無い。
「ようし、毒爪・ポイズンマーダー!」
「危ないじゃないか、バックするときは後方確認を怠るんじゃあない!!」
「あべしっ!!」
一瞬の判断だった。咄嗟にウイッチレイラインを芳香にヒットさせて打ち上げてしまった。打ち上げられた芳香は、哀れまっさかさまに墜落、しばらくして断末魔の悲鳴と鈍い音がした。
「死んだか・・・良い奴だったのに。」
「彼女はもう死んでるよ、魔理沙!」
「いらぬ突っ込みだぜ、小傘。わかっちゃいるが言ってみたかった。」
そう言いながら動きが止まった親父の魂を、アリスから借りた人形に固定した。魂を抜いて人形に定着させるのとは異なり、肉体とも魂が固定されているので危険性は少ない。魂のまま浮遊させていては、どんな危険があるか分からないからな。
「大丈夫かな?」
「死体はこうして埋めとかないと、蘇生した時に這い出て来るらしいからな。」
「なにそれ怖ーい。」
小傘がオッドアイを向けて、私に笑いかけた。私もとりあえず得る事の出来た安息に少しだけ緊張を解いた。しかし、そんな時に事態が動くのは最早お約束と言ったところか、芳香が頭を地面から引き抜いて、復活した。見れば傷一つない。流石頑丈さに定評のあるキョンシーだ。
「うぉのれー、よぉくもやってくれたな!」
身体が固いのに巻き舌とはねぇ、なかなか器用な奴だ。しかし、今日はそんな器用さに感心してやれる余裕も、時間も無い。私は、芳香の肩を掴んで精一杯の剣幕を出す。
「さぁ、芳香、魂を吸うのは止めて貰おうか!」
「何の事かな?」
「しらばっくれるんじゃねぇぜ、お前が親父の魂を吸ってるのは知っているんだぞ!」
その剣幕に小傘は驚いていた。脅かし方にはいろいろあるとレクチャーしてやりたいのも山々だが、それもまた今度だ。とりあえず目先の異変を解決しなくては。芳香はいつものぼんやりとした顔を崩さずに、あっさりとこう答えて来た。
「違う。私が吸うのは、神霊だけー」
「何!?」
「それに、私は至近距離の神魂しか吸えないし、人から魂を抜いて吸うなんてマネはできないもんねー。できたら、お前達が攻めて来た段階でもうやってると思うし。」
それもそうだ。人から魂を吸えるのだとしたら、私達が来た段階で、魂を吸ってしまえば霊廟を脅かす者は居なくなる。なのにもかかわらず、それをしなかったと言う事は、本当に出来ないか、やり方を度忘れしているだけか・・・何にせよクロでは無さそうな感じがしたので、私は、肩を放してあげた。そして、一回咳払いをしてから尋ねる。
「じゃあ一体誰が?」
私の質問に、芳香は暫くボーっとしていたが、やがて何かを思い出したような表情に変わり、私に熱心に説明を始めた。
「頭をぶつけたショックで全部思いだしたぞー、溢れ出した神霊や魂を吸いこんで食べては、眠り、お腹がすいたら起きて、また食べる・・・そんな化け物が近くに居るのだー、そうだ、私はその化け物に対処するために蘇ったのだ。」
なんとまぁ旧世代のコンピューターな頭か。ガッしても治らないコンピュータや次女があるとは何処かで聞いた事があるが、何にせよ驚愕の事態である。嘘の可能性も危惧したが、彼女の⑨加減から察するに、こんな高度な嘘を咄嗟に付ける訳がないと私は考えた。
バレ難い嘘を付くためには、柔軟な発想、観察力、そして人の心理を読まないと到底不可能な事を私は良く知っているからな。
「霊廟の入り口には誰も破れそうにない、凄まじい結界が張ってあるじゃないか。お前の意味が半減するんじゃないかと思うんだが・・・」
「あぁ、私が蘇ったとき、あのお方が万が一に備えて張ったのよ。化け物が中を荒し回るのはちょっとよろしくないって言ってたから・・・魂を吸われない生ける屍である私を蘇らせたって言ってたなー」
「じゃあ、私が昨日聞いたのはそれか・・・」
小傘がぽつりと呟いた時だった、大地を踏み荒らす音、風を切るような疾走を想起させる音がした。そして、地面を揺るがすような咆哮。私は精一杯の勇気を振り絞って、足を大地に付ける。腰を抜かしそうになったが、左手の指輪をチラリと見て手を握りしめる。独りじゃない、アリスが傍に居る。そうして自分に、勇気をみなぎらせる。
ガサッ
柳の木が揺れる音が大きくなり、墓場全体が蠢くような感じがする。私は、魔法照明の出力を上げて、恐る恐る揺れた木の方に向けると・・・
そこには見た事も無い巨大な化け物が居た。
「なんじゃこりゃあ!」
私は、そこに映し出された物を見て思わずそう叫んでしまった。体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎・・・あの正体不明のぬえもビックリしそうな化け物がそこに居た。
「そう、こいつが魂を食べる化け物よ。強い欲望を持った魂に引かれてきたのね・・・」
「犯人自らお出ましって所か・・・吸い寄せても中々来ないから出向いてきたってとこかなー」
返答代わりの凄まじい前足での一撃が墓石などを見事に破壊し、地面をえぐった。私は親父の人形を左手に持って、非常に威力のある事が見て取れ、魔法障壁があっても只ではすまなさそうな感じがする。萃香が巨大化して本気で殴ったらこうなるのだろうか・・・化け物は攻撃の余韻に浸っているのか、ゆるりと足を戻しながら、大きく口を開けて息を吸い始めた。
それに呼応して、周囲の神霊達や私が確保していた親父の魂を込めた人形が手を離れて化け物に吸い込まれていくのを見逃さなかった!
