始まりは、無垢な少女の願いであった――。
狂ったように暑さを伝えてくる太陽とは裏腹に、湿った大地――草を足元にした彼女たちの頬には一筋の冷たい水滴が伝っていた。
「……状況は」
水滴を拭う事もせず、片方が尋ねる。声が硬質になっているのは、ある程度の惨状を予想していたからに違いない。
「壊滅的です」
立ち上る熱気と共に、返答が質問者を眩ませる。
解答者の表情が、比喩でも誇張でもない事を告げていた。
奥歯を強く噛み眉間に皺を寄せ、続く報告の言葉を待つ。
「ほぼ、残っていないかと……」
「憶測は聞いていない!」
叫び、顔を顰めさせる。解答者は部下でも、ましてや使い魔でもない。
無礼が過ぎる自身の言葉の非を詫びようと頭を下げる。
直前、手で制され、口が開かれる。
解答者には解っているのだ。今はそのような場面ではないと。
「端を開いた直後、まず、《スペース》がやられました」
淡々とした声に、はっと顔をあげる。
「馬鹿な!」
再度声を張り上げてしまった愚を悔いる事も忘れ、まじまじと見返す。
一つ、気付いた。解答者の、普段は隠された細い肩が震えている。
否応なしに真実だと思わされた。
しかし、叫んだ思いは消えない――言ったじゃないか! 堪えようと! あんたが誰よりも先にそう言ったんじゃないか!
激情が全身を貫く。
目からの発散と言う形をとる寸前、どうにか思いだした。
『万が一、耐えられそうになければ言って。全力で腕を振るうわ』。そう追随していた微笑みを。
「《ファーマシスト》は? 間に合わなかったの?」
早口になる自身に苛立ちを覚えつつ、問う。
答えは意外な形で示された。
首を横に振られたのだ。
――彼女ほどのモノが治療を施しても無駄だったと言うのか……!
このような場にあって楽観的な想像は愚かとしか言いようがない。
故に彼女は考えうる最悪を想像した。
そう、思っていた。
「駆けよる間もなく、《ファーマシスト》も……」
言葉すら出なかった。ただ、目のみが見開かれる。
「ついで――ほぼ同時です――《ゴースト》が沈みました。
その数秒後、《ザ・ユニバース》二柱も……。
《スピリット》と《ゴッド》は」
次々と告げられる訃報に、浮かんでは消える彼女たちの顔。
数日とは言え、同じ空間に身を置いた。古い言葉を使えば、「同じ釜の飯を食った」仲間たち。
元より知れた仲ではあった。けれど、あの過密な時間はただの知人と言う関係を知己と呼べるものまでに昇華していた。
上下などない。誰も彼もが仲間であり同士と呼べた。誰も彼もが、今日この日の為に過酷な訓練を拒否する事なく受け入れた。
如何なる状況下でも堪え得るよう、あらゆる可能性を模索した――私たちは! 私たちは、ZENRAでさえ耐えたじゃないの!
瞼に浮かぶ仲間たちの表情は曇りない笑顔で、だから、余計に切なくなる。
「もう、いい……! 残っているのは」
「……私たちだ、けです」
「そぅ」
短い相槌を打つのが精一杯だった。
そっと右手を伸ばし、仲魔の眼尻に浮かぶ水滴を拭う。
左手は、先ほどから頑なに閉じられていた右手を開かせた。
ぬめっとした感触が伝わった。
「此処は……天国です……」
震える声に頷き、湿り気のある手を、強く強く、握る。起立し、毅然と言った。
「『義務を果たせ』」
握っていただけの手に圧力が返ってくる。背丈から、見下ろされる視線には、同じかそれ以上の力を感じた。
「紫さんと、永琳さんの、言葉ですね」
「いいや。皆の総意だよ」
「私たち、全員の」
――もう大丈夫だろう。
思う矢先だった。
瞳に、白い肌が飛び込む。
鼓膜に、風を切る音が伝わる。
対面の仲魔も、同じく前後を知覚したのだろう。抑えようのない感情が表情に張り付く。
「私たちにも来たようだよ」
「ええ、そのようですね」
手を離し、打ちつける。微かな、けれど、確かな音が魂を震わせた――パンっ!
「『義務を果たせ』」
同時に言い、更に破顔する。
彼女たちは知っているのだ。
仲間たちと同じように沈むと、解っているのだ。
‘天国よりの使者‘に声をかけられ、彼女たちは振り向いた――。
「小悪魔。ちょっと、手伝いなさい」
「こんな処に居たんだ、ミスチー。探したよ」
使者とはパチュリー・ノーレッジとリグル・ナイトバグであり、彼女たちとは、小悪魔とミスティア・ローレライである。
何時も通りの光景は、しかし、一点において違っていた。
彼女たちを覆う布の量が少ない。圧倒敵に少ない。
具体的に言うと、水着を着ているのだった。
「あ、はい、何を――ジェリーフィッシュプリンセェェェス!」
「煩い。日に焼けるのが嫌だから、手伝いなさい」
「クラシカルなワンピースタイプの……え?」
小悪魔の咆哮の通り、パチュリーはトップとボトムが繋がった、所謂ワンピースタイプの水着を着ていた。
全体的に幼く見えるのは、ボトムがAライン――スカート状――になっているのと色合いが薄桃をしている為か。
提案をした、と小さく自己主張する人形と星のプリントに、小悪魔は土下座したい気分だった。
思いを吹き飛ばしたのは、パチュリーの一言。
「私は泳がないって言ったのにあのフタリってば……小悪魔、聞いているの?」
「はっ、あの、私に何をさせてくれようと宣っておられるのでしょうか」
「だから、日焼け止めを塗ってって言ってるの」
マジで。
充血した目を見開き、小悪魔は呆然と言葉を受け止めた。機械的に手を伸ばす。わきわき。
「はい、これ。……しょうがないでしょ。体が硬くてちゃんと塗れないんだから」
「ぃやっほぅ! あ、いやいや。えっと、あの、パチュリー様」
「何よ。まだ何かあるの?」
木陰に歩み寄ろうとしたパチュリーが振り向き、訝しげな視線を向けてくる。
心の内で、散っていった仲間たち、散り行くミスティアに敬礼し、小悪魔は言う。
「お似合いです」
「……そ」
義務は果たしました。後は貴女ですよ――背後のミスティアに思い、小悪魔はパチュリーの後を追った。
ミスティアは、何も言えなかった。
紫たちのように声なく沈むか、小悪魔のように喝采をあげるか、どちらかだと思っていた。
だが、予想は覆され、胸の高鳴りに驚くばかりでしかなく――‘特訓‘の甲斐もない自身に、自嘲的な笑いが浮かぼうとしていた。
その寸前、リグルが少し首を傾げる。
「ミスチー……?」
不安げな声に、ミスティアは心臓を弾かれたような感覚を覚えた。
リグルは、パチュリーと同じワンピースタイプの水着だった。色はエメラルドグリーン。髪を意識したものだろう。
仲魔と共に去りゆく魔女との違いは、ボトムに巻かれているロングパレオ。
その理由を、ミスティアは知っていた。
凝視する視線に気づき、リグルは、さっとパレオを手で握り、閉じる。
「あはは……やっぱり、変かな? 普段、ズボンだから……」
――だから、膝下が日焼けしていて不格好だよね。
十分だった。伏せられた瞳、隠された足。十分過ぎるほど、リグルの不安がミスティアには解った。
心臓を叩きつけたい衝動を抑え、ミスティアは口を開く。
そんな事ないよ。全然、気にならない――違う。
綺麗だよ、似合ってる――そうじゃない。
感じたままを告げればいい。それが、彼女たちの『義務』であった。
「全部……」
「……え、なに?」
「全部、可愛い。どうしよう。ほんとに、是しか感じなかった」
――ちくしょう! もっと気の利いた言葉があるだろ!?
