博麗霊夢の記憶によれば、そもそも祖母と母の仲の悪さが原因である。
女の子が胡坐をかいてはいけません。
――そう口煩く言っていたのは祖母だった。
女の子が胡坐をかいて何が悪い。
――それに反発していつも騒いでいたのが母だった。
両者の仲は特に険悪という事もなかったが、とにかく二人とも我が強く自分の主張を譲らないために、しばしば他愛もない事で大喧嘩を繰り広げていた。
その結果は、と言えば、結局いつも母が負けていた気がする。
それでも負けず嫌いな母は、霊夢と二人っきりの時はよく胡坐をかいていた。縁側で胡坐して、その上に霊夢を抱いて緑茶を啜るのがお気に入りだった。そして『霊夢ぅ。女の子が胡坐をかいたっていいのよぅ』と我が娘を味方につけようと飴をやるのだった。
その現場はしばしば祖母に見つかり、母は祖母に『子供になんてこと教えるんですか!』とドつかれていたが、その後『霊夢。女の子が胡坐なんてするもんじゃないんですよ』と言い聞かせながら饅頭を渡してくる辺り、さすが母娘だろう。
おばあちゃん子であり、なおかつ、母の言う事をよく聞く子であった霊夢は、二人分の主張を交互に聞きわけた結果、人前では正坐、一人の時は胡坐と使い分ける習慣を確立した。
祖母が死に、胡坐をかいても煩く言う人はなくなった。
けれどその後も母が霊夢以外の人前で胡坐をかく事はなかった。
霊夢もそれに倣った。
そして更に母が死んだ後も、霊夢はその習慣を何んとなく受け継いでいる。
別に、堅苦しい席でのみ正坐、という使い分けわけでもない。
無礼講な宴会の席でも他人がいればまず正坐。
ちょっと酔いを冷ましたくなって境内裏に一人で逃げてきた時は胡坐。
……胡坐をかいている時に他人が来た時は、さり気無く正座に直るようにしている。
魔理沙などは『かっこつけてる』と笑う。
霊夢としては『かっこつけてる』というつもりはなく、ただ習慣になっているだけだ。
その夜も霊夢は一人、部屋の隅で胡坐になり安酒をかっくらっていた。
別に一人寝の夜が寂しくなったというわけでもない。
たまには一人で飲みたい時もある。
そこへ萃香がポンっと現れた。
体を霧に変えて扉の隙間から入ってきたのだろう。
少々面食らわせられる登場の仕方だが、スキマからにゅっと出てくるのや、時を止めてこっそり忍び込んでくる輩よりはだいぶマシである。
もう既にだいぶきこしめしているようで顔が赤い。足元もかなりフラフラしている。にへら~と緩んだ表情は、この世に悲しい事など何一つないと思っているかのようだ。
霊夢は顔をしかめた。
この酒飲み鬼がやって来るのは、酒をたかりに来たか、ツマミをたかりに来たか、宴会がしたくなったかのどれかであり、いずれにしても一人飲みタイムは終わりのようだと、霊夢は正坐に直ろうとした。
するとほろ酔い萃香が寄ってきた。
トテトテ、ストン
一鬼当千の力を持ちながら鬼の中でも小柄な部類に入る萃香の尻が、霊夢の膝と膝の間にジャストフィット。
そのまま力を抜いてリラックス。
ぐて~ん。
「……萃香。どきなさいよ。邪魔だから」
胡坐を正坐に直したいのに。
けれど萃香はそのままずるずると姿勢を崩し、霊夢の腹を枕にして仰向け状態。
すっかりご満悦顔の萃香は、霊夢を見上げながらキヒヒと笑った。
「い・や」
「嫌じゃなくてどいてよ。それにあんたの角が当たって痛いんだけど」
「鬼の角に触れる栄誉に浴するがいいよ」
キヒヒ。
八重歯を剥き出しで笑う。
すっかりご機嫌。心配事など何もないよという風に、とても幸せそうな笑顔。見た者がほっとするような……。
その真っ赤なほっぺたをチョコンとつついて、霊夢はため息一つ。