「お、親父!!」
「え、あの人形が?魔理沙、お人形が御父さんだったんだー」
「んなわけ無いだろ芳香、あくまで緊急の措置なんだぜ・・・!」
考えるよりも早く、マジックミサイルを打ち込んだ。ミサイルに気が付いた化け物は、魂を吸うのを止めて素早く身を翻してマジックミサイルを回避し、そのまま複雑なお墓とお墓の間を駆け巡る。吸引が止まって、その場に落ちようとする親父の人形をすぐに拾い上げ帽子の中にしまう。
「見た目に寄らず、すばしっこい奴だな・・・」
威力は高いが弾速が遅いミサイルでは命中精度が期待できない。そう考えた私は、素早い相手に対抗するために、私は上空に上がりスーパーショートウェーブとレインボーワイヤーを同時に展開。撃ち下ろし射撃を敢行する、超広範囲の攻撃は化け物を捕えたようで、数発の有効弾の弾着が確認出来た。威力がない分を手数で補い、化け物の動きを少しずつ鈍らせていく。
「もらった!人形達、いっけー!!」
被弾させて動きが遅くなった所で、私はレインボーワイヤーを放っていた人形にリモートサクリファイスの指令を一気に出す。8本の紅い光線が化け物の彼方此方を撃ち抜き、その巨体に確かなダメージを与えた手応えを掴む。だが、化け物はそれだけの魔法の砲火に晒されても今だ健在で、そればかりか魂の吸引を再開までする始末。そこで帽子を押さえて親父を吸われないようにすると同時に、人形に二つ三つ魔法の術式を追加する私。
≪魔、魔理沙!?これはどういう事だ?≫
指輪から声がした。親父の魂と指輪の通信機能をリンクさせる術式が作動した。何か異常があった時にちゃんと伝えられるようにするためだ。
「魂を吸う諸悪の根源を見つけた・・・そのままじゃ危ないから人形に入っててくれ。」
その上で今度は、魂を固定しただけじゃなく人形の周囲に魔法障壁も張っておいた。これで簡単には魂を吸う事はできないだろう。証拠に、吸い寄せられるのがかなり緩和されている。即席の魔法にしては上手く行ったと思いながら、こうした人形を操る呪文の大まかな体系を分かりやすく教えてくれたアリスに感謝しつつ、私は化け物の周りを旋回して出方を窺った。
神霊を呑みこむのが見え、先ほど負わせた傷がみるみる内に癒えていった。芳香のそれよりは流石に図体の分スピードは遅い。だが、それでも厄介な相手には変わりがない。私の火力にも限界はあるのだ。
「こいつは、トンデモ無い化け物だなー」
頭を気にしながら距離を取る私、しかし、化け物はその大きな体躯で跳躍、そのまま翼を広げて空を飛び始めた。
「飛べるのか、こいつはいよいよもって危険な奴だ・・・アリスに連絡を取らなきゃ」
指輪の通信機能を起動しようとした時に、化け物から高密度の弾幕が展開された。被弾しないよう、そして帽子への直撃を避けるように慎重に回避を続ける。弾幕ごっこの範疇を超える容赦の無い弾幕に、私は少しづつ逃げ場を失っていった。勿論、連絡を取る暇も無い。
丁度その時だった、化け物の反対側で傘を振り回して弾幕を放った小傘の姿が見えたのは。
「小傘?」
「魔理沙をビックリさせてあげるわ。後光・からかさ驚きフラッシュ!!」
小傘の弾幕に被弾、思わず振り向いた化け物に、容赦なく眩い閃光が襲う。その凄まじいフラッシュを直視した化け物は、見当違いの方向へ突進を繰り出して、苦悶の声を上げた。
「うぉ、目くらましか、こいつはビックリだな!」
「お腹一杯・・・さぁ、今のうちに連絡なりなんなり済ましちゃって!」
小傘に促された事も驚きであるのだが、目くらましが効いている内に連絡とかのやるべき事はいっぱいある。稼いでもらった時間を無駄にしないよう、すぐに魔力通信のチャンネルを構築して、アリスとの連絡を始めた。
≪どうしたの、魔理沙?≫
≪アリス、親父を保護した。親父の身体に異常は無いか?≫
≪ええ、大丈夫よ。魂の固定は行われたままだわ。≫
≪原因が分かった、今でっかい化け物が目の前に居る。そいつが魂を吸っていたんだ。≫
≪なんですって・・・今からそっちにー≫
≪いや、アリスはそのまま親父を頼む、ここは・・・私が何とかするからさ。≫
≪ええっ、でも、大きな化け物相手なんでしょ?無茶よ、危険すぎる!≫
≪分かってる、無茶はするけど・・・無理はしないぜ。アリスを独りには絶対させないって言ったろ?≫
≪魔理沙・・・≫
そう告げると、アリスの声が止んだ。暫くの間を置いて、祈るような声が指輪からした。
―魔理沙・・・死なないで。
ああ、と静かに答えて通信を切る私。アリスのお願いで決意を固めた私は、もう一発フラッシュを喰らわせた小傘と霊廟の護衛に回っていた芳香を呼んだ。
「来てくれ、二人とも無策で勝てる相手じゃない。」
「了解!」
「分かったー」
目くらましが効いている内に作戦会議を済ませる必要がある。素早く知識を総動員して、この二人に与える指示を決める私。決めたら、即行動。それが私のやり方だ。
「芳香、魂を吸いながら森の方へ飛んでくれ。」
「どうして?」
「ここで戦えば霊廟にも被害がでるかもしれん、森なら、少々派手に暴れても被害を受けるのは木だけだ。あのお方の復活の妨げになるのもかなわんだろ。」
「おお、それは名案。では、作戦に従わせてもらうよー」
・・・ホントは人里や命蓮寺に被害が行かない様にするための策なのだが、⑨とはさみと言葉は使いようである。すんなり了承を取れた事に安堵した私は、小傘にも指示を出す。
「小傘は命蓮寺にこの事を知らせてくれないか?もしもの事があったら危ない。」
「分かった、驚かせながら伝えればいいのね!」
「いや、驚かすのは余計だぜ。頼んだぞ、小傘。」
「任せといてー」
各々がする事を確認し、散開する私達。視界を取り戻しつつあった化け物は、私の狙い通り、芳香が誘導する神霊に誘われてそちらに向かっていった。スペルカードと八卦炉を確認し、化け物が森の方へ向かった所で私は攻撃を敢行する。手短に、そして効率よく、そしてスマートに。短期決戦を挑むべく、私は火力の高いスペルをいくつか同時に発動した。
「さぁ、行くぜ化け物!彗星・ブレイジングスター!!」
まずは、ブレイジングスターによる体当たりをかけて完全に森の中に突っ込ませた。その勢いのまま化け物のお腹の下に潜り込んで、のたうちまわる内に二の矢を放つ。
「星符・グラビティビートっ!!」
推力をコントロールしながら前宙し、箒の底を地面に叩きつけ強力な打ち上げ射撃を行う。打ち出された星弾は化け物もろとも高々と上がって炸裂する。
そして反転急上昇した私は八卦炉を取り出して狙いを付ける。
「星符・ドラゴンメテオ!!!」
再度上空からの打ちおろし攻撃、こうすれば周囲への被害は抑える事が出来る。命中を確認した私は、もうもうと上がる爆煙の向こう側に警戒しながら、次の攻撃の為に八卦炉に魔力を充填、相手の動向に備える。
刹那、爆煙の向こうから凄い勢いで「何か」が私目がけて飛んできた。
一瞬だけ照明に照らされた「何か」は紅く生々しい輝きを見せていた。それが化け物の舌と把握した私は、食べられるのも洒落にならないと思い回避に入ろうとするも、咄嗟の出来事であったため、私は親父を落とさぬよう、頭を押さえて、急降下をして回避をしようとするが、その急な制動に右手の握力が付いてこれず、右手に掴んでいた物を取り落としてしまった。
「八卦炉が・・・!?」
眼下の闇と煙に吸い込まれていく八卦炉、慌てて取りに行こうとする私であったが、そこをきっちり狙われてしまった・・・二度目の舌の一撃が私の箒を捕える。舌に絡め取られた箒は断末魔の悲鳴を上げて真っ二つに折れてしまった。箒の推力を失って、安定しない飛行を慌てて自分で制御、受け身を取りながら私は地面に着地する。