胸の内をぶちまけた後、襲ってくるのは、如何ともし難い口惜しさ。
けれど、思考は一瞬にして切り替わった。
切り替えたのは、無論、リグル。
未だ恥ずかしげにパレオを開きながら、小麦色の足をしたミスティアのマーメイドは、はにかんだ笑顔で言う。
「ありがと、ミスチー」
あ、死んだ――ミスティアは思った。
沈んでいく意識は、しかし、跳ね上がる。
自身を呼ぶ声が、何時の間にか三つに増えていた。
良い予感がする。
嫌な予感かもしれない。
「ミスチー? ミスチー!?」
「ルーミア、早い早い! と、リグル、ミスティア」
「幽香が遅いの! ね、ね、ミスチー、リグル、早ぐ泳ごっ!」
草むらより現れた新たな影に焦点を合わせる。
風見幽香は、緑色のスリングショット。よくわからない? 調べてみなさい。其処に天国が待っている。
ルーミアも負けていない。フリル付きの黒いワンピースタイプ。そして、――おぉ! 何たる事だ!――浮き輪をその身にはめている。
以下の経緯を細かく記す必要はないだろう。ただ二言三言、推測を確定する事のみを掲示する。
「ナマ足魅惑のトルネードォォォ!?」
「……あら、‘テンペスト‘じゃないのね」
「リグル、なんか嬉しそう。……じゃない! ミスチーが!?」
概ね、何時も通りだった。
因みに、小悪魔は上下黒のハイレグ、ミスティアは薄紅色のストラップレス、スポーティな水着であった事を追記する。
――と言う訳で、主旨は水着である。異論は認めない。
「藍様! しっかりしてください、藍様!」
「あぁ、橙さん、無防備に水へ入っちゃいけません! 文様もいい加減起きてくださいよ!?」
《フォックス》こと八雲藍と《クロウ》射命丸文に、朱色のタンキニを着た橙と、フリルを咲かせた茜色のワンピースの犬走椛
が声を送る。
藍はオーソドックスなツーピース、要はセパレーツタイプの水着だ。目立つ黄色は髪や尻尾と同化していて下品には感じない。
一方の文は、此方も典型的なツーピース、所謂ビキニタイプだった。空を模したような青と白が眩しい。
少女たちの声は届かない。キャッキャウフフと戯れる二匹は唯でさえ刺激が強いと言うのに、今は水着でもあったのだから。
少女たちの傍らでぷかぷかと浮かぶのは、《スピリット》魅魔と《ゴッド》神綺。
魅魔はセパレーツタイプにショートパレオ、だが、緑の三角ビキニでいかんなく自身の体躯を露出させている。
よりそう形の神綺は、立場を考えれば聊か幼いだろうか、青みがかった白いワンピースタイプ。
両者とも多く語る必要はあるまい。前者には拝みたくなるご立派さがあり、後者にはそこはかとない背徳感が立ち上っていた。
少女たち――霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドは掛け声の元、体に巻いていたバスタオルを取り払う。
「いっせーのーで!」
バサリっ。
肩紐が首から胸の中央までV字になっている、所謂センターストラップの魔理沙。
ボトムには膝までを覆う程度のショートパレオを合わせていた。
色は無論の事、黒。肌との色合いで健康的に見えるのはご愛嬌。
対するアリスは、背の布地を大きくカットしたワンピース。ベアバックと呼ばれるものだ。
飾り気が極端に少ないのは素材――着用者自身を目立たせる為か。十二分だった。
土や水分に晒されていない白色は、純白と呼ぶに相応しい輝きを放っている。
互いに凝視した後、苦笑が浮かび、視線が合い、破顔した。
「くっくっ……血は争えないってか」
「ふふっ……血なのかしら。あぁ、でも、一緒ね」
揃って、浮かぶ保護者にちらりと目を向ける。
『一緒』なのは、何も水着だけではない。各々が各々に似合うと思ったものも同タイプのものなのだ。
つまり、魔理沙のパレオには白地の人形が、アリスの腰元には黒字の星が、控え目に縫い付けられていた。
暫く笑い合った後、魔理沙が小さく唸り、頭を掻く。
「もうちょいと……なんかつけた方が良かったか」
独り言の様な呟きに、アリスが拳を緩く固め、甲で魔理沙の額を叩く。
「痛……くはないな」
「考えてくれたんでしょ?」
「ん、まぁ……。あ、いや、似合わないって言ってんじゃないぜ!?」
わかってるわよ――アリスは小さく嘆息し、背を向け、ぶっきら棒に言い放つ。
「じゃあ、別にいいわよ。似合ってなくたって」
「な!? そんな事は言ってないだろ!」
「違うわよ、そうじゃなくて!」
「何だってんだよっ!」
「わかんないの!?」
指示語を主に置いたやり取りは、時に諍いの元となる。
彼女たちの場合は特にその手の食い違いが多い。
理解しつつ、振り向いたアリスは、見た。
気丈に睨んでくる魔理沙の表情の裏に、隠しきれない不安が渦巻いているのを。
「だから……っ」
背けたくなる視線をぶつけたまま、先ほどと同じように、言う。
「あんたが選んでくれたんだから……それで良いって言ってるの」
向けられる大きな瞳は数度瞬き、その後、しっかりと開かれた。
「アリス……」
「……魔理沙」
どちらからともなく、体を寄せる。
自然と視線が絡み合う。
そして、フタリは――。
「で。その目は何よ、東風谷さん」
――同時に、保護者達とは反対側に顔を出している少女へと半眼を向けた。
「うん。かゆい」
少女も負けじと半眼で返す。元よりその類の視線を送っていたのだが。
「煩いぜ」
「ほっといてよ」
「じゃあ、どっか別の場所でやりなさいよ!」
加害者の様に言い立てられ、曰く東風谷さん涙目。
「あぁぁぁぁ、なんかむかつく!?」
「まぁまぁ。頭を冷やしましょう」
「ぶくぶくぶく……」
水面に沈められる不確定名『東風谷さん』。沈めたのは、緑色の髪の少女。水気を含み、少しばかり濃さが増している。
「早苗、悪いけど、そのまま十数秒押さえてもらっていいかしら?」
沈める少女の名は、東風谷早苗。
「っざけないで! この結界の巫女を封じようなんぶくぶくぶく」
沈められているのは、故に、『東風谷さん』改め博麗霊夢だった。
喧噪の最中、魔理沙がアリスの肩に触れる。きょとんとアリスが振り向くと、上目遣いで言ってくる。
「十数秒?」
「早苗。数分――」
「みなまで言われずとも。ラージャ」
ぐっと親指を向ける早苗に、アリスは同じく親指を返した。
「うらぁぁぁぁぁ!?」
霊夢が煩い。
「もぅ、もぅ、あったまきた! 全員ぶちのめす!」
言うが早いか、早苗の束縛から抜け出し、霊夢は陸に昇る。
一瞬の事にアリスと魔理沙は反応できない。
地を蹴り、霊夢が手を水平に突き出す。
グっ――肉を、腕を掴まれる音。
「誰!?」
「いえ、私ですが」
「え、早苗……えぇ!?」
振り向いた霊夢は、確かに二つの波紋を広げる水面を見た。瞬間移動の類ではない。
視線を戻し、魔理沙とアリスに窺うような表情を向ける。
同様の面構えだった。
えーと。
「アリス」
「わかった」
頷き、アリスは腕をくるくると回した。
数度深呼吸して、息を整える。
目は早苗に固定されていた。
「手加減はするけど……直撃させる!」
跳躍。地に足をつけ、沈む。寸前、もう片足を伸ばす。
インパクト――その一瞬を捉えられ、払われる。
「アリスさんの十八番と言えば、やはり、キックかと」
「魔理沙っ!」
「応っ!」
