それは、『六』の字となって。草むらに転がっていた。
最初にそれに気が付いたのは、妖怪だった。
それはかつて、どこにでもいたものだった。そして、それはかつて、好きなだけ食べられるものだった。それが今や、それがどこにでもいてそして好きなだけ食べられたものだと知っているのが、ごくごく一握りしかいないことも、その妖怪は知っていた。
故に、それが貴重であると知っているからこそ、その妖怪は目の前の『六』を見て、それが『六』の形をしていることに呆然としてた。
一画目は、びちゃりとつぶれていた。二画目は、ぶつりぶつりとちぎれていた。三画目は辛うじて先が残っているだけだった。そして四画目だけが綺麗に形を残していた。
その様を、じっくりと、舐めるように見、そして辺りを見回した。『六』の名残がすぐ傍の幹にこびりついていた。
ふ
わ
り
と、浮き妖怪は、そのこびりついたものを指でこそげ取り、口に含む。それは、懐かしく安堵できる味だった。気を抜けば、己の指すら食い千切りかねない勢いでしゃぶり、
ちゅ ぷ
名残惜しそうに、唇で指をしごくと、指を引き抜く。それは、しばらく逡巡し、溜息をついた。妖怪の視線の先、『六』の字には、よくよく見れば、既に蟻が、蠅が、鼠が集り、啄み、持ち帰り始めている。
さすがに悪食の自分でもこれは食べられないなぁ、と妖怪は溜息を一つつくと、闇の中を飛び立とうとする。
と、そこへ茂みをかき分けて歩いてくる二つの足音と、
「それ、をやったのはお前か?」
なじるでも、泣くでも、喚くでもなく、淡々と事実を確認するだけの問い。闇の中、妖怪はふわ、っと浮くと足音の主の頭上まで飛び、ただ一言告げる。
「こんな勿体ない食べ方はしないよ」
その返答に、足音の主は溜息を一つつくと、傍らに立っていた黒服に、『六』の確認をさせた。黒服は、背負っていた瓶を下ろし、『六』の状態を確認すると、首を一度だけ横に振る。それを見て、足音の主は、そうか とだけ言うと瓶の中身を『六』にかけるよう黒服に指示した。
それを合図に、黒服はたん、と褄先を地面に打ち付ける。と、
音もなく『六』の字は、地面に沈み込んだ。そして、ひょぃ、と黒服が持ち上げた瓶からはその仕草に見合わぬ量の液体がどろどろ、どろどろ、と流れ落ちていった。
「油?」
その臭いに、妖怪は眼下の女に問う。が、その答えはそっけなく、
「あぁ」
その一言だけだった。瓶が上下真っ逆さまになり、黒服がそれを二、三回上下させた後、女は青い服から小瓶を一つ取り出す。そして、黒服がしたように、『六』へと振りかけ、妖怪には理解できない言葉で二言、三言と呟き
轟
と、『六』の字を浮かべた油溜まりに火を付けた。じゅぅ、じゅぅと『六』を包んでいたものが燃え上がり、ぶじゅり、ぶじゅりと『六』そのものもゆっくりと燃えていく。
その光景を見ることなく、黒服は背を向けると、里に戻る道へと歩を進めた。そんな黒服を咎めることなく、青い服の女は、燃えさかる『六』に見入っていた。
「昔は、こんなことをする必要も無かったんだがな」
「勿体ないよね」
答えを求めていなかった独白に、答えが返ってきた驚きを内心に隠し、妖怪へと首を巡らせる。妖怪は、燃えさかる炎に眩しそうに目を細め、
「食べやすいところしか、食べてないんだよね。それも途中から食べるのが面倒になって、そのままほったらかしにしたみたいで」
妖怪はもう一度、勿体ないよね、と呟くと口を閉ざし、そのままいずこかへと飛び去っていく。一人残された女は、飛び去っていく妖怪の後ろ姿、そして里へと帰っていった黒服を思い独りごちる。
「外の世界の人間は、魚の骨や腸を除いて食べるのが面倒だと魚を食べなくなっていると聞いたが、妖怪も同じ事になっている、ということか。このまま行けば、妖怪の歴史も様変わりするのかもな」
ばちっ、ばちっ、と『六』の字の返事だけが辺りに響き続けた。
――少女火葬中――
最初にそれに気が付いたのは、妖怪だった。