「こなくそぉ!吹き飛べぇ!!」
そのまま狙いを付けて、ミルキーウェイを打ち込んだ。色とりどりの天の川は化け物の腹に当たりこれまで蓄積したダメージもあって転倒、そのままの勢いで巨木に頭を強打した。気絶したのだろうか、全く反応が無い。私は痛む身体を引きずって身を起こした。
≪魔理沙、大丈夫か?≫
「あぁ、大丈夫だ。だけど、箒を折られてしまった・・・これじゃ速く飛べない。」
親父が心配してくれていたが、私は箒を触媒にして飛行の呪文をかけている。アリスやパチュリーみたいに空を飛ぶ呪文を直接かけて居る訳ではない。触媒を使用する分で魔力の消費を抑え、抑えた魔力を全て推力に回してあげる事により、私の戦闘スタイルである高機動戦を実現しているのだ。あまつさえ八卦炉を落としてしまっているので、もう一つのスタイルである高火力戦も出来ない。
≪魔理沙、こういう時の戦術は一つしかない。≫
≪何があると言うんだ?≫
≪三十六計、逃げるが勝ちだ!≫
親父の発言はもっともだった。箒は折られ、残った魔力も少ない。ここで交戦しても、勝てる公算は全くない。化け物が伸びている間に何らかの対策を練るのが、良策と捕えた私は、親父を抱きかかえて、ひたすら走ってその場を離れた。
「逃げるんじゃねーからなー」
逃げるのも癪だし、すっごく悔しかったので、とりあえずそう言っておいた。
三★
~博麗神社~
「あー、寝むー」
早く目が覚めた霊夢は、寝ぼけ眼をこすりながら裏の井戸の方へと向かっていた。寝汗をかいたのもあって普段滅多にやらない禊をしようと考えたためである。寝巻の襦袢のままボーっと歩く。
今だ太陽は出ておらず、普段の霊夢を知る人間なら多分、雨が降るんじゃないかと茶化されそうな時間である。
―その時だった、命蓮寺墓地の方角から魔法の閃光が見えたのは。
これはただ事ではない、勘がそう告げている。霊夢はすぐに自室に飛び込んで髪を整える間も惜しんで支度をして、いつもの巫女服に着替える。
「・・・全く、賑やかな親友を持つと朝から退屈しないわね。」
臨戦態勢の霊夢は、地を蹴り宙に浮く。しかし、視線は爆発のあった方をしっかり見て。霊夢は力強く独りごちる。
「・・・待ってなさいよ、魔理沙!」
~にとりの工房~
「王手!」
「わっ、それはやめぇろよぉー!」
椛の刺した一手は、にとりの王将を捕えていた。にとりはというと、この膠着した局面を如何に回避するかを思案していた・・・丁度その時だった。
―命蓮寺墓地の方角から魔法の閃光が見えたのは。
「あの閃光は魔理沙の物じゃないかな。」
「こんな真夜中にどうして?」
「さぁ・・・魔法でも失敗したとか?椛、見てみてくれる?」
「はい。」
「盟友のピンチとあらば、助けないとね。」
そう言いながら駒を一つ動かして、愛用のリュックを背負い始めるにとり。
「私も行くわ、友達の友達のピンチは無視できないです。」
椛も愛用の剣を背中に背負って盾を装備する。出発の準備は整った。
「ありがと椛、9手後に王手ね。続きは帰ってからにしましょ。」
「・・・!?」
―不可解な表情をした椛としたり顔のにとりは工房を飛び出し、光の差す方向へと向かう。
~守矢神社~
「・・・あら?」
日課の早朝の掃除をする早苗も、命蓮寺の墓場の方から指す閃光に気が付いた。
「あれは・・・魔理沙さんの魔法ですかねぇ。」
数度繰り返し輝く空に、不安を覚えた早苗は掃除を中断して社務所の居間に戻る。そして、手ごろな紙を見つけ書置きを残そうとした時、河童印の照明が灯り、早苗を照らした。
「眩しくって寝れやしないねぇ・・・」
「うん、それに騒々しいのはきっと、魔理沙の仕業だよ。」
照らす照明の先に、二柱の姿を確認した早苗はドキッとした。突然の事だったので思わず早苗も両手を振ってあたふたとしてしまう。そんな、早苗に二柱は穏やかな笑みを浮かべてそれぞれが早苗の肩に手を置いた。
「朝ごはんは私達が用意しといてあげるから、行ってきなよ。」
「掃除も私がしておくから、いっておやり。」
暖かい二柱の言葉に早苗は少しの間、その言葉を噛みしめる。そして、力強く宣言する。
「・・・はい。神奈子様、諏訪子様、行ってきます!」
早苗は二柱にお辞儀をして、社務所を飛び出し大地を蹴って空を舞う。
夜から朝に向かう薄暗い空に向かって―
~紅魔館~
「うわぁ、すっごーい」
紅魔館のテラスで閃光を見たフランドールは思わず感動の溜息をもらした。そして、咲夜が入れてくれた紅茶を飲んだ。一息付いてから同じく紅茶を飲んでいたパチュリーがフランドールに言った。
「あれは、魔理沙の仕業ね・・・」
「分かるの、パチュリー」
「ええ、分かるわ。あんなド派手な魔法、魔理沙しか使わないもの。」
パチュリーが水晶球を魔法で呼び寄せ遠見の魔法を詠唱する。水晶玉に映し出されたのは、箒を折られ、地上戦を余儀なくされている魔理沙の姿であった。その姿を見たフランとパチュリーの背筋が凍りつく。その様子に驚いたレミリア、そして咲夜も水晶玉を見つめ、事を把握する。
重い空気の漂うテラス、その中で真っ先に動いたのは、何とフランだった。
「・・・魔理沙が大変!助けに行きましょう!」
「でも・・・フラン。」
パチュリーが心配そうな声を出した。フランの能力は、以前に比べるとセーブが効くようになり、以前のような危険極まりない状況に陥る事は少なくなっている。現に最近の宴会等にも連れて行くようにもなった。だが、それでも・・・暴走した時の懸念がパチュリーの頭の中にはあった。しかし、レミリアがそっと、一言だけ力強く言った。
「・・・行きなさい、フラン。」
「でも、レミィ。大丈夫かな?」
「パチェも行くのでしょ、なら大丈夫よ。妹を・・・フランを頼むわ。」
既に読まれていたとは・・・パチュリーは察しの良い親友に少しはにかんでから、魔導書を手にする。その様子を満足そうに眺め振る舞うレミリアであったが、心配そうに水晶玉を見つめる咲夜の姿が見えたので、目を閉じて咲夜を諭す。
「咲夜・・・貴女も同行しなさい、貴女も応援に向かいたいのでしょ?」
「しかし・・・紅魔館の方が、心配なのですがー」
「館は、私と美鈴、小悪魔が居ればどうとでもなるわよ。」
ふと咲夜が見ると、既に門番隊が臨戦態勢を取っていた、美鈴が配置について指示を出している。これならそう簡単に突破される事は無いだろう・・・魔理沙が来る時もそれ位やって欲しいなぁと苦笑しながらも、この時ばかりは同じく館の管理を任されている美鈴が頼もしく見えた。
「咲夜にとっても同年代の友人でしょ、私が命じる。行きなさい。」
「はい・・・ありがとうございます、お嬢様!」
咲夜は投げナイフの本数をチェックした。十分な本数を確保できている事を確認し、懐中時計に手をかけた。一瞬のうちに、フランドールがいつも持っている杖を紅魔館内から探しだして、フランドールに渡す。杖を受け取ったフランドールは嬉しそうに笑って、咲夜にお礼を言った。
出発の準備は出来たようだ、レミリアは飛び立とうとするフランにそっとこう告げた。
「フラン・・・ここの住人以外の人の為に、何かをしようと言いだした事、姉として誇りに思うわ。」
そう言われたフランは、少しキョトンとしていたが、やがて笑顔を向けて元気よく、幽閉されていた自分を此処に連れて行ってくれた魔理沙のように、心からの笑顔を浮かべて。
「ありがとう、お姉様!じゃあ、いってきまーす。」
「さぁ、フラン。行きましょう。」
「お嬢様、行ってまいります。」
「行きなさい、私の・・・愛する人達」
カリスマポーズを取りながら、閃光のした方へ向かう最愛の妹、最良の友人、そして最高の従者を見送るレミリアの表情はどこか誇らしげだった。
~人里上空~