霊夢の呼びかけに吠えると同時、魔理沙は飛んだ。両手は膝に据えられている。風を切る尻。
当たるにせよ当たらぬにせよ身を震わす衝撃は、しかし、一向にやってこない。
代わりとばかりに、顔には柔らかい感触が伝わる。
片手に肩を、もう片手に膝裏を抱かれていた。所謂お姫様だっこ。
「ふふ、何時ぞやの様には。――はい、アリスさん」
「アリス。凄かった。うん。お前より柔らかい」
「落とすわよ」
慌てふためく魔理沙に微笑を送った後、早苗は霊夢へと視線を戻した。クィ、と人差し指を折り曲げる。
「空いてますよ?」
「舐められたものね……っ」
「いえ、そんな。まだ舐めてません」
今後舐めるつもりなのか。問わなかった霊夢の勘は冴えている。コンディションは悪くない。
足に力を込め、跳ねる。
一気に距離を詰めた。
視線が交差する。
笑う早苗。嗤う霊夢。
一瞬後、霊夢の体は空にあった。瞬間移動の類。脳天へと足を伸ばす。
――‘幻想空想穴‘。
「……だってのに、なんで、あんたは平然と私を抱えてんのよ」
「霊夢さん、可愛さ万倍で軽いんですもん」
「憎さは何処いったのっ?」
遠い目をする早苗。空っとぼけるつもりだと曖昧に思う霊夢だったが、問い詰める事が他にあった。
「早苗、あんた、何時の間に格闘戦出来るようになったのよ?」
その途端、周りから――アリスと、既に彼女から降りている魔理沙だ――注がれる盛大な拍手。
「おめでとう!」
「おめでとう、早苗!」
「ありがとうございます!」
零れる涙。
向き合うフタリも眼尻を拭う。
自分たちよりも――フタリは顔を見合わせ頷き、それぞれ、彼女の頬を拭った。
柔らかく温かい二つの指先に、早苗は微笑みながらも、溢れ出る涙を止められなかった――。
「おいこら」
霊夢が煩い。二回目。
「元より、簡単な護身術は学んでいましたよ?」
首を傾げる早苗。そう言う問題じゃないと霊夢が声を荒げる。
「アリスはフェイント使った!
前にヒップアタックは喰らってた!
ついでに、私の蹴りは割と本気だった!」
――でしょ!? と自身たちを取り囲むフタリに視線を送る。
「じゃあ、そろそろパチュリーたちと合流しましょ」
「だな。偶には運動させないと」
もう離れていってやがんの。
両手をわなわなと震わせ、歯を食いしばる霊夢。
「霊夢さん。私たちも行きましょう」
「……下ろしなさいよ」
「ヤです」
なんかきっぱり言われた。
全ての力を瞳に込め、睨みつつ、霊夢は現状の全ての元凶に、言った。
「……おめでと、早苗」
「霊夢さんっ!」
「むぐぅ!?」
自身と同じ匂いを放つ布地に顔を押しつけられ息ができない中、それでも、霊夢は思う――顔を見られるよりはマシ、かな。
脱線終わり。
――慧眼な読者諸兄に霊夢と早苗の水着はおわかりかもしれない。敢えて記す事を許されよ。
「……しかし、横に並んでみると、戦力の差は歴然としてるなぁ」
「戦力言うな。って、あんたも変わらないでしょう!?」
「東風谷さんの言う事も尤もなんだけど……」
「アリス! あんた楽しんでるでしょっ?」
「『二の三、東風谷』……」
パチュリーの呟きは独白か援護か。
「ちくしょう、あんたに借りるんじゃなかったわ……!」
恐らく前者と思いながらも、抱かれる早苗に毒吐くのを霊夢は抑えられなかった。
結局、そのままの体勢で来たようだ。
「と言うか、霊夢、お前、前に着てたのは」
「魔理沙煩い。――そりゃ、頼んだのは私だけどさ」
いじける魔法使いを人形遣いと魔女が慰める。
「いや、ですが、私だってプライベートで泳ぎになんて、十二三歳頃からぱったりと」
「だったら最初っからそう言いなさい!」
「霊夢さん。ペアルックです」
間違ってはいない。だが、それがどうしたと言うのか。
「喧しい、『二之二、東風谷』!」
叫びが迸る。
呼応するように起き上がる何か。
少女たちの傍らより、ソレは震える声を張り上げた。
「元より紺の生地は水に濡れ濃度を増し!
胸のゼッケンが己を声高に主張する!
あぁ、ナイロン臭さえも芳しい!
汝の名は、おぉ……おぉっ!
スクみずぅっきゃー!?」
五色の弾幕に吹き飛ばされるソレ――小悪魔。説明不要。
「パチェ、抑えて、抑えて!」
「うおぅ……いきなり‘賢者の石‘はどうかと思うぜ」
「日焼け止めの時に‘サイレントセレナ‘、貴女たちを見た時に‘ロイヤルフレア‘。順番通りよ」
鳥と同じく、此方も概ね何時も通り。
吹き飛ばされる小悪魔を横目に、「そう言えば」と霊夢が早苗の肩を小さく叩く。
「なんで全く同じデザインのサイズ違いなんか持ってたの?」
「一貫校だったんですよ。だから、デザインも同じなんです」
「えーと、チュウガクとコウコウだっけ。……成長の軌跡?」
「……まぁ。十五六の頃に大きくなったり膨らんだり」
「けしからん成長ですね。わーん、早苗のあほー!」
「私の胸で泣いて! どんとこい!」
そして、彼女たちも、何時も通りであったとさ。
場所を転じて、一霊と一神が浮かぶ水面の反対側、先ほど霊夢と早苗がじゃれていた更に奥。
《ザ・ユニバース》こと八坂神奈子と洩矢諏訪子も浮いていた。
成長著しい愛する風祝の指定水着。瞬殺も頷けよう。
神奈子は濃紺色のリオカット、諏訪子はウエスト部分をカットした水色のモノキニ――ワンピースタイプの一種――を着ている。
当初はTバックを用意していた神奈子だったが、寸前に諏訪子から止められたのだ。
『他人様に見せるもんじゃない。その尻は私の尻だ』。
「てーゐ、妖夢ぅ、こっちこっち!」
陸と水面の狭間で、鈴仙・優曇華院・イナバが草と水を足で跳ねあげながら手を大きく振る。
水着は、ホルターネックと呼ばれるストラップを首に吊るしたデザインだった。色は紫がかった白。
一つ括りにされた後ろ髪が揺れる度に、ちょうちょ結びの紐が項にかかっているのが垣間見える。
「って、どうしたの、フタリとも?」
声をかけられた因幡てゐと魂魄妖夢がまじまじと鈴仙を見ている。瞳に浮かぶ色は違っていたが。
てゐは黒いワンピースタイプ。バストラインより上をカットしたベアトップのデザインは、鈴仙が薦めたからだ。
妖夢は緑のセンターストラップ。ボトムにはフリルがあしらわれている。同じく、鈴仙の推薦。
先に応えたのは妖夢だった。ほぅ、と恍惚とも羨望ともとれる息を零す。
「うどんげさん、曲線がまた、大人っぽく……」
「そ、そう? あんまり変わんないと思うけど」
「いえ! 明らかに2センチ程大きくなっています!」
拳を握り吠える妖夢。たじたじとする鈴仙。
そんなフタリに、てゐは半眼を送りつつ、溜息をついた。
「……あによ」
「妖夢にお姉さんぶりたいのはわかるけどさ」
ぎくりと身を震わせる鈴仙。見逃すてゐではない。
「幾つ入れてんの?」
「……一個」
「二個か」
なんで知ってるのよ!――叫ぶより先に、鈴仙は僅かに軽くなった胸元に気付いた。
「誤魔化そうと思えばいくらでも、ね。そも、その必要はないと思うけど」
「何時の間に……!? か、返せ―!」
「う、うどんげさん……?」
今の間に。
皿状の白い物を都合四枚、微苦笑でかざすてゐ。
抗議の声をあげる鈴仙に妖夢があんぐりと口を開く。
鈴仙が、わっと両目に手を当て崩れ落ちた。
「仕方なかった、仕方なかったの……っ」
悲痛な嘆きに妖夢は近付こうとするが、肩を掴まれ、足が止まった。