それはかつて、どこにでもいたものだった。そして、それはかつて、好きなだけ食べられるものだった。それが今や、それがどこにでもいてそして好きなだけ食べられたものだと知っているのが、ごくごく一握りしかいないことも、その妖怪は知っていた。
故に、それが貴重であると知っているからこそ、その妖怪は目の前の『六』を見て、それが『六』の形をしていることに呆然としてた。
一画目は、びちゃりとつぶれていた。二画目は、ぶつりぶつりとちぎれていた。三画目は辛うじて先が残っているだけだった。そして四画目だけが綺麗に形を残していた。
その様を、じっくりと、舐めるように見、そして辺りを見回した。『六』の名残がすぐ傍の幹にこびりついていた。
ふ
わ
り
と、浮き妖怪は、そのこびりついたものを指でこそげ取り、口に含む。それは、懐かしく安堵できる味だった。気を抜けば、己の指すら食い千切りかねない勢いでしゃぶり、
ちゅ ぷ
名残惜しそうに、唇で指をしごくと、指を引き抜く。それは、しばらく逡巡し、溜息をついた。妖怪の視線の先、『六』の字には、よくよく見れば、既に蟻が、蠅が、鼠が集り、啄み、持ち帰り始めている。
さすがに悪食の自分でもこれは食べられないなぁ、と妖怪は溜息を一つつくと、闇の中を飛び立とうとする。
と、そこへ茂みをかき分けて歩いてくる二つの足音と、
「それ、をやったのはお前か?」
なじるでも、泣くでも、喚くでもなく、淡々と事実を確認するだけの問い。闇の中、妖怪はふわ、っと浮くと足音の主の頭上まで飛び、ただ一言告げる。
「こんな勿体ない食べ方はしないよ」
その返答に、足音の主は溜息を一つつくと、傍らに立っていた黒服に、『六』の確認をさせた。黒服は、背負っていた瓶を下ろし、『六』の状態を確認すると、首を一度だけ横に振る。それを見て、足音の主は、そうか とだけ言うと瓶の中身を『六』にかけるよう黒服に指示した。
それを合図に、黒服はたん、と褄先を地面に打ち付ける。と、
音もなく『六』の字は、地面に沈み込んだ。そして、ひょぃ、と黒服が持ち上げた瓶からはその仕草に見合わぬ量の液体がどろどろ、どろどろ、と流れ落ちていった。
「油?」
その臭いに、妖怪は眼下の女に問う。が、その答えはそっけなく、
「あぁ」
その一言だけだった。瓶が上下真っ逆さまになり、黒服がそれを二、三回上下させた後、女は青い服から小瓶を一つ取り出す。そして、黒服がしたように、『六』へと振りかけ、妖怪には理解できない言葉で二言、三言と呟き
轟
と、『六』の字を浮かべた油溜まりに火を付けた。じゅぅ、じゅぅと『六』を包んでいたものが燃え上がり、ぶじゅり、ぶじゅりと『六』そのものもゆっくりと燃えていく。
その光景を見ることなく、黒服は背を向けると、里に戻る道へと歩を進めた。そんな黒服を咎めることなく、青い服の女は、燃えさかる『六』に見入っていた。
「昔は、こんなことをする必要も無かったんだがな」
「勿体ないよね」
答えを求めていなかった独白に、答えが返ってきた驚きを内心に隠し、妖怪へと首を巡らせる。妖怪は、燃えさかる炎に眩しそうに目を細め、
「食べやすいところしか、食べてないんだよね。それも途中から食べるのが面倒になって、そのままほったらかしにしたみたいで」
妖怪はもう一度、勿体ないよね、と呟くと口を閉ざし、そのままいずこかへと飛び去っていく。一人残された女は、飛び去っていく妖怪の後ろ姿、そして里へと帰っていった黒服を思い独りごちる。
「外の世界の人間は、魚の骨や腸を除いて食べるのが面倒だと魚を食べなくなっていると聞いたが、妖怪も同じ事になっている、ということか。このまま行けば、妖怪の歴史も様変わりするのかもな」
ばちっ、ばちっ、と『六』の字の返事だけが辺りに響き続けた。
――少女火葬中――
六の字を使ったことに感服。『大』の字だと一発で分かってしまいますからね。
タグはR-15でいいかと。
グロ注意とかだと先に読めてしまいますし。