命蓮寺の鐘が鳴っている、そして眼下が騒がしい。避難する人に逆らって、高速で飛ぶ半人半霊の少女が一人・・・いや半人。
妖夢はこの状況をいったいどうしたものかと思案していたが、見慣れた茄子色の傘を視界の端に見つけた。情報を持っているかも知れない・・・そう考えた妖夢は居合いの如きスピードで接近を試みる。
「小傘、一体何の騒ぎ?」
「わっ、びっくりしたぁー!!みんなを驚かせながら、避難勧告をしてたのにー」
「脅かすのは止めた方が・・・」
「このセリフ、妖夢で二人目だよー」
苦笑する妖夢、しかし小傘は意にも介さず、傘を広げてクルクルっと回す。
「あ、そうだ。昨日の鳴き声の原因と、今、魔理沙が戦ってるの!」
「なんですって?」
その恐ろしさから思わず逃げる事を選択してしまった、恐ろしい化け物に立ち向かっている友人の事を知って驚く妖夢。そして今日も調査に当たろうと思い向かっていた途中・・・となれば、やる事は一つだ。
「昨日は恐れをなして逃げてしまったけど・・・」
妖夢は手にした桜観剣を少し抜いて、戻す。そして光が差した方をキッと睨む。
「今日は、逃げるなんてできない!私の刀で、斬れない物を斬ろうとする奴を成敗する!」
「・・・頑張ってね、妖夢、私も出来る事してくるからー」
妖夢は小傘に別れを告げ、光の差す方に全速力で駆けた。
~人里~
命蓮寺の鐘がしきりに付かれ、山彦のような避難警告が聞こえる。いきなりやって来た聖白蓮から事の経緯を聞かされた慧音は、里の人の避難指示に当たっていた。
「この辺りは大丈夫か、妹紅?」
「慧音、霧雨の親父さんがまだ避難してないって。」
「む・・・ありがとう、私は霧雨屋へ向かう。妹紅、お前は皆を頼む。」
「わかったわ。」
変わって霧雨屋、命蓮寺近くの墓地の方角からの魔法の閃光は、勿論アリスも見ていた。
「魔理沙・・・」
指輪に願いをかけて、霧雨の親父を見守るアリス。愛する人の無事を祈るその姿は、人が見ればそれはとても幻想的な雰囲気を醸し出している。
「霧雨殿―、霧雨殿―」
「慧音・・・?」
慧音の声に気が付いた、窓を開けて入るように促すアリス。入って来た慧音は、まず一つ質問を投げかけた。
「どうしてアリスが此処に?」
「今の避難勧告の原因が元でお父さんが倒れているの。魔理沙に護って貰うように頼まれたから・・・ここに。」
「成程・・・魂が抜けるという病気か・・・」
「そう、それを今、魔理沙が何とかしようとしてる。一人で・・・たった一人で!!」
慧音は暫く考えた後、覚悟を決めた目をアリスに向けた。人里の守護者たる慧音の真剣な眼差しがアリスを見詰める、そして・・・
「アリス・・・魔理沙の所へ行ってやれ。此処は私が居れば大丈夫だろう。魔理沙はお前の助けを必要としている筈だ。霧雨の親父さんは私が責任を持って、護ってみせる・・・!」
「ありがとう・・・慧音。」
アリスは慧音の目を見て頷いて答え、いつも携行している魔導書と、上海人形をスタンバイして魔理沙の元へと向かうために、窓から飛び出して高度を上げる。
「待ってなさい、魔理沙・・・貴女は私が護る!」
ミ☆
のしのしと言う鈍い音が、夜の静けさをかき消してゆく。箒を折られて飛べなくなった私は走って逃げて、手ごろな大樹のウロに身を隠していた。暗い暗い風景が、かつて独りで暮らし始めた頃に見た物を想起させ、言いようの無い恐怖感を醸し出していた。
≪大丈夫か、魔理沙。≫
帽子に入れていた親父の魂を入れた人形が喋った。アリスの人形特有の可愛らしさをしているのに、聞こえてくるのは野太いダンディズム溢れる声というギャップ。
「あ、ああ。鍛え方が・・・足りなかったかな。」
息が荒い、深呼吸を数回して無理やり落ちつける私。心臓の早鐘がとても気持ち悪い。アリスと一緒の時は、心地良くさえ感じていたこれも、状況が変わればこんなにも気味の悪い物だったのか・・・不思議な発見をした私は、息を整えてから親父に尋ねた。
「あの化け物は、一体何だ?私の魔法が効かなかったなんて・・・」
「奴は獏だ。昔、夢や魂を食べてしまう妖怪の話はしたな。あれがまさしくそうだ。」
百聞は一見にしかずとはよく言った物だ。あれが、親父の言っていた夢を食べる獏だったとはね・・・親父は私の帽子の中でもぞもぞと動き始めた。ようやく最後の魔法が効いてきたみたいだ、魂が自分の意思で人形をコントロール出来るようにする呪文だ。私の帽子から出て来て、両手を広げてアピールをする。どうやら良好のようだ。
「ふーむ・・・じゃあ、どうして親父がこうなったんだろうか。」
≪大きな夢や欲望を持つ魂を喰うと、腹が膨れるとの伝承がある。奴に狙われるほど。私の商売欲は大きいんだろうね。≫
「神霊を喰うのは商売欲や長寿欲・・・この世の未練と言った欲望の塊、だからか。でも神霊は消えゆく物でしかないから、アイツのお腹を満たすまでには至らないんだろうか。」
≪ありうる。≫
親父の冷静な分析と判断、幼い頃はいつもその分析や判断に従ってたっけ。いつだって正しい事を言っていたのに・・・お母様の事となると、全く冷静になりきれない節がある。
「つまり、親父の魂が一番喰いでのある、美味しい欲望にまみれた魂だった、って事だな」
「そうだな・・・商売欲にまみれていたのも事実だし、色んな欲望が強くあった。霧雨屋を大きくして、もっと儲けようと考えてただけじゃない。お母さんにもう一度逢いたいとか、お前ともう一度父と娘として暮らしたかった・・・とかそんな夢も持ってる。」
「成程・・・私もたいがいな強欲だが、上には上がいるもんだぜ。」
「お前の親父だからな。」
「ふん、よく言う。」
ついさっきまで嫌いとかそんな事を言い合っていたのが嘘のような会話だ。いつもの弾幕やる前に交わす言葉のようだ。そんな流れにちょっとだけ安心感を持つ事が出来た私は、今そこにある問題を解決するべく、親父に話をする。
「しかし、このままアイツを放置する訳には行かない。今はこの辺に神霊が沢山いるから、ここに居るが・・・もし、里に降りて来て暴れ回って貰ったらただでは済まない。」
≪うむ。直接的な被害もそうだが、魂を食う化け物である事も忘れちゃいけない。里の方まで行ってしまったら、他の人の魂を食べるやもしれぬ。そうなると、非常に危険だ。≫
「とは言った物の、八卦炉が無いし・・・箒も無い。」
化け物を何とかしないと、親父だけじゃなくて、近くの命蓮寺や里も危険にさらされるのは重々承知していたが、移動と攻撃の手段を喪失しているので、打つ手が無いのが現状だ。移動に魔力を使うと、その分攻撃に回せる魔力が減るし、その又も然り。そんな状況に私は地面を叩いた。鈍い痛みが右手を襲うが、この状況を打破出来ない苦しみがそれを上回っている私にとってはそれも些細な事であった。
「くそう・・・」
悪態と同時にスカートの中からころころと瓶が出て来た。私が作成したマジックボムである。それを見た親父の人形は、これが何であるか訪ねて来た。
≪魔理沙、これは?≫
「あぁ、魔法の爆弾だぜ。投げて使う物だから、射程距離は短いし、あれだけすばしっこい相手に向かって当てるだけの鉄砲肩は無いぜ。」
≪ふむ・・・威力はどうなんだ?≫
「勿論、妖怪にも効くぜ。これで・・・空っていう核の力を持つ地獄烏を吹き飛ばした事もあるんだぜ。」
「そいつは頼もしい。」
私が、お母様に従事して魔法を覚えて、初めて空を飛んだ時にお母様のような大魔法使いになる!と宣言した時の事を思い出した。その時も同じように言って、私を褒めてくれたっけ・・・・・だが、今は事態が事態、思い出の回想に浸る暇も無い。マジックボムをスカートの中に仕舞いながら、何か有効な策があるか考える私。苛立ちだけが募り、徐々に思考がまとまらなくなってくる。それを必死に止めようとしても、止めようとする事が苛立ちを生む悪循環。