掴んだのは、そそくさと傍に戻ってきていたてゐ。
顔を合わせると、無言で数度頭を横に振られた。
――妖夢。声をかけちゃいけない。
「てゐや妖夢があんっまりにも可愛いから、私だって、格好いいお姉さんをコンセプトに、うぅ……」
「ほら。やっぱり碌でもない理由だ。こら、妖夢、駆けだそうとしない!」
「うどんげさん! 何をおっしゃられますか、うどんげさん!」
てゐは妖夢の腰にしがみつき、どうにかその動きを止めていた。
「私じゃ胸を張ってそう言えない……だから……!」
「や、鈴仙、それは偏見なんじゃないかな」
「私の格好いいお姉さん像、師匠だもん」
アレかぁ……――遠い目をするてゐ。因みに、綺麗なお姉さん像は主・蓬莱山輝夜。
「だから、私は詰め物を……うぅ……」
「うどんげさん……泣かないで……っ!」
「ごめんね、妖夢。嘘をついて。――さぁ、てゐ! 焼くなり煮るなり好きにしなさい!」
全てを語り終えたと鈴仙が立ち上がり、腕を広げ、宣言した。
名指しされたてゐはしかし、がっくりと肩を落とす。
重いモノ――三本線――はその肩だけでなく、後頭部にも引かれていた。
「わかりました!」
だから、応えたのは彼女ではない。
「ふぇ、妖夢?」
「古来より言い伝えられる増胸法、試させて頂きます!」
「あぁぁぁぁ、悪い予感しかしない! やらせないよ、妖夢――!?」
妖夢の腰を再度捉えようとするてゐ。
しかし、妖夢とて続けて同じ失態は見せない。
掴みかかろうと伸ばされる腕、その先の肩に手を置き、自身を反転させる。
瞬時、てゐと場所を移り変わり、そのまま手の力を少し強め、バランスを崩させた。
「光速‘羽根持つ悪霊‘!」
「どっちかって言うとハリケーンじゃないかなぁ」
「呑気に応えてんな、鈴仙! あと、それは博麗の悪霊なんじゃないか、妖夢!?」
障害を抑え込み、駆けだす。目指すはゴールラインもといバストライン。わきわき。
「どう見ても不健全な手の動きだぁぁぁ!?」
「輝夜さん直伝! いざ!!」
「姫ぇぇぇぇぇ!?」
てゐのヤケクソな絶叫を後方に、妖夢は今、鈴仙の胸に手を触れる。
――寸前。眼前に現れる、ぴんと立てられた人差し指。
刹那、鈴仙と視線が交わる。
腰を曲げているのだろう。
妖夢が思ったとおり、鈴仙は片方の手を脇腹にあてがい腰を曲げ、少し眉を吊り上げて、口を開く。
「めっ!」
「はい、うどんげさんっ」
「うんうん。妖夢、いい子いい子」
厳めしいつもりの表情は一転、笑顔で妖夢を撫でる鈴仙。
妖夢は妖夢で、くすぐったそうな割に嬉しさを隠しもしない。
見ようによっては仲の良い姉妹と映るだろう。
ちょっと待て。
「あんたらねぇ……」
「ん、あによ、末妹」
「あ、てゐさんも」
ごにょごにょごにょ。
てってって。
ぴたり。
――いい子いい子。
近づいてきたフタリの伸ばされる手を払いのけ、てゐはそのまま感情に己れを任せ、猛った。
「ふ、ふふ……ココロまで脱がせて、溶かしてくれるわ!」
「ふぁ、やん、くすぐったいよぅ、てゐ」
「わ、私もですか!? ひゃんっ!」
わーわーきゃーきゃーもみもみくちゃくちゃ。
「てゐってば……。まぁ、偶には発散しないとね」
戯れる三名を視界に、輝夜はころころと笑った。
太陽を避ける為、大木の下に御座を引き、彼女は座っている。
珍しいペットの名前呼びは、彼女の周りに人がいない事の証。
左右の膝の上で引っくり返っている《ゴースト》西行寺幽々子と《ファーマシスト》八意永琳は、ほら、人じゃない。
幽々子の水着は、同伴の妖夢を気にして抑え目だ。青みがかった白のワンピース。ボトムはスーパーハイレグ。
永琳は、全開だった。赤と黒のマイクロビキニ。水着と言うか布と呼ぶべきか。
だが、――幸運にも彼女たち三名を視界に入れた者は語るであろう。
その場で最も目を惹かれたのは、永遠の姫、蓬莱山輝夜である、と。
尤も、輝夜は、飾り気一つない黒のワンピースタイプの水着だった。
如何なる状況下においても美しい。それが、輝夜なのだ。
全てを見通せる、一つの場所。地上。
そこで、《スペース》こと八雲紫はヒトリ静かに沈んでいた。
けれど、彼女は見ていなかった。彼女ほどの者であれば、起こり得るキャッキャウフフを想像するだけで倒れ伏す事が出来るのだ。
特訓意味なし。
紫の水着は――はたしてそれがそう呼べるのか疑問ではあるが――紐だ。紫色の紐。動くと拙い。見える。
全てを見通せる、もう一つの場所。空。
そこで、ヒトリの少女が微笑んでいる。
清らかな笑みは眼下の水面を映したように可憐。
場を支配している筈の彼女だったが、力みはいっさい感じられない。
と、少女に近づく影一つ。此方も少女。青い髪と同色のワンピース・Aラインの水着が可愛らしい。フリル多め。
「大丈夫?」
「あら、何が、かしら」
「湖。霧が出ないようにしてるでしょ?」
心配げに問う少女が水面に視線を落とす。水面の名は――霧の湖。
「ふふ。貴女らしくもないわ」
「う。あたいはサイキョーだけどさ!」
「私はそうじゃない、と。その通りよ、チルノちゃん」
ばつの悪い表情を浮かべるチルノ。始まりは、彼女の言葉であった。
「やっぱり、無茶だった? 『暑いのヤだから皆で泳げないかな』なんて……」
彼女の言葉だったからこそ、始まったのだ。
彼女の願いだったからこそ、胸が騒いだのだ。
「勘違いしているわ。
私は、湖をどうにかしている訳じゃ……。
うん。そもそも、どうにかできる力なんか、ね?」
首を傾げるチルノに、少女はまた、優しい微笑みを浮かべた。
「――だから、湖にお願いしたの」
「お願い?」
「そうよ」
頷き、柔らかくチルノの髪を撫でる。
目を細め、満面の笑みを咲かせながら、チルノは返した。
「湖は、なんて?」
「あの時の私と同じよ」
「あは、そっか! じゃあ、お姉ちゃんも泳ごう!」
返答は、奇しくも、始まりの言葉への返答と同じ。
「オゥルオッケー」
少女は、腋や臍を露出させた黒のレザースーツっぽい何かに身を包んでいるのであった――。
<了>
狂ったように暑さを伝えてくる太陽とは裏腹に、湿った大地――草を足元にした彼女たちの頬には一筋の冷たい水滴が伝っていた。
「……状況は」
水滴を拭う事もせず、片方が尋ねる。声が硬質になっているのは、ある程度の惨状を予想していたからに違いない。
「壊滅的です」
立ち上る熱気と共に、返答が質問者を眩ませる。
解答者の表情が、比喩でも誇張でもない事を告げていた。
奥歯を強く噛み眉間に皺を寄せ、続く報告の言葉を待つ。
「ほぼ、残っていないかと……」
「憶測は聞いていない!」
叫び、顔を顰めさせる。解答者は部下でも、ましてや使い魔でもない。
無礼が過ぎる自身の言葉の非を詫びようと頭を下げる。
直前、手で制され、口が開かれる。
解答者には解っているのだ。今はそのような場面ではないと。
「端を開いた直後、まず、《スペース》がやられました」
淡々とした声に、はっと顔をあげる。
「馬鹿な!」
再度声を張り上げてしまった愚を悔いる事も忘れ、まじまじと見返す。
一つ、気付いた。解答者の、普段は隠された細い肩が震えている。
否応なしに真実だと思わされた。
しかし、叫んだ思いは消えない――言ったじゃないか! 堪えようと! あんたが誰よりも先にそう言ったんじゃないか!
