竜宮の使いという種族は、意外なことに踊ることが好きらしい。
というのが、最近取材して得られた事実であった。
彼女達は今、目の前で楽しそうに、それでいながら恐ろしいほど静かに舞っている。
種族共通の持ち物である羽衣を軽く肩に掛けて、それを優雅に打ち振るい、まるで体の一部であるかのように動かしながら、緩やかに舞いの動作を作っていく。
音楽はなかった。その舞いの動きが、この棚引く雲海の上で鳴る風や空の音が、彼女達の踊りを彩るのだろう。
無音でありながら、心地よい拍子が、その舞いに合わせて時折体の芯へと響く。その度に、腹の少し下の辺りが震えるような感じがした。
そして、そんな竜宮の使い達の中でも、一際目を引き、美しく踊る姿があった。
永江衣玖。
薄紫の肩に触れる髪を揺らして、光に透けるようなその桜色の羽衣を風に、空気の動きに逆らわずに流して、舞い散るような――
それは、この種族の中では少しばかり顔見知りだということだけがもたらす贔屓目だけでは、決してない、最も優雅で、それでいてどこか儚げな、動きと音であった。
普段のいつも涼しげな表情と、落ち着き払った態度とはまるで違う、その内に秘めた情熱を密かに解放させているような、静と動、冷たさと熱さ、矛盾したような感覚が渾然一体となった、一つの丸裸の生き物の姿がそこにある気がした。
指の先、知覚出来ぬほどの小さな動作の一つまで余すことなく、その優美さを表現するための連動であり、時折こちらを数瞬だけ向いて見据える、細められ、流すような視線は、いっそ蠱惑的ですらあった。それが目の前を掠めていく度に、熱が体の下に溜まっていくような気がした。
永江が舞う。空気を読むとはこういうことなのか、そう改めて思ってしまう程に、その動きには己の意志がなくまるで神の懸かったようであり、またそれでいてどこまでも精緻に計算され尽くした己という個の発現の形であるようにも――
そして衣玖の発するその己が、次第に舞の場全てを従えていく。
永江衣玖という動きそのものを中心とした、巨大な花が開花をするような動きへと変容していく。
風に揺れる、波に揺れる。
羽衣達が咲いていく。
「文……」
「ん……?」
そして、薄く茶の混ざった長髪を二つに括った鴉天狗が、己の隣のその背の羽のように真っ黒な髪をした鴉天狗に、静かに言葉をかける。
「私、写真にも撮れないくらい凄いもん見てる気がするわ……」
「……私もよ」
二匹はその雲海の上に座りながら、真正面にその舞を見据えていた。
傍らに置いたカメラを、手に取ろうとする気すら起きない。
目の前のそれには、形がなかった。無形の美だ。
その動きの一つ一つが、遍くあはれの顕現なのだ。
切り取ることなど、出来ようはずもなかった。
「まさしく、能楽の漁夫にでもなった気分よ……」
二つ括りは呟く。
ああ、あれは天女だ。まさしく天女の舞いだったのだ。
「私は浦島太郎だわね……」
黒髪も呟く。
鯛や比目魚が歌い踊る。そこはまさに竜宮城か。
「まあ、呑め呑め」
「わっ、とと……」
そして黒髪は、隣の二つ括りの杯へ銚子から酒を注ぐ。
「こんなもんはね、形に残せないなら、酒でも呑みながらとにかく味わい尽くしてやるのが一番いいのよ」
「まあ……確かに、そうかもね。極上の肴だわ、これ」
ぐいっと杯を空けて。
見据える先には、呑み尽くせるならば御自由にと言わんばかりの、大輪の華が咲き誇っている。
手招きするような動きと共に、その真ん中の竜神が御遣いが笑っているような気がした。
「っと、ほれほれ」
「おっとっと、どうもどうも」
互いの杯に注ぎ合いながら、天狗二匹もその浄土もかくやという光景へと、また向かい合うのであった。
帰る段になって、竜宮の使いの一匹に一つの紙を手渡された。
そこには、「3」という数字の後に「0」が五つほど並んでいた。
「……」
「……」
二つ括りが視線を向けると、黒髪は無言で首を横に振った。
それから二匹は声を合わせて、
「ツケといてください。あと、領収書、『妖怪の山大天狗様』で」
ねぇ。
ねぇ。
さすがの天女ですね
射命丸
こwれwはwひwどwいw(褒め言葉)
綺麗な文章だと感動さえしていたのに!
物語ではなく文章の美しさに感動したのなんて久しぶりだったのに!
悟りを開いた二人には、そんな俗めいたことは関係なさげに振る舞いそうでw