そんな時だった、親父が話を切り出して来たのは。
≪・・・私に策がある。≫
「どんなのだ?」
≪射程距離が短く当たる保証がないなら、おびき寄せれば良い。おびき寄せて罠にかけるのが良策と言う物。≫
「地雷の原理だな。」
≪左様、それで、おびき寄せるための餌だが・・・≫
親父が編み出した作戦、それは・・・私に衝撃を走らせるのには十分であった。幾らギクシャクした仲とは言えど、それを承諾できるだけの非情さを私は持ち合わせていない 。
私は親父に思いとどまって貰うようにお願いした。
「でも、そんな事をしたら・・・親父が。」
≪・・・何、お前の魔法ならそんなもしもの事は無いだろ?爆破したら、奴は倒せる、万事解決、そうじゃないのか?≫
「いや・・・親父を囮になんてできるかよ!正気か?」
なんて事を言うんだ。親父は拵えた罠に獏を引っ掛けるために囮になると言うのだ。獏にとっては美味しい餌である親父は、囮としては又とない程の効果は期待できるだろうが、それ以上に危険に晒すマネなんて私は絶対に出来ない。ヘタをすれば、そのまま食われてしまう可能性も否定できない。人形から魂を吸いだせなくても、人形が破壊されてしまえば親父が無事で済む保証も無い。
≪お前が私を助けてくれたように、私だって、お前を助けたい・・・それが父親の、親の務めだからな。≫
「親父、馬鹿言うんじゃない!」
抗議したが、親父は言う事を聞かない頑固な男である事を理解している。だが、無駄とは理屈で分かっていても、私の魂が納得しない。何度も思いとどまるように説得するが、のしのしという鈍い足音が議論を遮った。
「気が付いたか・・・」
≪・・・議論の時間は無い、始めるぞ!≫
「・・・くっ。」
≪おーい、こっちだ、化け物め!!≫
親父が魔力通信を外に向けてそう言いながら、隠れていた木のウロを飛び出した。私はスカートから持てるマジックボムを全て出して、木のウロに詰める。詰め終わると、爆破用の触媒を確認し、私は駆け足でウロを飛び出してひたすら安全圏まで走った。
そして、万が一に備えて、魔力の糸で親父を手繰り寄せられるようにし、化け物が罠にかかるのを茂みに隠れてじっと待つ。
「ようし、良い子だ・・・」
親父の声と共にのしのしという足音が徐々に大きくなり、大地を駆ける音に変わる。
≪来たぞ!≫
親父の合図に従って、私は親父を手繰り寄せる。凄まじい大地を駆ける音がして、その迫力に気押しされそうになったが、ここでおじけ付いていては折角の作戦が台無しになってしまう。ある程度手繰り寄せた所で、親父の次の指示が入る。
≪今だ、爆破しろ!!≫
マジックボムの盛大な爆発の閃光から私は咄嗟に目を守った。マジックボム同士の連鎖反応が発生し、凄まじい爆音が数度、夜の世界を切り裂いてゆく。
「ぬわーっ!」
「親父!?」
マジックボムの爆風に煽られて吹き飛ばされた親父を魔法の糸で操ってこちらに手繰り寄せ、全身でキャッチする私。すぐに人形の状態をチェックして、損傷がない事を確認してまずは安堵。もうもうと上がる爆煙を見て、これならば獏を倒せたのではないか・・・できればそうあって欲しいと願っていた。
・・・が、現実は私の希望を無残にも打ち砕く。
「嘘・・・」
≪直撃した筈なのに、何故!?≫
確かに爆発のダメージはあったようで、全身の皮膚が焦げている。しかし、決定打には至らなかったようだ。そればかりかダメージが、奴の怒りを増幅させたようで、再び身の毛のよだつような咆哮をし、こちらに迫ってくる。
「・・・親父は、お父様は渡すもんか!」
かつて、独りで暮らし始めた時に襲われた獣の事を想起させるような、その獏の突進に向けて私は精一杯の強がりを言った。箒や八卦炉も無く、マジックアイテムも使いきった私はただの人間。身体は鍛えてあるが、それでも、人間の年頃の女の子の領域を超えられる物では無い。
走って逃げても、その距離はどんどん縮まるばかり、徐々に大きくなる音に私の精神は蝕まれ、恐怖一色に塗りつぶされていく。
1分ほど走った所で、足がからまった、受け身を取る暇も無く地面に身体をしたたかに打ちつけてしまう。
「痛っう・・・」
≪魔理沙、大丈夫か?!≫
「大丈夫じゃない、問題だ・・・足を捻った。」
≪くっ・・・魔理沙、諦めるんじゃない!≫
親父が私を引っ張ろうとしてくれるが、人形では私を動かす事は叶わないだろう。それでも容赦無く、無慈悲に迫りくる獏のおぞましさ。
私は自分の無力さを呪いながら・・・人形を思いっきり胸元に抱きしめた。目も背け、丸まって、親父だけでもと思って、私の身体全てを使って護る。
もし、ここで私が死んで欲にまみれた・・・私の魂でお腹一杯になってくれたら、親父を護れるんじゃないかって。そんな事も思った。家出して、散々心配かけた娘ができる、最高の親孝行じゃないか・・・そんな発想が頭の中をよぎる。
≪魔理沙、その手を放せ、私を放り投げろ!お前まで巻き添えを喰う!!≫
「嫌だ!親父・・・お父様は私が護る。放すもんか!!」
私は目を閉じて、親父の人形を抱きしめた。そして、最愛の人の事を想い浮かべる。ちゃんと帰ってくるって約束したのにな・・・。笑ったアリス、怒ったアリス、微笑むアリス、泣いたアリス。いろんな表情が瞼の裏に投射される。幸せな日々、愛を語り合った日々の会話が一気に再生される。
・・・ごめん、アリス。
指輪に向けて、ぽつりと呟くように、私は言って全身を強張らせた。
「夢符・二重結界!」
凛とした声と、耳をつんざく悲痛な咆哮と共に私がおそるおそる目を開けると、奴の動きが止まっていた。いや、止められていたのだ。出鱈目だが、強力で正確無比な結界。
「・・・間にあったわ!」
見慣れた紅白の衣装、長い黒髪・・・霊夢が私の前に立っていた。
「霊夢っ!?」
「魔理沙、大丈夫?」
「どうして・・・ここが。」
「普段しない禊をしようと思って外にでたら、馬鹿みたいな爆音と閃光がしたものだからね。きっと魔理沙の仕業じゃないかって思ったのよ、来てみて良かったわ。」
結界の出力が何時にもまして強い。普段の弾幕戦であそこまで強力なのは見た事がない。相手がデカイから手加減しないって事か?
霊夢は私に近寄ってきて、手を貸してくれた。
「魔理沙、立てる?」
「何とか、な・・・」
足の痛みを我慢して、霊夢の肩を借りて立ち上がる。痛みはあるが、少しだけ回復したようで何とか歩けそうだった。
「あれは・・・獏じゃないの?なんでまた、アンタが獏に追いかけられてんの?」
「アイツの狙いは、この人形に入っている親父の魂だ!」
「何ですって?」
結界が破られ、怒髪天を付いた獏がこちらに飛びかかって来た。霊夢はお札と針を投げて、足止めをしてから私の手を引いて空を飛ぶ。
「箒は?」
「折られた。」
「八卦炉は?」
「落とした。」
「んもう、まるで種の無いスイカのような物ね・・・」
「地味にありがたくなってないか、おぃ。」
種の無いスイカとはまた酷い事を。しかし、先ほどまで感じてした生命の危機を感じなくなったので、少しだけ霊夢の冗談に答える余裕が出来た。やっぱり、切羽詰まるのは良くないって事だな、うん。だが、大地を駆ける獏のスピードは霊夢の飛行速度よりも早かった。
「なんて出鱈目な早さなの!?」
それもそのはず、霊夢の飛行速度は元々早くは無いし、あまつさえ私と言う重りが付いてるしな・・・勿論、幸せだったが、太ってはいないぞ。霊夢が次の手を考えて、打とうとした時、獏が動きを止めた。
見慣れた機械の腕ががっちりと獏の後両脚を掴んでいた、無論その機械にも見覚えがあった。
・・・私を盟友と呼んでくれる河童の物だ!