激情が全身を貫く。
目からの発散と言う形をとる寸前、どうにか思いだした。
『万が一、耐えられそうになければ言って。全力で腕を振るうわ』。そう追随していた微笑みを。
「《ファーマシスト》は? 間に合わなかったの?」
早口になる自身に苛立ちを覚えつつ、問う。
答えは意外な形で示された。
首を横に振られたのだ。
――彼女ほどのモノが治療を施しても無駄だったと言うのか……!
このような場にあって楽観的な想像は愚かとしか言いようがない。
故に彼女は考えうる最悪を想像した。
そう、思っていた。
「駆けよる間もなく、《ファーマシスト》も……」
言葉すら出なかった。ただ、目のみが見開かれる。
「ついで――ほぼ同時です――《ゴースト》が沈みました。
その数秒後、《ザ・ユニバース》二柱も……。
《スピリット》と《ゴッド》は」
次々と告げられる訃報に、浮かんでは消える彼女たちの顔。
数日とは言え、同じ空間に身を置いた。古い言葉を使えば、「同じ釜の飯を食った」仲間たち。
元より知れた仲ではあった。けれど、あの過密な時間はただの知人と言う関係を知己と呼べるものまでに昇華していた。
上下などない。誰も彼もが仲間であり同士と呼べた。誰も彼もが、今日この日の為に過酷な訓練を拒否する事なく受け入れた。
如何なる状況下でも堪え得るよう、あらゆる可能性を模索した――私たちは! 私たちは、ZENRAでさえ耐えたじゃないの!
瞼に浮かぶ仲間たちの表情は曇りない笑顔で、だから、余計に切なくなる。
「もう、いい……! 残っているのは」
「……私たちだ、けです」
「そぅ」
短い相槌を打つのが精一杯だった。
そっと右手を伸ばし、仲魔の眼尻に浮かぶ水滴を拭う。
左手は、先ほどから頑なに閉じられていた右手を開かせた。
ぬめっとした感触が伝わった。
「此処は……天国です……」
震える声に頷き、湿り気のある手を、強く強く、握る。起立し、毅然と言った。
「『義務を果たせ』」
握っていただけの手に圧力が返ってくる。背丈から、見下ろされる視線には、同じかそれ以上の力を感じた。
「紫さんと、永琳さんの、言葉ですね」
「いいや。皆の総意だよ」
「私たち、全員の」
――もう大丈夫だろう。
思う矢先だった。
瞳に、白い肌が飛び込む。
鼓膜に、風を切る音が伝わる。
対面の仲魔も、同じく前後を知覚したのだろう。抑えようのない感情が表情に張り付く。
「私たちにも来たようだよ」
「ええ、そのようですね」
手を離し、打ちつける。微かな、けれど、確かな音が魂を震わせた――パンっ!
「『義務を果たせ』」
同時に言い、更に破顔する。
彼女たちは知っているのだ。
仲間たちと同じように沈むと、解っているのだ。
‘天国よりの使者‘に声をかけられ、彼女たちは振り向いた――。
「小悪魔。ちょっと、手伝いなさい」
「こんな処に居たんだ、ミスチー。探したよ」
使者とはパチュリー・ノーレッジとリグル・ナイトバグであり、彼女たちとは、小悪魔とミスティア・ローレライである。
何時も通りの光景は、しかし、一点において違っていた。
彼女たちを覆う布の量が少ない。圧倒敵に少ない。
具体的に言うと、水着を着ているのだった。
「あ、はい、何を――ジェリーフィッシュプリンセェェェス!」
「煩い。日に焼けるのが嫌だから、手伝いなさい」
「クラシカルなワンピースタイプの……え?」
小悪魔の咆哮の通り、パチュリーはトップとボトムが繋がった、所謂ワンピースタイプの水着を着ていた。
全体的に幼く見えるのは、ボトムがAライン――スカート状――になっているのと色合いが薄桃をしている為か。
提案をした、と小さく自己主張する人形と星のプリントに、小悪魔は土下座したい気分だった。
思いを吹き飛ばしたのは、パチュリーの一言。
「私は泳がないって言ったのにあのフタリってば……小悪魔、聞いているの?」
「はっ、あの、私に何をさせてくれようと宣っておられるのでしょうか」
「だから、日焼け止めを塗ってって言ってるの」
マジで。
充血した目を見開き、小悪魔は呆然と言葉を受け止めた。機械的に手を伸ばす。わきわき。
「はい、これ。……しょうがないでしょ。体が硬くてちゃんと塗れないんだから」
「ぃやっほぅ! あ、いやいや。えっと、あの、パチュリー様」
「何よ。まだ何かあるの?」
木陰に歩み寄ろうとしたパチュリーが振り向き、訝しげな視線を向けてくる。
心の内で、散っていった仲間たち、散り行くミスティアに敬礼し、小悪魔は言う。
「お似合いです」
「……そ」
義務は果たしました。後は貴女ですよ――背後のミスティアに思い、小悪魔はパチュリーの後を追った。
ミスティアは、何も言えなかった。
紫たちのように声なく沈むか、小悪魔のように喝采をあげるか、どちらかだと思っていた。
だが、予想は覆され、胸の高鳴りに驚くばかりでしかなく――‘特訓‘の甲斐もない自身に、自嘲的な笑いが浮かぼうとしていた。
その寸前、リグルが少し首を傾げる。
「ミスチー……?」
不安げな声に、ミスティアは心臓を弾かれたような感覚を覚えた。
リグルは、パチュリーと同じワンピースタイプの水着だった。色はエメラルドグリーン。髪を意識したものだろう。
仲魔と共に去りゆく魔女との違いは、ボトムに巻かれているロングパレオ。
その理由を、ミスティアは知っていた。
凝視する視線に気づき、リグルは、さっとパレオを手で握り、閉じる。
「あはは……やっぱり、変かな? 普段、ズボンだから……」
――だから、膝下が日焼けしていて不格好だよね。
十分だった。伏せられた瞳、隠された足。十分過ぎるほど、リグルの不安がミスティアには解った。
心臓を叩きつけたい衝動を抑え、ミスティアは口を開く。
そんな事ないよ。全然、気にならない――違う。
綺麗だよ、似合ってる――そうじゃない。
感じたままを告げればいい。それが、彼女たちの『義務』であった。
「全部……」
「……え、なに?」
「全部、可愛い。どうしよう。ほんとに、是しか感じなかった」
――ちくしょう! もっと気の利いた言葉があるだろ!?