酔っ払いに何を言っても通じないかと諦めた。
他人がいる所で胡坐しているのは少々気持ちが落ち着かないが、萃香はどうにも霊夢の胡坐の間が気に入ったらしく、至極幸せそうな顔で猫みたいにゴロゴロ喉を鳴らしているので喉の下をくすぐってやったらキャアキャア言って喜んだ。
まぁ、こういうのも、いいか。
それ以来、霊夢の胡坐は萃香の指定席になった。
霊夢が一人でいる時に気紛れにやって来ては、チョコンと膝の間に収まる。
そこで昼寝したり、酒を飲んだり、ツマミをこぼしたり。
最初こそ居心地悪そうにしていた霊夢だったが、次第に慣れていき、萃香が来ると自然に膝の所を空けるようになっていた。
ある宴会の夜のこと。場所は白玉楼。
少し遅く到着した霊夢は、萃香が地底の星熊勇儀や他の鬼たちと酒を飲んでいるのを目撃した。
酒を飲んでいるのは別にいい。
問題は、萃香が勇儀の胡坐の上に座っているという事だった。
霊夢は鬼の輪の中にズカズカ入っていくと萃香と勇儀の傍に立った。
「萃香」
「あ、霊夢。やっほー」
霊夢は萃香の手を取ると無言で輪の外へ出た。
「わ、わ、わ」
萃香は急な出来事に驚きながらも霊夢についていく。
勇儀+他の鬼さんたち、ポカーン。
鬼の輪からも、宴会の輪からも外れた所。
庭の外れ。池の傍。虫の音が聞こえる。
平らな縁石のひとつに腰かけ、霊夢は胡坐をかいた。
ポンポンと、膝を叩く。
「あんたの席はここでしょう」
わけもわからずついてきた萃香は、そこでようやく合点が行って、パっと笑うと霊夢の胡坐の上にちょこんと飛び乗った。
空には月が出ていた。
女の子が胡坐をかいてはいけません。
――そう口煩く言っていたのは祖母だった。
女の子が胡坐をかいて何が悪い。
――それに反発していつも騒いでいたのが母だった。
両者の仲は特に険悪という事もなかったが、とにかく二人とも我が強く自分の主張を譲らないために、しばしば他愛もない事で大喧嘩を繰り広げていた。
その結果は、と言えば、結局いつも母が負けていた気がする。
それでも負けず嫌いな母は、霊夢と二人っきりの時はよく胡坐をかいていた。縁側で胡坐して、その上に霊夢を抱いて緑茶を啜るのがお気に入りだった。そして『霊夢ぅ。女の子が胡坐をかいたっていいのよぅ』と我が娘を味方につけようと飴をやるのだった。
その現場はしばしば祖母に見つかり、母は祖母に『子供になんてこと教えるんですか!』とドつかれていたが、その後『霊夢。女の子が胡坐なんてするもんじゃないんですよ』と言い聞かせながら饅頭を渡してくる辺り、さすが母娘だろう。
おばあちゃん子であり、なおかつ、母の言う事をよく聞く子であった霊夢は、二人分の主張を交互に聞きわけた結果、人前では正坐、一人の時は胡坐と使い分ける習慣を確立した。
祖母が死に、胡坐をかいても煩く言う人はなくなった。
けれどその後も母が霊夢以外の人前で胡坐をかく事はなかった。
霊夢もそれに倣った。
そして更に母が死んだ後も、霊夢はその習慣を何んとなく受け継いでいる。
別に、堅苦しい席でのみ正坐、という使い分けわけでもない。
無礼講な宴会の席でも他人がいればまず正坐。
ちょっと酔いを冷ましたくなって境内裏に一人で逃げてきた時は胡坐。
……胡坐をかいている時に他人が来た時は、さり気無く正座に直るようにしている。
魔理沙などは『かっこつけてる』と笑う。
霊夢としては『かっこつけてる』というつもりはなく、ただ習慣になっているだけだ。
その夜も霊夢は一人、部屋の隅で胡坐になり安酒をかっくらっていた。
別に一人寝の夜が寂しくなったというわけでもない。
たまには一人で飲みたい時もある。