「助けに来たよ、盟友!」
「にとり!?どうしてここが?」
「話は後にしようか、とりあえずこの化け物を何とかしちゃおう。」
のびーるアームの出力を上げたにとりは、獏を豪快にうっちゃった。地響きがし、大地が揺れる。
「お化けキューカンバーの準備をするから、椛、お願い!」
「了解です!!」
にとりの横から飛び出した獏に一太刀入れる椛、その太刀筋は妖夢のそれとは全く異なるが、とても頼もしい。そうこうしている内に、にとりが大掛かりな機械をセットし終えた。そして、双眼鏡みたいなもので狙いを定める。
「準備完了、椛、そこを離れて!」
椛が慌ててその場を離れると、にとりのお化けキューカンバーが直撃し、バランスを崩す獏。しかし、バランスを崩した獏は構わず飛びかかって、その大きな足を私と霊夢目がけて振りおろそうとするが・・・
「大奇跡・八坂の神風!!」
吹きすさぶ強風に今度はバランスを崩してそのまま横に転がって行った。風の向きを割り出し、目で辿ると、その先に早苗が居るのが見えた。
「お待たせしました、魔理沙さん!」
「早苗?お前まで・・・」
「魔理沙さんは、大切なお友達・・・困った時は助け合い、です。」
「ありがとう、早苗!」
異変が無くても、同じ年齢層の人間だと言う事で何かと遊んだり・・・最近ではゴリアテ人形の実験にも協力してくれた早苗。力強い返事に後押しされたのか、どんどん弾幕を展開して迫ってゆく。既に攻撃参加していた、にとり、そして椛と協力しながら化け物を少しずつ追い込んで行く。
「魔理沙、近くに隠れてて!」
私を下ろして霊夢が指示を出す、箒も無ければ八卦炉も無い私はここで眺めていては邪魔にしかならない。オマケに護衛対象がいるので交戦は避けなくてはならない。
「言われなくても、スタコラさっさだぜ。」
此処は森、幸い隠れる場所は幾らでもある。家出した当初からの得意技だ。可能な限り素早く茂みを探し、そこに潜り込もうとする私。
そんな私の耳に、またしても空気を切り裂く音が聞こえて来た。
「またそれかっ・・・!」
私の横を掠めていった舌は、反転し親父の人形の方に伸びる。足を怪我して無ければ華麗なステップで避けられたが、今はそれも出来ない。痛む足を引きずり、歯を食いしばってしゃがんで二度目の舌を交わす。三度目の舌が私の頭を捕えた時に、神速の疾さで、居合いをする見覚えある顔が見えた。
「空観剣・・・六根清浄斬、また・・・つまらない物を斬ってしまったよ。」
「妖夢!」
「・・・昨日の声の主はこいつだったのね。魔理沙、助太刀するわ。」
剣の道、魔法の道、道は違えど、同じ求道者である事から、妖夢とは春雪異変解決後に友達付き合いが始まった。そんな妖夢の静かな声がとっても頼もしかった。
獏の舌を切り落とすまでには至らなかったが与えたダメージは十分だったようで、大きな咆哮を伴い、舌を引っ込めて行く。これで暫くは私愛用の箒を折ってくれた舌も使えまい。
「魔理沙、伏せて!!」
次いで聞こえた上空から聞こえるその言葉に従うと、凄まじいが・・・かなり程々にセーブされた威力の火の剣が振り下ろされた。獏を囲むように流れる炎の刃は、獏の周囲数メートルを綺麗に、しかも見事に切り取った。
「フラン!パチュリー!」
「やっほー、魔理沙。私、助けに来たよー」
「既に先客がいるみたいだけど、助けにはなれそうね・・・魔理沙!」
パチュリーがウインクをしてきた。ホントはアリスのが一番好きなんだけど、こういう時にしばしば助け舟を出してくれるパチュリーにはホント感謝している。
・・・いや、ここに来てくれた皆に私は感謝していた。呼ばれた訳でなく、単なる偶然かも知れない。でも、こうやって助けに来たと口々に言って困った時に助けてくれる仲間の存在。私は、沢山の人妖に支えられて生きているんだな・・・
―助かるんだぜ、ありがとうな・・・みんな。
―その言葉は、感動の余り声としては殆ど出なかった。
「フラン・・・ああいう獣は本能的に火を恐れるのよ。」
「うん、でも、ドッカーンは程々に・・・よね!」
「後で消火はするから、遠慮なくやっちゃいなさい。」
「はーい!」
パチュリーの冷静な指示の元、レーヴァティンを補うようにアグニシャインの炎も獏の周りに着弾、爆ぜる炎の前には、流石の獏もどうしようも無くただ立ちつくすばかり。
これだけやってくれてるのに、自分が何もできずにいるのは大変歯がゆかった。これだけの隙を演出してくれていたなら・・・自分の魔砲も役に立つだろうに。
「くそう・・・せめて、八卦炉があればー」
「探し物はこれでしょうか?」
「咲夜!?」
突然現れた咲夜がそっと八卦炉を差しだした。私はそれを受け取り、ポケットにしまう。
「何処で見つけたんだ?」
「来る前に、霊廟の守護者が持っていた物を、譲っていただきましたわ。」
「芳香か・・・サンキュー咲夜、恩に切るぜ!」
「お礼は終わってから聞きますわ、まずは目の前の化け物をなんとかしませんと。」
咲夜の投げナイフが獏に突き刺さった。既に皆の様々な攻撃を受けて、動きがかなり鈍っている。これならいけるかも知れない、私は八卦炉とスペルカードを出して魔力の充填を始めようと、ふらつく身体を支え始める。しかし、足の痛みが残っており、反動に耐えるだけの脚力を出せる自身が無い。
「ここで、やらなきゃ女がすたるんだぜ!」
強がりと同時に、身体が少しずつ魔力に満ちて行くのを感じた。魔力のリンクが強くなって行くのを感じる。
「魔理沙っ!?」
・・・私の最愛の人の声、振り向いた視線の先に・・・アリスが見えた!
「アリス!」
「大丈夫・・・じゃなさそうね。」
「親父は・・・大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、慧音が傍に付いてる。」
「そうか、なら安心だ。」
耳を澄ますと山彦のような避難警告が聞こえてくる。あの大声もいざという時は役に立つんだな・・・状況確認も素早く済ませ、親父の本体の無事も確認できた。後は、目の前の獏を何とかするのみである。
「魔理沙・・・箒は?」
「あぁ、獏に折られてしまったんだぜ。でも・・・」
「でも?」
心配そうに覗きこむアリスの顔。何時だって私を想ってくれるその眼差しに目を向けて、私は・・・ありったけの想いを込めて答えた。
「アリスが居れば、何だって出来るんだぜ!力を貸してくれ!!」
「ええ、私達に不可能なんて無い事を証明しましょうか。」
アリスが差しだした手を繋いで、魔力のリンクを繋いで魔力を全身に通わせる。指輪が9色に輝き、増幅した魔力が私の中に満たされていく。満たされた暖かい魔力が全身を駆け巡って、私の傷を癒し、足の痛みが引いてゆき、疲労をどんどん取り除いてゆく。
―そして、飛びたいと言う意思に呼応して、私の背中に、9色の光の翼が現れた、飛べる、そして、まだ戦える。色んな力に満たされた私は、アリスの手を引いて、宣言した!