胸の内をぶちまけた後、襲ってくるのは、如何ともし難い口惜しさ。
けれど、思考は一瞬にして切り替わった。
切り替えたのは、無論、リグル。
未だ恥ずかしげにパレオを開きながら、小麦色の足をしたミスティアのマーメイドは、はにかんだ笑顔で言う。
「ありがと、ミスチー」
あ、死んだ――ミスティアは思った。
沈んでいく意識は、しかし、跳ね上がる。
自身を呼ぶ声が、何時の間にか三つに増えていた。
良い予感がする。
嫌な予感かもしれない。
「ミスチー? ミスチー!?」
「ルーミア、早い早い! と、リグル、ミスティア」
「幽香が遅いの! ね、ね、ミスチー、リグル、早ぐ泳ごっ!」
草むらより現れた新たな影に焦点を合わせる。
風見幽香は、緑色のスリングショット。よくわからない? 調べてみなさい。其処に天国が待っている。
ルーミアも負けていない。フリル付きの黒いワンピースタイプ。そして、――おぉ! 何たる事だ!――浮き輪をその身にはめている。
以下の経緯を細かく記す必要はないだろう。ただ二言三言、推測を確定する事のみを掲示する。
「ナマ足魅惑のトルネードォォォ!?」
「……あら、‘テンペスト‘じゃないのね」
「リグル、なんか嬉しそう。……じゃない! ミスチーが!?」
概ね、何時も通りだった。
因みに、小悪魔は上下黒のハイレグ、ミスティアは薄紅色のストラップレス、スポーティな水着であった事を追記する。
――と言う訳で、主旨は水着である。異論は認めない。
「藍様! しっかりしてください、藍様!」
「あぁ、橙さん、無防備に水へ入っちゃいけません! 文様もいい加減起きてくださいよ!?」
《フォックス》こと八雲藍と《クロウ》射命丸文に、朱色のタンキニを着た橙と、フリルを咲かせた茜色のワンピースの犬走椛
が声を送る。
藍はオーソドックスなツーピース、要はセパレーツタイプの水着だ。目立つ黄色は髪や尻尾と同化していて下品には感じない。
一方の文は、此方も典型的なツーピース、所謂ビキニタイプだった。空を模したような青と白が眩しい。
少女たちの声は届かない。キャッキャウフフと戯れる二匹は唯でさえ刺激が強いと言うのに、今は水着でもあったのだから。
少女たちの傍らでぷかぷかと浮かぶのは、《スピリット》魅魔と《ゴッド》神綺。
魅魔はセパレーツタイプにショートパレオ、だが、緑の三角ビキニでいかんなく自身の体躯を露出させている。
よりそう形の神綺は、立場を考えれば聊か幼いだろうか、青みがかった白いワンピースタイプ。
両者とも多く語る必要はあるまい。前者には拝みたくなるご立派さがあり、後者にはそこはかとない背徳感が立ち上っていた。
少女たち――霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドは掛け声の元、体に巻いていたバスタオルを取り払う。
「いっせーのーで!」
バサリっ。
肩紐が首から胸の中央までV字になっている、所謂センターストラップの魔理沙。
ボトムには膝までを覆う程度のショートパレオを合わせていた。
色は無論の事、黒。肌との色合いで健康的に見えるのはご愛嬌。
対するアリスは、背の布地を大きくカットしたワンピース。ベアバックと呼ばれるものだ。
飾り気が極端に少ないのは素材――着用者自身を目立たせる為か。十二分だった。
土や水分に晒されていない白色は、純白と呼ぶに相応しい輝きを放っている。
互いに凝視した後、苦笑が浮かび、視線が合い、破顔した。
「くっくっ……血は争えないってか」
「ふふっ……血なのかしら。あぁ、でも、一緒ね」
揃って、浮かぶ保護者にちらりと目を向ける。
『一緒』なのは、何も水着だけではない。各々が各々に似合うと思ったものも同タイプのものなのだ。
つまり、魔理沙のパレオには白地の人形が、アリスの腰元には黒字の星が、控え目に縫い付けられていた。
暫く笑い合った後、魔理沙が小さく唸り、頭を掻く。
「もうちょいと……なんかつけた方が良かったか」
独り言の様な呟きに、アリスが拳を緩く固め、甲で魔理沙の額を叩く。
「痛……くはないな」
「考えてくれたんでしょ?」
「ん、まぁ……。あ、いや、似合わないって言ってんじゃないぜ!?」
わかってるわよ――アリスは小さく嘆息し、背を向け、ぶっきら棒に言い放つ。
「じゃあ、別にいいわよ。似合ってなくたって」
「な!? そんな事は言ってないだろ!」
「違うわよ、そうじゃなくて!」
「何だってんだよっ!」
「わかんないの!?」
指示語を主に置いたやり取りは、時に諍いの元となる。
彼女たちの場合は特にその手の食い違いが多い。
理解しつつ、振り向いたアリスは、見た。
気丈に睨んでくる魔理沙の表情の裏に、隠しきれない不安が渦巻いているのを。
「だから……っ」
背けたくなる視線をぶつけたまま、先ほどと同じように、言う。
「あんたが選んでくれたんだから……それで良いって言ってるの」
向けられる大きな瞳は数度瞬き、その後、しっかりと開かれた。
「アリス……」
「……魔理沙」
どちらからともなく、体を寄せる。
自然と視線が絡み合う。
そして、フタリは――。
「で。その目は何よ、東風谷さん」
――同時に、保護者達とは反対側に顔を出している少女へと半眼を向けた。
「うん。かゆい」
少女も負けじと半眼で返す。元よりその類の視線を送っていたのだが。
「煩いぜ」
「ほっといてよ」
「じゃあ、どっか別の場所でやりなさいよ!」
加害者の様に言い立てられ、曰く東風谷さん涙目。
「あぁぁぁぁ、なんかむかつく!?」
「まぁまぁ。頭を冷やしましょう」
「ぶくぶくぶく……」
水面に沈められる不確定名『東風谷さん』。沈めたのは、緑色の髪の少女。水気を含み、少しばかり濃さが増している。
「早苗、悪いけど、そのまま十数秒押さえてもらっていいかしら?」
沈める少女の名は、東風谷早苗。
「っざけないで! この結界の巫女を封じようなんぶくぶくぶく」
沈められているのは、故に、『東風谷さん』改め博麗霊夢だった。
喧噪の最中、魔理沙がアリスの肩に触れる。きょとんとアリスが振り向くと、上目遣いで言ってくる。
「十数秒?」
「早苗。数分――」
「みなまで言われずとも。ラージャ」
ぐっと親指を向ける早苗に、アリスは同じく親指を返した。
「うらぁぁぁぁぁ!?」
霊夢が煩い。
「もぅ、もぅ、あったまきた! 全員ぶちのめす!」
言うが早いか、早苗の束縛から抜け出し、霊夢は陸に昇る。
一瞬の事にアリスと魔理沙は反応できない。
地を蹴り、霊夢が手を水平に突き出す。
グっ――肉を、腕を掴まれる音。
「誰!?」
「いえ、私ですが」
「え、早苗……えぇ!?」
振り向いた霊夢は、確かに二つの波紋を広げる水面を見た。瞬間移動の類ではない。
視線を戻し、魔理沙とアリスに窺うような表情を向ける。
同様の面構えだった。
えーと。
「アリス」
「わかった」