そこへ萃香がポンっと現れた。
体を霧に変えて扉の隙間から入ってきたのだろう。
少々面食らわせられる登場の仕方だが、スキマからにゅっと出てくるのや、時を止めてこっそり忍び込んでくる輩よりはだいぶマシである。
もう既にだいぶきこしめしているようで顔が赤い。足元もかなりフラフラしている。にへら~と緩んだ表情は、この世に悲しい事など何一つないと思っているかのようだ。
霊夢は顔をしかめた。
この酒飲み鬼がやって来るのは、酒をたかりに来たか、ツマミをたかりに来たか、宴会がしたくなったかのどれかであり、いずれにしても一人飲みタイムは終わりのようだと、霊夢は正坐に直ろうとした。
するとほろ酔い萃香が寄ってきた。
トテトテ、ストン
一鬼当千の力を持ちながら鬼の中でも小柄な部類に入る萃香の尻が、霊夢の膝と膝の間にジャストフィット。
そのまま力を抜いてリラックス。
ぐて~ん。
「……萃香。どきなさいよ。邪魔だから」
胡坐を正坐に直したいのに。
けれど萃香はそのままずるずると姿勢を崩し、霊夢の腹を枕にして仰向け状態。
すっかりご満悦顔の萃香は、霊夢を見上げながらキヒヒと笑った。
「い・や」
「嫌じゃなくてどいてよ。それにあんたの角が当たって痛いんだけど」
「鬼の角に触れる栄誉に浴するがいいよ」
キヒヒ。
八重歯を剥き出しで笑う。
すっかりご機嫌。心配事など何もないよという風に、とても幸せそうな笑顔。見た者がほっとするような……。
その真っ赤なほっぺたをチョコンとつついて、霊夢はため息一つ。
酔っ払いに何を言っても通じないかと諦めた。
他人がいる所で胡坐しているのは少々気持ちが落ち着かないが、萃香はどうにも霊夢の胡坐の間が気に入ったらしく、至極幸せそうな顔で猫みたいにゴロゴロ喉を鳴らしているので喉の下をくすぐってやったらキャアキャア言って喜んだ。
まぁ、こういうのも、いいか。
それ以来、霊夢の胡坐は萃香の指定席になった。
霊夢が一人でいる時に気紛れにやって来ては、チョコンと膝の間に収まる。
そこで昼寝したり、酒を飲んだり、ツマミをこぼしたり。
最初こそ居心地悪そうにしていた霊夢だったが、次第に慣れていき、萃香が来ると自然に膝の所を空けるようになっていた。
ある宴会の夜のこと。場所は白玉楼。
少し遅く到着した霊夢は、萃香が地底の星熊勇儀や他の鬼たちと酒を飲んでいるのを目撃した。
酒を飲んでいるのは別にいい。
問題は、萃香が勇儀の胡坐の上に座っているという事だった。
霊夢は鬼の輪の中にズカズカ入っていくと萃香と勇儀の傍に立った。
「萃香」
「あ、霊夢。やっほー」
霊夢は萃香の手を取ると無言で輪の外へ出た。
「わ、わ、わ」
萃香は急な出来事に驚きながらも霊夢についていく。
勇儀+他の鬼さんたち、ポカーン。
鬼の輪からも、宴会の輪からも外れた所。
庭の外れ。池の傍。虫の音が聞こえる。
平らな縁石のひとつに腰かけ、霊夢は胡坐をかいた。
ポンポンと、膝を叩く。
「あんたの席はここでしょう」
わけもわからずついてきた萃香は、そこでようやく合点が行って、パっと笑うと霊夢の胡坐の上にちょこんと飛び乗った。
空には月が出ていた。
この二人はいいなぁ。姉妹っぽさが。糖度もこのくらいが調度良い
つまり巫女が人前で胡座をかき出した時は「バッチコーイ!」という合図なんだね!
真実素敵な小品でした。有難うございます。
俺も萃香の真っ赤なほっぺたをチョコンとつつきたいです。
…いや、これだけは言わせてくれ
萃 霊 最 高
なんていったらいいかわからないくらい良い・・・
後書きに同意できる!!!
私も一言
萃 霊 は 良 い も の だ