「さぁ、行くぞ、アリス!」
「ええ!」
私はアリスを伴って獏の近くまで飛んで行った。皆の集中攻撃で、大分動きが鈍っている。周囲の火勢もあって、威嚇をするのみで、動きが見られない、ここが勝機と判断した私は、八卦炉を取りだして構える。
「アリス、派手に行くぞ!でっかいのを一発御見舞いしようぜ。」
「ええ、でも・・・チャージに時間がかかるわ。その間に攻撃されたら・・・」
「そんな事なら、私達に任せてよ。」
あちこち服が破けた霊夢達が、私達の前に立った。激しい交戦で疲弊しているはずなのに、皆が私達の前に次々と並ぶ。その雄姿に、私の目が潤みそうになったが、ここは我慢だ。
「どれくらいの時間を稼げばいいの?」
「3分・・・いや1分稼いでくれ、その間に何とかするんだぜ!」
霊夢の質問に私がそう宣言すると、皆は頷き、各々が攻撃に入る。持てる火力をぶつけて、動きを封じてゆく。私はその光景を見ながら、魔法のチャージを始める。アリスと呼吸を合わせて、魔力を同調させて、更に増幅させてゆく。八卦炉に凄まじい魔力が流れ込んで行くのを感じる。
「しまった、魔理沙!避けて!!」
霊夢の声と同時に私達の方に大きな手が伸びた、マズイ。魔法の詠唱の最終段階に入っているので、ここで中断する訳には行かない。皆の攻撃が集中し、怯んだりはしているのだが動きを止めるまでには至っていない。
帽子が後ろに落ちてから、飛んできたマジックボムが獏の手の表面で炸裂した。視線を上に向けると・・・頼もしい声が聞こえて来た。
「これ以上、娘に手出しはさせん!」
まさかの親父のバックアップ・・・・・絶好の機会を作ってくれたのは間違いない。怯んだ獏の様子を窺いながら、魔力の収束を確認した私は全ての魔力を八卦炉に注ぎ込む。こっちは発射準備完了だ。それと同時にアリスも口を開く。
「魔理沙、撃てるわ!一発で決めるわよ!!」
ナイスタイミング、魔力のコントロール体制もばっちりだ。これで・・・魔砲が撃てる!
私は、いつものように元気よく、アリスへの返答をする。
「おう、言われなくてもそのつもりだぜ!!」
そのセリフで私とアリスは一度お互いを見てから、精神を集中させる。
優しく八卦炉に魔法をかけて、にっくきターゲットに狙いを定め・・・放つは・・・
―愛の魔砲!!
「「愛符・ファイナルマスター・レインボー・スパーク!!」」
宣言と共に八卦炉から9色の光輝く愛の魔砲が放たれた。私達の愛の絆、そして霊夢達との友情の絆、そして・・・親子の絆によって紡がれた、力強い魔力の奔流。私とアリスだけの力じゃない、私達を繋いだ絆が生んだ、様々な愛の形によって撃つ事が出来た私達の魔砲である。
―その魔砲に撃たれた獏は、その巨体を支える事が出来ずに吹き飛ばされ、凄まじい断末魔の悲鳴と共に、9色の光の向こうに消えた。
それを見届けた私達は戦闘が終わった後特有の虚脱感を覚えてその場でただ風景を眺めていた。繋いだ手の温もり、優しさを感じながら、ただ、ぼんやりと空を眺める。そして、どちらからともなく、向き直ってしばらく見つめ合う。
「やったね、魔理沙!」
アリスのその一言でその場で思わず抱き合ってしまう。思いっきり、体温を分け合うように。・・・生きている事を、確かめ合う。
「あわわわわ・・・・やっぱり凄い!」
「いやー、流石は結婚する予定の夫婦と言いましょうか?」
妖夢と早苗が私達とお互いを交互に見ながら言った。その事に恥ずかしくなった私達は思わず離れてしまう。その場で照れくさそうに私達がしていると、妖夢が微笑み早苗が口笛を吹いてくれた。
「まぁ、なんにせよ無事に済んでよかったなぁ~」
「そうですね、にとり。一時はどうなる事かと・・・」
早苗達の横で、にとりと椛が笑い合っているのが見える。椛は剣を仕舞い、盾も後ろにやって腕組みをしながら、にとりは愛用のリュックを大事そうに抱えながら。私達の視線に気が付くと手を上げて答えてくれた。
「魔理沙とアリス、やっぱりラブラブだねっ!」
「そうね、フラン。あと、そろそろ日傘を差さないと危ないわ。」
「妹様、どうぞこちらに・・・よろしければパチュリー様も」
「わーい、咲夜とパチュリーと相合傘だぁー!」
その横を向くと、無邪気なフランの声がする、パチュリーと咲夜はこちらの視線に気が付くと手を軽く振って答えてくれた。それにつられてフランも手を振って答えてくれる。
そして、その横には穏やかな笑みを浮かべた霊夢がいた。
「魔理沙、アリス、いちゃつくんなら降りてからにしたらどう?」
霊夢が呆れた口調で言うが、その表情自体は穏やかであった。その言葉に促され、私とアリスはゆっくりと高度を落として、着地する。他のみんなも、談笑しながら降りて来てさっきまでの激しい戦闘が嘘のようなすっかり軽い集会のようなノリに変わってゆく。親父の魂の事がなければそのまま皆で朝食かなーとか、そんな気楽な考えが私の中に浮かぶ。
それにしてもお腹が空いた。魔力を沢山使ったから、今日は朝から重たい物でもいけそうだ・・・アリスに外食かテイクアウトのお店で食べようかと提案しようとした丁度その時、霊夢の顔が真剣な物に戻った。
「待って・・・まだよ、まだ終わってない!」
霊夢の一言で私達は再び戦闘態勢を取る私達。のし、のしという聞きなれたくも無い足音が、少しずつ、少しずつこちらに迫ってくる・・・姿を現し始めた太陽が、その大きな体躯を照らし始めた・・・後ろ脚を引きずりながら彼方此方が魔砲で焼かれた皮膚を晒した巨体が、ゆっくり、ゆっくりこちらに向かってきた。
「まだ動けるの、タフな奴ね。」
「何回来ても同じだ、すぐに吹っ飛ばしてやる!」
再度魔砲のチャージを開始する私とアリス、だが獏の方はというとゆっくり親父の方にに向かって来て・・・頭を下げた。その行動からは敵意を感じる事は出来なかった上に、至近距離に居る筈の親父の魂を食べようとはしなかった奴の行動に私は思わず手を止めた。
「待て・・・謝ってるのか、アイツ。」
「うーん、でも油断させといてパクリと行っちゃう手かも知れないわ、油断は禁物よ。」
「チャージは続行しておくか・・・」
魔力のチャージを維持したまま、慎重に様子を窺う私とアリス。霊夢達も獏を取り囲むように配置について、何かあったら即応できるように臨戦態勢を取った。
「その必要はないわよ。皆。」
突如と聞こえて来た声に皆が反応して慌てて上を見ると、何も無かった空にスキマが出現。そこから、紫がゆるりと登場した。随分と遅めの登場のような気もしたが、紫は何を考えているのか全く見当が付かず、考えるだけ無駄なのでその点はすぐに思考の片隅に追いやっておいた。
「貴女達の魔力は、ただ破壊するだけが効果じゃなかったみたいね。」
「どういう事だ。」
「貴女達の愛の魔砲で撃たれて、邪気が抜けたのよ。御覧なさい、すっかり大人しくなって、アレだけ執着していた霧雨の旦那様を食べようとしない・・・」
さっきなら、隙あらば大きな口で魂を吸い込まんとしていたが、その動作も無く、今はじっと座ってこちらを見ている。どうやら紫の言っている事は本当らしい。胡散臭くって信用ならないが、今回ばかりは信じる事が出来そうだ。
「外の世界でお腹を空かしているのを保護したんだけど、時期が悪かったわ。餌が沢山ある状態・・・神霊を食べるから異変の解決になるんじゃないかとも思って放置してたけど・・・・・まさか邪気に当てられるなんて、当てが外れたわね。」
確かに時期が悪い。餌が沢山ある時に飢えた獣を放すとどのような結果になるかは明白である。全く、紫の考える事は分からない。