頷き、アリスは腕をくるくると回した。
数度深呼吸して、息を整える。
目は早苗に固定されていた。
「手加減はするけど……直撃させる!」
跳躍。地に足をつけ、沈む。寸前、もう片足を伸ばす。
インパクト――その一瞬を捉えられ、払われる。
「アリスさんの十八番と言えば、やはり、キックかと」
「魔理沙っ!」
「応っ!」
霊夢の呼びかけに吠えると同時、魔理沙は飛んだ。両手は膝に据えられている。風を切る尻。
当たるにせよ当たらぬにせよ身を震わす衝撃は、しかし、一向にやってこない。
代わりとばかりに、顔には柔らかい感触が伝わる。
片手に肩を、もう片手に膝裏を抱かれていた。所謂お姫様だっこ。
「ふふ、何時ぞやの様には。――はい、アリスさん」
「アリス。凄かった。うん。お前より柔らかい」
「落とすわよ」
慌てふためく魔理沙に微笑を送った後、早苗は霊夢へと視線を戻した。クィ、と人差し指を折り曲げる。
「空いてますよ?」
「舐められたものね……っ」
「いえ、そんな。まだ舐めてません」
今後舐めるつもりなのか。問わなかった霊夢の勘は冴えている。コンディションは悪くない。
足に力を込め、跳ねる。
一気に距離を詰めた。
視線が交差する。
笑う早苗。嗤う霊夢。
一瞬後、霊夢の体は空にあった。瞬間移動の類。脳天へと足を伸ばす。
――‘幻想空想穴‘。
「……だってのに、なんで、あんたは平然と私を抱えてんのよ」
「霊夢さん、可愛さ万倍で軽いんですもん」
「憎さは何処いったのっ?」
遠い目をする早苗。空っとぼけるつもりだと曖昧に思う霊夢だったが、問い詰める事が他にあった。
「早苗、あんた、何時の間に格闘戦出来るようになったのよ?」
その途端、周りから――アリスと、既に彼女から降りている魔理沙だ――注がれる盛大な拍手。
「おめでとう!」
「おめでとう、早苗!」
「ありがとうございます!」
零れる涙。
向き合うフタリも眼尻を拭う。
自分たちよりも――フタリは顔を見合わせ頷き、それぞれ、彼女の頬を拭った。
柔らかく温かい二つの指先に、早苗は微笑みながらも、溢れ出る涙を止められなかった――。
「おいこら」
霊夢が煩い。二回目。
「元より、簡単な護身術は学んでいましたよ?」
首を傾げる早苗。そう言う問題じゃないと霊夢が声を荒げる。
「アリスはフェイント使った!
前にヒップアタックは喰らってた!
ついでに、私の蹴りは割と本気だった!」
――でしょ!? と自身たちを取り囲むフタリに視線を送る。
「じゃあ、そろそろパチュリーたちと合流しましょ」
「だな。偶には運動させないと」
もう離れていってやがんの。
両手をわなわなと震わせ、歯を食いしばる霊夢。
「霊夢さん。私たちも行きましょう」
「……下ろしなさいよ」
「ヤです」
なんかきっぱり言われた。
全ての力を瞳に込め、睨みつつ、霊夢は現状の全ての元凶に、言った。
「……おめでと、早苗」
「霊夢さんっ!」
「むぐぅ!?」
自身と同じ匂いを放つ布地に顔を押しつけられ息ができない中、それでも、霊夢は思う――顔を見られるよりはマシ、かな。
脱線終わり。
――慧眼な読者諸兄に霊夢と早苗の水着はおわかりかもしれない。敢えて記す事を許されよ。
「……しかし、横に並んでみると、戦力の差は歴然としてるなぁ」
「戦力言うな。って、あんたも変わらないでしょう!?」
「東風谷さんの言う事も尤もなんだけど……」
「アリス! あんた楽しんでるでしょっ?」
「『二の三、東風谷』……」
パチュリーの呟きは独白か援護か。
「ちくしょう、あんたに借りるんじゃなかったわ……!」
恐らく前者と思いながらも、抱かれる早苗に毒吐くのを霊夢は抑えられなかった。
結局、そのままの体勢で来たようだ。
「と言うか、霊夢、お前、前に着てたのは」
「魔理沙煩い。――そりゃ、頼んだのは私だけどさ」
いじける魔法使いを人形遣いと魔女が慰める。
「いや、ですが、私だってプライベートで泳ぎになんて、十二三歳頃からぱったりと」
「だったら最初っからそう言いなさい!」
「霊夢さん。ペアルックです」
間違ってはいない。だが、それがどうしたと言うのか。
「喧しい、『二之二、東風谷』!」
叫びが迸る。
呼応するように起き上がる何か。
少女たちの傍らより、ソレは震える声を張り上げた。
「元より紺の生地は水に濡れ濃度を増し!
胸のゼッケンが己を声高に主張する!
あぁ、ナイロン臭さえも芳しい!
汝の名は、おぉ……おぉっ!
スクみずぅっきゃー!?」
五色の弾幕に吹き飛ばされるソレ――小悪魔。説明不要。
「パチェ、抑えて、抑えて!」
「うおぅ……いきなり‘賢者の石‘はどうかと思うぜ」
「日焼け止めの時に‘サイレントセレナ‘、貴女たちを見た時に‘ロイヤルフレア‘。順番通りよ」
鳥と同じく、此方も概ね何時も通り。
吹き飛ばされる小悪魔を横目に、「そう言えば」と霊夢が早苗の肩を小さく叩く。
「なんで全く同じデザインのサイズ違いなんか持ってたの?」
「一貫校だったんですよ。だから、デザインも同じなんです」
「えーと、チュウガクとコウコウだっけ。……成長の軌跡?」
「……まぁ。十五六の頃に大きくなったり膨らんだり」
「けしからん成長ですね。わーん、早苗のあほー!」
「私の胸で泣いて! どんとこい!」
そして、彼女たちも、何時も通りであったとさ。
場所を転じて、一霊と一神が浮かぶ水面の反対側、先ほど霊夢と早苗がじゃれていた更に奥。
《ザ・ユニバース》こと八坂神奈子と洩矢諏訪子も浮いていた。
成長著しい愛する風祝の指定水着。瞬殺も頷けよう。
神奈子は濃紺色のリオカット、諏訪子はウエスト部分をカットした水色のモノキニ――ワンピースタイプの一種――を着ている。
当初はTバックを用意していた神奈子だったが、寸前に諏訪子から止められたのだ。
『他人様に見せるもんじゃない。その尻は私の尻だ』。
「てーゐ、妖夢ぅ、こっちこっち!」
陸と水面の狭間で、鈴仙・優曇華院・イナバが草と水を足で跳ねあげながら手を大きく振る。
水着は、ホルターネックと呼ばれるストラップを首に吊るしたデザインだった。色は紫がかった白。
一つ括りにされた後ろ髪が揺れる度に、ちょうちょ結びの紐が項にかかっているのが垣間見える。
「って、どうしたの、フタリとも?」
声をかけられた因幡てゐと魂魄妖夢がまじまじと鈴仙を見ている。瞳に浮かぶ色は違っていたが。
てゐは黒いワンピースタイプ。バストラインより上をカットしたベアトップのデザインは、鈴仙が薦めたからだ。
妖夢は緑のセンターストラップ。ボトムにはフリルがあしらわれている。同じく、鈴仙の推薦。
先に応えたのは妖夢だった。ほぅ、と恍惚とも羨望ともとれる息を零す。
「うどんげさん、曲線がまた、大人っぽく……」
「そ、そう? あんまり変わんないと思うけど」
「いえ! 明らかに2センチ程大きくなっています!」
拳を握り吠える妖夢。たじたじとする鈴仙。