「そのままの姿じゃ此処には居ずらいでしょ、こっちにいらっしゃい。」
紫が隙間を発動させると、獏の巨体が飲み込まれた。そして、暫くして同じ場所に一人の少女が隙間から現れた。先ほどの獏の毛と同じ色の髪をした少女は、暫くおどおどと渡りを見回していたが、やがて私達に向けて深々と頭を下げた。
「・・・いいんだぜ、邪気に当たってたのもあるし、お前だって腹が減ってたんだろう?」
そう言って、私は脅える獏だった少女の頭を撫でてあげた。
「幻想郷は、異変があったら酒飲んでノーサイドだぜ。だから・・・気にすんな。今度、一緒に飲もう、な。」
さっきまでの激戦を繰り広げた相手に見せるには、似つかわしくないかも知れないが・・・私は、いつものように、前歯を見せて笑って見せた。すると獏の少女は頷いて、微笑んだ。
―これで、異変解決だ。
そう思っていた矢先の事である、野太い声が指輪越しに聞こえて来た。
≪・・・早く私を戻してくれんか?此処は窮屈なんだ。≫
「おぉ、そうだった。すぐに戻してやるぜ!」
頭の上にいた人形の頭を撫でてから私は落ちた帽子を被る。箒が無いからしっくりこないが、アリスと一緒ならちゃんと飛べる。私は光の羽を羽ばたかせ、飛行体制に入った。
「異変を解決した事も里に伝えてあげなきゃ。行きましょ、魔理沙。」
「おう・・・ってあらら。」
ここになって疲れが来たのか、光の翼が消え、ふらっとしてしまってアリスの胸の中に倒れ込んでしまった。心配そうに見つめてくれるアリスに、疲れ切った私は、おねだりをする事にした。
「アリス、だっこ・・・おんぶでも可だぜ。」
「・・・仕方ないわねぇ。」
アリスが背中に私をおんぶした。背中を怪我した時のような優しさに満ちたそのアリスの背中は心地よい。これまでの疲れがどっと出てきたので、その背中に私は全てを預けた。
「さぁ、行きましょうか・・・」
「うん。」
そして、アリスは地を蹴って里の方へ飛び出した。
―魔理沙、良い友達や仲間に恵まれたな。
睡魔が襲ってきた私の耳が親父のそんなセリフを拾い上げたが、アリスの背中の心地良さに負けて目を閉じてしばしの眠りに付く。私、それに霊夢や咲夜といった友人、にとりやパチュリーと言った仲間・・・・そして、最愛の人であるアリスと、皆でここに存在出来る事・・・そして生きている事への喜びを噛みしめながら、しばしの夢の世界を楽しむ事にした。
ミ☆
獏の騒動から数日後、私は魔理沙と一緒に、とある場所に向かっていた。
そこは幻想郷の人里を一望できる場所で、よく晴れた幻想の空の向こうに広がる世界。先日の騒動が嘘のような静けさをたたえた場所に、お墓が一つだけあった。既に先客が居るようで、一人の壮年の男性が、墓前で静かに手を合わせているのが見えた。
「親父・・・もう、良いのか?」
「ああ。経過は良好だ、原因が退治されたもんな。」
「そうか。」
お墓に向かって座り、一枚の色あせた写真を持つ魔理沙のお父さん。そこに映っているのは、小さい頃の魔理沙と、お父さんと・・・魔理沙そっくりな魔法使い。この人がお母さんなのだろう。そんな魔理沙は、一歩前に出て、魔理沙のお父さんの横に立った。
「お母さんに逢いに来たんだろう。」
「そうだぜ、ちょっと横にこれを置かせてくれ。」
魔理沙はそう言って、お墓にクッキーを供えた。もちろん、魔理沙の手作りの美味しいクッキーで、お母さんに最初に教えて貰ったお菓子だとも言っていた。
「親父の分もあるけど?」
「貰えるか。」
無言でバスケットを差しだした魔理沙、お父さんはクッキーを一枚手にとって口に運んだ。ゆっくりと味わうようにしてクッキーを食べると、その頬から一筋の涙が伝うのが見えた。
「お母さんの味だ・・・懐かしい。」
「これも、お母さんが遺した物なんだぜ。」
「そうだな」
静かな時間が流れている。無言だが、気まずくも無く、ただ静かなだけの時間。普段からはしゃいでばかりの魔理沙では考えられない光景の一つだ。私はその光景を見守るだけ。親子水入らずの時間に、私が入るべきではない、そう考えているからだ。しばらくそうしていると、魔理沙のお父さんは墓前から魔理沙に向き直り。
「・・・お母さんだけじゃなくて、たまには、私にも顔を見せてくれないか・・・私のした事は、許される事では無いかも知れないけれど・・・時間をかけて話をしたい。」
魔理沙のお父さんが、ぽつりとそう呟いた。そのセリフを聞いた魔理沙は、お父さんの肩に手を乗せて、穏やかな口調でこう答える。
「まだやり直せるんだぜ・・・お母様もきっとそれを望んでいる。」
そう言って魔理沙がお母さんのお墓を撫でた。その時の魔理沙の顔が凄く大人に見えた、強がっていた魔理沙の顔とは全く違う、強さと優しさを讃えたその表情に私は息を呑んだ。
―これが、人間の成長なんだなと私は思った。
「まだ遺された時間はある・・・取り返したい、娘と父親、家族として居られる時間を。」
「そうだ・・・【お父様】、一つ一つ、元通りにしていこう。」
魔理沙がそう言って、お父さんに抱きついた。感極まってわんわん泣くかなーと思っていたが、そんな事も無く、静かに涙を流しながらお父さん腕の中で、ずっと求めていた家族の温もりを噛みしめている。
確かに、魔法使いに比べると人の時間は短いかも知れない。でも、私と魔理沙だって、この短い時間の間にこのような素敵な関係に慣れた。かつて、仲の良い親子だった魔理沙とお父さんなら、また幸せな親子に戻れるはずだ。確証は無いけど、私はそんな情景を思い浮かべる事が出来た。
「・・・そうだ、お父様、お母様も一緒だから、アリスの事・・・紹介するよ。」
「おお、そうだな。お母さんもきっと喜んでくれるだろう。魔理沙・・・頼む。」
「分かったんだぜ、お父様。」
張らした目もそのままにして私の横に回り込む魔理沙。その涙はそっとハンカチで吹いておいた。ついさっきまで大人な対応を見せていた魔理沙の姿はどこへやら。今の魔理沙は、いつもの太陽のような笑みを浮かべる無邪気な少女だった。だが、その表情にも、どこか大人びた雰囲気がしているのは、きっと今回の一件で精神的にまた大人になったからなんだろうな・・・
「どうしたんだ、アリス、緊張してるのか?」
「い、いや、緊張なんて全然してないですわよ!?」
「らしくないぜー、アリス。いつもどおりで良いんだよ、私のお父様なんだぜ?」
魔理沙に背中を叩かれる。昔なら怒っていたが、今は違う。これも、魔理沙の愛の・・・絆の証なのだ。お互いにお互いを理解し合うからこそ、赦せる行動と言うのもあるのだ。背中を押された私は、一歩前に出て緊張した表情のまま姿勢を正した。
「アリス・・・ここに居るのが私の両親だ。」
魔理沙の紹介で穏やかな表情になったお父さんの方を見て、私は魔理沙の方を見てから息を吸い込んでから真剣な眼差しになった魔理沙のお父さんの方を向いて私は挨拶をする。
―穏やかな梅雨入り前の太陽の光が、そっと私達を包みこむように照らしていた。
To be continued…
魔理沙、親父さんと和解できてよかったなぁ…
早く?
>私は駆け足でウロを飛び出してひたすら安全県まで走った
安全圏
こういう一つの敵に皆で力を合わせて戦うお話は良いものですね
残り二話、楽しみにしてます
かなりの文字数でしたけど、するする先に進めて読みやすかったですよ。
みんなで力を合わせてとかいいですよね。
魔理沙とアリスの結婚式がとても楽しみになってきました!