そんなフタリに、てゐは半眼を送りつつ、溜息をついた。
「……あによ」
「妖夢にお姉さんぶりたいのはわかるけどさ」
ぎくりと身を震わせる鈴仙。見逃すてゐではない。
「幾つ入れてんの?」
「……一個」
「二個か」
なんで知ってるのよ!――叫ぶより先に、鈴仙は僅かに軽くなった胸元に気付いた。
「誤魔化そうと思えばいくらでも、ね。そも、その必要はないと思うけど」
「何時の間に……!? か、返せ―!」
「う、うどんげさん……?」
今の間に。
皿状の白い物を都合四枚、微苦笑でかざすてゐ。
抗議の声をあげる鈴仙に妖夢があんぐりと口を開く。
鈴仙が、わっと両目に手を当て崩れ落ちた。
「仕方なかった、仕方なかったの……っ」
悲痛な嘆きに妖夢は近付こうとするが、肩を掴まれ、足が止まった。
掴んだのは、そそくさと傍に戻ってきていたてゐ。
顔を合わせると、無言で数度頭を横に振られた。
――妖夢。声をかけちゃいけない。
「てゐや妖夢があんっまりにも可愛いから、私だって、格好いいお姉さんをコンセプトに、うぅ……」
「ほら。やっぱり碌でもない理由だ。こら、妖夢、駆けだそうとしない!」
「うどんげさん! 何をおっしゃられますか、うどんげさん!」
てゐは妖夢の腰にしがみつき、どうにかその動きを止めていた。
「私じゃ胸を張ってそう言えない……だから……!」
「や、鈴仙、それは偏見なんじゃないかな」
「私の格好いいお姉さん像、師匠だもん」
アレかぁ……――遠い目をするてゐ。因みに、綺麗なお姉さん像は主・蓬莱山輝夜。
「だから、私は詰め物を……うぅ……」
「うどんげさん……泣かないで……っ!」
「ごめんね、妖夢。嘘をついて。――さぁ、てゐ! 焼くなり煮るなり好きにしなさい!」
全てを語り終えたと鈴仙が立ち上がり、腕を広げ、宣言した。
名指しされたてゐはしかし、がっくりと肩を落とす。
重いモノ――三本線――はその肩だけでなく、後頭部にも引かれていた。
「わかりました!」
だから、応えたのは彼女ではない。
「ふぇ、妖夢?」
「古来より言い伝えられる増胸法、試させて頂きます!」
「あぁぁぁぁ、悪い予感しかしない! やらせないよ、妖夢――!?」
妖夢の腰を再度捉えようとするてゐ。
しかし、妖夢とて続けて同じ失態は見せない。
掴みかかろうと伸ばされる腕、その先の肩に手を置き、自身を反転させる。
瞬時、てゐと場所を移り変わり、そのまま手の力を少し強め、バランスを崩させた。
「光速‘羽根持つ悪霊‘!」
「どっちかって言うとハリケーンじゃないかなぁ」
「呑気に応えてんな、鈴仙! あと、それは博麗の悪霊なんじゃないか、妖夢!?」
障害を抑え込み、駆けだす。目指すはゴールラインもといバストライン。わきわき。
「どう見ても不健全な手の動きだぁぁぁ!?」
「輝夜さん直伝! いざ!!」
「姫ぇぇぇぇぇ!?」
てゐのヤケクソな絶叫を後方に、妖夢は今、鈴仙の胸に手を触れる。
――寸前。眼前に現れる、ぴんと立てられた人差し指。
刹那、鈴仙と視線が交わる。
腰を曲げているのだろう。
妖夢が思ったとおり、鈴仙は片方の手を脇腹にあてがい腰を曲げ、少し眉を吊り上げて、口を開く。
「めっ!」
「はい、うどんげさんっ」
「うんうん。妖夢、いい子いい子」
厳めしいつもりの表情は一転、笑顔で妖夢を撫でる鈴仙。
妖夢は妖夢で、くすぐったそうな割に嬉しさを隠しもしない。
見ようによっては仲の良い姉妹と映るだろう。
ちょっと待て。
「あんたらねぇ……」
「ん、あによ、末妹」
「あ、てゐさんも」
ごにょごにょごにょ。
てってって。
ぴたり。
――いい子いい子。
近づいてきたフタリの伸ばされる手を払いのけ、てゐはそのまま感情に己れを任せ、猛った。
「ふ、ふふ……ココロまで脱がせて、溶かしてくれるわ!」
「ふぁ、やん、くすぐったいよぅ、てゐ」
「わ、私もですか!? ひゃんっ!」
わーわーきゃーきゃーもみもみくちゃくちゃ。
「てゐってば……。まぁ、偶には発散しないとね」
戯れる三名を視界に、輝夜はころころと笑った。
太陽を避ける為、大木の下に御座を引き、彼女は座っている。
珍しいペットの名前呼びは、彼女の周りに人がいない事の証。
左右の膝の上で引っくり返っている《ゴースト》西行寺幽々子と《ファーマシスト》八意永琳は、ほら、人じゃない。
幽々子の水着は、同伴の妖夢を気にして抑え目だ。青みがかった白のワンピース。ボトムはスーパーハイレグ。
永琳は、全開だった。赤と黒のマイクロビキニ。水着と言うか布と呼ぶべきか。
だが、――幸運にも彼女たち三名を視界に入れた者は語るであろう。
その場で最も目を惹かれたのは、永遠の姫、蓬莱山輝夜である、と。
尤も、輝夜は、飾り気一つない黒のワンピースタイプの水着だった。
如何なる状況下においても美しい。それが、輝夜なのだ。
全てを見通せる、一つの場所。地上。
そこで、《スペース》こと八雲紫はヒトリ静かに沈んでいた。
けれど、彼女は見ていなかった。彼女ほどの者であれば、起こり得るキャッキャウフフを想像するだけで倒れ伏す事が出来るのだ。
特訓意味なし。
紫の水着は――はたしてそれがそう呼べるのか疑問ではあるが――紐だ。紫色の紐。動くと拙い。見える。
全てを見通せる、もう一つの場所。空。
そこで、ヒトリの少女が微笑んでいる。
清らかな笑みは眼下の水面を映したように可憐。
場を支配している筈の彼女だったが、力みはいっさい感じられない。
と、少女に近づく影一つ。此方も少女。青い髪と同色のワンピース・Aラインの水着が可愛らしい。フリル多め。
「大丈夫?」
「あら、何が、かしら」
「湖。霧が出ないようにしてるでしょ?」
心配げに問う少女が水面に視線を落とす。水面の名は――霧の湖。
「ふふ。貴女らしくもないわ」
「う。あたいはサイキョーだけどさ!」
「私はそうじゃない、と。その通りよ、チルノちゃん」
ばつの悪い表情を浮かべるチルノ。始まりは、彼女の言葉であった。
「やっぱり、無茶だった? 『暑いのヤだから皆で泳げないかな』なんて……」
彼女の言葉だったからこそ、始まったのだ。
彼女の願いだったからこそ、胸が騒いだのだ。
「勘違いしているわ。
私は、湖をどうにかしている訳じゃ……。
うん。そもそも、どうにかできる力なんか、ね?」
首を傾げるチルノに、少女はまた、優しい微笑みを浮かべた。
「――だから、湖にお願いしたの」
「お願い?」
「そうよ」
頷き、柔らかくチルノの髪を撫でる。
目を細め、満面の笑みを咲かせながら、チルノは返した。
「湖は、なんて?」
「あの時の私と同じよ」
「あは、そっか! じゃあ、お姉ちゃんも泳ごう!」
返答は、奇しくも、始まりの言葉への返答と同じ。
「オゥルオッケー」
少女は、腋や臍を露出させた黒のレザースーツっぽい何かに身を包んでいるのであった――。
<了>
ありがとう黄昏